異色作家の異色長編『観光旅行』デイヴィッド・イーリイ
『観光旅行』THE TOUR(1967) デイヴィッド・イーリイ 一ノ瀬直二訳 ハヤカワミステリ文庫<クラシック・セレクション> 2004年6月刊 (1969.10刊 ハヤカワ・ノヴェルズ版の文庫化)
ながらく幻の長編と化していた作品です。というのはこの作家が日本で注目されたのはもうずいぶん昔、1970年代の話です。
主に短編作家ですが、その短編小説はこのジャンルでは「奇妙な味」といわれる異色作ばかりです。どちらかといえばブラックユーモア系かもしれません。
そしてたまに出す長編小説もまた同様に一口では表現できない、異色の作品です。
邦訳は『憲兵トロットの汚名』『蒸発』そしてこの『観光旅行』。
私はHMM(早川書房発行の海外ミステリ月刊誌『ミステリマガジン』の略称)で70年代にかなりの短編作品を読みました。一番おもしろかったという印象が強いのは最初に読んだ「大尉のいのしし狩り」というもので、ストーリイは忘れましたが、タイトルが忘れられません。
昨年その異色な短編を集めた作品集『ヨットクラブ』が出版され、好評を博しました。
その結果、この長編がハヤカワミステリ文庫の<クラシック・セレクション>の一冊として出版されることになったということでしょう。
*
さてストーリイはというと―
日常生活に飽きたアメリカの実業家を相手にした秘密の観光旅行の行き先は中南米と思しき密林に囲まれたバナナ国。そこではふだん体験することのできない、自分が映画か小説の中のヒーローにでもなったような実体験が味わえる。
主人公フロレンタインもまたそのような旅行を楽しむはずだったが、あるとき現地のアメリカ大使館員からこの旅行に関する調査報告を依頼される。この旅行会社はどうやら革命騒動にからんでいるらしいというのだが…。
かくして、旅行会社の社長に目を付けられた彼は誘拐され、密林の奥に連れ込まれる。
しかし、この秘密旅行で野性の何かに目覚めた彼はこの危機を脱し、現地人の部落に逃げ込むが…。
途中から大いに読者の期待を裏切る展開となり、ラストは怒涛の地獄のような世界に。
ところがこれがやはりどこか、映画のような非現実性を帯ながら進展して、何か爽快な読後感も漂う、まさにイーリイらしい仕上がりになっています。
傑作といえば傑作だし、そうではないといわれればそうかなという気持ちにもなるという、本当に奇妙な味の一冊です。
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