運命と人間―ギリシア悲劇/ソポクレス「オイディプス王」NHK100分de名著2015年6月
6月のNHK・Eテレ『100分de名著』は、ソポクレス『オイディプス王』を取り上げます。
第1回 6月3日放送 運命とどう向き合うか?
第2回 6月10日放送 起承転結のルーツ
第3回 6月17日放送 人間の本質をあぶりだす
第4回 6月24日放送 滅びゆく時代を生き抜く
【ゲスト講師】島田雅彦(作家・法政大学教授)
【朗読】小出恵介(俳優)
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
「オイディプス王」2015年6月 島田 雅彦
《「物語」の原型はこれだ!/運命に向き合って生きる――それが人の営みである。
運命にあらがい、向き合うことは可能か
ギリシア神話の名君オイディプス王が「自分探し」の果てに破滅する姿を描いた、詩人ソポクレスによる悲劇『オイディプス王』。スリリングな論理展開、起承転結形式、「父殺し」のコンセプト─2500年ほど前に執筆され、今なお古今東西の物語のルーツとされる本作を、「運命」をテーマに読み解く。》
●ギリシア悲劇の最高傑作「オイディプス王」
現存するギリシア悲劇、四詩人33篇のなかで最高傑作と呼ばれるのが「オイディプス王」です。
作者である悲劇詩人ソポクレスは、ギリシア悲劇に登場する合唱隊員の数を増やし、第三の俳優を用い、劇の構成を複雑にし、工夫を凝らしたと言います。
従来からの三部作をやめ、一作の独立した劇に仕立てます。
その代表作が「オイディプス王」でした。
緻密な構成で劇的に展開する物語。
あらすじは、
《原因不明の疫病が蔓延し破滅の危機に瀕した古代ギリシア都市国家テバイ。名君として知られるオイディプス王はその原因を究明すべく神への神託を請います。神託の結果は「先王ライオスを殺害したものを罰せよ」。犯人探しに乗り出すオイディプスですが、真相が明らかになるにつれ、自分自身の出生の秘密が少しずつ明らかになっていきます。やがて、先王ライオスこそオイディプスの実の父親であり、オイディプスがその父を殺害し、実の母親を娶ったという事実が白日の下にさらされます。衝撃的な事実に直面し、母親は自殺。オイディプスは自分自身を罰すべく自ら目をつぶし、放浪の旅に出ます。》(「プロデューサーAのおもわく」より)
「オイディプス王」は、ことの真相を探るオイディプスが結局自分で自分の首を絞める結果となります。
ここにこの芝居の悲劇性があるのです。
デルポイのアポロンの神託は、ことの真偽を明らかにすることなく突き放します。
探偵役となったオイディプスは、激しい気性のままに追及の結果、自分の身を以って償わざるを得ない結末を迎えます。
《オイディプス [略] 男のもっとも尊い仕事は、もっているすべてを、力のすべてをつくして、人を助けるにあるのだ。/テイレシアス おお、知恵が何の役にも立たぬ時に、知恵をもっているということは、なんと恐ろしいものであることか! [略] おれの言うとおりにすれば、あなたはあなたの、おれはおれの重荷をいちばん楽に耐えとおすことができるだろう。 [略] あなた方は、みんな、何も知らないからだ。おれは、あなたの禍いを言うまいために、おれのもけっして明かしはせぬ。/オイディプス なんたる言葉だ!知っていながら言おうとせず、われらを裏切り、国を滅ぼすつもりなのか?/テイレシアス おれは自分をもあなたをも苦しめとうない。なにとて無益な詮議をするのだ。 [略] あなたはおれの激しい気性を責めたが、あなたにもそれが宿っているのに気がつかず、おれを非難しているのだ。》『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』(ちくま文庫)「オイディプス王」高津春繁訳 より
《オイディプス なんなりと巻き起これ! 自分の素性を、おれは、それがいかに賤しくも、見届けたいのだ。 [略] このおれは、今後もけっして変わることなく、おれの素性を底の底まで探ってみせるぞ!》同上
●賢い人間の悲劇
この悲劇が悲劇なのは、死すべき運命の人間が、デルポイのアポロンの神託により知らされた運命から逃れようとし、あるいは神託にそって努力する行為――人間の恣意的行為が、結果的に神託を満たすこととなる、という皮肉な結末にあります。
ギリシア神話とは、死すべき運命の人間と人間の運命を弄ぶ不死なる神との闘争劇であり、神に捧げるギリシア悲劇は悲劇に終わった人と神(運命)の闘争の物語と解釈できます。
しかし、所詮は神には勝てないのが人間。
最後は神(運命)にすべてをゆだねる生き方が良しとされるのでしょう。
「オイディプス王」で、若いころは果敢に運命に挑んだオイディプスも、ソポクレス晩年の作品「コロノスのオイディプス」では、運命を天命として受け入れ従います。
これはまた、オイディプスの成長であり、ソポクレスの成長でもあったということでしょうか。
運命と戦うのが人間の生き方の一つであり、あるいは運命を受け入れたうえで恂恂と死を迎えるという道を選択するのが、もう一つの人間の生き方なのです。
《「生まれざるこそこよなくよけれ。されどひとたび生まれし上には、生まれ来りしそが方へ、ためらふことなく速やかに立ち帰るこそ次善の策なれ。」(『コローノスのオイディプース』一二二四-七)》齋藤忍随『ギリシア文学散歩』(岩波現代文庫)「ソポクレース」より
《この世に生を享(う)けないのが、/すべてにまして、いちばんよいこと/生まれたからには、来たところ、/そこへ速やかに赴くのが、次にいちばんよいことだ。》『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』(ちくま文庫)「コロノスのオイディプス」高津春繁訳 より
オイディプスの言葉《「われは神々のいとも憎み給ふ敵となるに至れり」(一五一九)》齋藤忍随『ギリシア文学散歩』(岩波現代文庫)「ソポクレース」より
《クレオン あなたの望みは神がかなえられるべきことだ。/オイディプス だが、わたしは神々の仇(かたき)となった。[略] クレオン すべてのことに勝利を得ようとしてはいけない。あなたのかち得たものは、一生はあなたについては来なかった。/コロス おお、わがテーバイが国の住人よ、見よ、これこそオイディプス、/名高きかの謎を知り、勢い並ぶ者とてなく、/その運勢は町人(まちびと)の皆うらやみ見しところ、/されど、見よ、今や、いかなる悲運の浪に襲われしかを。/されば、かの最後の日の訪れを待つうちは、/悩みをうけずこの世の涯を越すまでは、/いかなる死すべき人の子をも幸ある者と呼ぶなかれ。》『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』(ちくま文庫)「オイディプス王」高津春繁訳 より
●ソポクレスのギリシア悲劇を『易経』で読み解けば
氷見野良三『易経入門 孔子がギリシア悲劇を読んだら』(文春新書)が面白い試みです。
ソポクレスのギリシア悲劇7篇を易経で解釈する過程を通して、易経にふれてもらおうという試みの本です。
ソポクレスの悲劇は主に六人の人物の絡みで展開する。
易経は六爻(こう)の組み合わせからなるので、それぞれを当てはめて考察する。
――というわけです。
例えば、「オイディプス王」では、一番上の「上爻」は位のない尊い人、王に仕えない隠君子で「予言者テイレシアス」を「陽」、下から五番目の「五爻」は、君主の位で「オイディプス王」で「陽」、「四爻」は「王后イオカステ」で「陽」、「三爻」は「王后の弟クレオン」で「陽」、下から二番目「二爻」は「長老団」で「陽」、一番下の「初爻」は庶民の位で「嘆願者」で「陰」と設定し、陽陽陽で「天」と陽陽陰で「風」の組み合わせで「姤」の卦で「天風姤」だという。
詳しくは、この本を読んで頂くとして、現れる様相がなかなか興味深いものとなっています。
こういう試みも面白いなと思いました。
・・・
さて、島田雅彦氏は、どのように、この悲劇を読み説かれるのでしょうか。楽しみです。
*参照:
メルマガ『レフティやすおの楽しい読書』
2012(平成24)年3月31日号(No.78)-120331-ギリシア悲劇:"ギリシャ悲劇の代表作"ソポクレス「オイディプス王」
*ソポクレス「オイディプス王」収録本と引用本:
・『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』松平千秋ほか/訳 ちくま文庫 1986.1
―現存の7編収録。アイアス トラキスの女たち アンティゴネ エレクトラ オイディプス王 ピロクテテス コロノスのオイディプス
・ソポクレス『オイディプス王』藤沢令夫/訳 岩波文庫 1967
・『ギリシア悲劇全集 3』岩波書店 1990.6
―ソポクレス編の1冊目、3編収録。オイディプス王 コロノスのオイディプス アンティゴネー(各編末に古伝梗概)脚注・解説付。
・齋藤忍随『ギリシア文学散歩』岩波現代文庫 2007.8
―ギリシアの神アポローンを描いた、ホメーロスはじめ10人のギリシア古典文学者による、古典作品を中心にギリシア古典文学を網羅する、ギリシア哲学の碩学によるギリシア古典文学案内。『図書新聞』連載「ギリシア文学散歩」をまとめた1987年岩波書店刊『アポローン』文庫復刊版。岩田靖夫・解題、左近司祥子・解説。
・氷見野良三『易経入門 孔子がギリシア悲劇を読んだら』文春新書 2011.8.20
―東西の思想の対話。ソポクレスのギリシア悲劇を易経で解釈する過程を通して、易経にふれてもらおうという試み。ソポクレスの悲劇は主に六人の人物の絡みで展開する。易経は六爻(こう)の組み合わせからなるので、それぞれを当てはめて考察する…。
「NHK100分de名著」カテゴリ:
NHK100分de名著
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