<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎-楽しい読書371号
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【別冊 編集後記】
2024(令和6)年7月31日号(vol.17 no.14/No.371)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫・
浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」」
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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年7月31日号(vol.17 no.14/No.371)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫・
浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」」
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今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
<夏の文庫>フェア2024から――。
昨年同様、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。
第二回は、集英社文庫の浅田次郎さん『鉄道員(ぽっぽや)』から
「ラブ・レター」を。
【角川文庫の夏フェア】
「カドイカさんとひらけば夏休みフェア2024」特設サイト
https://note.com/kadobun_note/n/n94088457149e
集英社文庫『ナツイチ2024』フェア-
ナツイチ2024 言葉のかげで、ひとやすみ
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
「新潮文庫の100冊 2024」フェア
https://100satsu.com/
(画像:新潮・角川・集英社 三社<夏の文庫>フェア2024のパンフレット)
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◆ 2024年テーマ:夢か奇蹟の物語 ◆
新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)
集英社文庫・浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」
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●集英社文庫『ナツイチ2024』フェア
集英社文庫 毎年恒例・夏のフェア「ナツイチ2024」 - PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000584.000011454.html
によりますと、今年の集英社文庫『ナツイチ2024』フェアは、
6月20日にスタート。
集英社文庫の「夏の文庫フェア」は、1991年から始まり、今年は34回目。
《全国およそ4000軒の書店で、
6月20日(木)から9月30日(月)まで実施予定》
対象ラインナップ作品は全82冊。
【ラインナップ】
私が気になった作品(★)とその他の主な作品を挙げておきます。
■映像化する本 よまにゃ
『地面士たち』新庄 耕
『クラスメイトの女子、全員好きでした』爪 切男
■心ふるえる本 よまにゃ
『塞王の楯(上下)』今村 翔吾
『N』道尾 秀介
『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎
★『陸王』池井戸 潤――以前取り上げた作品
★『鉄道員(ぽっぽや)』浅田 次郎――映画化もあり、気になる作品
★『星の王子さま』サンテグジュペリ 池澤 夏樹 訳――大好きな作品
他 13冊
■スリリングな本 よまにゃ
『真夜中のマリオネット』知念 実希人
『本と鍵の季節』米澤 穂信
『カケラ』湊 かなえ
『偉大なるしゅららぽん』万城目 学
★『傷痕』北方 謙三――デビュー以来、大好きだった作家
他 14冊
■ときめく本 よまにゃ
『猫だけがその恋を知っている(かもしれない)』櫻 いいよ
『一ノ瀬ユウナが浮いている』乙一
『オーラの発表会』綿矢 りさ
『吸血鬼と愉快な仲間たち』木原(このはら) 音瀬(なりせ)
★『アナログ』ビートたけし――ちょっと古くさい?感じが気になる
他 12冊
■じっくり浸る本 よまにゃ
『燕は戻ってこない』桐野 夏生
『ミシンと金魚』永井 みみ
『透明な夜の香り』千早 茜
★『よくわかる一神教』佐藤 賢一――多神教の日本人である私にとって、
一神教は以前から興味があった
★『文明の衝突(上下)』サミュエル・ハンチントン 鈴木 主税 訳――
西洋対東洋という、これも昔から気になっていた本の一つ
『人間失格』太宰 治
『坊っちゃん』夏目 漱石
他 16冊
●特設サイト
ナツイチ2024 言葉のかげで、ひとやすみ - 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
2024年テーマ
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言葉のかげで、ひとやすみ。
こころの夏やすみ。
それは一冊の本から始まる。
ファンタジーでも、
ロマンスでも、ミステリーでも。
ページをめくれば、
こころをリフレッシュさせてくれる
新たな出会いが待っているから。
さあ、よまにゃ。
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――というわけで、新たな出会いを求めて、以前から気になっていた本
浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』を取り上げることにしました。
●浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』――奇蹟の一巻
『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎 2000年3月17日
巻末の「あとがきにかえて 奇蹟の一巻」で、著者・浅田さんは、
1997年4月に出たときの本書の帯に掲げられたキャッチコピー
<あなたに起こる やさしい奇蹟。>を紹介して、
《「奇蹟」をモチーフにした短篇を集めました、というほどの意味》
だと解説されています。
それぞれの短編はすべて個別の物語で、
男性が主人公だったり女性が主人公であったり、
三人称多視点の作品であったり一人称の作品であったり、
まったく異なる内容の物語です。
で、共通するのは、「奇蹟」をモチーフにした物語だ、という点です。
それぞれの作品を簡単に紹介しておきましょう。
『鉄道員(ぽっぽや)』 浅田 次郎/著 集英社文庫 2000.3
『鉄道員(ぽっぽや)』(Amazonで見る)
(画像:集英社文庫『ナツイチ2024』フェアのパンフレットと『鉄道員(ぽっぽや)』)
(画像:【集英社文庫『ナツイチ2024』フェア パンフレットの『鉄道員(ぽっぽや)』の紹介ページと本と)
「鉄道員」――映画化されて有名な一作です。
旧国鉄時代からのJR北海道の鉄道員(ぽっぽや)一筋の男が
定年を迎えた最後の日の物語。
死んだ娘がだんだんと成長する姿を幻として見るのでした。
そして当日……。
「ラブ・レター」――これも映画化されて有名な作品です。
中国人の女性と偽装結婚した書類上だけの夫は、
彼女が仕事先で病気で亡くなり、夫として後始末を任されます。
彼女が残した彼へのお礼の手紙二通を読み、
ありえたかもしれない日々を想像し、涙するのでした。
「悪魔」――子供の目を通して描く怪奇・恐怖もの。
悪魔のような家庭教師により家庭が崩壊する姿を子供の目から描くお話。
「角筈にて」――出世だけじゃない、人生をやり直そうとする夫婦の話。
出世コースから海外支店長に左遷された男は、過去に父に捨てられた
経験を持ち、引き取られた先のおじの娘が今では妻となりました。
父に似た人物を見かけ、過去がよみがえるのですが……。
「伽羅」――洋装店の女店主にまつわる怪奇・恐怖もの。
高級既製服(プレタポルテ)を扱うブティックの素人女主人と、
素人経営者を食い物にするメーカーのトップ・セールスとの物語。
「うらぼんえ」――孫娘を守るためお盆に“帰ってきた”祖父の物語。
夫の愛人に子供ができ、離婚を迫られる身内のいない妻。
夫方の祖父の初盆にゆき、その話が義父からも出るが、育ての親の祖父が
“帰ってきて”妻の味方となり、この話し合いに加わる……。
「ろくでなしのサンタ」――異色のクリスマス・ストーリー。
クリスマス・イヴに出所した三太(さんた)は、留置所で知り合った男の
ために、妻と娘あてにクリスマス・プレゼントの豚まんと鉢植えと大きな
ぬいぐるみを置き「メリー・クリスマス」と一声かけて去って行く……。
「オリヲン座からの招待状」――映画館閉鎖で帰郷した別居夫婦の一日。
生まれ故郷に唯一残っていた映画館の最後の上映会に出席した、東京で
別居生活をしている幼馴染の夫婦と妻を亡くし一人となった館主のお話。
前回の<夏の文庫>フェアの角川文庫『ナミヤ雑貨店の奇蹟』でも、
相談を通じて何人かの人物の人生が描かれていました。
本書でも、短編毎にそれぞれに夫婦と親子の家族の問題を背景に、
奇跡的な出来事を交えて、人間の存在の軽みと重さを
時の流れとともに描いています。
なかなか読み応えのある一冊になっていました。
●リトマス試験紙のような作品集
巻末解説で、北上次郎さんが書いていますように、
この優れた短編集の中には、大きく四つの「名作」が含まれています。
北上さんのお話では、読者には「鉄道員」を支持する派と
「ラブ・レター」派のあいだで論争があり、
そこへ「うらぼんえ」派が割り込んで来て、
さらに「角筈にて」派が続く、といい、
本書は《リトマス試験紙のような作品集だ》p.294 といいます。
《読み手の年齢、性別、経験、環境、人生観などによって、
このように感じ入る作品が異なるからである。》p.297
私の場合、「鉄道員」は、男の話としては分からないではないのですが、
子を失い妻を失い、それでも仕事一途にやってきた男の話としては、
哀しいけれど、結婚もして子も生まれ、一時的ではあれ、
幸せの時を経験しているという点では、それで良かったのではないか、
また最終的にも、という気もします。
「角筈にて」と「うらぼんえ」も夫婦のお話である一方、
親子の情、または育ての親との情を描いています。
夫婦の間には、それなりに幸せな時があったのではないでしょうか。
しかし、「ラブ・レター」の主人公の場合はどうでしょうか。
40歳近くまでの20年、歌舞伎町で、ヤクザの末端の組の一員として、
バーテンやポルノショップの雇われ店長等の仕事を続けてきた男が、
偽装結婚した中国人の女性の死後、残された手紙を読んだ結果、
起きたかも知れない状況を夢想する、という物語です。
そう、一人なのです、どちらとも。
戸籍上は夫婦となってはいるものの。
本当の夫婦としての幸せな時間を経験していないのです。
そういう意味では、これら四編の中にあっては一つ異端の作品です。
●私のお気に入り「ラブ・レター」
この「ラブ・レター」は、先の北上さんのお話では、
女性読者に圧倒的に好評だったそうで、
《現代の恋愛小説として哀切きわまりないから、女性読者の涙腺を
刺激するのは理解できる。》p.294
というのです。
ところで、本書中私の一番のお気に入りが、実はこの作品なのでした。
では「ラブ・レター」について書いてみましょう。
(ちなみに映画は見ていません。)
なぜ私がこの作品に惹かれたかといいますと、
それは本書の作品中、一番自分の気持ちを感情移入できる作品だった、
という点です。
70歳まで独り者の私にとって、夫婦のお話というのは、ピンときません。
「ラブ・レター」の主人公は、まだ40歳手前のようですが、
それでも故郷を出てからずっと独身で東京の街中で暮らしてきたわけで、
そういう意味では、私にとって一番身近な存在といえるでしょう。
主人公の境遇のうちで、私にとって最も似つかわしいのがこれだった、
ということです。
そして、ありえたかもしれない日々を夢に見るようすなど、
私にも十分理解できるからです。
私も時折、ありえたかもしれない生活、起こりえたかもしれない出来事、
そういう日々を夢に見ることがあるからです。
●「おまえらがみんなふつうじゃねえんだ」
ここからは私が惹かれた部分の引用を、少しメモしておきましょう。
《手紙の文句が甦った。/ここはみんなやさしいです。
組の人もお客さんもみんなやさしいです。
海も山もきれいでやさしいです。ずっとここで働きたいです。/
謝謝。それだけ。海の音きこえます。吾郎さんきこえますか――。/
自分はやさしさのかけらもない町で、二十年も生きてきたのだと、
吾郎は思った。》p.74
吾郎にとって、自分の今までの“しょうもない”生き方を
改めて突き詰められた気持ちだったのでしょう。
その夜、夢の中で吾郎は、両親はすでにこの世にいないけれど兄のいる、
捨ててきたはずの故郷に帰った、あったかも知れない日々を思います。
《(ありがとう、吾郎さん。あたし、もういいよ。
お客さんみんなやさしいけど、吾郎さんが一番やさしいです。
私と結婚してくれたから)/花の上に、吾郎は涙を落とした。/
(俺、やさしくなんかないもね。やくざもおまわりもお客も、
みんなしておめえのこといじめたもね。一番ひどいのは俺だよ。
五十万で籍を売って、その金だって三日で使っちまった。
おめえ、その金も体で返すんだろ。血を吐きながら、返すんだろ。
俺たち、みんな鬼だもね。おめえを骨になるまで食いちらかした
鬼だもね。おめえを骨になるまで食いちらかした鬼だもね。
鬼がやさしいはずないべや)/
物を言わぬ花を大地ごと抱きかかえて、
吾郎は思いのたけをこめて声を絞った。/(もう何もせんでいい。
俺と、結婚して下さい)》p.77
二通目の手紙から――
《吾郎さんにあげられるもの、何もなくてごめんなさい。
だから言葉だけ、きたない字でごめんなさい。/
心から愛してます世界中の誰よりも。/吾郎さん吾郎さん吾郎さん
吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん。/
再見、さよなら。》p.84
手紙の途中から吾郎はまた泣き出します。
吾郎がおかしくなったという、組の若者に対して、
《「ふつうだよ。どうもしちゃいねえよ。
おまえらがみんなふつうじゃねえんだ」》p.84
と。
そして骨箱に「高野白蘭」と口紅で名前を書くのでした。
《国へ帰ろう。ついに会うことのなかった弟の嫁を、
兄はきっとやさしく迎えてくれるだろう。/
「帰ろうな、パイラン、みんな待ってるから」》pp.84-85
モデルほどの美貌の女性だったそうで、だからというのは考えすぎで
(その辺は小説ですからね)、純粋に美しい心を反映した内容の手紙に
感動したというところでしょう。
それに対して自分たちのしてきたことは何だったのか、
という反省が込められているのです。
さて彼はこれからどういう人生をたどることになるのでしょうか。
結局また元の木阿弥になるのかどうか。
まあ、人生そう簡単でもないですからね。
でも、そうはならずに故郷に帰って、やり直してほしいものです。
●心に残る一編
年を取るにつれて、涙腺がゆるくなる、といいますが、
ちょっとしたことでも、思わず泣いてしまいます。
これもそういう物語でしたね。
先ほども書きましたけれど、
私のように、独身でここまで生きてきてしまった人間としては、
ひょっとしたらこういう何かがあったかもとか、
色々考えてしまうときがあるのです。
そういう意味で、このお話はやっぱりこの短編集の中にあっては、
格別な味わいです。
心に残る一編でした。
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本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎」と題して、今回も全文転載紹介です。
今年の<夏の文庫>フェアは、ここまで映画化された人気作家の有名作品を扱ってきました。
案外無かったことかも知れません。
今までは基本的に、古典の名作名著を軸にしてきた、というところがありました。
最近は、出版社のフェア作品の選書が変化してきたという面もあるのでしょうか。
各社ともに自社の持つ日本の人気作家の作品を全面に押し出してきている感じがします。
売上を考えているのか、“古典や名作を若者に読んでもらいたい”主義では、老舗の出版社に勝てないといった事情もあるのかも知れません。
あるいは、“若者に読んで欲しい本”から、もっと単純に“若者に読んでもらえそうな本”に重点を置いた選書に変化しているのか。
私もこの機会に、少しでも読書の間口を広げようと、目新しい作家の作品を選んで読むようにしています。
さて次回は、最後に残った新潮文庫ですが、どうなりますか……。
・・・
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