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2023.07.31

<夏の文庫>フェア2023から(2)角川文庫・筒井康隆『時をかける少女』-楽しい読書347号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書【別冊 編集後記】

2023(令和5)年7月31日号(No.347)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(2)角川文庫・
筒井康隆『時をかける少女』わが青春の思い出の一冊」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2023(令和5)年7月31日号(No.347)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(2)角川文庫・
筒井康隆『時をかける少女』わが青春の思い出の一冊」
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 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2023から――。

 昨年同様、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。

 第二回は、角川文庫から筒井康隆『時をかける少女』を取り上げます。

 

新潮文庫の100冊 2023
https://100satsu.com/

角川文庫 カドブン夏推し2023
https://kadobun.jp/special/natsu-fair/

集英社文庫 ナツイチ2023 この夏、一冊分おおきくなろう。
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
よまにゃチャンネル - ナツイチ2023 | 集英社文庫
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/yomanyachannel/

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(画像:新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023小冊子3点)

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 ◆ 2023年テーマ:わが青春の思い出の一冊 ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(2)
  角川文庫・筒井康隆『時をかける少女』
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 ●角川文庫 カドブン夏推し2023

カドブン夏推し2023/しらない世界とつながる!
13点 既読:0

カドブン夏推し2023/驚きの謎とつながる!
15点 既読:0

カドブン夏推し2023/語りつがれる想いとつながる!
22点 既読:D坂の殺人事件、蜘蛛の糸・地獄変、海と毒薬、檸檬、
      吾輩は猫である、坊っちゃん、こころ、走れメロス、
      少女地獄、注文の多い料理店、銀河鉄道の夜、馬鹿一、
      羅生門・鼻・芋粥、人間失格、
      ビギナーズ・クラシックス源氏物語(15点)

カドブン夏推し2023/心揺さぶるラストへつながる!
20点 既読:0

カドブン夏推し2023/大人も子どももみんながつながる!
25点 既読:アルケミスト、時をかける少女(2点)

五つのジャンルで95点の中から選べます。

既読といっても、角川文庫版ばかりではなく、
他社版も含めてのもので、近代の日本文学の名作ぐらいですね。
短編集に関しては、内容はそれぞれですので、表題作に関して、
というところです。

最近の作家やその作品は、私にとって、
結構知らない、読んだことのない作家・作品ばかり、
ほとんど手つかず状態です。
そこから選ぶのは非常にむずかしい。

というわけで、未読の作家・作品を選ぶのがいいのでしょうけれど、
新潮文庫では新顔作家を取り上げましたので、
今回は、思い出の作品ということで、既読の本の中から選びましょう。

 

 ●大人も子どももみんながつながる!―『時をかける少女』筒井 康隆

そんな中から選んだのは、
<大人も子どももみんながつながる!>25点中から

 ↓

『時をかける少女』筒井 康隆 角川文庫 新装版 2006/5/25

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(画像:筒井康隆『時をかける少女』と「角川文庫 カドブン夏推し2023」フェア小冊子)
(画像:筒井康隆『時をかける少女』と「角川文庫 カドブン夏推し2023」フェア小冊子の該当ページ)
 

思い出の一冊です。

ある意味で、古典中の古典ともいうべき一冊ですね。

1960年代のジュブナイルSFの名作で、
1970年代から、初々しいヒロインによる青春ドラマとして、
度々テレビ・ドラマに映画にアニメに、
と映像化され続けてきた作品です。

中学時代からSF作品には触れていましたが、
この作品もそういう中学生向けのジュブナイルSFでした
(原作は、学年別学習雑誌、学習研究社『中学3年コース』
 1965年11月号~『高校一年コース』1966年5月号連載)。

 ・・・

映像化作品については、本書の巻末の江藤茂博さんの解説
(「時をかける少女」の文彩(フィギュール))で紹介されています。

まずは、それら映像作品について書いておきましょう。

 

 ●「NHK少年ドラマシリーズ」第一作『タイム・トラベラー』

私が最初に見たのは、1972年1月1日~2月5日(6回)放送
「NHK少年ドラマシリーズ」の一作、『タイム・トラベラー』
(脚本:石山透 主演:島田淳子=浅野真弓)でした。

放送は、私が高校の三年生のお正月からですね。
毎回楽しみに見ていました。

この時間帯(夕方6時代)は昔から子供向け番組が放送されていました。
『ひょっこりひょうたん島』など人形劇が有名でしたが、
それまでの時間帯にドラマが放送されました。

好評で続編『続 タイム・トラベラー』
(昭和47年11月4日~12月2日/5回)も作られました。

『タイム・トラベラー』は、全6話。
原作よりも多くの登場人物を配置し、精神科のお医者さんらも登場、
早い段階でネタ――自分で発明した薬品で、
27世紀の未来からタイム・リープ(時間跳躍)してきた、
ケン・ソゴルが未来へ帰るための秘薬の実験の事故で、
中学三年生のヒロイン芳山和子がタイム・トラベラーとなった――
を割り、ヒロインと未来人の男性のタイム・トラベルの冒険を
科学者が解明しようとしたり、複雑なストーリーに仕立てています。
最終的な結末――過去や未来は変えられない――は同じなのですけれど。

 

今回、何十年ぶりかでシナリオを読んでみますと、
こういう内容だったか、と記憶のなさにびっくり。
印象が変わってきました。

原作は、文庫本100ページぐらいのが中編で、
割とストレートにストーリーが進みます。

連続ドラマということで、膨らませた部分があるということですね。

当時の男の子はタイム・トラベルのSFの部分とその冒険に、
女の子はヒロインの異常な事態による不安と「彼」との冒険に
心ときめかしたのでしょう。

 ・・・

「NHK少年ドラマシリーズ」では、もう一作、
筒井康隆の作品を原作とする名作がありました。

多岐川裕美主演で、テレパス(精神感応者)の七瀬と、
その仲間となる超能力者たちの冒険物語『七瀬ふたたび』です。
これは、人の心が読めるテレパスの飛田七瀬のシリーズ全三作の第二作。

私の選ぶ「NHK少年ドラマシリーズ」のベスト3の一つです。
(残りの一つは、新田次郎原作の『つぶやき岩の秘密』――
 石川セリが歌った主題歌「遠い海の記憶」が印象的でした。)

*参照:
・『タイム・トラベラー』石山透 大和書房 1984/2/1

――1972年、NHKドラマ『タイム・トラベラー』全6話、と
 続編『続・タイム・トラベラー 』全5話のシナリオ集。巻末に
 「NHK少年ドラマシリーズ放送作品リスト」、主題歌楽譜を収録。

・『タイム・トラベラー』石山 透 復刊ドットコム 新装版 2016/12/13

・雑誌『東京おとなクラブ 5号』(1985年6月1日)
 <タイムトラベラーと少年ドラマシリーズ>特集・号
――「NHK少年ドラマシリーズ」のリストと解説や、
 第一作『タイム・トラベラー』制作者のインタビューなど。

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(画像:角川文庫・筒井康隆『時をかける少女』(2006年新装版)と
「NHK少年ドラマシリーズ」シナリオ集『タイム・トラベラー』石山透・著(大和書房 1984/2/1)と
『カドカワ フィルム ストーリー 時をかける少女』原田知世主演 大林宣彦監督作品 角川文庫 ‎1984/11/1と
雑誌『東京おとなクラブ』5号(「NHK少年ドラマシリーズ」特集から『タイム・トラベラー』の一シーン写真)

・『七瀬ふたたび』筒井 康隆 新潮文庫 改版 1978/12/22
――テレパス(精神感応者)飛田七瀬シリーズ全三作の第二作の長編。
 第一作・連作短編集『家族八景』第三作・長編『エディプスの恋人』。

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(画像:筒井康隆『時をかける少女』と
テレパス(精神感応者)飛田七瀬シリーズ全三作の第二作の長編『七瀬ふたたび』(筒井 康隆 新潮文庫 改版 1978/12/22) 第一作・連作短編集『家族八景』 第三作・長編『エディプスの恋人』)

 ●大林宣彦監督、原田知世主演『時をかける少女』

二度目の映像化が、1983年7月公開の角川映画による
大林宣彦監督、原田知世主演『時をかける少女』でした。

連続ドラマと違い、一気に見せる映画ですので、
ストーリーも比較的ストレートに進行します。

主人公・芳山和子は高校生となり、
舞台も尾道と限定され、また違った雰囲気のお話になっています。

私はラストの薬学教室へ向かう場面で、
タイム・トラベルに関する記憶を奪われた、
大人になった芳山和子が“再来”したケン・ソゴルと出くわし、
何かを感じる和子の様子が印象的でした。

・『カドカワ フィルム ストーリー 時をかける少女』筒井康隆原作
大林宣彦監督作品 角川文庫 昭和59年 ‎1984/11/1

 

 ●その他の映像化作品

その他の映像化作品については、見ていません。

内田有紀主演のフジテレビ系の連続テレビ・ドラマがありました。
それは知っています。

また、この文庫本の新装版のカバーになっている、
劇場版アニメのことも知ってはいます。

懐かしさを感じたものの、改めてみるということはありませんでしたね。

私の場合、先の二作のイメージが強烈に残っていて、
他の作品を受け入れるのは、ちょっと……という気持ちだった、
ということでしょうか。

 

 ●『時をかける少女』の切なさと希望

改めて原作の『時をかける少女』にもどりましょう。

この作品の急所といいますか、象徴的存在がラベンダーの香りです。

文中にもありますように、香水に使われたりして、
よく知られた香りなのでしょうけれど、
私が思い浮かべるのは、北海道のラベンダー畑ですね。

ドラマ『タイム・トラベラー』では、実際にケン・ソゴルが北海道へ、
ラベンダーを探しに行きます。

このラベンダーの香りというのが、
この作品を非常にロマンチックなものにしています。

お花と少女と、幼い頃からの同級生だったはずの男の子――
その彼との別れとともに、共に過ごしたはずのその記憶すら失われる、
という切ない初恋の物語。

《ただ、ラベンダーのにおいが、やわらかく和子のからだをとりまく時、
 かの女はいつもこう思うのだ。/
 ――いつか、だれかすばらしい人物が、
 わたしの前にあらわれるような気がする。
 その人は、わたしを知っている。
 そしてわたしも、その人を知っているのだ……。/
 どんな人なのか、いつあらわれるのか、それは知らない。
 でも、きっと会えるのだ。そのすばらしい人に……
 いつか……どこかで……。》p.115

 

切なくも優しい物語です。

多くの人は映像化作品でストーリーはご存知だったろうと思います。
しかし、実際に読んでみるのとではまた違うでしょう。

小説の方が、もっと心優しいお話、という感じがするのは、
私だけでしょうか。

他の筒井康隆さんの小説をほとんど読んでいませんので、
よくわかりませんが、筒井さんのものとしては、
本当にストレートな小説なのかもしれません。
ジュブナイルならでは、かもしれませんけれど。

若い人も老いたる人も、一度は読んでいただきたいものです。

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本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(2)角川文庫・筒井康隆『時をかける少女』わが青春の思い出の一冊」と題して、今回も全文転載紹介です。

青春時代の思い出の一冊でもあり、私より下の世代の方にも映像化作品でおなじみの一作ではないでしょうか。
それぞれの世代毎に作品は違っているでしょうけれど、それぞれの思い出をお持ちのことと思います。
しばしの間、思い出に浸るのもよいかと思います。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
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2023.07.15

<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』-楽しい読書346号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書【別冊 編集後記】

2023(令和5)年7月15日号(No.346)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2023(令和5)年7月15日号(No.346)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」
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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン
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第646号(No.646) 2023/7/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」
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 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2023から――。

 昨年同様、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。

 しかも今年は、発行日の7月15日が第三土曜日に当たり、
 私のもう一つのメルマガ
 『左利きを考える 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
 の発行と同日になります。
 そこで、またまたコラボすることで、手抜きさせていただきます。
 毎日暑い日が続きますので、ご容赦!

 

新潮文庫の100冊 2023
https://100satsu.com/

角川文庫 カドブン夏推し2023
https://kadobun.jp/special/natsu-fair/

集英社文庫 ナツイチ2023 この夏、一冊分おおきくなろう。
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よまにゃチャンネル - ナツイチ2023 | 集英社文庫
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/yomanyachannel/

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(画像:新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023 の三社の小冊子)

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 ◆ 2023年テーマ:身近な思いから ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)

  新潮文庫 ブレイディみかこ
   『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

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 ●「新潮文庫の100冊 2023」について

まずは、「新潮文庫の100冊 2023」に選ばれた作品について
見ておきましょう。

フェアの小冊子『新潮文庫の100冊 2023』(新潮文庫編集部/著)
の出版社の紹介文から――

《約3000点の新潮文庫の中から「新潮文庫の100冊」として
 厳選した作品を、「恋する本」「シビレル本」「考える本」
 「ヤバイ本」「泣ける本」の5テーマに分類しておすすめします。
 かわいいキュンタの物語もお楽しみください!》

 

▼5つのテーマの主な作品(私の知っている本を挙げてみました)

「恋する本」20点―『ティファニーで朝食を』『あしながおじさん』
  『こころ』『雪国』『刺青・秘密』『錦繍』『キッチン』など

「シビレル本」20点―『マクベス』『シャーロック・ホームズの冒険』
  『十五少年漂流記』『ナイン・ストーリーズ』『深夜特急1』
  『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』など

「考える本」21点―『罪と罰』『車輪の下』『センス・オブ・ワンダー』
  『蜘蛛の糸・杜子春』『塩狩峠』『沈黙』『こころの処方箋』
  『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』など

「ヤバイ本」20点―『異邦人』『変身』『月と六ペンス』
  『狂気の山脈にて』『人間失格』『檸檬』『金閣寺』『砂の女』など

「泣ける本」19点―『星の王子さま』『老人と海』『銀河鉄道の夜』
  『博士の愛した数式』『夜のピクニック』など

 

私の既読本は、海外作品を中心に、明治以降の国内の名作など、
全部で26点程度でしょうか。

この出版社の傾向というものもありますが、
近現代の海外ものや国内の名作小説が多く選ばれています。

少数ですが、小説以外のノンフィクションも選ばれています。

今回はまさにそういう一冊、ブレイディみかこさんの、
2019年(令和元年)に出版されるや、
あちこちで評判となり、ベストセラーとなった
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を選んでみました。

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(画像:ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)と<新潮文庫の100冊 2023>小冊子)

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(画像:ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)と<新潮文庫の100冊 2023>小冊子の該当ページ(カバー装画:中田いくみ))

 

以下の文章は、私のもう一つのメルマガ
『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』の第646号と
同様のものとなります。
すでにご覧の方は、スルーしていただいて結構です。

 

 ●左利き研究家の観点から読む『ぼくはイエローでホワイトで~』

ブレイディみかこ
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(文庫版 2021/6/24)

です。

(日本式にいうと)中学生の息子さんの子育てを交えた、
異文化交流のノンフィクションです。

著者は福岡生まれの日本人の母親で、英国ブライトン
(ロンドンの南方のイギリス海峡に面した町)在住、元保育士で、
配偶者はアイルランド人のトラック運転手、
二人には息子さんが一人いて、このたび地元の中学校に入学。
今まで通っていたカトリック系の小学校とは違い、
地元の様々な子供たちが通う元底辺中学校に入学。
そこで親子が体験する出来事についての考察を描く。

*続編
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』
ブレイディ みかこ/著 中田いくみ/イラスト 新潮社 2021/9/16

 

 ●「はじめに」から「子どもはすべてにぶち当たる」

冒頭「はじめに」に
「老人はすべてを信じる。中年はすべてを疑う。
若者はすべてを知っている」というオスカー・ワイルドの言葉を紹介し、
そのあとにつけ加えるなら「子どもはすべてにぶち当たる」だろう、
という箇所があります。

老人となってしまった私の感覚では、
老人は「信じる」というより「信じたい」で、中年や若者はともかく
最後の「子どもはすべてにぶち当たる」という発言は、
自分の子供時代を振り返ってみて、
当たっているなあ、という気がします。

子供というものは、社会の波風のあれやこれやをみんな受け止める、
ぶち当てられる、そういう存在のように思います。

私の場合は、主に「左利き」という事例に関する偏見や差別でしたが。

 

 ●一番気になった部分「誰かの靴を履いてみること」

文庫本で320ページ弱、16章からなる一冊です。

この16章中で、一番気になったのが、エンパシーに関する章
「5 誰かの靴を履いてみること」。

シティズンシップ・エデュケーションの授業の試験で、
最初に「エンパシーとは何か」という問いがあり、
それに対して、息子が「自分で誰か人の靴を履いてみること」と答えた、
というくだりです。

「自分で誰か人の靴を履いてみること」というのは、
英語の定型表現だそうで、《他人の立場に立ってみる》という意味。

 《日本語で、empathyは「共感」、「感情移入」または「自己移入」
  と訳されている言葉だが、確かに誰かの靴を履いてみるというのは
  すこぶる的確な表現だ。》(p.92)

なるほど。
確かに、他の人の靴を履く、とどうなるかといいますと、
「ピッタリで気持ちよい」ということは少なく、
たいていは「なんだこりゃ」になるでしょう。
サイズは一緒でも微妙な部分で合わなかったりするものです。

 

 ●「左利き」に置き換えると――「靴の左右を入れ替える」

ここで、ちょっと「左利き」の話をしておこうと思います。

右利きの人が多数派で、
社会のあれこれが右利きに都合のよいものになっている
いわゆる「右利き(優先/偏重)社会」になっている中で、
左利きの人が生きていくというのは、
「靴の左右を入れ替えて履くようなものだ」というのが、私の見方です。

たとえ自分の靴であれ、やはり右足用と左足用とは形が異なり、
うまく履けないものです。
特にオーダーメイドのように、足形に合わせたものであればあるほど、
左右は形状が違い、入れ替えるとうまく履けないものです。
窮屈だったり、ちょっと嫌な思いをしたり、思うように歩けなかったり、
そもそも履いているだけで痛かったり、大変な思いをするはずです。

これが靴ではなく、スリッパのようなものなら、
左右を入れ替えてもまったくといっていいほど気にならないでしょう。
スリッパというものは、そういうふうにできている履き物で、
左右兼用できる反面、靴のように跳んだり走ったリには不向きです。

「靴」は、右利き用だったり左利き用だったり、という専用品。
「スリッパ」は、左右両用可能なものや左右共用品というところ、
専用品ほど便利ではないかもしれませんが、どちらも使えるもの。

左利きの人は、この「右利き(優先/偏重)社会」で、
左右の靴を入れ替えて履かされているようなものだ、
というふうに理解していただけるといいのではないでしょうか。

 

 ●多様性について

もう一度『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にもどって、
「4 スクール・ポリティクス」で取り上げられている、
多様性について考えてみましょう。

息子が学校で多様性はいいことだと教わったというのですが、

 《「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」/
  「多様性ってやつは物事をややこしくするし、
   喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ」/
  「楽じゃないものが、どうしていいの?」/
  「楽ばっかりしてると、無知になるから」》

すると、また「無知の問題か」と息子。
彼が道ばたでレイシズム的な罵倒を受けたとき、
そういうことをする人は無知なのだ、と母ちゃんが言ったことを受けて。

 《「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどうくさいけど、
   無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」》

 

最近日本でも
「ダイバーシティ diversity」という言葉を聞くようになりました。
「多様性」のことですが、
「多様性」というものも案外むずかしいものです。

自分では多様性について寛容だと思っていても、
実際には、世間には様々な人びとがいて、
時に自分の知らない存在も多々あるものです。

私の経験をいいますと、右利きの人の中には、
(左手で箸を使ったり字を書く)左利きの人なんて見たことがない、
という人もいました。

「知らないものは存在しない」というわけです。

そこで、先の無知云々とつながってきます。

 

 ●無知な人には、知らせなきゃいけない

無知の問題について、
本書の母ちゃんと息子の会話をプレイバックしてみましょう。
「2 「glee/グリー」みたいな新学期」での会話です。

 《「頭が悪いってことと無知ってことは違うから。知らないことは、
   知るときが来れば、その人は無知ではなくなる」》p.43

と母ちゃんが言うと、あるとき、息子は、
 《「無知な人には、知らせなきゃいけないことがたくさんある」》
と。

左利きの問題も同じで、知らせていかなければいけないのです。

 ・・・

無知についていいますと、
以前、江國香織さんの『こうばしい日々』(新潮文庫)に登場する、
黒人の教師ミズ・カークブライドが、
アメリカに移住してきた日本人少年に話した、
人種差別に関しての言葉を思い出します。

 《「一つのことを、はじめから知っている人もいるし、
   途中で気がつく人もいる。
   最後までわからない人もいるのよ」》

*『こうばしい日々』江國香織/著 新潮文庫 1995/5/30

 

本書の場合は、教えられて気がつくというケースですね。

 ・・・

ついでに書いておきますと――

アリストテレスの
『ニコマコス倫理学』「第一巻 第四章」に引用されている
ヘシオドス『仕事と日々』の詩にある言葉、

 《あらゆることを自ら悟るような人は、もっともすぐれた人
  立派なことを語る人に耳を傾け、これに従う人も、すぐれた人
  しかし、自ら悟ることもなければ、他人の言葉を聞いて
  心に刻むこともないような人は、どうしようもない人。》

*『ニコマコス倫理学(上)』アリストテレス/著 渡辺邦夫・
 立花幸司/訳 光文社古典新訳文庫 2015/12/8

 

『論語』【季氏 第十六】(9)

 《孔子曰(いわ)く、生まれながらにして之を知る者は、上なり。
  学びて之を知るものは、次なり。
  困(くる)しみて之を学ぶ者は、また其(そ)の次なり。
  困しみて学ばざる、民 斯(こ)れ下(げ)と為す。

  〈現代語訳〉孔先生の教え。生まれつき道徳(人の道)を
  理解している人間が、最高である。
  学ぶことによって〔すぐに〕道徳を理解する者は、それに次ぐ。
  〔すぐにではなくて〕努力して道徳を学ぶ者は、さらにそれに次ぐ。
  努力はするものの〔結局〕道徳を学ぼうとしない、
  そういう人々、これは最低である。
   
*『論語』加地伸行/全訳注 講談社学術文庫 2004
『論語 増補版』加地伸行/全訳注 講談社学術文庫 2009/9/10

というものに、似ています。

 

 ●エンパシーについて――「知ろう」とする能力

再び「エンパシー」にもどりましょう。

「エンパシー」に似た言葉として「シンパシー」があるといいます。

 《シンパシーのほうは「感情や行為や理解」なのだが、
  エンパシーのほうは「能力」なのである。
  前者はふつうに同情したり、共感したりすることのようだが、
  後者はどうもそうではなさそう。》pp.94-95

 《シンパシーのほうはかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、
  自分と似たような意見を持っている人々に対して
  人間が抱く感情のことだから、
  自分で努力しなくても自然に出て来る。
  だがエンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、
  別にかわいそうだとは思えない立場の人々が
  何を考えているのだろうと想像する力のことだ。
  シンパシーは感情的状態、
  エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。》p.95

 

多様性には色々な要素があり、それぞれの多様性について、
人はそのすべてを初めから知っているわけではない。

自分の属する要素については、当然理解しているし、
他の人の場合にも共感することができる。
ところが、自分に無縁の要素に関しては、知らないしわからない。
そこで、当該の人から知らせてもらう、教えてもらう必要が出てきます。

ここで「無知」とか「知らせる」とかの言葉が出て来るわけです。

で、私たちは、「無知」なのだから「教えてもらおう」とか、
「知らないこと・わからないことなので、知ろう・理解しよう」
とすることが重要になってくるわけです。

「共感」できることなら問題ないのですが、
特に共感する立場にはなくても、「理解しよう」とする姿勢、
およびその能力を「エンパシー」といい、
これからの時代に重要なことだと思われるわけです。

 

左利きに関していいますと、
自分は左利きではなく、この社会にあって不都合は感じていなくても、
「そういう人もいるのだ、不都合を感じることがあるのだ」
と理解することが大事だ、ということです。

 ・・・

さて、このブレイディみかこさんの
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、
中学生の息子さんを持つお母さんと配偶者の子育て私生活エッセイ
のような、読みやすい、それでいてなかなか読み応えのある、
「ちょっと左翼っぽい」(p.159 配偶者の言葉)
――その点ではちょっとうーんと思う部分も時にありますが――
母ちゃんによる、おもしろいノンフィクションでした。

続編も機会があれば読んでみたいものです。

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本誌では、「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」と題して、今回は全文転載紹介です。

『週刊ヒッキイhikkii』とのコラボということで、導入部以外の本文は、9時40分発行のヒッキイの方と同じ内容です。

手抜きといえば手抜きですが、内容そのものは、かなりのものと自負しています。
素材がいいので当然といえば当然のことなのでしょうけれど、ね。

(共通する部分の本文は、ここではカットしようかと思ったのですが、やっぱり全公開です。)

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
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左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ『ぼくはイエローで…』-週刊ヒッキイ第646号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』【別冊 編集後記】

第646号(No.646) 2023/7/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」

 

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  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
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第646号(No.646) 2023/7/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」
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2023(令和5)年7月15日号(No.346)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:
 新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫
 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ
 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」
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 今回は本来なら、
 「ホームページ『レフティやすおの左組通信』復活計画 [23]
 <左利きプチ・アンケート> 全公開」
 を紹介する回ですが、
 私のもう一つのメルマガ
 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
 の月半ばの発行日と重なりましたので、
 (手抜きとして)コラボして、
 <左利き研究家の観点から>の読書感想を披露しましょう。

 もう一つのメルマガで、この時期毎年恒例にしているのが、
 その年の新潮・角川・集英社、三社の<夏の文庫>フェアから、
 それぞれ一冊を選んで紹介するという企画です。

 そのうちの一社、新潮文庫の作品を取り上げます。

 新潮・角川・集英社、三社の<夏の文庫>フェア2023
 それぞれのフェア内容等に関しましては、12時発行の
 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』の方で
 紹介していますので、そちらをご参照ください。

230710natunobunnko

(画像:新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023 の三社の小冊子)

 

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 ◆ 週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画 ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1) 新潮文庫

  左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ

   『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

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 ●<新潮文庫の100冊 2023>から

何十年も昔から続いている<夏の文庫フェア>の一つ

新潮文庫の100冊 2023
https://100satsu.com/

の中から、今年私が選んだ一冊は、
2019年(令和元年)出版後あちこちで評判となった

ブレイディみかこ
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(文庫版 2021/6/24)

です。

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(画像:ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)と<新潮文庫の100冊 2023>小冊子)

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(画像:ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)と<新潮文庫の100冊 2023>小冊子の該当ページ(カバー装画:中田いくみ))

 

(日本式にいうと)中学生の息子さんの子育てを交えた、
異文化交流のノンフィクションです。

著者は福岡生まれの日本人の母親で、英国ブライトン
(ロンドンの南方のイギリス海峡に面した町)在住、元保育士で、
配偶者はアイルランド人のトラック運転手、
二人には息子さんが一人いて、このたび地元の中学校に入学。
今まで通っていたカトリック系の小学校とは違い、
地元の様々な子供たちが通う元底辺中学校に入学。
そこで親子が体験する出来事についての考察を描く。

*続編
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』
ブレイディ みかこ/著 中田いくみ/イラスト 新潮社 2021/9/16

 

 ●「はじめに」から「子どもはすべてにぶち当たる」

冒頭「はじめに」に
「老人はすべてを信じる。中年はすべてを疑う。
若者はすべてを知っている」というオスカー・ワイルドの言葉を紹介し、
そのあとにつけ加えるなら「子どもはすべてにぶち当たる」だろう、
という箇所があります。

老人となってしまった私の感覚では、
老人は「信じる」というより「信じたい」で、中年や若者はともかく
最後の「子どもはすべてにぶち当たる」という発言は、
自分の子供時代を振り返ってみて、
当たっているなあ、という気がします。

子供というものは、社会の波風のあれやこれやをみんな受け止める、
ぶち当てられる、そういう存在のように思います。

私の場合は、主に「左利き」という事例に関する偏見や差別でしたが。

 

 ●一番気になった部分「誰かの靴を履いてみること」

文庫本で320ページ弱、16章からなる一冊です。

この16章中で、一番気になったのが、エンパシーに関する章
「5 誰かの靴を履いてみること」。

シティズンシップ・エデュケーションの授業の試験で、
最初に「エンパシーとは何か」という問いがあり、
それに対して、息子が「自分で誰か人の靴を履いてみること」と答えた、
というくだりです。

「自分で誰か人の靴を履いてみること」というのは、
英語の定型表現だそうで、《他人の立場に立ってみる》という意味。

 《日本語で、empathyは「共感」、「感情移入」または「自己移入」
  と訳されている言葉だが、確かに誰かの靴を履いてみるというのは
  すこぶる的確な表現だ。》(p.92)

なるほど。
確かに、他の人の靴を履く、とどうなるかといいますと、
「ピッタリで気持ちよい」ということは少なく、
たいていは「なんだこりゃ」になるでしょう。
サイズは一緒でも微妙な部分で合わなかったりするものです。

 

 ●「左利き」に置き換えると――「靴の左右を入れ替える」

ここで、ちょっと「左利き」の話をしておこうと思います。

右利きの人が多数派で、
社会のあれこれが右利きに都合のよいものになっている
いわゆる「右利き(優先/偏重)社会」になっている中で、
左利きの人が生きていくというのは、
「靴の左右を入れ替えて履くようなものだ」というのが、私の見方です。

たとえ自分の靴であれ、やはり右足用と左足用とは形が異なり、
うまく履けないものです。
特にオーダーメイドのように、足形に合わせたものであればあるほど、
左右は形状が違い、入れ替えるとうまく履けないものです。
窮屈だったり、ちょっと嫌な思いをしたり、思うように歩けなかったり、
そもそも履いているだけで痛かったり、大変な思いをするはずです。

これが靴ではなく、スリッパのようなものなら、
左右を入れ替えてもまったくといっていいほど気にならないでしょう。
スリッパというものは、そういうふうにできている履き物で、
左右兼用できる反面、靴のように跳んだり走ったリには不向きです。

「靴」は、右利き用だったり左利き用だったり、という専用品。
「スリッパ」は、左右両用可能なものや左右共用品というところ、
専用品ほど便利ではないかもしれませんが、どちらも使えるもの。

左利きの人は、この「右利き(優先/偏重)社会」で、
左右の靴を入れ替えて履かされているようなものだ、
というふうに理解していただけるといいのではないでしょうか。

 

 ●多様性について

もう一度『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にもどって、
「4 スクール・ポリティクス」で取り上げられている、
多様性について考えてみましょう。

息子が学校で多様性はいいことだと教わったというのですが、

 《「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」/
  「多様性ってやつは物事をややこしくするし、
   喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ」/
  「楽じゃないものが、どうしていいの?」/
  「楽ばっかりしてると、無知になるから」》

すると、また「無知の問題か」と息子。
彼が道ばたでレイシズム的な罵倒を受けたとき、
そういうことをする人は無知なのだ、と母ちゃんが言ったことを受けて。

 《「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどうくさいけど、
   無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」》

 

最近日本でも
「ダイバーシティ diversity」という言葉を聞くようになりました。
「多様性」のことですが、
「多様性」というものも案外むずかしいものです。

自分では多様性について寛容だと思っていても、
実際には、世間には様々な人びとがいて、
時に自分の知らない存在も多々あるものです。

私の経験をいいますと、右利きの人の中には、
(左手で箸を使ったり字を書く)左利きの人なんて見たことがない、
という人もいました。

「知らないものは存在しない」というわけです。

そこで、先の無知云々とつながってきます。

 

 ●無知な人には、知らせなきゃいけない

無知の問題について、
本書の母ちゃんと息子の会話をプレイバックしてみましょう。
「2 「glee/グリー」みたいな新学期」での会話です。

 《「頭が悪いってことと無知ってことは違うから。知らないことは、
   知るときが来れば、その人は無知ではなくなる」》p.43

と母ちゃんが言うと、あるとき、息子は、
 《「無知な人には、知らせなきゃいけないことがたくさんある」》
と。

左利きの問題も同じで、知らせていかなければいけないのです。

 ・・・

無知についていいますと、
以前、江國香織さんの『こうばしい日々』(新潮文庫)に登場する、
黒人の教師ミズ・カークブライドが、
アメリカに移住してきた日本人少年に話した、
人種差別に関しての言葉を思い出します。

 《「一つのことを、はじめから知っている人もいるし、
   途中で気がつく人もいる。
   最後までわからない人もいるのよ」》

*『こうばしい日々』江國香織/著 新潮文庫 1995/5/30

 

本書の場合は、教えられて気がつくというケースですね。

 ・・・

ついでに書いておきますと――

アリストテレスの
『ニコマコス倫理学』「第一巻 第四章」に引用されている
ヘシオドス『仕事と日々』の詩にある言葉、

 《あらゆることを自ら悟るような人は、もっともすぐれた人
  立派なことを語る人に耳を傾け、これに従う人も、すぐれた人
  しかし、自ら悟ることもなければ、他人の言葉を聞いて
  心に刻むこともないような人は、どうしようもない人。》

*『ニコマコス倫理学(上)』アリストテレス/著 渡辺邦夫・
 立花幸司/訳 光文社古典新訳文庫 2015/12/8

 

『論語』【季氏 第十六】(9)

 《孔子曰(いわ)く、生まれながらにして之を知る者は、上なり。
  学びて之を知るものは、次なり。
  困(くる)しみて之を学ぶ者は、また其(そ)の次なり。
  困しみて学ばざる、民 斯(こ)れ下(げ)と為す。

  〈現代語訳〉孔先生の教え。生まれつき道徳(人の道)を
  理解している人間が、最高である。
  学ぶことによって〔すぐに〕道徳を理解する者は、それに次ぐ。
  〔すぐにではなくて〕努力して道徳を学ぶ者は、さらにそれに次ぐ。
  努力はするものの〔結局〕道徳を学ぼうとしない、
  そういう人々、これは最低である。
   
*『論語』加地伸行/全訳注 講談社学術文庫 2004
『論語 増補版』加地伸行/全訳注 講談社学術文庫 2009/9/10

 

というものに、似ています。

 

 ●エンパシーについて――「知ろう」とする能力

再び「エンパシー」にもどりましょう。

「エンパシー」に似た言葉として「シンパシー」があるといいます。

 《シンパシーのほうは「感情や行為や理解」なのだが、
  エンパシーのほうは「能力」なのである。
  前者はふつうに同情したり、共感したりすることのようだが、
  後者はどうもそうではなさそう。》pp.94-95

 《シンパシーのほうはかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、
  自分と似たような意見を持っている人々に対して
  人間が抱く感情のことだから、
  自分で努力しなくても自然に出て来る。
  だがエンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、
  別にかわいそうだとは思えない立場の人々が
  何を考えているのだろうと想像する力のことだ。
  シンパシーは感情的状態、
  エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。》p.95

 

多様性には色々な要素があり、それぞれの多様性について、
人はそのすべてを初めから知っているわけではない。

自分の属する要素については、当然理解しているし、
他の人の場合にも共感することができる。
ところが、自分に無縁の要素に関しては、知らないしわからない。
そこで、当該の人から知らせてもらう、教えてもらう必要が出てきます。

ここで「無知」とか「知らせる」とかの言葉が出て来るわけです。

で、私たちは、「無知」なのだから「教えてもらおう」とか、
「知らないこと・わからないことなので、知ろう・理解しよう」
とすることが重要になってくるわけです。

「共感」できることなら問題ないのですが、
特に共感する立場にはなくても、「理解しよう」とする姿勢、
およびその能力を「エンパシー」といい、
これからの時代に重要なことだと思われるわけです。

 

左利きに関していいますと、
自分は左利きではなく、この社会にあって不都合は感じていなくても、
「そういう人もいるのだ、不都合を感じることがあるのだ」
と理解することが大事だ、ということです。

 ・・・

さて、このブレイディみかこさんの
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、
中学生の息子さんを持つお母さんと配偶者の子育て私生活エッセイ
のような、読みやすい、それでいてなかなか読み応えのある、
「ちょっと左翼っぽい」(p.159 配偶者の言葉)
――その点ではちょっとうーんと思う部分も時にありますが――
母ちゃんによる、おもしろいノンフィクションでした。

続編も機会があれば読んでみたいものです。

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本誌では、「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書コラボ企画:新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2023から(1)新潮文庫 左利きライフ研究家が読む――ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』」と題して、今回も全紹介です。

前々から興味を持っていた本で、一度機会があれば読んでみたいと思っていたのですが、ちょっとリベラルな感じがあり、その辺がどうかなあ、という不安もあって今日になってしまいました。

色々考えさせられる評判どおりの名著というところです。

ここでは、私の得意フィールドである左利きの観点から読んでみました。
他の読み方もきっとあるのでしょう。
それはそれでまた、ということで。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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2023.07.01

楽器における左利きの世界(14)<音楽の才能と左利き>-週刊ヒッキイ第645号

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』【別冊 編集後記】

第645号(No.645) 2023/7/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(14)
 『左対右 きき手大研究』から<音楽の才能と左利き>」

 

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  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第645号(No.645) 2023/7/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(14)
 『左対右 きき手大研究』から<音楽の才能と左利き>」
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 前回は、最近始めた、初心者・独学者向けのピアノ練習や
 楽譜の読み方など音楽の基礎的なお勉強に関して、
 YouTube『まり先生のかんたんピアノレッスン』や
『初心者の為のキーボード講座』で説明されていました
キーボード演奏における指使いについて、
 右手利き優先の実態を見たと思ったことを書いてみました。

 今回は、前回のおわりに紹介した八田武志さんの著者
 『左対右 きき手大研究』にあった「音楽の才能と左利き」の項目を
 もう少し紹介してみようと思います。

*参照:
八田武志『左対右 きき手大研究』(DOJIN文庫 2022/5/16)

 

220518hattatakesi-hidarikiki-2

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―

 楽器における左利きの世界 (14)

  ◆ <音楽の才能と左利き> ◆

   ~ 八田武志『左対右 きき手大研究』から ~  
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●音楽の才能と左利き

八田武志さんのこの著書の記述によりますと、
「音楽能力には利き手による違いがあり、左利きの人の方が優れている」
といわれてきたそうです。

本格的な利き手の研究は、
左右の大脳を連絡する脳梁という部分を切断した患者を対象に、
それぞれの脳の機能差を見いだしたスペリーらの研究に端を発した、
ラテラリティといわれる研究分野の出現から派生したもの。

このラテラリティの研究は、1970年代は視覚機能が中心だったが、
1980年代に入って聴覚機能に移り、

《言語音は左脳がその処理に優れるが、音の高低の弁別や、
 音と音との間、音の大きさ、各種の音の配分など
 音楽を構成する要素については右脳のほうがその処理に優れることが
 次つぎと明らかにされた。
 「プロソディ(韻律)」と呼ばれる音声言語の周辺的要素も
 右脳のはたらきであることが立証された。》p.36

プロソディというのは、どういう調子で発音されるか、
といったところですね。
たとえば「すみません」ということばでも、
使われる状況で意味が変わってくる場合があります。
それを言葉の調子で異なる意味を持たせ、相手に了解させるわけです。

《いまでは音声言語は左脳だけのはたらきではなく、
 左右の共同によるものと考えるようになっている。》同

 

 ●音楽能力と利き手との関係――否定的データ

《音楽的要素の処理に右脳が優れるといわれるようになると、
 右脳は左手指の運動と関連が深いので、
 左ききは音楽の才能があるはずだという予測が生まれ、
 音楽能力ときき手との関係が話題になった。》p.37

ところが、明確な関係は見いだされなかった、といいます。

バイルーンは、音楽能力を測定するシーショア・テストと
利き手の関係を調べた。

グッドらの、イギリスの小学校7~8歳児897名を対象にした研究で、
ベントレー音楽能力検査を実施――音の高低の記憶、コードの記憶、
リズムの記憶などの音楽的要素と性差、学業成績、利き手などの関係を
検討した。
学業成績との関連は見られたが、
性差や利き手での差異は見られなかった。

 

 ●音楽能力と利き手との関係――肯定的データ

次に、利き手との関係の否定的データではなく、
利き手との関係の肯定的なデータを。

ドイッチは、右利きと左利きの普通の大学生を対象に
音の記憶実験を行い、右利きの正答率より、
左利きのそれの方がわずかではあるが上回った。
別の課題でも、左利きの方が優れていた。

ドイッチは、左利きは音の記憶を左右両脳でできるのに対して、
右利きでは、片側の脳(たぶん右脳)でしか記憶できないため、
このような結果が出たのだろうと説明している。

 

 ●プロの音楽家、音楽大学の学生を対称とした研究

クライストマンの研究については前回紹介しました。

 

《きき手と音楽に関する研究では音の記憶などの要素的な分析よりも
 包括的な能力との関連が問われるようになっている。》p.39

そうで、コッピーズらの研究では、
利き手と初見演奏能力について検討している。

初見演奏能力とは、初めて目にする楽譜を見て実際に演奏する能力や、
初めて聞いた音楽を再生する聴音演奏などをいう。歌唱も同じ。
様々な音楽の要素が総合的に発揮される能力と見なすことができる。

ドイツの音楽大学の学生52名を対象に実験を行い、
初見演奏で右利きは左利きや両手利きより劣ることを明らかにしている。

p.40の1-7図に示すように、
《右ききのピアニストは間違いが多く、
 左利きや両手ききは演奏能力に優れていることを示している。》p.39

ただし、この研究での利き手は、質問紙によるものではなく、
左右の人差し指と中指の30秒間のタッピング数で決定している。
この作業量による利き手と自己申告の利き手は必ずしも一致していなく、
他の研究結果と単純に比較することはできない、といいます。

《ただ、タッピングの作業量を左右手で比較すると、
 左手の巧緻性が優れるピアニストは52名の内45名と多く、
 ピアニストにとって左手の手指運動は鍵となる能力である
 と思われる。》p.40

 

 ●まとめ――左手の手指運動の訓練の難易度が差を生む

以上の結果からいえることとして、

《「小学生を対象としたグッドらの研究では
 きき手による音楽能力の違いは見いだせなかった。にもかかわらず、
 コッピーズらのように成人でその関係を支持するデータは多い。
 これは、左手での手指運動の訓練に困難さを感じる者(右きき)は
 楽器演奏の練習を途中で放棄するのに対して、
 強く感じなかった者が楽器演奏などのくり返し練習が長続きし、
 このような持続力が音楽家などの職業へとつながり、成人の音楽家や
 音大生には右ききが少なくなってしまう」というものである。》p.41

 

 ●親の利き手とその容認度の問題

音楽的能力に付いては、
当人より親の利き手の影響を指摘する報告もある、といいます。

ケラーらの研究は、
音楽専攻生と音楽を特別に学習したことのない学生を対象にしたもので、
当然、音楽専攻生の方が優れた結果を出しているが、

《音楽専攻生は左耳で聴く(右脳にまず入力される)ことを好み、
 非音楽専攻生では右耳で聴く(左脳にまず入力される)ことを好む
 という違いが示され、
 そのほうが反対の耳で聴く場合よりも成績がよかった。
 さらに興味深いのは、音楽専攻生の場合は、
 親に左ききがいる場合といない場合とで違いがあり、
 左ききがいない場合は左耳優位がとりわけ顕著に現れたと考えられる。
 親に左ききがいる場合には遺伝的要素の関与や左手を使うことへの
 養育者周辺の容認度が高いことなどが考えられるからである。
 音楽的能力には、きき手それも親の世代を含めたきき手が影響する
 ということかもしれない。》p.41

 

音楽家になるためには、楽器演奏における両手練習が必要で、
そこには両手の器用さという問題があり、
さらに、
親の利き手とその容認度という問題が見受けられる、
という研究結果が、私には、非常に興味深く感じられました。

確かに楽器演奏では多く両手を使用することになります。
ピアノのような鍵盤楽器では、右手が主導的であっても、
それなりに左手の動きも要求されます。

それに対応できるだけの運動能力を持っているか、
もしくは訓練に抵抗があるかないかの違いが大きな差になってくる、
というのは十分に想像できます。

 

私の経験からもいえることですが、
右利きの人は、その多くが右使いしか選択肢を持っていないものです。
右手だけでなく左手も使えるのだ、使っていいのだ、
という発想を持っていない人が大半なのです。

なにしろ、今の世界はたいていのことが、
(非常停止ボタンのような)重要なことであれ、
(水洗トイレのレバーのような)ちょっとしたことであれ、
何かにつけて右手一本で通用するように仕組まれています。
結果的に右利きの人は右手以外はほとんど使う機会がないまま、
日常生活をエンジョイしていたりします。

一方、左利きの人たちは、その逆で、
重要なことであれ、ちょっとしたことであれ、
右手を使うことを強制されています。
結果的に、右手もある程度は動かせる、両手使いのようになっています。

そういう意味では、右利きの人は「ちょっと不幸な人たち」、
という見方もできるのかもしれません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(14)『左対右 きき手大研究』から<音楽の才能と左利き>」
と題して、今回も全紹介です。

前回の引き続きとして、日本の左利き研究の第一人者、八田武志さんの著書『左対右 きき手大研究』(DOJIN文庫)から左利きと音楽的才能についての項目を紹介しています。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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