2024.11.30

レフティやすおの楽しい読書378号-告知-クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-デイモン・ラニアン「三人の賢者」

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 【最新号・告知】

2024(令和6)年11月30日号(No.378)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-
デイモン・ラニアン「三人の賢者」クリスマス・イヴの出産」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年11月30日号(No.378)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-
デイモン・ラニアン「三人の賢者」クリスマス・イヴの出産」
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 今年もはやクリスマス・ストーリーの紹介の季節となりました。

 昨年の<クリスマス・ストーリーをあなたに>で紹介しました、
 シーベリン・クィン「道」を収録している
 『クリスマス・ストーリー集1 贈り物』の冒頭一番に収録されている
 作品を今回は紹介します。

 今年、新潮文庫で第一短編集『ガイズ&ドールズ』が紹介された、
 アメリカの作家デイモン・ラニアンの短編です。
私の好きな作家の一人でもあります。

 

▼昨年の<クリスマス・ストーリーをあなたに>

2023(令和5)年11月30日号(No.355)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(13)-2023-
シーベリン・クィン「道」もうひとつのサンタ物語」
2023.11.30
クリスマス・ストーリーをあなたに~(13)-2023-
「道」もうひとつのサンタ物語-楽しい読書355号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-e79b41.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/0fb316f1636ea7b24674e4db294cac83

 

▼デイモン・ラニアンと第一短編集『ガイズ&ドールズ』について

2024.6.21
新潮文庫にデイモン・ラニアン(『ガイズ&ドールズ』)が帰ってきた!
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/06/post-957440.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/342752af4485ba7edf05148c30f1b7e6

『ガイズ&ドールズ』デイモン・ラニアン/著、田口俊樹/訳 2024.5.29
『ガイズ&ドールズ』(Amazonで見る)

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-クリスマス・ストーリーをあなたに (14)- 2024

  ~ クリスマス・イヴの出産に立ち会う三人の男たちの物語 ~

  デイモン・ラニアン「三人の賢者」加島祥造/訳

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 ●過去の ~クリスマス・ストーリーをあなたに~

一回毎、一年ごとに【古典編】と【現代編】を交互に紹介してきました。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

【古典編】
 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』『鐘の音』
 ワシントン・アーヴィング『昔なつかしいクリスマス』
 ライマン・フランク・ボーム『サンタクロースの冒険』
メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」
 クリストファー・モーリー「飾られなかったクリスマス・ツリー」

【現代編】
 トルーマン・カポーティ「あるクリスマス」「クリスマスの思い出」
 アガサ・クリスティー「水上バス」
 コニー・ウィリス「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」「まれびとこぞりて」
 梶尾真治「クリスマス・プレゼント」、ジョー・ネスボ『その雪と血を』
 ドナルド・E・ウェストレイク「パーティー族」
 シーベリン・クィン「道」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

参照:
『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.27
クリスマス・ストーリーをあなたに~全リスト:
『レフティやすおの楽しい読書』BNから
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-1995dd.html

 

 ●デイモン・ラニアン「三人の賢者」――ストーリー

「三人の賢者」The Three Wise Guys (1933) 加島祥造/訳

*デイモン・ラニアン「三人の賢者」収録の短編集――
・『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』長島良三/編 角川文庫
 1978(昭和53)/11/30
『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』(Amazonで見る)

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(画像:角川文庫版のクリスマス・ストーリーのアンソロジー全二巻『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』、『クリスマスの悲劇 クリスマス・ストーリー集2』)

 

・デイモン・ラニアン『ブロードウェイの出来事』加島祥造/訳 新書館
(1977)
→『ブロードウェイ物語2 ブロードウェイの出来事』加島祥造/訳
 新書館(新装版)(1987/12/1)
『ブロードウェイ物語2 ブロードウェイの出来事』(Amazonで見る)

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(画像:デイモン・ラニアンの本=加島祥造/訳<ブロードウェイ物語>短編集(新書館・刊)『野郎どもと女たち』『ブロードウェイの出来事』『ロンリー・ハート』『街の雨の匂い ブロードウェイ物語 4』と新潮文庫『ブロードウェイの天使』加島祥造/訳、『ガイズ&ドールズ』田口俊樹/訳、の六冊)

 

(以下、略)

 ●星を目当てに見つけた納屋には妊産婦が……
 ●工場の事務所の強盗事件
 ●ブロンディは金を返して……
 ●三人の賢者
 ●山形孝夫『読む聖書事典』から「三人の博士」

*山形孝夫『読む聖書事典』ちくま学芸文庫 2015/12/9
『読む聖書事典』(Amazonで見る)

 ●原題「The Three Wise Guys」

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今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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2024.11.15

レフティやすおの楽しい読書377号-告知-私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号・告知】

2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」
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 昨年9月から10月、11月、12月と、今年5月、9月と、
 読書習慣を持つ人の減少、および町の本屋さんの減少に関して、
 読書について、本という文化について、
 そしてその発信源としての書店の存在と、
 私なりに考えた出版業界、書店の改革について書いてきました。
 今回は、その7回目となります。

 過去の文章もあくまで「元本屋の兄ちゃん」として、一読者としての、
 私見に過ぎません――と言いつつも、本質を説いているつもりです。
 でも、まあ、気軽にお読み下さい。

【過去5回の<私の「町の本屋」論>】

2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607

2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ―
『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

(参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29

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『美しい本屋さんの間取り』(Amazonで見る)

2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.15
私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-4d9a04.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7555773c70cfe4846b3dc367dbf5493c

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 - 私の読書論190 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>7 ~

  産経新聞10/27朝刊の記事「書店が消えない処方箋」より

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 ●産経新聞の記事――「書店が消えない処方箋」より

書店が消えない処方箋 読書推進月間に考える
日曜に書く 論説委員・山上直子
2024/10/27 15:00

https://www.sankei.com/article/20241027-NGYGJ5GW5NOTHD5P5BKMZEDKSU/

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記事冒頭、えっと思うようなこんな情報が――。

「こんなに本屋が減っているのは日本だけですよ」

先月下旬に開かれたイベント
「『本屋の危機と未来』を語るトークセッションin大阪」で、
モデレーターを務めた元トーハン執行役員でコンサルタントの
小島俊一さんの言葉だという。

 《日本の書店数はこの20年でほぼ半減し出版市場も減少。
  書店ゼロの自治体が4分の1を超えた(略)デジタル化に読書離れと、
  書店をめぐる経営環境は厳しい…はずだが、
  それは日本だけなのか?》

「こういうリポートがあるんです」と。

 

 ●「薄利の現状」

*参照:
『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からの
メッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22
『2028年 街から書店が消える日』(Amazonで見る) 

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 ●「昭和なモデル」
 ●「多様な本屋を」
 ●現状のままでの変革について
 ●本もふつうの商品として販売する制度へ
 ●日々、本を読む人

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今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

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2024.10.31

レフティやすおの楽しい読書376号-告知-中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 【最新号・告知】

2024(令和6)年10月31日号(vol.17 no.19/No.376)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」其の十四、其の九」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年10月31日号(vol.17 no.19/No.376)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」其の十四、其の九」
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 先月に引き続き、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」
 陶淵明の8回目です。
 
 今回は、<村人たちと>と題して「飲酒二十首」から、
 「其の十四」と「其の九」を読んでみます。

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◆ 村人たちと ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)

  ~ 陶淵明(8) ~

 「飲酒二十首」から「其の十四」と「其の九」
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今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より

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(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』

 

 ●陶淵明「飲酒二十首」から「其の十四」

林田慎之助/訳注『陶淵明 全詩文集』ちくま学芸文庫 2022/1/8

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『陶淵明 全詩文集』(Amazonで見る)

 

 ●陶淵明「飲酒二十首」から「其の九」

 ●林田慎之助/訳注『陶淵明 全詩文集』「解説」の「其の九」

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従来はほぼ全号で、本文の全文転載を行ってきましたが、購読者への思いから、前号より最新号発行の告知(冒頭部分と見出し)のみに変更しました。
あしからずご了承ください。

せっかく書いた文章ですので、いずれは本文も公開したいと考えています。
当面は、一ヶ月後ぐらいと想定しています。
実際にはどうなるかは、その時になってみないと分かりませんけれど……。

 ・・・

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2024.10.15

レフティやすおの楽しい読書375号-完訳版ヴェルヌ『十五少年漂流記 二年間の休暇』を読む【別冊 編集後記】

今回からメルマガの紹介は、冒頭の部分と、それ以降は「見出し」のみの紹介です。

ここんところ、ずっと本文全文の転載紹介でした。

一生懸命書いた文章なので、一人でも多くの人に読んでいただきたい、との思いからでした。

以前は、まぐまぐ!の方で、バックナンバーの閲覧ができるようになっていました。
それがなくなって久しいのですが、何らかの形で残せたらと思うのです。

あるときの他の方のブログで、メルマガを転載紹介しているのを知り、やってみようかともって始めたのが最初でした。
当初はこれはというどうしても多くの多くの方に知っていただきたい情報のみを紹介していました。

それもやっぱりどうかという気がして、今の形になっています。

 

ただそれをしていますと、せっかく購読していただいている方の楽しみが減る?ような気がします。
いつでも読めるのなら、購読せずともいいのでは? という疑問を抱かせるのではないでしょうか。

そのせいかどうかはわかりませんが、購読者数の減少傾向が続いています。

そこで、今回から時差を設けて発表するように変更しようと考えています。

とにかく色々やってみようと思います。

では、よろしく!

 ・・・

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

2024(令和6)年10月15日号(vol.17 no.18/No.375)
「私の読書論189-完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
(ジュール・ヴェルヌ 光文社古典新訳文庫)を読む」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年10月15日号(vol.17 no.18/No.375)
「私の読書論189-完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
(ジュール・ヴェルヌ 光文社古典新訳文庫)を読む」
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 今月は、7月10日に発売されました、光文社古典新訳文庫の
 完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/鈴木雅生訳
 を読んでみましょう。

 この作品は、子供の頃に読んだいう読者も少なくないと思われます。
 また、大人になって文庫本でも読んだ、
 という人もいらっしゃることでしょう。
 しかし、それらも大半は抄訳本であったりします。

 最近は、子供向けでも完訳本が増えてきました。
 一般向けの文庫本でも完訳版が出ていました。

 それでも文庫の大手、新潮文庫の『十五少年漂流記』は、
 <夏の文庫フェア>でもよく取り上げられています。
 ところがこの本がやっぱり昔ながらの抄訳本(?)なのですね。

 新潮社からは、2015年の8月に、椎名誠・渡辺葉という父娘共訳の
 480ページの完訳本が出ています。

『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ/著 椎名誠/訳 渡辺葉/訳
新潮社 2015.8.31
『十五少年漂流記』(Amazonで見る)

 それでも文庫版は、今でも抄訳本のままです。
 「抄訳だからだめだ」とは一概には言えません。
 しかし、完訳が著者のいわんとするところを十全に伝える方法だろう
 ことは、想像に難くありません。

 ということで、今回は、その完訳版の
 『十五少年漂流記 二年間の休暇』を紹介します。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 私の読書論189 -

  ~ 完訳版は小説としての味わいが深い! ~

  光文社古典新訳文庫 完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
  ヴェルヌ/鈴木雅生訳 2024/7/10 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●縮約版(抄訳版)か、完訳版か

夏休みを前に出版されたのが、この完訳版のジュール・ヴェルヌの
“ロビンソンもの”の冒険小説『十五少年漂流記 二年間の休暇』です。

完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/著 鈴木雅生/訳
光文社古典新訳文庫 2024/7/10 
『十五少年漂流記 二年間の休暇』(Amazonで見る)

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(画像:私の蔵書から、ジュール ヴェルヌの『十五少年漂流記』文庫版の翻訳書4点――旺文社文庫<特製版>、旺文社文庫カバー付、集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>版、新刊の光文社古典新訳文庫版)

 

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(画像:縮約版と完訳版の厚さの違い――左から『十五少年漂流記 二年間の休暇』光文社古典新訳文庫 712ページ、集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>版『二年間のバカンス 十五少年漂流記』544ページ、旺文社文庫/縮約版『十五少年漂流記』248ページ)

 

『レフティやすおのお茶でっせ』で、

2024.7.28
光文社古典新訳文庫から完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
ヴェルヌ/鈴木雅生訳 が発売
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/07/post-579d65.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8655ac0ebc9b20c696b589d7d66e1b24

という文章でもあれこれ書いていますが、
ここでも改めて完訳版と縮約版の違いについて書いてみましょう。

 ・・・

(以下、略)

 ●私の見解
 ●『十五歳の船長』を補完する
 ●10年前の作品『少年船長の冒険』
 ●少年リーダーの思考と心の動きを描くべき
 ●嵐の果てに陸地に辿り着く少年たち
 ●ロビンソン生活から極悪人との戦い、そして帰還
 ●少年たちの知恵と努力
 ●時代の産物

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上にも書きましたように、今回から最新号発行の告知を中心に内容の一部の紹介のみとしました。

ご意見ご感想がございましたら、御連絡ください。(連絡は、『レフティやすおのお茶でっせ』「プロフィール」欄より)

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2024.09.30

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で-楽しい読書374号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

2024(令和6)年5月31日号(vol.17 no.17/No.374)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
「読山海経十三首」「桃花源記」」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年5月31日号(vol.17 no.17/No.374)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
「読山海経十三首」「桃花源記」」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 5月以来の「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」です。
 陶淵明の7回目です。
 今回は“空想の世界で”と題して、陶淵明さんのまた違った面から
 「読山海経十三首」と「桃花源記」を紹介します。

(前回の陶淵明)
2024(令和6)年5月31日号(vol.17 no.10/No.367)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(29)陶淵明(6)
「雑詩十二首 其の二/飲酒二十首 其の十六・其の二十」」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.31
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(29)陶淵明(6)
「雑詩十二首 其の二/飲酒二十首 其の十六・其の二十」
-楽しい読書367号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-7fd77a.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/4ba167232a719b87a68079d36e56d064

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆ 空想の世界で ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)
  ~ 陶淵明(7) ~

 「読山海経十三首」「桃花源記」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』

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 ●陶淵明「読山海経十三首」

今回は、参考本『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』の
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より<仮想の世界へ>から、
「読山海経十三首」を紹介します。

陶淵明の別の面――ファンタジーの世界、空想の世界にふれてみよう、
というわけです。

まずは『山海経』について書いておきましょう。

『山海経(せんがいきょう)』は、魏から晋の時代に作られた地理書です。

《神仙思想の流行で人々があちこちの山へお参りや遊山に出かけますが、
 その時のガイドブックの役割を果たしたとも言われます。》p.368

山や川の由来や特産品、各地に伝わる神話伝説まで収めています。
地理書でありながら、中国の神話伝説の宝庫と言われる由縁です。

「経」という字は、“教科書”“基準になる大切な本”の意味です。

作者は不明で、郭璞(かくはく)が注をつけた本を陶淵明さんも読み、
挿絵も見ていたのでしょう、といいます。

私も中国の妖怪としてこういう絵を楽しんでみていた記憶があります。
中国の古典の一つとして紹介しよう、と考えたこともありました。

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(画像:『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20 より、『山海経』に描かれている妖怪たちの挿絵を掲載したページ(pp.368-369))

 ・・・

読山海経十三首
  山海経(せんがいきよう)を読(よ)む十三首(じゆうさんしゆ)

 其一  其(そ)の一(いち)

孟夏草木長  孟夏(もうか) 草木(そうもく)長(ちよう)じ
繞屋樹扶疏  屋(おく)を繞(めぐ)りて 樹(き) 扶疏(ふそ)たり
衆鳥欣有託
  衆鳥(しゆうちよう) 託(たく)する有(あ)るを欣(よろこ)び
吾亦愛吾廬  吾(われ)も亦(また) 吾(わ)が廬(いほり)を愛(あい)す

 初夏を迎えて草や木が伸び、
 我が家を取り巻いて木々がうっそうと茂っている
 鳥たちは身を託する木の茂みができたのを嬉しがり、
 私もこういう我が家が気に入っている

既耕亦已種  既(すで)に耕(たがや)し 亦(また) 已(すで)に種(う)ゑ
時還読我書  時(とき)に還(ま)た我(わ)が書(しよ)を読(よ)む
窮巷隔深轍  窮巷(きゆうこう) 深轍(しんてつ)を隔(へだ)て
頗回故人車  頗(すこぶ)る故人(こじん)の車(くるま)を回(めぐ)らす

 私は畑を耕し、苗を植え、
 時間があれば部屋に戻って愛読書を読む
 家に通じる路地は深いわだちを遠ざける
 ただ時折、親しい友人の車輪がくるくる回って訪れてくれるだけである

歓言酌春酒  歓言(かんげん)して春酒(しゆんしゆ)を酌(く)み
摘我園中蔬  我(わ)が園中(えんちゆう)の蔬(そ)を摘(つ)む
微雨従東来  微雨(びう) 東(ひがし)従(よ)り来(きた)り
好風与之倶  好風(こうふう) 之(これ)と倶(とも)にあり

 そんな時、私は親友と談笑して春飲む酒を酌み交わし、
 つまみとして我が家庭菜園の野菜をつんで食卓に備える
 その折、霧雨が東の方から降りはじめ、
 それとともに心地よい初夏の風も吹いて来た 

汎覽周王伝  汎(ひろ)く周王(しゆうおう)の伝(でん)を覽(み)て
流観山海図  流(あまね)く山海(さんかい)の図(ず)を観(み)る
俯仰終宇宙  俯仰(ふぎよう)して宇宙(うちゆう)を終(を)ふ
不楽復何如  楽(たの)しからずして 復(ま)た何如(いかん)

 私は周の穆王の不思議な物語を通読したり、
 『山海経』の幻想的な挿絵をざっと眺めたりする
 そうしていると、上を見、それから下を見る
  その短い時間のうちに、時間と空間を見尽くした気分になる
 これが楽しくないならば、いったいどうだというのか

 

「読山海経十三首」は、十三首の連作で、
全体として『山海経』の読後感を述べたもの。
「其の一」は序論に当たります。

宇野直人さんの解説によりますと、
《彼の生活ぶりが出ています》とのこと。

第一段では、「孟(もう)」は“はじめ”の意味で、初夏の季節感を示し、
周囲の状況を述べています。

第二段では、自分の農耕生活やお読書、友人との関係を述べます。
「轍(わだち)」が遠いということは、立派な馬車の訪れがない、つまり、
貴族や政府高官との縁の無い生活で気楽な生活。

第三段は、親しい友人との交流の一コマ。
「春酒(しゅんしゅ)」は冬仕込みのお酒、「蔬」は野菜。
のどかな雰囲気。

第四段は、読書について。

《「周王の伝」は『穆天子伝(ぼくてんしでん)』という一種の空想的な話
 で、『山海経』とともに彼の愛読書だったようです。》p.371

魏・晋の時代から中国には空想や怪奇趣味の世界があったといいます。
道教・老荘思想が地誌記事の心を捉え、仏教も伝来し、現世と違うものに
惹かれる精神的風潮が続いていた、その中に、陶淵明さんもいたのだ、
と宇野さんの解説です。

 

 ●陶淵明さんの読書生活

この「其の一」は、『山海経』を読んでいるという、
陶淵明さんの読書生活の一端を示して、序文の代わりとなっています。

以前の詩にも、農作業の合間に本を読む、といった場面があったか
と思います。

そういう政治の世界を離れてからの生活ぶりの一端を示す詩、
となっているようです。

次に、紹介するのは「桃花源の記」という陶淵明さんの散文作品です。

陶淵明さんは、空想的な世界に興味を持っていましたので、
当時語り伝えられていた不思議な話を集めてリライトし、
『捜神後記(そうしんこうき)』という小説集を作った、といいます。

そのうちの一編が、この「桃花源の記」というユートピア物語で、
“桃源郷”という言葉の出典となっています。

 

 ●「桃花源の記」

桃花源記  桃花源(とうかげん)の記(き)  陶淵明

[第一段]

晋太元中、武陵人、捕魚為業。縁溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林。
夾岸数百歩、中無雜樹。
芳草鮮美、落英繽紛。
漁人甚異之、復前行、欲窮其林。林尽水源、便得一山。山有小口、
 髣髴若有光。便舎船従口入。

  晋(しん)の太元中(たいげんちゆう)、 武陵(ぶりよう)の人(ひと)、
   魚(うを)を捕(とら)ふるを業(ぎよう)と為(な)す。
  溪(たに)に縁(よ)りて行(ゆ)き、
   路(みち)の遠近(えんきん)を忘(わす)る。
  忽(たちま)ち桃花(とうか)の林(はやし)に逢(あ)ふ。
  岸(きし)を夾(はさ)むこと数百歩(すうひやくほ)、
   中(うち)に雜樹(ざつじゆ)無(な)し。
  芳草(ほうそう)鮮美(せんび)、落英(らくえい)繽紛(ひんぷん)たり。
  漁人(ぎよじん) 甚(はなは)だ之(これ)を異(い)とし、
   復(ま)た前(すす)み行(ゆ)きて、
   其(そ)の林(はやし)を窮(きは)めんと欲(ほつ)す。
  林(はやし) 水源(すいげん)に尽(つ)き、
   便(すなは)ち一山(いちざん)を得(え)たり。
  山(やま)に小口(しようこう)有(あ)り。
   髣髴(ほうふつ)として光(ひかり)有(あ)るが若(ごと)し。
  便(すなは)ち船(ふね)を舎(す)て、口(くち)従(よ)り入(い)る。

 晋の太元年間、南中国(湖南省)の武陵の人で、
  魚を捕って暮らす漁師がいた。
 或る日、いつも通り谷川の流れに沿って舟で行き、
  やがてどのくらいの距離を来たのかわからなくなり、
  道に迷ってしまった。
 突然、桃の花ばかりの森に出くわした。
 その桃の森は、皮の両岸に数百歩続いている。
  その中に桃以外の木はない。
 地面にはかぐわしい緑の草が鮮やかに茂り、
  その上に桃色の花びらが散りしいている。
 漁師はその眺めをたいへん不思議に思い、
  そのまま舟を進め、この森の奥をつきつめてやろうと思った。
  そうするうちに森が川の水源で終わり、山が見つかった。
 そこに小さな洞穴があり、何かぼんやりと光が差しているようだ。
  興味をもった漁師は、舟を降りてそこに入っていった。

 

《冒頭は、主人公の漁師が道に迷い、不思議な世界に舞い込んで行く
 過程です。》p.347

時代と主人公の紹介から。
晋の太元年間(376~396)は、陶淵明さんの12歳から32歳までの時期で、
当時の流行していた時事ネタを記録したものだ、といいます。

 

[第二段]

初極狭、纔通人。復行数十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舍儼然。
有良田美池桑竹之属。阡陌交通、鷄犬相聞。其中往来種作。
男女衣著、悉如外人。黄髮垂髫、並怡然自楽。

  初(はじ)め極(きは)めて狭(せま)く、
   纔(わづ)かに人(ひと)を通(つう)ずるのみ。
  復(ま)た行(ゆ)くこと数十歩(すうじつぽ)、
   豁然(かつぜん)として開朗(かいろう)す。
  土地(とち)平曠(へいこう)、屋舍(おくしや)儼然(げんぜん)たり。
  良田(りょうでん)・美池(びち)・桑竹(そうちく)の属(ぞく)有(あ)り。
  阡陌(せんぱく) 交(こもごも)通(つう)じ、鷄犬(けいけん)
   相(あひ)聞(きこ)ゆ。
  其(そ)の中(うち)に往来(おうらい)して種作(しゆさく)す。
  男女(だんじよ)の衣著(いちやく)、
   悉(ことごと)く外人(がいじん)の如(ごと)し。
  黄髮(こうはつ)・垂髫(すいちよう)、
   並(なら)びに怡然(いぜん)として自(みづか)ら楽(たの)しむ。

 はじめはごく狭く、やっと人一人を通すくらいであった。
 さらに数十歩進むと、やがて目の前がからっと明るく広がった。
 平らで広い場所に、家屋がきちんと整って並んでいる。
 作物が多く取れる畑、きれいな池、農家につきものの桑や竹が
  たくさん植わっている。
 畑のあぜ道は縦横にきれいに通じ、鶏や犬の鳴き声が聞こえる。
 人々はその中を行き来して、種を植えたり畑を耕したりしている。
 男女の衣服はみな、漁師らと変わったところはなく、老人も子どもも、
 みんながゆったりくつろいで楽しそうにしている。

 

第二段は、洞穴の説明から始まり、その先に現実とは対照的に
きちんとした農村の風景が広がっています。
「黄髮・垂髫」は、老人と子供の意味で、
社会的弱者が大切にされている、理想的な隠れ里があったという。

 

[第三段]

見漁人、乃大驚、問所従来。具答之。便要還家、設酒殺鷄作食。
村中聞有此人、咸來問訊。
自云、先世避秦時乱、率妻子邑人、来此絶境、不復出焉。
遂与外人間隔。問今是何世。乃不知有漢、無論魏晋。
此人一一為具言所聞。皆歎惋■。
余人各復延至其家、皆出酒食。停数日、辞去。
此中人語云、不足為外人道也。

  漁人(ぎよじん)を見(み)て、乃(すなわ)ち大(おほ)いに驚(おどろ)き、
   従(よ)り来(きた)る所(ところ)を問(と)ふ。
  具(つぶさ)に之(これ)に答(こた)ふ。
   便(すなは)ち要(むか)へて家(いへ)に還(かへ)り、酒(さけ)を
   設(まう)け鷄(にはとり)を殺(ころ)して食(し)を作(つく)る。
  村中(そんちゆう) 此(こ)の人(ひと)有(あ)るを聞(き)き、
   咸(みな) 来(きた)りて問訊(もんじん)す。
  自(みづか)ら云(い)ふ、「先世(せんせい) 秦時(しんじ)に
   乱(らん)を避(さ)け、妻子(さいし)・邑人(ゆうじん)を
   率(ひき)ゐて此(こ)の絶境(ぜつきよう)に来(きた)り、
   復(ま)た出(いで)ず。
  遂(つひ)に外人(がいじん)と間隔(かんかく)す」と。
  「今(いま)は是(こ)れ何(なん)の世(よ)なるか」と問(と)ふ。
  乃(すなわ)ち漢(かん)有(あ)るを知(し)らず、魏(ぎ)晋(しん)に
  論(ろん)無(な)し。
  此(こ)の人(ひと) 一(いち)一(いち) 為(ため)に具(つぶさ)に
  聞(き)く所(ところ)を言(い)ふ。皆(みな) 歎惋■(たんわん)す。
  余人(よじん) 各々(おのおの)復(ま)た延(まね)ゐて
   其(そ)の家(いへ)に至(いた)らしめ、
   皆(みな) 酒食(しゆし)を出(い)だす。
  停(と)まること数日(すうじつ)にして、辞去(じきよ)す。
  此(こ)の中(うち)の人(ひと) 語(つ)げて云(い)ふ、
  「外人(がいじん)の為(ため)に道(い)ふに足(た)らざるなり」と。

 或る村人が漁師を見つけ、これはこれはと大いに驚いた。
 漁師が辿ってきた道を尋ねた。漁師はそれに詳しく答えた。
 すると村人は家に戻って酒席を設け、庭の鶏をしめてご馳走を作って
  歓迎してくれた。
 やがて村じゅうの人が、こういう人が現れたと聞いて
  我も我もとやって来て、いろいろ質問した。
 この家の主人が言うには、「私たちの先祖は秦の世の乱れを避け、
  妻子や村人たちを引き連れてこの秘境にやって来て、
  それきり外へ出ようとしませんでした」。
 「今はどんな時代なんですか」と問う。
 なんとまあ、村人たちは漢王朝があったことも知らない。
  漢より新しい魏や晋を知らないのは当然であった。
 そこで漁師はいちいち村人たちの質問に対して、
  聞き知っていることをくわしく話してあげた。
 すると村人たちはみんな、世の中の変化に感じてため息をついた。
 さらにほかの村人たちも家に漁師を招待し、酒や食事でもてなした。
 そのようにして漁師はとどまること数日、
  そろそろおいとましようということになった。
 村の或る人は漁師に告げた、「外部の人にこの村のことを言うには
  およびませんよ」

 

第三段では、隠れ里の人が漁師をみつけます。
《「乃(すなは)ち」はけっこう結構思い言葉で
 “なんとまあ”と驚きを強調します。
 ふつうの人は入って来られないので、これは特別のお方に違いない、
 といった感じでしょう。》p.377

中国では桃は魔除けの力があると信じられていて、
桃の森に囲まれたこの土地にはめったな人は入れない、
《ここは、世の乱れを避けて閉じ籠もった人が住む隠れ里なんです。
 だから単なる理想郷ではなく、“外界を拒否する閉鎖的な空間”という、
 排他的な性格がある。》p.378
要するに、ユートピアではない、ということ。
別れの場面で、「外部の人にこの村のことを言うにはおよびませんよ」
というのは、「言わないでください」の婉曲表現。

 

[第四段]

既出、得其船、便扶向路、処処誌之。及郡下、詣太守、説如此。
太守即遣人隨其往。尋向所誌、遂迷不復得路。南陽劉子驥、高尚士也。
聞之、欣然規往。未果、尋病終。後遂無問津者。

  既(すで)に出(い)でて、其(そ)の船(ふね)を得(え)、
  便(すなは)ち向(さき)の路(みち)に扶(よ)り、処処(しよしよ)に
   之(これ)を誌(しる)す。
  郡下(ぐんか)に及(およ)び、太守(たいしゆ)に詣(いた)りて、
   説(と)くこと此(かく)の如(ごと)し。
  太守(たいしゆ) 即(すなは)ち人(ひと)をして
   其(それ)に随(したが)つて往(ゆ)か遣(し)む。
  向(さき)に誌(しる)せし所(ところ)を尋(たず)ぬるに、
   遂(つひ)に迷(まよ)つて復(ま)た路(みち)を得(え)ず。
  南陽(なんよう)の劉子驥(りゆうしき)は、
   高尚(こうしよう)の士(し)なり。
  之(これ)を聞(き)き、
   欣然(きんぜん)として往(ゆ)かんことを規(はか)る。
  未(いま)だ果(はた)さざるに、尋(つ)いで病(や)みて終(をは)る。
  後(のち) 遂(つひ)に津(しん)を問(と)ふ者(もの)無(な)し。

 漁師はもはや外に出て自分の舟を見つけ、先日来た道をそのまま通り、
  あちこちに目印をつけておいた。
 自分が住んでいた郡の役所がある町につくと、長官のもとを訪れ、
  かくかくしかじかと体験を報告した。
 そこですぐさま部下を派遣し、漁師の後に従って部下に
  桃源郷を探しに行かせた。
 そこで一行は先に目印をつけた所を辿って行ったが、
  そのうち迷ってしまい、もはや道を見つけられなかった。
 隠者である南陽の劉子驥は、その話を聞いて大喜びで訪問を計画した。
 ところがそれを実行しないうちに、間もなく病気になって亡くなった。
 以後、そのまま桃源郷への道筋を尋ねる者はいなくなった。

 

第四段は、漁師が帰ってからの行動。
《「高尚」は日本語と少し違い、心と行いがきれいで、
 俗から離れていることをいい、「隠者」とほぼイコールです。》
そういう場所こそ自分の住処にふさわしいと隠者が探すが
見つけられないまま、病死する。

 

 ●理想郷としての桃源郷

陶淵明さんがこういう話に注目したのは、
《世の中が乱れていて、別天地に行きたい
 という興味があったからじゃないでしょうか。》p.380

というのですが、『老子』では、理想郷を「小国寡民」に置いています。
そういう世界をここに描いているのでしょう。

陶淵明さんが逃げ出してきた、
現実の乱世に対するアンチテーゼとしての存在を描いたお話、
ということでしょうか。

村人たちは、秦の時代の乱世に世を向けて、
この世界に逃げ込んできた人たちの末裔で、
その後の歴史を知らないまま生きています。

外から来た漁師は歓待を受け、また出かけてこようと考えます。
しかし、もう二度と戻ることはできませんでした。
この話を聞いた隠者も探しますが、見つけられません。

桃源郷といえば、理想の居心地よい世界のようですが、
結局そういう世界は夢幻(ゆめまぼろし)の世界ということでしょう。

それとも邪な心を持つ人たちには見えない、見つけられない世界
ということでしょうか。

 ・・・

今回は、陶淵明さんのまた違った一面をのぞいてみました。

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本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で「読山海経十三首」「桃花源記」」と題して、今回も全文転載紹介です。

古代中国の妖怪を扱った地理書『山海経』についての一首と、桃源郷の言葉の由来となったという散文のお話を紹介しています。

中国の怪奇小説の類いもけっこう好きで、『聊斎志異』は読んでいます。
いずれ、中国の小説を取り上げようと思っていますが、その中で『山海経』などにもふれてみたいと考えています。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2024.09.15

私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 【別冊 編集後記】

2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
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 昨年9月から10月、11月、12月と、今年5月の
 読書習慣を持つ人の減少、および町の本屋さんの減少に関して、
 読書について、本という文化について、
 そしてその発信源としての書店の存在と、
 私なりに考えた出版業界、書店の改革について書いてきました。
 今回は、その6回目となります。
 特に、筋道通した議論を続けてきたわけではなく、
 その都度思うところを書いてみただけですので、重複もあれば、
 前後つじつまの合わない部分もあったかも知れません。
 あくまでも元「本屋の兄ちゃん」として、一読書家としての、
 私見にすぎません。
 
 適当に読み飛ばしていただければ、と思います。

 

【過去5回の<私の「町の本屋」論>】

2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

 ●朝日新聞の記事「本屋ない市町村、全国で26%~」
 ●再販制度――定価販売による価格保証
 ●書店経営が厳しい背景の要因―雑誌の売り上げの急減
 ●ネット書店で本を買う人の増加
 ●リアル書店での「偶然の出会い」
 ●リアル書店の生き残りについて――「コンビニ+本屋」
 ●ベストセラーではなく、ロングセラーを!
 ●本屋はそのまちの文化のバロメーター

一番大事なことは、本屋さんというのは、
その町の文化を代表する存在の一つだ、ということです。

もちろん文化施設としては、
公立や私立の図書館とか美術館とか博物館などもあります。
あるいは学校――小・中・高校、大学、専門学校などの教育施設などが
あります。

しかし、最も身近な文化施設として、私が思うところは、
やはり町の本屋さんなのです。
これは私の経験からの意見です。

本屋さんに出入りするようになり、私の世界が広がったのです。
今の私につながるような変化を生みました。

それが文化というものでしょう。

本の世界には、文字通り世界のすべてが包含されています。
未知なる世界への入口になるのです。

日常的な生活だけでは、絶対ふれ得ないような世界の広さです。

それが本屋さんというものだと私は思っています。

もちろん、昔でいえば映画やラジオやテレビもそういうものでした。
しかし、それらは自分の手元に置いておくことができにくいものでした。

紙の本なら、それが可能でした。

広い世界へつながる入口――それが本屋さんであり、
文化へ続く道だったのです。
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2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

 前回に引き続き、本と本屋の世界といいますか、業界について、
 「元本屋の兄ちゃん」として、本好き・読書好きの人間として、
 私なりに考えていることを書いてみようと思います。

 前回は、朝日新聞の記事「本屋ない市町村、全国で26%~」を基に、
 書店が生き残る方法など、私なりの考えを書きました。
 再販制度をやめよとか、雑誌販売についてとか、
 書店の選書について等々。

 今回はその続きで、出版業界における改革について、
 私なりの案を書いてみましょう。

 ●日本の本は安い!?
 ●本の値段を上げてみれば?
 ●本の価格を1.5倍に
 ●より良い本作りが可能に
 ●「軽い」本は電子版で
 ●「良い本」を作れる環境を!

まとめ的にいいますと、
現状ではまず本の値段を上げてそれぞれの取り分を増やす。

そうして、著者・出版社の「良い本」を作れる環境を整え、
書店がそれらの「良い本」をじっくり時間をかけて売れる状況にする。

――というところでしょうか。
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2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607
 ●月0冊が半数
 ●系統だった情報を入手する方法としては本が上では?
 ●「読書週間」と読書習慣
 ●「本を読むから偉い」のでなく「本を読んだから偉くなれた」
 ●「読む時間が確保できない」
 ●「読みたい本がない」について
 ●書店の新形態――無人の店舗、コンビニ併設
 ●本屋さんの生き残りに期待

とにかく、本屋さんがなくなるというのが一番の悲劇だと思っています。
何らかの形で残って欲しい、という強い願望があります。

ふらりと入った本屋さんであれこれ見ることで、
「あっ、こんな本が出てる!」という偶然の出会いがあります。

それが本好きにとっての一番の至福の時間かもしれません。

私は、本屋さんにいるときが一番楽しい時です。
図書館も楽しみですが、本屋さんの方が、より新しい顔を見られる、
という点で楽しみが大です。

今の私があるのは、ひとえに本屋さんあればこそ、と思っています。
私の人生の一番の友、それが本で、その友との出会いの場が本屋さん、
なんです。

(略)

私は、書店・本屋さんは、地域の文化の担い手だと考えています。
がんばれ本屋さん!
--

 

2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

 (今回の参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29
『美しい本屋さんの間取り』(Amazonで見る)

 ●現物の魅力
本屋さんの魅力といいますと、なによりも、
<思いがけない本との出会いがある>という点でしょう。

欲しい本を買うだけなら、ネットで十分です。
在庫があれば、Amazonなどではホントにすぐに送ってきてくれます。

でも、自分が欲しい本が必ずしも、選んだ本だった、とは限りません。
色々な情報を手にしたうえで吟味して選んだつもりでも、
ホントに自分に合ったものかどうかは、
実際に手に取って読んでみなければ分からないものです。

その点、本屋さんではある程度立ち読みで現物を確認する事もできます。
内容だけではなく、実際の“もの”としての魅力という側面もあり、
自分で納得のいくものに出会えるという点では、
リアルの世界の持つ力は、捨てがたいものがあります。

本屋さんで本を探していると、予定していた本以外にも、
もっと適切な本が見つかることがあります。

さらに、考えてもいなかった本と出会うこともあります。
自分の中にそんな欲望があったのか、と思うような、
異なるジャンルの本との出会いも。

 ●本屋さん開業の夢
 ●『美しい本屋さんの間取り』主な目次
 ●間取りの図版が楽しい
 ●1章 設え方 来店者を増やす
 ●2章 見せ方 美しく本を見せる
 ●3章 基本 知っておきたい基礎知識
 ●本書が見せてくれる自分の本屋さんの夢
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2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

 ●「多様な本屋があればこそ 書店減少と読書文化を考える」
産経新聞2024/4/30の山上 直子さんの
「一筆多論/多様な本屋があればこそ 書店減少と読書文化を考える」
https://www.sankei.com/article/20240430-3WZGEHWNPVPEHJSDN4I2J4ITXU/
 《思わぬ本に出会って人生が変わることもある。
  これまで、その舞台となってきたのが「街の本屋さん」だった。》
 《近年、個性的な書店が増えている。
  規模も取り組みもさまざまだが、従来の経営モデルでは
  もう通用しないという裏返しでもあるだろう。》

 ●私の“町の本屋さん”の生き残り法
(1) 現状の出版販売制度を維持したままでならば、本の価格を引き上げ、
その値上げ分を著者を含めた出版社、取次、書店で分配する方法。
これにより利益率を改善する。
(2) 根本的に販売制度を変え、再版制度をやめて、
書店の自由販売に変える。
他の商品などと同じように、自主的に仕入れて、自由に価格を設定、
販売する。

 ●文化の発信地としての書店の役割
書店の役割として、地域の文化の創造基盤としての存在、
というものがあると思います。

 ●がんばれ! 町の本屋さん
紙の本による、
三次元で肉体と精神の両方を駆使して行う知的活動こそが読書だ、
と考える人もいます。

特に子供さんなどは、手に取って触って見て、五感で理解するのです。
ものとしての本の役割は、非常に大きなものがあります。
--

以上、過去の5回の<私の「町の本屋」論>の概要とまとめでした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 私の読書論188 -
  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>6 ~

  産経新聞8/12朝刊の記事「書店主導「売れる本」売る改革」より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●新聞記事から――書店主導「売れる本」売る改革

2024(令和6)年8月12日の産経新聞朝刊に、

《書店主導「売れる本」売る改革/
 直接仕入れ 取り分増・返品率は減へ》

という見出しの記事が出ていました。

240812sankei-sinbun

240811shuppan-hanbaigaku

*ネット版 2024/8/11 21:45《書店主導で「売れる本」を売る
 返品減らし利益高める改革に着手》
https://www.sankei.com/article/20240811-H3U5U7CNWBKN3LHCGBKBTZM6I4/

段落毎に見出しを付けている、
ネット記事を参考に内容を簡単に紹介しますと――

出版科学研究所によりますと、
《少子高齢化やインターネットの普及などの影響》で、
紙の出版物(書籍と雑誌)の推定販売額が
ピーク時の1996(平成8)年の2兆6564億円から
昨年2023(令和5)年は1兆612億円と4割以下に落ち込んでいる、
といいます。

《電子コミックの販売額が伸びる一方で、
 紙の雑誌の落ち込みが目立ち書店の経営難に拍車をかけている。》

その苦境下、《既存の流通システムが曲がり角を迎えつつある中》、
《街中の書店を残すため》の書店主導の改革が進められている、
という内容の記事です。

 

 ●「売れる本」って?

「売り上げ前年比2割増」――
紀伊国屋書店と
蔦屋書店などを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、
出版取次大手の日本出版販売(日販)の3社が昨年設立した合弁会社
「ブックセラーズ&カンパニー」では、
《出版社と直接仕入れ数や価格を交渉し「売れる本」を多く仕入れる。
 参加書店は返品時の物流費を負担するが、取り分も増える仕組みだ。》

《「売れる本」を多く仕入れる》というのですが、
この「売れる本」というのが曲者です。

私が本屋さんで働いていた頃で、年間2万4千点程度
(だったかと記憶しています)の新刊本が出版されていました。
これだけでも、町の本屋さんが扱える規模を越える点数だ、
と感じていたものでした。
もちろんそのすべてが入荷するわけではありません。
そのうちのほんの十分の一か、そこらだったのでしょう
(あるいは、もっと少なかったのかも知れません)。
今では年間8万点を超える、といわれて久しいものです。

そのうち本当に「売れた」といえる本など、ほんの一握りです。
それをどのように仕入れるかというのは、かなり難しい選択です。

もちろん、ある程度「売れる」作家さんという人もいらっしゃいますし、
こういうジャンルの本なら、この程度は売れる、
というデータもあるでしょう。

例えば、時代小説作家の佐伯泰英さんなども
人気シリーズをいくつもお持ちですし、
推理作家の東野圭吾さんも、新作は確実にある程度売れる作家さんです。
そういった人は幾人もいらっしゃいます。

大手の有力書店さんなら、そういった具体的なデータも資料も
十分お持ちのことでしょう。

これらの本を重点的に大量に仕入れる代わりに仕入れ価格を抑え、
さらに返品を減らして、効率よく販売して売上を上げる。

理屈としては成り立ちますが、切り札になるのでしょうか。

扱う商品点数が多いので、個別に価格交渉するといっても、
なかなか大変で、いかにデータを駆使しても、
新規の本は“読み”きれないでしょう?

 

 ●紙の雑誌・コミックの売上減少

「目立つ紙の雑誌落ち込み」――
《電子コミックの販売額が伸びる一方で、
 紙の雑誌の落ち込みが目立ち書店の経営難に拍車》
とのこと。

私の本屋さん時代でも、コンビニが登場し「雑誌の売上が落ちた」
といわれたものでした。
当時、雑誌と書籍の売上額は、半々ぐらいの感じでした。

当時、書店にとって、売上の大きなパーセンテージを占めていたのが、
雑誌とコミックでした。
活字離れといわれるなかで健闘していたのが、コミック販売でした。

今では、雑誌は電子版が増え、紙の雑誌が廃刊されることも多く、
コミックも電子版に移行しているようで、
書店にとって減益の大きな要素でしょう。

 

 ●近隣書店の在庫横断検索システム

「街の本屋、ネット書店と同じ土俵に」――
《ネットから地域の書店へ客を誘導する試み》
として、参加する出版社の公式サイトなどで、
ユーザーの位置情報から近隣書店の在庫を確認し、
お客さんを誘導するための、
《「書店在庫の横断検索システム」》
の実証実験が6月に始まった、といいます。

私が働いていた町の本屋さんは、隣の駅前に本店がある支店の方でした。
お客様の希望の本がこちらにない場合、
ただ「ない」と答えるのではなく、
もし本店に在庫があれば翌日にはこちらで、
と答えるシステムでした。

その上で、お客様が望まれれば、本店に確認の電話を入れる
という形でした。

もちろん、即座に断られるケースもありましたが、
こういう形で販売できることも結構ありました。

最近では、私自身、大手書店のネットで在庫を確認して買いに行く、
ということもありました。

左利き関係の本など発行部数の限られた、一般向けでない本の場合、
一般書店で置いていないケースもあり、そういうこともしました。

「元本屋の兄ちゃん」という経歴でもあり、
できる限りリアル店舗で買いたい、という思いがあります。

ホントは、地元のいつも行く書店に注文するのがベストなのですが、
早く欲しいという気持ちがある場合は、仕方なくAmazonや、
こういう形で購入することが増えています。

そういう意味では、この近隣の書店で在庫確認し購入できるという形は、
有効だと思っています。

 

 ●自主仕入れと責任販売

最終的に私が思うのは、やはり現状の再販制度、委託販売制度の
制度疲労をどうにかする、ということです。

中小書店の場合、現状の制度改革は難しいとは思いますが、
本も一般の商品と同じで、
もう今までのやり方では売れない時代になっています。

専門店化と複合店化で生き残るしかない、と考えています。

専門店として高付加価値の希少商品を中心に本を扱うか、
一般商品との併売で、店舗を「本も売っています」化するしかない、
と思っています。

一番の急所は、自主仕入れと責任販売で、
出版社なり取次なりと価格交渉を進めて、
売上の取り分を上げていくしかない、と思われます。

 

 ●電子版も売る店?

もう一つの方法として、店舗で紙の本だけでなく、
電子版も売れるようにする、という行き方もあるかもしれません。

店舗でダウンロードするやり方はあまり未来はないかも知れません。
わざわざ出かけていくのは、必然性があまり感じられませんから。

しかし、
店舗で注文すると何か「キーワード」のようなものが与えられ、
それをネットで打ち込むと割引が受けられるとか、
店舗の方には、その売上の何パーセントかがバックされる、
というような販売法もあっていいかもしれません。

紙の本では、歴史に残るような価値ある本を出し、
電子版は、もっと広く、一過性の人気本のほか、
とにかく「売れそうな本」をあれこれ打ってみるというやり方が、
これからの出版の行き方ではないか、と考えています。

そうでもしないと、紙の本を扱う書店の規模は限られていますし、
資源的にも無駄にならないためには、そういう方法が必要でしょう。

 

 ●がんばれ、「紙の本」と「町の本屋さん」!

記事の最後には、
《経済産業省も書店振興プロジェクトチームを設置し支援策の検討》
とあります。

とにかく、町の本屋さんというものは、地元の文化の発信の一つで、
世界への入口でもあります。

これ以上衰退しないことを切に願っています。

先にも書きましたように、書店業は、
私が<本屋の兄ちゃん>時代にも、少しずつ衰退の兆しはありました。

しかし、ここまで早くダメになるとは考えてもいませんでした。
私の人生の楽しみがこんなに早く風前の灯火となるとは!

少なくとも自分の生きているうちは、大丈夫だろうと思っていました。

電子版もあるとはいうものの、やはり印刷のインクの匂いとか、
紙の手触りとか、本自体の重さとか、逆に薄い本の軽さとか、
物理的な体感を伴う、紙の本の存在感というのは、
捨てがたいものがあります。

がんばれ、「紙の本」と「町の本屋さん」!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」と題して、今回も全文転載紹介です。

本誌では分量的に長くなってしまい省略しました、【過去5回の<私の「町の本屋」論>】の概要とまとめを、こちらではそのまま掲載しています。

他には特にいうことはありません。
<元本屋の兄ちゃん>としての書店に関する個人的な意見です。

「なんとか生き残ってくれ」という私の願いは読者の皆様に届いたか、と思います。

 ・・・

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2024.08.31

<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・小川洋子『博士の愛した数式』-楽しい読書372号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 【別冊 編集後記】

2024(令和6)年8月31日号(vol.17 no.15/No.372)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・
小川洋子『博士の愛した数式』」

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年8月31日号(vol.17 no.15/No.372)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・
小川洋子『博士の愛した数式』」
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 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2024から――。

 昨年同様、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介しています。

 第三回は、「新潮文庫の100冊 2024」フェアから、
 小川洋子『博士の愛した数式』を。

 

【角川文庫の夏フェア】
「カドイカさんとひらけば夏休みフェア2024」特設サイト
https://note.com/kadobun_note/n/n94088457149e

集英社文庫『ナツイチ2024』フェア-
ナツイチ2024 言葉のかげで、ひとやすみ
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/

「新潮文庫の100冊 2024」フェア
https://100satsu.com/

240715-2024natu-no-bunnko

 

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 ◆ 2024年テーマ:夢か奇蹟の物語 ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(3)

  新潮文庫・小川洋子『博士の愛した数式』

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●「新潮文庫の100冊 2024」フェア

【限定カバー】
「ヨルシカ×新潮文庫 コラボレーション限定カバー」
  『文鳥・夢十夜』(夏目漱石)
「季節限定カバー 夏Ver.」
  『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光
「プレミアムカバー 2024」
古典名作や人気作を中心に選定した全8種のラインナップで、
作品に合わせたこだわりのカラーをセレクトしています。
●宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』
●中島敦『李陵・山月記』
●ルイス・キャロル/著 、矢川澄子/訳『不思議の国のアリス』
●谷崎潤一郎『痴人の愛』
●エーリヒ・ケストナー/著 、池内紀/訳『飛ぶ教室』
●夏目漱石『こころ』
●太宰治『人間失格』
●星新一『宇宙のあいさつ』

【ラインナップ】――既読および気になった作品のみ挙げておきます。

「愛する本」
川端康成『伊豆の踊子』、深田久弥『日本百名山』、
谷崎潤一郎『痴人の愛』、宮本輝『錦繍』、
シェイクスピア 、中野好夫/訳『ロミオとジュリエット』、
夏目漱石『夢十夜』、宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』、
三島由紀夫『金閣寺』、赤川次郎・他『吾輩も猫である』

「シビレル本」
カミュ 、窪田啓作/訳『異邦人』、
スティーヴン・キング/著 、山田順子/訳『スタンド・バイ・ミー』、
沢木耕太郎『深夜特急1』、村上春樹『螢・納屋を焼く・その他の短編』、
司馬遼太郎『燃えよ剣(上下)』、星新一『宇宙のあいさつ』、
夏目漱石『こころ』、ヘミングウェイ、高見浩/訳『老人と海』、
ガブリエル・ガルシア=マルケス/著 、鼓直/訳『百年の孤独』

「考える本」
太宰治『人間失格』、河合隼雄『こころの処方箋』、
遠藤周作『海と毒薬』、
ドストエフスキー/著 、工藤精一郎/訳『罪と罰』、
ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』、
ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』、
ヘッセ/著 、高橋健二/訳『車輪の下』、
サイモン・シン/著 、青木薫/訳『フェルマーの最終定理』、
土井善晴『一汁一菜でよいという提案』
レイチェル・カーソン/著 、上遠恵子/訳『センス・オブ・ワンダー』、
コナン・ドイル/著 、延原謙/訳『シャーロック・ホームズの冒険』、
芥川龍之介『羅生門・鼻』、
ゲーテ/著 、高橋義孝/訳『若きウェルテルの悩み』

「ヤバイ本」
中島敦『李陵・山月記』、H・P・ラヴクラフト/著 、南條竹則/編訳
『アウトサイダー―クトゥルー神話傑作選―』、
フランツ・カフカ/著 、高橋義孝/訳『変身』、宮部みゆき『火車』、
星新一『ボッコちゃん』、安部公房『砂の女』、
ルイス・キャロル/著 、金子國義/絵 、矢川澄子/訳
『不思議の国のアリス』、西村賢太『苦役列車』、
ロバート・L・スティーヴンソン/著 、田口俊樹/訳『ジキルとハイド』、
梶井基次郎『檸檬』、江戸川乱歩『江戸川乱歩傑作選』

「泣ける本」
エーリヒ・ケストナー/著 、池内紀/訳『飛ぶ教室』、
吉本ばなな『キッチン』、三浦綾子『塩狩峠』
小川洋子『博士の愛した数式』、
サン=テグジュペリ/著 、河野万里子/訳『星の王子さま』

――といったところでしょうか。
既読は他社版も含めて32点ぐらいです。

 

 ●小川洋子『博士(はかせ)の愛した数式』

で、今回は、小川洋子さんの『博士の愛した数式』を取り上げます。

★「新潮文庫の100冊 2024」フェア――
小川洋子『博士の愛した数式』新潮文庫 2005/11/26
『博士の愛した数式』(Amazonで見る)

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 《ぼくの記憶は80分しかもたない――
  あまりに悲しく暖かい奇跡の愛の物語。
  [ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、
  そう書かれた古びたメモが留められていた──
  記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。
  博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。
  数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、
  ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。
  あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。》

いやあ、本当に、この言葉のままといってもいいでしょうね。
《悲しく暖かい、奇跡の愛の物語》です。

母子家庭の30前の派遣家政婦さんとその10歳の息子さんと、
派遣先の64歳の記憶に障害のある男性との三人の“友情”の物語です。

「泣ける本」に分類されていますが、ちょっと違うように思います。
何でも「泣ける」という形容詞でごまかすべきではない、と考えます。

これは「記憶」というもの「人間の存在」というものと、
三人のあいだに紡がれる友情について考えさせる物語です。

 

 ●ストーリー

過去に9人の派遣された家政婦さんたちが次々と辞めてしまった
という問題のお客様が、博士でした。
大学の数論の教師でしたが、17年前の交通事故で記憶に障害が発生し、
未亡人の義理の姉の住む家の離れに一人住んでいる。

義理の姉の話によると、

 《頭の中に八十分のビデオテープが一本しかセットできない状態》p.11

で、それを上書き使用する状況……。

今日挨拶をしても明日にはまた初めての出会いになるといい、
会わせてももらえません。

初めて会ったとき、いきなり君の靴のサイズは? と聞かれ、
「24」と答えると、「潔い数字だ、4の階乗だ」(p.13)と。
「カイジョウとは何でしょうか」と問うと、
「1から4までの自然数を全部掛け合わせると24になる」と。

すべてこういう調子で話が進んでいきます。

言葉の代わりに数字を、それが

 《他人と交流するために彼が編み出した方法だった。》p.14

それが相手と握手するために差し出す手であり、
自分の身を保護するためのオーバーだったのです。

誰も脱がすことができないもので、
とりあえず自分の居場所を確保する手段だったのです。

数学が二人の間を取り持つ言葉となり、
瞬間瞬間に生きる博士と「私」との
人間同士としての心の交流へと進んでゆきます。

博士は家にいるときも外出するときも、背広にネクタイのスーツ姿。
昔は美男子だったと思わせる面影が残り、

 《彫りの深い顔つきには心惹かれる陰影があった。》p.16

しかしその背広には、多くのメモがクリップで留められています。
一番古そうなメモは、唯一「私」に読み取れるもので、

 《僕の記憶は80分しかもたない》p.21

とありました。

あるとき、家政婦の「私」に10歳の息子がいると知った博士は、
「これはいかん」と、自分の夕食を作る「私」に
「明日からは学校が終わると直接ここへ来て宿題をし、一緒に食事を」
といい、《新しい家政婦さん》のメモに、
《と、その息子10歳》と書き加えます。

 《本当に私が警戒心を解き、博士を信用するようになったのは、
  博士と息子が出会った、最初の瞬間からだった。》pp.43-44

そして、次の冒頭の一節に帰ってきます。

 《彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、
  ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、
  ルート記号のように平らだったからだ。/
  「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」》p.6

初めて会ったその瞬間に、彼はルートを抱擁するのです。

 《その両腕には、目の前にいるか弱い者をかばおうとする、
  いたわりがあふれていた。》p.44

そんな息子の姿を見てしあわせに感じ、自分もまた
そのように博士に迎えられたい、という気にさえなる「私」でした。

なぜなら、息子は「私」が高校生の時に出会った大学生の子で、
妊娠を知ると逃げてしまったという無責任男が父親だったからで、
「私」も母子家庭の娘で、母親は男と出て行ってしまい、
息子は孫としても幸せな時間を過ごすことが少なかったからでした。

 

 ●博士という人

博士には、意外な趣味や好みがあるようで、
だんだんと明るみに出てきます。

一つは野球カードを集めていたこと。
阪神タイガースの江夏投手の大ファンだったようで、
理由の一つは「28」という数字にあったようです。

「完全数」だそうで、

「私」 《「28の約数を足すと、28になるんです」》p.62

「博士」《「完全の意味を真に体現する、貴重な数字だよ」》p.63

 《「完全数は連続した自然数の和で表すことができる」》p.71

28=1+2+3+4+5+6+7

 

ルートは阪神タイガースのファンで、
阪神タイガースが町にやって来るというので、
「私」はチケットを手に入れ、三人で試合を見に行くことにします。

ルートがねだるので売り子さんからジュースを買おうとすると、
博士が「いかん」と止めます。

 《「ジュースを買うのならば、あのお嬢さんからにしなさい」》p.141

 《「あちらのお嬢さんが、一番可愛らしいからです」/
  博士の審美眼は間違っていなかった。ざっと見回したところ、
  彼女が一番美人で、一番感じのいい笑顔を振りまいていた。》
pp.141-142

彼女が近づいてくると、博士が「はいっ」と勢いよく手を挙げ、
ルートにジュースを買ってくれます。
それだけではなく、頼んでもいないのに、
ポップコーンやアイスクリームまで買ってくれたのです。

博士が球場のジュース売りのお姉さんに恋したエピソード、でした。

 

また博士は、不意に目の前に現れ、腕を組み、
じっと食事の用意をする「私」を見つめています。

 《「君が料理を作っている姿が好きなんだ」》

というのです。

「私」は、息子のルートが小さかった頃、
雇い主にいじめられて泣いていたときに慰めてくれた言葉

 《「ママは美人だから大丈夫だよ」》p.84

にもあるように、どうやら美人らしいのです。

博士という人は案外、……なようです。

 

 ●友達

阪神戦の観戦の夜、博士は熱を出し、
義姉から母屋には出入りするなと言われていた「私」は、
一晩つきっきりで看病します。

ところが、これが悪くとられ、クビになります。

さらに、ルートはお友達になっていた博士のもとを勝手に訪れ、
それがまた悪く取られます。

 《「どうして辞めた家政婦さんの子供が、
   義弟のところにやって来る必要があるのでしょうか?」》p.183

義弟を丸め込んでお金を取ろうとしている、というのです。

さすがに「私」は反論します。

 《「友だちだからじゃありませんか」/私は言った。/
  「友だちの家に、遊びに来てはいけないんですか」/
  「誰と誰が友だちというのですか?」/
  「私と息子と、博士がです」》p.186

 《「義弟に友人などおりません。一度だって友人が訪ねてきた
   例(ため)しなどないのです」/
  「ならば、私とルートが最初の友だちです」/
  不意に博士が立ち上がった。/
  「いかん。子供をいじめてはいかん」》p.187

そう言うと博士はポケットからメモ用紙を取り出し、数式を一つ書いて、
席を立ちます。

 《あらかじめ、そうすべきことが決まっていたかのような、
  毅然とした態度だった。そこには怒りも混乱もなく、
  ただ静寂だけが彼を包んでいた。》p.187

 《もう誰も余計な口をきかなかった。(略)彼女の瞳から少しずつ
  動揺や冷淡さや疑いが消えていくのが分かった。
  数式の美しさを正しく理解している人の目だと思った。》p.188

こうしてまた「私」は博士宅の家政婦に戻ります。
理由は定かではないままでした。

「私」はこの数式について町の図書館で調べます。
偶然目を惹いたフェルマーの最終定理の本に、この数式を見いだします。

では、なぜ博士はあのときこの公式を書き付けたのか?

 《ただ一つ間違いないのは、彼の一番の心配はルートであった、
  ということだ。自分のせいで母親たちが争っているとルートが
  思い込んでしまわないか、怖れていた。だからこそ彼独自の、
  自分にできる唯一の方法で、ルートを救い出した。/
  今振り返っても、博士が幼い者に向けた愛情の純粋さには、
  言葉を失う。それはオイラーの公式が不変であるのと同じくらい、
  永遠の真実であった。》pp.199-200

 

 ●ルートの11歳の誕生日と博士の一等賞お祝いパーティー

季節は巡り、いつしか博士の記憶のタイマーが狂い出します。

博士が何日も苦しんで解いた数学雑誌の懸賞問題で一等賞を取ったとき、
「私」とルートが喜びたいので、お祝いをしようと提案します。
9月11日のルートの11歳の誕生日と一緒に、というと、
やっと関心を示します。

11に対して、

 《「美しい素数だ。素数の中でもことさらに美しい素数だ。
  しかも村山の背番号だ。素晴らしいじゃないか、君」》p.238

博士へのプレゼントとして江夏の野球カードを、と二人で決めたものの
たいていはすでに博士の持っているものでした。

 《「途中止(や)めしたら、絶対正解にはたどり着けないんだよ」/
  それがルートの意見だった。》p.250

やっと見つけたカードは、限定版の江夏のカード。

そして、パーティーの最中にちょっとしたトラブルが起きます。
博士の記憶が“時間切れ”となりますが、貼ってあったメモのお陰で、
なんとかパーティーを続けることができました。

ルートは、少年野球用の本格的なグローブを貰います。
それは未亡人の義姉が博士の希望を聞いて買ってきてくれたものでした。

 

 ●記憶と記録

最後まで紹介するのはやめておきましょう。
ここまででもいくつかのエピソードを省いてはいますけれど。

はっきりしたことはわかりませんが、
未亡人の義姉と博士のあいだには、
どうもある秘密が隠されているようです。

それもおもしろい謎ではありますが、
ここまでではっきりしていることは、
とにかく博士と「私」とルートのあいだに、ある友情が育まれたこと、
特に博士が子供に対して抱いている優しさというものが、
非常に心に残る作品でありました。

この三人の交流はまさに「奇蹟」の一つだったのかも知れません。

 

 《私たち三人にとって、夕方は貴重な時間帯だった。
  朝、初対面の者同士として出会ってから、
  わずかでも博士の緊張が和らぎだし、そしてルートが帰ってきて
  無邪気な声を振りまくのが、夕方だったからだ。》p.96

 《私とルートは決して、「その話はもう聞きました」と言わないよう、
  固く約束し合った。江夏について嘘をつくのと同じくらい、
  大事な約束だった。たとえどんなに聞き飽きていても、
  誠意を持って耳を傾ける努力をした。こんな幼稚な私たちを
  数論学者のように扱ってくれる博士の努力に、ルートと私は
  報いる必要があったし、なにより彼を混乱させたくなかった。
  どんな種類であれ混乱は、博士に悲しみをもたらした。私たちさえ
  黙っていれば、博士は失ったものの存在について知ることもなく、
  何も失っていないのと同じになるのだ。そう考えると、
  「その話はもう聞きました」と言わないでいるくらい、
  たやすく守れる約束だった。》p.96

 

このお話には、数学的な美しさといったものと同様に、
人の心の美しさというものも描かれているように思いました。

人を思う気持ちというものは、何物にも代えがたいものであり、
それはたとえ人の記憶が失われたとしても、
永遠に続き、残るものなのではないでしょうか。

そして大事なことは、記録するという行為です。
ちょっとしたメモでもいい、何かしら書いたものを残しておく。
それをたどることで、記憶が甦ってきたり、
何かしら印象が残っていることに気付く。

そういうことが大きく言えば、人類の遺産となるのでしょう。

そんなこんなを考えさせられたお話でした。

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本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・小川洋子『博士の愛した数式』」と題して、今回も全文転載紹介です。

当初図書館本で済ますつもりでしたが、あまりに気になる部分が多く、抜き書きしておくのも大変で、本屋さんで買ってしまいました。
今年は、角川文庫の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』も買った本なのですけれど。

通常は、昔買った本を再利用したり、図書館本で済ますことが多いですね。
でも、最近は新たな作家さんを開拓しようと、その年のフェア本で初めて登場したような作品を買うことがあります。

今年一番気になった本は、やっぱりよく売れているという、ガブリエル・ガルシア=マルケス/著、鼓直/訳『百年の孤独』ですね。
これを取り上げて見ようかと思ったのですが、ちょうど売り切れていたりして……。

新潮文庫は、フェアの本を買うと、「ステンドグラスしおり」というのを一冊につき一枚もらえるそうで、書棚をバックにしたものを選びいただいてきました。
思えばこういう経験は初めてでしたね。
たまにはいいものですね。

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よその文庫を買ったときにはそういう「必ずもらえる」というものがなかったのか、もらったことがないですね。
フェアの冊子だけは必ずもらうようにしているのですけれどね。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2024.08.15

メルマガ『レフティやすおの楽しい読書』8月15日発行分夏休みのお知らせ

読書メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』夏休みのお知らせ の(号外)です。

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年8月15日号(vol.17 号外)
「夏休みのお知らせ」
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 本来は、毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2024から、第三回新潮文庫編をお届けする
 ところですが、パリ・オリンピックや、
 (これは例年のことではありますが、)8月13日の
 「国際左利きの日」もありました。

*参照:
『レフティやすおのお茶でっせ』2024.8.13
8月13日は49回目の「国際左利きの日」INTERNATIONAL LEFTHANDERS DAY
──始まりは1976年アメリカ
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/08/post-2af44d.html

 
また、わが東大阪市でも、
 8月1日には過去最高と並ぶ、最高気温38℃を記録するなど、
 連日35℃を超える猛暑が続いています。

 勝手ながら一回お休みをいただき、
 31日月末に繰り延べとさせていただきます。

 あしからずご了承ください。

 では簡単ですが、この辺で。

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もう一つのメルマガ
『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ) 第三土曜日発行、17日発行分もお休みとさせていただきます。

ではまた。

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2024.07.31

<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎-楽しい読書371号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

2024(令和6)年7月31日号(vol.17 no.14/No.371)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫・
浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年7月31日号(vol.17 no.14/No.371)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫・
浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」」
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 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2024から――。

 昨年同様、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。

 第二回は、集英社文庫の浅田次郎さん『鉄道員(ぽっぽや)』から
「ラブ・レター」を。

【角川文庫の夏フェア】
「カドイカさんとひらけば夏休みフェア2024」特設サイト
https://note.com/kadobun_note/n/n94088457149e

集英社文庫『ナツイチ2024』フェア-
ナツイチ2024 言葉のかげで、ひとやすみ
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/

「新潮文庫の100冊 2024」フェア
https://100satsu.com/

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(画像:新潮・角川・集英社 三社<夏の文庫>フェア2024のパンフレット)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ◆ 2024年テーマ:夢か奇蹟の物語 ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)

  集英社文庫・浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●集英社文庫『ナツイチ2024』フェア

集英社文庫 毎年恒例・夏のフェア「ナツイチ2024」 - PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000584.000011454.html

によりますと、今年の集英社文庫『ナツイチ2024』フェアは、
6月20日にスタート。
集英社文庫の「夏の文庫フェア」は、1991年から始まり、今年は34回目。

 《全国およそ4000軒の書店で、
  6月20日(木)から9月30日(月)まで実施予定》

対象ラインナップ作品は全82冊。

【ラインナップ】

私が気になった作品(★)とその他の主な作品を挙げておきます。

 

■映像化する本 よまにゃ
『地面士たち』新庄 耕
『クラスメイトの女子、全員好きでした』爪 切男

■心ふるえる本 よまにゃ
『塞王の楯(上下)』今村 翔吾
『N』道尾 秀介
『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎
★『陸王』池井戸 潤――以前取り上げた作品
★『鉄道員(ぽっぽや)』浅田 次郎――映画化もあり、気になる作品
★『星の王子さま』サンテグジュペリ 池澤 夏樹 訳――大好きな作品
他 13冊

■スリリングな本 よまにゃ
『真夜中のマリオネット』知念 実希人
『本と鍵の季節』米澤 穂信
『カケラ』湊 かなえ
『偉大なるしゅららぽん』万城目 学
★『傷痕』北方 謙三――デビュー以来、大好きだった作家
他 14冊

■ときめく本 よまにゃ
『猫だけがその恋を知っている(かもしれない)』櫻 いいよ
『一ノ瀬ユウナが浮いている』乙一
『オーラの発表会』綿矢 りさ
『吸血鬼と愉快な仲間たち』木原(このはら) 音瀬(なりせ)
★『アナログ』ビートたけし――ちょっと古くさい?感じが気になる
他 12冊

■じっくり浸る本 よまにゃ
『燕は戻ってこない』桐野 夏生
『ミシンと金魚』永井 みみ
『透明な夜の香り』千早 茜
★『よくわかる一神教』佐藤 賢一――多神教の日本人である私にとって、
 一神教は以前から興味があった
★『文明の衝突(上下)』サミュエル・ハンチントン 鈴木 主税 訳――
 西洋対東洋という、これも昔から気になっていた本の一つ
『人間失格』太宰 治
『坊っちゃん』夏目 漱石
他 16冊

 

 ●特設サイト

ナツイチ2024 言葉のかげで、ひとやすみ - 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/

2024年テーマ

--
言葉のかげで、ひとやすみ。
こころの夏やすみ。
それは一冊の本から始まる。
ファンタジーでも、
ロマンスでも、ミステリーでも。
ページをめくれば、
こころをリフレッシュさせてくれる
新たな出会いが待っているから。
さあ、よまにゃ。
--

――というわけで、新たな出会いを求めて、以前から気になっていた本
浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』を取り上げることにしました。

 

 ●浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』――奇蹟の一巻

『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎 2000年3月17日

巻末の「あとがきにかえて 奇蹟の一巻」で、著者・浅田さんは、
1997年4月に出たときの本書の帯に掲げられたキャッチコピー
<あなたに起こる やさしい奇蹟。>を紹介して、

 《「奇蹟」をモチーフにした短篇を集めました、というほどの意味》

だと解説されています。

それぞれの短編はすべて個別の物語で、
男性が主人公だったり女性が主人公であったり、
三人称多視点の作品であったり一人称の作品であったり、
まったく異なる内容の物語です。

で、共通するのは、「奇蹟」をモチーフにした物語だ、という点です。

それぞれの作品を簡単に紹介しておきましょう。

『鉄道員(ぽっぽや)』 浅田 次郎/著 集英社文庫 2000.3
『鉄道員(ぽっぽや)』(Amazonで見る)

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(画像:集英社文庫『ナツイチ2024』フェアのパンフレットと『鉄道員(ぽっぽや)』)
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(画像:【集英社文庫『ナツイチ2024』フェア パンフレットの『鉄道員(ぽっぽや)』の紹介ページと本と)

 

「鉄道員」――映画化されて有名な一作です。
旧国鉄時代からのJR北海道の鉄道員(ぽっぽや)一筋の男が
定年を迎えた最後の日の物語。
死んだ娘がだんだんと成長する姿を幻として見るのでした。
そして当日……。

「ラブ・レター」――これも映画化されて有名な作品です。
中国人の女性と偽装結婚した書類上だけの夫は、
彼女が仕事先で病気で亡くなり、夫として後始末を任されます。
彼女が残した彼へのお礼の手紙二通を読み、
ありえたかもしれない日々を想像し、涙するのでした。

「悪魔」――子供の目を通して描く怪奇・恐怖もの。
悪魔のような家庭教師により家庭が崩壊する姿を子供の目から描くお話。

「角筈にて」――出世だけじゃない、人生をやり直そうとする夫婦の話。
出世コースから海外支店長に左遷された男は、過去に父に捨てられた
経験を持ち、引き取られた先のおじの娘が今では妻となりました。
父に似た人物を見かけ、過去がよみがえるのですが……。

「伽羅」――洋装店の女店主にまつわる怪奇・恐怖もの。
高級既製服(プレタポルテ)を扱うブティックの素人女主人と、
素人経営者を食い物にするメーカーのトップ・セールスとの物語。

「うらぼんえ」――孫娘を守るためお盆に“帰ってきた”祖父の物語。
夫の愛人に子供ができ、離婚を迫られる身内のいない妻。
夫方の祖父の初盆にゆき、その話が義父からも出るが、育ての親の祖父が
“帰ってきて”妻の味方となり、この話し合いに加わる……。

「ろくでなしのサンタ」――異色のクリスマス・ストーリー。
クリスマス・イヴに出所した三太(さんた)は、留置所で知り合った男の
ために、妻と娘あてにクリスマス・プレゼントの豚まんと鉢植えと大きな
ぬいぐるみを置き「メリー・クリスマス」と一声かけて去って行く……。

「オリヲン座からの招待状」――映画館閉鎖で帰郷した別居夫婦の一日。
生まれ故郷に唯一残っていた映画館の最後の上映会に出席した、東京で
別居生活をしている幼馴染の夫婦と妻を亡くし一人となった館主のお話。

 

前回の<夏の文庫>フェアの角川文庫『ナミヤ雑貨店の奇蹟』でも、
相談を通じて何人かの人物の人生が描かれていました。

本書でも、短編毎にそれぞれに夫婦と親子の家族の問題を背景に、
奇跡的な出来事を交えて、人間の存在の軽みと重さを
時の流れとともに描いています。

なかなか読み応えのある一冊になっていました。

 

 ●リトマス試験紙のような作品集

巻末解説で、北上次郎さんが書いていますように、
この優れた短編集の中には、大きく四つの「名作」が含まれています。

北上さんのお話では、読者には「鉄道員」を支持する派と
「ラブ・レター」派のあいだで論争があり、
そこへ「うらぼんえ」派が割り込んで来て、
さらに「角筈にて」派が続く、といい、
本書は《リトマス試験紙のような作品集だ》p.294 といいます。

 《読み手の年齢、性別、経験、環境、人生観などによって、
  このように感じ入る作品が異なるからである。》p.297

私の場合、「鉄道員」は、男の話としては分からないではないのですが、
子を失い妻を失い、それでも仕事一途にやってきた男の話としては、
哀しいけれど、結婚もして子も生まれ、一時的ではあれ、
幸せの時を経験しているという点では、それで良かったのではないか、
また最終的にも、という気もします。

「角筈にて」と「うらぼんえ」も夫婦のお話である一方、
親子の情、または育ての親との情を描いています。
夫婦の間には、それなりに幸せな時があったのではないでしょうか。

しかし、「ラブ・レター」の主人公の場合はどうでしょうか。
40歳近くまでの20年、歌舞伎町で、ヤクザの末端の組の一員として、
バーテンやポルノショップの雇われ店長等の仕事を続けてきた男が、
偽装結婚した中国人の女性の死後、残された手紙を読んだ結果、
起きたかも知れない状況を夢想する、という物語です。

そう、一人なのです、どちらとも。
戸籍上は夫婦となってはいるものの。
本当の夫婦としての幸せな時間を経験していないのです。

そういう意味では、これら四編の中にあっては一つ異端の作品です。

 

 ●私のお気に入り「ラブ・レター」

この「ラブ・レター」は、先の北上さんのお話では、
女性読者に圧倒的に好評だったそうで、

 《現代の恋愛小説として哀切きわまりないから、女性読者の涙腺を
  刺激するのは理解できる。》p.294

というのです。

ところで、本書中私の一番のお気に入りが、実はこの作品なのでした。

では「ラブ・レター」について書いてみましょう。
(ちなみに映画は見ていません。)

なぜ私がこの作品に惹かれたかといいますと、
それは本書の作品中、一番自分の気持ちを感情移入できる作品だった、
という点です。

70歳まで独り者の私にとって、夫婦のお話というのは、ピンときません。

「ラブ・レター」の主人公は、まだ40歳手前のようですが、
それでも故郷を出てからずっと独身で東京の街中で暮らしてきたわけで、
そういう意味では、私にとって一番身近な存在といえるでしょう。

主人公の境遇のうちで、私にとって最も似つかわしいのがこれだった、
ということです。

そして、ありえたかもしれない日々を夢に見るようすなど、
私にも十分理解できるからです。

私も時折、ありえたかもしれない生活、起こりえたかもしれない出来事、
そういう日々を夢に見ることがあるからです。

 

 ●「おまえらがみんなふつうじゃねえんだ」

ここからは私が惹かれた部分の引用を、少しメモしておきましょう。

 《手紙の文句が甦った。/ここはみんなやさしいです。
  組の人もお客さんもみんなやさしいです。
  海も山もきれいでやさしいです。ずっとここで働きたいです。/
  謝謝。それだけ。海の音きこえます。吾郎さんきこえますか――。/
  自分はやさしさのかけらもない町で、二十年も生きてきたのだと、
  吾郎は思った。》p.74

吾郎にとって、自分の今までの“しょうもない”生き方を
改めて突き詰められた気持ちだったのでしょう。

その夜、夢の中で吾郎は、両親はすでにこの世にいないけれど兄のいる、
捨ててきたはずの故郷に帰った、あったかも知れない日々を思います。

 《(ありがとう、吾郎さん。あたし、もういいよ。
   お客さんみんなやさしいけど、吾郎さんが一番やさしいです。
   私と結婚してくれたから)/花の上に、吾郎は涙を落とした。/
  (俺、やさしくなんかないもね。やくざもおまわりもお客も、
   みんなしておめえのこといじめたもね。一番ひどいのは俺だよ。
   五十万で籍を売って、その金だって三日で使っちまった。
   おめえ、その金も体で返すんだろ。血を吐きながら、返すんだろ。
   俺たち、みんな鬼だもね。おめえを骨になるまで食いちらかした
   鬼だもね。おめえを骨になるまで食いちらかした鬼だもね。
   鬼がやさしいはずないべや)/
   物を言わぬ花を大地ごと抱きかかえて、
  吾郎は思いのたけをこめて声を絞った。/(もう何もせんでいい。
   俺と、結婚して下さい)》p.77

 

二通目の手紙から――

 《吾郎さんにあげられるもの、何もなくてごめんなさい。
  だから言葉だけ、きたない字でごめんなさい。/
  心から愛してます世界中の誰よりも。/吾郎さん吾郎さん吾郎さん
  吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん。/
  再見、さよなら。》p.84

手紙の途中から吾郎はまた泣き出します。

吾郎がおかしくなったという、組の若者に対して、

 《「ふつうだよ。どうもしちゃいねえよ。
   おまえらがみんなふつうじゃねえんだ」》p.84

と。
そして骨箱に「高野白蘭」と口紅で名前を書くのでした。

 《国へ帰ろう。ついに会うことのなかった弟の嫁を、
  兄はきっとやさしく迎えてくれるだろう。/
  「帰ろうな、パイラン、みんな待ってるから」》pp.84-85

 

モデルほどの美貌の女性だったそうで、だからというのは考えすぎで
(その辺は小説ですからね)、純粋に美しい心を反映した内容の手紙に
感動したというところでしょう。
それに対して自分たちのしてきたことは何だったのか、
という反省が込められているのです。

さて彼はこれからどういう人生をたどることになるのでしょうか。
結局また元の木阿弥になるのかどうか。
まあ、人生そう簡単でもないですからね。

でも、そうはならずに故郷に帰って、やり直してほしいものです。

 

 ●心に残る一編

年を取るにつれて、涙腺がゆるくなる、といいますが、
ちょっとしたことでも、思わず泣いてしまいます。
これもそういう物語でしたね。

先ほども書きましたけれど、
私のように、独身でここまで生きてきてしまった人間としては、
ひょっとしたらこういう何かがあったかもとか、
色々考えてしまうときがあるのです。

そういう意味で、このお話はやっぱりこの短編集の中にあっては、
格別な味わいです。

心に残る一編でした。

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本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎」と題して、今回も全文転載紹介です。

今年の<夏の文庫>フェアは、ここまで映画化された人気作家の有名作品を扱ってきました。

案外無かったことかも知れません。
今までは基本的に、古典の名作名著を軸にしてきた、というところがありました。

最近は、出版社のフェア作品の選書が変化してきたという面もあるのでしょうか。
各社ともに自社の持つ日本の人気作家の作品を全面に押し出してきている感じがします。

売上を考えているのか、“古典や名作を若者に読んでもらいたい”主義では、老舗の出版社に勝てないといった事情もあるのかも知れません。
あるいは、“若者に読んで欲しい本”から、もっと単純に“若者に読んでもらえそうな本”に重点を置いた選書に変化しているのか。

私もこの機会に、少しでも読書の間口を広げようと、目新しい作家の作品を選んで読むようにしています。

さて次回は、最後に残った新潮文庫ですが、どうなりますか……。

 ・・・

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2024.07.28

光文社古典新訳文庫から完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/鈴木雅生訳 が発売

7月10日に、光文社古典新訳文庫から完訳版のジュール・ヴェルヌの名作『十五少年漂流記 二年間の休暇』が鈴木雅生さんの訳で発売されました。

『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/鈴木雅生訳 光文社古典新訳文庫(K-Aウ 2-4) 2024/7/10
『十五少年漂流記 二年間の休暇』(Amazonで見る)

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完訳版で、全712ページという分厚い本です。
なかなか読みでのある本になっています。

しかし内容を見ますと、光文社古典新訳文庫は、作品本文だけでなく、解説が豊富で、著者の年譜も付いています。
また、ヴェルヌの本にとってはもう一つの魅力でもある挿絵が、《原書初版に収録された図版約90点も収録》ということで、より大部の本となっているわけです。

1888年の作品で、時代は経っているものの、『ロビンソン・クルーソー』ものの一つで、少年たちが主人公の冒険ものということで、とっつきやすいのでは、と思います。
夏休みの中高生のみなさんにぜひ読んでいただきたいものです。

 ・・・

従来はこの季節、新潮文庫の<夏の文庫100冊>フェアで、新潮文庫の縮約版の『十五少年漂流記』が書店に並んだものでした。

もちろんこの本にはすでに完訳版があります。
一般向けの文庫では、集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>の一冊『二年間のバカンス 十五少年漂流記』(横塚光雄訳) や、創元SF文庫『十五少年漂流記』(荒川浩充訳)があります。
しかしもうかなり昔の翻訳です。
私が持っている集英社文庫は1993年の出版ですが、元本は1967年に出版された集英社コンパクトブック版<ヴェルヌ全集>全24巻中の一冊です。
50年以上前の翻訳となりますね。

『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ/著 横塚 光雄/訳 2009/4/3
544ページ
『十五少年漂流記』(Amazonで見る) ISBN-10 ‏ : ‎ 4087605728

↑こちらは、2009年<桂 正和描き下ろしカバー>版。

 

お子様向けの文庫版でも何点か出ています。
光文社古典新訳文庫版『十五少年漂流記 二年間の休暇』の巻末の「訳者あとがき」に、『二年間の休暇』の書名で岩波少年文庫(私市保彦訳)、偕成社文庫(大友徳明訳)、福音館文庫(浅倉剛訳)からそれぞれ出ているとあります。
詳細は確認していませんが、こちらもみなそれなりに日が経っているように思います。

比較的新しい完訳ものでは、新潮社の<新潮モダン・クラシックス>の椎名誠と渡辺葉による父娘共訳という『十五少年漂流記』(2015/8/31)でしょうか。

『十五少年漂流記』ジュール ヴェルヌ/著 椎名 誠、渡辺 葉/訳
『十五少年漂流記』(Amazonで見る)

 

*参照:『レフティやすおのお茶でっせ』2015.8.10
ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売

 ・・・

現代では、翻訳物はみな、原語からの完訳が常識となっています。
冗長な部分をそぎ取り、ダイジェストした翻訳(日本の古典に関しても)は、今ではあまり評価されされなくなりました。
そういうものも必要だという人もいます。
作品をよく理解した訳者によるダイジェストは有用だ、というのです。
どちらとも言えないですね。

確かに入門書的に、そういうダイジェストから入るというやり方もあります。

私も若い頃にデュマの『モンテクリスト伯』のダイジェストものを読み、感動したことがあります。
『南総里見八犬伝』もそうですね。

子供の頃に読んだ少年少女ものの文学全集的なものはみな、そういうものでした。
ですから、一概には否定できないのも事実です。

 ・・・

私の今持っている『十五少年漂流記』の文庫本は、他に旺文社文庫版が2点あります。
ともに古本屋さんで購入したものです。
これは、訳者の「あとがき」によりますと、この当時まだ日本にこの本の完訳版はないとのこと。
で、《フランスで現在もっとも広く行われている縮約本をそのまま使うことにした》というものです。

旺文社文庫は、基本学参の出版社ということもあり、主に中高生向けに古典の名作名著をわかりやすく読みやすく紹介する、という使命の下、著者の人と作品についての解説や年譜など詳細な資料を付加した入門書的な構成になっています。
そういう性格からか、ここではストーリーを追うことを重点にした読みやすい抄訳版になったのかも知れません。

1.『十五少年漂流記』ジュール ヴェルヌ/著 金子 博/訳 旺文社文庫<特製版> 昭和44(1967)年7月
↑こちらは、ハードカバー版。

2.『十五少年漂流記』ジュール ヴェルヌ/著 金子 博/訳 旺文社文庫 昭和44(1967)年4月初版/1980年重版
↑イラストのカバー付き。

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(画像:私の蔵書から、ジュール ヴェルヌの『十五少年漂流記』文庫版の翻訳書4点――旺文社文庫<特製版>、旺文社文庫カバー付、集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>版、新刊の光文社古典新訳文庫版)

 ・・・

まあ、いちばんいいのは、抄訳版と完訳版をどっちも読み、自分でどちらが良いか読み比べてみることでしょう。

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(画像:抄訳版と完訳版の厚さの違い――左から『十五少年漂流記 二年間の休暇』光文社古典新訳文庫 712ページ、集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>版『二年間のバカンス 十五少年漂流記』544ページ、旺文社文庫/抄訳版版『十五少年漂流記』248ページ)

 

もう一つ、『十五少年漂流記』と同様の設定で書かれた小説に、ノーベル文学賞を受賞したウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954)があります。
健全さを保ち、善への道を歩んだ前者とは異なり、悪にとらわれてしまった後者の違いは、ちょっとショッキングでしたね。
こういう読み比べもできます。

『蠅の王〔新訳版〕』ウィリアム・ゴールディング/著 黒原 敏行/訳 ハヤカワepi文庫(コ 1-1) 2017/4/20
『蠅の王〔新訳版〕』(Amazonで見る) 

 ・・・

最後に翻訳者の鈴木雅生さんは、光文社古典新訳文庫では、

『ポールとヴィルジニー』ベルナルダン・ド・サン=ピエール/著 鈴木 雅生/訳 (光文社古典新訳文庫 Aヘ 4-1) 2014/7/10
『ポールとヴィルジニー』(Amazonで見る) 

『戦う操縦士』サン=テグジュペリ/著 鈴木 雅生/訳 (光文社古典新訳文庫 Aサ 1-4) 2018/3/7
『戦う操縦士』(Amazonで見る)

を担当されています。

私の好きな二大作家ヴェルヌとサン=テグジュペリを翻訳されているのは嬉しいものです。
『ポールとヴィルジニー』も古くさいといえば古くさい小説ですが、色々な背景のある小説で、かつては広く読まれた古典で、読む価値ありだと考えています。
この本も原著挿絵付です。

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(画像:私の蔵書から、鈴木雅生さん訳の光文社古典新訳文庫版の『ポールとヴィルジニー』『戦う操縦士』。)

 

*【ヴェルヌの参考書】:

『ジュール・ヴェルヌ伝』フォルカー・デース 石橋正孝訳 水声社 2014/5/1
―本邦初のヴェルヌの評伝。力作です。ヴェルヌの伝記のなかで最も信頼に足ると言われるものです。
 当時の社会状況を知っていれば、また彼の作品をより多く読んでいれば、楽しさも増します。
『ジュール・ヴェルヌ伝』(Amazonで見る)

『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険 ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル』石橋正孝 左右社 2013/3/25)
―これも力作。元は学術論文ということで、ちょっと読みづらく感じたり、ヴェルヌの原稿をまな板に載せているため、それらを(邦訳がない、もしくは手に入りにくいため)未読の人には分かりにくかったりします。
 小説家ヴェルヌと編集者エッツェル、二人のジュールのあいだを巡る出版の秘密をめぐる“冒険”です。
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『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・《驚異の旅》』東洋書林 2009/3/1
―これは見て楽しい本です。図版で見るヴェルヌの世界といってもいいかもしれません。
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『文明の帝国 ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』杉本淑彦 山川出版社 1995/8/1
―ヴェルヌの小説の表現を通して当時のフランス帝国主義を考えるという論文。原書からの挿絵も多数収録。
 巻末100ページを費やし、ヴェルヌの〈驚異の旅〉シリーズ全作品及び初期作品のあらすじを紹介。
 本書『名を捨てた家族』の解説でも触れられています。
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『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』水声社 2009/1/6
―1977年『ユリイカ』以来の雑誌特集。本邦初訳短編「ごごおっ・ざざあっ」、ル・クレジオ他エッセイ、年譜、《驚異の旅》書誌、主要研究書誌。
『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』(Amazonで見る)

『ユリイカ 1977年5月号 特集=ジュール・ヴェルヌ 空想冒険小説の系譜』青土社 1977/5/1
―本邦初訳短編、フーコー、ビュトール、私市保彦他各氏エッセイ。
『ユリイカ 1977年5月号 特集=ジュール・ヴェルヌ 空想冒険小説の系譜』(Amazonで見る)

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(画像:蔵書から――『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・《驚異の旅》』東洋書林 2009/3/1 『文明の帝国 ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』杉本淑彦 山川出版社 1995/8/1 『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』水声社 2009/1/6 『ユリイカ 1977年5月号 特集=ジュール・ヴェルヌ 空想冒険小説の系譜』青土社 1977/5/1)

 

*『お茶でっせ』ジュール・ヴェルヌの記事:

【ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション】
・2019.1.10 ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションV(カルパチア)と(シュトーリッツ)を読む

・2018.10.29 おまたせ!ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションV 第三回配本10月31日発売

・2017.11.21 ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』を読む

・2017.4.7 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』を読む

・2017.1.23 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』1月20日発売

【文遊社<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2014.7.19 文遊社ジュール・ヴェルヌ復刊第四弾『緑の光線』7月30日発売

・2014.1.13 文遊社ヴェルヌ復刊シリーズ第3弾『黒いダイヤモンド』年末に発売 
・2013.10.17 ジュール・ヴェルヌ『ジャンガダ』を読む

・2013.8.6 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』を読む&『ジャンガダ』出版

【その他の<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2017.1.22 ヴェルヌ『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』を読む

・2016.7.25 角川文庫から新訳ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上下)7月23日発売

・2015.8.10 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売

・2013.6.2 ジュール・ヴェルヌの本2点『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』『永遠のアダム』

・2012.10.25 テレビの威力か?HPジュール・ヴェルヌ・コレクションにアクセス急増!

・2007.8.24 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里(上)』岩波文庫

・2004.10.18 偕成社文庫版ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』と映画『80デイズ』
・2004.7.2 復刊された『グラント船長の子供たち』

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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