花とは何か~『風姿花伝』世阿弥~NHK100分de名著2014年1月
「NHKテレビ100分de名著」2014年1月は、世阿弥『風姿花伝』です。
名著29『風姿花伝』世阿弥
第1回 1月8日放送 珍しきが花
第2回 1月15日放送 初心忘るべからず
第3回 1月22日放送 離見の見
第4回 1月29日放送 秘すれば花
NHKテキスト 100分de名著
世阿弥『風姿花伝』 2014年1月
土屋惠一郎 語り手
2013年は、世阿弥生誕650年だったそうです。
そんな節目の意味からもこの作品を取り上げていると言えそうですね。
●第一回 珍しきが花
第一回の放送を見ました。
第1回 1月8日放送 珍しきが花
《世阿弥は、人間が感じる「面白さ」には普遍性が有り、時代や身分を越えることを知っていた。そのため、万人に受ける「珍しさ」をどう演出するかに心を砕き、常に斬新な工夫を凝らしていた。第1回では、世阿弥が仕掛けた様々なイノベーションを通して、世阿弥の信念を明らかにする。》
まずは、能または申楽について、『風姿花伝』とは何か、世阿弥とはどういう人か、ということから始めて説明してゆきます。
『風姿花伝』とは?
《世阿弥は、その言葉を『風姿花伝』という伝書として残した。自分の息子や弟子に残した。姿も声も消える。身体芸術はそうである。... 世阿弥には肖像画すらない。姿を知らない。それでも、世阿弥の言葉を読んでいけば、その姿も舞いも見える。そう思って、世阿弥は言葉を残した。いかに舞うか。いかに戦うか。まるで、孫子の兵法のように、世阿弥は戦い方までも書き残した。その言葉にオーラがある。生きることの呼吸がある。》土屋恵一郎『世阿弥の言葉 心の糧、創造の糧』(岩波現代文庫 2013.6.14)「序」p.6
・土屋恵一郎『世阿弥の言葉 心の糧、創造の糧』(岩波現代文庫 2013.6.14)
―2002年刊のビジネスパーソン向けに書いた『処世術は世阿弥に習え!』を加筆訂正したものというだけあって、目のつけどころが古典の紹介というより、いかに人生に応用するか、といった点にあります。
世阿弥をAKB48の総合プロデューサー・秋元康氏にたとえています。
世阿弥は、観阿弥の息子であり、観世座を受け継いだ劇団の主宰者でありプロデューサーでした。
そして、世阿弥のイノベーションについて語っています。
他の能楽師と競い合う中で、より観客に受けるものにするための方法を極めてゆく世阿弥を、変革者として評価した発言です。
「住するところなきを、まづ花と知るべし」
<花伝第七 別紙口伝>
《... 花と面白きと珍しきと、これ三つは同じ心なり。いづれの花か散らで残るべき。散るゆゑによりて咲くころあれば、珍しきなり。能も、住するところなきを、まづ花と知るべし。住せずして世の風体に移れば、珍しきなり。》『世阿弥芸術論集 新潮日本古典集成 第4回』世阿弥/著 田中 裕/校注 新潮社 p.82
=過去の成功体験に頼らず、停滞することなく常に新しいものをめざして、現状に安住しない。
「珍しきが花」
<花伝第七 別紙口伝>
《ただ花は、見る人の心に珍しきが花なり。》『世阿弥芸術論集 新潮日本古典集成 第4回』p.84
=季節により様々な花が咲きかわるのが珍しさであり、そのように常に新しい要素を加え、演出を変える。
公案(工夫)の一つは、人気小説のドラマ化です。
『源氏物語』『平家物語』などのよく知られた物語を素材に使う。
次に、「旅」や「夢」を導入し、旅の僧を話の主人公に仕立て、名所を舞台に、過去の物語を夢で見させる、といった趣向を取り入れる。
こうして世阿弥は能の原型を確立した。
●第二回 初心忘るべからず
第2回 1月15日放送 初心忘るべからず
《世阿弥は、若手として独り立ちしたころの「初心」を忘れるなと説いた。さらに世阿弥は、若い頃の「初心」とは別に、中年や老年になっても、新たな「初心」が生まれると語っている。実は世阿弥の言う「初心」とは「若い頃の最初の志」という単純な意味ではないのだ。第2回では世阿弥の人生論をひもといていく。》
今回は、『風姿花伝』の<風姿花伝第一 年来稽古条々>からのお話が中心でした。
この章では、「七歳」からの稽古の開始から始まり、「十二・三より」「十七・八より」「二十四・五」「三十四・五」「四十四・五」「五十有余」の七段階に人生を区切り、それぞれの段階ごとの稽古法を伝授しています。
そのなかでまず「初心忘るべからず」という言葉について、一般にいわれる初心=初めに思い立った心、初志といった意味だけではなく、学び始めた時の未熟さやその時々の経験を思い返しなさい、という意味であるということ。
この「初心」には三つの初心がある、と。
また、「時分の花」という言葉について、一時の花、一瞬の輝きを指す、といったお話がありました。
以降、一つ一つ触れるのも単に番組を紹介するだけになりますので、私が以前読んだ時の印象や考えたこと、今回再読した際に学んだことなどをまとめておきましょう。
●教育論『風姿花伝』
私が『風姿花伝』読み取ったことは、一つは教育論として子供の育て方・教育の仕方です。
<風姿花伝第一 年来稽古条々>~七歳~
《うち任せて、心のままにさせすべし。》p.15
七歳と言えば、今なら小学校に上がるぐらいの年齢ということでしょう。
そのころの子供には、よいとか悪いとか言わず、強く諌めると嫌気がさすと逆効果、思いのもままにさせるのがよい、といいます。
世阿弥は、子供自身の自発性を伸ばすことが大事だと言っているのでしょう。
第二回で土屋氏は、型にはめず個性を育てる、というふうに説明されていました。
これは能の稽古に限らず、何事にも通じるのではないでしょうか。
左利きライフ研究家として私は、子供の左利きに関してもこれが適用できると考えています。
未だに、左利きの子供に対して、右手を使うように指導すべきかどうかといった悩みを抱く親御さんがいます。
しかし、子供にとっては、まず成功体験を積み重ねることが自発的な人間に育てるポイントだと思っています。
不得手なことをさせるより、得意を伸ばしてやることが、何にでも挑戦しようとする積極的な子供に変えるのだと思います。
それなのに逆の方法をとれば、不得手を強制することで、子供を委縮させる危険を冒すことになるでしょう。
私もどちらかと言うと後者でした。
引っ込み思案な安全ばかり考える気の弱い子になりました。
石橋を叩いて叩いて叩き割って渡れなくなって後悔する…、ような。
●人生論『風姿花伝』―“花”の咲かせ方
もう一つは芸術論としての人生における“花”の咲かせ方とその意味という点でしょうか。
「時分の花」
~十二・三より~
《さりながらこの花は、まことの花にはあらず。ただ時分の花なり。》p.17
~二十四・五~
《されば時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になほ遠ざかる心なり。ただ人ごとに、この時分の花に迷いて、やがて花の失することをも知らず。初心と申すは、このころのことなり。》p.20
本当の花ではなく、一時的な花。
その時々の姿の良さ。童形(稚児)の幽玄=かわいらしさ、あるいは声も体もでき上がってきた二十四、五の青年の新鮮さ、新人のフレッシュさ。
これは一時的な輝きで「珍しき花」にすぎず、「まことの花」ホンモノではない。
第二回で土屋氏は、AKB48やジャニーズといったアイドルのようなものだ、と。
ここでうぬぼれない、傲慢にならず、本当の花にするにはどうすればいいのかと考える時。
では、どうすればいいのか。
初心を忘れないことだ、と。
●初心について―
初心とは、一般に言われる最初の志、入門時の思いといった意味だけではなく、未熟だったころの自分の姿、失敗の数々なども含めて言う。
さらに今置かれている自分の立場といったことをもいう。
そして、その初心には三つある、と。
『花鏡』<奥段>
《しからば当流に、万能一徳の一句あり。/初心不可忘(忘るべからず)/此句(このく)、三条口伝在(り)。是非(ぜひの)初心不可忘。時々(じじの)初心不可忘。老後(の)初心不可忘。此三、能々(よくよく)口伝可為(すべし)。》p.157
是非初心:若年の初心。「前々の非を知るを、後々の是とす」「先車の覆すところ、後車の戒め」=これまでの失敗を知ることが、これからの成功の基となる。
時々初心:初心より年盛り、老後に至るまで、その時々の自分に合ったものを手がけるだけでなく、それまでに行ったものもいつでもできるものとする用意がある。
老後初心:命に終わりはあるが、能には果てがない。老後になっても新たな取り組みを。老後には老後の芸を。五十有余よりは「せぬならでは手だてなし」=しないでいるしか方法がないほどの困難なことに取り組め。
それぞれの年齢というものは、その人にとっては、やはり初めての体験であり、各年代ごとに初心というべきものだということでしょう。
二十歳になれば、それは二十代の始まりであり、三十歳でもそうだし、四十歳でも五十歳でも六十歳でも同じことです。
常に人間は、未知との遭遇を―未知の領域へのチャレンジを繰り返しているわけです。
そのたびに、常に初心を持って挑むべきである、ということでしょう。
●離見の見
その他、『風姿花伝』他の伝書にある言葉から、いくつか心に残ったものを上げておきましょう。
第三回で取り上げられる「離見の見」にしても、そうですね。
第三回
《役者たるもの、ひとりよがりな演技をしてはならない。客をどう引き付けるかが肝心だ。そこで世阿弥は、自分の演じる姿を、客観的に自分の外から見るように心がけろとした。それが「離見の見」である。第3回では、風姿花伝を中心に、他の世阿弥の著作も織り交ぜながら、リアリズムに裏付けられた演技論に迫る。》
客観的に見よ、ということですね。
「目前心後」という言葉も出てくるのですが、目は自分の前を見ることができるので、心は後ろを見るようにしろという。
人は自分の背中を見ることができないわけですが、それゆえに自分を離れてみる訓練が必要だということでしょう。
●衆人愛敬
「衆人愛敬」とは、大衆に愛されることが大事だということ。
人に愛されていれば、都でダメとなっても地方で生きて行ける。
そうして地方で盛り返してゆけば、都に返り咲くこともできるだろう。
●時節感当
「時節感当」とは、幕が開き、役者が舞台に出てきて、観客が身を乗り出し、自分の声を待つ、その瞬間を捉えて声を出す。
そのタイミングを読むことを指しています。
物事にはタイミングというものがある、ということですね。
●男時・女時
能には立会という演劇の勝負があり、そこで勝つための方法として、相手にツキがあり勢いがある時は、こちらは押さえて無理せず、こちらに運気が巡って来た時を見計らって自信のある能で勝負に出る、といった駆け引きが必要というのです。
自分に勢いがある時を男時、自分の側が波の谷にあたり、逆に相手側に勢いのあるときを女時と呼ぶ。
世阿弥は「因果の花」とも言っています。
《因果の花を知ること、窮めなるべし。一切みな因果なり。初心よりの芸能の数々は因なり。能を窮め、名を得ることは果なり。... /また時分をも恐るべし。... 時の間にも、男時・女時とてあるべし。いかにするとも、能にも、よき時あれば、、必ず悪きこともまたあるべし。これ力なき因果なり。》p.95
また一日のなかにも、男時・女時があるとも言います。
勝負には神がいて、男時・女時の波の移り替りがある。
「信あれば徳あるべし」=信じていれば利益がある、と。
●秘すれば花
<花伝第七 別紙口伝>
《一、秘する花を知ること。「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」となり。この分け目を知ること、肝要の花なり。》p.92
「花」こそ世阿弥の美学を表現する言葉です。
花とは、面白さであり珍しさだと言います。
珍しいことをするぞと思っている客の前で、珍しいことをしても、さほどの感銘を与えられない。
観客に花と気付かせない、見る人の心に思いもよらぬ感銘を与えるものこそが、役者の花となる、と言います。
また、家に伝わる秘事と言えば偉大なものだが、世に明らかにすればたいしたものでもないのが実情だ。
しかし、明らかにすれば、相手も対策を立てられる。
隠すことによって、相手に用心させないのも、勝つための作戦だ、と。
《さるほどにわが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯の主になる花とす。「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」。》p.94
他にも、人それぞれに心に染み透る言葉がきっと見つかるでしょう。
●ただたくみによりて…
最後に、私が一番心強く感じた言葉です。
<花伝第六 花修云>
《一、能の本を書くこと、この道の命なり。窮めたる才学の力なけれども、ただたくみによりて、よき能にはなるものなり。》p.68
能に限らず本を書くとき(文章であれ何であれ同じでしょう)、たとえ才能がなくても工夫すれば、それなりにいいものになる、というのです。
これなら、私でもなんとかできそうですからね。
がんばってみようという気持ちになります。
とにかく、短い本です。
文章もそれほど難しいものではありません。
現代語訳も色々出ています。
付き合わせて読めば、よくわかります。
それでいて、万巻の書を読むに匹敵するような内容のある本です。
人生は勝負でもあります。
世阿弥の言葉を味方にすれば、いい戦いができるような気がします。
*私の読んだ本: ・『現代語訳 風姿花伝』世阿弥/著 水野 聡/訳 PHPエディターズグループ(2005/01)
―分かりやすい現代語訳。
・『世阿弥芸術論集 新潮日本古典集成 第4回』世阿弥/著 田中 裕/校注 新潮社(1976/09)
―現代語訳はなく、上段に注釈、原文に赤字で傍訳付。『風姿花伝』はもちろん土屋氏の著作にも出ていた『花鏡』(少なくともこれぐらいは読んでおきたい)、『至花道』『九位』『世子六十以後申楽談儀』収録。
・風姿花伝 (岩波文庫)
・風姿花伝 (ワイド版 岩波文庫)
世阿弥/著 野上 豊一郎・西尾 実
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NHK100分de名著
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