確かな場所など、どこにもない―100分 de 名著 カフカ『変身』2012年5月
ゲスト講師のプレゼンを受けて、古今東西の“名著”を25分の番組4回100分で読み解く番組、
「NHKテレビ100分de名著」―
2年目の第二弾は、カフカ「変身」。
先月の<紫式部『源氏物語』>編のときにも書きましたが、放送時間が変更されて、私には少し視聴しづらくなりました。
まあ仕方ないのでしょうが。
番組サイトの「プロデューサーNのおもわく」によりますと、
カフカの人生をひもときながら、「変身」を読み解きます。そして「変身」を「私たちの弱い心を映し出す鏡」としてとらえ、主人公の苦悩を描きます。/不安と孤独を抱える人が多い今、疎外とは何かを教えてくれるカフカ。番組では、人の弱さを知るとともに、人と人とのつながりの大切さを改めて考えます。
ゲスト講師は、川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)氏。
第1回 5月2日放送 しがらみから逃れたい
「変身」はカフカの人生を投影した作品であると同時に、普遍的な人間の真実をついた作品である。生前、カフカは保険協会のサラリーマンとして働いていたが、本当は小説を書くことに集中したいと思っていた。そのため、外に出かけて働くのはたいへんな苦痛だった。実は「変身」の主人公・グレーゴルが虫になり、部屋に閉じこもるのも、カフカの出社拒否願望の現れと解釈できる。第1回では、世間や家族のしがらみから逃れて自由になりたいと願う、カフカの心を解き明かす。 第2回 5月9日放送 前に進む勇気が出ない
「変身」では、働けなくなったグレーゴルが怠け者になる。毎日寝てすごし、天井に登って遊ぶのが日課になる。家族を養う重圧から解放され、ほっとしているかのようなグレーゴル。それはある種の逃避願望とも受け取れる。カフカは繊細すぎる男だった。そして人生の大事な局面で思い切った決断がなかなか出来なかった。決断する勇気を持てない?しかしそれは、誰にもある気持ちではないだろうか。第2回では、勇気を持てないもどかしさを描く。 第3回 5月16日放送 居場所がなくなるとき
「変身」では、話が進むにつれ、虫になったグレーゴルが人間扱いされなくなる。最後には妹までもが、「あれはもうお兄さんではない」と叫ぶ。もはやグレーゴルは、厄介者以外の何者でもなかったのだ。そこには、現代の社会や家族にも通じる現実が、鮮やかに描かれている。例えば親の介護に疲れたとき、グレーゴルの家族と同じような気持ちになることはないだろうか。第3回では、たやすく失われてしまう、人間の尊厳について考える。 第4回 5月23日放送 弱さが教えてくれること 【特別ゲスト】頭木弘樹(カフカ研究家)
グレーゴルは、父から投げつけられたリンゴによる大けがが原因で死ぬ。グレーゴルの死後、家族はピクニックに出かける。困った虫がいなくなった開放感に満たされ、休日を楽しむ家族。そこには人間の残酷さが鮮やかに描かれている。「絶望名人 カフカの人生論」を記した頭木弘樹さんは、カフカは弱い人だったからこそ、誰も気がつかない人間のエゴに注目し、真実を描くことが出来たのだと考えている。最終回では、自らの弱さをバネにしたカフカのしたたかさについて語り合う。
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
カフカ『変身』2012年5月
2012年4月25日発売
定価550円(本体524円)
前回と違いこの作品は、過去に読んだこともあり、改めて読みかえすと言っても、文庫本で100ページほど。
読むだけなら100分かからないですから。
今回改めて新訳版で読みました。
『変身/掟の前で 他2編』カフカ 丘沢静也/訳 光文社古典新訳文庫2007.9
『カフカ・セレクションⅢ 異形/寓意』フランツ・カフカ 平野芳彦/編 浅井健二郎/訳 ちくま文庫2008.10
私の読後の感想としましては、人間(の資格)とは何か、を考えさせるものという感じです。
人間として認められる要素として何が必要なのか。
彼は「外見」(主人公グレーゴル・ザムザは虫に変身)と「言葉」(言葉が通じなくなる―音声言語として認識できなくなる)の異常によって、一人の存在として他の人たちから疎外されてしまいます。
特に、言葉が通じないため、コミュニケーション不全に陥ったことで決定的な溝が生まれた、といってよいでしょう。
カフカに「アカデミーで報告する/アカデミーへの報告」(前記『変身/掟の前で 他2編』/『カフカ・セレクションⅢ 異形/寓意』に収録)という短編小説があります。
ここではサルが言葉を覚えたことで、人間たちの仲間入りができるようになります。
カフカが言葉によるコミュニケーション力が人間であることの基準であると考えていた、と言えるかもしれません。
グレーゴルは当初、妹から食事や世話を焼いてもらえる代わりに、だんだんと人間扱いされなくなります。
母親は、そんなグレーゴルであっても、いつか元に戻るのではという期待を持って、彼の部屋をそのまま保存しようとします。
それは自分が腹を痛めて産んだ子供への愛情なのか、それとも自分という存在を守るための、保身のためにすがりつく最後の砦なのでしょうか。
父親もグレーゴルの経済力に一家が頼っていた時は存在感が薄かったのに比べて、彼の死後、経済的な一支柱としての自己を見出したように見えます。
グレーゴルの死後、一家が結束して春の訪れに喜びを感じている姿と共にこの作品は幕を閉じます。
途中までグレーゴルに感情移入してきた読者である私には、このラストには何かしら堪らないもの、やりきれなさを感じてしまいます。
《それから3人そろって家を出た。もう何か月もやっていなかったことだ。電車に乗って、郊外に出かけた。... 暖かい太陽が隅々まであふれていた。気持ちよさそうに座席にもたれて、将来の見通しを語りあった。... 電車が目的の駅に着いて、娘が最初に席を立ち、若いからだを伸ばしたとき、ふたりにはそれが、自分たちの新しい夢とよい意図を保証してくれるもののように思えた。》
丘沢静也/訳 光文社古典新訳文庫 p.128-129
結果的にハッピーエンドのようなラストを迎える一家と、一家のために働き続けながら無残にも死んでいったグレーゴルとの落差!
これはいったいどういう小説なのでしょうか?
『変身』(執筆1912年、雑誌発表1915年、単行本刊行1916年)は、サラリーマン作家を続けていたカフカが、病気にかかり、その生活を放棄しなければならなかった人生を象徴しているのかもしれません。
(結核と判明するのは、単行本刊行の翌年、1917年のようですが。)
かつて『審判』と訳されてきた作品『訴訟』(丘沢静也/訳 光文社古典新訳文庫2009.10)では、何の因果か巻き込まれた裁判沙汰によって、順調だった銀行員の生活を破壊されるヨーゼフ・Kが主人公です。
これも、病気によってそれまでの生活を奪われるカフカを投影しているのかもしれません。
(この作品も結核と判明する以前に書き始められているようですが。)
サラリーマン生活を続けながら、作品を書き続けていたカフカという人。
職場を去り、新たな生活を始めようと試みながら、病気で死んでしまったカフカという人。
死ぬまで寓話のような作品を書き続けていたカフカという人。
カフカの前にカフカなく、カフカのあとにカフカなし、それはまるで、可もなく不可もなし、といったところか。
それとも、可・不可もなし、というべきか。
ひょっとすると、私の頭が過負荷となってしまったのか…。
と、バカげたことを書き綴って終わりとしておきましょう。
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