左利きの本だなぁ『左ききの本』マイケル・バーズリー
~歴史的社会学的左利き研究書~
マイケル・バーズリー『左ききの本』西山浅次郎訳 TBS出版会(発売・産学社)昭和48(1973)年4月25日 第一刷発行
約30年前に発行された本で、原著は1966年発行(翻訳の底本は1969年のペーパーバック)で、38年前という時代もの。
著者は左利きのイギリス人で、当然のことながら、イギリスの話題が多くなっています。
カバーの折り返しに、〈十四年間の研究をもとに書き下ろした左きき問題研究の決定版〉とあり、なるほど労作ではあります。
しかし残念ながら、月日というものはかなしいもの、現代日本の左利きの人が読んで役立つ内容のものとは言いがたいものになっています。
ただ、欧米(特に、イギリス)における左利きの人が置かれていた歴史的状況を知る資料としては大いに価値があるといえるでしょう。特に、英語における「左利き」を表す言葉にある偏見に満ちた悪い意味、またキリスト教における「左」に対する偏見、ギリシャ・ローマ神話における左利きの話題、占いや魔術における「左」の意味といったことについて興味のある方にはおもしろい本でしょう。
私が興味を持ったのは、なじみのある名も出てくる、おしまいの方の数章。
ここには実際の左利きの人達の左利きゆえの生活上の困難の数々、偏見から来る差別の実態(特に教育の面での)が紹介されています。
過去の差別の実態を知ることにより、今を生きる左利きの人の「少しは恵まれた状況」がいかに貴重なものであるかがわかってきます。社会の変遷が見えてきます。
脳神経科学の研究の成果が左利きの成因を少しずつ解明してきたことで、迷信や偏見を払拭し、左利きの人権を考えられるようになって来たという歴史が明らかにされています。
左利き文化史を考える際の貴重な資料のひとつです。
―読書ノートの感想から―
それにしても、「専門家列伝」中のエイブラム・ブローという精神医学教授の考えはひどい。1946年の論文とはいえ、左利きを遺伝的な生来のものではなく、〈左ききは伝統的な右ききの習得の失敗の現われ〉で原因は三つ、〈生来の欠陥、誤った教育、または反抗的感情〉だという。(313p)
そして三番目の原因がもっともふつうの左利きのタイプで、〈幼児期の精神神経症の徴候〉で〈反抗的左利き〉という。〈右ききの習得に対する反対の感情から生れる〉という。
左利きは〈幼児の反抗的態度〉で、〈不十分なはけ口しかもたない幼児が表現することができるに置いての全般的な強情〉のようなものだという。
このように、偏った考えが発表されるのは非常に厄介である。
法廷での反対尋問で、不適切な発言で記録から抹消するように、と判事が答えるような場面がドラマなどでよく見られる。ところが、結局はその発言が人の心に残り、印象を変えてしまうことになるのだ。
まさにそのように、このような偏った、誤った考えが社会をミスリードし、偏見を助長する結果になってゆくのだと思うと、やりきれないものがある。
とはいえ、これは今だから言えることであって、当時は納得するにたる最新の学説であったのかも知れないが…。
*
時代を経たものを読むときには注意が必要である。当時の常識が現代でも通用すると勘違いしてはいけない。それはわかっている。
また現代の基準で昔のことを裁くのも良くない。当時は当時なりの知識や考え方、倫理観や価値観、世界観といったものがあり、それを現代人が今の感覚であれこれ言うのは間違いである。
科学的事実というのも、そういうものだ。当時の科学の水準では事実とされたことが、その後の科学の進歩で覆されることはままあることである。
だからこそ常に最新の情報に基づいた判断をしてゆかねばならないのである。
*
26章 筆跡―左ききの字
276p〈書くことが労苦となる〉
(マーガレット・クラーク博士)
〈「左手で書くことは右手で書くのをただ手を代えて書くということと同じではない……多くの学校では左手で書くのを教えるのではなく、ただ黙認しているだけである。」〉
〈右手で書こうと自分から努力してみても、失敗すると、左手で書くのは汚名のように考えてしまうのである。左ききの子どもが字を書くにはゆっくりしか書けないし、手の疲労も大きいことは確かであろう。これは字を書くという肉体的行為のせいだけではなさそうでもある。E・L・トラヴィスが指摘するように、他の人の書き方と違うというひそかな恥辱感と社会的不安があるのである。ウィリアム・ブレイクは黒人の少年について、
なぜ僕はみんなと違う顔に生れたのか?
他の人と同じようになぜ生れなかったのか?
と歌っているが、「顔」を「手」に置きかえれば、その思いはまったく同じことになる。〉
(当然だが、ここでは漢字を含む日本の字ではなく、英語のアルファベットの字の書き方のことを言っている。筆記体では左から右に横に綴らなければならないので、左手では押してゆく形になり書くスピードは落ちるだろう。)
280p(コール女史、左利きの子どもの教育)
〈右ききの子どものために適した習字のやり方で教えられる〉
〈「不適当な教育法の罪のない犠牲者」〉
〈左ききの子どものもつ特殊な条件を認めるだけで、このような結果を大いに避けることができる。ペンの持ち方にもさまざまある。〉
(左手用の万年筆ができ、ボールペン、フェルトペンが出現し、左手で書く状況が大きく変わった。インクつぼもペン先も不要になった。速乾性のインクとペン先のやわらかい筆記具のおかげで、紙を汚すこともダメにすることも少なくなった。)
*参照―『レフティやすおの左組通信』「左利きphoto gallery〈HPG2〉左利きの本だなぁ」
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