恋と革命~太陽のように生きる-太宰治『斜陽』NHK100分de名著2015年9月
NHK『100分de名著』9月は、名著47「斜陽」太宰治です。
なんと第4回のスペシャル・ゲストに、『火花』で芥川賞を受賞したばかりの太宰好きで有名なお笑い芸人ピース・又吉さんが出演するそうです。
楽しみです。
名著47「斜陽」
第1回 9月2日放送 「母」という名の呪縛
第2回 9月9日放送 かず子の「革命」
第3回 9月16日放送 ぼくたちはみんな「だめんず」だ
第4回 9月23日放送 「太宰治」の中にはすべてが入っている
【ゲスト講師】高橋源一郎…作家、明治学院大学教授。代表作「さようなら、ギャングたち」「優雅で感傷的な日本野球」など。
【朗読】伊勢佳世…俳優。映画「プライド」、ドラマ「チームバチスタ3」等に出演。
【ナレーション】加藤有生子
第4回【スペシャルゲスト】又吉直樹(お笑いタレント)…小説「火花」で第153回芥川賞受賞。
プロデューサーAのおもわく。
《番組では、作家・高橋源一郎さんを講師に迎え、「斜陽」を新しい視点から捉えなおし、時代に対する痛烈な批判、既存の価値観にとらわれない新しい生き方など、現代に通じるメッセージを読み解きます。》
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
太宰治『斜陽』 2015年9月
高橋源一郎 NHK出版 (2015/8/22)
(紹介文)
《社会を変えるのは、女だ!/「人間は、恋と革命のために生まれてきたのだ」――かず子》
《「革命」を起こすのは、女だ!/1947年(昭和22年)に発表された『斜陽』は、戦後の混乱期に没落していく貴族階級の一家を描き、爆発的ブームを巻き起こした。既存の親子関係、男女関係が崩れゆくなか、家族は何を頼りに生きたのか──。主人公「かず子」の姿に、現代女性の生き方を探る。》
●読んでいて腹が立つ
いつも思うのですが、太宰の小説を読んでいると、腹が立ってきます。
ですから、普段は読みません。
昔、一度は読んでおこう、と何作か読んだものでした。
その中では、『斜陽』だけが割といい印象を受けました。
短編では、教科書で読んだ初めて太宰であった「走れメロス」ぐらいでしょうか。
読んでいてこれだけ嫌な気分にさせるというのは、ある意味それだけ人の感情に訴える力がある作家だ、ということなんでしょうけれど。
で、何が腹が立つかです。
男がだらしなさ過ぎて、どうにもやりきれないのです。
もちろん、そういう男もありですし、それはそれでもいいのですが、私の理想とは程遠いものがあります。
まあ、だらしない、頼りない男でもいいのですが、私の思う男像としては真面目であって欲しい、誠実な人間であって欲しいのです。
真面目にやっていてもダメな人ならそれはそれで致し方ないと思うのです。
私自身のように。
でも、その気になればできそうなのにやらない、という態度が腹が立つのです。
最低限度やるべきことはやれよ、とか。
守るべき一線というものがあるだろう、と思うのです。
まあ、自分がダメな男なので、そんな自分の姿を見せつけられるようで、気に入らないのかもしれません。
それに対して女性は、まあ、がんばっているというか、男が頼りない分がんばらざるを得ないと言いますか。
ちょっとどうかと思う女性もいますが。
ちなみに私が好きな作家の例を挙げますと、その一人にディック・フランシスがいます。
彼の小説の主人公は、皆弱さも持っていますが、それを克服しようと努力し、不撓不屈の精神で悪に真っ向から挑んでゆきます。
そういう男らしさに感動し、自分もそうなりたいものだと願うのです。
大衆小説と純文学の違いがありますし、そして読者としては、当然そこに求めるものも異なってはいるのですけれど…。
●母は強し
一方、女性の主人公は違います。
単純ですが、母は強し、というのでしょうか。
「ヴィヨンの妻」でもそうです。
ラストで、《「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」》と言い切る強さを持っています。
『斜陽』の主人公「かず子」は、太宰の小説の登場人物のなかでは、比較的好きな部類です。
昔読んだときの記憶でも、『人間失格』とかどうにもやるせない小説が多いなか、この作品は、とにかくかず子が子を身籠って生きてゆこうと部分が印象的で、死ぬことばかり考えているような人物が多いなか、光っていたように思います。
《私生児と、その母。/けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。》
斜陽とはいえ、たとえ残照であれ、日の光のなかにいるうちは、希望があるということでしょう。
どのような形であれ、生き残ることを目指す人間は美しい、と私は信じています。
そういう点では、希望の持てる小説ではないでしょうか。
『斜陽』は、太宰版の「桜の園」(チェーホフ)と言われているそうで、そちらも読みました。
「桜の園」は戯曲でコメディ仕立てになっています。
没落する貴族の悲喜劇で、ラスト、新たな生活に希望を抱く無邪気な若い娘と去りがたい年配者のコントラストが面白いお話でした。
それに比較して、『斜陽』の方は、死によって決着をつける人々と、恋とその結果である子供に希望を託すかず子のこれからの生き方に期待感が持てる、弱くとも光を感じさせるラストでした。
私個人としては、やはりこのお母さまが美しく思われます。
貴族らしく美しいけれど、それだけで生きてゆくことは難しいわけで、語り手のかず子との対照は、なかなか印象的なものがあります。
時代とともに死んでいく人と、新時代に新たに生き直そうとする人。
革命という言葉も出て来ますが、私には単なる「母は強し」像に思えて、もう一つ発表当時の受け止め方とは異なってきているのか、という気がします。
●太宰治という作家について思うこと
物語における主人公とは、ある目的を持っていて、それを実現する存在です。
実現までの過程に作者の意向が反映されます。
死んで行く人、生き残る人、それら登場人物の姿に作者は何かしら思いを込めているのです。
人は、生まれた限りいつかは死ぬことになります。
途中、病気やケガ等の不慮の事故がない限り、寿命を全うするまで生きてゆくわけです。
多くの宗教は、自ら命を絶つという行為を禁じています。
どのような状況にあっても、神なり天なり仏なり大いなるものを信じて、その生を受け入れるべきだ、と教えています。
しかるに、太宰は、自殺を選びました。
自身の半生を描いた処女作と言われる作品の題名を「思い出」とし、最初の作品集の書名を『晩年』と名付けた太宰は、当初から人生を“早退”する覚悟でいたのでしょうか。
『津軽』の冒頭に、《「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七」》と作家たちの死んだ年齢を挙げています。
そして《「おれもそろそろ、そのとしだ」》と言います。
のちの行動は確信犯だったということでしょうか。
太宰という人は、破滅型の人生を生きた人ですが、文学者としてはうまいのかなあ、と思います。
自分のような人間が、地方の名家、大地主の家に「津島のオズカス(三男坊や四男坊をいやしめていう津軽地方の言葉)」(『津軽』より)として生まれたことを引け目に感じていたのか。
いかんせん死に取り憑かれていたためか、そういう文学しか残せなかったのが残念です。
「走れメロス」や「駈込み訴え」、あるいは「お伽草子」等の短編は、虚構性ストーリー性も豊かで、非常に楽しめる内容です。
こういうものをもっと書いてゆけば、また違った面を発揮する文学者となっていたのではないでしょうか。
私は、人はまず生き残ること、生き抜くことが一番大切なことだと思っています。
そういう意味で、作家として見たとき、太宰治という人は本当に残念な終わり方をしたものでした。
*以前読んだ本: ・『斜陽』新潮文庫 改版 2003/05
*今回読んだ本: ・『カラー版 日本文学全集34 太宰治』筑摩書房 1968.5.15
―斜陽 人間失格 津軽 思い出 ヴィヨンの妻 他11篇収録。
*『斜陽』を含む文庫本: 太宰治全集 全10巻セット (ちくま文庫 1994/3)
―第1創作集『晩年』(昭和11年刊)から死の直前の「如是我聞」にいたるまで収録。
太宰治全集〈9〉 (ちくま文庫 1989/5)
―最晩年の代表作「斜陽」「人間失格」「桜桃」「グッド・バイ」4等全18篇を収録。
斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫 2000/10)
―他に「ヴィヨンの妻」など。年譜(奥野健男)作品解説・作家評伝(臼井吉見)。
*参考:『チェーホフ全集11』チェーホフ/著 松下裕/訳 ちくま文庫 1993.10.21
―かもめ ワーニャおじさん 三人姉妹 煙草の害について 桜の園 収録。
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NHK100分de名著
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