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2025.12.31

【編集後記】私の読書論-私の年間ベスト3-2025年〈リアル系〉(前)-レフティやすおの楽しい読書402号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【別冊 編集後記】

2025(令和7)年12月31日号(vol.18 no.22/No.402)
「私の読書論-私の年間ベスト3-2025年〈リアル系〉(前編)
朝ドラ「あんぱん」関連やなせたかし本から」

 

速いもので、今年2025年も大晦日を迎えました。
今年も一年お世話になりました。

大阪は、今年は45年ぶりの万博が開催されました。
筆者は、体調がいまいちで、暑さもあり、何やかやで、
行かずじまいでした。
それでも、久しぶりに色々なことがあった一年になりました。
具体的に話せることばかりではないのですが、
一つは、ドコモのgooブログがサービス終了で消滅したこと。
それに伴い、お引っ越しをしたこと。

2025.9.17
はてなブログ始めました―
『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』

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21年続けて約1200本の記事をのせたことになります。
初めは、オリジナルの記事で「50歳代は云々」というシリーズでした。
その後は、メインのココログからの転載――でも、Googleの検索では
こちらの方がメインのような扱いになっていましたが……。

お引っ越しもやってみると意外に簡単でしたが、
新しいブログは、検索には引っかからないので、
また一から再スタートです。

他にも新たなスタートを切ったことがあります。
体調も良いのか悪いのか、日毎に変わるので、困りものです。

さて、ここは愚痴をこぼす場所ではないので、このへんで。

来年以降も、弊誌『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』を、
左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』ともども
おつき合いの程、よろしくお願いいたします。

レフティやすお <(_ _)>

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年12月31日号(vol.18 no.22/No.402)
「私の読書論-私の年間ベスト3-2025年〈リアル系〉(前編)
朝ドラ「あんぱん」関連やなせたかし本から」
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 例年恒例の<私の年間ベスト>の季節になりました。
 今年もあまり本は読めていません。
 かろうじてフィクション系は、50冊以上になりましたが、
 リアル系は20冊に届いたかどうか、というところ。

 今回は、そのリアル系から。

 無駄なことにスペースを取られ長くなりましたので、
 急遽2回に分割することにしました。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - メルマガの為に読んだ本ばかり?(今年も?) -

  ~ 私の年間ベスト3・2025年〈リアル系〉~

  (前編)朝ドラ「あんぱん」関連やなせたかし本から
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●2025年の傾向

今年もリアル系の本は、20冊程度でした。
コロナ禍以来、読書量が激減状態が続いています。

理由は、体調不良もそうなのですが、気が付いたのは、目です。
老眼になったようで(近眼の老眼です)、眼鏡が合っていないのですね。
それで短時間で読むのをやめてしまうのでしょう。

そう言いながらまだ眼科には行ってません。
なんとなく怖いのです、強度の近眼ので、眼底検査をすると……、と。

フィクション系はそれでも何とか読めているのですが、
お勉強の本は、どうも興味を持つ範囲が狭くなったのか、
あるいは深さを追求することができにくくなっているのか。
理由はわかりませんが、そういう状況が続いています。

大半がメルマガ用に読んだ、という感じですね。

 ・・・

一部フィクションと区別しにくい本もあり、今も判断に悩んでいます。

それはさておき、例年通り分類していきましょう。

 

 ●(1)メルマガ用のお勉強本―中国漢詩、読書、左利き関連

(以下、略)

 

◆メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』向け――
◆メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』向け――

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 ●(2)その他の古典系のお勉強本

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 ●(3)小説や左利き本等の著作のためのお勉強本

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 ●(4)個人的な趣味、仏教や空海・弘法大師に関する本
 ●私の2025年〈リアル系〉ベスト3候補

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本誌では、「「私の読書論-私の年間ベスト3-2025年〈リアル系〉(前編)朝ドラ「あんぱん」関連やなせたかし本から」」と題して、私の年間ベスト3<リアル系>の紹介です。
今回も弊誌冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

本文冒頭でも書いていますが、今年も<リアル系>の本はあまり読めませんでした。

読書には二つの要素があります。
一つは、娯楽として、主に小説等のストーリーを楽しむ、という読書。
もう一つは、知識や情報を得るための、言ってみればお勉強のための読書、です。

後者の読書が進んでいないということは、向学心にが欠けてきた、ということでしょうか。

もともと、この手の本を読むようになった理由は、メルマガやブログの記事を書くときに、自分がものを知らないなあという自覚があり、どうにかしようという気持ちから始めたのです。
ですから、今年はメルマガのための読書だけであったとしても、それはそれで良し、ということです。

まあ、もっと広く向学心があればいいのでしょうけれど、あまりこだわる必要はないのかもしれません。
少なくとも、若い頃ならともかく、人生の半ばを過ぎた人ならば、自然体で生きていけば良い、ということで……。

頑張りたい人は頑張れば良いし、頑張りたくても頑張れない人もいるわけで、頑張らなくてもそれなりでいいという人はそれなりで、と。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ

 

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2025.12.27

【最新号】楽器における左利きの世界(36)左手のフルーティスト(後)-週刊ヒッキイ第700号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【最新号】

第700号(Vol.21 no.23/No.700) 2025/12/20
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(36)
<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」

 

☆彡

お詫び!

またしても配信予約漏れでした。
今改めて配信します。
今年最終号だったのですが、残念なことにまたミスです。
先走りに次号次号と原稿書きに追われてときどきミスします。

来年こそは、こういうことのないように、と。
m(__)m

ついでに、来年もよろしく!

レフティやすお

 

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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第700号(Vol.21 no.23/No.700) 2025/12/20
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(36)
<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」
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 ついに700号到達です!
 正直始めたときはここまで続くとは思っていませんでした。
 でも来てしまいましたね。 (^0^)笑い
 で、今回は、前号の続きです。
 創刊700号突破記念号は来年のあたまに!

 

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  ★ 左手があるじゃないか ★

 <左利きの人の本>新規発見本紹介

  『左手のフルーティスト』畠中 秀幸 音楽之友社

  <左利き者の証言・左手のフルーティスト編(後編)>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●左利きの人を紹介する本(2)『左手のフルーティスト』

建築家でフルート奏者として活躍中の畠中さんが、脳出血に倒れ右半身
不随となり、左手で演奏できる特別な木管フルートを特注で作ってもらい
「左手のフルーティスト」として演奏家を再スタートした、という物語。

 

『左手のフルーティスト』畠中 秀幸/著 音楽之友社 2024/3/25
(Amazonで見る) 

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 《2011年5月、音楽を愛し、将来を嘱望された建築家が脳出血に襲われ
  る。右半身の機能を失った彼は望みを捨てず、左手のみで動かせる
  木管フルートを特注し、ついに「左手のフルーティスト」として舞台
  に立つ。/TBS全国ネットでも紹介された「左手のフルーティスト」
  畠中秀幸の、病に倒れ、それを乗り越えるまでの数々の苦悩や喜びを
  描く。巻末に左手のピアニスト・舘野泉との特別対談を収録。》

著者について
 《建築家・音楽家。1969年広島県生まれ。9歳よりフルートを始め、
  中学3年より「個人コンクール北海道大会」で3年連続1位。1994年
  京都大学工学部建築学科大学院修士課程修了。2003年建築設計・
  音楽企画事務所「スタジオ・シンフォニカ」設立。2009年札幌市
  都市景観賞を当時史上最年少で受賞。2002年から12年間北海道工業
  大学非常勤講師。2009年北海道吹奏楽プロジェクトを設立、代表を
  務める。2011年に脳卒中を患い右半身の機能を失いながらも、建築家
  ・左手のフルーティスト・指揮者として活躍中。2019年札幌文化芸術
  劇場hitaruオープニングイベント音楽監督。2022年7月札幌コンサー
  トホールkitara、2023年2月札幌時計台ホールにて公演。2023年4月
  札幌G7環境大臣レセプションにて演奏。2022年一般社団法人「結び」
  理事長に就任。2024年3月初ソロCD「音の建築」をリリース。》

目次
I 運命の日 7
II フルートとの出会い 27
「最初の知らせを聴いたとき、『畠中は死なないよ』と思いました」
 北海道北広島高等学校教諭 笠原 禎さん 53
III 建築と向き合う 59
IV 建築のような音楽、音楽のような建築 73
V 左手のフルーティストとして 97「ひとりの人生がかかっているから、できませんとも言えません」
 山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん 113

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VI 目指すべきもの 123
舘野泉&畠中秀幸 特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」133
あとがき~「さかいめ」をめぐる旅~ 145

 

 ●左手のフルーティストとして

前号では、IV章までの紹介でした。
今回はそのあとの、V章以降および対談からの紹介です。

 ・・・

指揮者として――

 《最初は右手で振ってみた。でも自分が思っているタイミングで手が
  振れない。脳から送られる指令の量が少ないので、どうしてもずれて
  しまう。結果的に左手だけで振るしかない。そうすると、左手だけで
  拍を出しながら同時に表現も付けていくことになる。これは結構面白
  かった。》p.98

見栄っ張りで、ステージに出て行くときも車椅子や杖を突くのは嫌で、
指揮も座ってではなく、立って行いたかった。
それが、リハビリのモチベーションになっていた、と。

さらに、独立10周年を記念して、「ここまで元気になりましたよ」
という意味で、左手一本でフルートを吹いてみることに。

 《左手一本だけで出る音、G-Dur(ト長調)の曲だったらなんとか
  吹けるので、「ふるさと」を選んだ。編曲もして、指揮をしながら
  一節だけ吹いた。》

余興のつもりだったが、その後も機会がある度に「ふるさと」を吹いた、
といいます。
そのころから、ピアニスト・作曲家のjaXon(ジャクソン)さんと出会い、
曲を作ってもらい、コンサートに呼ばれ、フルートを吹いた。
また、北海道吹奏楽プロジェクトの活動も増え、メインの編曲・指揮・
プロデュース以外にも、フルート演奏も。

その後、建築の仕事でトラブルが起き、精神を病んでしまった、と。
その時、引きこもりとなり、誰とも会いたくないなかで、フルートを
吹いていた。
建築はダメでも音楽があると、コンサートをすることに。

自分のフルートの音の足りない部分を妻のクラリネットで補い、
ピアノを頼んで。

その時に「山田フルート・ピッコロ工房」の山田和幸さんと出会い、
左手一本ですべての音が出るフルートを作ってもらうことに。

 《「Fis(嬰へ)とF(ヘ)のキーを付けてくれませんか」とお願い
  した。左手だとG(ト)までしか出ない。左手の小指でそうさして
  このふたつの音が出せれば、G-dur(ト長調)の曲が完璧に吹ける
  のだ。》p.107

 《「それをやることであなたの音楽性が戻ってくるのなら、いいで
  しょう、お手伝いしましょう」》pp.107-108

 

 ●世界でひとつだけのフルート

さすがに山田さんでも、すべての音を出すフルートは作れなかった。
そのとき、「実は右手の小指が少し動くんですけど」と伝え、わずかに
動く右手の小指の先にキーを付け、すべての音を出せるように。

 《このフルートで、僕は左手の小指で五つのキーを、右手の小指で
  ひとつのキーを触っている。右手の手のひらでフルートを支え、
  なおかつ小指でひとつのキーを触っているから、厳密には「左手の
  フルーティスト」ではないのかもしれない。/さらに言うと、最高音
  (上のハ)と最低音(下のハ)、そしてその上の音(嬰ハ)はあきら
  めた。全部の指を使わなくてはいけないので、物理的に無理なのだ。
  /それでも、曲がりなりにもすべての曲が演奏可能な「世界にひとつ
  だけのフルート」は二〇二一年秋に完成した。》p.109

こうして多くの人に支えられながら、コンサート活動を。
二〇二三年には、「左手のピアニスト」有馬圭亮(ありま・けいすけ)さん
とも。

 

 ●山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん

「ひとりの人生がかかっているから、できませんとも言えません」山田
フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん の言葉――

 《「世界に一本しかないフルートです。特許を取らないのかって? 
  そんなこと、必要ありません。やってみようという方がいれば、
  是非挑戦してみてください。ほかにも不自由さを抱えている人たちが
  いると思いますから」》p.119

 《「フルートはメロディー楽器なので、ひとつの音が魅力的な音色で、
  それが何小節か続けば、それだけでいいんです。彼の音は、いままで
  の集約というより、1ランクも2ランクも上がったような表現なん
  です。これからが本当に楽しみです」》pp.120-121

フルートはメロディ楽器なんですね、で、左手の役割が多い、という
楽器のようです。

ある意味では左利き向けの楽器という面もあるのかも知れません。

以前紹介しました、「フルートを吹く少年」の絵がありました。
あれは、我々左利きの楽器好きにとってのひとつの理想の姿だった? 
といってもいいのかも知れませんね。

 

*参照:
オランダの画家、ユディト・レイステル
(Judith Jans Leyster:1609ー1660)「フルートを吹く少年」

220602-2019128furuuto

 

フルートを吹く少年
2019-12-08 01:13:44
https://blog.goo.ne.jp/m-fluteangel16/e/34a22e4fe56a8adeb0b6cf2de2dbe8b6

 《この少年が吹いているフルートは一時期物議をかもしました。
  フルートの構えが左右逆であることで、
  反転しているのではないか?と言われたのです。

  現代のフルートはキーが複雑で右に構えるしかありません。

  この作品が作られた1630年頃はバロック時代。
  バロックフルートが発明されていました。

  四つに分かれて、金属キー
  がついています。

  それよりも古い時代
  ルネサンスのフルートトラヴェルソは

  こんな感じ 
  穴が空いているだけなので、左右どちらにも構えられます。
  この少年の吹いているのは、ルネサンスフルートに近いものでは?

  フルートは新しい楽器の発達ともに
  古いタイプの楽器は忘れさられた。
  というわけではなく、
  実際には国ごと、地域ごと、町ごとに横笛があり、
  現代でもそういう楽器が人の生活に根差して活躍しています。》

 

第620号(No.620) 2022/6/4
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(4)昔の楽器」
2022.6.4
左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ(25)楽器における左利きの世界
(4)昔の楽器-週刊ヒッキイ第620号

 

 ●目指すべきもの

 《昔は上手な演奏を聴きたいと思っていた。/最近はそう思わない。
  上手とか下手とか全然関係ないし、一生懸命音楽と向き合っている
  かどうかのほうが重要だ。中学生みたいにいまにも止まりそうな演奏
  でもいいと思うし、大人になるまで楽器を続けていれば必ずいいこと
  があるよと教えてあげるのが、大人としての義務だと思っている。/
  たとえ障がいを負っても楽器を続けたいと思うことは、子どもたちに
  とっても絶対プラスになるはずだ。》p.127

大人になってから楽器を始めたい、という大人もいるのです。
子供の頃は貧しくて、あるいはそのような環境になくて、楽器を手にする
機会がなかった人は大勢います。

筆者は上手いも下手もない、音楽が好きかどうか、だと思っています。

音楽が好きな人が気持ちよく音楽と取り組める、という環境を作るのが
大人の義務であり、第一の仕事だ、と思っています。

そのためにも、左利きの人が左利きのままで、自然な姿で楽器演奏が
できる世界になってゆくべきだ、と思っています。

 

 ●音楽は両手とか左手とかじゃなくて、もっと本質的なこと

舘野泉&畠中秀幸 特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」から――

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 《畠中 (略)肺活量が減っているので、ヴィブラートがかけられ
   ない。仕方なくヴィブラートを捨ててみると、音楽のシンプルな
   構成がわかるようになりました。/いまは、昔よりいい演奏だと
   言われることが多くなりました。自分でもそう思います。病気を
   していなかったら気づかなかったことです。
  舘野 専門家がよく言っています。左手だけだと表現が狭くなる。
   華麗ではなくなると。でも僕は一切感じたことがない。例を挙げ
   ます。病気になる前に、シサスクというエストニアの作曲家の
   「銀河巡礼」という曲を日本で初演しました。ウミヘビ座のうね
   うねした動きを両手のユニゾンでダダダーンと弾く、そういう
   音楽。それで、右手が使えなくなってから、二〇一二年に彼がその
   曲を左手用に編曲したんです。二本あった線が一本になった。そう
   したらシサスクが「一本のほうがいいな。二本だからいいってわけ
   じゃないんだ。迫力とか緊張感とか中身とか、全然違う」と言った
   んですよ。
  畠中 音楽は両手とか左手とかじゃなくて、もっと本質的なことなん
   ですね。》pp.137-138

音楽の本質は使う手がどうとかではなく、もっと根源的な何かがある
のではないでしょうか。

音楽は音を出すことが大事なわけで、どのように出すかは、
右手でとか左手でとかの問題ではない、ということでしょう。
当たり前のことと言えば当たり前のことなのですけれど。

右利きの人は、右利きで演奏しているのですから、
左利きの人は左手、左利きでいいじゃないか、筆者は思うのです。
どうでしょうか?

 

 ●世界に一本だけのフルート

  《舘野 ところで、僕は左手になって演奏できるのはピアノだけだと
    思っていました。管楽器は無理じゃないかと。だからフルートが
    吹けるというのは驚きました。
   畠中 左手一本で吹けるように、フルートを改造しました。それを
    作れる人が北海道にいたのです。(略)見てください。この木管
    フルート、世界に一本だけなんですよ。指使いはブラインド
    タッチ。僕の小指の長さに合わせて、キーの位置を少しずらして
    もらいました。/養護学校や障がい者施設で演奏すると、音楽を
    完全にあきらめていた人がもう一度楽器を出してみようと思った
    とか、澄んだ音色にとても勇気づけられましたなんているお話を
    いただいて……。》pp.138-139

 

 ●音楽は、命の軸

 《舘野 僕はあまり感じないなあ。ただ負担と言っても、左手で弾く
   ためにはそれは当然ついてくるもの。当たり前というか、自分で
   解決していけばいいことですよ。/音楽とは生きているという
   こと。命の軸です。毎朝起きて、ピアノの前に座って、音が出ると
   パッと花が咲く。それを毎日、繰り返しているだけなんです。
  畠中 舘野さんのそんな姿を見て、僕らがどれだけ勇気づけられて
  いることか。僕は病気の前は他人の声がとても気になるタイプで、
  評価されたいといつも感じていました。でも病気を経験したことで
  自分の音も変わり、いまは単純に楽器を吹きたいとだけ思っていま
  す。》p.140-141

 

《音楽とは生きているということ。命の軸です。》という言葉が
ビンビンときますね。
人にとって音楽というものは、他の芸術より、
もっと身近な存在なのではないか、と思います。

本能的な何かがあるような気がします。

それだけに、左利きの人の自然なスタイルで演奏できる楽器の存在が
大切なのだ、と思うのです。

 

《毎朝起きて、ピアノの前に座って、音が出るとパッと花が咲く。
 それを毎日、繰り返しているだけなんです。》

こんな生活を送ってみたい気がします。

 

 ●自分でこれは正しいんだ、と思ったことをやれ

 《舘野 アドバイスなんてとんでもない。人がなんと言おうが、自分
   でこれは正しいんだと思ったことをやっていければ最高ではない
   ですか。だからこれは孤独な世界。絶対にね。自分で切り開いて
   いかなくちゃいけないものです。》p.142

これって、まあ、何ごとにも通じることですよね。

人は皆それぞれ異なる部分があるので、人の意見など気にせずに、
自分の在り方、自分の思うまま、自分の自然な生き方でやっていく、
自分を信じて生きていくしかないのでしょう。

そう思います。

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本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(36)<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」と題して、【最新号】版ブログは本誌全文転載紹介です。

「別冊 編集後記」は、【編集後記】版で↓

2025.12.20
【別冊 編集後記】楽器における左利きの世界(36)左手のフルーティスト(後)-週刊ヒッキイ第700号

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

 

『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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2025.12.22

【最新号】『楽しい読書』創刊401号記念-私の読書論-本は<読む>もの?<見る>もの?再考

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

 

2025(令和7)年12月15日号(vol.18 no.21/No.401)
「創刊401号記念-私の読書論-
本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年12月15日号(vol.18 no.21/No.401)
「創刊401号記念-私の読書論-
本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 

 記念すべき創刊401号(!?)となりました。
 18年目で到達です。
 当初は月一回の発行でした。その後、月二回発行となり、
 今日に至っています。

 月の前半(15日)は、「私の読書論」として、
本好き・読書好きの <元本屋の兄ちゃん>1980s
としての私なりの読書論・読書雑文を書いてきました。

 今回は、そういう読書論の中から、以前も書いた「本は読むものか、
 見るものか」についてまた考えて見ようと思います。

 前回は、榊原英資(さかきばら・えいすけ)さんの『見る読書』を
 読みながら、本の読み方について考えてみましたが……。

 

*参照:
2021(令和3)年10月15日号(No.304)
「私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?」

2021.10.15
私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?-楽しい読書304号

 

*参照:
榊原英資『見る読書』KKベストセラーズ ベスト新書 2018/7/7
(Amazonで見る)

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ◆ <見る>だけなら何冊でも手を出せる ◆

  私の読書論 - 本は<読む>もの?<見る>もの? 再考

   ―― とにかく手に取って「見る」ことが始まり ――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

前回は私の結論として、

―― もっとも正しい本の読み方=とにかく全部読む ――

と書きました。

今回は、

―― とにかく手に取って「見る」ことが始まり ――

ですが……。

 

 ●「私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?」

前回は、冒頭で、

《藤原俊成の見解――「源氏見ざる歌詠みは遺恨のことなり」(略)
 「源氏見ざる」の「見る」は「読む」。》
   津野海太郎(つの・かいたろう)『読書と日本人』岩波新書
    2016/10/21 p.36
(Amazonで見る)

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を紹介し、これは黙読している姿を示すということを書きました。

昔は、大勢の前で声を出してみんなに聴かせるようにすることが、
「読む」ことだった。
それが、一人一人が個室で黙読するようになったのが、読書の変遷だった
といい、この状態を藤原俊成は「見る」と呼んだと紹介しました。

次に、

梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書 1969/7/21
(Amazonで見る)

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「6 読書」の章

から、梅棹さんの読書法として、
 
 《まず、本というものは、はじめからおわりまでよむものである。
  (略)とにかくよみだしたら最後までよむというのは、
  うまい読書法の一つである。》pp.100-101
 
といい、読者は著者が何をいおうとしているか、を理解するように
しなければいけないといい、著者の身になって読むのだ、と、

 《その第一歩が、「はじめからおわりまでよむ」
  というよみかたであると、わたしはかんがえる。》p.101

といい、読書の最大の目的である、内容の正確な理解のためには、と。

 《半分よんだだけとか、ひろいよみとかは、本のよみかたとしては、
  ひじょうに[へた](傍点)なよみかたである。(略)
  「ななめよみ」で十分理解したという人もあるが、
  あまり信用しないほうがいい。
  すくなくとも、きわめて危険で非能率的なよみかたであろう。》
   pp.101-102

というご意見を紹介しました。

梅棹さんは、部分読みや拾い読み、斜め読みは、「よんだ」といわず、
「みた」と読んで区別していました。(p.100)

251215-titeki-p100
(画像:梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書 p.100)

ここまでが前回の前提でした。

これら、あくまでも小説のような「娯楽のための本」の読み方ではなく、
お勉強のためや情報収集のためのリアル系の論文等の著書の読み方です。

 

 ●榊原英資『見る読書』のエッセンス(?)

この後、榊原英資『見る読書』の紹介に入ります。

榊原さんのいう「本は見るもの」という表現は、

 --いかに要領よく情報を摘出し、ものにするか、
  というイージーな便宜的な読書法であり、
  梅棹さん流の本格的な読書法ではありません。--

と筆者は書きました。

『見る読書』「第1章「さわり」を読む」に、

 《本は「読む」ものではない。本というものは「見る」ものだ。》
  p.19

と書いてありますが、これは本格的な読書を否定するものではない、
と明言されています。

結論は、

 《「見る」にせよ「読む」にせよ、さまざまなジャンルの本、
  それも数多くの本に目を通すことは非常に大事なことだ、
  と私は考えています。》p.60

と。

 --で、数多く目を通すとなりますと、とりあえず今関心のある、
  あるいは今読む必要のある事柄についてのみ摂取する、
  というやり方(部分読みや拾い読み)が一番効率的だ--

と、筆者はまとめていました。
そして、

で、「必要な情報を短時間に手に入れるための読書法」として、
その本の本質(さわり)をつかむ方法は、以下の3つだ(p.19)と。

1.「はしがき」や「はじめに」に書かれた著者の言葉
2.「あとがき」や「おわりに」に書かれた著者の言葉
3.「目次」で、全体を小分けにし見出しをつけて紹介された内容・構成

これらからその著作の大体のエッセンスが分かる、といいます。

そうして「目次」を眺めて、
《カギとなる言葉を拾い、全体の構成を理解し》、
その本の「さわり」が分かれば、今読むべきか本かどうかが分かり、
読むべき本と分かれば、そのポイントのみをつまみ食いするように、
熟読・精読すればいい、と。

ただしこの方法は、ある程度読書経験があり、本を読みこなせる人で、
あまり時間がないという人には参考になるに違いない、と。

 ・・・

榊原さん流の部分読みや拾い読み、あるいは
さわりを知るためのまえがきやあとがき、目次のみを「見る」読書でも、
同じ本を繰り返し手に取っていれば、結局「熟読」「精読」したことに
なる、といい、本を手に取る「きっかけ」が大事だ、と。

人は忘れてしまうものなので、以前読んだ本であっても、
改めて読んでみると新しい発見があるもので、
自分にとって有用な「使える本」は、何度でも読んでいることになり、
それが榊原さん流の「熟読」だったのです。

 

 ●筆者の場合――「読む」読書=完読主義からの脱却

筆者は昔は完読主義――梅棹さん流のいう「読んだ」という読書でした。
それは何も梅棹さんのような考えによるものではなく、
単純に「読書とはそういうものだ」と思っていたからでした。

昔は基本、小説本しか読んでこなかった、という事情もあります。

小説や物語というものは、初めから終わりまで、という
一本道の読み方が基本です。
完読しないと内容がよくわからない、という単純な理由によるものです。

筆者が小説のようなフィクション系の本以外の、
論文のようなリアル系の本を読むようになったのは、おおむね
50代になって、このメルマガやブログなどを書くようになってから、
のことでした。
文章を書こうと思ったら、あまりにも何も知らなさすぎる、
と自覚するようになり、もう少し知識や教養を身につけねば、
と考えるようになってからのことでした。

では、どういう本を読むのがよいのか、と考えて読書術や読書論といった
本を図書館で借りてきて勉強したのが、
完読主義からの脱却の始まりでした。

読書といっても、小説を読むのと、このような情報の詰まった本を読む
のとでは、当然その方法は違ってきます。

こういう情報本を読む場合、自分の知りたい事柄や情報というものは、
ある程度限られてきます。

野球でいえば、左の強打者に対してワンポイントで左投手を起用する
ようなものです。
その打者一人、そこだけ抑えれば良い、というもの。

読書も同じで、このポイントだけ押さえれば良い、という場合もある
のです。

 

 ●「見る」読書=選択肢を広げる

そこで必要なのは、勝負のポイントを知り、ここぞというところを
しっかり押さえること。
それさえできれば、後は後回しで良いのです。
今必要な部分を確実に押さえられる方法を持つこと。

それは、まずいろんな本を手に取り、目を通すこと。
本を完読しようとすると、いかに速読術を身につけていたとしても、
一生の間に読める本の数は有限です。

無限に近くあるだろう本の中から、今自分の必要とする情報を得るため
に一番大事なことは、まず、より多くの本に接することです。
そのためには、一冊の本にこだわらず、入手可能な範囲で色々な本に
チャレンジしてみる。

その際には先に紹介しました榊原さんの読書法を応用してみる。
「見る」読書を実践してみてください。

最初はポイントを逃してしまうこともあるかも知れません。
筆者もある本にある情報が書かれていると聞いていながら、
ペラペラ読み――筆者流の「見る」読書法では見つけられず、
結局、完読したという経験がありました。

そういう経験も重ねて、読む技術を磨いてゆくのですよ、人は。

 

 ●「見る」読書から「読む」読書へ

「見る」読書で、世界を広げ、多くの本との出会いの機会を作るのです。

そうすることで、色んな本に出会うことができるようになります。
その結果、自分にとって本当に重要な一冊――
大切な書と出会うという奇跡も起こりうるのです。

世界には本当に多くの本があります。
一冊ずつ読んでいたのでは、なかなかはかが行きません。

とにかく気になった本、興味を感じた本があれば、
(1)まず手に取ってみる。
(2)目次やまえがき、あとがきなどのぞいて見て、
 気になる言葉(その本の理解を助けるキーワード)を探ってみる。
そして、
(3)ペラペラとページをめくり、気になるくだりを読んでみる。
それで納得がいけば、
(4)その前後を、関係のありそうな箇所をもう少し読んでみる。

さらにいえば、
(5)心に残った部分をちょっとメモしておく。

こうして「見る」読書を続けていれば、いつしか、
ある程度の知識とそれに伴う思考が自分のものになってきます。

先に引用しました梅棹さんの『知的生産の技術』からのその先に
こう書いてあります。

 《読書においてだいじなのは、著者の思想を正確に理解するとともに、
  それによって自分の思想を開発し、育成することなのだ。》p.114

251215-titeki-p114

(画像:梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書 p.114)

 ・・・

「見る」読書で、手当たり次第に本を手に取り、
気になる本の中の大事なポイントを探りながら、知識と情報を得て、
自分にとって最も重要となるだろう一冊を探し出すのです。

そうして見つけた大切な本を完読するのが、正しい読書の手順です。

最近の筆者はそう思うようになりました。
(まあ、実践できているかどうかは、また別の話ですが、ね。)

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本誌では、「創刊401号記念-私の読書論-本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」と題して、今回も全文転載紹介です。

【最新号】編は、メルマガ本文の全文転載です。

【別冊 編集後記】は、【別冊 編集後記】編↓ で、

2025.12.15
【別冊 編集後記】『楽しい読書』創刊401号記念-私の読書論-本は<読む>もの?<見る>もの?再考

 

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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2025.12.20

【別冊 編集後記】楽器における左利きの世界(36)左手のフルーティスト(後)-週刊ヒッキイ第700号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

 

第700号(Vol.21 no.23/No.700) 2025/12/20
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(36)
<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第700号(Vol.21 no.23/No.700) 2025/12/20
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(36)
<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」
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 ついに700号到達です!
 正直始めたときはここまで続くとは思っていませんでした。
 でも来てしまいましたね。 (^0^)笑い
 で、今回は、前号の続きです。
 創刊700号突破記念号は来年のあたまに!

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ★ 左手があるじゃないか ★

 <左利きの人の本>新規発見本紹介

  『左手のフルーティスト』畠中 秀幸 音楽之友社

  <左利き者の証言・左手のフルーティスト編(後編)>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●左利きの人を紹介する本(2)『左手のフルーティスト』

建築家でフルート奏者として活躍中の畠中さんが、脳出血に倒れ右半身
不随となり、左手で演奏できる特別な木管フルートを特注で作ってもらい
「左手のフルーティスト」として演奏家を再スタートした、という物語。

 

『左手のフルーティスト』畠中 秀幸/著 音楽之友社 2024/3/25
(Amazonで見る)

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 《2011年5月、音楽を愛し、将来を嘱望された建築家が脳出血に襲われ
  る。右半身の機能を失った彼は望みを捨てず、左手のみで動かせる
  木管フルートを特注し、ついに「左手のフルーティスト」として舞台
  に立つ。/TBS全国ネットでも紹介された「左手のフルーティスト」
  畠中秀幸の、病に倒れ、それを乗り越えるまでの数々の苦悩や喜びを
  描く。巻末に左手のピアニスト・舘野泉との特別対談を収録。》

著者について
 《建築家・音楽家。1969年広島県生まれ。9歳よりフルートを始め、
  中学3年より「個人コンクール北海道大会」で3年連続1位。1994年
  京都大学工学部建築学科大学院修士課程修了。2003年建築設計・
  音楽企画事務所「スタジオ・シンフォニカ」設立。2009年札幌市
  都市景観賞を当時史上最年少で受賞。2002年から12年間北海道工業
  大学非常勤講師。2009年北海道吹奏楽プロジェクトを設立、代表を
  務める。2011年に脳卒中を患い右半身の機能を失いながらも、建築家
  ・左手のフルーティスト・指揮者として活躍中。2019年札幌文化芸術
  劇場hitaruオープニングイベント音楽監督。2022年7月札幌コンサー
  トホールkitara、2023年2月札幌時計台ホールにて公演。2023年4月
  札幌G7環境大臣レセプションにて演奏。2022年一般社団法人「結び」
  理事長に就任。2024年3月初ソロCD「音の建築」をリリース。》

目次
I 運命の日 7
II フルートとの出会い 27
「最初の知らせを聴いたとき、『畠中は死なないよ』と思いました」
 北海道北広島高等学校教諭 笠原 禎さん 53
III 建築と向き合う 59
IV 建築のような音楽、音楽のような建築 73
V 左手のフルーティストとして 97
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「ひとりの人生がかかっているから、できませんとも言えません」
 山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん 113
VI 目指すべきもの 123
舘野泉&畠中秀幸 特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」133
あとがき~「さかいめ」をめぐる旅~ 145

 

 ●左手のフルーティストとして

前号では、IV章までの紹介でした。
今回はそのあとの、V章以降および対談からの紹介です。

 ・・・

(以下略)

 ●世界でひとつだけのフルート
 ●山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん
 ●目指すべきもの
オランダの画家、ユディト・レイステル
(Judith Jans Leyster:1609ー1660)「フルートを吹く少年」
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 ●音楽は両手とか左手とかじゃなくて、もっと本質的なこと
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 ●世界に一本だけのフルート
 ●音楽は、命の軸
 ●自分でこれは正しいんだ、と思ったことをやれ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【編集後記】本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(36)<左利きの人の本>新規発見本紹介~左手のフルーティスト(後編)」と題して、前回の続きでV章以降を紹介しています。

この【編集後記】では、冒頭と見出しのみの紹介です。
(*注:メルマガの本文は、一週間後にこのブログで別途、【最新号】として全文公開します。)

前回同様、左利きの人ではない、左手使いになってしまった人、<左利き者の証言・左手のフルーティスト編>をお送りしています。
右半身不随の障害者の人で、左手を使わざるを得なくなった人のお話ですが、さいわいフルートという楽器は、左手だけでもかなりの音を出すことができるそうで、慣れ親しんだ木管フルートの工房が近くにあり、特注の木管左手用フルートを制作してもらい、演奏家として復帰されました。

巻末には、「左手のピアニスト」として著名なピアニスト・舘野泉さんとの対談が収められています。
同じ右手が不自由になった「左手」の音楽家としての、音楽との取り組みが語られています。

「左手になったことで音楽は変わったか」という問いに、音楽の本質は変わらない、というお答えでした。

これは右利き左利きに関してもいえるのではないでしょうか。
右利き仕様の楽器でしか「音楽を奏でられない」ということではなく、左利き仕様の楽器を使っても奏でられる「音楽の本質は変わらない」ということではないでしょうか。

勇気を持って、左利き仕様の楽器の普及目指して取り組めそうな気がします。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

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2025.12.15

【別冊 編集後記】『楽しい読書』創刊401号記念-私の読書論-本は<読む>もの?<見る>もの?再考

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

 

2025(令和7)年12月15日号(vol.18 no.21/No.401)
「創刊401号記念-私の読書論-
本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年12月15日号(vol.18 no.21/No.401)
「創刊401号記念-私の読書論-
本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」
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 記念すべき創刊401号(!?)となりました。
 18年目で到達です。
 当初は月一回の発行でした。その後、月二回発行となり、
 今日に至っています。

 月の前半(15日)は、「私の読書論」として、
本好き・読書好きの <元本屋の兄ちゃん>1980s
としての私なりの読書論・読書雑文を書いてきました。

 今回は、そういう読書論の中から、以前も書いた「本は読むものか、
 見るものか」についてまた考えて見ようと思います。

 前回は、榊原英資(さかきばら・えいすけ)さんの『見る読書』を
 読みながら、本の読み方について考えてみましたが……。

*参照:
2021(令和3)年10月15日号(No.304)
「私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?」

2021.10.15
私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?-楽しい読書304号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2021/10/post-a887cc.html

*参照:
榊原英資『見る読書』KKベストセラーズ ベスト新書 2018/7/7
(Amazonで見る)

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ◆ <見る>だけなら何冊でも手を出せる ◆

  私の読書論 - 本は<読む>もの?<見る>もの? 再考

   ―― とにかく手に取って「見る」ことが始まり ――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

前回は私の結論として、

―― もっとも正しい本の読み方=とにかく全部読む ――

と書きました。

今回は、

―― とにかく手に取って「見る」ことが始まり ――

ですが……。

 

 ●「私の読書論148-本は<読む>もの?<見る>もの?」
梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書 1969/7/21
(Amazonで見る)

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 ●榊原英資『見る読書』のエッセンス(?)
 ●筆者の場合――「読む」読書=完読主義からの脱却
 ●「見る」読書=選択肢を広げる
 ●「見る」読書から「読む」読書へ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「創刊401号記念-私の読書論-本は<読む>もの?<見る>もの? 再考」と題して、の紹介です。
今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

 ・・・

前回のメルマガでの「本は<読む>もの?<見る>もの?」は、榊原英資さんの『見る読書』を元に書いてみました。
それにプラスして、筆者の敬愛する著述家で元民博館長であった、梅棹忠夫さんの名著『知的生産の技術』の記述を引用して、書いてみました。

前回は、主に『見る読書』の紹介のみで、筆者自身の意見は書いていませんでした。
今回は、その辺の筆者の意見を少し書いてみました。

筆者は昔は基本的に「読む」読書、完読主義者でした。
それは「読書とはそういうものだ」という思い込みによるもので、熟考した結果ではなく、自然とそういう読み方をしていただけのことでした。

で、今は、このようなメルマガやブログを書くにあたって、様々な情報を得るための方法の一つとして、「見る」読書を実践するようになっていました。
これは、榊原さんの本を読んだからではなく、この本を知る前から自然と身につけた読み方でした。

こういう方法は色々と本を読んで、そこから得たものを活かそうとする姿勢で読書を続けている人なら、誰でも到達する境地なのかも知れません。

「真の読書」というものがあるとして、それがどういうものかは、まだ筆者にはよくわかりません。

でも、「見る」であれ「読む」であれ、本にふれることには変わりはありません。

本にふれることが第一で、とにかく本をどういう形であれ、ふれて頂きたい、というのが<元本屋の兄ちゃん>でもある筆者の願いです。

 ・・・

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2025.12.13

【最新号】楽器における左利きの世界(35)左手のフルーティスト-週刊ヒッキイ第699号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

 

【最新号】

第699号(Vol.21 no.22/No.699) 2025/12/6
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~
『左手のフルーティスト』畠中秀幸」

 

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  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第699号(Vol.21 no.22/No.699) 2025/12/6
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~
『左手のフルーティスト』畠中秀幸」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今回は、前号で紹介しました<左利きの人の本>新規発見本の二冊目、
 正確には「左利きの人」というより、「左使いになってしまった」
 演奏家さんの本を紹介しましょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ★ 左手があるじゃないか ★

 <左利きの人の本>新規発見本紹介

  『左手のフルーティスト』畠中 秀幸 音楽之友社

  <左利き者の証言・左手のフルーティスト編>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●左利きの人を紹介する本(2)『左手のフルーティスト』

建築家でフルート奏者として活躍中の畠中さんが、脳出血に倒れ右半身
不随となり、左手で演奏できる特別な木管フルートを特注で作ってもらい
「左手のフルーティスト」として演奏家を再スタートした、という物語。

 

『左手のフルーティスト』畠中 秀幸/著 音楽之友社 2024/3/25
251206-hidarite

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 《2011年5月、音楽を愛し、将来を嘱望された建築家が脳出血に襲われ
  る。右半身の機能を失った彼は望みを捨てず、左手のみで動かせる
  木管フルートを特注し、ついに「左手のフルーティスト」として舞台
  に立つ。/TBS全国ネットでも紹介された「左手のフルーティスト」
  畠中秀幸の、病に倒れ、それを乗り越えるまでの数々の苦悩や喜びを
  描く。巻末に左手のピアニスト・舘野泉との特別対談を収録。》

著者について
 《建築家・音楽家。1969年広島県生まれ。9歳よりフルートを始め、
  中学3年より「個人コンクール北海道大会」で3年連続1位。1994年
  京都大学工学部建築学科大学院修士課程修了。2003年建築設計・
  音楽企画事務所「スタジオ・シンフォニカ」設立。2009年札幌市
  都市景観賞を当時史上最年少で受賞。2002年から12年間北海道工業
  大学非常勤講師。2009年北海道吹奏楽プロジェクトを設立、代表を
  務める。2011年に脳卒中を患い右半身の機能を失いながらも、建築家
  ・左手のフルーティスト・指揮者として活躍中。2019年札幌文化芸術
  劇場hitaruオープニングイベント音楽監督。2022年7月札幌コンサー
  トホールkitara、2023年2月札幌時計台ホールにて公演。2023年4月
  札幌G7環境大臣レセプションにて演奏。2022年一般社団法人「結び」
  理事長に就任。2024年3月初ソロCD「音の建築」をリリース。》

 

目次
I 運命の日 7
II フルートとの出会い 27
「最初の知らせを聴いたとき、『畠中は死なないよ』と思いました」
 北海道北広島高等学校教諭 笠原 禎さん 53
III 建築と向き合う 59
IV 建築のような音楽、音楽のような建築 73
V 左手のフルーティストとして 97
「ひとりの人生がかかっているから、できませんとも言えません」
 山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん 113
251206-hidarite-f

VI 目指すべきもの 123
舘野泉&畠中秀幸 特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」133
あとがき~「さかいめ」をめぐる旅~ 145

 

 ●<左利きミステリ>「フルートと短機関銃のための組曲」

前回のコラボ編の(後編)の『レフティやすおの楽しい読書』で、
<左利きミステリ>の新発見作に、左手だけででフルートを演奏する男
が登場しています。

 

『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』(まぐまぐ!) 2025(令和7)年11月15日号(vol.18 no.19/No.399)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:第8回(後編)
<左利きミステリ>新規発見作<海外編><国内編>紹介」
・『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフやすおのお茶でっせ』
2025.11.22
【最新号】ヒッキイ楽読[コラボ]第8回(後)<左利きミステリ>新規発見作-楽しい読書第399号

 

--
 ●「フルートと短機関銃のための組曲」フレドリック・ブラウン

1942 (アメリカ)「フルートと短機関銃のための組曲」フレドリック・
ブラウン 越前敏弥/訳 [外]
Suite for Flute and Tommy Gun shoshtu 
初出:Street & Smith's Detective Story, 1942年6月
<左手フルートでアリバイ作り>
――左手だけで演奏できるフルートの曲を作曲した犯人、左手にフルート
 (左手だけで吹ける音がいくつかある)、右手に短機関銃。
・『死の10パーセント フレドリック・ブラウン短編傑作選』フレドリック・
ブラウン 小森収/編 創元推理文庫 2023/9/28
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(Amazonで見る)

 

 《「ただ、ふつうのフルートでも、左手だけで吹ける音がいくつか
  あるんですよ。それもずいぶんたくさん。第一オクターブのGから
  第二オクターブのCまで、それにいちばん上のオクターブでは
  ほとんどの音が片手で出せます。/(略)殺人は計画しただけで
  なく、そのために曲を作ったんですよ。やつの書いた組曲のほとんど
  が、片手で演奏できる高さに設定されています。(略)われわれを
  アリバイとして利用するつもりだったんです。(略)」》p.221

「編者解説」小森収
 《(略)「フルート……」は、日本の大家の有名な作品に類似の
  アイデアがあります。(略)》p.439
--

 

この小説の説明が本当なら、
 《ふつうのフルートでも、左手だけで吹ける音がいくつかある》
のだそうです。

そう聞きますと、この畠中さんが「左手のフルーティスト」として
やってみよう、という気持ちになられたのも分かるような気がします。

実際には、多くの難関が待ち構えていたようです。

 

 ●「そこそこなんでもできてしまう」人

その前に「著者について」にもありましたように、
畠中さんの経歴を簡単に見ておきましょう。

最初にこの本を読んで思ったことは、幼少時からとにかく何でもできる
人――特別に努力したというわけでもなく。
世の中にはそういう人がいるもんなんですね。

 《実を言うと、これまであまり努力をしてきた記憶がない。/小さい
  ころから、そこそこなんでもできてしまうし、飽き性なので、ちょ
  っとできたら深く追求しない。フルートもほとんど練習したことが
  なかった。楽譜を見たら吹けてしまうし、コンクールに出たら一位を
  取れてしまうし。》p.24

本書の「著者について」を御覧頂いてもおわかりのように、京大出身で、
建築家で音楽家の二刀流。
建築家としても一流で、音楽家としてもフルーティストで指揮者。
音楽を活かせる建築というオリジナルな建築設計家でもあるようです。

そして、脳出血で右半身不随になったといっても、今度は努力して、
音楽家としても、特別な楽器を製作してもらって、復帰。

スゴい人です!

 

 ●「励ましの言葉」

ところが、今はすごく努力している、といいます。

脳出血で倒れて入院三日後、現代美術の巨匠、端聡(はた・さとし)さん
が来て、

 《「全然大変じゃない。これで畠中さんはアーティストとして、
  相当な資格を手に入れたんだから」》p.14

と。

 《「むしろラッキーだよ。おかげで健常者と障がい者のふたつの感覚を
  手に入れることができた。死ななかったんだし、大丈夫だよ」/
  彼はこうも言った。建築家としても音楽家としても、片方の手があれ
  ば十分、図面も引けるし、フルートがダメなら違う楽器をやっても
  いいじゃないかと。》同

この楽天的な言葉に、暗示を掛けられた、というのです。

そして、入院三日後にはリハビリを始めた、といいます。

いままで左手で字を書いたこともないし、ご飯を食べたこともない、
果して上手くいくのか、という不安も。

 《実際にやってみると、左手でそこそこ名前は書けたし、ご飯も食べ
  られた。たぶんそれはフルートを演奏していたからだと思う。実は
  フルートは右手より左手を多く使うのだ、右手ばかりリハビリさせ
  られたけど、やはりそれはむずかしかった。だったら左手の巧緻性を
  高めるほうが早い。自分の名前は特に一生懸命練習した。》pp.15-16

 《先生の「リハビリの初期でがんばったら、最長不倒距離がどこまで
  伸びるかわかりませんよ」という言葉を聞いて、僕はもう一度ステー
  ジに戻りたいという思いを新たにした。ただ、片手で指揮はできる
  だろうけど、はたしてフルートは吹けるのか? という疑問符は
  終始ついて回ったけれど。》p.16

畠中さんは、奥さんから畠中さんがフルートを吹けないのなら、ご自分も
一緒に演奏していたクラリネットを辞めようと思っている、と聞かされ、
これはどうしても復活しなければ、と決意させるきっかけになった、と
いいます。
畠中さんがリハビリに集中できたのは、病院の優秀なスタッフさんたちの
おかげもさることながら、このようなまわりの人の言葉、リハビリを
頑張る仲間の存在が、大きかったといいます。

 

 ●病気と音楽

 《病気をしたことで、こんなふうに思うようになった。/自分の中に、
  多少身体が不自由な人が入ってきた。そこで対話が生まれ、その対話
  が増幅して、違う人ともつながることができるようになってきた。/
  だからいま、僕のフルートが聴き手の心の中にまっすぐ入っていくこ
  とが増えて来たのだと思う。/あのとき、端さんが「アーティストに
  とって最高の武器を手に入れた」と言ったのは、そういう意味だった
  のではないか。もし自分の中に良質な循環ができつつあるのなら、
  僕は病気をしたことを感謝しなくてはならないのかもしれない。/
  いま、幸いにも、「左手のフルーティスト」としてステージに立たせ
  ていただいているとき、僕はそんなことを感じながら自分の音楽と
  向き合っている。》p.22

半身不随の身体というものは、この「麻痺の状況」という段落の記述を
読みますと、想像を絶するといっても過言ではない状況のようです。

筆者も年を重ね、あちこち気になる部分が出てきて、ちょっとした病気に
もなり、少しは病気を持つ人の気持ちが理解できるようになった気でいま
したが、その程度ではないというのが実態のようです。

それでも、病気による負担増を、こういうふうに多くの人の言葉を受けて
肯定的に受け止められるのは、やはり強い人だなあ、と思います。

 《それでも僕には前を向く覚悟がある。「新しい音」を見つけたから
  だ。》p.23

障害のある身体と健常な身体のあいだで音が鳴っている、そこからさらに
広がって、自分と他者、聴いてくれる人とのあいだに音楽が存在する、
それがシンクロする、と。

 

 ●生い立ちからの話

生い立ちからのお話が出てきます。
弟さんを早くに亡くし、お母さんが死んだようになり、弟の分も生きる
ようになった畠中さん。
お父さんは野球好きで、野球をやっていた。お父さんは東大なら二塁手
なりできるのでは、と考えていた、とか。
お母さんは教育熱心、音楽の素養はそこから来ているとか。
京大の建築科に進み、音楽も続けていたとか。

建築家として大きな仕事をこなした後、32歳で
建築家として音楽家として、自分の家を建てます。

 《とにかく、音楽と建築が融合したこういう空間を作りたいと、自分の
  方向性を表明したかった。光通し、音通し、風通しがよくて、生活
  することイコール音楽だと言えるような空間、人が住むにはこういう
  空間。人が住むにはこういう空間が理想なんだとアピールするモデル
  ハウスのつもりで建てたのが、自宅でもある「途上の家」だ。》p.80

 

 ●左手の設計

 《僕の中では、「途上の家」と「ゲストハウス・ポエティカ」と「六書
  堂新社屋」、そして「惠弘寺」が代表作だと思っている。》p.92

「惠弘寺」以外はみな病気になる前の作品だそうです。

 《(略)病気をしていちばん変わったのは、左手で図面を引くように
  なったことだ。/右手でスケッチすると、音楽と同じで、ヴィブラー
  トは掛けられるし、自在に技術を使ってしまう。僕のもうひとつの
  リビドーとして、「芽室市ふるさと歴史館」のような曲線のものも
  ある。広々とした風景の中に建築がずっとあるのは美しい。ただし、
  こういう曲線は右手のときに出てきたが、左手ではなかなか出てこ
  ない。まずスケッチするのが難しい。右手が使えなくなってからは、
  シンプルな形しか出てこなくなった。/でもそれが自分の新しい形だ
  と思っている。これからどんな形が出てくるのか、自分でも楽しみで
  ならない。》同

その後、中国の都市計画に携わることになりますが、コロナ禍で中断。
そこで表現しようとしたものは――

 《(略)音楽は、ヴィブラートを掛けられない、タンギングもできない
  となり、音そのものと向き合うしかなくなった。建築も右手の機能を
  失い、さまざまな手法を封じられたことで初期の衝動が抑えられ、
  シンプルな形で勝負するというアアルトの本質に近づいているような
  気がしている。》p.94

それが中国の計画で、左手で考えられる最も複雑な形だ、といいます。

 

 ●非利き手の左手から生まれるもの

以前、片岡鶴太郎さんが、左手で字や絵を描くことをタレントさんらに
教えるテレビ番組を見たことがあります。
普段右手でしか絵筆を持ったことのない右利きの人が、左手に持って
描いてみると、今までとは違う自分が表現できるようになる、
と話しておられました。

(片岡鶴太郎さんは、ボクシングを始めてから、自分のなかにあった
 左利きの要素に気付いたそうです。通常右利きの場合は、左手左足が
 前に出て右手右足が後ろにおくスタイルを取ります。左利きの場合は
 その逆で、右手右足が前で左手左足が後ろというサウスポースタイル。
 スケートボードに乗るときのグーフィースタンスと同じです。
 片岡さんはこのサウスポースタイルしかできない、というのです。
 その後、上に書きましたように、左手を使った書や絵を描くように
 なられました。)

 

筆者が考えるところでは、利き手である右手で描くと、普段の
“常識的”な、意思的、能動的なものが前面に出て来るのに対して、
非利き手である左手で描くときには、もっと情的なもの、受動的なものが
表に出て来るのではないか、という気がします。

巧みさや巧緻さというものが、筆も上手く扱えない分、消されてしまう。
反面、そういう巧みさで補えない分、より本然的な情動が表に出て来るの
ではないか、と。

左利きでない人が左手を使わなければならない状況においても、
同様に、非理知的、巧妙さを伴わない、ときには不自然かもしれない
表現が“自然と生まれてくる”のかもしれません。

うまく表現できないのですが、技術的に乗り越えるのではなく、
情動的に乗り越える、とでもいうのでしょうか。

そういうものが非利き手から生まれてくるような気がします。

畠中さんの場合、同様なときに直線的な表現であったり、
シンプルな形である、といいます。

何でもできる利き手によるゆえに、変に凝ったものとなることはありうる
と思います。
そうではなく、その時の状態でできるもっとも自然な姿形――
それが、非利き手による設計や音楽となっているのではないでしょうか。

 

*参照:

“左手の木管フルーティスト”畠中 秀幸

畠中秀幸 | 左手のフルーティスト | 札幌市 - Wix.com

音楽で世界を調和する ~左手のフルート奏者 畠中秀幸~|TBSテレビ

 ・・・

次回は、引き続き、(後編)として「V 左手のフルーティストとして」
「VI 目指すべきもの」
<左手のピアニスト>舘野泉さんとの特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」
について紹介してみます。

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本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~『左手のフルーティスト』畠中秀幸」と題して、【最新号】版ブログは本誌全文転載紹介です。

「別冊 編集後記」は、【編集後記】版で↓

2025.12.6
【編集後記】楽器における左利きの世界(35)左手のフルーティスト-週刊ヒッキイ第699号

 

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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2025.12.07

【最新号】クリスマス・ストーリーをあなたに(15)-2025-ホック<怪盗ニック>3話-楽しい読書第400号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

2025(令和7)年11月30日号(vol.18 no.20/No.400)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(15)-2025-
エドワード・D・ホック<怪盗ニック>クリスマス・ストーリー3話」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年11月30日号(vol.18 no.20/No.400)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(15)-2025-
エドワード・D・ホック<怪盗ニック>クリスマス・ストーリー3話」
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 記念すべき400号となりました。
 記念号とするべきところですが、季節柄、例年通りということで……。 

 今年も、はやクリスマス・ストーリーの紹介の季節となりました。

 昨年の<クリスマス・ストーリーをあなたに>は、アメリカの
 ミステリ系の短篇小説作家デイモン・ラニアンの作品を紹介しました。

 今年は、正真正銘のアメリカの短篇ミステリ作家の巨匠、
 エドワード・D・ホックの人気キャラクターの一人、
 価値のないものしか盗まない、というユニークな<怪盗ニック>の
 クリスマス・ストーリーを3話まとめて紹介しましょう。

 

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-クリスマス・ストーリーをあなたに (15)- 2025

  ~ 愛あるプレゼントの物語 ~

  エドワード・D・ホック<怪盗ニック>シリーズから
   クリスマス・ストーリー3話 木村二郎/訳

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 ●過去の ~クリスマス・ストーリーをあなたに~

一回毎、一年ごとに【古典編】と【現代編】を交互に紹介してきました。
昨年は、およそ100年前(?)の作品でした。
今年は、現代編です。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

【古典編】
 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』『鐘の音』
 ワシントン・アーヴィング『昔なつかしいクリスマス』
 ライマン・フランク・ボーム『サンタクロースの冒険』
メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」
 クリストファー・モーリー「飾られなかったクリスマス・ツリー」
 デイモン・ラニアン「三人の賢者」

【現代編】
 トルーマン・カポーティ「あるクリスマス」「クリスマスの思い出」
 アガサ・クリスティー「水上バス」
 コニー・ウィリス「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」「まれびとこぞりて」
 梶尾真治「クリスマス・プレゼント」、ジョー・ネスボ『その雪と血を』
 ドナルド・E・ウェストレイク「パーティー族」
 シーベリン・クィン「道」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

参照:
『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.27
クリスマス・ストーリーをあなたに~全リスト:
『レフティやすおの楽しい読書』BNから
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-1995dd.html

 

 ●エドワード・D・ホック<怪盗ニック>シリーズから3話

<怪盗ニック>は、本名を「ニック・ヴェルヴェット」(イタリア系)と
いう男性で、「グロリア」というガールフレンドと暮らしている、依頼を
受けて仕事をする“雇われ”泥棒です。
しかも、この泥棒の変わっているところは、現金や宝石、美術品などの
価値のあるものは一切盗まない、逆に、価値のないものしか盗まない
(これなら逮捕されても軽い罪で済む)、しかも2万5千ドル(当初は
2万ドル)という大金で、というユニークな怪盗のお話です。

価値のないものを大金を出して盗んでくれという依頼に、毎回、なぜ? と
いう謎を秘めながら、いかにして盗むかという状況のおもしろさと、この
謎解き、および巻き込まれてしまう事件を、怪盗でありながら名探偵と
して解決する(せざるを得ない)、というお話が毎回繰り返されます。

最近では、マンネリ打破ということでしょうか、
女怪盗<白の女王>こと、サンドラ・パリスが登場する“共演”編も
あります(“共演”編だけの日本独自編集の短編集もあります)。

今回は、その<怪盗ニック>ものの短篇全集の第5巻から。

『怪盗ニック全仕事5』エドワード・D・ホック 木村二郎/訳
創元推理文庫 2018/3/22
(Amazonで見る)

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《「価値のないもの、誰も盗もうとはしないもの」だけを標的にする
 怪盗ニックは、引きも切らない多彩な依頼に大忙し。年齢を重ねても
 仕事の腕と頭脳は衰えず、予期せぬ危機にもとっさの機転で対処する。
 文庫版全集第5弾は、〈白の女王〉サンドラ・パリスとの共闘、ホック
 世界の名警官レオポルド警部やニックを名乗る偽者との対決、実在した
 ミステリ書店が登場するクリスマス・ストーリーなどを含む全14編
 (うち本邦初訳9編)を収録。》

出版社の上↑の紹介文にもありますように、<怪盗ニック>ものには、
記憶ではクリスマス・ストーリーはほとんどないのですが、
偶然この巻には三篇も収録されています。

1.「クリスマス・ストッキングを盗め」第60作目(EQMM1989-Mid12)
2.「サンタの付けひげを盗め」第66作目(EQMM1992-Mid12)
3.「錆びた金属の栞を盗め」第72作目(EQMM1998-1)――アメリカの有名な
 ミステリ専門書店のクリスマス用パンフレットに掲載された短篇、後に
 EQMMに採録され、日本版『EQ』1999年1月号に掲載。(詳細は下↓で)

この中で筆者の一番のお気に入りは、三番目「錆びた金属――」ですね。
ラストが、一番皮肉で、なおかつクリスマス・ストーリーにふさわしい
ハートウォーミングな印象のする作品です。詳しくは後ほど。

 

 ●「クリスマス・ストッキングを盗め」

誰もが子供の頃にやったことがありそうな、クリスマス・イブの夜に
クリスマスのプレゼント入れてもらう靴下――それを盗め、というお話。

 《「クリスマス・ストッキングだ。わたしの孫娘の暖炉に吊してある
  クリスマス・ストッキングを盗んでもらいたい。真夜中すぎならいつ
  でもいい」/「何か値打ちのあるものがはいっているんですか?」/
  「中にはいっているプレゼントに値打ちはないが、それも盗んで
  もらいたい」》pp.12-13

お祖父さんが孫娘のクリスマス・ストッキングを盗んでくれという依頼。

ドアマンのいる古い立派なビルディングで、24時間カメラで監視する
警備員もいるようす。
ニックはこの季節他人の家に入る方法として、唯一の方法を選びますが、
もう一歩のところで失敗!

父親は麻薬で儲けていた男で、それを嫌ったお祖父さんによって離婚
させられ、警察にも追われていて、現在も逃亡中。
ところが、ここ3年毎年クリスマスの夜に、娘のストッキングに
父親からのプレゼントが入っていた。
おもちゃのバス、ポオの「大鴉」の詩、母親の写真、そして今年は、
プラスティック製の豚。
どうやら今年18歳になる娘に財産を残して遣りたい、そのヒントをこの
プレゼントに込めているらしいのです。
お祖父さんは、このプレゼントに秘められた意味を知りたいのでした。

第一の謎――どのようにしてプレゼントは部屋に持ち込まれたのか?
いわゆる「見えない人」のトリックでしたね。

そして第二の謎――プレゼントの意味する謎は?
ニックはこれを読み解き、プレゼントを見つけだします。

そして、父親に母娘と話し合ってみろ、金なんか欲しがっていない、
あんたと一緒にいたいんだ、と忠告します。

 《ダン・ポーフェルドは視線を上に向けて、これまで何百回も見たに
  ちがいない明かりのついた窓を見あげた。「こんなことをして、
  あんたには何の得があるんだ?」/ニック・ヴェルヴェットは
  チャールズ・シンプスンから手数料を手に入れられるかどうかという
  深刻な問題を抱えていたが、ただこう答えた。「得なんてなくても
  構わない。クリスマスなんだから」》p.38

幽霊も精霊も出てきませんが、(もうすぐ成人になる)“子供”は登場
します。
そして善意の季節らしく、損得抜きの仕事で、ハートウォーミングな
ラストで、見事にクリスマス・ストーリーとなりました。

 

 ●「サンタの付けひげを盗め」

なんと連続殺人ものです――しかも、サンタクロースが狙われるという、
ショッキングな事件です。

クリスマス前のこの時期は、百貨店はじめ、いろんな場所に売り出しの
ための宣伝用サンタさんが出没します。
そんな臨時雇いのサンタさんが二人続けて締め殺されたのです。

ニックは、百貨店の警備サービス会社の男カルヘインに、百貨店のサンタ
の付けひげを盗んでくれと依頼され、手数料の半額の前金を手にします。
ニックは百貨店の更衣室に盗みに入ったところ、サンタから銃を突きつけ
られ、殺人犯とまちがわれますが、警察官から何とか逃げ切ります。
こうしてニックは探偵に――。

なぜ雇われたのか――脅迫状が届き、金を要求された百貨店は、護衛と
してカルヘインを雇い、彼はサンタが出演できないようにするために。

先のサンタ(実は女性)から、身寄りのいない被害者の一人の荷物から
思い出の品を貰ってくれば、誤解を解いてやると持ちかけられます。
彼は万引き犯で金目のものを隠している、と思ったのでした。
ニックは荷物と引き換えに付けひげを手に入れ、カルへインに。

百貨店が金を払ったにも関わらず犯人は現れず、町中に警官が溢れ、
被害者の一人の荷物を受け取ったニックを殺人犯として逮捕します。

ニックは被害者同士知り合いで、犯人が他の動機からサンタ役を二人を
殺したという推理を披露します。
サンタの扮装と万引き事件一味の関係を示したのでした。

 《結局、ニックはグレイディー・カルヘインから手数料の残りを受け
  取れなかった。クリスマス精神を少しも持ち合わせていない人間も
  いるのだ。》p.229

今回は、クリスマス・ストーリーとしては、エラく辛口でしたね。

 

 ●「錆びた金属の栞を盗め」

Amazonのレビュー(Nodyさん)にもありますように、

 《「錆びた金属栞を盗め」には海外ミステリ・ファンにはお馴染みの
  ミステリアス・ブックショップを舞台に経営者で評論家のオットー・
  ベンズラーや作家のローレンス・ブロックもちらりと登場する楽屋
  落ちも愉しい。》

本書の巻末解説、木村仁良「怪盗も歩けば警官に当たる」によりますと、

 《これは<ミステリアス・プレス>の出版人でもあるオットー・ペン
  ズラーが所有・経営するミステリー専門書店<ミステリアス・ブック
  ショップ>の得意客にクリスマス・プレゼントとして配っていた
  小冊子の為、九五年にホックが書き下ろした怪盗ニックものである。
  ストーリーの条件は、季節がクリスマス・シーズンであることと、
  当時ニューヨークの西五十六丁目にあったその専門書店と店主
  ペンズラーを書き込むことだった。》p.451

 《本編はEQMM九八年一月号に採録され、<ミステリアス・ブック
  ショップ>発行のほかのクリスマス小冊子用ストーリーを集めた
  ペンズラー編纂のアンソロジー Christmas at the Mysterious
Bookshop が二○一○年にヴァンガード社から刊行された。メアリ・
  ヒギンズ・クラークやエド・マクベイン、アンドリュー・
  クラヴァン、S・J・ローザンなどの有名作家によるクリスマス・
  ストーリーが収録されている。》

書店のお客さん向けのパンフレット用の作品だけあって、短い作品です
が、サービスたっぷりの作品に仕上がっています。

 ・・・

ニックはクリスマス直前、チャールズ・オニールという高校時代の級友
から急ぎの仕事、ただし通常の二倍の手数料を支払うとの条件で依頼を
受けます。
妹の夫ボブが空巣によって殺され、妹は夫の思い出の詰まった所持品を
処分したいができずにいたので、代わりにオニールが処分したところ、
誤って貴重な栞を挟んだまま、ミステリ・ファンだったボブの蔵書を
<ミステリアス・ブックショップ>に売ってしまった。
ホームズ関連グッズのコレクターでもあるペンズラーに見つけられる前に
取り戻したいのだ、というのです。

 《どんな栞なんだ? どの本にはさんであるんだ?」/「銅製の薄い
  板で錆がついている。実際には、栞にもなるレターオープナーだ。
  だが、どの本にはさんであるのか知らない」/「本は何冊あるんだ?
  」/「彼はすべて買ってくれた。四百冊以上で、すべてハード
  カヴァーだ。(略)」》

店の二階のペンズラーの個人的書棚がある部屋に、忙しいクリスマス・
シーズンが終わるまで値付けの時間が取れないので置いてある、といい、
そこは店の客が誰も入れないように見張りもいる、というのですが……。

ニックは、書店でローレンス・ブロックがサイン会を開催する日、実行に
移します。

ガールフレンドのグロリアが救世軍に寄付しようとしていた数冊の古い
ミステリ本と購入したばかりのあるものとを箱詰めし、有名な蔵書家の
名で小包を作り、それを届けるという方法で、ボブの本の山がある二階の
保管場所まで入ることに成功します。
さらに、ある方法で、短時間で十箱の中から金属製の栞を探し出します。

栞をオニールに渡すとき、ニックは、友人として忠告します――
警察に話すべきだ、そのあとは陪審が決めることで、この手数料で腕利き
の弁護士を雇え、と。

クリスマスが過ぎた頃、ペンズラーは有名な蔵書家からの荷物を開け、
面食らってしまい、いったい誰がどうしてこれを送ってきたのだろう、
とその蔵書家に電話するのでした。
ありきたりの古本の中に一冊だけ千ドルはするだろう、人気作家の処女作
の初版本が混じっていたのでした。

 

*参考:<怪盗ニック>の短編集

(創元推理文庫)版

『怪盗ニック全仕事(1)』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2014/11/28
《「価値のないもの、もしくは誰も盗もうとしないもの」だけを依頼され
 て盗む異色の怪盗ニック・ヴェルヴェット。その全短編を発表順に集成
 する日本オリジナル短編集第1弾。》
(Amazonで見る)

『怪盗ニック全仕事(2)』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2015/8/29
《ニック自身が盗まれたり、何も盗まないことを依頼されたりの異色編
 まで15の活躍が楽しめる日本オリジナル短編集。短編ミステリの巨匠
 ホックが産み出したユニークな怪盗の全短編集成第2弾。》
(Amazonで見る)

『怪盗ニック全仕事(3)』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2016/6/22
《ニックが日本を訪れる「駐日アメリカ大使の電話機を盗め」はじめ、文庫
版全集第3弾は本邦初訳4編、単著初収録6編を含む全14編。》
(Amazonで見る)

『怪盗ニック全仕事(4)』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2017/4/21
《ライバル女怪盗サンドラ・パリス初登場編を含む、文庫版全集第四弾
 は本邦初訳6編、単著初収録5編を含む全15編を収録。》
(Amazonで見る)

『怪盗ニック全仕事(6)』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2019/1/21
《さらば、怪盗ニック。「価値のないもの」だけを盗み続けた愛すべき
 泥棒の活躍もこれで見納め! 文庫版全集完結!
 1966年の初登場以来、40年以上にわたり「価値のないもの、誰も盗もう
 とは思わないもの」を盗み続けてきた怪盗ニック・ヴェルヴェット。
 ついに迎えた最終巻は、奇妙な品物を意外な方法と思わぬ理由により
 盗み出す通常営業の短編から、恋人グロリアとの出会いや〈白の女王〉
 サンドラ・パリスとの共演などファン必読のエピソードまで、本邦初訳
 8編を含む全14編を収録。唯一無二の大泥棒の活躍を残らず収めた文庫
 版全集、堂々の完結!》
(Amazonで見る)

 

(ハヤカワ・ミステリ文庫)版

『怪盗ニック登場』エドワード・D・ホック/著 小鷹 信光/編
木村 二郎/訳 2003/5/1
――日本独自編集の<怪盗ニック>短篇集第一弾だった<ハヤカワ・
 ミステリ>版の文庫化。
(Amazonで見る)

『怪盗ニックを盗め』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2003/8/1
――日本独自編集の<怪盗ニック>短篇集第二弾の<ハヤカワ・
 ミステリ>版の文庫化。
(Amazonで見る)

『怪盗ニックの事件簿』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
2003/11/26
――日本独自編集の<怪盗ニック>短篇集第三弾の<ハヤカワ・
 ミステリ>版の文庫化。
(Amazonで見る)

『怪盗ニック対女怪盗サンドラ』エドワード・D・ホック/著
木村 二郎/訳 2004/7/15
――<怪盗ニック>のハヤカワ・ミステリ文庫版短篇集第4弾は、
 タイトル通り、怪盗ニックと女怪盗サンドラ・パリスの共演編の短篇を
 集めた、文庫オリジナル作品集。
(Amazonで見る)

 

(ハヤカワ・ミステリ Hayakawa pocket mystery books)版

『怪盗ニック登場』エドワード・D・ホック/著 小鷹 信光/編
木村 二郎/訳 昭和51年2月29日
――<怪盗ニック>の日本独自編集短編集の第一弾。
(Amazonで見る)

『怪盗ニック登場』エドワード・D・ホック/著 小鷹 信光/編
木村 二郎/訳 1998/8/1
(Amazonで見る)

『怪盗ニックを盗め』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
1979/12/1
――<怪盗ニック>の日本独自編集短編集の第二弾。
(Amazonで見る)

『怪盗ニックの事件簿』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
1983/3/1
――<怪盗ニック>の日本独自編集短編集の第三弾。
(Amazonで見る)

 

『ホックと13人の仲間たち』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
1978/1/1
――ホックの日本独自編集の<怪盗ニック>を含む、シリーズ・
キャラクター13人を集めた短編集。
(Amazonで見る)

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(画像:エドワード・D・ホックの人気<探偵>キャラクターのひとり、<怪盗ニック>の日本独自編集短編集のうち、筆者の所蔵本――
(創元推理文庫)版『怪盗ニック全仕事1』『怪盗ニック全仕事6』、(ハヤカワ・ミステリ)版『怪盗ニックを盗め』『怪盗ニックの事件簿』『ホックと13人の仲間たち』と、『怪盗ニック全仕事5』(図書館本))

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本誌では、「クリスマス・ストーリーをあなたに~(15)-2025-エドワード・D・ホック<怪盗ニック>クリスマス・ストーリー3話」と題して、今回も全文転載紹介です。

【最新号】編は、メルマガ本文の全文転載です。

 ・・・

記念すべき400号でしたが、11月末は恒例の<クリスマス・ストーリーをあなたに>の号となりますので、記念号は次号で!

クリスマス・ストーリーも、毎年、何を選ぶか悩むのですが、今年は昨年の今頃に出版された
『聖夜の嘘』("When Christmas Comes" アンドリュー・クラヴァン/著 羽田 詩津子/訳 ハヤカワ・ミステリ 2024/11/7
《MWA賞受賞作家のアンドリュー・クラヴァンが贈る、心温まるクリスマス・ミステリ》出版社の紹介文から)
(Amazonで見る)

を紹介するつもりでした。
実際に紹介するとなりますと、結末にふれることを避けられないという感じで、謎解きもののミステリの場合は、非常に難しくなります。

結末が○○なので、紹介したいのですが、そうはいきません。
残念です。

代わりに、おなじ謎解きものなのですが、短篇ですし、ポイントは外すようにしていますので「まあ、いいか」という感じです。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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2025.12.06

【別冊 編集後記】楽器における左利きの世界(35)左手のフルーティスト-週刊ヒッキイ第699号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【別冊 編集後記】

第699号(Vol.21 no.22/No.699) 2025/12/6
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~
『左手のフルーティスト』畠中秀幸」

 

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  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第699号(Vol.21 no.22/No.699) 2025/12/6
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~
『左手のフルーティスト』畠中秀幸」
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 今回は、前号で紹介しました<左利きの人の本>新規発見本の二冊目、
 正確には「左利きの人」というより、「左使いになってしまった」
 演奏家さんの本を紹介しましょう。

 

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  ★ 左手があるじゃないか ★

 <左利きの人の本>新規発見本紹介

  『左手のフルーティスト』畠中 秀幸 音楽之友社

  <左利き者の証言・左手のフルーティスト編>
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 ●左利きの人を紹介する本(2)『左手のフルーティスト』

建築家でフルート奏者として活躍中の畠中さんが、脳出血に倒れ右半身
不随となり、左手で演奏できる特別な木管フルートを特注で作ってもらい
「左手のフルーティスト」として演奏家を再スタートした、という物語。

 

『左手のフルーティスト』畠中 秀幸/著 音楽之友社 2024/3/25
(Amazonで見る)

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 《2011年5月、音楽を愛し、将来を嘱望された建築家が脳出血に襲われ
  る。右半身の機能を失った彼は望みを捨てず、左手のみで動かせる
  木管フルートを特注し、ついに「左手のフルーティスト」として舞台
  に立つ。/TBS全国ネットでも紹介された「左手のフルーティスト」
  畠中秀幸の、病に倒れ、それを乗り越えるまでの数々の苦悩や喜びを
  描く。巻末に左手のピアニスト・舘野泉との特別対談を収録。》

著者について
 《建築家・音楽家。1969年広島県生まれ。9歳よりフルートを始め、
  中学3年より「個人コンクール北海道大会」で3年連続1位。1994年
  京都大学工学部建築学科大学院修士課程修了。2003年建築設計・
  音楽企画事務所「スタジオ・シンフォニカ」設立。2009年札幌市
  都市景観賞を当時史上最年少で受賞。2002年から12年間北海道工業
  大学非常勤講師。2009年北海道吹奏楽プロジェクトを設立、代表を
  務める。2011年に脳卒中を患い右半身の機能を失いながらも、建築家
  ・左手のフルーティスト・指揮者として活躍中。2019年札幌文化芸術
  劇場hitaruオープニングイベント音楽監督。2022年7月札幌コンサー
  トホールkitara、2023年2月札幌時計台ホールにて公演。2023年4月
  札幌G7環境大臣レセプションにて演奏。2022年一般社団法人「結び」
  理事長に就任。2024年3月初ソロCD「音の建築」をリリース。》

 

目次
I 運命の日 7
II フルートとの出会い 27
「最初の知らせを聴いたとき、『畠中は死なないよ』と思いました」
 北海道北広島高等学校教諭 笠原 禎さん 53
III 建築と向き合う 59
IV 建築のような音楽、音楽のような建築 73
V 左手のフルーティストとして 97
「ひとりの人生がかかっているから、できませんとも言えません」
 山田フルート・ピッコロ工房 山田和幸さん 113VI 目指すべきもの 123

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舘野泉&畠中秀幸 特別対談
「左手になって、自分たちの音楽は変わったのか?」133
あとがき~「さかいめ」をめぐる旅~ 145

 

 ●<左利きミステリ>「フルートと短機関銃のための組曲」
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 ●「そこそこなんでもできてしまう」人
 ●「励ましの言葉」
 ●病気と音楽
 ●生い立ちからの話
 ●左手の設計
 ●非利き手の左手から生まれるもの

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【編集後記】本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(35)<左利きの人の本>新規発見本紹介~『左手のフルーティスト』畠中秀幸」と題して、今回は冒頭と見出しのみの紹介です。

(*注:メルマガの本文は、一週間後にこのブログで別途、【最新号】として全文公開します。)

今回は、左利きの人ではない、左手使いになってしまった人、<左利き者の証言・左手のフルーティスト編>ということになります。
右半身不随の障害者の人で、左手を使わざるを得なくなった人のお話でした。
さいわいフルートという楽器は、右手よりも左手をよく使う楽器だったおかげで、左手使いになっても比較的に慣れやすかった、というのです。
フルートは弦楽器ではないので、指使いそのものは単に押さえるだけで、利き手・非利き手の差は基本的にないのですね。
右利きと左利きの利き手と非利き手との違いは、構えの差ということでしょうか?

 ・・・

左手・左利き用品の普及に関して、右利きの人でも右手をケガしたときに必要になる、という言い方で推し進めようとします。
決してまちがいではないのですけれど、どうしても実感とは異なってきますよね。
「そりゃあそうだけど……」というように。

現実にはその通りで、それと左利きの人の実用とでは当然距離があるわけです。
「右利きの人のいざというときにも役に立つ」的な言い方ではやはり普及は難しいと考えられます。

もっとストレートに左利きの人の権利として主張するべきだ、と筆者は考えます。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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