読書の意義を考えさせる短編小説:「クリスマスの教え」トマス・H・クック
私の読書論-27-初心者のための読書の仕方を考える(12)
最初の一冊の選び方(9) 本選び(選書)の方法 IV
―第75号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2012(平成24)年2月15日号(No.75)-120215-
私の読書論-27-初心者のための読書の仕方を考える(12)
最初の一冊の選び方(9) 本選び(選書)の方法 IV ~
読書の意義、効用については、以前から何度か書いてきたと思います。
今回は、そういう話題にピッタリな小説を紹介しましょう。
一見低俗で何の取り柄もない、単なる時間つぶしの娯楽作品と思われているシリーズもののアクション小説。
しかし、それを読む人も、一見高級そうな人生を考えさせる、深い意味合いを持つ文学作品を愛好する人とも共通する、人生における“何か”を求めているのかもしれません。
そんなことを考えさせる、しっとりとしたクリスマス・ストーリイです。
『ミステリマガジン2011年12月号』No.670(早川書房)掲載の
「クリスマスの教え」The Lesson of the Season トマス・H・クック 府川由美恵/訳
―が、それです。
雪のクリスマスイブに、ひとりでミステリ専門書店<ミステリアス・ブックショップ>の店番をする女性店員ヴェロニカ・クロスの物語です。
彼女は、たった一人の肉親である父を看取った経験のある、恋愛は半ばあきらめ気味の、人生に深みを与えてくれる高級な文学書の読書を好み、本を友とするような趣味の人。
そこに現れた灰色の髪のややくたびれた感じの常連客ハリー・ベンサム。
彼は、いつもペーパーバックの低俗な都会のギャングと刑事の戦いを描いたシリーズもののような、アクション小説本ばかり買う客。
ヴェロニカは、店番をしながら読んでいた本『人間の尺度』の中の“人は誰しも痛みのこだまのなかで生きている”という文章に目をとめる。
不意に、父親を看取った時の記憶がよみがえる…。
そして、ハリーがペーパーバックの棚に自分の人生の答えを求めるかのごとく目をやる姿に思わず声をかける。
《だけどペーパーバック小説にいったいどんな答えが期待できるというのかしら》(p.139)という疑問から。
《あそこにある俗悪な本のページから、痛みのこだまが立ちのぼってきたり、そのこだまがなぜいまの自分があるのかという大きな謎を解き明かし、自分がいかに前に進むべきか、短い人生のなかに何を求めるべきか、何を捨てるべきかを知らせてくれるなんて、あり得ない。謎(ミステリ)にまつわる本だらけのこの店内で、ヴェロニカにはその謎がほかのどれよりも深いものに思え、答えを求めてみようと思い立った。》(p.139)そんな彼女の問いに、
《「おれにとってはスコッチみたいなもんだ」》(p.139)と答えたハリーは、若かりし頃のヴェトナム戦争の思い出を語り始める―。
悲惨な戦争体験の中で、彼はヴェトコンの兵士を尋問中思わず射殺してしまうという過去を持っていたのだ。
その時に、上官が渡してくれたのが、そういう一冊のペーパーバックだった。
《『こいつを読めば嫌なことも忘れちまうさ』》(p.140)と。
《「自分はこういう人間だと思っていたものが、突然、ちがうものになっていった」...「どんな人間にも忘れたいことはある、そうじゃないか?」》(p.142)と問いかけるハリー。
一方、彼女も過去に思いをはせる…。
《「自分がしたことを」、「取り返しのつかない何か」》(p.143)についてを。
《「そうね」ヴェロニカは言った。「確かにそうよ」/ハリーはうなずいた。「とにかく、その本は助けになった」彼は言った。「それ以来ずっと読んでる」》(p.143)
それ以来、彼は、一人毎週土曜日にペーパーバックを買い続けるような客になったということだろう。
彼女は、新しいアクションシリーズものの第一作を彼にすすめる。
帰りの電車の中で、彼女は思う。
《みんな同じなんだ、...自分にできる方法でなぐさめを見出そうとしてきてるんだ。》(p.144)と。
そして、この街や地球に住む人間のことを考える―。
《クリスマスが教えてくれたのかもしれない、とヴェロニカは思った。そこにいるすべての人間……それは自分の姿でもあるのだと。》(p.144)
本編は、アメリカのミステリ専門書店<ミステリアス・ブックショップ>のオーナーで、ミステリ研究家オットー・ペンズラーが、毎年クリスマスに顧客にプレゼントするため、ミステリ作家に依頼して書いてもらったクリスマス・ストーリイ、1993年から2009年までの17編を一冊にまとめたアンソロジー"Christmas at he Mysterious Bookshop“から、2003年の一編。
執筆条件は、三つ。「クリスマス・シーズンの話」「ミステリの要素が入っている」「<ミステリアス・ブックショップ>が関係するもの」だという。
(―以上、日暮雅通「解説」より)
トマス・H・クックは、現代アメリカの代表的なミステリ作家のひとり。
1947年にアラバマ州フォート・ペインに生まれ、『緋色の記憶』(1996年)でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長篇賞を受賞。『緋色の迷宮』(2005年)でマルティン・ベック賞とバリー賞を受賞。
最新邦訳作品には、『ローラ・フェイとの最後の会話』(ハヤカワ・ミステリ 2011.10.7)があります。
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※本稿は、『レフティやすおの作文工房』より
2011.12.31「読書の意義を考えさせる短編小説:「クリスマスの教え」トマス・H・クック」を転載したものです。
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