ヴェルヌ『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』を読む
昨年、出版予定の紹介をしました↓ジュール・ヴェルヌの新刊を読みました。
2016.10.8 待望のヴェルヌ新刊『名を捨てた家族1837-38年ケベックの叛乱』
(画像:ヴェルヌ『名を捨てた家族』表紙と扉)
ジュール・ヴェルヌ『名を捨てた家族: 1837 ― 38 年 ケベックの叛乱』大矢タカヤス訳 彩流社 2016.10
1889年刊、本邦初訳(ただし、明治時代に翻訳あり、との情報も)。
従来紹介されてきたヴェルヌの作品と言えば、主にSFの祖としての科学冒険小説の類でした。
三大名作『地底旅行』『海底二万里』『八十日間世界一周』、あるいは『月世界旅行』(及び『月世界へ行く』)や『十五少年漂流記』(『二年間の休暇』)といった作品群です。
あるいは、文遊社から復刊された一連の短篇と冒険ものの作品――『永遠のアダム』『ジャンガダ』『黒いダイヤモンド』『緑の光線』――とも少し違います。
今回は、イギリスの植民地となった19世紀前半のカナダを舞台にした、フランス系カナダ人の独立のための武装蜂起を描く歴史的な物語です。
・・・
イギリスとの争いに敗れた結果、フランス王ルイ十五世によってイギリスに割譲された旧フランス植民地のフランス系住民が、イギリス政府の植民地支配の圧政に対抗するべく立ち上がった改革派の1825年のクーデターは、金で情報を売った賭け事好きの弁護士シモン・モルガスの密告によって全員が逮捕され、処刑あるいは懲役刑となり、制圧される。
裁判の途中で彼が密告者であることが判明、裏切者の正体が知られ、約束通り釈放されたものの、もはや彼とその一家に居場所はなく、僻地を転々とする日々。
彼を信じる妻ブリジェットと二人の息子ジョアンとジャンだったが、シモンが自殺し、そのポケットから札束が見つかり、真実が知らされ彼らを打ちのめす。
本書は、それから12年後のお話です。
生き残りの改革派は、あらたに武力闘争を開始する。
その中心に立ち、改革派を鼓舞する人物こそ、抵抗運動の先頭に立つ本書の主人公〈名なしのジャン〉であり、教会を通じて抵抗するべく宣教を続ける神父ジョアンでした。
各地で一斉蜂起すれば勝算あり、と考えていた彼ら改革派でしたが、最初のサン=ドゥニで勝利を得るも、翌日そのすぐ南のサン=シャルルでは敗走。
かろうじて逃げ出したものの幹部級の多くは、負傷し散り散りとなる。
捲土重来を図るべく、アメリカ国境にほど近い、ナイアガラ瀑布へつづく川にあるナヴィ島に逃げ込むが、そこにも政府軍が押し寄せる。
裏切者の妻であり息子であることが暴露された母子は、非難する人々に追われるように島を去ってゆく。
《「息子よ」と彼女は言った。「赦してあげなさい!……私たちに赦さない権利はないのです!」/「赦せですって!」とジャンは叫んだがその不当さに抗って彼の存在全体が憤っていた。「私たちがやったのではない罪を私たちのせいにする者たちを赦すのですか、それを償おうと私たちができる限りのことをやったのに! 裏切りの罪を妻にまで、子供たちにまで追いまわす者たちをゆるすのですか、子供の一人はすでに彼らにその血を与えました、もう一人にも自分たちのために血を流せと要求する者たちを赦すのですか! いやです!……絶対にいやです! 私たちに触れると汚れるというこの愛国者たちとはこちらから一緒にはいられません! 行きましょう、お母さん、行きましょう!」/「息子よ」とブリジェットは言った、「苦しまなくてはならないのです!……それがこの世での私たちの取り分なのです!……贖罪なのです!……」》p.329「第二部 第十一章 贖罪」
政府の攻撃軍が渡河を始めるとき、守備陣にジャンが戻ってくる。
母の死に際の言葉に、父の罪を償う任務に返ってきたのだったが……。
・・・
後半、砦に監禁された〈名なしのジャン〉を奪回すべく、ジョアン神父が死刑を宣告されたジャンに面会を求め、ついに脱走を敢行し、成功します!
さらに、主人公たちを乗せた船がナイアガラ瀑布にのまれてゆく、衝撃のラスト。
これらの場面は、さすがヴェルヌという感じです。
また、原住民(インデアン)のヒューロンのマホガニス族の血を引く公証人とその第二書記のコンビは、ヴェルヌの作品でときに登場する狂言回しで、お笑いコンビになっています。
ヴェルヌの作品では、『海底二万里』の主人公ネモ艦長(船長)は、インドの独立派の人間と設定され、植民地解放派の物語として共通するものでしょうか。
今回ヴェルヌは、フランス愛国者として、フランス系住民の植民地解放物語の悲劇を描いています。
なかなかの感動編です。
ヴェルヌの新たな面が見られたかも、という作品でした。
既紹介作品の新訳もよいのですが、こういう新しい出会いを期待しています。
ぜひ、これを機に、ヴェルヌの未紹介作品を次々と邦訳していただければ、と思います。
☆★彡 ちなみに、ヴェルヌ本の新企画本が出ています。(うれしいけれど、内容もお値段も素晴らしい!)
↓
*【ヴェルヌ本の新企画】: 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』石橋正孝/訳 インスクリプト 2017/1/20
―「ガン・クラブ三部作」(旧訳題名『月世界旅行』『月世界探検』(『月世界へ行く』創元SF文庫)『地軸変更計画』創元SF文庫)の世界初の合本。砲弾による月探検二部作とその後のプロジェクト。
〈全巻構成〉
第I巻(第4回配本)ハテラス船長の航海と冒険 荒原邦博・荒原由紀子訳(18年春刊) 予価:5,500円 [新訳]
第II巻(第1回配本)地球から月へ 月を回って 上も下もなく 石橋正孝訳(17年1月刊) 特大巻:5,800円 [完訳 世界初の合本]
第III巻(第5回配本)エクトール・セルヴァダック 石橋正孝訳(18年秋刊) 予価:5,000円 [本邦初の完訳]
第IV巻(第2回配本)蒸気で動く家 荒原邦博・三枝大修訳(17年5月刊) 予価:5,500円 [本邦初の完訳]
第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 新島進訳(17年11月刊) 予価4200円 [新訳、本邦初訳]
*【ヴェルヌの参考書】:『ジュール・ヴェルヌ伝』フォルカー・デース 石橋正孝訳 水声社 (2014/05)
―本邦初のヴェルヌの評伝。力作です。ヴェルヌの伝記のなかで最も信頼に足ると言われるものです。
当時の社会状況を知っていれば、また彼の作品をより多く読んでいれば、楽しさも増します。
『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険 ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル』石橋正孝 左右社 (2013/3/25)
―これも力作。元は学術論文ということで、ちょっと読みづらく感じたり、ヴェルヌの原稿をまな板に載せているため、それらを(邦訳がない、もしくは手に入りにくいため)未読の人には分かりにくかったりします。
小説家ヴェルヌと編集者エッツェル、二人のジュールのあいだを巡る出版の秘密をめぐる“冒険”です。
『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・“驚異の旅”』東洋書林 (2009/03)
―これは見て楽しい本です。図版で見るヴェルヌの世界といってもいいかもしれません。
『文明の帝国 ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』杉本淑彦 山川出版社(1995)
―ヴェルヌの小説の表現を通して当時のフランス帝国主義を考えるという論文。原書からの挿絵も多数収録。
巻末100ページを費やし、ヴェルヌの〈驚異の旅〉シリーズ全作品及び初期作品のあらすじを紹介。
本書『名を捨てた家族』の解説でも触れられています。
『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』水声社 2009/1/6
―1977年『ユリイカ』以来の雑誌特集。本邦初訳短編「ごごおっ・ざざあっ」、ル・クレジオ他エッセイ、年譜、《驚異の旅》書誌、主要研究書誌。
*『お茶でっせ』記事: 【文遊社<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2014.7.19 文遊社ジュール・ヴェルヌ復刊第四弾『緑の光線』7月30日発売 ・2014.1.13 文遊社ヴェルヌ復刊シリーズ第3弾『黒いダイヤモンド』年末に発売
・2013.10.17 ジュール・ヴェルヌ『ジャンガダ』を読む ・2013.8.6 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』を読む&『ジャンガダ』出版 【その他の<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2016.7.25 角川文庫から新訳ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上下)7月23日発売 ・2015.8.10 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売 ・2013.6.2 ジュール・ヴェルヌの本2点『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』『永遠のアダム』 ・2012.10.25 テレビの威力か?HPジュール・ヴェルヌ・コレクションにアクセス急増! ・2007.8.24 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里(上)』岩波文庫 ・2004.10.18 偕成社文庫版ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』と映画『80デイズ』
・2004.7.2 復刊された『グラント船長の子供たち』
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