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2026.04.15

【編集後記】私の読書論-<町の本屋>論(10)思いつくあれこれ-楽しい読書409号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

2026(令和8)年4月15日号(vol.19 no.7/No.409)
「私の読書論-<町の本屋>論(10)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(飯田一史)より
思いつくあれこれ」

 

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2026(令和8)年4月15日号(vol.19 no.7/No.409)
「私の読書論-<町の本屋>論(10)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(飯田一史)より
思いつくあれこれ」
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 一昨年9月から散発的に綴ってきました、本屋さん減少を嘆く
 <元本屋の兄ちゃん>による<町の本屋>論の、昨年4月以来の
 10回目となります。

 今回は、前回9回目でふれました飯田一史さんの著書

『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』
 飯田 一史/著 平凡社新書
(Amazonで見る)

Dsc06323-matinohonya

 を基に書いていく予定でしたが……。

 

 (第9回)

2025(令和7)年4月15日号(vol.18 no.6/No.386)
「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」

2025.4.15
私の読書論195-<町の本屋>論(9)『町の本屋は~』(飯田一史)より
-レフティやすおの楽しい読書386号
私の読書論195-<町の本屋>論(9)『町の本屋は~』(飯田一史)より-レフティやすおの楽しい読書386号

 

 【過去8回の<私の「町の本屋」論>】は、上記の第9回の号冒頭を
 ご参照ください。」

 

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 - 私の読書論 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <「町の本屋」論>10 ~

  『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』飯田一史 より

   思いつくあれこれ……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●力作だけど売れそうもない本

前説にも書きましたように、『町の本屋~』を読んで、
その感想や思ったことを書いていくつもりでしたが、
正直読み切れませんでした。

力作で、相当なボリュームもあります。
通常の新書の場合、うすっぺらい本ですと150ページから200ページ
程度で、ちょっとがんばった本でも250から300ページ程度です。
この本は、350ページ。
中身を見ましても、表やグラフなどもありますが、ほぼ一面黒い字
ばっかりという感じです。

力作ではありますが、決して売れる本ではない、
絶対ベストセラーにはなり得ない、でも必要な本、そういう本です。

《出版業界や図書館業界の少なからぬ人たちから煙たがられそうな話も
 含むこの企画を平凡社が引き受けてくれたことには、大変感謝している
 (本が出る前から「介入」はあったが……)。》p.338

と「あとがき」にもありますように、こういう企画の商品をよく出版した
な、というのが正直なところです。
一時期町の本屋さんで働いていて、多少は実状を知っている人間でも、
ここまでは知らない、という事実が色々と書かれています。
特に歴史的な事実に関しては、これは調べていただかないと、
分からないことばかりです。

扱っている内容ですが、日本の書店業の「基本構造」を知るための営業や
経理関係、関係法規などにもふれており、ちょっとシンドイ部分があり、
業界用語などの説明は入っていますが、難しい用語も頻発です。

「まえがき」末尾に本書を読むための注意書きが入っています。

《しんどいと感じたら「戦後書店経営史」の本編である第三章から、
 あるいは比較的時代が近い第六章の郊外型複合書店や第十一章の
 ネット書店の話から、または興味のある話題から読んでもらいたい。
 出版業界の制度や法律、公取の言い回しは複雑だから、「よくわから
 ない」「つまらない」と思う部分はどんどん読み飛ばしてもらって
 かまわない。ただ各章末尾には「まとめ」を置いているから、そこは
 読んでほしい。先に各章まとめと、「終章」を読んでもらえれば
 全体の見通しがよくなるかもしれない。》p.21

 

思いのほか手応えのある読書となり、時間までには到底読み切れず、
「パラパラッと通し読みしてみた」だけで終わりました。

というわけで、
内容に本格的に踏み込んだ感想や意見を述べることができません。

本格的な内容紹介は、また次回あるいはいずれ、ということになります。

今回は、申し訳ないですが、
ただただ思いつくままに愚痴をこぼすような回になってしまいそうです。

 

 ●「目次」

《目次》
まえがき
第一章 日本の新刊書店のビジネスモデル
 コラム1 本屋の動向と読書の動向は必ずしも一致しない
第二章 日本の出版流通の特徴
 コラム2 書店の注文・取引方法あれこれ
第三章 闘争する「町の本屋」――運賃負担・正味・新規参入者との戦い
 コラム3 見計らいの重視、予約と客注の軽視
第四章 本の定価販売をめぐる公正取引委員会との攻防
 コラム4 返品条件付販売への切り替えはいつ起こり、
  いつ委託ではないと認識されたのか
第五章 外商(外売)
 コラム5 取次からの請求への書店の入金率の変化と返品入帳問題
第六章 兼業書店
 コラム6 信認金制度
第七章 スタンドと鉄道会社系書店
 コラム7 出版物のPOSの精度を高めるのはなぜむずかしいのか
第八章 コンビニエンス・ストア
 コラム8 書籍の客注と新刊予約注文の歴史
第九章 書店の多店舗化・大型化
 コラム9 共同倉庫構想の挫折史
第十章 図書館、TRC(図書館流通センター)
 コラム10「送料無料」と景表法規制
第十一章 ネット書店
 コラム11 2020年代の「指定配本」の増加
終章
あとがき 

(以下、略)

 ●未必の故意か怠慢か

 ●委託販売について

 ●本が売れても赤字になる構造

 ●原価と定価とその差額の分配について

 ●根本的改革の時

 ●時代について行くのがしんどくなる

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本誌では、「私の読書論-<町の本屋>論(10)『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(飯田一史)より 思いつくあれこれ」と題して、飯田一史さんの『町の本屋は~』をパラパラと見て筆者の思うところをあれこれと書いてみた、の紹介です。
【別冊 編集後記】は、冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

本文中にも書いていますが、新書本ながら350ページ超というボリュームで、いかも結構難しいといいますか、ややこしい問題に触れていて、気軽には読めないな、という感じです。
<元本屋の兄ちゃん1980s>というかつての関係者として本好きとして、気になる本屋さんの問題というので色々考えてしまうだけに、読み捨てにはできない、というわけです。
読み終えたら、また取り上げたい、と思っています。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
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2026.04.11

【最新号】楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに(3)-週刊ヒッキイ第707号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)
【最新号】

第707号(Vol.22 no.7/No.707) 2026/4/4
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」


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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第707号(Vol.22 no.7/No.707) 2026/4/4
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」
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 「左用鍵盤ハーモニカ」に再びチャレンジしてみよう、
 という企画の3回目、ネット検索で見つけました
 『レフティラボ:Lefty Labo』の「鍵盤ハーモニカどうする?」の
 紹介2回目、後半「左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫」を
紹介しましょう。
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆

 {左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}

- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -

 左利きと楽器演奏について考える

  「左用鍵盤ハーモニカ」再び(三たび?四たび?)(3)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ●『レフティラボ:Lefty Labo』の「鍵盤ハーモニカどうする?」

『レフティラボ:Lefty Labo』

《生まれつきの左利きエンジニアが運営するブログ》で、
《左利きの視点から、暮らしに役立つヒントを発信中。》。

記事の一番若い年月日が「2025.03.02」ということで、
この時期に開設されたものと推測されます。

 ・・・

「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」2025.05.12
2025512-lr-kenban

(目次)
1.左利きで鍵盤ハーモニカ演奏:困ったらどうする?
1.鍵盤ハーモニカに左利き用はある?
2.左利き用ピアニカはあるのか?市販状況を調査
3.左手での演奏方法はどう工夫する?
4.長いホースで延長して快適に演奏する
5.鍵盤ハーモニカの左利き向け指導の現状
6.左利き用に改造するアイデア

2.左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫
1.卓奏なら左利きでも問題ない?
2.右手演奏を練習するメリットとは
3.鍵盤ハーモニカの世界と左利き対応
4.自作で左利き仕様にする方法
5.左利き楽器の普及と現状
6.将来の左利き用鍵盤ハーモニカへの期待
7.左利きの鍵盤ハーモニカをめぐる現状と工夫まとめ

 ・・・

後半「左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫」です。

後半の部分は、かなり専門的になりますので、
詳細は「レフティラボ」サイトの該当ページの方で確認してください。

要点中の要点のみ引用します。


 ●2-1.卓奏なら左利きでも問題ない?

卓奏=《鍵盤ハーモニカを机や膝の上に置き、
     両手または片手で弾く演奏方法》

 《卓奏スタイルであれば、
  左利きの人でも比較的問題なく鍵盤ハーモニカを演奏できます。》
 《左手で鍵盤を弾きたい場合でも、ホースを長めに取り、左側から息を
  吹き込めるようにすれば、自然なフォームで演奏できるでしょう。》

 最初はシンプルな曲からスタート→徐々に両手のバランスを取る練習
  =よりスムーズな演奏が可能


 ●2-2.右手演奏を練習するメリットとは

・《楽譜や教育プログラムは右手演奏を前提》→《右手を使うことに
  よってよりスムーズに音楽教育を受けることができる》

弊誌のこのシリーズの過去の回にも書いてきましたように、
現在の日本では鍵盤ハーモニカは、
将来のピアノなどの鍵盤楽器への音楽教育の入口とされています。

・《右手で演奏できると、アンサンブルや合奏の際にも他の演奏者との
足並みが揃いやすくなり》《学校の発表会や音楽会では、クラス全体で
統一された演奏方法が求められるため》《大きなアドバンテージに》

 《ただし、無理に右手だけを使うように強制すると、左利きの子どもに
 とってはストレスになることもあるため、段階的な練習が必要です。
 最初は左手中心で楽しみながら演奏し、徐々に右手の練習を取り入れる
 形が理想的でしょう。楽しく続けられる工夫をしながら、右手も使える
 ようになると、音楽の世界が一段と広がります。》

この点は、重要なポイントです。
何でも「右へならえ」の「右利き優先主義」「右利き偏重主義」は
改める必要があります。
「右利き社会」を生き残るために、左利きの人が「右へならえ」する
というのは、どのような状況であれ認めるべきではない、
というのが筆者の考えです。

音楽の世界の現状は「右利き天国」で、これは本来は「利き手差別」と
して改善されるべき事柄で、いかに教育の場であろうと、
いや、教育の場であればこそ、改善されるべきであろうと考えます。

・《両手をバランスよく使えるようになることで、脳の発達にも良い》

これは、右利きの人にも言えることです。


 ●2-3.鍵盤ハーモニカの世界と左利き対応

鍵盤ハーモニカは、世界中で広がりを見せ、子供たちの教育現場で
欠かせない楽器で《誰もが手軽に楽しめる楽器》。

 《左利きの人向けの対応は十分に整っているとは言い難いのが現状》

現行の鍵盤ハーモニカ=《右利きの操作に最適化されているため、
左利きの演奏者には不便を感じるポイントがいくつも存在》

 《メーカー側は特別な左利きモデルの開発を行っていない》
 《コスト面や製造ラインの問題があり、少数派のために特別仕様を
  用意することが難しい》

 《鍵盤ハーモニカの可能性は広がりつつあり、ソロ演奏やアンサンブル
  など、プロフェッショナルな分野でも活躍の場が増えています。》
 《演奏スタイルを自由に工夫して個性を発揮している左利き奏者も》
 《特に、卓奏スタイルやホース延長といった工夫によって、左利きでも
  自在に演奏できる環境を自ら作り上げている事例が見られます。》

 《鍵盤ハーモニカの世界は右利き中心でありながらも、左利き演奏者が
  独自の工夫によって自分らしい音楽を追求できる場でもあります。
  今後さらに、多様性を尊重す(原文のママ)》

左利きの人はいつでも、独自の工夫を要求されているのが、現状です。


 ●2-4.自作で左利き仕様にする方法

 《自作でカスタマイズする》――《改造は自己責任》、
  《工夫次第でかなり使いやすく仕上げることが可能》

 《まず最も手軽にできる工夫が、ホースの取り回しを変更すること》

 《本格的に改造したい場合は、吹き口の取り付け部分そのものを
   左右逆に変更する方法》

 《簡易的な方法ですが、楽器の向きを横に倒して左手が演奏しやすい
   角度に固定し、卓奏スタイルに特化して使用する》

 《大切なのは、演奏の快適さと楽器の安全性を両立させること》


 ●2-5.左利き楽器の普及と現状

 《左利き専用の楽器は、現在もごく限られた範囲でしか普及して
  いません。》

 《基本的に楽器業界は右利き用の設計を標準とし、
  それに合わせた製品開発や販売を行ってきました。》

 《左利きギターのように特別な仕様が用意されている分野もあります
  が、そうした楽器は総じて価格が高く、また選択肢も少ない》

鍵盤ハーモニカ――《左利き専用モデルは市販されておらず、
 必要に応じて個別対応をお願いするか、工夫して使うしかない》

 《これには、単純な需要の少なさだけでなく、製造コストや流通コスト
  の問題も大きく影響しています。左利き人口が全体の1割程度に
  とどまるため、企業としては大量生産に向かない左利き専用品に
  踏み切るメリットが少ないという判断が働いているのです。》

 《しかし最近では、多様性の尊重が社会的に重視されるようになり、
  少しずつ左利き用製品への関心が高まっています。楽器においても、
  もっと左利きユーザーに配慮した設計が求められる時代が来ている
  と言えるでしょう。完全な普及にはまだ時間がかかるかもしれませ
  んが、左利き楽器に対する需要が確実に存在していることを、
  製造側に伝えていくことが大切です。》

この最後の、左利き楽器に対する需要の存在を製造側に伝えることの
重要性への発言は、誰もが忘れてはいけないことです。


 ●2-6.将来の左利き用鍵盤ハーモニカへの期待

将来の左利き用の鍵盤ハーモニカの可能性について書かれています。

先の項目でも書かれていましたように、
社会が多様性を重要視するようになれば、

 《左利きの子どもたちも無理に矯正されるのではなく、個性として
  受け入れられる流れが強まっているからです。こうした環境変化は、
  楽器業界にも少なからず影響を与えつつあります。》

鍵盤ハーモニカが教育現場で主要な楽器である現状では
 《左利きの子どもたちが無理なく楽しめる楽器が求められるのは
  自然な流れです。》
将来的に《鍵盤配列そのものを左右反転させた
  「真の左利き用鍵盤ハーモニカ」が登場する》

 《左利きの子どもたちがより自然な姿勢で演奏できるようになり、
  楽器を通じた自己表現の幅がさらに広がるでしょう。
 《左利き対応モデルが増えれば、右利き・左利きどちらの子どもたちも
  同じように音楽を楽しめる環境が整い、教育現場での負担軽減にも》

課題――《開発コスト、量産体制、需要予測など》

 《少数派のために工夫するという発想こそが、
  多様性社会を支える大きな一歩となるはずです。
 《将来的には左利き用鍵盤ハーモニカが一般的に選べる時代が来る
  ことを、期待してやみません。》


 ●2-7.左利きの鍵盤ハーモニカをめぐる現状と工夫まとめ

要点のまとめです。

《市販されている左利き用鍵盤ハーモニカは存在しない》
《特注対応はあるが一般販売はされていない》
《教育現場では右手演奏が基本となっている》
《左利き児童にも右手演奏の練習を促す学校が多い》
《ホースを延長すれば左手でも演奏しやすくなる》
《専用延長パーツか自作でホースを長くする方法がある》
《卓奏スタイルなら左利きでも比較的演奏しやすい》
《吹き口の位置変更は高度な改造技術を要する》
《市販ピアニカは左利き仕様に見えて実際は違う》
《右手演奏を身につけると楽譜学習がスムーズになる》
《長すぎるホースは吹奏効率を悪化させるリスクがある》
《無理に右手矯正を強いるべきではない》
《左利きの個性を尊重する指導が求められている》
《左利き用楽器は全体的に普及が進んでいない》
《将来的には真の左利き鍵盤ハーモニカ開発に期待が高まる》

このまとめを読んで筆者の感じる大事なことは、
鍵盤ハーモニカが現状の音楽教育において大きな役割を負っている、
という現状認識です。
その上で、そういう「道具」であるからこそ、
「左利き対応品」が必要だという点です。

「レフティラボ」さんも書いていますように、これからの時代は、
多様性を無視できない、してはいけない時代であり、
その多様性の中に「左利き」も無視してはいけない、ということです。

そして、楽器の世界、器楽演奏においても、
左利きの子に「右手使いへの転換を強要してはいけない」」
ということです。

右利きの人のために右利き用があるように、
左利きの人のためには左利き用があるべきなのです。

今、教育現場では、個性を尊重する指導が標準化されてきています。
左利きの子のために、左利きの場合の道具の使い方などが、
指導されるようになって来ています。

ただ音楽の世界、楽器の世界においてのみ
「道具がない」という理由から左利き指導が十分に行われていません。
これは、早急に改めて行くべきでしょう。

「道具がなければ、道具を作る」――ただそれだけのことなのですよ。


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【筆者(左利きライフ研究家レフティやすお)の考え】――

二回に渡って紹介しました『レフティラボ:Lefty Labo』の
「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」
の記事を読んで筆者が考えたことについて、書いておきましょう。


 ●「右へならえ」から「左右並立」へ

<●1-3.左手での演奏方法はどう工夫する?>の項でも
述べましたように、左利きの人には偏りの違いに差があり、
右使いに馴染める人もいれば、それが難しい人もいます。
「強度の左利き」と呼ばれる人たちがそれで、筆者もその一人です。
右使いに馴染めないゆえ、苦労を余儀なくされてきました。

各種利き手調査の結果を見ますと、少なくとも5%程度の人が
それに該当します。
そういう人には、現状は非常にツライものがあります。

昔の教育現場では、何ごとも一律に「右へならえ」と強制し、
そこからはみ出す児童は「切り捨て御免」が許されていました。

しかし、「レフティラボ」さんも書いていますように、
現在はそのような教育は否定されています。

《左利きの個性を尊重する指導が求められている》のです。

実際に多くの学科で、左利き対応が実施されていたり、
検討されるようになっています。
音楽の授業においても、それなりに検討されているようですが、
根本的に「道具がない」状況です。

鍵盤ハーモニカは、他の楽器と異なり、教育現場で半ば強制的? に
演奏が実施される楽器です。
誰もが使用する楽器となっています。
趣味や一部の愛好家のための楽器ではありません。
そのために、本来は「誰もが使える楽器」を用いるべきなのです。

昔は、リコーダー(縦笛)やハーモニカが使われていました。
こちらの方が利き手の違いがあまり影響しません。
リコーダーは両手を使いますし、右手一本で演奏することはできません。

「誰もが使える楽器」を共通の授業に用いるべきなのです。


 ●「教育現場では誰も落ちこぼれないで使える道具を!」

右利きの人の中には、左利きを理解していない人も多いようです。

左利きの人が利き手に敏感に反応するのに対して、
右利きの人はおおむね利き手を意識していないことが多いのです。

そのため、道具を作るときでも考えなしに、
右利き仕様に作ってしまうのです。
「右利き用に作ろうと意識して」ではなく、
無意識のうちに「右利き仕様に作っている」のです。

できあがったものを左利きの人から指摘されて「初めて気づく」
ということが多いのです。

メーカーさんは、これからの多様性の時代、
そういう「誰もが使える」物作りを考えていただきたいものです。

現実に、世の流れはそういう風になって来ました。

人間は千手観音様ではないので、千種類の道具はいらない、
右手用と左手用の二種類あればいいのです。

学童用ハサミは、まさにその典型でしょう。
同一価格で、利き手に合わせた左右のハサミが販売されています。

持ち手のカラーなどデザイン的に選択肢の狭さは残っていますが、
同一価格で左右の選択肢があるのは、確かです。

(左手・左利き用品の価格に関しましては、「ユニバーサル・サービス
 Universal service」という考え方が参考になります。
 郵便料金や電話・通信サービス等において実施されているもので、
 社会全体で均等に負担しよう、とするものです。右利き用と左利き用を
 個別に扱うのではなく、全体で一つとして算定するというものです。)

そういう時代になっているのだ、
ということをメーカーさんは自覚してほしいものです。


数量的に左利き用は少量だから、といいますが、
毎年70万人ほどの新生児が誕生しています。
左利きの割合はほぼ不変で、10%前後といわれています。
また「強い左利き」だけでも、数パーセントはいるとされています。

 70万×10%=7万、70万×5%=3万5千

70万から比べれば、7万や3万5千は、少量かも知れません。
しかし、その数字だけ取れば、万単位であり、
決して少量ではありませんよね。

毎年新規に7万台製作するのは、少量でしょうか?
大企業や中堅企業の扱う数量ではない、のでしょうか?
町工場で細々と作るレベルなのでしょうか?

そして、親御さんも積極的にこの問題点をアピールしてほしいものです。
「教育現場では誰も落ちこぼれないで使える道具を!」と。

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本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」と題して、『レフティラボ:Lefty Labo』の「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」記事の後半、およびその感想として筆者の考えたことを紹介しています。

【最新号】編は、メルマガ本文の全文転載です。

【別冊 編集後記】は、【別冊 編集後記】編↓ で、
2026.4.4
【別冊 編集後記】楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに(3)-週刊ヒッキイ第707号


【別冊 編集後記】編では、『レフティラボ:Lefty Labo』の鍵盤ハーモニカ記事から拝借した、鍵盤ハーモニカを上下?前後?逆向きに演奏する画像と、筆者が体験したミニキーボードの逆向き左手「ドレミ」演奏?の際の話を紹介しています。
2025512-lefty-labo-hidarikikihiki
260404-mini-keyb

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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2026.04.07

【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)山水詩の祖・謝霊運-楽しい読書406号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

2026(令和8)年3月31日号(vol.19 no.6/No.408)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(37)山水詩の祖・謝霊運(2)」

 

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2026(令和8)年3月31日号(vol.19 no.6/No.408)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(37)山水詩の祖・謝霊運(2)」
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 「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」37回目は、第3シーズン?の
 謝霊運の二回目です。

 平凡社の江原正士、宇野直人/著『漢詩を読む』のシリーズ第二巻
 『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』を参考にすすめていきます。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆ 「景」の描写から「情」の描写へ ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(37)

  ~ 山水詩の祖・謝霊運 ~ 
 
  (2)「遊赤石進汎海」「石壁精舎環湖中作」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

今回の参考文献――

『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/11/26
「一、元嘉期の詩人たち」より
(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』

260228-kansi2

 

 

 ●謝霊運「遊赤石進汎海」

宋王朝となり、軍出身の官僚が幅をきかせる時代となりましたが、
名門貴族出身の謝霊運には財力があり、それなりの力はあったようです。

謝霊運は、「赤石(せきせき)」(浙江省の臨海地区)に別荘を持ち、
滞在中、舟遊びをしたそうで、次の「遊赤石進汎海」は、
左遷された永嘉で作ったもので、まったく暗い影がなく、
海での舟遊びの楽しさを記録したもので、
海をテーマにした中国では珍しい詩だ、といいます。

大陸国家である中国では海は“世界の果て、縁(へり)”のような感覚で、
《最後に諦めて行く場所だった》(p.24)と。

ところが謝霊運は、あちこちで土木建築工事をしていて、それは
《一種の庭造りの発想で》、《山、川、湖などの自然を、自分の好みに
合うように改造していた》ので、《海のとらえ方も独特なものになって
い》る、といいます(p.25)。

山水詩の一環で、前半で景色を述べ、終盤で思想感情を。

 ・・・

「遊赤石進汎海」 赤石(せきせき)に遊(あそ)び
     進(すす)んで海(うみ)に汎(うか)ぶ 謝靈運

 

首夏猶清和 首夏(しゆか) 猶(な)ほ清和(せいわ)にして
芳草亦未歇 芳草(ほうそう)も亦(また) 未(いま)だ歇(つ)きず
水宿淹晨暮 水宿(すいしゆく) 晨暮(しんぼ)を淹(ひさ)しうし
陰霞屢興没 陰霞(いんか) 屢ゝ(しばしば)興没(こうぼつ)す

 初夏はまだ清々しく和やかで
 香りのよい草も萎れていない
 私は舟泊りのまま、朝と夕暮れとを何度も過ごした
 雲やもやが、しばしば湧き起こっては消えていった

 

周覧倦瀛壖 周(あまね)く覧(み)て瀛壖(えいせん)倦(う)み
況乃陵窮髪 況(さながら)乃(すなは)ち窮髪(きゆうはつ)を
         陵(しの)ぐ
川后時安流 川后(せんこう)は時(とき)に流(なが)れを安(やす)んじ
天呉静不発 天呉(てんご)は静(しづ)かにして発(おこ)さず

 

 もうすっかり見尽くしたので海岸の眺めに飽きてしまい
 まるで北の果ての何もない土地を越えて行くような
  味気ない気分になって来た
 そんな時、川の神様である川后はちょうど流れを穏やかに静めてくれ
 海の神様の天呉もおだやかで、荒波を立てようとはしない

 

揚帆採石華 帆(ほ)を揚(あ)げて石華(せきか)を採(と)り
掛席拾海月 席(せき)を掛(か)けて海月(かいげつ)を拾(ひろ)ふ
溟漲無端倪 溟漲(めいちよう)は端倪(たんげい)無(な)く
虚舟有超越 虚舟(きようしゆう)は超越(ちようえつ)有(あ)り

 そこで帆を上げて海草を取り
 甲板にむしろを広げてたいらぎを拾った
 深く広い海は行き着く果てがなく
 私たちの乗った舟は軽々と波を越えて、どこまでも進んでゆく

 

仲連軽斉組 仲連(ちゆうれん)は斉組(せいそ)を軽(かろ)んじ
子牟眷魏闕 子牟(しぼう)は魏闕(ぎけつ)を眷(かへり)みる
矜名道不足 名(な)に矜(ほこ)れば道(みち)足(た)らず
適己物可忽 己(おのれ)に適(かな)へば 物(もの)
         忽(ゆるが)せにす可(べ)し

 魯仲連は官職を辞退して海に逃れ、また公子牟はこんなふうに言った
 “私は海の上にいる時でも魏の宮廷のことを忘れはしない”
 名誉や高い官職を自慢していると、道というものは悟れない
 しかし自分の本性に従って生きていれば、
 俗世の名誉や金銭を軽んずることが出来るようになる

 

請附任公言 請(こ)う 任公(じんこう)が言(げん)に附(ふ)し
終然謝夭伐 終然(しゆうぜん) 夭伐(ようばつ)に
         謝(しや)せんことを

 私は太公任の言葉に同情し、
 最後まで、若くして倒されるような事態を免れていたいと願う

 ・・・

謝霊運は、何百人もの従者を従えた大宴会をしょっちゅう催していた。
まわりの人たちも彼のサロンに招かれることを光栄に思っていた。
この詩もそういう一つの場で発表したもので、パワフルで前向きな内容、
と解説の宇野さん。

初めの四句は、初夏の気持ちの良い天候の下、何日も続く豪奢な舟遊びに
ふけるようす。
次の四句は、岸辺を眺めて回るのに飽き、
“いっそ海の中に漕ぎ出してゆこう”、という決意。
「川后」は川の神様、「天呉」は海の神様で、“まるで私たちに、
海の中に出て行けといざなっておられるようだ”(p.28)と。
次の四句は、海に舟を出して、海草や貝をとる場面、
「海月」は日本では海月ですが、中国では“たいらぎ”という貝の名。

左遷中なのに変に明るく、海に対する恐れも嫌悪の気分も見られず、
舟遊びも興が乗ってきます。

次からはガラッと変わって、思想感情の表現に。
正反対の生き方をした戦国時代の人「仲連」と「子牟」。
それぞれの生き方を考えての反省――「名」は“俗世の名誉、官職”、
「物」は自分の心と体以外の“名誉や金銭、他人”等をさす。

宇野直人さんの解説では、

《ここはちょっと舌足らずで、「道」とはどういう道なのか、なぜ官職を
 自慢することを辞める必要があるか、少し説得力が足りません》(p.29)。

太公任の言葉は『荘子』からの引用――

《孔子が或る時、別人と間違えられて殺されそうになったのを太公任が
 なぐさめます。「まっすぐな木は材木に使えるからすぐ切られて
 しまう。おいしい水はみんなが汲むからすぐに涸れる。あなたは才能や
 教養を誇り過ぎたので、殺されそうになったのではないですか」と。
 孔子は確かにその通りだと答えた(山木篇)。つまり“あまり自分の
 美点をひけらかすと災いに遭いやすい”という教訓です。》(p.29)

貴族出身の謝霊運さんも、軍出身の官僚が幅をきかせる時代でもあり、
自分が目立たない方が良いのだろう、という考えなのでしょうね。
といいながら、こういう宴会を繰り返すのはどうなのでしょうか。

 

 

 ●謝霊運「石壁精舎環湖中作」

次の詩は、山水詩の完成作、といいます。

《彼の詩は、描写の後に感情や思想を述べるという特徴があります。
 もともと感性が鋭く、「景」の描写が非常に素晴らしくて印象的なの
 ですが、それと「情」の部分がうまく溶け合わず、唐突に変わる場合
 が多かった。でもこの詩に関しては両者がスムーズにつながって
 いまして、会心の作だったのではないでしょうか。》pp.29-30

この詩も多くの取り巻きとともに遊んだ情景を描いています。

《サロン文学の色彩があります。そのために彼の感情や思想表現があまり
 深刻さを帯びないのか、どこか生身の声とは違う感じがしてならない
 んです。》pp.31-32

というのが、宇野さんの感想ですが……。

 ・・・

「石壁精舎環湖中作」 石壁精舎(せきへきしようじや)より
     湖中(こちゆう)に還(かへ)るの作(さく)  謝靈運

 

昏旦変気候 昏旦(こんたん)に気候(きこう)変(へん)じ
山水含清暉 山水(さんすい) 清暉(せいき)を含(ふく)む
清暉能娯人 清暉(せいき) 能(よ)く人(ひと)を娯(たのし)ましめ
遊子憺忘帰 遊子(ゆうし) 憺(たん)として帰(かへ)るを忘(わす)る
出谷日尚蚤 谷(たに)を出(い)でて 日(ひ) 尚(な)ほ蚤(はや)く
入舟陽已微 舟(ふね)に入(い)りて 陽(ひ) 已(すで)に微(び)なり

 この湖の当たりは夕方と朝とで気候が変わる
 山も水も、清々しい光を帯びてきている
 その光は私を楽しませ、遠くからやって来た私は安らかな気持ちなり
 帰るのも忘れてしまっていた
 別荘のある谷を出たのは夜明け早々であったが
 あちこちの景物を楽しむうち、舟に乗って帰ろうとすると、
  陽の光はかすかにおぼろになっている

 

林壑斂暝色 林壑(りんがく) 暝色(めいしょく)を斂(おさ)め
雲霞收夕霏 雲霞(うんか) 夕霏(せきひ)を収(おさ)む
芰荷迭映蔚 芰荷(きか) 迭(たがひ)に映蔚(えいい)し
蒲稗相因依 蒲稗(ほはい) 相(あひ)因(いん)依(い)す

 森や谷は夕暮れのたたずまいを色濃く宿している
 夕方の雲やもやは、夕焼けの光を吸い込んでしまうようである
 ひしやはすは互いに夕陽を浴びて美しく照り映え
 がまなどの水草は寄りそうように茂っている

 

披拂趨南径 披払(ひふつ)して南径(なんけい)に趨(おもむ)き
愉悦偃東扉 愉悦(ゆえつ)して東扉(とうひ)に偃(ふ)す

 草や木を払いのけながら南の小道へと急ぎ
 愉快な満足感に浸りながら東の部屋で休んだ

 

慮澹物自軽 慮(りょ) 澹(しづ)かにして
         物(もの)自(おのず)から軽(かろ)く
意愜理無違 意(い) 愜(かな)うて 理(り) 違(たが)ふ無(な)し
寄言摂生客 言(げん)を寄(よ)す 摂生(せつせい)の客(かく)
試用此道推 試(こころ)みに此(こ)の道(みち)を用(もつ)て推(お)せ

 私の心境は静かに落ち着き、世間の物事の価値はひとりでに軽くなった
 私の心は自然によって満たされ、
  大自然の道筋に誤りがないことを実感している
 一言申し上げよう、健康法に注意し、
  一所懸命に養生して長生きを欲している人々に
 試みにこの大自然の道に自分を合わせて生きてみたまえ

 ・・・

最初の六句では、山や湖の美しさに見とれて帰るのが遅くなった、と。

《次の六句が彼の本領の自然描写で、夕暮れ時のひときわ美しい眺めを
 描写します。》p.32
《彼は陽の光、それも特に夕暮れ、日没前の一瞬の華やかな輝きを好んだ
 ようです。本のわずかの間に移ろい消えてしまう美しさ、そこに注目
 するところが独特のセンスで、もともと間隔が鋭敏でデリケートな人
 なんでしょう。》p.32
《謝霊運は日の光に照らされる景物を好んでよくうたいます。》p.31

「林壑」は“森や谷”「暝色」は“夕暮れの雰囲気”。

《「斂め」のニュアンスが難しく、本来は“集める”という意味なのです
 が、“森や谷に、夕暮れの雰囲気が集中している”と言いたいのかな
 あ。》p.32

というのが宇野さんの解説。

《美しい自然にすっかり満足して横になり、そこからすんなりと思想表現
 につながって最後の四句、“俗世を軽んじて自然の法則に従って生き
 よう”と、彼がよく主張する内容になります。》p.33
《自然が私の心を洗って、俗念をきれいすっかり流してしまった。》p.33
《最後は少し彼の地金が出た感じになります。》p.33
《“やれるものなら自分と同じようにやってみろ”と、何だか奢っている
 ような結びで、我の強い性格が顔を出しています。》p.33

宇野さんの解説によりますと、謝霊運は、あくまで官僚として
権力の中枢に入って世直しをしようと考えていた。
なにしろ祖父は、北の異民族と戦って、北中国を取り戻そうと考え、
それが受け入れられずに隠居した人で、その生き方を重く見ていた、と。

聞き手の江原正士さんは、

《要するに、中央で活躍したいと思いながらも、ひと言多いために地方に
 追いやられてはまた故郷に戻る。この状況下でも落ち込んで腐ること
 なく、どこであれ、好き放題に楽しんで自然と相対し、詩も多く書いて
 いた人だったと。》p.33

さらに、

《名門出身のプライドを持ち続けながら山水詩を完成させた謝霊運は、
 政権が軍部に移り変わる中での或る意味、時代の寵児、貴族の象徴
 とも言えそうですね。》p.34

と。

 ・・・

謝霊運さんの詩は、前半の自然の描写などは非常に美しい、
という印象を受けました。
その辺の上手さと、後半の思想感情を著わすという部分の取り合わせ、
といいますか、つながり具合が今ひとつ筆者には分かりにくく、
感じました。

もっとよく読み込んでいけば、また違う印象を持つのかも知れませんが、
今のところは、そういう感想を持ちましたね。

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2026.04.04

【別冊 編集後記】楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに(3)-週刊ヒッキイ第707号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

第707号(Vol.22 no.7/No.707) 2026/4/4
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」

 

 

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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第707号(Vol.22 no.7/No.707) 2026/4/4
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」
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 「左用鍵盤ハーモニカ」に再びチャレンジしてみよう、
 という企画の3回目、ネット検索で見つけました
 『レフティラボ:Lefty Labo』の「鍵盤ハーモニカどうする?」の
 紹介2回目、後半「左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫」を
紹介しましょう。
 
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  ◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆

 {左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}

- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -

 左利きと楽器演奏について考える

  「左用鍵盤ハーモニカ」再び(三たび?四たび?)(3)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●『レフティラボ:Lefty Labo』の「鍵盤ハーモニカどうする?」

『レフティラボ:Lefty Labo』

《生まれつきの左利きエンジニアが運営するブログ》で、
《左利きの視点から、暮らしに役立つヒントを発信中。》。

記事の一番若い年月日が「2025.03.02」ということで、
この時期に開設されたものと推測されます。

 ・・・

「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」 2025.05.12

2025512-lr-kenban

(目次)
1.左利きで鍵盤ハーモニカ演奏:困ったらどうする?
1.鍵盤ハーモニカに左利き用はある?
2.左利き用ピアニカはあるのか?市販状況を調査
3.左手での演奏方法はどう工夫する?
4.長いホースで延長して快適に演奏する
5.鍵盤ハーモニカの左利き向け指導の現状
6.左利き用に改造するアイデア

2.左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫
1.卓奏なら左利きでも問題ない?
2.右手演奏を練習するメリットとは
3.鍵盤ハーモニカの世界と左利き対応
4.自作で左利き仕様にする方法
5.左利き楽器の普及と現状
6.将来の左利き用鍵盤ハーモニカへの期待
7.左利きの鍵盤ハーモニカをめぐる現状と工夫まとめ

 ・・・

後半「左利きが鍵盤ハーモニカを上手に使う工夫」です。

後半の部分は、かなり専門的になりますので、
詳細は「レフティラボ」サイトの該当ページの方で確認してください。

要点中の要点のみ引用します。

 

 ●2-1.卓奏なら左利きでも問題ない?

(以下、略)

 ●2-2.右手演奏を練習するメリットとは
 ●2-3.鍵盤ハーモニカの世界と左利き対応
 ●2-4.自作で左利き仕様にする方法
 ●2-5.左利き楽器の普及と現状
 ●2-6.将来の左利き用鍵盤ハーモニカへの期待
 ●2-7.左利きの鍵盤ハーモニカをめぐる現状と工夫まとめ

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【筆者の考え】――
 ●「右へならえ」から「左右並立」へ
 ●「教育現場では誰も落ちこぼれないで使える道具を!」

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【編集後記】本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(39)再び左用鍵盤ハーモニカに挑む(3)」と題して、『レフティラボ:Lefty Labo』の「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」(https://leftylabo-matome.com/lefty-melodica/、2025.05.12) という記事の後半部分を紹介しています。

この【編集後記】では、冒頭と見出しのみの紹介です。
(*注:メルマガの本文は、一週間後にこのブログで別途、【最新号】として全文公開します。)

上記『レフティラボ:Lefty Labo』の
「左利きにとっての鍵盤ハーモニカ|快適に弾くための改造アイデア」記事中の画像に、鍵盤ハーモニカを逆向きに演奏するところがあります。
(画像参照:上記記事中の写真を無断拝借し、上下逆転加工したもの)

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以前のこのシリーズで、筆者はカシオのミニキーボード(CASIO PT-280)を持っていて、それを上下(前後と言うべきか?)逆向きに弾いてみれば、「左利き用」(?)鍵盤になる、のでは? ということを書き、いずれチャレンジしてみたい、とも書きました。
一度実際にやってみました。

260404-mini-keyb


いやあ、実に爽快でした。
かつて初めて左手用カメラ「京セラ サムライSAMURAI Z2-L」を手にしたときのことを思い出しました。
あのときは、身体になじんだフィット感でした。
今回は、自分自身の左手の自然な動きから生まれる音階の心地よさ――身体の動きとともに心を解放させるような音階の高まり……。
(「ド・レ・ミ……」をたどたどしく弾く?だけでもこれなのですから、練習を続けて、せめてもう少し滑らかに弾ければ、きっともっとグッとくるのでしょう。)

右手で弾いていたときのぎこちなさとは違い、同じぎこちなさでも、自分の利き手である左手の自然な指使いで音階が進んで行くのは素敵な体験でした。
右利き用の、普通の鍵盤楽器の場合、左手で弾く「ド・レ・ミ」は、小指・薬指・中指と弾きます。
しかし、左利き用の鍵盤では、左手で弾く「ド・レ・ミ」は、親指・人差し指・中指と弾くのです。
「爽快感」とでもいうのでしょうか。
薬師丸ひろ子さんが映画『セーラー服と機関銃』で、思わず挙げた「快感!」という台詞を思い出しました。
なぜ右利きの人が右利き用の楽器を使うのかがよくわかります。

いつも書いてきたことですが、筆者の持論に「利き手は心につながっている」というものがあります。
心は人の利き手に現れるものだ、と思っています。
物を取ろうとするときや何気なくやってしまうゼスチャーなど、に。

以前のこのシリーズで何度も書いていますが、「音階は下がるより上がってゆく方が心は高まる」のです。
左手指の自然な動きで、「ドレミ……」と親指から小指へと順に弾いていく方が、心は伸びやかになり、高まるのです。

こんな名言があります。

 《音楽は心で生まれ、心に届かなければ意味がない。
   セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)》
    『教養としての世界の名言 365』佐藤 優/監修 宝島SUGOI文庫 2021/11/5 p.386
(Amazonで見る)

 

まさに!
心と体が一体となる演奏が生まれるのです。
まあ、大げさに思う人もいるかもしれませんが、そういう人は一度試してみてください。

というわけで、次回は、特別編としてその経験から考えたことを書いてみましょう。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

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