左利き用ハサミって?―『とんちんかん道具館』より
『とんちんかん道具館』という本のなかに「左利き用ハサミ」というものが紹介されている。
『とんちんかん道具館』朝日新聞日曜版編集部編 朝日新聞社 1999.11.5刊
朝日新聞日曜版に1998年1月から道具学会員を中心に15ヶ月64回に渡って連載された、消えたもの、残ったもの、新たに生れたものなどをめぐるエッセイ「とんちんかん道具館」から63話を収録。
左利きの妻を持つ、造形大出身の広告プランナー富山祥瑞の担当したエッセイである。
左利き用ハサミなるものを買って妻にプレゼントしたが、「力の入れ加減がわからない、全然使えないわ」と不評であったという。右手用を鏡写しにしたもので、工学的には正しく作られているはずなのに…、と疑問を持ち続けていた。
6年後、文具店でハサミが「大人用」「大人左利き用」「子供用」「子供左利き用」と分類されて売っているのを見たという。「子供左利き用」はまさしく右手用を鏡移しにしたものだが、「大人左利き用」は刃の重なり方は右手用と同じで、ハンドル部分は左手にフィットする形になっている。「これは、相当に考え抜かれた配慮ではないのか」と氏は言う。
これは、私のホームページ『レフティやすおの左組通信』の「左利きphoto gallery〈HPG3〉左手用/左利き用はさみハサミ鋏コレクション」でも紹介しているFISKARSフィスカース製の「右刃左足」(業界ではこういうふうに呼ぶようだ)のハサミのこと。
氏は
ハサミに限らず、子供のころから右利き道具に適応してきた大人にとって、「左利きのあなたのための鏡像構造」という道具たちは思いの外、不親切だったり、使いにくかったりする。」という。「「左利き用」が真に、左利きの人たちの道具となるためには、理屈だけでなく、使う人の立場で深く観察され、開発されなければならない。こうした手順を踏んだからこそ、「大人用左利きハサミ」はすこぶる評判なのである。
と結んでいる。
さてここには、氏の大いなる誤解あるいは錯覚―認識の間違いがある。
それは、最初に買ったという左右が鏡写しになった形状のハサミを「左利き用」と認識していること。
便宜上、私も「左利き用」という表記を併用しているが、以前にもこのWeblogで「「左手用」と表記しよう」でも書いたように、これは「左手用」と呼ぶべきなのだ! 実際にハサミの包装にもそう表記されている。(一部の商品には「左利き用」と表記しているものもあるが、私の場合と同じで、一般の人の中に間違った認識があるから、便宜的にそれに合わせているのが実情だろう。)
利き手に関わらず左手で使うための道具として、左手の自然な動きで機能するように作られているのである。
正確に言えば、この世には「右手用」と「左手用」の2種類のハサミがある、と考えるべきなのだ。
では「左利き用」ハサミとは?
それは、氏がほめているこのフィスカース製のような「右刃左足」という特殊な例外としての「左利き用」である。
あのハサミは確かにそういう意味では「左利き用」である。氏が述べるように、ここにこの左利き用品の問題のむずかしさがある。
左利きを異端として排斥する時代に幼少期を過ごした人たちは、否応なく右利き偏重社会に組み込まれた。右手使いに転向するか、右手(右利き)用品に自分を合わせるしかすべはなかった。「「左利き」表記は左利きに優しいか?」で書いたような左利きであることを恥じる人たちもそういう人たちだ。このような人たちは、近年の子供たちのように〈マイ・ファースト・ハサミ〉が「左手用」だった人たちと違い、いきなり「左手用」を手にしても今までどおり使えるとは限らない。
このような右手(右利き)用に慣れてしまった人たちに対してどのようなアプローチを行うべきか、という問題である。
人間の適応力を信じて全面的に左手用に慣らしてもらうか、あるいは特殊な道具を工夫するか。
本来、理想はあくまでも「左手用」を使うことである。右利きの人が使う場合と同じ発想で、右利きの人が「右手用」を使うように左利きの人は「左手用」を使うべきである。
しかし、問題を解決するということは、より多くの人たちに幸せをもたらすことであろう。とすれば、ただ今現在のような過渡期にあっては、このような奇矯なものが現れてその時代の人に便宜を与えることも考えなければならないのである。
*氏は、左利き道具の人気は1978(昭和53)年にピンクレディー「サウスポー」が大ヒットして以来だという「一説」を紹介しておられるが、最初の左利き用品"ブーム"は(私の関知するところでは)、麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」がヒットした1973(昭和48)年ごろである。当時は精神科医箱崎総一による「左利き友の会」が活動中で、マスコミでも大いに取り上げられ、各百貨店などでも左利き用品売り場ができたという。
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