『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)
【最新号】
第698号(Vol.21 no.21/No.698) 2025/11/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:第8回(前編)
<左利きの人の本>新規発見本紹介 <左利き者の証言・刀工編>」
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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン
右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第698号(Vol.21 no.21/No.698) 2025/11/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:第8回(前編)
<左利きの人の本>新規発見本紹介 <左利き者の証言・刀工編>」
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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年11月15日号(vol.18 no.19/No.399)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:第8回(後編)
<左利きミステリ>新規発見作紹介」
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*「後編」も見てね! 「後編」はこちらで↓
『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』(12:00 配信)
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今回も三月以来の『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』と
『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』のコラボ企画です。
この8回目は、(前半)では、左利きの刀工の本を紹介します。
(後編)では、新規に発見した<左利きミステリ>を紹介します。
3月のコラボ――
『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第682号(Vol.21 no.5/No.682) 2025/3/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(前編)新規発見作紹介」
【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』
2025.3.15
[コラボ]<左利きミステリ>第7回海外編(前)新規発見作-週刊ヒッキイ第682号
2025(令和6)年3月15日号(vol.18 no.4/No.384)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作紹介」
【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』
2025.3.15
[コラボ]<左利きミステリ>第7回国内編(後)再発掘作-楽しい読書384号
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★ 週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画 ★
『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』
(前編)<左利きの人の本>新規発見本紹介
『刀に生きる 刀工・宮入小左衛門行平と現代の刀職たち』
<左利き者の証言・刀工編>
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『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
(後編)<左利きミステリ>新規発見作紹介
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●左利きの人を紹介する本(1)『刀に生きる』
(前編)は、左利きの人を紹介する本から、
左利きの刀工の宮入小左衛門行平さんについての本です。
<左利き者の証言・刀工編>というところです。
・・・
『刀に生きる 刀工・宮入小左衛門行平と現代の刀職たち』塩野米松
(聞き書き)角川書店 2016/10/22
(Amazonで見る)

《聞き書きの名手が描き出す、いま日本刀に生きる職人たちの姿。/
高倉健が愛した刀工・宮入小左衛門行平。左利きというハンデを克服
し、人間国宝の父の跡を継いで刀工として生きる彼と、第一線の刀職
者たちへの10年以上に及ぶ取材から、現代の刀作りにおける「美」
「哲学」「技」を描く。/日本刀剣界の第一人者が集った、日本刀の
魅力が詰まった一冊。》
取り上げられている人達は、六つの職人さんたち
刀工・宮入小左衛門行平 研ぎ師・本阿弥光洲(人間国宝)
鞘師・高山一之 塗師・川之辺朝章 白銀師・宮島宏
柄巻師・岡部久男
(※正しくは、本阿弥の弥、川之辺の辺は旧字体、
高山の高は「はしごだか」の漢字を使用)
第一部は、刀工の宮入さん、後半の第二部がその他の刀職人さんたち。
今回、筆者が取り上げるのは、第一部の左利きの刀工・
宮入小左衛門行平(みやいり こざえもん ゆきひら)さんです。

●『刀に生きる』から、宮入小左衛門行平さん
宮入小左衛門行平さんは、人間国宝(重要無形文化財保持者)の
宮入行平の次男で、父の後を継いで刀鍛冶になった人です。
俳優の高倉健さんが信頼する職人さんで、友人知人に贈る日本刀は、
みなこの人の作だった、といいます。
(目次)
第一章 生い立ち
第二章 修業時代
第三章 刀とは
第四章 刀を作る
第五章 高倉健さんと刀工
・・・
宮入さんは、昭和32(1957)年8月26日、長野県坂城(さかぎ)生まれ。
先にも書きましたように、刀工の次男、五人兄弟の四番目(本名 恵けい)。
当時、父親は人間国宝に認定される前で、敗戦後のため、刀を作れる
状況ではなく、鉈や農具を作っていたそうですが、
家には多くのお弟子さんがいた、という環境でした。
15歳の時に母親と死に別れた。
兄弟は、一番上が兄、それから姉が二人、そして妹。
父は10歳上の兄に期待していたようですが、父の偉大さに
押しつぶされたのか、継ぐのを断念。
父親は、後継者はあきらめていたようだといいます。
一つは左利きだったこともあるのかも知れません。
●左利きについて
《刀鍛冶は左利きではできないので直すのに、僕は苦労しましたが、
左利きなのは彫金をやっている姉もそうです。左利きは器用だ
といいますが、僕はそれほど器用とは思っていません。
姉も特別器用というわけじゃないです。》p.17
宮入さんは、家系(遺伝性)としての左利きのようですね。
《父も母も子どもの頃は僕の左利きを直そうとはしなかったです。/
僕が刀鍛冶を継ぐとはおもってなかったからですね。兄に継がせよう
と思っていたんじゃないですか。》p.17
刀鍛冶を職業として意識したのは、高校を卒業する直前、といいます。
ものを作ったり絵を描いたりするのが、《嫌いじゃなかった》。
絵でコンクールに入賞したり、上手い方だった、と。
すでに人間国宝となっていた父のそばで、子供の頃から刀には日常的に
ふれていたし、手が足りないときには、炭切りとか鞴を吹く手伝いを
やらされていたこともあったそうです。
《なぜか炭切りは右手でやらされましたね。左利きなのに右で
やるんですから、しょっちゅう指を切っていました。今思えば、
父は、僕に刀鍛冶をやらせるつもりがあったのかもしれません。
わざわざ炭切りを右でやらされたんですから。その時は、なんにも
思いませんでした。それか、左利きの弟子たちもみんな厳しく
直されていましたから、僕にもそうさせたのか。なぜだったのか、
わかりません。》pp.17-18
そんな門前の小僧でした。
兄が跡を継ぐのを断念したとき、父はまだ元気だったから、
もしかしたら僕を継がせるのに間に合うかなくらいには思っていたの
かもしれない、と。
そして、20歳の時に父が亡くなります。
第一章の後半は、刀鍛冶だったお祖父さんとお父さんのお話です。
お二人とも時代のせいで作刀できなくなりました――お祖父さんは
明治維新による廃刀令で、お父さんは軍刀などを作っていたのが敗戦で。
そういう時期を乗り越えて、お父さんは刀鍛冶として人間国宝に。
●修業時代
第二章は、修業時代のお話です。
高校時代は、のびのびと地元の高校でハンドバールでインターハイ出場。
スポーツといい先生に出会えた、といいます。
高校卒業後は、家を離れ、距離を置いてみたいと思っていたそうで、
ハンドボールの監督の紹介してくれた北海道の牧場へ。
一年半ののち、刀鍛冶になろうと決心。
父はまだ元気で、お弟子さんがいるなか、自分にやらせようとするのを
嫌がり、よそで修業すると言うと、父の独立したお弟子さんの一人で、
小学生のときに住み込んでいて、兄弟のように育った、藤安将平
(ふじやすまさひら)さんのもとへ。
父の弟子のなかでも「宮入の三羽がらす」と呼ばれていた、上林恒平
(かんばやしつねひら)、河内國平(かわちくにひら)と藤安さん。
当時の若手では抜きん出ていた人。
昭和52(1977)年9月に弟子入り。その11月に父が倒れ、
心臓でぽっくり……。家を継ぐことに決まります。
藤安さんの元で修業を続けます。他に弟子はおらず、藤安さんと二人。
勉強する機会がいっぱいあった。刀剣博物館にも行き、勉強会にも。
また、藤安さんは仕事以外にも余暇を大切にする人で、楽しい生活だった
そうです。
●左利きを直す
《ただ、僕は左利きだったもんで手鎚で叩くのはまるで下手だった。/
鍛冶場の作業の配置が全部右利き用にできているので、それに慣れ
なきゃいけないでしょ。/鞴(ふいご)を左で吹いて、箸で挟んだ鉄を
右に回して、持ち替えて、金敷(かなしき)(刀床)に載せたらぱっと
こう叩けるようにできてるんです。逆だと動作が倍くらいかかっちゃ
うんです。/(略)職人の仕事って無駄があっちゃダメなんです。/
初めは、そんなことは訓練すればなんとかなると思ってました。
もっと大変なこといっぱいあるんだろうなって。実際、左利きを直す
のは大変でした。/一所懸命直しましたが、今でも完全には直って
いません。まだっていうか、たぶんこれで一生いくんでしょう。
今でも火造りやってると右の腕がパンパンに張ります。だから、自分
では火造りなんかはあまり上手いとは思わないです。》p.34
今どきなら、自分流に置き換えるなんて方法を考える人も出てくるのかも
知れません。しかし、当時は作業場の配置を根本的に変えるというのは、
ちょっと難しい注文だったのでしょう。
《藤安さんのところではご飯も右で食べていましたが、今は箸は左に
なっちゃいました。無理やり直したことへの反動かもしれません。
父がいたら、許さなかったでしょうね。字は右で書きます。》p.34
昭和32年生まれですから、私より3歳年下になりますが、
職人さんの世界では、当時はまだそういうものだったのでしょう。
左利きでの良いこともあると――
《左利きでいいこともあるんです。銘は、僕は左で切るんです。
鏨(たがね)で切るんですが、右利きだと自分の切った線が見えない
んです。左利きは見える。》p.34
文字は、特に漢字は、左上から右下へ、各々の画を綴って行くわけです
から、右手に鏨を持ち左手の鎚で打つ左利きの方法は、先の打った画を
視界に入れながら次の画を打てるわけです。
それに対して、右利きの場合は、左手に鏨を持ち右手の鎚で打つわけで、
前に打った部分が鏨で隠れてしまうのですね。
利き手の性質は簡単には変わらないという証として、
《今でも、ちょっと微妙な作業は左じゃないと無理です。最後の茎
(なかご)の手鑢(てやすり)も左やるし、先手も左じゃなきゃダメ。
できません。力の加減が難しいんです。/先手が3人も並んで、一人
だけ左利きだと、ぶつかることがあるんです。向こう鎚は、親方が
叩く手鎚の調子に合わせて、指示されたところを正確に打たなくては
ならないんです。藤安さんのところに行ったときはいきなり向こう鎚
やらされました。一応できたんですが、それでもやっぱり、変なとこ
に当たったり、角が入ったりしました。それは危険なことなんです。
思いっきり思い鎚を振るんですから。》p.36
細かい作業、巧みさを必要とする作業を行うことは、やはり利き手が一番
ということなんでしょう。これはどなたも理解できると思います。
左利きの人の苦労――不利の克服という山を越えることが、
その人の力を伸ばすことにつながったのでしょうけれど、
本当のことを言えば、その人の自然な姿で実力を伸ばしていけることが、
ベストだろうと思うのです。
しかし、社会の状況というものは、個人の力だけでは変えていくことは
非常に難しいもので、どうにもできないことが多いものです。
それゆえに、限られた環境のなかで鍛えられる部分があるのでしょう。
《父のお弟子さんのなかにも左利きがいましたけど、みんな苦労して
直していました。父のお弟子さんの三羽がらすと言われたうちの
二人、上林さんも河内さんも左利きでした。みんな素晴らしい作品を
作っています。不利を克服するというのも試練ですから。》p.36
●刀工としての理想形をめざす
修業から5年、文化庁の許可を得て、昭和57年に美術刀剣類製作承認、
翌58年に新作名刀展に初出品で努力賞を得て、家に戻り、父の遺した
鍛刀道場の再興を始めます。
刀工としての理想形をめざし、刀作りには正解はないという考えで、いろ
いろなものから学ぼうと、作刀の合間にも海外を放浪し、様々な芸術作品
を見てまわったり、南北朝や鎌倉時代の刀を再現するとか、新素材の鉄で
作るとか、アニメ『エヴァンゲリオン』に登場する刀を作るなど。
《僕はけっして上手くないし、左利きだし、弟子の頃は藤安さんの
仕事を毎日見てると自信なくすんです。》
現代は刀を使う時代ではなく、芸術性や精神性を求められる。
作品の完成度は、仕事の上手さだけではない、完成形が頭の中にあれば、
何度でも試みることができる、と。
●現場作業での左利きのポイント
「第四章 刀を作る」からは、実際の現場での作業における左利きなら
では、のポイントを見ておきましょう。
火の温度の調節をために加減する鞴(ふいご)の位置は、横座の左。
《鍛冶屋ならみなこの位置です。左利きでも右利きでも同じ。基本は
鍛冶場は右利きようにできていますから、僕らのような左利きは
右利きに修正させられたんです。》p.68
火造りでできたものを、鑢(やすり)と銑(せん)を使って表面を調えます。
《片手鑢は僕の場合、左手でやります。微妙な調整が必要なところは
やっぱり右じゃダメです。》p.96
刀の焼き入れのとき、焼きの入りをよくするために、土置きという作業を
する際も(写真で見ますと)、左手でやっているようです。
刀身を柄に差し込む部分の、茎(なかご)に化粧鑢をかけるときも、
《これも僕は左手じゃないとできないですね。左利きだから人と鑢目が
逆なんです。これが僕の特徴となるわけです。》p.109
《銘を切ると完成です。銘は墨で下書きして鏨(たがね)で切ります。
僕はこれも左手です。おかげで切った跡を見ながら作業できます。/
銘の切り方や深さ、鏨の使い形、切り口。みんな鑑賞の対象です。
刀工の人間性が見えますからね。銘を切ったら刀工の仕事はおしまい
です。》p.112
●利き手の特性を活かせる現場へ
以上で左利きの刀工・宮入さんの作業は終了です。
ご自身の言葉にもありますように、《微妙な調整が必要なところ》は、
利き手でないと難しいようです。
昔から基本的に鍛冶屋さんは、「左利きは直された」そうです。
大正生まれの筆者の父親も、小学生時代から鍛冶屋に丁稚奉公して、
一人前の職人になった人でした。
それゆえ、日曜大工も得意でしたが、金槌や鋸など工具類を使うのは
すべて右手でした(字や箸はもちろん右でした)。
亡くなる前年、左側頭部の脳挫傷で右半身不随になったとき、「自分は
左利きだ」と告白するまで、筆者の左利きのルーツを知らずにいました。
従来は、このように職人さんの利き手を無視した作業現場でした。
しかしこれからは、左利き職人さんの増加(左利きのまま育つ人が増加)
や、作業現場における技術革新(設備機器が進化する)により、
それぞれの職人さんの利き手という特性に応じた、道具や機器類の配置と
いう作業現場の変革の可能性がある、と思われます。
左利きに対応した現場が実現することで、作品の質の向上や、そもそもの
職人さんのなり手の増加も期待できるのではないでしょうか。
*参照:
現代刀匠 宮入小左衛門行平(長野県)/ホームメイト - 刀剣ワールド
刀工 宮入小左衛門行平 氏 - わいがや倶楽部
全日本刀匠会 会長宮入小左衛門行平 - リーダーナビ 100
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本誌では、「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:第8回(後編)<左利きミステリ>新規発見作紹介」と題して、今回は全紹介です。
久しぶりに<左利き者の証言・刀工編>ということになります。
<左利き者の証言>は、左利きの先人たちの利き手の違いでの苦労話を中心に、「ハンディズム(利き手差別)はアカン!」と訴えるための基礎資料として、今までいくつか紹介してきました。
左利きで知られる有名人のエッセイを繙きながら、左利きゆえに苦労した話、左利きが原因と思われる様々な差別、左利きゆえに生じる? 性格の違いや特徴など、左右盲(右と左が分からなくなる/右と左を取り違える、言い間違う)などの一種の病気? に関する話題などを取り上げてきました。
*参照:
第513号(No.513) 2018/3/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その23―
左利き者の証言から~ 左利き先輩たちの足跡(1)」
2018.3.13
左利き者の証言から~髙橋幸絵枝『こころの匙加減』-左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第513号
今回は、日本刀作りという伝統的な工芸品の作業現場における、左利きの人の難しい点や有利な点という製作苦労話でした。
ここでもやはり、《微妙な作業は左じゃないと無理》という言葉が出てきます。
これが、利き手の特性の一つだ、ということがハッキリします。
昭和32(1957)年生まれということで、私より3歳年下になります。
職人さんの家に生まれたけれど、当初は左利きのままで育ったということです。
その後、後を継ぐことになる時点から、本人も意識的に右に変えるようになられたようです。
手作業の伝統的な世界、特に鍛冶屋の世界では、まだまだ左利きは肩身の狭い状況にあるようです。
しかしこれからは、まだ違った展開がなるのでは、と筆者は期待しています。
・・・
弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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