ウィリアム・ブルテン(ブリテン)を知っていますか?
昨今は、翻訳小説は冬の時代とも言われているようで、しかもこのような一昔どころか、ふた昔以上過去の作家という感じの人ですから、まあ、知らない人の方が多いでしょう。
簡単に紹介しますと、アメリカの短編推理小説作家。
日本では、1960年代後半から80年代にかけて、翻訳ミステリ誌『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)』や『ミステリ・マガジン(HMM)』(ともに早川書房)、『EQ』(光文社)で、名探偵もののパロディ<~を読んだ男>シリーズや老高校科学教師<ストラング先生>シリーズの短編推理小説で人気を博した作家です。
そして、2007年に日本オリジナルの短編集『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』(論創海外ミステリ)、2010年『ストラング先生の謎解き講義』(論創海外ミステリ)の2冊が出版され、往年のファンにとっては長年の飢えが満たされたというわけです。
◆<ウィリアム・ブリテン>表記◆
『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』 (論創海外ミステリ)
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男
エラリー・クイーンを読んだ男
レックス・スタウトを読んだ女
アガサ・クリスティを読んだ少年
コナン・ドイルを読んだ男
G・K・チェスタトンを読んだ男
ダシール・ハメットを読んだ男
ジョルジュ・シムノンを読んだ男
ジョン・クリーシーを読んだ少女
アイザック・アシモフを読んだ男たち
読まなかった男
ザレツキーの鎖
うそつき
プラット街イレギュラーズ
『ストラング先生の謎解き講義』 (論創海外ミステリ)
ストラング先生の初講義
ストラング先生の博物館見学
ストラング先生、グラスを盗む
ストラング先生と消えた凶器
ストラング先生の熊退治
ストラング先生、盗聴器を発見す
ストラング先生の逮捕
ストラング先生、証拠のかけらを拾う
安楽椅子探偵ストラング先生
ストラング先生と爆弾魔
ストラング先生、ハンバーガーを買う
ストラング先生、密室を開ける
ストラング先生と消えた船
ストラング先生と盗まれたメモ
私にとっては、1971年の『ミステリマガジン』1971年11月号(16巻11号 通巻187号)掲載の「ストラング先生グラスを盗む」(<ウィリアム・ブルテン>表記。日本初紹介の<ストラング先生>もの)に始まり、何編かの<ストラング先生>ものを楽しんだものでした。
(偶然ですが、『ストラング先生の謎解き講義』の解説で、訳者の森英俊さんも4つ年下なのに、私とほぼ同時期に『ミステリ・マガジン』の読者としてこの作品を読んでいたというのです。私は高校2年の夏からの『ミステリ・マガジン』読者でした。)
その後<~を読んだ男>シリーズの一編を読み、さらにシリーズ中でも第一の名作といわれる「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」を『世界ミステリ全集〈18〉37の短篇 (1973年)
』で読んだものでした。
(この作品は、『密室殺人傑作選』早川書房/ハヤカワ・ミステリ文庫HM(2003/04/15)、ハヤカワ・ミステリ(1971/11/15)にも収録されていますほど、著名な作品です。)
【収録作一覧】
ある密室(ジョン・ディクスン・カー)
クリスマスと人形(エラリイ・クイーン)
世に不可能事なし(クレイトン・ロースン)
うぶな心が張り裂ける(クレイグ・ライス)
犬のお告げ(G.K.チェスタートン)
囚人が友を求めるとき(モリス・ハーシュマン)
ドゥームドーフの謎(メルヴィル・デヴィッスン・ポースト)
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男(ウィリアム・ブルテン)
長い墜落(エドワード・D・ホック)
時の網(ミリアム・アレン・ディフォード)
執行猶予(ローレンス・G.ブロックマン)
たばこの煙の充満する部屋(アンソニイ・バウチャー)
海児魂(ジョゼフ・カミングズ)
北イタリア物語(トマス・フラナガン)
当時の『ミステリ・マガジン』では、エドワード・D・ホックの<怪盗ニック>シリーズなどと並ぶ人気シリーズでした。
(その割にはあまり紹介されなかった気もしますが…。)
「木は森へ隠せ」、目に付くところほど気付かない、人間の思い込みといった心理的なトリックをうまく活用した、密室ものや消失トリックなど不可能犯罪を扱った、小気味の良いという表現がぴったりな感じの本格推理物ですが、それだけではない魅力があります。
それは何と言っても、高校教師であるがゆえに、容疑を受けた生徒を救う名推理や時には生徒により危害を受けた教師仲間を、そして自身の嫌疑を晴らす名推理を、人情味あふれる人間性に裏打ちされた事件解決に導くところにあります。
先生とともに登場する脇役も親しめる人物たちです。
例えば、先のホックの編集になる密室アンソロジー『密室大集合』ハヤカワ・ミステリ文庫HM(1984/03/31)にも選ばれている「ストラング先生の博物館見学」(アンソロジーでの表題は「ストラング先生と博物館見学」)では、博物館見学に訪れた先生率いる生徒たちの一団が、展示品の中では一番の値打ちの黄金の仮面の盗難事件に遭遇します。
運悪く生徒に嫌疑がかけられますが、先生の名推理で真相が解き明かされ、仮面は取り返えされ、無事生徒の疑いも晴れます。
【収録作一覧】
山羊の影(ジョン・ディクスン・カー)
クロワ・ルース街の小さな家(ジョルジュ・シムノン)
皇帝のキノコの秘密(ジェイムズ・ヤッフェ)
この世の外から(クレイトン・ロースン)
鏡もて見るごとく(ヘレン・マクロイ)
七月の雪つぶて(エラリイ・クィーン)
ニュートンの卵(ピーター・ゴドフリー)
三重の密室(リリアン・デ・ラ・トーレ)
真鍮色の密室(アシザック・アシモフ)
火星のダイヤモンド(ポール・アンダースン)
子供たちが消えた日(ヒュウ・ペンティコースト)
魔術のように(ジュリアン・シモンズ)
不可能窃盗(ジョン・F・スーター)
ストラング先生と博物館見学(ウィリアム・ブルテン)
お人好しなんてごめんだ(マイクル・コリンズ)
アローモント監獄の謎(ビル・プロンジーニ)
箱の中の箱(ジャック・リッチー)
魔の背番号12(ジョン・L・ブルーン)
奇術師の妻(J・F・ピアス)
有蓋橋事件(エドワード・D・ホック)
一方、<~を読んだ男>シリーズも、時に<女>だったり<少年>だったりと変化があり、なんと<読まなかった男>まで登場するぐらい独創的です。
このシリーズは、おおむねそれぞれの名探偵ものの小説の読書中毒者が偶然出会った事件で探偵役を試みるという趣向です。
カーを取り上げた一編「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」は、密室ものの巨匠カーの信奉者がカーのトリックを越えようとする一編です。
このシリーズは、それぞれのファンにはおなじみの作品が語られたり、いかにもそれぞれの名探偵にふさわしいところが取り入れられ、楽しいパロディのシリーズとなっています。
ところが、これだけの人気を博したシリーズであったにもかかわらず、この2冊の作品集が登場するまで本にまとめられることがなかったのです。
一つには、掲載誌・出版社が変わり、著作権の問題等があったのかもしれません。
それと、短編小説はあまり売れない、とも言われます。
そういった問題があったのでしょう。
しかし、それにしても…、という気がします。
実はこの時期の『ミステリ・マガジン』によく掲載された作家の短編小説にはおもしろものがたくさんありました。
推理小説で言えば、ホックの作品(これらは次々と日本オリジナルの短編集が編まれました。)、このブルテンの作品。
他に推理小説だけではなく、当時結構人気を博していたシリーズに“異色作家短編集”というものがあり、これらに収録された作家及び作品と同系列のもの、いわゆる異色作家の異色短編といったもの(例えば、イーリイ、ガーシュなど)も含めて。
これらの短編は、一時、早川書房から『ミステリ・マガジン』傑作選という形で出ると予告されたこともありました。
しかし、いっかな出る気配がないままに、立ち消え。
その後各社から個別の短編集が出始めたのが、この21世紀に入ってからというところでしょうか。
このブルテン(ブリテン)にしてもそうですね。
まあ、今はこうして本になったので、それはそれで良いとも言えますが…。
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