私の読書論-わが友フランシス二代目(2)『虎口』フェリックス・フランシス-楽しい読書398号
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【別冊 編集後記】
2025(令和7)年10月31日号(vol.18 no.18/No.398)
「私の読書論-わが友フランシス二代目(2)
『虎口』フェリックス・フランシス 文春文庫」
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2025(令和7)年10月31日号(vol.18 no.18/No.398)
「私の読書論-わが友フランシス二代目(2)
『虎口』フェリックス・フランシス 文春文庫」
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月末は古典の紹介ですが、今回は、前号に引き続き、
今月の新刊である、フェリックス・フランシスの文春文庫版
<新・競馬シリーズ>――五月に発売された『覚悟』に続く、
第二弾『虎口』を取り上げます。
前号でも書きましたように、
作者フェリックス・フランシスは、父親があの偉大なミステリ作家
ディック・フランシスで、その次男に当たる二代目作家です。
父親の晩年、父親との共著者として、その名を刻み、
父親の死後は後継者として、同様の<競馬ミステリ>の作者として、
10年を超えるキャリアを積み上げて今日に至っています。
彼のX(twitter)によりますと、 "Author of the 'Dick Francis' novels"
(<ディック・フランシス(長編)小説>の作家)とあり、
「ディック・フランシス風小説」の書き手、というところです。
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- 私の読書論 -
~ わが友フランシス二代目フェリックス(2) ~
<新・競馬シリーズ>第二弾
『虎口』フェリックス・フランシス 加賀山卓朗訳 文春文庫
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●<新・競馬シリーズ>第二弾『虎口』
『覚悟』は、お父さんの作りあげた人気キャラクターの
<シッド・ハレー>を主人公に据えた作品でした。
日本でも知られたこの人物の作品を第一弾にしたのは、
営業的な配慮だったのでしょうけれど、
今回は、オリジナルの主人公が登場します。
これは、お父さんの時代からのこのシリーズのお約束の一つでもある、
毎作異なる主人公を立てて、競馬にまつわる事件に巻き込まれていく
という、従来からの伝統的な設定を踏襲したものとなっています。
『虎口』フェリックス・フランシス/著 加賀山 卓朗/訳 文春文庫
2025/10/7 (CRISIS (c)2018)
(Amazonで見る)
(出版社の紹介文)
《話題沸騰! 新・競馬シリーズ第2弾。
フェリックス・フランシスの清新な魅力が冴える傑作。/英国競馬の聖地、ニューマーケットで発生した厩舎火災。犠牲となった名馬の馬主の依頼で、危機管理コンサルタントの私が調査に派遣された。焼けた厩舎は高名な調教師一家のものだったが、カリスマ調教師だった父のもと、三人の息子たちがいがみあう地雷原のような一族であった。ほどなくして火災の焼け跡から人間の遺体が発見され、それは問題児として疎まれていた末の娘のものであると判明した。そしてさらなる死が。/なぜ厩舎は焼かれなければならなかったのか? 長年にわたって音信不通だった問題児ゾーイはなぜ帰郷し、遺体で発見されたのか? 殺人者は一族にの中にいるのか? 調査を進める私にも危険はふりかかった――。/競馬場、厩舎、牧場から競売場までが集まる「競馬の故郷」ニューマーケットを舞台に展開する「新・競馬シリーズ」第2弾。スリラーの緊迫のなかに英国ミステリの香気を漂わせ、父ディックの『名門』『黄金』を彷彿させる快作!》
前作『覚悟』の裏側の帯に、
《『虎口(仮)』厩舎放火事件に挑む 危機管理専門の若き弁護士
フォスター。(2025年秋予定)
『勝機(仮)』シッド・ハレー再登場。 新・競馬シリーズ中、
話題の傑作。(2026年春予定)》
とあったうちの上の一作です。
<危機管理専門の若き弁護士>ハリイ・フォスターが主人公。
従来の主人公と同様、三十代半ば(ここでは37歳)、独身の青年です。
七年近く勤めた、退屈な田舎の弁護士の定番の仕事に飽きていた彼は、
ある日、法律雑誌の求人広告のラテン語の一文と電話番号だけの記事を
目に留め、調べてみます。
《もっとワクワクする存在になりたいですか?》
この意味深な広告に反応した彼は、今の仕事に辿り着きます。
それは、危機管理専門の弁護士業でした。
この求人にまつわる謎解き、これができた人が受験資格を得る、
というものだったのです。
このへんの推理と探偵の過程は思わず引きつけられます。
隊員第7号(《007(ダブル・オー・セブン)と考えたい》p.13)と
なったハリイは、多彩で刺激的な人生をスタートさせました。
それから7年後の事件――。
●複雑な関係の大家族
今回の彼の担当は、アラブの国の新しいリーダー、シーク・カリムが
馬主となっている、ダービーの優勝候補であった有力馬プリンス・オブ・
トロイと他の馬が、厩舎の火事で亡くなった、という事件の調査でした。
焼け跡から、厩舎の経営者である調教師の娘の死体が発見されたのです。
しかもこの娘は、今までにも何かと問題を抱えていた、というのです。
この調教師一家は複雑な家族関係で、厩舎<カッスルトン・ハウス>の
当主(カリスマ調教師だった)オリヴァー・チャドウィックと三番目の
若い妻マリア(子供を流産し、その後精神的に不調で酒浸り)、
オリヴァーの最初の妻(癌で早くに亡くなる)の子が、長男のライアン
(元競馬の騎手だったが、予定より早くケガで引退、その後この厩舎の
跡継ぎとなるが、成績は父の代よりも上がらず経営状況は良くない、
妻スーザンとの間に娘がいる)と次男デクラン(別の厩舎の調教師、妻
アラベラ、二人に子供はいない)、オリヴァーの二番目の妻イヴォンヌの
子が、三男で騎手のトニイと長女で末っ子のゾーイ(29歳、二女の母親で
精神的に不安定で、失踪したり、自傷癖があったり、妄想癖があると診断
され、精神科病院に入院していた経歴がある、夫は自称不動産業者)。
という複雑な大家族で、息子たちはそれぞれ調教師として、騎手としての
力量に差があるようすで、また、それぞれの妻との関係では子供がいる
夫婦といない夫婦で、それぞれの関係をより複雑に――。
●家族間の秘密を巡る謎
ハリイは、馬主の要請でこの事件の真相を解明することを指示されて
います。
このややこしい関係の家族のなかに、何かしら隠された秘密があることに
気付きます。
しかも、その秘密を守るために、この憎みあう家族は一枚岩のように
団結しています。
複雑な家族関係のなかで、ハリイは、有力一馬主の代理人として、事件の
解決に向かって“探偵”としての役割を果たしてゆくことになります。
長らく実家であるこの厩舎に顔出ししていなかった娘が、なぜ厩舎内で
死んでいたのか?
有力馬を殺した火事の放火は誰の仕業なのか?
その動機は?
娘の死とはどういう関わりがあるのか?
これらの謎を突き止めるためにハリイは、被害に遭った馬主の代理人と
して警察の担当者と関わってゆきます。
その後、娘に会った最後の人物として次男のデクランが逮捕され、
今度は彼の弁護士として警察と関わってゆきます。
詳しいストーリーの紹介は、ミステリでもあり、新刊でもありますので、
この程度にしておきましょう。
●<本格“探偵”もの>の傑作
これらのオリヴァーの大家族の人々やそれぞれの厩舎の秘書や厩務員ら
との会話を通して事件の鍵を探ってゆくのですが、
あるとき不覚にもハリイは厩舎におびき出され、暴れ馬の馬房に閉じ込め
られる、という失態を犯します。
しかし、その前に偶然出会い、互いに一目惚れで恋仲となった、
オリヴァーの厩舎の秘書の姉ケイトの機転で、窮地を脱します。
フランシスの小説には必ずある、主人公が追い込まれる肉体的な窮地の
一回目がこれでした。
そして、最後の窮地が解決の場となります。
「名探偵 みなを集めて さてと言い」という謎解きの場面ですね。
――というように、今回の“冒険”は、<本格“探偵”もの>と
いっていい内容でした。
ケイトから、ここで何をしてるの? と聞かれハリイは答えます。
《「ほかの人たちを危機から救うというか、そうしようと努めている。
とりわけ、実際に起きた危機にかならずともなう広報対応が被害を
拡大しないように。だけど今週は、広報担当というより探偵になった
気分だね」》p.180
馬主の代理人として馬主の要望である、なぜ彼の有力馬が火事で死んだ
のかを突き止めることだ、と。
のちにケイトから「シャーロック・ホームズ」などとからかわれます。
対して彼は、彼女の質問に答える際、「初歩的なことだよ、ワトソン君」
と返します。
このへんのやり取りなどは、エンタメにおけるラブ・ロマンスの要素を
十分に楽しませてくれます。
このへんのところも、「ディック・フランシスの小説」にあった要素の
一つを踏襲しています。
(蛇足ですが書いておきますと、事件解決後、ハリイは、社内でも
「エルキュール・ポアロ」と呼ばれるようになります。(p.450))
十三作あるフェリックス・フランシスさんの単独作品から――
邦訳済みの最初の一冊をのぞくと、十二作あるなかから、お父さんの
時代からの名キャラクター<シッド・ハレー>ものに次いで、二作目に
邦訳された作品というだけあって、謎解きものの傑作(秀作?)でした。
●「ディック・フランシスの小説」の後継者
巻末の(編集部N)さんの「解説」にもあるように、
お父さんディック・フランシスの作品は、
《スリラーやサスペンスと呼ばれる小説のお手本》(p.467)でした。
冒頭の一文から、いきなり事件の渦中に読者を放り込んでゆくその手法。
この「解説」のなかにも、いくつもの書き出し部分が引用されています。
そしてこの作品『虎口』も、それらを踏襲した延長線上にある一作です。
冒頭からいきなり、主人公の紹介とともに、殺人事件であることも
明記されています。
《名刺にはハリソン・フォスター、法務コンサルタントと書かれている
が、私はハリイとして広く知られ、危機管理を専門としてる。/
そして当初誰も知らなかったが、今回の危機には殺人がからんで
いた。》p.9
スリラーのお手本である「ディック・フランシスの小説」の後継者として
十分な働きぶりです。
次回の翻訳は、またしても<シッド・ハレー>ものが予定に上がって
います。
今後の売れ行きにもよりますが、上手くいけば、今後も継続して翻訳が
進む可能性もありです。
読書には、二つの側面があります。
一つは、単純に情報を得ること。
もう一つは、人生における“楽しみの時間”としての読書です。
「ディック・フランシスの小説」は、この後者の読書に属するもの
としても最上級に匹敵するものの一つでしょう。
それでいて、競馬に関する情報はもちろん、普通の人が知らない
新たな職業について知る機会をも与えてくれ、
かつ人生をどう生きるかという問題にも答えてくれる優れた小説だ、
と私は思っています。
エンタメというものは、ハラハラとドキドキ(スリルとサスペンス)と、
それにワクワク(ラブ・ロマンスの要素)を人の心に与える芸術です。
さらにゾクゾク(怖さ)が加わりますと、ホラーとなり、
最強のエンタメ!? になるかも知れません。
*参照:
『レフティやすおの楽しい読書』
2025(令和7)年10月15日号(vol.18 no.17/No.397)
「私の読書論-わが友フランシス二代目
『覚悟』フェリックス・フランシス 文春文庫」
【別冊 編集後記】
『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフやすおのお茶でっせ』
2025.10.15
私の読書論-わが友フランシス二代目『覚悟』フェリックス・フランシス
-楽しい読書397号
・『覚悟』フェリックス・フランシス/著 加賀山 卓朗/訳
文春文庫 フ 37-1 2025/5/8
(Amazonで見る)
『左利きライフ研究家(本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
2015.9.23
“わが友フランシス”息子フェリックス単独作『強襲』を読む
【フェリックス・フランシス作品】
・『強襲』(新・競馬シリーズ) フェリックス・フランシス/著
北野寿美枝/訳 イースト・プレス 2015/1/24
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(画像:フェリックス・フランシス/著、新・競馬シリーズ『強襲』『覚悟』『虎口』)
・『夜間飛行 ミステリについての独断と偏見』青木雨彦/著 早川書房
1976
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(旧シリーズを概観するガイドブック)
・『ミステリマガジン 二〇一〇年六月号
特集ディック・フランシスの弔祭』(早川書房刊)――追悼特集号
(画像:『ミステリマガジン 二〇一〇年六月号 特集ディック・フランシスの弔祭』表紙、特集目次)
【ディック・フランシス作品から<シッド・ハレー>もの】
(筆者の所蔵する本)
『大穴』菊池光/訳 ハヤカワミステリ 1967
・ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-2 競馬シリーズ 1976/4/20
(Amazonで見る)
『利腕』菊池光/訳 早川書房 1981
・ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-18 競馬シリーズ 1985/8/1
(Amazonで見る)
・『敵手』ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-35 競馬シリーズ 2000/8/1
(Amazonで見る)
・『再起』北野 寿美枝 ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-41 2008/11/7
(Amazonで見る)
(画像:<シッド・ハレー>もの(筆者所蔵本)=ディック・フランシス著『大穴』『利腕』『敵手』『再起』、フェリックス・フランシス著『覚悟』)
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本誌では、「私の読書論-わが友フランシス二代目(2)『虎口』フェリックス・フランシス 文春文庫」と題して、今回も全文転載紹介です。
10月の新刊をその月の内に取り上げるなどということは、まずありませんでした。
そういう非常に稀な回となりました。
それだけ、期待値が大、ということでしょうね。
これもひとえにお父さんの偉大さでもあったわけですが、本人の努力ももちろん大です。
実際に過去の単独作品に失望していたら手に取らないわけですし、ましてやここで取り上げるなどということもなかったわけです。
できれば、次作もいち早く手に入れたいところです。
編集者Nさん並びに翻訳者の加賀山卓朗さん、よろしく!
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*本誌のお申し込み等は、下↓から
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『左利きライフ研究家(元本屋の兄ちゃん)レフティやすおのお茶でっせ』
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおブログ【左利きライフ研究家:元本屋の兄ちゃん】』に転載しています。
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