<考える葦>パスカル『パンセ』NHK100分 de 名著2012年6月
ゲスト講師のプレゼンを受けて、古今東西の“名著”を25分の番組4回100分で読み解く番組、
「NHKテレビ100分de名著」―
2012年6月は、カフカ「変身」。
第1回 6月6日放送 人生は選択の連続だ!
第2回 6月13日放送 もっと誰かにほめられたい!
第3回 6月20日放送 生きるのがつらいのはなぜか?
第4回 6月27日放送 人間は考える葦である
【ゲスト講師】 鹿島茂(フランス文学者・明治大学国際日本学部教授)
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」 パスカル『パンセ』2012年6月
2012年5月25日発売 定価550円(本体524円
・・・
昔から言われることですが、古典に限らず本というものは、読む人の数だけ読み方がある、ということです。
私も思うのですが、百人いれば百通りの読み方があっていい。
しかも、たとえそれが、他人から見れば、浅い読み方、甘い読み方、ちょっと見当外れに見えるものであってもいい、と。
自分の力で読み取り、自分の頭で考えて著者の言いたいことはこうだ、この本の大事な点はここだ、と思うのであればそれはそれでよいのだ、と。
ショウペンハウエルは、「読書について」の中で、
《読書は他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた後を反復的にたどるにすぎない。》
と書いています。
本を読む行為だけでも、ヘタをすると人の考えた後をなぞるだけになってしまうというのです。
その上、この番組のように、本の読み方や読むべきポイントまで、人のお世話になっていていいのでしょうか?
もちろん、古典の中には、凡人である我々では自分の一人の力で読みとれない奥深い知恵が隠されている場合があります。
そういう時は、力のある人の手引きを得ることは決して悪いことではありません。
しかし、それには前提があると思うのです。
それは、まず最初は自力でチャレンジしてみる、ということです。
そして、自分なりの結論―そこまで行かなくても、なんらかの印象だけでも持った上で、人の意見を聞いてみる、ということです。
・・・
私も今回初めてパスカルの『パンセ』を読んでみました。
ちびちび3週間ぐらいかけて読みました。
当初の予想では、モンテーニュの『エセー』的な短文集というイメージでした。
でも、実際はただのメモ的な断章を集めたものでした。
モンテーニュの『エセー』も思いついたままに書かれた短文が基本ですが、本人がそれなりの方針に基づき、三巻にまとめた随筆集でした。
しかし、この『パンセ』は全く違います。
本人がまとめたものでなく、死後関係者が自分らなりの発想で編集したものです。
それゆえ、いくつかの版があります。
『パンセ』は、当時科学的な事実が明らかにされるにつれ、キリスト教の聖書の教えの真実性に疑いが持たれるような状況の中で、キリスト教擁護の著作のための思索メモという内容だったようです。
ブランシュヴィック版を底本とする由木康訳『パンセ』の初めのほうの「第一編 幾何学的精神と繊細の精神」等の文章などは、訳注など見ますとモンテーニュに触発されたような文章が多く、この辺のものは私の心にもグッとくるものが多く見られます。
しかし、だんだんとキリスト教に無縁な人には意味不明な、ピンとこない、よくわからない記述が続きます。
正直、論理的に見てもおかしいのではと感じられなくもない理屈が述べられていたりします。
(絶対神であり世界の創造者であるはずのキリスト教の神が、その姿が見えないとか云々。)
この辺は、科学者でありながら、一キリスト教信者であることの矛盾、混乱、困惑とでもいうものなのでしょうか?
パスカルと言えば、そして『パンセ』と言えば、一番に浮かぶのが、「考える葦」という言葉です。
もう一つは「クレオパトラの鼻」。
「考える葦」は、
347(200)原63《人間は一茎の葦にすぎない。自然のうちでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。かれをおしつぶすには、全宇宙が武装するにはおよばない。ひと吹きの蒸気、ひとしずくの水が、かれを殺すのに十分である。しかし、宇宙がかれをおしつぶしても、人間はかれを殺すものよりいっそう高貴であろう。なぜなら、これは自分の死ぬことと、宇宙がかれを超えていることとを知っているが、宇宙はそれらのことを何も知らないからである。/そうだとすれば、われわれのあらゆる尊厳は、思考のうちにある。われわれが立ち上がらなければならないのは、そこからであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えるようにつとめよう。これこそ道徳の本源である。》
「第六編 思考の尊厳」p.142
となかなか含蓄のある言葉です。
「クレオパトラの鼻」は、
162(413)原487《人間のむなしさを十分知ろうとするには、恋愛の原因と結果とを考えてみればよい。その原因は<わたしには何かわからないもの>(コルネイユ)である。が、その結果はおそるべきものだ。この<わたしには何かわからないもの>、人が認めることもできないほど小さいことが、全地、王公、軍隊、全世界を動かすのだ。/クレオパトラの鼻、それがもう少しひくかったら、地の全面は変わっていたろう。》
「第二編 人間学」<この世のむなしさ>p.75
以下、私の目にとまった文章をいくつか紹介しましょう。
3(751)原229《直感によって判断することになれている人々は、推理すべきことがらを少しも理解しない。かれらはまずひと目で洞察しようとし、原理を求めることには生れていないからだ。それに反して、原理によって推理することになれている他の人々は、直感すべきことがらを少しも理解しない。かれらは直感すべきもののうちに原理を求め、ひと目で見ることができないからだ。》
「第一編 幾何学的精神と繊細の精神」p.15
7(510)原213《人は理知を多く持つにつれて、特異な人がいっそう多くいることに気がつく。平凡な人は、人と人とのあいだの相違に気がつかない。》
「第一編 幾何学的精神と繊細の精神」p.16-17
37(195)原50《〔万事を少しずつ。――人は全般に通じることはできず、万事について知りうるすべてを知ることはできないのであるから、万事を少しずつ知らなければならない。なぜなら、万事をいくらかずつ知るほうが、一事のすべてを知るよりも、はるかにまさっているからである。そのような全般性こそ、もっとも好ましいものだ。もし両者を兼ねることができれば、それにこしたことはないが、どちらかをえらばなければならないとしたら、前者をえらぶべきである。世間もそれを認め、それを行なっている。というのは、世間はしばしばすぐれた判断者であるから〕》
「第一編 幾何学的精神と繊細の精神」p.25
19(976)ポール・ロイヤル版(1678)31章《著作するとき、人が気づく最後のことは、何を最初におくべきかを知ることである。》
「第一編 幾何学的精神と繊細の精神」p.20
他にも色々と興味深い記述があります。
暇な折にときおりペラペラとやってみるにはおもしろい本だと思いました。
・パスカル『パンセ』由木康/訳 (白水社 イデー選書 1990/11)
・パスカル『パンセ』前田陽一、由木康/訳 (中公文庫 1973/12)
・パスカル『パンセ〈1〉』前田陽一、由木康/訳 (中公クラシックス 2001/9)
・パスカル『パンセ〈2〉』前田陽一、由木康/訳 (中公クラシックス 2001/10)
・ショウペンハウエル『読書について 他二篇』斎藤忍随/訳 岩波文庫 改版 1983/07
「NHK100分de名著」カテゴリ:
NHK100分de名著
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