鴨長明『方丈記』NHK100分 de 名著2012年10月
しばらくぶりに、「NHKテレビ100分de名著」について書いてみましょう。
2012年7月は再放送で『源氏物語』、8月はフランクル『夜と霧』、9月はチェーホフ『かもめ』でした。
●8月:フランクル『夜と霧』
8月のフランクル『夜と霧』に関して簡単に書いておきますと―
この本は、やはり一つの古典として、一度はお読みいただきたい、と思います。
極限下における人間の在り方、心の持ち方といったものを考えさせられます。
人間の本質に迫る、心理学者の貴重な体験に基づく著作です。
ドストエフスキーに『死の家の記録』という作品があります。
この作品以後、ドストエフスキーがドストエフスキーになった、と言えるのではないか。
その転換点となった作品だろうと思っています。
一介のロマンス作家から19世紀最大の文豪に変えた、記念碑的なもの。
『死の家の記録』は、彼のシベリア流刑囚としての体験に基づく著作です。
それに対して、さらに恐ろしい究極の極限下に置かれた人たちの体験の記録が、この『夜と霧』です。
私は一度、旧版の訳本を手に取りました。
ところが、巻末の写真にショックを受け、結局読めないままに終わりました。
後年、新版の訳本で、やっと読むことができました。
私の経験から言いますと、初めてお読みになる場合(特に若い方)は、新版を手に取られる方がよいかと思います。
やはり目から入る刺激は強く、心の準備が必要だと思うからです。
・フランクル『夜と霧』 2012年8月 (100分 de 名著) 諸富 祥彦
・『夜と霧 新版』ヴィクトール・E・フランクル
・『夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録』V.E.フランクル
・『死の家の記録』ドストエフスキー (新潮文庫)
・・・
9月のチェーホフ『かもめ』については、私自身未読ということで、パスとします。
●10月:鴨長明『方丈記』
で、10月は、鴨長明「方丈記」です。
第1回 10月3日放送 知られざる災害文学
第2回 10月10日放送 負け組 長明の人生
第3回 10月17日放送 捨ててつかんだ幸せ
第4回 10月24日放送 不安の時代をどう生きるか?
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
鴨長明『方丈記』2012年10月
2012年9月25日発売 定価550円(本体524円)
昨年の東日本大震災以来、災害文学としての「方丈記」が取り上げられる傾向になります。
一方、今年2012は、建暦2年(1212年)に成立した「方丈記」800年目の節目だそうです。
私が以前読んだときの印象は、あまり良いものでありませんでした。
「徒然草」のときに、《出世街道から外された人の恨みつらみのようなものを感じさせる》と書きました。
前半、世の中は末世(まっせ)末法の世であるとして、災害を列挙し、遷都により京の都が荒れているさまを描きます。
後半、荒れた都の郊外に住む彼は、都に行けば乞食のような格好だと言われるが、ここで一人居れば何も問題はない、と言います。
時の流れ、世の潮流が自分から逃げてゆき、そのなかで一人生きる自分を「それはそれでよし」と眺める、といった風情です。
こういう諦観といったものが、底流として流れていると感じます。
●ソロー『ウォールデン 森の生活』との相違点
よくアメリカの『ウォールデン 森の生活』のソローと比べられたりもしますが、私はまったく方向性の違うものだという気がします。
“若き”ソローは、積極的に過度な機械文明を批判し、自然に寄り添った生き方を求めようとします。
機械文明を全面的に否定するのではなく、より効率的に活かす方向で、自然との共生を目指し、必要以上の贅沢を戒めます。
機械文明と資本主義に振り回される人々に警告を発しつつ、自然とともに暮らす日々―もっと人間らしいスローな生活の中にこそ、人間の生き方の実相があると考え、実行します。
一方、“老いた”長明は、末法の世を一人で生きているのもそれなりによいのではないか、と事実を示すのみです。
どうせ人間というものは、自分のためではなく、人のためにちょっと無理して生きているんじゃないのか、それより一人のほうが気楽でいいさ、といったところでしょう。
そのまま素直に受け止めれば、それはそれで意味のある文章です。
しかし、本当にそれだけなのか、そのまま素直に受け取っていいのか、という思いがあります。
実は末法の世の中、自分もまた出世街道から落ちこぼれ、一人山の方丈にこもり、世をすねているようなところもあるのではないか、という疑いがあります。
文庫の解説文や、関連した書物を見ていますと、そういう思いが強くなります。
●内容と番組への期待
この番組では、第1回では災害文学としての、第2回では負け組の遠吠えとしての、第3回では世捨て人の思索の書としての『方丈記』を、第4回では末法の世―末世を生きた人としての長明の哲学を探る、といった内容のようです。
私は名文という意味では評価しますが、作品の内容自体は(記録文学としてはともかく)あまり評価していません。
それは、文庫の解説にもありますように、参考とする作品があり、それらを基に書いていると言われる部分が、どうしてもオリジナリティに欠ける「二流の書き手の手遊び」のような気がするからです。
もちろん、できのいい「手遊び」ではありますが。
秀才が、身分社会の中での恵まれなさをも末世のせいと言い聞かせ、一人どこかすねている部分を隠しつつ、足るを知るという心境を演じているような気がします。
その辺の私の疑問を、番組ではどのように解説していただけるのか、が一つの楽しみです。
・・・
冒頭―
《ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中(よのなか)にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。...》
『方丈記』鴨 長明 市古貞次/校注 岩波文庫 (1989/5)p.3
《おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、いますでに五年(いつとせ)を経たり。仮の庵もやゝふるさととなりて、軒には朽葉(くちば)深く、土居(つちゐ)に苔むせり。... 程狭(せば)しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。かむなは小さき貝を好む。これ事知れるによりてなり。みさごは荒磯にゐる、すなわち人を恐るゝが故なり。われまたかくのごとし。事を知り世を知れれば、願はず、わしらず。たゞしづかなるを望(のぞみ)とし、うれへ無きを楽しみとす。...》
p.34-5
・『方丈記』鴨 長明 市古貞次/校注 岩波文庫 (1989/5)
・『方丈記』鴨 長明 浅見和彦/訳 ちくま学芸文庫 (2011/11/9)
・『ウォールデン 森の生活』ヘンリー・D・ソロー 今泉吉晴/訳 小学館 (2004/04)
・『森の生活〈上〉ウォールデン』H.D.ソロー 飯田 実/訳 岩波文庫 (1995/9/18)
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NHK100分de名著
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