6月13日日テレ「深イイ話」武田双雲氏左利きの書道について
私は見ていないのですが、ネット情報によりますと、
6月13日放送の日テレ「人生が変わる1分間の深イイ話」で、
「書道家・武田双雲が自らの書道教室で左利きに悩む少女に言った意外な一言とは?」という内容の放送があったそうです。
内容の概要は、以下のホームページより
武田双雲先生の書道教室で写した生徒の写真。 当時、その生徒は大きな悩みがあった。それは「左利き」であること。
書道のお手本は、右利きが前提になっているので左利きだと、とても筆が使いづらい。 そこで一向に上達しない生徒は、思い切って双雲に尋ねた。 生徒「書道って右手で書かなきゃダメですか?」 すると双雲先生はとてもやる気が出る深イイ言葉を言ったのだ。 この質問に対して双雲は…
『右手で書かなきゃいけないことはないよ。 でもどっちでも書けた方が、カッコイイんじゃない?』 生徒はその日から右手での練習を開始。 驚くほどのスピードで上達した。
双雲「人間は、「◯◯したらダメ」と言われるより 「◯◯したらカッコイイ」と言われる方がいいんです。 その方が何百倍もワクワクするし、やる気が起こってくるんですよ。」
言わんとするところの論旨は、指導法の在り方です。
「◯◯したらダメ」否定的に指導するのではなく、
「◯◯したらカッコイイ」と肯定的に捉え、励ますように指導する。
このほうがやる気が出るよい指導法だ、ということです。
これは、正論だと思います。
親野智可等先生流に言いますと、「ダメダメシャワーを浴びせる」指導法ではいけない、ということです。
子供の努力を認め、受け入れてやりながら、前向きの方向付けをする、というところでしょうか。
ただ、そのたとえ話として、左利きを持ち出すことが適切かどうか、という点で、私には納得できないものがあります。
これが、
「鉛筆は得意だけど毛筆は苦手」という子に、
「鉛筆も毛筆も両方書けたらカッコイイね」
というのなら納得できます。
しかし、左利きというのは、人により度合いが違います。
右手もある程度なら使える子もいれば、全くダメな子もいます。
毛筆で書く場合も、
「大筆は右手でも使えても、小筆で名前を書くのはできない」
という場合もあります。
双雲先生のように、左利きでも訓練の結果、右でも左でも書けるという人もいます。
一口に「左利き」と言っても、私のように何でも左手という強度の左利きから、限りなく右利きに近い弱い左利き傾向を持つ人までいます。
すべてが右という強度の右利きの人とその正反対の強度の左利き人との間には、どちらとも言いきれない中間的な両方の要素を持った人もいます。
その中間的な人の中で、右利きの傾向の強い人ならば、少しの努力の結果、ある程度右手が使えるようになる可能性は高いでしょう。
そういう人(子供)なら「両方使えたらカッコイイ」という言葉に誘われて、そうなる人も出てくるでしょう。
両手使いに成功する人も生まれるでしょう。
しかし、そういう傾向を持ち合わせていない人の場合はどうでしょうか?
努力が無駄になる可能性は大ではないでしょう。
ドラッカーは、
《不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである。無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする」》
といっているそうです。(『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』P.F.ドラッカー/著 上田惇生/訳 ダイヤモンド社 1999.3)
人間はどうしても自分の物差しで考えるものです。
自分ができることは人もできる、という思い込みがあります。
まあ、双雲先生も「自分も昔は頑張ったのだ」と認めてほしい、という潜在意識が働いたのかもしれません。
だいたいにおいて、テレビなどでは成功事例だけが取り上げられ、
結果として「できない子」が泣かされるという事例は、枚挙のいとまがありません。
こういうお話では常に「できる子」―結果的に「できた子」の話しか出てこないということです。
そして、結果として「人間やれば、できるのだ」という成果に話の要点が移ってしまいかねない、ということです。
そういう誤った理解に到達する人が出てくる、ということです。
この例だけを見て、「ほら、書道の先生も言ってるでしょ」というふうに、
右手で書かせたい親が子供に強制するかもしれません。
このお話の場合も、成功したからよかったものの失敗していたら、
その子は書道教室をやめているかもしれません。
もっと言えば、
これがきっかけとなって、人生に挫折しているかもしれません。
武田双雲先生ご自身、『書愉道 双雲流自由書入門』という本のなかで(双雲流「書道Q&A」119p)
Q5 ... ふだんも両手で書くんですか? また左ききでは書道は無理ですか?
双雲氏は「両手を使うのは舞台の上だけ」ですが、「もともと左利きなのでどちらも使えます」という。
「臨書や普通の作品を書くときは右手ですが、創作のときは左手で書くこともありますね。」
左利きでの書道については、
左ではだめなの? とよく左利きの人から質問されますが、実際に左利きの書道家もいますから、全然無理なことではないですよ。僕自身は小さい頃に母親から直されて、字を書くのだけは右手なんです。無理に矯正する必要はないし、練習して両手で書けるようになったら楽しいのではないでしょうか。ただ道具や指導書もすべて右利きが前提なので、その辺の苦労はあると思います。
という答えています。
また、別のインタビュー(『感動を与え続ける若き書の魔術師 書道家・武田双雲 筆と墨で世界平和を目指したい!』)では、
まったく気にする必要はありません。左利きの方は左手で書いていいんです。片岡鶴太郎さんは右利きなのに左手で書いています。右手で練習することも楽しめれば、なおよいでしょう。
と答えています。
どちらの場合でも、「両手でできれば、楽しいでしょう」と結んではおられますが、まずは「左利きは左手で書いてよい」というお考えと見受けられました。
まずは左で書けるようになり、さらに「右手でも楽しめれば、もっといい」というところでしょう。
その辺が、今回の(ネット情報による)お話からは浮かんで来ないように感じられ、私としては非常に残念です。
・・・
放送やマスコミで左利きを取り上げてもらえるのは、
正直なところ、うれしいです。
ただ、どうも思慮が浅いと思われる扱いが気になります。
テレビなどでは、時間に制約があるため、どうしても説明が不十分になりがちです。
結果的に誤解される可能性も高くなります。
何度書きますが、成功例の裏には、必ずと言ってもいいほど失敗例もあります。
しかし、いいこと、できたこと、成功例しか伝えないのでは、
結果的に、人を惑わすことになりかねないのです。
製作者も視聴者も、十分気をつけてほしいと思います。
※ 参照:
【武田双雲】さんについての記事:
2007.10.25 左ききでは書道は無理ですか?:武田双雲『書愉道 双雲流自由書入門』から
(ココログ「お茶でっせ」版)、(goo「新生活」版) メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』
第31号(No.31) 2006/5/27「<字は右手で書くもの>を検証する《3》脳の働きと漢字」 左手で字を書く・実践編 4:毛筆編―書家から見た左手書き
第51号(No.51) 2006/10/14「左手で字を書くために(7)」
【左手書字】について:
~『左利きを考える レフティやすおの左組通信』~
<私論4> 左手で字を書くために <私論4> 左手で字を書くために(その2)実技編 ~『レフティやすおのお茶でっせ』~
カテゴリ:左手書字 2011.4.21 左手で(それらしい)字を書く方法(左手書字考)1ペンを持つ手の構え
(ココログ「お茶でっせ」版)、(goo「新生活」版)
『書愉道 双雲流自由書入門』武田双雲/著 池田書店 2005.5.30
『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』P・F・ドラッカー/著 上田惇生/訳 ダイヤモンド社 1999.3
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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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