【最新号】私の読書論-長編小説について『アリバイ・アイク』解説-楽しい読書411号
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号】
2026(令和8)年5月15日号(vol.19 no.9/No.411)
「私の読書論-長編小説について―
リング・ラードナー『アリバイ・アイク』
巻末【解説セッション】村上春樹×柴田元幸―より」
------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2026(令和8)年5月15日号(vol.19 no.9/No.411)
「私の読書論-長編小説について―
リング・ラードナー『アリバイ・アイク』
巻末【解説セッション】村上春樹×柴田元幸―より」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今年のゴールデンウイークは後半が連休で、
まとめて休みを取れた人も多かったようです。
当方は、「毎日が日曜」族ですので、通常どうりというところ。
とはいえ、天候が今ひとつ、気温はある程度高いにもかかわらず、
何となくひんやりした感じが残り、結局は、冬ものの整理等で、
時間を潰してしまいました。
そんななかで手に取った本から、今回は書いてみましょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
- 私の読書論 -
~ 長編小説について ~
リング・ラードナー『アリバイ・アイク』巻末
【解説セッション】村上春樹×柴田元幸― より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
●リング・ラードナー『アリバイ・アイク』《村上柴田翻訳堂》
リング・ラードナーは、あまり日本では知られた作家ではないようです。
筆者は、青春時代、高校生の頃に購読を始めた『ミステリマガジン』と
いう、海外ミステリ専門誌(現在は、国内外のミステリを扱う雑誌)の
70年代の初めごろ、時折掲載されている短編を読んだことがあります。
バックナンバーでは、長編の連載もあったようです。
当時、新潮社から短編集が3冊ほど出ていました。
本書『アリバイ・アイク ラードナー傑作選』加島祥造/訳、新潮文庫
<村上柴田翻訳堂>は、1978(昭和53)年9月新潮社刊の復刊。
『アリバイ・アイク ラードナー傑作選』リング・ラードナー/著
加島 祥造/訳 新潮文庫<村上柴田翻訳堂> 2016/8/27
(Amazonで見る)
《ヘミングウェイやフィッツジェラルドにも愛された、短編の名手にして
名物コラムニストの傑作13編。息を吐くように言い訳する野球選手。
スピード違反の女性に恋してしまった警察官。冷酷無情な行状を繰り
返すボクサー。患者を放っておけないおしゃべり看護婦。夫の自慢が
止まらない妻――。アメリカを虜にした饒舌すぎる語り口とユーモアが
炸裂する! 《村上柴田翻訳堂》シリーズ。》
本書収録13編中では何度か読んでいる「微笑がいっぱい」がお気に入り。
《スピード違反の女性に恋してしまった警察官》のお話で、
甘くて酸っぱいといいますか、ほろ苦いお話です。
まあ、そういう話は置いておいて、今回のテーマは、
巻末の「村上春樹×柴田元幸」の解説セッション(2016年6月22日、
新潮社クラブにて)にあります。
ここで、村上さんが長編小説について語っています。
<長編小説という新しいシステム>(pp.462-465)の項がそれです。
●長編小説を書くための基本
リング・ラードナー(1885-1933)は、マーク・トウェイン(1835-1910)と
よく似た経歴の持ち主で、新聞のコラムで名を上げ、雑誌に短編小説を
書いて人気者となります。
マーク・トウェインは、のちに『トム・ソーヤーの冒険』や
『ハックルベリー・フィンの冒険』を初め、数々の長編を発表しました。
一方、ラードナーは、名編集者のパーキンズがコラムや短編のみならず、
長編を書かせようとしますが、うまくいかなかった。
その理由として村上さんは、
《ラードナーは基本的に語りだけで持っていくスタイルだから、
その文体だけで長いものを書くというのは簡単じゃない。語りって
やっぱり息切れしちゃうんです。息が続くかぎりしか書けない。
長編は一息で書くことはできません。》
それに対して、柴田さんは、
《トウェインは一息で書ける短い語りから出発して、少しずつスパンを
伸ばしていきます。(略)短いエピソードを連ねれば書けそうな
テーマを選んで。そして長編のほうに向かっていきます。》
ラードナーもそれに向かいかけたができなかった、と。
村上《彼のヴォイスというのは饒舌なものだと思うんですが、
その文体のみで長いものを書くのはむずかしいと思う。》
ここで、『素晴らしいアメリカ野球』のフィリップ・ロスの例をあげて、
《ロスのヴォイスも饒舌ですが、彼の作品の場合には大きな仕掛けが
柴田《ラードナーは、物語の大きい枠になるような仕掛けを発想
ひとつあるわけです。ヴォイスの芸だけじゃない。そういう仕掛け
なしで物語の息を続かせることはできないと思う。》
できる人ではなかったですね。》
ここで、長編小説を書くための基本的な発想が明らかになりましたね。
それは、物語の大きな枠となる仕掛けが一つ必要だ、ということ。
●普通のことを普通に書く
村上さんは、ラードナーは普通のことを普通に書くことができなかった、
つい面白おかしく書いてしまう、と。
村上《長いものを書くためには、普通の部分というものが必要なんです、
絶対に。》
柴田《野球選手やボクサーといった、語り手のお面をかぶって書くことは
できるんだけれど、そのお面をとって何かを語るということが
できなかったんでしょうね。》
村上《フィクションを書くというのはアーティフィシャルな作業では
あるけれども、といってアーティフィシャルな部分だけでは成り
立たないんです。素の部分というものをはさまないといけない。
野球でいえばカウントをとるためのカウント球みたいに。それを
彼はできなかった。》
柴田《二イニングしか投げられないピッチャーみたいなものですね。
二イニングは見事に抑えるけど、完投はできない。》
長編小説を書くうえでのもう一つのポイントがこれでしょうか。
長いものを書くために必要な普通の部分。
見事な“語り”は読ませるけれど、それだけでは、息継ぎのできない
水泳選手のようなもので、長距離は泳げません。
●「近代小説」という、長編小説の時代
19世紀になり、ヨーロッパだけではなく、
アメリカにも「近代小説」の波がやって来ます。
村上《資本主義というシステムに長編小説という枠組みが乗っかってきた
といってもいい。短編は生活するため、長編は大きな流れを作り
出すためという風に、それぞれの役割分担もできあがる。》
それが、フィッツジェラルドやヘミングウェイの時代。
一方、ラードナーは、
村上《長編小説で勝負して、短編小説で稼ぐという作家の生き方が登場
するんですが、そこには対応できなかったということでしょうね。
長編文化に行く前の世代というか。》
それ以前にも長編で勝負する作家はいたが、それはお金に困らないような
上流階級に属する特殊な人たちだった。
●声を聞くこと
柴田《ラードナーの作品は、ページから声がぱっと立ち上がってきます。》
村上《僕も小説を書くわけだけれど、スタイルはまったくちがうにも
かかわらず、彼のヴォイスの力強さには感心するんですよね。
小説というのは[耳で書く](傍点)んですよ。目で書いちゃいけない
んです。(略)黙読しながら耳で立ち上げていくんです。そして
どれだけヴォイスが立ち上がってくるかということを確認する。》
耳のない人もいるが自分は悪くない方だと。
村上《目で見た時に声が聞こえてこないと物語は書けない。ラードナーと
いう人は声が聞きとれるし、立ち上げることができる人なんです。
間違いなく、カズオ・イシグロもそうですね。みんなすぐに
ヴォイスが立ち上がってくる。ロスなんかはもう、立ち上がり過ぎ
という感じだけれど(笑)。》
柴田《翻訳でも同じことかもしれません。推敲というのはそういうこと
なんでしょうね。目で確認しているんですが、じつは耳で聞いて
いる。訳文から聞こえてくる声が原文と同じトーンで聞こえるか
どうかチェックしている。》
村上さんも、人の書いた本を読むときも、本当は声を聞いているのだ、
と答えます。
柴田さんは、ヘミングウェイもフィッツジェラルドも、
ラードナーの文章を一時期手本にしたんでしょう、といい、
《でもその後彼らは違う方向に進んでいって、ラードナーには
ラードナーの立ち上がり方があり、ヘミングウェイにはヘミング
ウェイの立ち上がり方があるということになって、二十世紀の文学は
ヘミングウェイの立ち上がり方を選んだということなんでしょうね。》
と。
●短編の名手にして名コラムニスト――リング・ラードナー
村上春樹さんと柴田元幸さんのこの「解説セッション」は、
ラードナーという、
マーク・トウェインのようなアメリカのほら話的な伝統に基づく、
ジャーナリズム発の短編小説作家を俎上に上げて、
その後の「近代小説」という長編小説の時代に生き延び、
アメリカ文学の新しい流れを作った作家たちについて語っています。
長編小説を書くための、基本的なポイントも
いくつか理解できたように思います。
筆者もその昔楽しんだ作家である、
ラードナーをこの機会にまた読み直してみるのも、一興でしょう。
《登場人物全員おしゃべり! 全米を魅了した短編の名手にして
名コラムニストによる13の傑作短編。》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
本誌では、「私の読書論-長編小説について―リング・ラードナー『アリバイ・アイク』巻末【解説セッション】村上春樹×柴田元幸―より」と題して、今回も全文転載紹介です。
【最新号】編は、メルマガ本文の全文転載です。
【別冊 編集後記】は、【別冊 編集後記】編↓ で、
2026.5.31
【編集後記】私の読書論-長編小説について『アリバイ・アイク』解説-楽しい読書411号
・・・
弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。
*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ
--
※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
--
« 【最新号】『左組通信』復活計画(44)左利き自分史年表(10)2004.1-6―ネットの時代(3)-週刊ヒッキイ第710号 | Main | 左利き左打ち(レフティー)ゴルファー細野勇策、国内三大大会ツアー初V――左打ち日本選手の優勝は35年ぶり »
「趣味」カテゴリの記事
- 【編集後記】私の読書論-愛読誌HMM創刊70周年-楽しい読書413号(2026.06.15)
- 左利き左打ち(レフティー)ゴルファー細野勇策、国内三大大会ツアー初V――左打ち日本選手の優勝は35年ぶり(2026.05.28)
- 【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.06.07)
- 【編集後記】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.05.31)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 【編集後記】私の読書論-愛読誌HMM創刊70周年-楽しい読書413号(2026.06.15)
- 【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.06.07)
- 【編集後記】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.05.31)
- 【最新号】『左組通信』復活計画(44)左利き自分史年表(10)2004.1-6―ネットの時代(3)-週刊ヒッキイ第710号(2026.05.22)
「メルマガ「楽しい読書」」カテゴリの記事
- 【編集後記】私の読書論-愛読誌HMM創刊70周年-楽しい読書413号(2026.06.15)
- 【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.06.07)
- 【編集後記】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.05.31)
- 【編集後記】私の読書論-長編小説について『アリバイ・アイク』解説-楽しい読書411号(2026.05.15)
「古典(名著名作)」カテゴリの記事
- 【編集後記】私の読書論-愛読誌HMM創刊70周年-楽しい読書413号(2026.06.15)
- 【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.06.07)
- 【編集後記】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(39)鮑照-楽しい読書412号(2026.05.31)
- 【編集後記】私の読書論-長編小説について『アリバイ・アイク』解説-楽しい読書411号(2026.05.15)


























Comments