【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号
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【最新号】
2026(令和8)年5月31日号(vol.19 no.10/No.412)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)
鮑照「代東門行」「擬行路難十八首」「梅花落」」
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2026(令和8)年5月31日号(vol.19 no.10/No.412)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)
鮑照「代東門行」「擬行路難十八首」「梅花落」」
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「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」39回目は、元嘉期の詩人の
を取り上げます。
平凡社の江原正士、宇野直人/著『漢詩を読む』のシリーズ第二巻
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』を参考にすすめています。
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◆ 唐代歌行詩の先駆者 ◆
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)
~ 元嘉の三大家・三人目 ~
鮑照「代東門行」「擬行路難十八首」「梅花落」
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今回の参考文献――
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』
江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/11/26
「一、元嘉期の詩人たち」より
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●鮑照(ほうしょう 412?-466)
鮑照は、先に紹介しました謝霊運さんや顔延之さんと並び、
「元嘉の三大家」と称される詩人です。
鮑照は、晩年になって高い官職に就いた人で、
当時は軍閥が幅をきかす時代ではありましたが、
まだ社会的地位の高い貴族に対する価値観が残っていたのでした。
鮑照は、歌行詩という、
《目で読むより耳で聴くことをとおして内容やメッセージを伝える
ことが主になります。前もって曲があって、そのメロディに合う
ように文字を並べてゆく――鮑照はそれが得意な詩人でした。》
今回はそんな歌謡体の詩三首を。
●「代東門行」東門行に代ふ
「代東門行」は、「東門行に代(か)ふ」で、
「~に代(か)ふ」は「~になぞらえる」「~にあてはめる」の意味で、
この題名から“これは替え歌ですよ”と宣言していることになり、
「東門行」という後漢の頃からある歌の変化した形を、
改めて替え歌にしたのだろう、と解説の宇野さん。
替え歌というか、日本の和歌における「本歌取り」のようなもの。
中国の文化では、ゼロから新しいものを作るより、
《すでにある物に手を加えて一層輝かせる、新しい価値を見いだす
行為の方が高く評価されるふしがあります。》p.46
別れの宴会で作られたものですが、
旅立つのが知人なのか鮑照自身なのかは不明。
・・・
代東門行 東門行に代ふ 鮑照
傷禽悪弦驚 傷禽(しようきん)は弦(げん)の驚(おどろ)くを悪(にく)み
倦客悪離声 倦客(けんかく)は離声(りせい)を悪(にく)む
離声断客情 離声(りせい) 客情(かくじよう)を断(た)ち
賓御皆涕零 賓御(ひんぎよ) 皆(みな) 涕(なんだ)零(お)つ
猟師の矢で射られて傷ついた鳥は、
以後弓の弦がはじける音を聞いただけでも嫌がる
同じように、長旅に疲れた旅人は、
別れの曲を聞くだけでもうとましくなる
それは旅人の心を断ち切るようにつらい思いをさせ…
旅立つ者を見送る人、馬車を操る御者も、
みんなもらい泣きをしてしまう
第一段は、“人と別れるのは悲しい”という一般論から。
「傷禽」は“傷ついた鳥”、「離声」は“離別の音声”つまり別れの曲。
涕零心断絶 涕(なんだ)零(お)ちて 心(こころ) 断絶(だんぜつ)し
将去復還訣 将(まさ)に去(さ)らんとして復(ま)た還(かえ)り訣(わか)る
一息不相知 一息(いつそく)にして相(あひ)知(し)らず
何况異郷別 何(なん)ぞ况(いわ)んや異郷(いきよう)に別(わか)るるをや
涙はこぼれ、心は引き裂かれ、
いざ出発という時になって、
もう一度振り返って別れの挨拶をせずにいられない
人間というのは、ほんの短い別れでも、
互いのようすがわからなくなってしまう
まして異郷に旅立つとなればなおさら、
将来がどうなるかわからないじゃないか
第二段は、説明を加えて、別れの悲しさを強調。
《「何ぞ况んや」は“まして~はなおさらだ”、
文法用語で“累加(るいか)”の句形とされます。》p.48
別れといっても現代の私たちの別れとは違うんだ、と宇野さん。
「今生の別れ」と思ってもいい、と江原さん。
私たちはこの詩をずいぶん大げさと感じますが、
当時は、まさに実感だった、と宇野さん。
遙遙征駕遠 遙遙(ようよう)として征駕(せいが)遠(とほ)く
杳杳白日晩 杳杳(ようよう)として白日(はくじつ)晩(く)る
居人掩閨臥 居人(きよじん)は閨(ねや)を掩(おほ)つて臥(ふ)し
行子夜中飯 行子(こうし)は夜中(やちゆう)に飯(はん)す
やがてはるか彼方へ馬車は遠ざかってゆく
暗く深く太陽が沈んでゆく
夜になれば、自分の家にいる人は寝室の戸を閉めて眠りにつくが
旅人は夜中になって、やっと食事にありつくことができる
この二句は対句で、夕方から夜にかけての旅人のようす。
「遙遙」ははるかに遠いこと、「杳杳」はぼんやり薄暗いようす。
“旅は大変だ”と。
野風吹草木 野風(やふう) 草木(そうもく)を吹(ふ)き
行子心腸断 行子(こうし)心腸(しんちよう)断(た)つ
食梅常苦酸 梅(うめ)を食(くら)えば常(つね)に酸(さん)に苦(くる)しみ
衣葛常苦寒 葛(かつ)を衣(き)れば常(つね)に寒(かん)に苦(くる)しむ
野原をわたる風が、草や木を吹いて音をたてる
旅人は心を切り刻まれる思いをする
梅の実を食べるといつもその酸っぱさがつらく、
葛で作った薄い夏服ばかり着ていると寒い季節には悩まされてしまう
“特に秋の旅はつらい”。
旅では食べるものや着るものに苦労する、といいたいようです。
糸竹徒満座 糸竹(しちく) 徒(いたづ)らに座(ざ)に満(み)つれども
憂人不解顏 憂人(ゆうじん) 顏(かんばせ)を解(と)かず
長歌欲自慰 長歌(ちようか)して
自(みづか)ら慰(なぐさ)めんと欲(ほつ)すれば
弥起長恨端 弥〃(いよいよ)長恨(ちようこん)の端(たん)を起(おこ)す
琴や笛の音がむなしく部屋に満ち満ちているが
悩んでいる人は表情をほころばすことはない
声を長く引いて歌い、自らをなぐさめようとしても、
それはますます深い長きのきっかけとなってしまうだけだ
ふと我に返るとここは宴会の場。
「顏を解く」とは笑う意味。
《“美しい音楽を聴いても、全くなぐさめられない”》と、
これは旅する当事者のこと。
《――これまでの別れの歌と言えば、故事が盛り込まれたりして、
多岐にわたっていて華やかな印象もありましたが、これはちょっと
違う感じがしますね。/
言葉もそう難しくなく、故事もなくてさらさら進みます。鮑照の
作風の特色でしょうか。》
《ふつうは、詩の中に知識教養を織りこんでゆくのが腕の見せ所だった
のですが、鮑照はそういうことと決別したんでしょう、そこに何か
彼の主張があるのかもしれません。》
●「擬行路難十八首」より「その六」
次の詩は、「行路難」という歌になぞらえたもので、
この歌は後に李白も作っている。
鮑照自身役人でありながら、役人生活を否定するという、過激な内容。
それを宴会で披露したと考えられ、ということは、共感する不満の多い
官僚がたくさんいたと……。
《思い起こせば屈原以来、詩を作る人はたいてい、天下社会に貢献する
という理想、抱負をもちながら、それがうまくゆかない、才能がある
のに自分が抜擢されないのは周りが悪い、と不平不満をうたったもの
が多かったのですが、役人生活そのものを否定して別の世界へ行こう
とまで歌ったものは珍しいですね。やはり時代精神なのか……。》p.52
《「行路難」は、旅路がつらいことに託して人生行路の険しさ、
難しさを歌うもので、この作品もその基本線を守っています。》p.52
・・・
擬行路難 其六 行路難(こうろなん)に擬(ぎ)す 鮑照
其六 その六
対案不能食 案(あん)に対(たい)して食(くら)ふ能(あた)はず
抜剣撃柱長嘆息 剣(けん)を抜(ぬ)き
柱(はしら)を撃(う)つて長嘆息(ちようたんそく)す
丈夫生世會幾時 丈夫(じようふ)
世(よ)に生(い)くること能(よ)く幾時(いくとき)ぞ
安能畳燮垂羽翼 安(いづく)んぞ能(よ)く畳燮(じようしよう)して
羽翼(うよく)を垂(た)れん
食膳に向かっても、どうも食べられない
そこで私は剣を抜き、立ち上がって柱に斬りつけ、
深いため息をついてしまう
一人前の男がこの世にどれほどの間、生きられるものか
どうしてこせこせ歩いて、意気の揚がらないままでいられようか
《「畳燮」はちょこちょこ小股で歩くことで、気遣いながら生きること
のたとえです。“短い人生、何か大きなことをしなきゃだめだ”と
いうストレスです。でもうまくゆかない、そこで発想を転換するのが
第二段、役人社会よりも家庭生活を重視しようと……すごい価値観の
転換です。》p.53
棄檄罷官去 檄(げき)を棄(す)てて官(かん)を罷(や)め去(さ)り
還家自休息 家(いえ)に還(かへ)つて
自(みづか)ら休息(きゆうそく)せん
朝出与親辞 朝(あした)に出(い)でて親(しん)と辞(じ)し
暮還在親側 暮(くれ)に還(かえ)つて
親(しん)の側(かたはら)に在(あ)り
いっそのこと役人としての身分を捨て
家に帰って自分なりにくつろぐとしよう
朝に家を出て家族と別れても
夕方には家族の側に戻るのだ
「檄」は身分証明書、辞令のこと。「親」は家族のこと。
役人は残業もあり、地方に赴任するとなると単身赴任で、
役人を辞めれば家族と友にいられる、のだそうです。
弄児牀前戯 児(じ)を弄(ろう)して牀前(しようぜん)に戯(たはむ)れ
看婦機中織 婦(つま)を看(み)れば機中(きちゆう)に織(お)る
自古聖賢尽貧賤 古(いにしへ)より聖賢(せいけん)
尽(ことごと)く貧賤(ひんせん)
何況我輩孤且直 何(なん)ぞ況(いは)んや我(が)輩(はい)の
孤(こ)にして且(か)つ直(ちよく)るをやな
家では我が子の相手をして寝台の前で遊び
妻の方を見れば甲斐甲斐しく機織り機の中で布を織っている
歴史を顧みれば、昔から立派な人たちは誰もが貧しく、
志が叶えられなかった
まして私のように有力な保護者もなく、
かつ融通がきかない頑固一徹な者は、恵まれないに違いない
《家庭生活の楽しみを具体的に想像して結びます。》
「聖賢」で思い浮かべるのは孔子と孟子、でも二人の人生は不遇のまま
終わってしまったので、
《“孔子や孟子でさえも”のニュアンスがある。》
「弧」は援護者や後ろ盾のないこと。
《“役人生活で成功しないと予想されるなら、もう辞めてしまおう”
という宣言です。》
《ずいぶん過激で、ふつうの人が言えないことを言ってしまって
います。拍手喝采を受けたんじゃないでしょうか。》
という解説の宇野さんでした。
●「梅花落」
「梅花落」という笛の曲があり、それに歌詞が付いて歌い継がれてきた。
それに新しい詩を作ったもの。
メロディに合わせるからでしょう、変則的な構成に。
・・・
梅花落 梅花落(ばいからく) 鮑照
中庭雜樹多 中庭(ちゆうてい) 雜樹(ざつじゆ)多(おほ)く
偏為梅咨嗟 偏(ひとへ)に梅(うめ)の為(ため)に咨嗟(しさ)す
問君何獨然 君(きみ)に問(と)ふ
何(なん)ぞ独(ひと)り然(しか)るやと
私の家の庭にはさまざまな木がたくさんある
しかし私は、ただひたすら梅に対して感歎のため息をつく
或る人が尋ねた、あなたはどうして梅だけを好むのか
念其霜中能作花 念(おも)ふ 其(そ)の霜中(そうちゆう)
能(よ)く花(はな)を作(な)し
露中能作実 露中(ろちゆう) 能(よ)く実(み)を作(な)すを
揺蕩春風媚春日 春風(しゆんぷう)に揺蕩(ようとう)して
春日(しゆんじつ)に媚(みめよ)し
念爾零落逐寒風 念(おも)ふ 爾(なんぢ)が零落(れいらく)して
寒風(かんぷう)を逐(お)ひ
徒有霜華無霜質 徒(いたづ)らに霜華(そうか)有(あ)るのみにして
霜質(そうしつ)無(な)きを
私はしみじみ思う、梅は冷たい霜の中で花を咲かせることができ
冷たい露の中で実を結ぶこともできる
ふつうの木々は春になると春風に揺られ、陽射しの中で美しさを競う
しかし私はこう考える、お前たち一般の木々は秋に萎んで枯れ、
寒い風の後を追ってちりぢりに散ってしまう
そういうお前たちは、寒い冬の季節には、ただ白く輝く霜に覆われる
だけで、霜に耐える強い性質がないんだね
「念う」は“ずっと考え続ける意味”
《梅はそうではない、霜や雪に耐えて立派な花を咲かせる。
“私もそのように生きたい”と。》p.56
《――うーん、官職でストレスのたまった人たちには、心に深く染み
入る歌なんでしょうね。/
古今東西、役人生活は大変なのでしょうが、その一点を捉えて巧みに
表現したのが鮑照だったのでしょう。》p.56
●鮑照さんの詩の力
旅立つ人を歌う「代東門行」での、別れのつらさ――
今と違って連絡の手段が限られている時代ゆえの、
そういうもの悲しさというものが出ているようです。
二つ目の「擬行路難 其六」と三つ目の「梅花落」では、
役人生活の大変さを思わせます。
その立場に人たちにとっては、後ろ盾のある人とない人の差などは特に、
痛切に感じられるのではないでしょうか。
いつの時代にあっても勤め人の大変さは変わらないもののでしょう。
でも、それをストレートに表現する、そして後世まで残るというのは、
まさに詩の力の偉大さを感じさせます。
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本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)山水詩の祖・謝霊運」と題して、今回も全文転載紹介です。
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2026.5.31
【編集後記】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号
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