アーナルデュル・インドリダソン『緑衣の女』を読む
前作『湿地』につづき、二年連続で北欧ミステリの“ガラスの鍵”賞を受賞し、さらにミステリの本場イギリスの“CWAゴールドダガー”賞を受賞したという名作で、『湿地』は日本でも好評を博し、期待値が上がっての登場です。
私も前作は大いに楽しみました。
↓
2017.3.22
アーナルデュル・インドリダソン『湿地』を読む
期待を持って臨んだこの作品も、期待以上、といっていい出来でした。
『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由実子訳 創元推理文庫 2016/7/11
地元のパーティで赤ちゃんがしゃぶっていたものを人骨(肋骨の一部)と医学生が見抜く、という発端がなかなかです。
それは、子供が工事中の新興住宅地で見つけ、宝物としていたものだった。
アイスランド・レイキャヴィクの警察のベテラン犯罪捜査官エーレンデュルと、前作でも登場した二人の同僚、シグルデュル=オーリとエリンボルクが捜査を担当する。
かなりの年代物(戦前のものか?)と判明し、考古学者による発掘が行われる。
手を挙げた状態で埋められていたことから、被害者は埋められた時点ではまだ生きていたと考えられる、という。
かつてこの場所の近くにはサマーハウスが建てられていて、イギリスやアメリカ軍のキャンプのバラックも設置されていた。
当時の生存者から、この地のそばにあるスグリの木立の辺りでよく“いびつ”な“緑衣の女”の姿が見られたという証言を得る。
さらに、サマーハウスの持ち主の婚約者が失踪していること、どうやら子を身ごもっていたらしいことも判明します。
はたして遺骨の主は誰なのか、また犯人はいかなる人物なのか……。
事件?の捜査と並行して、悲惨なDV(家庭内暴力)の様子が語られます。
妻の連れ子の娘と夫との男兄弟二人の目の前で、夫は妻を言葉と肉体で暴行します。
それに加えて、捜査官エーレンデュルの麻薬中毒の妊娠中の娘から救助の要請の電話が入り、彼は探索の結果、血まみれの姿の娘で発見します。
生死の境をさまよう娘に付き添い、忌わしい記憶となっている少年時代の思い出を語るエーレンデュル……。
この三つの話を交えて語られるのは、家族とは、家族の絆とは何か、愛とは、人と人との関係とは何かといったことであり、子育てや教育の力とは、といった人生の疑問の数々です。
救いのないDV描写は苛烈ですが、ミッケリーナという女性の存在が救いになっているように感じました。
ラストも悲劇的な中に何かしらホッとするところもあるように思います。
こういうDVを受け入れてしまう女性に関して、色々な意見があるかもしれませんが、私には理解できるところがあります。
ある種の人たちにとって人生というものは、受け入れるしかないものであり、ただ耐え忍ぶしかないものなのです。
嵐がゆきすぎるのを身を低くして、ただただ我慢して時がたつのを待つだけ、なのです。
人をして、そういう人生を送らせてはいけないのだ、ということです。
そのためには子供のころの育て方が重要なのだ、ということです。
前作では強姦事件、今回はDVとかなり厳しい状況を取り上げていますが、その根底にあるこの作家の家族の在り方をテーマにする姿勢にとてもいい印象を持っています。
ミステリ的にも、冒頭の謎といい、中盤の展開といい、ラストの意外性(謎の解決そのものというよりそれ以外の面で)といい、非常によくできた作品でした。
エーレンデュル自身に関しても、次作への興味を持たせるラストでもありました。
*次作:
『声』柳沢由実子訳 東京創元社 2015/7/29
*前作:
『湿地』柳沢由実子訳 創元推理文庫 2015/5/29
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