そして誰もが左利きだった?「停電にご用心」鮎川哲也
左利きを扱ったミステリ(推理小説)について書くのも、何本目かになります。
早くあれについて書けよ、とわれながら思うのですが、まだふれていない小説があります。実は、まだ真犯人がわからなくて…。
まあ、書いていない本についてあれこれ言うのも変ですので、この辺にして、本題です。
* 左利きとミステリ(推理小説) *
「(略)たまたま来合わせた客の全員が左ギッチョだなんて、そんな偶然があると、主張するのかい? それともきみは、全員が左ききで、この店が彼らの全国大会の会場ででもあったという気かね?」
容疑者のアリバイを立証する一枚の写真には、時刻を示す時計の上半分と右手で給仕する店員、和服やシャツ姿のお客など、喫茶店内の様子が写っている。
しかし、写真の裏焼きトリックなら、全員が左利きということになる? しかし、そんな偶然がありうるだろうか?
大胆なトリックを使い、見事に決める本格謎解き短編です。
さすが鮎川というところ。
こういう大仕掛けの謎は大仕掛けでなくてはならないわけで、その点、納得できうる解決を用意しています。
長編でこれをやろうとするとあちこちぼろが出てくるでしょう。短編ならではの、という言い方もできるかもしれません。
日本を代表する本格推理小説作家の一人、今は亡き鮎川哲也の晩年の代表作、東京銀座数寄屋橋の会員制バー「三番館」のバーテンダーが、元刑事の私立探偵の持ち込む事件の謎を解く、安楽椅子探偵もののシリーズの一編です。
* 左利きにはちょっと? *
(略)ふと思いついてNHKに電話をかけてみた。(略)日本左利き協会とかいう団体だった。現在デパートなんかで見かける左ギッチョ専用のハサミ、ドビン、電話機などはこの協会の提案によって製作された。そんな噂を耳にしたからだった。(略)
編中ひとつだけ、左利きの私が納得できなかったのが、次に掲げる箇所です。
右胸ポケットのついたシャツについて発売されているかどうかたずねるのですが、もちろん、ないという答え。
左利きの人にとってポケットが左胸についていようが右胸についていようが、格別不便には感じないというのがその理由であった。まあ、そんなものかもしれない。
私は右胸にもポケットのあるシャツを愛好しています。
普通のシャツではまずありませんが、カジュアル系のシャツやワーク・シャツには両側にポケットのついたものがあり、こういうものをさがして着ています。
ペンとかメモ用紙を入れることが多いのですが、ちょっとしたものを入れておくには、利き手でさっと取り出せる右胸ポケットが便利です。
左胸だと手や腕が吊りそうになります。
左利きの人なら、同感してもらえるでしょう。
この作品で唯一の欠点といえそうです。
* 左ギッチョは差別用語? *
「左ギッチョ」という言葉が気にかかるという人もいるかもしれません。
私は、特に気にはなりません。
語源のひとつに、左器用がなまったものという説もあるように、この言葉自体に偏見や差別的な色合いはありません。
たしかに私も子供の頃、「ギッチョ、ギッチョ」とはやし立てられた嫌な記憶があります。
しかし、今ではまるで死語であるかのごとく、マスコミに登場することがなくなりました。そうなると、ちょっとさびしいような気もします。
たとえば「(左利きの)矯正」や「(左利きを)直す」のような、明らかに時代の常識から外れてしまった、誤った用法になってしまった言葉は正すべきですが、「ぎっちょ」のような言葉は、特に問題とすべきではないと思います。
ただ、嫌な人もいるという認識は持つべきでしょう。その程度でよいと思います。
この作品のなかでも、単に左利きの別表現として使っているだけで、偏見や差別といった意識は見当たりません。
◆
「停電にご注意」鮎川哲也 『小説推理』昭和57年10月
・「停電にご用心」収録短編集:
『クライン氏の肖像―三番館の全事件Ⅲ』<鮎川哲也名探偵全集>出版芸術社(平成15年4月刊)収録。
『材木座の殺人』鮎川哲也 創元推理文庫 2003/8/1
* 左利きとミステリ(推理小説):過去の記事 * 2005.9.17 依頼人は左利き―ホームズの名推理「黄いろい顔」より お茶でっせ版、新生活版 2005.6.14 左投手は危険がいっぱい―『サウスポー・キラー』水原秀策 お茶でっせ版、新生活版 2005.5.18 左手が大活躍?する映画「ボーン・コレクター」 お茶でっせ版、新生活版 2005.4.4 左利きが手掛かりになる推理小説―クリスティー「厩舎街(ミューズ)の殺人」 お茶でっせ版、新生活版 2004.9.24 『男たちの絆』マイクル・Z・リューイン お茶でっせ版
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆に参加しています。
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Comments
年末の仕事帰りに、牛丼屋でテイクアウトしました。
店に入ったときに店内にいた客は、カウンター左端の席に左手に箸を持って食べるお兄さん、いくつか椅子を空けてその隣は右手に箸持って食べるおじさん、曲がり角をはさんで直線の真ん中辺に注文したものがまだ来てない様子のお兄さん、左手に箸を持って食べるお兄さん、また角をはさんで、テイクアウト待ちカウンターで行き止まる端っこに左手に箸を持って食べる若いおじさん…でした。
私が待っている間に、直線の真ん中辺で待っていたお兄さんが、左手で食べ始めました。
こんな風景が実際にあるとは!
裏焼きのトリックだと、必ずしも言い切れなくなりました。
今の時代、右利きはそんなにまでは当たり前のことではなくなってますね。
私信:新年おめでとうございます。自分のブログは、断念しました
Posted by: まり | 2007.01.06 02:07 PM
まりさん、コメントありがとうございます&新年おめでとうございます。
そうですねえ、めずらしくない眺めになりました。
箸使いに関していえばかなりゆるくなりましたね。
箸は(絵柄は別にして機能的には)ユニバーサルデザインですからね。
自然な流れではないでしょうか。
文字は右利き仕様だから右手で、という主張は相変わらずですが。
ブログ断念とは、だんねん(残念)!
えらそうにいえば―、気楽でいいんですよ。力を入れなくて、川の流れのように自然に流れてゆけば、そのうちどこかにたどり着く…。
私は、そんなふうに思ってやってます。
流れが停滞気味のときは、力を入れたりもしますが、基本的にはそういう感じです。
生活習慣になれば苦ではないのでしょうけれど…。
とにかく、消さずに置いとけば、365日24時間世界公開ですからね。誰かがどこかでいつか見てくれる…、かもしれない。
Posted by: レフティやすお | 2007.01.06 03:59 PM