何もないことを遊ぶ『荘子』-NHK100分de名著2015年5月
5月のNHK・Eテレ『100分de名著』は『荘子』を取り上げます。
名著43「荘子」 第1回 5月6日放送 人為は空しい
第2回 5月13日放送 受け身こそ最強の主体性
第3回 5月20日放送 自在の境地「遊」
第4回 5月27日放送 万物はみなひとしい
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
「荘子」2015年5月 [2015年4月25日発売]
玄侑 宗久
何もないことを遊ぶ/
完全な受け身――それが本当の自由だ
*講師・玄侑宗久氏の『荘子』に関する本: 『荘子と遊ぶ 禅的思考の源流へ』 (筑摩選書) 2010/10/15
―『荘子』という書物を通して生身の荘子(南華真人こと荘周)に近づこうという試み。小説風にひょうひょうとした関西弁を駆使する荘周と宗久氏が登場し、二人が対話するなかで、『荘子』の思想の禅との関連を紹介するという展開。
玄侑宗久氏は『荘子』を小説的な書物と呼び、それを小説風に紹介してゆきます。
《荘子という人は、同も『荘子』を読めば読むほど分からなくなる。もとより人間は、分かることなど不可能な存在でhないのか。荘子自身を云うように、言葉とは「風波」のように当てにならず、「常なき」ものだ。そんな言葉をもとに、人間を分かった気になることじたいお門違いなのではないか。/『荘子』を読む際に、なにより大切なのは、それが創作なのだという視点だろう。小説という分類は中国でも六朝時代にようやく現れるのだが、『荘子』にはどうしても小説的な創意を感じる。なにより「小説」という言葉の最古の用例は『荘子』外物篇なのである(「小説を飾りて以て県令を干(もと)む」)。》p.15
『荘子』は様々な寓話でその思想を展開してゆきます。
《荘子の遊びようは並じゃない。儒家や墨家だけでなく、老子さえ小説の登場人物のように、荘子の思うままに振る舞わされる。そう、小説という言葉が『荘子』に由来することからも判るように、この本は「心の自由」のための生活哲学であると同時に、何度も繰り返し読むに堪える秀逸な小説なのである。[...] たしかに『荘子』はずばぬけて面白い。そして、読んでいるだけで常識という桎梏から解放され、苦悩をいかに自分がつくっていたか……、自分とはいったい何か……、そんなことにも気づかされる。まるで優れた経典みたいなのだが、笑える経典に私は出逢ったことがない。これだけ面白く、しかも人を救済へと導く本は、『荘子』以外にはないだろう。》「あとがき」p.260-261
・・・
『荘子』はかなりの大冊です。
私が図書館で借りて読んだ、平凡社版『中国古典文学大系4 老子・荘子・列子・孫子・呉子』(1973.6.27)では、『老子』が40ページ足らずなのに対して、『荘子』は150ページ近くあります。
一息で読むというには、なかなか手ごわいものがあります。
最近のものでは池田知久訳・講談社学術文庫版でもゴツイ二分冊ですし、従来からある金谷治訳・岩波文庫版では四分冊。
古くからある森三樹三郎訳・中公クラシックス版でも二分冊です。
『荘子 上 全訳注』池田知久/訳 (講談社学術文庫 2014/5/10)
『荘子 下 全訳注』池田知久/訳 (講談社学術文庫 2014/6/11)
(【総説】【読み下し】【現代語訳】【原文】【注釈】【解説】と一通り揃っており、研究派向き?)
『荘子 第1冊 内篇』金谷治/訳 (岩波文庫 1971/10)
『荘子 第2冊 外篇』金谷治/訳 (岩波文庫 1975/5/16) 外篇15篇のうち10篇
『荘子 第3冊 外篇・雑篇』金谷治/訳 (岩波文庫 1982/11/16) 外篇の後半5篇と雑篇11篇のうち3篇
『荘子 第4冊 雑篇』金谷治/訳 (岩波文庫 1983/2/16) 雑篇8篇
(原文・書き下し文・訳注・現代語訳)
『荘子〈1〉』森 三樹三郎/訳 (中公クラシックス 2001/10)
『荘子〈2〉』森 三樹三郎/訳 (中公クラシックス 2001/11)
(『世界の名著』収録の定評ある訳本 現代語訳・書き下し文・訳注 巻頭に講談社学術文庫版の訳者でもある池田知久氏の解説付)
私の印象では、講談社学術文庫版は上級向け、岩波文庫版は中級向け(初級者にはもう少し詳細な解説が欲しい)、中公クラシックス版は30ページほどの解説もあり、訳等もわかりやすそうで初級から中級まで、という感じです。
他にも、福永光司訳のちくま文庫版(全三巻)等々あります。
●「そうし」か「そうじ」か
中国の古典『老子』のイメージは、例えば水が岩を穿つといった、柔が剛に勝つとか弱いものが強いものに勝つといった逆説的思想。
それに対して『荘子』は、冒頭の逍遥遊篇の鯤(こん)や鵬(ほう)のようなSF的な、壮大なスケールの大ボラ的エピソードで、常識を覆す天地自然の思想――というイメージを持っています。
まず、その「荘子」は、「そうし」か「そうじ」か、というのが私の長年の疑問です。
『荘子=超俗の境へ』(講談社選書メチエ 2002)の著者・蜂屋邦夫氏は、「はじめに」のなかで、
《荘子は、わが国では伝統的にソウジと呼んでいる。孔子の弟子の曽子(そうし)と区別したためのようである。江戸時代の享保年間に出た佚斎樗山(いっさいちょざん)の『田舎荘子』もイナカソウジである。ソウシと呼ぶ人もいるが、わたしは伝統に則ってソウジと呼んでいる。》p.5
と書かれています。
『広辞苑 第六版』の「そうし 荘子」にも《(曾子との混同を避けてソウジとも)》とあります。
(ついでに書いておきますと、
《①荘周の敬称。/②「老子」と併称される道家の代表著書。荘周著。現行本は内編7、外編15、雑編11から成る。内編(逍遥遊・斉物論など)は多くの寓言によって、万物は斉同で生死などの差別を超越することを説く。外編・雑編は内編の意を敷衍ふえんしたもの。唐代、南華真経と称。》)
*
『荘子=超俗の境へ』蜂屋邦夫/著 講談社選書メチエ252 2002
ところが、『入門老荘思想』(ちくま新書 2014.7)の湯浅邦弘氏は、「第一章 老子と荘子――人物とテキスト」<『荘子』のテキスト>なかで、
《ちなみに、読み習わしで、人名「荘子」の場合は「そうし」、書名『荘子』の場合は「そうじ」と発音する。》p.71
と書かれています。
*
『入門老荘思想』湯浅邦弘/著 ちくま新書 2014.7
ということで、正直わかったような分からない状態です。
(これは、『荘子』本文を読んだときにも、時に感じる「分かったような分からなさ」に通じるものだ、というのが私の印象です。)
●しがらみからの解放の書
さて、『荘子』を読む利点として、私が読んだ先の本『荘子=超俗の境へ』で、蜂屋邦夫氏は、
《その独特の思想的世界に浸ることによって、日常のもろもろの心の憂さやこの世のしがらみから解放される点にある。》p.8
と書かれています。
あっと言わせる寓話により、人間の小賢しい行いが混乱を生む原因となり、かえって何もしない、無為を為す行為、天地自然な振る舞いこそ、心の平和を生み、自由な生き方がつながる、といった思想を語っています。
現在の『荘子』は荘子の主要な思想を示すという「内篇」7篇、その内容を説明する後世書かれたと言われていた「外編」15篇、「雑編」11篇からなっています。
湯浅邦弘氏の『入門老荘思想』によりますと、発掘された古代の遺物の中に、「雑篇」のいくつかの文章が発見され、当初から組み込まれていたものであるらしいと言います。
[内篇]7篇
趙遙遊(しょうようゆう)篇
斉物論(せいぶつろん)篇
養生主(ようせいしゅ)篇
人間世(じんかんせい)篇
徳充符(とくじゅうふ)篇
大宗師(だいそうし)篇
応帝王(おうていおう)篇
[外篇]15篇
駢拇(へんぼ)篇
馬蹄(ばてい)篇
胠篋(きょきょう)篇
在宥(ざいゆう)篇
天地篇
天道篇
天運篇
刻意(こくい)篇
繕性(ぜんせい)篇
秋水(しゅうすい)篇
至楽(しらく)篇
達生(たつせい)篇
山木(さんぼく)篇
田子方(でんしほう)篇
知北遊(ちほくゆう)篇
[雑篇]11篇
庚桑楚(こうそうそ)篇
徐無鬼(じょむき)篇
則陽(そくよう)篇
外物篇
寓言(ぐうげん)篇
譲王(じょうおう)篇
盗跖(とうせき)篇
説剣篇
漁父(ぎょほ)篇
列御寇(れつぎょこう)篇
天下篇
「胡蝶の夢」「朝三暮四」「無用の用」「木鷄」等の有名な言葉が出て来ます。
●巨大な鳥、鵬
冒頭の「逍遥遊篇」で登場するのが、巨大な魚・鯤(こん)。
これが鳥に変身し、鵬(ほう)となる。
いわゆる大鵬で、この鳥が空中から見れば(鳥瞰)、人間の営みなどささいなもの。
無限からみれば、大も小もない。
地上的な出来事などは、天から見ればまったくのつまらぬものでしかない。
そういう天からの視点をもって物事を見てゆけ、といった思想でしょうか。
●達人名人
達人たちの話が、色々出て来ます。
蝉取り名人、牛解体の名人、弓の名人、水泳の名人等々、それぞれの名人達人の基本姿勢に学べというのです。
あるがままに受け止め、自然に対処する。
あるいは「木鷄」の例のように、感情にとらわれず、無心、不動の心持で挑めば、おのずから相手が飲まれて、戦うことなく勝利を得られる。
―等々。
これらの寓話に示される『荘子』の基本姿勢としては、天に任せ、あるがままに受け止める、天地自然というところでしょうか。
もっと他にも色々とあるのでしょうけれど、これが一番わかりやすくピンときます。
荘子は、死に際しても、この天地を棺桶にして葬ってくれという。
そういう人物なのです。
圧倒的なスケール感と、貧を貧と感じさせない無頓着さと、自然体の具現者としての重さと軽さ。
●孔子、儒教を否定
ただ、後半、孔子を茶化したような扱いは、もう一つ私には、荘子らしくないという気もします。
本当の荘子なら、孔子など全く眼中に置かず、一人、己の道を進むような気がするのですけれど…。
その辺が、後世の編集が入っていると考えられるのかもしれません。
●人為と自然
私の連想では、
孔子(『論語』)や孟子の儒教は『白い牙(ホワイト・ファング)』。
それに対して、老子や荘子の道教は『野性の呼び声』といった感じです。
ジャック・ロンドンの二大名作です。
『白い牙(ホワイト・ファング)』は、犬の血筋を引くオオカミの子が捕えられ闘犬にされ虐待されていたところを人間味ある人物に引き取られ、人間社会に飼い犬として復帰する物語
『野性の呼び声』(こちらの方が先に書かれたものですが)は、逆に人間の飼い犬からアラスカの大自然の中で荷役用の犬としてこき使われるようになるが、そこから逃げ出し、野生のオオカミとともに行
儒教は社会生活のための、仁や義を重んじる道徳的な教え。
一方、道教は人間的な地平ではなく、もっと大きな天地自然を相手に、人為的な行為ではなくあるがままの自然への回帰、無為自然を求める教え。
そういう印象です。
自然な存在から人間社会に順応することを求められる『白い牙(ホワイト・ファング)』、『野性の呼び声』は、文字通り野性の呼び声に従い、自然に溶け込んでゆこうとする物語でした。
まさに、前者は儒教的で、後者は道教的と思いませんか。
●其の適を適とする
私が心に残った言葉としては、「其の適を適とする」です。
《自分のたのしみをたのし》む(平凡社版『中国古典文学体系4 老子・荘子・列子・孫子・呉子』―倉石武四郎, 関正郎/訳『荘子』「大宗師 第六」p.63 より)
《『荘子』は、「其の適を適とする」、つまり世俗の他人の価値観に振り回されず、本当に自分が快適だと思うことを心の底から楽しむような境地こそすばらしいとした。》(『入門老荘思想』湯浅邦弘/著 ちくま新書 「第三章 荘子の思想」p.148 より)
《大宗師篇ではそのあとに「是れ人の役を役し、人の適を適として、自らは其の適を適とせざる者なり」と述べられる。あいつらみたいに他人の仕事や楽しみに振り回されるのではなく、とにかく自適せよ、自らの楽しみを楽しめと言いたいのだ。》(『荘子と遊ぶ 禅的思考の源流へ』玄侑宗久/著 筑摩選書 「第十三章 寂寥と風波、そして自適と自殺」p.147 より)
当たり前のような気もしますが、意外にできないもので、他人の作った価値観で自分を縛ってしまうものです。
・・・
さて、禅寺(臨済宗妙心寺派福聚寺)の住職で芥川賞作家でもある玄侑宗久氏が、『荘子』をどのように読み説いて下さるか、楽しみです。
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