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2004.04.23

過去の再放送について

>昔の演説の再放送ではなく、

というコメントをいただきましたので、これについて「釈明」してみます。

人間も私ぐらいになってくると、過去の再放送が心地よく感じるものなのです。懐かしいようなほんわかした気持ちになります。きっと年を取った証拠なのでしょう。人間は常に新しいものに好奇心を持って取り組まねばいけないのですが、ちょっと疲れたときなど、こういうものに浸りたいものです。
温故知新というほど大層なことではありませんが、こうしてリフレッシュする時があってもいいのではと思います。

もうひとつは、私のオリジナリティーとは何かと考えたとき、それは昔の経験しかないわけです。これが一番の売りじゃないか。新しいことは新しい人にもできるけれど、昔のことは昔の人がやるべきだろう。私は少しですが知っています。その範囲で話せる事もあるのではと考えています。

さらに、過去の再放送に関していえば、いかに変化しているか、あるいは変化が乏しいかを見ていただけるのではないか、という思いがあります。
幸い私が過去に書いた文章が残っていますので、これをひとつの記録と見立てひとつの歴史を知ってもらおう、ということです。
そして、10年前に書いた文章がそのままでも通ってしまいかねない状況がある、という事実に目を向けていただきたいのです。十年一日という言葉がありますが、この問題でもそれが通ってしまいかねないのです。

細かく見れば、学校関係でも大いに進歩しています。「左利き対応」という言葉も随所で見られるようになりました。
左利き用品の普及も目覚しいものがあります。少なくともハサミなどはたいていのお店で、一種類ぐらいは見かけるようになりました。
また、左利きについてくわしい人から見れば、左利き対応商品はこんなにもあるよ、こんなところでも左利きの人に気をかけているよ、という事実は明らかでしょう。

しかし、一般の人たちの間ではどうでしょう。
世の中左利きに優しくなってきた、こんなものもあるし、知らないうちのこんなふうに変わっている、でもまだまだ改善の余地があるのは誰の目にも明らかだ、とは言えないと思うのです。
改善する必要を感じていない人がまだまだ多いのです。そういう人たちに訴えていかなければいけないのです。
私はそう考えています。自分にできることから実行してゆくつもりです。

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