2024.09.15

私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 【別冊 編集後記】

2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
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 昨年9月から10月、11月、12月と、今年5月の
 読書習慣を持つ人の減少、および町の本屋さんの減少に関して、
 読書について、本という文化について、
 そしてその発信源としての書店の存在と、
 私なりに考えた出版業界、書店の改革について書いてきました。
 今回は、その6回目となります。
 特に、筋道通した議論を続けてきたわけではなく、
 その都度思うところを書いてみただけですので、重複もあれば、
 前後つじつまの合わない部分もあったかも知れません。
 あくまでも元「本屋の兄ちゃん」として、一読書家としての、
 私見にすぎません。
 
 適当に読み飛ばしていただければ、と思います。

 

【過去5回の<私の「町の本屋」論>】

2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

 ●朝日新聞の記事「本屋ない市町村、全国で26%~」
 ●再販制度――定価販売による価格保証
 ●書店経営が厳しい背景の要因―雑誌の売り上げの急減
 ●ネット書店で本を買う人の増加
 ●リアル書店での「偶然の出会い」
 ●リアル書店の生き残りについて――「コンビニ+本屋」
 ●ベストセラーではなく、ロングセラーを!
 ●本屋はそのまちの文化のバロメーター

一番大事なことは、本屋さんというのは、
その町の文化を代表する存在の一つだ、ということです。

もちろん文化施設としては、
公立や私立の図書館とか美術館とか博物館などもあります。
あるいは学校――小・中・高校、大学、専門学校などの教育施設などが
あります。

しかし、最も身近な文化施設として、私が思うところは、
やはり町の本屋さんなのです。
これは私の経験からの意見です。

本屋さんに出入りするようになり、私の世界が広がったのです。
今の私につながるような変化を生みました。

それが文化というものでしょう。

本の世界には、文字通り世界のすべてが包含されています。
未知なる世界への入口になるのです。

日常的な生活だけでは、絶対ふれ得ないような世界の広さです。

それが本屋さんというものだと私は思っています。

もちろん、昔でいえば映画やラジオやテレビもそういうものでした。
しかし、それらは自分の手元に置いておくことができにくいものでした。

紙の本なら、それが可能でした。

広い世界へつながる入口――それが本屋さんであり、
文化へ続く道だったのです。
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2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

 前回に引き続き、本と本屋の世界といいますか、業界について、
 「元本屋の兄ちゃん」として、本好き・読書好きの人間として、
 私なりに考えていることを書いてみようと思います。

 前回は、朝日新聞の記事「本屋ない市町村、全国で26%~」を基に、
 書店が生き残る方法など、私なりの考えを書きました。
 再販制度をやめよとか、雑誌販売についてとか、
 書店の選書について等々。

 今回はその続きで、出版業界における改革について、
 私なりの案を書いてみましょう。

 ●日本の本は安い!?
 ●本の値段を上げてみれば?
 ●本の価格を1.5倍に
 ●より良い本作りが可能に
 ●「軽い」本は電子版で
 ●「良い本」を作れる環境を!

まとめ的にいいますと、
現状ではまず本の値段を上げてそれぞれの取り分を増やす。

そうして、著者・出版社の「良い本」を作れる環境を整え、
書店がそれらの「良い本」をじっくり時間をかけて売れる状況にする。

――というところでしょうか。
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2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607
 ●月0冊が半数
 ●系統だった情報を入手する方法としては本が上では?
 ●「読書週間」と読書習慣
 ●「本を読むから偉い」のでなく「本を読んだから偉くなれた」
 ●「読む時間が確保できない」
 ●「読みたい本がない」について
 ●書店の新形態――無人の店舗、コンビニ併設
 ●本屋さんの生き残りに期待

とにかく、本屋さんがなくなるというのが一番の悲劇だと思っています。
何らかの形で残って欲しい、という強い願望があります。

ふらりと入った本屋さんであれこれ見ることで、
「あっ、こんな本が出てる!」という偶然の出会いがあります。

それが本好きにとっての一番の至福の時間かもしれません。

私は、本屋さんにいるときが一番楽しい時です。
図書館も楽しみですが、本屋さんの方が、より新しい顔を見られる、
という点で楽しみが大です。

今の私があるのは、ひとえに本屋さんあればこそ、と思っています。
私の人生の一番の友、それが本で、その友との出会いの場が本屋さん、
なんです。

(略)

私は、書店・本屋さんは、地域の文化の担い手だと考えています。
がんばれ本屋さん!
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2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

 (今回の参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29
『美しい本屋さんの間取り』(Amazonで見る)

 ●現物の魅力
本屋さんの魅力といいますと、なによりも、
<思いがけない本との出会いがある>という点でしょう。

欲しい本を買うだけなら、ネットで十分です。
在庫があれば、Amazonなどではホントにすぐに送ってきてくれます。

でも、自分が欲しい本が必ずしも、選んだ本だった、とは限りません。
色々な情報を手にしたうえで吟味して選んだつもりでも、
ホントに自分に合ったものかどうかは、
実際に手に取って読んでみなければ分からないものです。

その点、本屋さんではある程度立ち読みで現物を確認する事もできます。
内容だけではなく、実際の“もの”としての魅力という側面もあり、
自分で納得のいくものに出会えるという点では、
リアルの世界の持つ力は、捨てがたいものがあります。

本屋さんで本を探していると、予定していた本以外にも、
もっと適切な本が見つかることがあります。

さらに、考えてもいなかった本と出会うこともあります。
自分の中にそんな欲望があったのか、と思うような、
異なるジャンルの本との出会いも。

 ●本屋さん開業の夢
 ●『美しい本屋さんの間取り』主な目次
 ●間取りの図版が楽しい
 ●1章 設え方 来店者を増やす
 ●2章 見せ方 美しく本を見せる
 ●3章 基本 知っておきたい基礎知識
 ●本書が見せてくれる自分の本屋さんの夢
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2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

 ●「多様な本屋があればこそ 書店減少と読書文化を考える」
産経新聞2024/4/30の山上 直子さんの
「一筆多論/多様な本屋があればこそ 書店減少と読書文化を考える」
https://www.sankei.com/article/20240430-3WZGEHWNPVPEHJSDN4I2J4ITXU/
 《思わぬ本に出会って人生が変わることもある。
  これまで、その舞台となってきたのが「街の本屋さん」だった。》
 《近年、個性的な書店が増えている。
  規模も取り組みもさまざまだが、従来の経営モデルでは
  もう通用しないという裏返しでもあるだろう。》

 ●私の“町の本屋さん”の生き残り法
(1) 現状の出版販売制度を維持したままでならば、本の価格を引き上げ、
その値上げ分を著者を含めた出版社、取次、書店で分配する方法。
これにより利益率を改善する。
(2) 根本的に販売制度を変え、再版制度をやめて、
書店の自由販売に変える。
他の商品などと同じように、自主的に仕入れて、自由に価格を設定、
販売する。

 ●文化の発信地としての書店の役割
書店の役割として、地域の文化の創造基盤としての存在、
というものがあると思います。

 ●がんばれ! 町の本屋さん
紙の本による、
三次元で肉体と精神の両方を駆使して行う知的活動こそが読書だ、
と考える人もいます。

特に子供さんなどは、手に取って触って見て、五感で理解するのです。
ものとしての本の役割は、非常に大きなものがあります。
--

以上、過去の5回の<私の「町の本屋」論>の概要とまとめでした。

 

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 - 私の読書論188 -
  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>6 ~

  産経新聞8/12朝刊の記事「書店主導「売れる本」売る改革」より
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 ●新聞記事から――書店主導「売れる本」売る改革

2024(令和6)年8月12日の産経新聞朝刊に、

《書店主導「売れる本」売る改革/
 直接仕入れ 取り分増・返品率は減へ》

という見出しの記事が出ていました。

240812sankei-sinbun

240811shuppan-hanbaigaku

*ネット版 2024/8/11 21:45《書店主導で「売れる本」を売る
 返品減らし利益高める改革に着手》
https://www.sankei.com/article/20240811-H3U5U7CNWBKN3LHCGBKBTZM6I4/

段落毎に見出しを付けている、
ネット記事を参考に内容を簡単に紹介しますと――

出版科学研究所によりますと、
《少子高齢化やインターネットの普及などの影響》で、
紙の出版物(書籍と雑誌)の推定販売額が
ピーク時の1996(平成8)年の2兆6564億円から
昨年2023(令和5)年は1兆612億円と4割以下に落ち込んでいる、
といいます。

《電子コミックの販売額が伸びる一方で、
 紙の雑誌の落ち込みが目立ち書店の経営難に拍車をかけている。》

その苦境下、《既存の流通システムが曲がり角を迎えつつある中》、
《街中の書店を残すため》の書店主導の改革が進められている、
という内容の記事です。

 

 ●「売れる本」って?

「売り上げ前年比2割増」――
紀伊国屋書店と
蔦屋書店などを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、
出版取次大手の日本出版販売(日販)の3社が昨年設立した合弁会社
「ブックセラーズ&カンパニー」では、
《出版社と直接仕入れ数や価格を交渉し「売れる本」を多く仕入れる。
 参加書店は返品時の物流費を負担するが、取り分も増える仕組みだ。》

《「売れる本」を多く仕入れる》というのですが、
この「売れる本」というのが曲者です。

私が本屋さんで働いていた頃で、年間2万4千点程度
(だったかと記憶しています)の新刊本が出版されていました。
これだけでも、町の本屋さんが扱える規模を越える点数だ、
と感じていたものでした。
もちろんそのすべてが入荷するわけではありません。
そのうちのほんの十分の一か、そこらだったのでしょう
(あるいは、もっと少なかったのかも知れません)。
今では年間8万点を超える、といわれて久しいものです。

そのうち本当に「売れた」といえる本など、ほんの一握りです。
それをどのように仕入れるかというのは、かなり難しい選択です。

もちろん、ある程度「売れる」作家さんという人もいらっしゃいますし、
こういうジャンルの本なら、この程度は売れる、
というデータもあるでしょう。

例えば、時代小説作家の佐伯泰英さんなども
人気シリーズをいくつもお持ちですし、
推理作家の東野圭吾さんも、新作は確実にある程度売れる作家さんです。
そういった人は幾人もいらっしゃいます。

大手の有力書店さんなら、そういった具体的なデータも資料も
十分お持ちのことでしょう。

これらの本を重点的に大量に仕入れる代わりに仕入れ価格を抑え、
さらに返品を減らして、効率よく販売して売上を上げる。

理屈としては成り立ちますが、切り札になるのでしょうか。

扱う商品点数が多いので、個別に価格交渉するといっても、
なかなか大変で、いかにデータを駆使しても、
新規の本は“読み”きれないでしょう?

 

 ●紙の雑誌・コミックの売上減少

「目立つ紙の雑誌落ち込み」――
《電子コミックの販売額が伸びる一方で、
 紙の雑誌の落ち込みが目立ち書店の経営難に拍車》
とのこと。

私の本屋さん時代でも、コンビニが登場し「雑誌の売上が落ちた」
といわれたものでした。
当時、雑誌と書籍の売上額は、半々ぐらいの感じでした。

当時、書店にとって、売上の大きなパーセンテージを占めていたのが、
雑誌とコミックでした。
活字離れといわれるなかで健闘していたのが、コミック販売でした。

今では、雑誌は電子版が増え、紙の雑誌が廃刊されることも多く、
コミックも電子版に移行しているようで、
書店にとって減益の大きな要素でしょう。

 

 ●近隣書店の在庫横断検索システム

「街の本屋、ネット書店と同じ土俵に」――
《ネットから地域の書店へ客を誘導する試み》
として、参加する出版社の公式サイトなどで、
ユーザーの位置情報から近隣書店の在庫を確認し、
お客さんを誘導するための、
《「書店在庫の横断検索システム」》
の実証実験が6月に始まった、といいます。

私が働いていた町の本屋さんは、隣の駅前に本店がある支店の方でした。
お客様の希望の本がこちらにない場合、
ただ「ない」と答えるのではなく、
もし本店に在庫があれば翌日にはこちらで、
と答えるシステムでした。

その上で、お客様が望まれれば、本店に確認の電話を入れる
という形でした。

もちろん、即座に断られるケースもありましたが、
こういう形で販売できることも結構ありました。

最近では、私自身、大手書店のネットで在庫を確認して買いに行く、
ということもありました。

左利き関係の本など発行部数の限られた、一般向けでない本の場合、
一般書店で置いていないケースもあり、そういうこともしました。

「元本屋の兄ちゃん」という経歴でもあり、
できる限りリアル店舗で買いたい、という思いがあります。

ホントは、地元のいつも行く書店に注文するのがベストなのですが、
早く欲しいという気持ちがある場合は、仕方なくAmazonや、
こういう形で購入することが増えています。

そういう意味では、この近隣の書店で在庫確認し購入できるという形は、
有効だと思っています。

 

 ●自主仕入れと責任販売

最終的に私が思うのは、やはり現状の再販制度、委託販売制度の
制度疲労をどうにかする、ということです。

中小書店の場合、現状の制度改革は難しいとは思いますが、
本も一般の商品と同じで、
もう今までのやり方では売れない時代になっています。

専門店化と複合店化で生き残るしかない、と考えています。

専門店として高付加価値の希少商品を中心に本を扱うか、
一般商品との併売で、店舗を「本も売っています」化するしかない、
と思っています。

一番の急所は、自主仕入れと責任販売で、
出版社なり取次なりと価格交渉を進めて、
売上の取り分を上げていくしかない、と思われます。

 

 ●電子版も売る店?

もう一つの方法として、店舗で紙の本だけでなく、
電子版も売れるようにする、という行き方もあるかもしれません。

店舗でダウンロードするやり方はあまり未来はないかも知れません。
わざわざ出かけていくのは、必然性があまり感じられませんから。

しかし、
店舗で注文すると何か「キーワード」のようなものが与えられ、
それをネットで打ち込むと割引が受けられるとか、
店舗の方には、その売上の何パーセントかがバックされる、
というような販売法もあっていいかもしれません。

紙の本では、歴史に残るような価値ある本を出し、
電子版は、もっと広く、一過性の人気本のほか、
とにかく「売れそうな本」をあれこれ打ってみるというやり方が、
これからの出版の行き方ではないか、と考えています。

そうでもしないと、紙の本を扱う書店の規模は限られていますし、
資源的にも無駄にならないためには、そういう方法が必要でしょう。

 

 ●がんばれ、「紙の本」と「町の本屋さん」!

記事の最後には、
《経済産業省も書店振興プロジェクトチームを設置し支援策の検討》
とあります。

とにかく、町の本屋さんというものは、地元の文化の発信の一つで、
世界への入口でもあります。

これ以上衰退しないことを切に願っています。

先にも書きましたように、書店業は、
私が<本屋の兄ちゃん>時代にも、少しずつ衰退の兆しはありました。

しかし、ここまで早くダメになるとは考えてもいませんでした。
私の人生の楽しみがこんなに早く風前の灯火となるとは!

少なくとも自分の生きているうちは、大丈夫だろうと思っていました。

電子版もあるとはいうものの、やはり印刷のインクの匂いとか、
紙の手触りとか、本自体の重さとか、逆に薄い本の軽さとか、
物理的な体感を伴う、紙の本の存在感というのは、
捨てがたいものがあります。

がんばれ、「紙の本」と「町の本屋さん」!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」と題して、今回も全文転載紹介です。

本誌では分量的に長くなってしまい省略しました、【過去5回の<私の「町の本屋」論>】の概要とまとめを、こちらではそのまま掲載しています。

他には特にいうことはありません。
<元本屋の兄ちゃん>としての書店に関する個人的な意見です。

「なんとか生き残ってくれ」という私の願いは読者の皆様に届いたか、と思います。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2023.11.27

クリスマス・ストーリーをあなたに~全リスト:『レフティやすおの楽しい読書』BNから

今年もはやクリスマス・ストーリーの紹介の季節となりました。
例年、11月末発行の読書メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』では、<クリスマス・ストーリーをあなたに>と題して、古今東西の“クリスマス・ストーリー”――ディケンズの『クリスマス・キャロル』に始まるとされるクリスマスにまつわる、幽霊が登場したり、奇跡が起きたりといった愛と善意とにくるまれたハート・ウォーミングな物語が展開される――の中から、私の心に響いたお話を、海外・国内・新旧の作家による長短の作品を取り混ぜて紹介しています。

ここでは過去のそれらの作品をリストアップしておきましょう。

 

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 ●過去の ~クリスマス・ストーリーをあなたに~

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(読書メルマガ)『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
(「まぐまぐ」版)

 

201127xmas1
(画像:(上段左から)(2017年紹介)梶尾真治「クリスマス・プレゼント」収録の『有機戦士バイオム』ハヤカワ文庫JA、(2019年)ジョー・ネスボ『その雪と血を』ハヤカワミステリ文庫、(2012年)アガサ・クリスティー「水上バス」収録のクリスティーのクリスマス・ブック『ベツレヘムの星』、
(下段左から)(2008年)チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』(2016年)『鐘の音』収録の『クリスマス・ブックス』ちくま文庫、(2013年)ライマン・フランク・ボーム『サンタクロースの冒険』)

 

0◆2008(平成20)年12月クリスマス号(No.11)-081206-
『クリスマス・キャロル』善意の季節

『クリスマス・キャロル』ディケンズ/著 中川敏/訳 集英社文庫 1991/11/20
―訳者の解説と木村治美の鑑賞など、資料も豊富。

 

 

1◆2011(平成23)年11月30日号(No.70)-111130-善意の季節
『あるクリスマス』カポーティ

別冊 編集後記:『レフティやすおのお茶でっせ』
善意の季節『あるクリスマス』カポーティ

『誕生日の子供たち』トルーマン・カポーティ/著 村上春樹/訳 文春文庫 2009.6.10
―クリスマス短編「あるクリスマス」「クリスマスの思い出」収録
 「―思い出」はクリスマスの懐かしい、でもちょっと切ない思い出を振り返る愛情あふれる物語で、少年に与えられたクリスマスの贈り物、
 「ある―」は逆に、少年が与えたクリスマスの贈り物の思い出話といえる抒情的名編

 

 

2◆2012(平成24)年11月30日号(No.94)-121130-  
クリスマス・ストーリーをあなたに~
 アガサ・クリスティー『ベツレヘムの星』から

クリスマス・ストーリーをあなたに ―第94号

(「作文工房」版)

『ベツレヘムの星』アガサ・クリスティー/著 中村能三/訳 ハヤカワ文庫―クリスティー文庫(2003/11/11)
―おススメ短篇「水上バス」を含む、クリスマスにまつわる小説と詩を集めた、クリスティーが読者に贈るクリスマス・ブック

 

 

3◆2013(平成25)年11月30日号(No.117)-131130-  
クリスマス・ストーリーをあなたに~
 『サンタクロースの冒険』ライマン・フランク・ボーム

クリスマス・ストーリーをあなたに~『サンタクロースの冒険』ボーム

(「作文工房」版)

 

『サンタクロースの冒険』ライマン・フランク・ボーム/著 田村隆一/訳 扶桑社エンターテイメント(1994.10.30) [文庫本]
―『オズの魔法使い』の作者ライマン・フランク・ボームの描くサンタ・クロースの生涯を描く、サンタさん誕生物語

(新訳版)『サンタクロース少年の冒険』ライマン・フランク・ボーム/著 矢部太郎/イラスト 畔柳和代/訳 新潮文庫 2019/11/28

 

 

4◆2014(平成26)年11月30日号(No.140)-141130-
「クリスマス・ストーリーをあなたに~
『ひいらぎ飾ろう@クリスマス』コニー・ウィリス」

クリスマス・ストーリーをあなたに~『ひいらぎ飾ろう@クリスマス』コニー・ウィリス ―第140号 「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「作文工房」版)

「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」収録短編集:
・『マーブル・アーチの風』コニー・ウィリス/著 大森望/編訳 早川書房・プラチナ・ファンタジイ(2008.9.25)
―もう一つのクリスマス・ストーリー「ニュースレター」も収録

 

 

5◆2015(平成27)年11月30日号(No.164)-151130-
「クリスマス・ストーリーをあなたに~
『まれびとこぞりて』コニー・ウィリス」

クリスマス・ストーリーをあなたに―「まれびとこぞりて」コニー・ウィリス ―第164号 「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「作文工房」版)

「まれびとこぞりて」収録短編集:
・『混沌【カオス】ホテル (ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス)』コニー・ウィリス/著 大森望/訳 ハヤカワ文庫SF1938 2014.1.25

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6◆2016(平成28)年11月30日号(No.188)-161130-
「クリスマス・ストーリーをあなたに~
ディケンズ『クリスマス・ブックス』から『鐘の音』」

クリスマス・ストーリーをあなたに~ディケンズ『クリスマス・ブックス』から『鐘の音』 ―第188号 「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「作文工房」版)

・『クリスマス・ブックス』ディケンズ/著 ちくま文庫 1991/12
―落語調訳「クリスマス・キャロル」小池滋/訳、「鐘の音」松村昌家/訳

・『クリスマス・ブックス』田辺洋子/訳 渓水社 2012
―前期(1843-48)のクリスマス中編5編を収録。「クリスマス・キャロル」「鐘の音」「炉端のこおろぎ」「人生の戦い」「憑かれた男」

 

 

7◆2017(平成29)年11月30日号(No.212)-171130-
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(7)
「クリスマス・プレゼント」梶尾真治」

クリスマス・ストーリーをあなたに~(7)「クリスマス・プレゼント」梶尾真治 ―第212号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「作文工房」版)

「クリスマス・プレゼント」収録短編集:
・『有機戦士バイオム』梶尾真治/著 ハヤカワ文庫JA 1989.10

Yuukisensi 

 

8◆2018(平成30)年11月30日号(No.236)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(8)
『昔なつかしいクリスマス』ワシントン・アーヴィング」

クリスマス・ストーリーをあなたに~(8)『昔なつかしいクリスマス』ワシントン・アーヴィング ―第236号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「新生活」版)

・『昔なつかしいクリスマス』ワシントン・アーヴィング/著 ランドルフ・コールデコット/挿絵 齊藤昇/訳 三元社 2016.12.1
―1920年刊『スケッチ・ブック』第5分冊(クリスマス編)を基に、コールデコットの挿絵をつけて1876年に刊行された。

Mukasinatukasii (画像:『昔なつかしいクリスマス』ワシントン・アーヴィング/著 ランドルフ・コールデコット/挿絵 齊藤昇/訳 三元社 2016.12.1 と同作収録の『スケッチ・ブック(下)』ワシントン・アーヴィング/著 齊藤 昇/訳 岩波文庫 2015/1/17) 

 

9◆2019(令和元)年11月30日号(No.260)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(9)
『その雪と血を』ジョー・ネスボ」

クリスマス・ストーリーをあなたに(9)『その雪と血を』ジョー・ネスボ ―第260号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
(「新生活」版)

・『その雪と血を』ジョー・ネスボ/著 鈴木恵/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2018/11/20
―ノルウェーを代表するサスペンス作家が描くパルプ・ノワール。
 第8回翻訳ミステリー大賞および第5回読者賞をダブル受賞した。

191128sonoyukitotiwo 

 

10◆2020(令和2)年11月30日号(No.283)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(10)
「ファンダーハーフェン老人の遺言状」メアリー・E・ペン」

クリスマス・ストーリーをあなたに~(10)「ファンダーハーフェン老人の遺言状」ペン-楽しい読書283号

(「新生活」版)

・メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」Old Vanderhaven's Will(1880)小林晋/訳 (The Argosy誌1880年12月号掲載)
『ミステリマガジン』2020年1月号(738) 2019/11/25 掲載

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(画像:メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」を掲載した『ミステリマガジン』2020年1月号(738) )

 

11◆2021(令和3)年11月30日号(No.307)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(11)-2021-
「パーティー族」ドナルド・E・ウェストレイク」

クリスマス・ストーリーをあなたに~(11)-2021-「パーティー族」-楽しい読書307号

(「新生活」版)

・「パーティー族」ドナルド・E・ウェストレイク Party Animal(Playboy 1993-12) 初出『ミステリ・マガジン』2009年6月号
・ドナルド・E・ウェストレイク『<現代短篇の名手たち3> 泥棒が1ダース』木村二郎/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2009/8/21 収録

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(画像:ドナルド・E・ウェストレイク「パーティー族」収録の『<現代短篇の名手たち3> 泥棒が1ダース』ドナルド・E・ウェストレイク 木村二郎/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2009/8/21)

 

12◆2022(令和4)年11月30日号(No.331)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(12)-2022-
「飾られなかったクリスマス・ツリー」クリストファー・モーリー」

クリスマス・ストーリーをあなたに~(12)-2022-「飾られなかったクリスマス・ツリー」-楽しい読書331号

(「新生活」版)

・「飾られなかったクリスマス・ツリー」クリストファー・モーリー 浅倉久志/訳
 『ミステリ・マガジン』1997年12月号(no.501)<クリスマス・ストーリイ集>より

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 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

一回毎、一年ごとに【古典編】と【現代編】を交互に紹介してきました。

【古典編】  チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』『鐘の音』
 ワシントン・アーヴィング『昔なつかしいクリスマス』
 ライマン・フランク・ボーム『サンタクロースの冒険』
メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」
 クリストファー・モーリー「飾られなかったクリスマス・ツリー」

【現代編】  トルーマン・カポーティ「あるクリスマス」「クリスマスの思い出」
 アガサ・クリスティー「水上バス」
 コニー・ウィリス「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」「まれびとこぞりて」
 梶尾真治「クリスマス・プレゼント」、ジョー・ネスボ『その雪と血を』
 ドナルド・E・ウェストレイク「パーティー族」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2022.11.06

左利きと茶道および日本の伝統的芸能や武道について考えたこと

茶道に関する記事に、茶道暦が長いというレフティさんからコメントをいただきました。

左利きということで敬遠されている方にも、楽しんでもらえる会を、という内容です。
私は大賛成です。

 

改めて、左利きと伝統的な芸能や芸事等について考えたことを書いてみました。

 【コメントをいただいた記事】――

2012.8.16
左利きとマナー(7)茶道~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii325号

「新生活」版

◎内容の概略――
 (あ)現代の茶道は、明治以降、女子教育の場に進出するという形で、変化に対応することで生き延びてきた
 (い)昔のように左利きが忌避されてきた時代から左利きは左利きで良いとされる時代への変化を踏まえて、それに対応する作法を考える時期に来ているのではないか
 (う)伝統を重んじつつも、この時代にふさわしい姿に変容する必要がある
 (え)形式のための形式、そんな形式を守るためだけの作法ではなく、身体の変化に対応できる形式による心のこもった作法でありたい

*(注)「身体の変化」とは、利き手の問題だけでなく、ケガや高齢化に伴う身体の故障等で茶道を行う人が、正座が出来ない等の従来の作法を履行できない状態をいいます。

基本的に私の意見は上記のものと変わりませんが、お返事代わりに、茶道並びに日本の伝統的な芸事や武道等について、今回改めて私が考えたことを書いてみます。

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(参考画像――ネットより) 

 

 ●「形」よりも「心」を

茶道そのものは、日本のよき文化だと思います。
岡倉天心の『茶の本』など読みましても。

ですので、多くの方が親しむべきだろうと思います。

ただ、日本のこういう古典芸能とか文化においては、
「形」を重んじるあまり、「心」がおろそかにされているのでは? という印象があります。

「形」は大事ですが、必ずしも一つではないのではないでしょうか。

茶道でも最近では、椅子で行うやり方もあると聞いています。
外国人など「畳に正座」に慣れていない方や、高齢化もあり足や腰に支障がある人にも楽しんでもらえるように、という配慮のようです。

基本は定まっていても、参加者や状況に応じて臨機応変に対応を変える、という融通をきかす度量もあってよいように思います。

「左利き」というだけで敷居の高さを感じて辞めてしまう人がいるなら、その人にとっても、日本文化の継承者の皆様方にとっても残念なことでしょう。

ですから、「左利きの人のためのお茶を楽しむ会」のような催しの開催には大いに期待します。

 

 ●「右手」の作法から「利き手」の作法へ

初心者と、たとえば師範のような上級者では、
どういう風に取り組むか、は同じでなくてもよいと思うのです。

特に「まずは茶道それ自体を知ってもらう」という、ごくごく入口に立つ人たちには、必要以上に「形」にとらわれなくてもいいように思います。

「形」から入るというのは、初心者には都合のいい面もあるのです。
ただ、日本の伝統的な古典芸能や武道などでは、「右使い」が基本になっている場合があります。

書道でもそうですが、昔は「字は右手で書くもの」と、「常識」として固まっていました。
左手で書くのは、ケガ等で右手が使えなくなった人だけ。

実際には、巧みに書いてしまえば、どちらの手で書いたか分からない場合もあります。
それでも、「まずは右手で」というのが常識でした。

近年では、書家や書道家の先生方の世界では、どうかよく知りませんが、少なくとも小学校のレベルではどちらの手で書いてもいい、という状況になってきています。

それが本来の姿ではないか、と私は考えています。
「書きたい方の手で」「使いやすい方の手で」というのが、原則として通用する世の中になってほしいものです。

茶道も同様です。
「形」の上では、「右手で」という作法の規定を「利き手で」に変えるだけで、「心」の部分――本質は変わらないと思うのですが、どうでしょうか。

それで万人が受け入れられる芸能や芸術になるのなら、誰にとっても嬉しいことではないでしょうか。

抵抗勢力(?)として、「右」の作法の「形」としての美しさを訴える人もいるかもしれません。

しかし、「左」の作法にも美しさはあると思うのです。
要は、見慣れているかどうかの違いではないでしょうか。

昔は「利き手」の性質がどういうものかを理解できず、多数派の右利きによる右使いが作法として規定され、「右手」が作法になっていたのでしょう。
一方、左利きについての偏見から左利きが忌避され、左使いは邪道とされたのでしょう。

今では、「利き手」の違いが脳・神経組織の違いにあると知られ、誰もが一様に「右へ習え」とは行かないことが分かってきました。

そういう背景を考慮すれば、「右手」の作法から「利き手」の作法に切り替えてゆくことが自然なのではないか、という気がします。

 

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2022.02.10

2月10日〈左利きグッズの日〉―左利き対応楽器を普及させよう!

2月10日は〈左利きグッズの日〉です。
2月10日〈左利きグッズの日〉の由来につきましては、昨年のこちら↓の記事をご覧いただくとして、今年は本来の意義、左利きグッズの普及に関して書いてみます。

『レフティやすおのお茶でっせ』2021.2.8
〈日本版左利きの日〉から20年、2月10日は〈左利きグッズの日〉

前回の「2月10日〈左利きグッズの日〉を前にTBSテレビ【新・情報7daysニュースキャスター】で左利き情報」の末尾で、今年の期待として
「心の栄養」としての芸術の世界等における左利き対応の道具、音楽でいえば楽器における左利き対応品の普及です。》と書きました。

「なぜ楽器の左利き用なのか?」の理由について書いておこうと思います。

 ・・・

昨今では、かなりの左利きグッズ(左手・左利き対応の道具類)が普及してきました。

ハサミ等の「生活必需品」はいってみれば「身体(からだ)」の一部、「身体(からだ)」の延長、「身体(からだ)」を手助けするものです。
言い換えれば「身体(からだ)の栄養」のようなものだと思うのです。

そういう生活必需品に関しては、左手・左利き対応の道具類は、かなり普及してきました。
ただし、コンビニで気軽に手に入るというところまでは行きません。
また、機能や色・デザインなどの選択肢も限られてはいます。

それでも、ある程度の規模のお店に行けば、とりあえず何かしらの必要最小限の左手・左利き用品が手に入る状況になってきました。

一方で、「贅沢品」といいますか「嗜好品」といいますか、「娯楽や芸術のための道具類」――楽器やカメラ等の道具・器具類では、全くといっていいほど左手・左利き用品が見当たりません。

生活必需品的なものはいってみれば、「身体(からだ)」の延長、一部といえます。
道具類は、生活を便利にする、豊かにするという意味では「身体(からだ)の栄養」的な「食べ物」にあたるとはいえないでしょうか。
それに対して嗜好品的なものは、心を豊かにする「心(魂・精神)の栄養」という意味での「食べ物」でしょう。

今、左利きの人たちは、「身体(からだ)の栄養」としての「食べ物」をやっと手に入れた状況です。
これからは「心(魂・精神)の栄養」としての「食べ物」、楽器やカメラといった「芸術」や「娯楽」に関するような道具類を必要とするのではないでしょうか。

 

楽器でいいますと、左利きに対応した製品といえば、ギターの類いのみ、という状況です。
それも「谷口楽器」のようなレフティー(左利き)ギター専門店をのぞけば、どこでも置いているというものでもなさそうです。
左利き用のバイオリンも一部売られているようですが、大きな店なら置いているというわけではありません。
ましてや左利き用のピアノなど売っていません。

子供が小学校で必需品のようになっている鍵盤ハーモニカの左用もありません。

過去に何度も私のサイトに相談のメールが来たりしたものでした。
「左利き用の鍵盤ハーモニカはありますか?」と。
その都度「残念ながらありません」と答えるしかありませんでした。

 ・・・

「楽器は両手を使うから利き手は関係ない」という人もいます。
(一眼のカメラなども。)
しかしそれは違うと思います。

もし本当にそのとおりなら、どうして楽器はみな右利き用にできているのでしょうか。
なぜ左右半々ではないのでしょうか。

楽器がみな右利き対応のものになっているのは、なぜか?
工場で機械で大量生産するから、という理由を考える人もいるかもしれませんが、それ以前の時代から右利き用が標準だったのではないでしょうか。

理由は簡単です。
「右利きの人は右手で弾きたいから」
そして「人類の大部分は右利きだったから」です。

強度の左利きである私の持論は、「利き手は心につながっている」です。
「心の栄養」となる音楽を演奏するための道具である「楽器」は、やはり「利き手で弾きたい」ものです。

右利きの人は右手で、左利きの人は左手で。

両手を使うといいましても、役割が違うのです。
最初に音を出すのは右手(右利きの人の利き手)です。
音を出さなければ楽器ではありません。

利き手でない方の手は、単に音の調整のために使うだけです。
利き手で音を出し、非利き手で調整するのです。

そのため、楽器はみな右利き用になっているのです。

 ・・・

そこで、今年の「左利きグッズの日」の目標は、左利き対応の楽器の普及です。

┏━━━━━━━━━━━━━┓
♪(ギターだけでなく)♪
#左利き対応楽器     
   (#○○)が欲しい!

┗━━━━━━━━━━━━━┛

(「○○」には、ご自分の欲しい楽器名を入れましょう。)

拡散希望です!

 

*『レフティやすおのお茶でっせ』過去の2月10日「左利きグッズの日」の記事:
・2008.12.28
2月10日は左利きグッズの日、日本記念日協会で認定される

・2009.2.10
今日2月10日は“左利きグッズの日”

・2011.2.8
左手書字考(1)左手で字を書くこと―再考:週刊ヒッキイhikkii249

・2011.2.9
「左利きグッズの日」記念「第5回<LYグランプリ>2011」読者大賞アンケート

・2012.2.9
2月10日は「左利きグッズの日」ですが…メルマガ「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」298号告知

・2012.2.10
2月10日「左利きグッズの日」記念<LYGP>第6回2012:メルマガ「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」299号予告

・2013.2.10
今年もまた<左利きグッズの日>でした

・2015.2.10
2月10日は改称7年目の〈左利きグッズの日〉

・2016.2.9
2月10日は左利きグッズの日

・2016.2.10
2月10日は左利きグッズの日―普及の前提

・2017.2.9
2月10日〈左利きグッズの日〉をまえに左来人(Right Hidari)『左利きあるある 右利きないない』を買う読む

・2017.2.10
左手左利き専用グッズ開発「レフティー21プロジェクト」菊屋浦上商事呼びかけ

・2018.2.10
2月10日は「左利きグッズの日」―どこまで進む「左利き」容認―産経新聞投書から

・2019.2.10
2月10日は「左利きグッズの日」―に思うこと (新生活版)2月10日は「左利きグッズの日」―に思うこと

・2020.2.8
2020年2月10日は令和初の〈左利きグッズの日〉-文末に嬉しい情報あり

(新生活版)2020年2月10日は令和初の〈左利きグッズの日〉-文末に嬉しい情報あり

・2021.2.8
〈日本版左利きの日〉から20年、2月10日は〈左利きグッズの日〉

(新生活版)〈日本版左利きの日〉から20年、2月10日は〈左利きグッズの日〉

 

『レフティやすおのお茶でっせ』[カテゴリ]――
2月10日左利きグッズの日

 

 

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2021.08.25

笑福亭仁鶴さんの思い出―ラジオで“デビュー作”を朗読してもらう

上方落語を代表する関西芸能界の大御所、
笑福亭仁鶴さんが17日にご逝去されました。
謹んで哀悼の意を表します。

YouTube
【訃報】上方落語の発展に生涯を捧げた落語家 笑福亭仁鶴さん死去
2021/08/20

さて、私にとって仁鶴師匠は、私の“デビュー作”を朗読してくださった方でした。
私が何歳だったでしょうか。
二十歳前後でしょうか。

ラジオの番組――深夜(といっても午後11時から翌1時まで、だったと思います。)の
OBCラジオ大阪の「ヒットでヒット バチョンといこう」(だったかな)の
パーソナリティーをされていたとき、
「メルヘン・コーナー」という聴取者からの投稿作品を朗読するコーナーがありました。
400字詰め原稿用紙二、三枚程度の作品です。

これを投稿して採用され、仁鶴師匠に朗読していただいたのです。

「ブタとサルの話」という「さるかに合戦」風の昔話的な作品でした。

腹を減らしたサルが柿の実のなった木の下を通ったとき、
サルが枝の上で柿の実を食べているを見て、一つおくれと頼んだのに、
食べかけた実を投げつけてきたので、
怒ったブタがそれを投げ返すと見事命中し、サルはお尻から落下。
それ以来、ブタはブーブーと鳴き、サルのお尻は真っ赤っか。
――といったお話でした。

今でもはっきり覚えているのは、読み終えた仁鶴師匠の感想です。

本当に腹が減っていたら、たとえかじりかけの実でも、
投げ返さずに食べてしまうものだろう、
という意味の発言をされました。

なるほど。

戦後の食糧難の時代に育ち盛りをすごされた方の言葉として、
実感がありました。


その時にもらったデニム生地の手提げ袋「バチョンバッグ」は
今もどこかに大切にしまってあります。
番組名と当時の各曜日のパーソナリティの名前が印刷されていました。

当時もう一人の人気若手落語家、
大学出でスマートな印象の桂三枝さん(現・六代目桂文枝師匠)とは違って、
仁鶴師匠は、エラの張った四角い顔でちょっと泥臭いようなイメージがあり、
私と同じ左利きで工業高校出身ということも手伝って、
あの独特のキャラクターが好きでした。

人間国宝の桂米朝師匠ともども「上方落語の四天王」と称された
師匠の六代目松鶴さんがなくなられたとき、七代目襲名の話があったのに、
「松鶴」は松竹芸能の看板だから吉本興業の自分が継ぐものではない、
と仁鶴師匠が固辞されたそうです。
筋を通すというのか、誠実な性格を著わすエピソードでしょう。

米朝師匠同様、自分の手で「仁鶴」という名を大きくしたいと思われたのか、
あるいは単に自分の名に愛着があったということかもしれません。

昔あったという歌声喫茶でロシア民謡をよく歌っていたという仁鶴師匠。
大ヒット曲「おばちゃんのブルース」とか
深夜の定期便トラック運転手の歌「花の定期便」とかも味があります。

大塚食品「ボンカレー」のCMとか、
NHKの土曜日お昼の「バラエティー生活笑百科」もよく見ていました。

今でも読売テレビの「大阪ほんわかテレビ」のタイトルコールは
仁鶴師匠の声のまま放送されています。

次回の放送はどうなるのか、楽しみ半分寂しさ半分です。

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読売テレビ「大阪ほんわかテレビ」

笑福亭仁鶴師匠のご逝去にあたり、心からご冥福をお祈り申し上げます

突然の悲報に接し、悲しみにたえません。1993年の番組開始当初からご出演いただき、 番組の父のような存在として、 出演者・スタッフ全員を温かい笑顔で包み込んでくれていました。
2017年より番組への出演をお休みされており、 再び元気な姿で仁鶴師匠が戻って来られる日を、皆心待ちにしておりましたが、 残念ながらこのようなことになり、あまりにも突然のことで言葉が見つかりません。
謹んでお悔やみ申し上げます。

大阪ほんわかテレビ スタッフ一同

8月27日(金)放送
なお、今週の放送は1時間全編に渡り、 仁鶴師匠のこれまでの様々な名場面とともに、出演者の皆様と ほんわかテレビらしく明るく仁鶴師匠を偲ぶ特別企画をお送りする予定です。


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おばちゃんのブルース(1969年12月)

大阪は第二の故郷 笑福亭仁鶴(1970年11月)

男・赤壁周庵先生 笑福亭仁鶴(1971年11月)

花の定期便 (笑福亭仁鶴)(1972年4月)

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2013.03.13

左利きとマナー(13)まとめ~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii354号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第354号のお知らせです。

 ・・・

第354号(No.354) 2013/3/9「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―その19―左利きとマナー(13)まとめ」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲「―その19― 左利きとマナー(13)まとめ」をお送りしました。

一年ちょい続けて来ました<左利きとマナー>編もとりあえず最終回、まとめです。

 ●左右は単なる極性の違い
 ●形の先にあるゴールを見る
 ●単に違っているだけ
 ●太陽は同じように照らしている

詳細は本誌をお読みください。↑

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2013.02.14

神事及び宗教と左利き(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii351号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第351号のお知らせです。

 ・・・

第351号(No.350) 2013/2/9「左利きとマナー(12) 神事及び宗教と左利き(2)」は、
<左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その19―>「左利きとマナー(12) 神事及び宗教と左利き(2)」をお送りしました。

 ●一般化、習慣化したタブーは?
 ●どの程度に不便かを考慮する
 ●配膳について
 ●外国での宗教的タブー
 ●“慣れ”の問題

宗教と左利きについては、まだまだ不勉強な私ですので、考えの至らぬところもあるかとは思いますが、現時点での私の考えを書いてみました。

詳細は本誌をお読みください。↑

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.12.02

書道家・武田双雲氏の左利きの子の習字指導発言について思うこと

テレビでおなじみの書道家・武田双雲氏が、11月22日、自身のブログ<書道家・武田双雲 公式ブログ『書の力』>で左利きの子の習字指導をどうするかについて、以下↓のような記事を書いていらっしゃいます。


左利きの子はお習字はどうする?


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氏はこう答えるそうです。


「両方で書けたらもてます(^-^)v」

さらにこう続けています。


うちの息子も左利きですが、/両方で書きます。

そして、


うちの書道教室でも左利きの子はなぜか多いのですが、みんな器用に両方で書けます。/でもやはり自然と右で書くようになるんですよね。

理由として、


字は右ききが前提で開発されてるから。/結局、書きやすい方に流れますから

しかし、どうなんでしょうか。
私の体験では、確かに大筆を使う大きな文字は右手で書けても、脇に小筆で小さく書く自分の名前はなかなか書けないものです。


そのレベルまで行ってるのかどうか、私は怪しいのではないか、という気がします。
少なくとも大部分の子が、という点で。


それと、「左利きの子」と一口に言っても、左利きの度合いがどうかという問題があります。
一見左利きっぽい子―左もある程度使える子もいます。
そういう子供の場合は、書けるんでしょうね。


でも、そういう子供ばかりとは言えないという気もします。


 


そして、一番大事なことは、「両方で書けたら…」といわれるのは、常に左利きの子だという事実です。


多分武田双雲氏も、左利きの子にしか言わないのではないでしょうか?


教室に来る子供全員に対して、


「両方で書けたらもてます(^-^)v」

と言っているのでしょうか?


 


左利きの子供に対してよく言われる教育法―しつけの方法として、「両方使えたら便利でいいね」といった言葉があります。
「右手も使わせて、両利きにしましょう!」という場合もあります。


一見、筋の通った意見のように思えますが、実は立派な“差別”発言です。


なぜそう言えるのか?


いつも私は言うのですが、「両方使えて便利になるのは、左利きの子だけではない」ということです。
右利きの人だって、右手をケガした時などは、左手が使えれば便利です。


「両手が使えて便利になる」のは、決して左利きの子供だけではないのです。
右利きの子供だって両方使えれば、便利になります。


ところが、右利きの子供に左手も使えたら便利だから、と左手を使わせる教育を施す例は、ほとんどないという事実です。
また、それを訴える親や教育者もまずいない、と言えるでしょう。


特定の人にのみ特定の行動を“強要”する行為は、“差別”と呼ばれて仕方ないのではないでしょうか?


 


今回の武田双雲氏の指導も、同じことです。


私はその点を非常に憤るのです。
坊主憎けりゃ袈裟まで、という意味で言うのではないですが、単に彼は自分ができることを自慢しているだけではないか、という疑惑まで感じるのです。


これは以前、2011.6.23の記事、6月13日日テレ「深イイ話」武田双雲氏左利きの書道についてでも書いたことですが。


 ・・・


もう一言言えば―


氏は、


字は右ききが前提で開発されてるから。

と書いていますが、これも事実とは言えません。


元々文字の歴史を見てみますと、発明された当初は、右手での書きやすさというのは、考慮されていませんでした。
漢字でも楔形文字でも、左右性というのは考慮されていなかったようです。
ましてや、右手で筆記しやすいように、という考えはなかったのです。


今、日本語や中国語では、縦書きは右から左へ改行してゆきます。
英語などヨーロッパ系の言語では、横書きで左から右へ綴ります。
これらは確かに右手での書きやすさを考慮した結果です。


しかし、楔形文字でも、左から右へ綴るようになったのは、発明されて1000年ぐらいたってから、突然90度回転し、今のように左から右へ綴られるようになったのだそうです。


今の文字は、右手で書きやすいように、後に“改良”されたものに過ぎないのです。


最初から右手で書きやすいものとして開発された、というものではないのです。


 


そういう意味でも、左手で書くということを否定することはできません。
右手で書くことだけが習字ではないのです。


要するに、右手であろうと左手であろうとなんであろうと、自分が最も書きやすいと思う、最も自然に書くことが可能だと思う器官を用いて書けばよいのです。


その結果として、右利きの人では右手となり、左利きの人では左手となる、といった違いが生まれるだけのことです。
それがいいとか悪いとかいう次元の問題ではないのです。


 


「右手の方がきれいな字が書ける」と言う場合の、「きれい」とはなんでしょうか?


それは、従来の基準では、全体のバランス等はともかく、基本的には<右手で書くときの書き癖を活かした形をよし>とするものに過ぎないのです。
始筆の入り方や送筆の際の右上がりの線、終筆におけるハネやトメといった形などに現れるものです。


しかし、それらも工夫をすることで、左手書きでも“真似る”ことは可能です。


実際のコンクールでは、左手書きで受賞している人も少なくないのです。
なかには、右手が不自由になり、左手で勉強しなおしたという方もいらっしゃいます。


世の中には、見やすい、読みやすいといった機能美が満たされていればよい、とする見方もあります。


本来「美」というものは、基準などあってないようなものではないでしょうか。


 ・・・


氏の言葉によれば、


双雲@人は、楽しい方へ向かうとうまくいく。

のだそうです。


左利きの人や左手で書きたい人は、左手で楽しく書けばよいのです。
そうすれば、うまくいくそうです。
双雲先生のお墨付きです、自信を持ちましょう。


 


*参考:<左手書字>
『左組通信』
<私論4>左手で字を書くために <私論4>左手で字を書くために(その2)実技 『お茶でっせ』
<左手書字>カテゴリ


 


*『お茶でっせ』「武田双雲」関連の記事
07.10.25
左ききでは書道は無理ですか?:武田双雲『書愉道 双雲流自由書入門』から 08.7.30
『女性自身』2008年8月12日号で左利き記事 11.6.23
6月13日日テレ「深イイ話」武田双雲氏左利きの書道について 12.9.26
Twitterの威力か?[武田双雲テレビ番組左利き書道]記事にアクセス集中!


 


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.11.30

第7回<LYGP>2013へ向けて(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii340号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第340号のお知らせです。

 ・・・

第340号(No.340) 2012/11/24
「第7回<LYグランプリ>2013 へ向けて(その2)」
は、
「2012年左利きの人・物・事 を振り返る」の2回目として、前回の【人:部門】3件【物:部門】1件に続いて、【事:部門】3件を紹介しました。

このブログでも取り上げて紹介したことのある、以下の3件です。

【『レフティ生活 万年筆編』】
2012.2.8
左利きでも万年筆は使えます。『レフティ生活 万年筆編』―左手書字の研究

【無印良品、プロジェクト ハートフル・左利き】
2012.4.4
Project01左利き~空想無印cuusoo muji商品化企画の試み
2012.7.20
無印良品プロジェクト ハートフル・左利き

【ガスト、スープ用のお玉(レードル)の形状改善】
2012.10.1
ガストのスープ用オタマが左右両注ぎ用に!

詳細は本誌で。


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.11.14

伝統と左利き:茶道(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii338号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第338号のお知らせです。

 ・・・

第338号(No.338) 2012/11/10 「左利きとマナー(10) 伝統と左利き:茶道(2)」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲―その19― 左利きとマナーの10回目「伝統と左利き:茶道(2)」をお送りしました。

前回に引き続き、日本の伝統的な芸道の一つ茶道における左利きの問題について考える二回目です。
今回も、裏千家 高山宗真氏のブログ「緑水庵」でのお話を基に考察しています。

 ●小堀宗実氏の著作『茶の湯の不思議』から
 ●左利きの場合も同じ
 ●右勝手に流れるだけが「美」と言えるのか?
 ●時代とともに変化しても良いのでは?

詳細は本誌で。

*参考:
遠州茶道宗家十三世家元、小堀宗実氏の著作、
『茶の湯の不思議』日本放送出版協会 生活人新書(2003)


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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