『男たちの絆』マイクル・Z・リューイン
マイクル・Z・リューイン『男たちの絆』LATE PAYMENTS (1986) 田口俊樹訳 早川書房ハヤカワ・ミステリ 1988年刊。
<パウダー警部補シリーズ>第3作。失踪人課に移ってから2作目。
前作『刑事の誇り』当時は、彼リーロイ・パウダーと車椅子の女性部長刑事キャロリー・フリートウッド以外には半日勤務のパートのコンピューター係しかいなかったインディアナポリス市警失踪人課も彼らの精力的な活躍で飛躍的に所属刑事が増えた。
そんな一人、新米刑事ハワード・ハディックスが「左利き」です。
彼は、"立派な口髭をたくわえ、赤毛をクルー・カットにした健康気ちがいの二十五歳の青年"。
パウダーは彼のところまで行くと、肩越しにその仕事ぶりを眺めた。そして首を横に振り、口をすぼめて息を吸ってから言った。「駄目だな。おまえさんも右利きならなあ。左ぎっちょは字を書くのが遅くていかん」
パウダーは部下の車椅子の女性部長刑事に対しても、面と向かって「かたわ」といった言葉を使う男。
これだけ読むとなんと言う無礼な男と思われる方もおられるだろう。その傍若無人な態度は、確かに署内でも嫌われ者で評判は芳しくない、一部の上司の受けも良くない。しかしそれは彼の歯に絹着せぬ言動がいかに真実をついているかにある。人柄も実際は違う。
たとえば、「かたわの部長刑事」という上司の言葉に、「あの"かたわ"の部長刑事」は有能で、あんたにも引けをとらぬ、今みたいな不愉快な呼び方をしたら正式に苦情を申し立てるときっぱり言う。
「他意があって言ったんじゃないよ、パウダー」
「他意がなけりゃ初めから何も言わないほうがいい」
実は、彼自身非常に稀なある肉体的特徴を持っているのだ。(34章参照)
それが彼のひねくれた物言いや態度の原因となっているのかどうかはわからない。しかしそういう自分に与えられたもの故に、肉体的な特徴を持つ人に対する親愛の情というものがああいう物言いにつながっているように、私は感じる。
さて、事件は毎度のように多くの失踪人の相談者の訪問から始まる。
ある少年の父親が行方不明だ、いつも出かける時には書置きを置いてゆくのに今回はそれもないという。このインディアナ州では身障者の寿命がよそに比べて短いというデータが出ている、これは大量殺人事件のせいという車椅子のコンピューター技師の青年。新興宗教に娘がはまって戻らない、面会もできないという夫婦。などなど…。
気になることはどんなささいなことまでも、徹底的に調べるパウダーは自分の時間も惜しまず、事件の解決にあたる。
暇を見て一人暮らす少年の家を訪ねる。父の帰りを待って電話から離れない、学校にも行かない少年。保護センターに相談すればすぐに保護されてしまうだろう…。
一方、彼の息子の事もあった。前作で犯罪に加担しているらしいと知った彼は息子を告発し刑務所送りにしていたのだ。刑務所帰りで保護観察官の下に顔を出さないリッキー。わかれた妻は息子のかたを持つが…。「あなたは芯の芯までお巡りなのね。人間の心なんてこれぽっちも残ってないのね」
彼は「人は自分が最善と思ったことをするのさ」「ほかにどんな指針があるというんだね?」と言いつつも、おれは間違っていたかもしれないと息子とガールフレンドに和解を申し出る。そして事件の捜査に協力してもらう…。
こうした「男たちの絆」をバックに話は意外な方向に進み、謎は見事に解決される―という読み応えのある警察小説であった。
*
ところで、マイクル・Z・リューインは私の好きな作家である。
前に『のら犬ローヴァー町を行く』(3.25付記事)を紹介している。
一番好きなのが心優しい知性派私立探偵アルバート・サムスンのシリーズ。
そしてそれとこのパウダー・シリーズとがインディアナポリスを舞台にしたお話。前作ではサムスンの手を借りるシーンもある。でも、私はこのシリーズの肝心の第1作をまだ読んでいないので、その辺が残念だ。
今、ハヤカワ・ミステリから『探偵学入門』と言う初の短編集が出ている。ローヴァーものも含まれているし、初めてのかたにはリューイン入門書として最適かもしれない。
―と、付け加えておこう。
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