戦わずして勝つ『孫子』~NHK100分de名著2014年3月
「NHKテレビ100分de名著」2014年3月は、『孫子』です。
名著31『孫子』
第1回 3月5日放送 戦わずして勝つ!
第2回 3月12日放送 心をつかむリーダーとは?
第3回 3月19日放送 勝つための知略
第4回 3月26日放送 勢いを作り出せ!
[語り手] 湯浅邦弘
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」「孫子」2014年3月
湯浅邦弘
生き抜くための智略がある/戦わずして勝つ――それが最上の策である
2014年 2月25日発売定価550円(本体524円)
『孫子』は、十三篇から成っています。
古代中国の春秋戦国時代のに成立したとされ、孫武(紀元前500年ごろの人)の作と言われる兵法書です。
町田三郎訳『孫子』(中公文庫〈BIBLIO〉)によりますと―
第一の「計篇」は序論。
「計篇」を含む「作戦篇」「謀攻篇」の三篇は、総論。
第四「形篇」から第五「勢篇」第六「虚実篇」は、戦争の一般的規定を述べる戦術原論。
第七「軍争篇」から「九変篇」「行軍篇」「地形篇」「九地篇」の五篇は、各論で、具体的な状況設定の下での戦術を述べる。
第十二「火攻篇」第十三「用間篇」はその補遺で、全篇の結び。
大別すれば、「計篇」から「虚実篇」までの前半六篇は戦略論、第七「軍争篇」から後半七篇は戦術論―ただし、一般論で、そういう意味で『孫子』は、全篇が戦略論といえる、そうです。
武田信玄やナポレオンなど古今東西の名将により愛読されたと言われています。
●百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり
冒頭、こう書いています。
《兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。》金谷治訳注『新訂孫子』岩波文庫「始計篇第一」p.26
《戦争とは国家の大事である。〔国民の〕死活が決まるところで、〔国家の〕存亡のわかれ道であるから、よくよく熟慮しなければならぬ。》同 p.28
だからこそ、もし戦うときは勝たねばならないのです。
しかも《百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり。》と書いています。
勝ちに勝ちを続けるのは善ではないというのです。
戦わずして相手が降参してくるのが善だと。
《百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。》「謀攻篇第三」p.45
《百たび戦闘して百たび勝利を得るというのは、最高にすぐれたものではない。戦闘しないで敵兵を屈服させるのが、最高にすぐれたことである。》同 p.45-46
『孫子』のいいところは、こういう非戦、不戦を念頭に置いての兵法であるという、国家における戦争の意義を十分に把握した思想の上にある兵法であるという点ではないでしょうか。
●戦わずして勝つ法―情報戦
『孫子』における基本的な考え方は、「戦わずして勝つ」にあります。
戦うことは、たとえ勝利を得たとしても国を民を疲弊させることはあっても、決して利益にはならないと考えるからです。
もちろん負ければ、悲惨な結果が待っていることは必定です。
そこでなるべく戦わずに勝つほうを考えようとするのが、『孫子』の兵法というものになっています。
そのために一番大事なことは、戦う相手のことを十分に知るということであり、また自分の方もよく知るということになります。
まず情報を得るということですね。
『孫子』でもっとも有名な言葉として一般に流布されているのは、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というものです。
実際には、敵ではなく、彼と表現されています。
《彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず。》>「謀攻篇第三」p.52
この言葉に集約されると言っても過言ではないでしょう。
●戦わずして勝つ法―諜報戦
さらに『孫子』では一番最後に置かれている「用間篇第十三」に示される、間諜戦です。
スパイの使い方です。
現代においてもインテリジェンスということが言われています。
これを活かして戦う前に勝つ、といった作戦を示しています。
《此れ兵の要にして、三軍の恃(たの)みて動く所なり。》「用間篇第十三」p.184
《この間諜こそ戦争のかなめであり、全軍がそれに頼って行動するものである。》同p.185
人生においても、戦うことが善となるとは限りません。
また戦って勝ち続けることが最善でもありません。
戦えば、どうしても傷つく人が出ます。
自分もまた傷つくこともあります。
憎しみを倍加させることにもなりかねません。
そのため、被害を最小にするためにも、互いの正確な情報を知ることが必要で、そのために諜報戦は欠かせないというのです。
まさに、《彼れを知りて己れを知れば》というところです。
●兵とは詭道なり
《兵とは詭道なり。》「計篇第一」p.31
《戦争とは詭道――正常なやり方に反したしわざ――である。》同 p.32
戦争において勝つためには、真っ向からぶつかるのではなく、敵をだます、敵の裏をかく、敵の不意を突く、うまく敵の勢いをいなして、自分有利に進めることだと言います。
《凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まり無きこと天地の如く、竭(つ)きざること江河の如し。》「勢篇第五」p.66
《およそ戦闘というものは、定石どおりの正法で――不敗の地に立って――敵と会戦し、状況の変化に適応した奇法でうち勝つのである。だから、うまく奇法を使う軍隊では、〔その変化は〕天地の〔動きの〕ように窮まりなく、長江や黄河の水のように尽きることがない。》同 p.66-67
状況に応じて正攻法だけでなく、奇手を打つ。
これが戦いに勝つ方法だという。
●王を、兵士を使いこなす方法―リーダー論
事前に情報を得て十分な計画を立て、勝てると判断した時に開戦する。
その後も、常に情勢判断を怠らず、相手の動きに対処して、臨機応変に押したり引いたり柔軟な戦法を駆使して消耗を最小にして、終戦を目指す。
そして、最善の戦争は、戦わずして勝つことだ、というわけです。
戦わなければ、国も軍隊も互いに疲弊することなく、その分憎しみも減るでしょう。
このように、『孫子』は、単なる戦争の方法を書いた兵法や戦争論の書であるのみならず、人生においても重要な作戦、戦術を授けてくれる教養書でもあるのです。
また勝つためには、組織として機能していることが不可欠の要素です。
そのための王に取りいる方法や懐柔する方法、兵士を使いこなす方法など、リーダー論や処世訓とも言うべきものも含まれています。
古今東西、名将と呼ばれる人々が愛読したと言うのも、うなずけます。
●有名な言葉―「風林火山」「呉越同舟」「始めは処女の如く~」
また『孫子』で有名な言葉には、以下のようなものもあります。
戦国時代の武将武田信玄の旗指物に使っていた言葉「風林火山」や、敵味方が一緒に協力するという「呉越同舟」の言葉の語源となった表現です。
「風林火山」
《其の疾(はや)きことは風の如く、其の徐(しずか)なることは林の如く、侵掠(しんりゃく)することは火の如く、[...] 動かざることは山の如く》「軍争篇第七」p.94
「呉越同舟」
《夫(そ)れ呉人(ごひと)と越人(えつひと)との相い悪(にく)むや、其の舟を同じくして済(わた)りて風に遇うに当たりては、其の相救うや左右の手の如し。》「九地篇第十一」p.152
《そもそも呉の国の人と越の国の人とは互いに憎みあう仲であるが、それでも一しょに同じ舟に乗って川を渡り、途中で大風にあったばあいには、彼らは左手と右手との関係のように密接に助けあうものである。》同 p.153
「始めは処女の如く~あとは脱兎の如く」といった言葉もよく知られています。
《始めは処女の如くにして、敵人 戸を開き、後は脱兎(だっと)の如くして、敵 拒(ふせ)ぐに及ばず。》「九地篇第十一」p.163
《はじめには処女のように〔もの静かに〕していると敵の国では油断してすきを見せ、その後、脱走する兎のように〔するどく攻撃〕すると、敵の方でとても防ぎきれないのである。》同 p.165
・・・
さて、番組ではどのように紹介されるのか、大いに楽しみにしています。
*私の読んだ本:
金谷治訳注『新訂孫子』岩波文庫 2000/4/14
―原文・読み下し文・訳注・現代語訳・(巻末)語句索引:有名な語句等を調べるのに重宝。
*私が持っている本:
町田三郎訳『孫子』中公文庫〈BIBLIO〉改版 2001/11/25
―読み下し文・訳注・現代語訳。「原文」なしがマイナスか。
*[語り手] 湯浅邦弘氏の著作:
湯浅邦弘訳『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 孫子・三十六計』角川文庫ソフィア 2008.12
湯浅邦弘『孫子の兵法入門』 角川選書 2010/2/10
―第一部 孫子兵法二十講/第二部 中国兵法の展開/第三部 中国の軍神/附録 中国兵法小事典
「NHK100分de名著」カテゴリ:
NHK100分de名著
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