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2013.11.10

「物語」に終わりはない『アラビアンナイト』~NHK100分de名著2013年11月

「NHK100分de名著」、久しぶりの記事です。


この番組、8月は再放送ということでお休み、9月の『古事記』は現代語訳を2点ほどしか読んでいないので、また10月の芭蕉『おくのほそ道』は未読(一部の有名な句は学校で習ってますが)、ということでパスしました。


じゃあ、11月の『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』はどうかと言いますと、こっちも似たようなものです。
でも、少し読んでみました。


子供のころに読んだ(見た/聞いた?)のは、「シンドバッドの冒険」「アリババと四十人の盗賊」「アラジンと魔法のランプ」といったところでしょうか。
(NHKテレビの人形劇『ひょっこりひょうたん島』でも「アランビアンナイトの巻」というのがありましたっけ。)
 [リメイク版] ひょっこりひょうたん島 アラビアンナイトの巻 DVD-BOX
 


 


でも、本当のところは、なかなか大人向けのお話が多く、子供向けではありません。
その分、大人となった今読むにふさわしいとも言えそうですね。
ええ、実際に読んでみますと、うーん、これはやっぱり面白いですね、空想の翼をこれでもか、とばかり広げてゆきます。


とはいえ、岩波文庫版でも全13巻、ちくま文庫版では全11巻。
完読はかなりの難事業です。


一つ一つのお話は、それぞれに面白いんですがね。
詳しくはのちほどに。


 ・・・


「NHKテレビ100分de名著」2013年11月は、『アラビアンナイト』です。


第1回 11月6日放送 世界最長のファンタジー
第2回 11月13日放送 異文化が出会う場所
第3回 11月20日放送 賢く手強い女たち
第4回 11月27日放送 終わりのない物語


 


○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『アラビアンナイト』2013年11月2013年


 


 


この頃―放送時間帯が変更後、あまり見ていなかったのですが、久しぶりに見ました。
(と言っても、気付いたらもう8分すぎで、始めの方三分の一は見ていません。)


講師役は、『アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語』(岩波新書)、『世界史の中のアラビアンナイト』 (NHKブックス No.1186) 等の著者、国立民族学博物館教授・西尾哲夫さん。


 アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書)
 世界史の中のアラビアンナイト (NHKブックス No.1186)
 図説 アラビアンナイト (ふくろうの本/世界の文化)
 


 


 


『アラビアンナイト』は、日本語では『千夜一夜物語』もしくは『千一夜物語』と呼ばれます。
千夜と一夜の物語というのが本当のところらしいんですが、およそ三年に及ぶ夜(伽)話です。


『千夜一夜物語』は、女性に対する不信憎悪から毎日一夜妻殺しを演ずるシャーリヤル王に物語の端を発して、ついにはシャーラザッドの千一夜におよぶ千態万様の物語を聞いて、この暴君が翻然としておのれの非を悟り、彼女を正妻に迎えるというハッピー・エンドになり、けっきょく女性が男性に凱歌をあげることになるのだが、そのあいだには、悲劇あり喜劇あり、史話あり、寓話ありといったふうで、まことに変幻万化、絢爛無比の東洋的叙事詩がくりひろげられている。》p.383

   大場正志「「千夜一夜物語」全話解題」、『カラー版 世界文学全集 第40巻 千夜一夜物語<バートン版>』河出書房新社


 世界文学全集〈第40巻〉千夜一夜物語―カラー版 (1969年)
 


 


 


 ●第一回放送「世界最長のファンタジー」


第一回の放送でも紹介されていましたが、この『アラビアンナイト 千夜一夜物語』は、一つの大きな物語の中にまた幾つもの物語がある「枠物語」という構造になっています。


一番大きなワクが、女性不信の王様の夜伽役の娘シェヘラザードが王様に語る物語。
そのなかに○○の話があり、そこには色んな人物が現れて、あんな話こんな話と広がって行く…、という具合に次から次へとお話が続いてゆくのです。


こういう形式ですから、次から次へと新たなお話を追加し綴り続けていけるという構造で、それゆえに「世界最長のファンタジー」という今回のタイトルにもなっているのです。


実際に、主な話はそれぞれの版により様々ですが、1001にははるかに届かない数字だったものが、いつしか限りなく近づいてゆき、現在の形になっていると言います。


 


この一番の外の枠、シェヘラザードの夜伽話が延々と続いたのは、一つには、彼女がうまく話の結末を前に区切り、夜明けが来ましたと翌日にそっと繰り越すやり方―「次回に続く To be continued.」の方式であり、もう一つの要因は、大きな話が終わる区切りでは妹が出てきてサクラ役を演じ、おもしろかったと盛り上げるところにある、といいます。


例えば、第一夜はこんなふうに始まっています。


「ねえ、お姉さま、どうか楽しくて、おもしろい、これまでついぞ聞いたことのない、お話をしてください。お話をうかがっておれば、残った夜の、眠れぬ時間も早くたっていきますから」

大場正志訳「シャーリヤル王とその弟の物語」p.32
(『カラー版 世界文学全集 第40巻 千夜一夜物語<バートン版>』河出書房新社)


 


 ●ワク物語


さて、この物語のワクのストーリーは―(大場正志訳・バートン版による)


ササン王朝の大王の二人の息子、兄シャーリヤルは武勇に優れ、歳の離れた弟シャー・ザマンをサマルカンドの王に封じこめる。
20年後、善き王として善政を施す兄は、弟に会いたくなり招待状を送る。
弟は兄に会うべく旅に出るが、土産の品を忘れたことに気付き、夜王宮に戻る。
そこで目にしたのは、妃が黒人料理人といっしょに床にいる姿。
弟は、二人を切り殺し、兄の元へ―。
悩みでやせ衰えた弟の憂さ晴らしのために狩猟に誘う兄。
しかし、居残った弟が見たのは、兄の王妃が黒人の奴隷とたわむれる姿だった。
弟は、兄のような賢王の妃でも夫を裏切るような女の仇心を知り、自分の悩みが解消される。
元気になった弟を見て兄が理由を聞く。
始めは口を閉ざしていた弟も兄の説得に事実を打ち明ける。
女を信じられなくなった二人は放浪の旅に出る―。
二人は、魔神が処女の女を連れて昼寝する場面に出くわす。
女は二人を見つけ誘惑する。
何とすでに570人の男を誘惑してきたというのだ。
いよいよ二人は女を信じられなくなり、兄王は、以後毎夜処女を夜伽の後殺すという日々を3年続ける。
国中から処女がいなくなったある日、大臣は自分の娘シャーラザットから自分が身代わりとなると、告白される。
かくして、千夜と一夜の夜(伽)話が始まり、ついに最後の日を迎える。


フランスのマルドリュス版を元にした岩波文庫『完訳 千一夜物語』第13巻「大団円(めでたしめでたし)」渡辺一夫・佐藤正彰・岡部正孝/共訳、によりますと―


「おお、シャハラザードよ、この物語は実に見事だ! おお、まさに感嘆すべきものだ! そちは余の眼を開いてくれた、おお、博学にして弁舌爽やかな女よ、そして、余以外の人びとの身の上に起ったさまざまのできごとを、余に見せ、過ぎし世のもろもろの王と国民との言葉と、彼らが遭遇した、あるいは世の常ならぬ、あるいは不可思議な、あるいは謙虚に反省に値することどもについて、余に注意深く考えさせてくれた。まことに、今や、この千夜と一夜にわたって、そちの話に耳を傾けた結果、余は深く一変し、悦びを覚え、生きる幸福の染み入った魂を携えて、現れ出た。されば、おお、わが大臣(ワジール)の祝福せられたる娘よ、そちに、かくばかり数々の選ばれし才を授け、そちの口を馨(かお)らせ、そちの舌の上には雄弁を、また額の下には叡智を置きたまいし御方に、栄光(さかえ)あれ!」

ここでシャーラザットはこの3年の間に生まれた男の子3人を王に示す。
心を入れ替えた王は、シャーラザットを妻とする。
そして弟を呼び寄せると、弟はシャーラザットの妹を嫁に迎えるという。
シャーラザットも妹とは離れたことがないと言い、兄弟姉妹が共にそろって暮らせるようにと王に願う。
弟の国はシャーラザットの父の大臣が治めることとなり、兄弟は二人交代でまつりごとに当たることとする…。


 


 ●イスラム教徒のフォークロア(伝承・説話文学)


『アラビアンナイト 千夜一夜物語』の魅力は、子供時代に誰もが読んだようなお伽話的なファンタジー、男女の性愛を描くエロティックな物語や人間の喜怒哀楽、欲望(煩悩?)の数々を描く悲劇・喜劇、動物寓話といった様々なストーリーの面白さです。


そしてもう一つの魅力は、アラブ人の、イスラム教文化の特質を描いているフォークロア(伝承・説話文学)であるということです。


「アブ・アル・フスンと奴隷娘のタワッズド」という話があります。
奴隷娘タワッズドは、並みいる学者たちを相手に問答合戦を繰り広げ、その大いなる知識で持って学者たちを打ち破ります。
その過程でイスラム教の教義とその実践について簡潔に教えてくれる、という内容のお話です。


今や世界を動かしている二つの一神教世界があります。
一つは、キリスト教の西欧を中心とした諸国であり、もう一つの一神教であるイスラム教諸国でしょう。
この二つの勢力が現代政治において、非常に大きなウェイトを占めています。


その一方のイスラム教社会やその背景となる文化の一端を、この『アラビアンナイト 千夜一夜物語』は教えてくれるのではないでしょうか。
そういう観点からも、現代の我々がこの作品を読む価値があるように思われます。


 


 ●女嫌いの文学


第一回の放送で、西尾氏は「アラビアンナイト」を「女嫌いの文学」と呼んでいます。


夫人の裏切りで女性不信に陥り、一夜を過ごした処女を殺し続けている王。
大臣の娘が、この女嫌いの王を物語の力で改心させ、その妻となり三人の子供とともに、そして妹も王の弟と結ばれ、四人と子供ともども幸せになる、というハッピーエンドを迎えます。


このような物語は「女嫌いの文学」とも呼ばれ、このようなテーマの話はオリエント一帯に広く分布しているものだそうです(西尾哲夫『アラビアンナイト』岩波新書「第2章まぼろしの千一夜を求めて」)。


 


さて、このハッピーエンドは確かに女性が智恵者であり、女性の勝利、女の魅力の勝利といえるでしょう。


しかし私は思うのですが、以下に紹介するような意見にはちょっとどうかという気もします。


ドイツの有名な社会学者リヒャルト・レヴィンゾーンもその『性風俗史』(1961年)の中でこういっている。/「『千夜一夜物語』は永遠の性戦(セックス・ウォー)からから生まれたエピソードで、この戦争では、勝利はいつも女性側にある。しかし、女性がその勝利の恩恵をこうむっているのは単に精神という武器だけではない。最終的に、女性はより強いのである。というのは、男性は肉体的に、女性が男性に隷属する以上に、はるかによけいに隷属しているからである。どんなに強力な男性でも、若くて美しい女性に抵抗しきれない。それが女の力の秘密である」》(大場正志「全話解題」p.393/『世界文学全集40<バートン版>アラビアンナイト』)

確かに、古代ギリシアの喜劇アリストパネス「女の平和」でもそうですが、性を武器に男の性欲を逆手にとって性戦に勝つ方法はあるかもしれません。


(メルマガ)『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2012(平成24)年6月30日号(No.84)-120630-笑いの原点~ギリシア喜劇:アリストパネス「女の平和」他 『女の平和』アリストパーネス/原作 オーズリー・ビアズリー/挿絵 佐藤雅彦/翻訳 論創社 2009.5.20


 


しかしその女性の力を、《若くて美しい女性》の力とするのは、どうでしょうか。
多分男性の多くは納得されるかもしれませんが、女性はどう感じるでしょうか。
世の中の女性はみな《若くて美しい女性》だけじゃない、と反発されるのではないでしょうか。


シェヘラザードが若く美人であったとしても、それだけが王の改悛に力となった魅力のすべてであったとはいえないというのは、誰でも気付くことでしょう。


 


●古典の楽しみ


古典作品を読むとき、どうしてもついて回るのが、取っつきにくさでしょう。


しかし、これは言ってみえば、子供の時に本格的なカレーやコーヒーが苦手なのと同じです。
子供の時は甘口のお子さまカレーやコーヒー牛乳は食べたり飲んだり楽しめても、本格的な辛いカレーや苦いコーヒーは苦手です。
ところが年を経ると甘口ではもの足りず、本格的な辛いカレーや苦いコーヒーを楽しめるようになるものです。


同様に、古典も表面的な面倒くささに慣れ、本質的な面白さを満喫できるようになってくるものです。


ほとんどの古典は―特に文学作品は、その時々の人々が面白いと感じ親しんできたからこそ、読み継がれ語り継がれてきたものなのです。
<バートン版>の訳者・大場正志氏は「全話解題」でこう書いています。


『千夜一夜物語』はだれが読んでもおもしろいという点では、正に古今無類であり、J・G・フレイザーの「あらゆる崇高な文学と同じように、これは人の心を喜ばせ、高め、慰める力をもっている」という聖書に対する有名な評言は、正しく『千夜一夜物語』にもあてはまる。しょせん偉大な文学は<おもしろさ>をもたねばならず、また実際にもっているはずである。考えさせることや高めることもはなはだ結構であるが、文学としてはまず喜ばせ、慰めることが第一義で、本質的におもしろくない文学は生命が短いのではないだろうか。》p.383-384

おっしゃる通りで、『アラビアンナイト 千夜一夜物語』も、ストーリーのおもしろさは無類のものがあります。
もちろん中には何が言いたいの? といった意味不明な部分も無きにしも非ずですが、これは風俗習慣、文化の違いであり、感受性の違いでしょう。


子供も楽しめるもの、大人こそ楽しめるものなど、非常に豊かな物語世界があります。


日本で私の知る範囲で似たものを探せば、『今昔物語集』はそういうものかもしれません。
ただ『今昔物語集』はどちらかと言いますと、小説のネタになるようなエピソード集といった感じです。
実際に、芥川龍之介始め多くの作家が『今昔物語集』の話を元に小説を書いています。


それに対して『アラビアンナイト 千夜一夜物語』の方は、もっと練れた物語になっているように思います。
結構長編も多く、完成度の高いものもいくつかあります。


例えば、<バートン版>の始めの方にある「三つの林檎」という話は、女性のバラバラ死体の犯人を探すという推理小説のようなお話で、「黒檀の馬」は空を飛べる木馬を作ったマッド・サイエンティストとその被害者となった王子の冒険というSFっぽいお話です。


 


とはいえ、この『アラビアンナイト』も、阿刀田高氏の本『アラビアンナイトを楽しむために』にもあるように、作家がネタにしたいお話がいっぱいあります。
私も、かつては物書きになりたいと思っていた人間でもあり、そういうネタ探しの意味でも、ぜひ何とか時間を見て全巻読破してみたいものです。


 


【初歩的入門書・読本】
アラビアンナイトを楽しむために 阿刀田高 (新潮文庫)
―バートン版を元に、おもしろそうな作品を選んでやさしく阿刀田流に再話するアランビアンナイト読本
アラビアンナイトストーリー 實吉 達郎 (新紀元社)
―バートン版全話+補遺のダイジェスト


 


【原典:アラビアンナイト 千夜一夜物語】
アラビアンナイト バートン版 千夜一夜物語拾遺 (角川ソフィア文庫) 大場 正史 訳
―「100de名著」講師・西尾哲夫の解説をつけて復刊された、入門編よりぬき抜粋集


 


千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫) 大場正史 訳
バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜 (ちくま文庫)


 


完訳 千一夜物語 第1巻 豊島与志雄・渡辺一夫・佐藤正彰・岡部正孝/共訳(岩波文庫)
アラビアン・ナイト (1) (東洋文庫 (71)) 前嶋信次 訳
アラビアン・ナイト (別巻) アラジンとアリババ (東洋文庫 (443)) 前嶋信次 訳


 


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