江國香織とっておき作品集
『江國香織とっておき作品集』「鳩よ!」特別編集 マガジンハウス(2001)
江國香織さんの本を紹介するのはこれが初めてだろうか。初紹介の本の名が『とっておき作品集』というのも良くできた話である。
もちろん現時点での江國さんの代表作というわけではない。
いやそもそも、なぜ江國香織か、ということから話さねばならない。それが筋だろう。
実は私の今一番のお気に入りである。
当然その名前は以前から知っていた。辻仁成との『冷静と情熱のあいだ』なるコラボレーション小説が話題になったことも知っている。若い女性を中心に多くのファンがいる人気作家だということも。
しかし初めて読もうと思ったきっかけは、やはり左利きに関してだった。
『流しのしたの骨』という小説の中に、恋人が左利きだと便利だ、と言って自分の右腕をスカーフで吊って使わないようにしている女性が登場する。
この情報を手に入れたことが始まりだ。
いきなりこの本を読んでもよかったのだが、その前にこの作家について少し調べておこうと思い、いくつかの本を読んでみることにした。
最初が『きらきらひかる』新潮文庫、タイトルがいい。ところが内容はある種、異常だ。シチュエーションが変わっている。精神科で結婚でもすれば情緒不安定も直ると言われ、ホモの恋人のいる男性と見合い結婚する女性のお話。ちょっとそれは、と言う気もする。お話としてはなかなかいい感じの部分もあって、今時の言葉で言うと「キモイ」?感じもするが、愛、夫婦というものの形はいろいろあってもいいという気にさせられる。
おーっと、こんなことをしていると、今までに読んだ本の全作紹介になってしまう。
どうしよう?
次に読んだ本で大いに感心した。
『こうばしい日々』新潮文庫、だ。これは、アメリカ在住の日本人夫婦のあいだの少年(ということは日本人ということになるが、本人はアメリカで育ち、日本語も話せないし、暮らしぶりもアメリカ風なのでアメリカ人のつもりでいる。)のお話「こうばしい日々」と、もう少し年上の日本の女の子の恋物語「綿菓子」の二編を収録している。まったく別個の話なのだが、こうやってカップリングになると、ちょっとおもしろいものだ。どちらを好むかでその人の恋に関する思いや何かが見えてくるような気がする。あるいは単に女性と男性の感覚の違いだけか。
「こうばしい日々」からの引用は、以前の記事に使わせていただいた。
(参照:「ネットで拾った左利きの話題:マナーの悪いCM」)
私はこの部分が一番心に残ったのだが、この一言で、この作家さんが好きになってしまった、といっても過言ではない。
こういう人からもっとお話を聞きたいものだ、と思った。
三番目が『すいかの匂い』新潮文庫、これはちょっと雰囲気が違って、ある種ホラー的な気配も漂う作品集で、そういう意味では私の好みにもあっている。女性の色々な思い出にまつわる短編を集めたもの。新しい側面を見た思い。しかしそれぞれ何かしら心に残るものがある。魅惑的な作品集になっている。
そして『落下する夕方』角川文庫、これはまた『きらきらひかる』に似た異常シチュエーション小説といったところ。新しい恋人ができたと別れていった男のその恋人が、主人公である元恋人の家に転がり込んできて、女性ふたりの共同生活が始まるというもの。この女性の生き方、考え方・感じ方と元恋人の人生観との戦いの物語といったところか。これは読んでいて途中でかなり落ち込んだが、ラストは良かった。帰ってきた、という感じで。
で、辻さんの『冷静と情熱のあいだ Blu』を読んで、ホントなら続けて、江國さんのそれを読むところだったのだが、なぜかその前に読んだのが、これ『とっておきの作品集』である。
*
処女小説「409ラドクリフ」、「ぬるい眠り」の二本を中心にちょっと奇妙な味風の短編を含む作品集。おまけと言ってはなんだが、妹さんのエッセイとお父さんの手になる実際の香織さんの幼少時の記録が収録されていて楽しみだ。他にインタヴュー「物語の復権」は、小説家の創作の裏側を知る意味で興味深いものがあった。
基本はみな恋愛小説なのだが、『すいか―』の短編や、この中のショートショート的なものや童話的なもののなかに、どこか奇妙な味、あるいは今また一部で流行りの異色作家短編集的な味わいのものがあり、そういうおもしろさは私の好みの範疇に属するものがある。(妹さんのエッセイ『夢日記』江國晴子、によると、香織さんは怖い夢をよく見る人のようだ。これがそういった作品に反映しているのだろうか。)
*
…私がほしいなら私だけを選んで。マドゥーカにそう言った時の、ノーラの凛とした表情を想像して、私は胸が熱くなった。いつでも直球で勝負できる彼女の強さが、本気でうらやましかった。/…/「ノーラ、あなたってほんとうに素敵よ」/私はまじめに言った。この人は、直球勝負できるのが速球投手だけの特権だということに、気づいてもいないのだ。
―「409ラドクリフ」より
「恋なんて楽しいのははじめだけなのよ。あとはぐしゃぐしゃになって、どろどろになって、すごく疲れるんだから」…/それでもやっぱり、人は恋をするのだ。私はからだの内側に小さなエネルギーが蘇ってくるのを感じた。―「ぬるい眠り」より
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