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2017.11.21

ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』を読む

下↓の記事での紹介後も発売が遅れていました、ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』をようやく読み終えました。

 

2017.6.25
ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』7月31日発売予定

 

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(画像:『蒸気で動く家』『八十日間世界一周』他ヴェルヌの本)

 

ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 第IV巻(第2回配本)
蒸気で動く家 ─北インド横断の旅─

荒原邦博・三枝大修訳[完訳]
挿画:レオン・ベネット
解説:石橋正孝

原著刊行:1880年/〈教育娯楽雑誌〉1879年12月1日号~1880年12月15日号連載


『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション IV 蒸気で動く家』 荒原邦博・三枝大修/訳 インスクリプト(2017/8/21)

 

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(画像:『蒸気で動く家』挿絵)

 

舞台は、19世紀のインド。
ヴェルヌ作品でインドが扱われるのは、『八十日間世界一周』に次いで二度目です。

ベンガル湾側の東インドの主要都市カルカッタ(当時の都市名、現コルカタ)から、デカン半島の東岸、インド洋側の主要都市ボンベイ(当時の都市名、現ムンバイ)をめざす、〈鋼鉄の巨象〉に引かれた〈蒸気で動く家〉(スチーム・ハウス)によるマンロー大佐一行の冒険の旅と、シパーヒーの反乱(セポイの反乱)の指導者の一人インド人の太守ナーナー・サーヒブの反乱軍再編と復讐の物語。

カルカッタからボンベイをめざす旅は、『八十日間世界一周』でのインド編での旅の逆のパターンとなります。

訳注によりますと史実とは異なるようですが、マンロー大佐は、反乱を指揮していたナーナー・ハーヒブの妻(ラーニ(王妃))を戦闘の末、殺したとし、一方、ナーナー・ハーヒブは、マンロー大佐の妻と母親を含む王立軍の家族を惨殺したとし、それぞれが復讐心を抱く関係に設定しています。

この1857年に始まる反乱から10年後、マンロー大佐を慰安しようと友人たちが計画した冒険の旅は、象を模した蒸気機関のロボット〈鋼鉄の巨象〉がパゴダを模した二両の客車を牽引する〈蒸気で動く家〉で、日常的な生活空間とともにインドの平原を横断しようというもの――早い話がキャンピングカーによる移動です。
この凝った作りの〈蒸気で動く家〉は、ブータンのラージャがインド横断鉄道会社の鉄道技師バンクスにきまぐれで製作を依頼したが、亡くなり、彼がマンロー大佐のお金で買い取ったものだったのです。

ホッド大尉は喜びを抑えられず、/「移動する家だ!」と叫んだ。「車にもなれば、蒸気船にもなる! あとは翼さえあれば、飛行装置に変換して空も飛べるぞ!」/「いつかはそうなるよ、ホッド君」大真面目に技師が答えた。/「わかってるさ、バンクスよ」と大尉も同じくらい真剣に答えた。「どんなことだって、できるようになる! だがどうしようもないのは、そういうものすごい発明を見たくても、二百年後に生き返れるわけじゃないってことだ! 人生は毎日が楽しいわけじゃないが、俺は単に好奇心好奇心を満たすためだけに一〇世紀生きたっていい!」

途中、ヒマラヤの高山タウラギリのふもとまで行き、虎狩り他の狩猟をしたり、マンロー大佐の慰安と仲間たちの保養をする予定です。

ところが、大佐は途中で思い出の戦闘の地をたどり、逃亡中のナーナー・ハーヒブの行方を探り、妻や母親の復讐を秘かに期待していたのでした。
一方、逃亡中のナーナー・ハーヒブも、大佐に妻とインド独立戦争(植民地支配者のイギリス側から見れば反乱)の犠牲者たちの復讐をする機会を狙っていました。

この二つの話が交錯するのが、ラストのエピソードですが、そこに至るまでの道中の冒険もまた、資料と想像力を駆使したヴェルヌ小説のお楽しみでもあります。

 ・・・

難しい作品分析は、「解説」や「訳者あとがき」の先生方にお任せするとして、ミッシェル・セールの『青春 ジュール・ヴェルヌ論』やフランスのヴェルヌの遊園地の象等で、名のみ知られていた作品がこうして翻訳されたことは非常にうれしいことでした。

蒸気で動く巨象が牽引するパゴダを模した客車の車列という、乗り物の面白さと、それによる異境の地を旅する冒険、そして復讐譚……。

100枚を超える原著挿絵も、古き良き時代の冒険物語を演出してくれて、正に私の心のなかにあるヴェルヌの世界そのもの、といっていいものです。

楽しめる一冊でした。

 
 ●作品の背景について

現代の感覚から言えば、植民地支配と反乱という構図は、帝国主義そのものという感じで、それを擁護するかのような小説かもしれません。
しかし、フランス人の記述者をたて、反乱軍に対する見せしめのための凄惨な処刑も紹介し、イギリス王立軍のやり方を支持する書き方はしていません。

一方で、太平楽に虎退治や見世物のための猛獣狩りと狩猟に明け暮れる支配者側のヨーロッパ人たちの姿を描き、どちらにも与することのできそうな内容です。

こういうふうな植民地主義、帝国主義批判という立場からの見方をするのが現代的な感覚なのかもしれませんけれど、やはりそれは少し違うような気がします。

ヴェルヌは『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』(1889)では、カナダ人の独立戦争をフランス系カナダ人の側から描いてもいました。
『海底二万海里』のネモ船長は、インド独立運動の中心人物だったとされていました。

帝国主義や植民地政策の在り方の是非など、当時の一般市民レベルでどの程度の情報や知識が共有されていたのかも、私にはわかりません。
ヴェルヌの含めて、当時の作家たちもどの程度の認識を持っていたのでしょうか。

まあ、その辺の事情は分かりかねますが、作家といえどもその時代に生きているかぎり、時代の思想の影響を免れることはできません。

それらのことは頭の片隅におく程度にして、私たちは素直にストーリーを楽しんでいいのではないでしょうか。

 

 ●解説のヴェルヌ作品の題名について

石橋さんの「解説」では、ヴェルヌの諸作品の題名が、原著の訳題になっています。
これは、石橋さんの頭の中では原題で整理されているのでしょう。
でも、読者のために日本語訳の題名で紹介されているのでしょう。

邦訳のある作品――特に日本で従来から一般化している邦題を併記してもらうほうが、新たに既刊のヴェルヌ作品を読みたいと思う人には親切な気もします。
(「訳者あとがき」の荒原さんは、従来の訳題併記。)

 

 ●『マチアス・サンドルフ』(旧訳『アドリア海の復讐』)新訳のこと

「解説」中で、『マチアス・サンドルフ』(旧訳『アドリア海の復讐』集英社ヴェルヌ全集/集英社文庫ヴェルヌ・コレクション)が、『シャーンドル・マーチャーシュ』の題名で、本書の訳者の一人でもある三枝大修さんによる新訳として、新井書院から刊行予定とあります。

この作品は、ヴェルヌ版『モンテ・クリスト伯』とも呼ばれる作品です。
新井書院は、一巻本『モンテ=クリスト伯爵』(オペラオムニア叢書)を出版している版元なのですね。

私の好きなヴェルヌ作品の一つでもあり、これも楽しみです。

 

*** 初心者向け私のおすすめヴェルヌ作品(現行本から)*** 『八十日間世界一周』岩波文庫(原書挿絵多数入り)
『地底旅行』岩波文庫(原書挿絵多数入り)(原題:『地球の中心への旅』)
『海底二万里』新潮文庫(原書挿絵全数葉入り)
『二年間の休暇』/『十五少年漂流記』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション、創元SF文庫(原著挿絵数葉入り)
『神秘の島』/『ミステリアス・アイランド』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション(ネモ船長の最期)

*** 私のヴェルヌ作品お気に入りベスト5 *** 1 『アドリア海の復讐』(集英社コンパクトブックス・ヴェルヌ全集版はなくしたけど、集英社文庫ヴェルヌ・コレクション版を持っています! ヴェルヌ版『モンテクリスト伯』。)
2 『地底旅行』(最初にふれたヴェルヌ作品、巨大きのこの森を歩む一行の挿絵が記憶に焼きついている!)
3 『悪魔の発明』創元SF文庫(原題:『国旗に向かって』。昔、角川文庫版で読んだ。ミサイル兵器を使用するマッド・サイエンティストもの。)
4 『気球に乗って五週間』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション(記念すべき〈驚異の旅〉処女長編。)
5 『二〇世紀のパリ』集英社(幻だった初期作品。ヴェルヌの原典を知る意味でも重要かつ興味深い。)

 

*【ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション】:
『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』石橋正孝/訳 インスクリプト 2017/1/20
―「ガン・クラブ三部作」(旧訳題名『月世界旅行』『月世界探検』(『月世界へ行く』創元SF文庫)『地軸変更計画』創元SF文庫)の世界初の合本。砲弾による月探検二部作とその後のプロジェクト。

 

 

〈全巻構成〉
第I巻(第4回配本)ハテラス船長の航海と冒険 荒原邦博・荒原由紀子訳(18年春刊) 予価:5,500円 [新訳]
第II巻(第1回配本)地球から月へ 月を回って 上も下もなく 石橋正孝訳(17年1月刊) 特大巻:5,800円 [完訳 世界初の合本]
第III巻(第5回配本)エクトール・セルヴァダック 石橋正孝訳(18年秋刊) 予価:5,000円 [本邦初の完訳]
第IV巻(第2回配本)蒸気で動く家 荒原邦博・三枝大修訳(17年5月刊) 予価:5,500円 [本邦初の完訳]
第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 新島進訳(17年11月刊) 予価4200円 [新訳、本邦初訳]

 

*【ヴェルヌのその他の〈驚異の旅〉】
ジュール・ヴェルヌ『名を捨てた家族: 1837 ― 38 年 ケベックの叛乱』大矢タカヤス訳 彩流社 2016.10

 

ジュール・ヴェルヌ『海底二万海里』[上下]新潮文庫

*【ヴェルヌ関連参考書】:
『ジュール・ヴェルヌ伝』フォルカー・デース 石橋正孝訳 水声社 (2014/05)
―本邦初のヴェルヌの評伝。力作です。ヴェルヌの伝記のなかで最も信頼に足ると言われるものです。
 当時の社会状況を知っていれば、また彼の作品をより多く読んでいれば、楽しさも増します。

 

 

『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険 ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル』石橋正孝 左右社 (2013/3/25)
―これも力作。元は学術論文ということで、ちょっと読みづらく感じたり、ヴェルヌの原稿をまな板に載せているため、それらを(邦訳がない、もしくは手に入りにくいため)未読の人には分かりにくかったりします。
 小説家ヴェルヌと編集者エッツェル、二人のジュールのあいだを巡る出版の秘密をめぐる“冒険”です。

 

 

『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・“驚異の旅”』東洋書林 (2009/03)
―これは見て楽しい本です。図版で見るヴェルヌの世界といってもいいかもしれません。

 

 

『文明の帝国 ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』杉本淑彦 山川出版社(1995)
―ヴェルヌの小説の表現を通して当時のフランス帝国主義を考えるという論文。原書からの挿絵も多数収録。
 巻末100ページを費やし、ヴェルヌの〈驚異の旅〉シリーズ全作品及び初期作品のあらすじを紹介。
 本書『名を捨てた家族』の解説でも触れられています。

 

 

『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』水声社 2009/1/6
―1977年『ユリイカ』以来の雑誌特集。本邦初訳短編「ごごおっ・ざざあっ」、ル・クレジオ他エッセイ、年譜、《驚異の旅》書誌、主要研究書誌。

 

 

『青春 ジュール・ヴェルヌ論』ミッシェル・セール 豊田彰/訳 法政大学出版局 1993/03
―昔に読んだ本。

 

 

 

*『お茶でっせ』記事:
【ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションの過去の記事】
・2017.4.7 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』を読む ・2017.1.23 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』1月20日発売 【文遊社版<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2014.7.19 文遊社ジュール・ヴェルヌ復刊第四弾『緑の光線』7月30日発売 ・2014.1.13 文遊社ヴェルヌ復刊シリーズ第3弾『黒いダイヤモンド』年末に発売 
・2013.10.17 ジュール・ヴェルヌ『ジャンガダ』を読む ・2013.8.6 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』を読む&『ジャンガダ』出版 【その他の<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2017.1.22 ヴェルヌ『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』を読む ・2016.10.8 待望のヴェルヌ新刊『名を捨てた家族1837-38年ケベックの叛乱』 ・2016.7.25 角川文庫から新訳ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上下)7月23日発売 ・2015.8.10 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売 ・2013.6.2 ジュール・ヴェルヌの本2点『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』『永遠のアダム』 ・2012.10.25 テレビの威力か?HPジュール・ヴェルヌ・コレクションにアクセス急増! ・2007.8.24 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里(上)』岩波文庫 ・2004.10.18 偕成社文庫版ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』と映画『80デイズ』
・2004.7.2 復刊された『グラント船長の子供たち』

 

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