“わが友フランシス”息子フェリックス単独作『強襲』を読む
今は亡きイギリス・ミステリ界の巨匠ディック・フランシスの御子息フェリックスさんの単独作品がついに邦訳されました。
『強襲』フェリックス・フランシス 北野寿美枝/訳 イースト・プレス (新・競馬シリーズ) 2015/1/24
単独と書いたのは、すでに父と息子の二人鷹での共著作品が4作発表されていたからです。
父ディック・フランシスは、2000年発行の第39作『勝利』を以って、長年連れ添った伴侶であり創作上でもよきパートナーであった妻メアリーさんの死後、休筆。
ところがその後、2006年『再起』で復帰を果たし、愛読者であったわれわれフランシス・ファン、及び一般のミステリ・ファンをあっと言わせました。
さらに翌年からは息子フェリックスさんとの共著という形で、従来通り年一作、2007年第41作『祝宴』、2008年第42作『審判』、2009年第43作『拮抗』、2010年第44作『矜持』を発表。
そして、このフェリックスさんの単独作品が2011年に登場した、というわけです。
●フェリックスの作品
その後も調べてみますと―
Felix Francisのホームページの〈BOCKS〉によりますと、
2012 Bloodline
2014 Damage
2015 Front Runner
アマゾンには、もう一冊"Refusal"という作品が出ています。
"Damage"の〈なか見!検索〉をのぞいてみますと、〈also by Felix Francis〉のもとに、GAMBLE/BLOODLINE/REFUSALの三冊の書名が上がっています。
正確には、
2012 Bloodline
2013 Refusal
2014 Damage
2015 Front Runner
と、毎年新作を発表してきたようです。
このホームページでさらに注目すべき点は、この〈BOCKS〉のページの〈Felix Francis〉の項目に、単独作3冊と、共著4作以外に、復帰作"Under Orders"(邦訳名『再起』)も加えられています。
その下に〈Dick Francis〉の項目があり、39冊が掲げられています。
ディック・フランシスの復帰作『再起』も、クレジットされてはいないけれど、共著だったという含みのようです。
●〈'Dick Francis' novels〉
彼のtwitterによりますと、"Author of the 'Dick Francis' novels"とあります。
〈'Dick Francis' novels〉という表現を使っているのですね。
〈ディック・フランシス(長編)小説〉、即ち〈ディック・フランシス風(長編)小説〉もしくは〈ディック・フランシス形式の(長編)小説〉という意味でしょうか。
しかし、その言葉は間違っていません。
本書を読んでの印象は、正に「ディック・フランシスのテイストを持った(長編)小説」だったからです。
ある人曰く、
《現物を見て思わず笑ってしまった。ハードカバーで、表紙もなんとなく似ている。/翻訳だって、[...]そもそも作家からしてそうなのだけど、いい大人たちが揃って「ディック・フランシスごっこ」をやっているかのようだ。ついつい、ニヤついてしまう。》
*【新・競馬シリーズ】 フェリックス・フランシス『強襲』を読むなど
正にその通りで、漢字二文字のタイトルも訳者も同じで、カバーのデザインも馬の写真を使い、そっくりです。
内容的にも、非常に優れたミステリに仕上がっている、とまでは言えないかもしれませんが、今まで邦訳されることがなかったというのが不思議に思える程度には、感心する内容です。
確かにまったくの新人の作品とすれば、ディック・フランシスの亜流で新味のないミステリ、と判断されそうです。
どの世界、どこの国でもそうだと思うのですけれど、「親の七光り」というものがあります。
これだけ偉大な父の名を持つ人物の作品をここまで放置するという例も珍しいのではないでしょうか。
今までの版元である早川書房の問題(版権取得や過去の作品の売上等)なのか、翻訳もの出版に関わる問題なのか。
どちらにしても非常に残念なことでした。
それでも、まあ、今回出版されましたので、オールド・ファンとしましては、やれやれというところですか。
●気になったシーン
さて、本書についての感想を書いておきましょう。
《私がすぐ横に立っているときにハーブ・コヴァクが殺された。いや、“処刑された”というほうが当たっているだろう。[...]》巻頭いきなりこれです。 この殺人から始まる一連の事件に“私”が巻き込まれ、その解決に向かって犯人と戦うお話です。
主人公は、その後幾つものピンチを迎え、そのたびに疑心暗鬼になりながらも、自分の信じる道をへこたれることなく、自力で切り抜けてゆきます。
このあたりの展開は従来通りの〈'Dick Francis' novels〉の展開そのものというところでしょうか。
一つだけ言いたいことは、ラスト近くの章のある場面です。
ネタばれになるかもしれませんが、どうしても書いておきたいのです。
それは、主人公が犯人に処刑されそうになる場面で、馬に乗って逃げ、反撃するところです。
(馬が乱入してくるこのシーンは、その昔見た『うる星やつら』のなかで突然「暴れ牛」が登場するシーンを思い出しましたね。なんでやねん!って。)
馬で逃げ反撃するこのシーン、私は、父ディック・フランシスの処女作『本命』のラスト近くのシーンを思い出しました。
息子フェリックスがこれを覚えていて、リスペクトとしてこういうシーンを入れたのかどうかわかりませんが、私にはうれしい展開でした。
第二十章のラスト、“私”と警官のこんなやり取りがあります。
《どこかのまぬけが競馬場で馬を盗み》その捜索に駆り出されているという警官に、《その件なら協力できるかもしれない》と答えるのです。
ここで私なら次のように書いたことでしょうね。
「馬の名前は?」
「えー、アドミラル、だ」
「アドミラル。いい子だ。《私が今立っている場所のすぐ外にいる》」
この「アドミラル」という名は、『本命』で活躍する〈名馬〉の名前です。
フランシスの描く名馬のなかにあって、最初に登場した名馬であり、そして最高の名馬でしょう。
フランシス・ファンならこういう遊びに『興奮』することは確かでしょう。
・・・
本書は、読者の評判もいいようです。
問題は売上ですが…。
ぜひ次作以降も翻訳されることを願ってやみません。
出版もまた賭けです。
フェリックスも書いています。
《「でも、それってちょっとした賭けじゃない?」[...] 人生そのものがちょっとした賭けだ。/表が出れば勝ち、裏が出れば負ける。》『強襲』「エピローグ」p.390
がんばってね、イースト・プレスさん、北野寿美枝さん。
みんな応援しましょう!
※
記事タイトル中の“わが友フランシス”は、青木雨彦氏の人気コラム『夜間飛行』の「ディック・フランシス編」に付されていたものを拝借しました。
*参考:
本命 (ハヤカワ・ミステリ文庫 競馬シリーズ)
本命 [Kindle版]
夜間飛行―ミステリについての独断と偏見 青木雨彦/著 (講談社文庫 1981/5)
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