『老人と海』に見る右利きの人の左手観
アメリカを代表する、ノーベル賞作家の一人、ヘミングウェイの『老人と海』はご存知でしょう。
八十四日も不漁続きの老人がついに大きなカジキマグロを二昼夜かけて釣り上げたものの、帰る途中でサメに食われ、港に持ち帰ったのは骨だけだった、という短いけれどドラマティックな名作です。
今回は作品についてどうこう言うつもりはありません。このなかで主人公が左手について色々と述べている部分が気になりました。その辺を紹介してみましょう。
右利きの人の非利き手である左手に対する考え、左手観といったものが垣間見れそうです。
*
ヘミングウェイ『老人と海』The Old Man and the Sea(1952) 福田恆存訳(新潮文庫)の主人公の老漁夫サンチャゴは、かつて港の腕相撲のチャンピオンだった―
その気になれば、どんなやつだってやっつけられる。だが漁には右手が大切だ、かれはそう思った。そして左手で二、三度勝負をこころみたことがある。しかし、かれの左手はいつも裏切者だった。自分の思いどおりには動かない。それからというもの、かれは左手を信用しなくなった。
…私は、若い頃、右手で書字や箸使いを幾度となくこころみたことがある。しかし、私の右手はいつも裏切者だった。自分の思い通りには動かない。それからというもの、私は右手のみならず自分のすべての能力を信用しなくなった。…
*
老人は昼夜にわたる格闘で、その左手が引きつりを起こしてしまいます―
「どうだい、ぐあいは?」かれは左手に向っていった。それはほとんど死後硬直に似た症状を呈している。「おれは、お前のために、もうすこし食ってやるぞ」/老人は引き裂いた残りのひときれを口に投げいれ、丹念に噛んで、皮を吐きだす。/「利くかね? ふん、そう早くはわからないかな?」
「さあ」とかれは左手に向っていった、「網を離した。お前がそんな道草くっているあいだ、おれは右手だけで魚を操ってやるぞ」老人は左手の握っていた重い綱を左足にかけ、背中を締めつけてくる圧力に抵抗して、それをねじふせるように仰むけに寝そべった。/「どうか、ひっつりがなおりますように」とかれはつぶやいた、「だって、魚のやつ、いったいどういうつもりか、おれには皆目見当がつかないんだからな」
*
しかし、釣った魚を食べ栄養をつけ、昼間暖めたことで何とか引きつりも治まります。そしてついに大きな魚を仕留めます―
「けちがついたわりには、お前も、よくやったさ」とかれは左手に向っていう、「でも、一時はお前の気ごころがわからなくなってしまったぞ」/おれはなぜ両手が利くように生れてこなかったんだろう、とかれは思う。片方を使わないでおいたのがおれのまちがいなんだ。しかし左手も使えるなんて、ちょっと気がつかないからな。まあいい、夜どおし、けっこうやってきたじゃないか。きのう一度つっただけだ。もしまたつったら、綱に切り落とさせるぞ。
*
「左手も使えるなんて、ちょっと気がつかないからな」というところが興味深く感じました。
左利きの人は、否応なしに右手を使わざるを得ないという場面がちょくちょくあるもので、こういう感覚はあまり感じないのではないかと思います。「右手も使えるなんて、気がつかないもんな」という人は少ないでしょう。
この辺が右利きの人と左利きの人の大きな違いではないでしょうか。
この辺のギャップをアタマでなく、肌の実感として感じ取れるようになると、右利きの人と左利きの人の相互理解も少しは進むのではないか、と思います。
「おれはなぜ両手が利くように生れてこなかったんだろう」と考えることはよくありますが…。
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆に参加しています。
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