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2017.03.22

アーナルデュル・インドリダソン『湿地』を読む

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由実子訳 創元推理文庫 2015/5/29


北欧ミステリの“ガラスの鍵”賞を受賞した、アイスランドの作家によるレイキャヴィクの捜査官エーレンデュル・シリーズ第三作(2000)で、アイスランド語ではなく、比較的近いというスウェーデン語からの重訳による、2012年本邦初紹介作。

レイキャヴィクの湿地地帯の集合住宅の地下室の貸し部屋で殺された老人。
明らかに突発的な殺人と思われるのだが、犯人は三語からなる書き置きを残していた。

捜査に当たるエーレンデュルは、被害者がかつて強姦の疑いで、女性から訴えられたが無罪となっていたことを探り出す。
その時の女性はその後、四歳で子供を亡くし、自殺していた。

子供の墓碑に刻まれていた言葉は、《邪悪なものの脅威からわたしの命をお守りください》であり、聖書をよく読んでいるエーレンデュルにはその出典がすぐに分かった。
それは、聖書詩篇第六十四篇の言葉であり、彼女の墓碑のために遺したのかもしれない言葉は、それに先立つ《神よ、悩み訴えるわたしの声をお聞きください》だった。

子供の死因は、今回の被害者の姪と同じ遺伝性の病気だったかもしれない、という。

隠せるものも隠さず、不器用で“典型的なアイスランドの殺人”だというのですが……。


アイスランドの北の湿地のジメッとした風土と連日の雨のなかの捜査を背景に、強姦魔と遺伝性の病気、家族(血筋)の絆と悲惨な運命、それを乗り越えようとする思いと現実のつらさ。
しかし、エーレンデュルの棄てた家族――中でもヤク中の娘エヴァ=リンドとの関係を交えたストーリーが悲しくも温かい。

我慢を続けていたエーレンデュルが思わず、エヴァ=リンドに怒りをぶつけるシーンは、巻末の川出正樹さんの解説にもあるように、一つのクライマックスでした。

犯罪といい、エーレンデュルの私生活といい、悲惨な状況の中にも事件解決に至るなかで、人間への信頼や家族の絆に関して、ある種一抹の救いが感じられる物語です。


ミステリ的には、特別に仕掛けがあるわけでもなく、純粋な警察捜査小説。
アナログなベテラン刑事とアメリカで犯罪学を学んだアメリカかぶれ?の若手刑事と中間世代の女性刑事の取り合わせもよく、ストーリーの展開も鮮やかに、短い章立てで一気にページを進めさせます。

トレヴェニアン『夢果つる街』や、警察小説ではないけれどデニス・ルヘイン『ミスティック・リバー』等を思い起こしました。

評判は聞いていたので、いつか読もうと思いつつ、つい最近まで読まずにいました。
タイトルからしても、ストーリーの紹介など見ても、なんとなく重い感じがして。

女性には辛い部分もあるかと思いますけれど(男性でもね)、著者も発言されているように、現実をしっかり見つめ、描く必要があると思います。

CWAゴールドダガー賞受賞という次作が楽しみです。


*他のアーナルデュル・インドリダソンの作品
『緑衣の女』柳沢由実子訳 創元推理文庫 2016/7/11

『声』柳沢由実子訳 東京創元社 2015/7/29


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