2025.05.15

私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!-楽しい読書388号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

 

2025(令和7)年5月15日号(vol.18 no.8/No.388)
「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」

 

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2025(令和7)年5月15日号(vol.18 no.8/No.388)
「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」
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 ここんところ、この「私の読書論」では、もっぱら<町の本屋論>を
 新聞や書籍の情報を紹介しながら、私なりの本屋論を語ってきました。

 今回は、そちらはいったんお休みして、私個人について書いておこう、
 と思います。

 実はこの4月はけっこう色々なことがありました。

 70歳を超えたぐらいの年齢になりますと、何かがあったと言えば、
 思い浮かぶのは、四苦八苦のうちの「病死」ということになりますが、
 まあ、それに似たもので、「別れ」ですね。
 いくつかの別れの時が来てしまったのです。

 で、その時に思ったことがありました。

 今回はそれについて書いて見よう、と思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論196 -

  ~ <後世への最大遺物>としての紙の本を! ~

  内村鑑三『後世への最大遺物』を紹介しながら……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●「四苦八苦」

仏教では、人は生まれながらに八つの「苦」を背負っている、
と教えます。
人生において避けては通れない、人間の根源的な苦しみですね。

何かがうまく行かずに苦労するときに、「四苦八苦」する、
といった言い方をします。

この「四苦八苦」とは、仏教の言葉です。

「四苦」とは、生老病死。

生苦(しょうく):人は「生まれ」を選ぶことができません。
老苦(ろうく):日々年老いてゆくことを止められません。
病苦(びょうく):いつどんな病気にかかるかわかりません。
死苦(しく):人は必ず訪れる死をまぬがれることはできません。

さらに次の四つの句を合わせて、「八苦」といいます。

愛別離苦(あいべつりく):愛する人との別れの苦しみ
求不得苦(ぐふとくく):欲しいもの、求めるものを得られない苦しみ
怨憎会苦(おんぞうえく):嫌なことや嫌いな人と出会う苦しみ
五陰盛苦(ごおんじょうく):
 自分の体や心が思いのままにならない苦しみ

今回私はいくつかの別れ、失うことがありました。

人はそういう喪失感に陥るとき、色々と考えるものではないでしょうか。

 

 ●生きてきた証として遺すもの

人として生きてきた証をほしい、と強く思うようになりました。

以前からそういう思いはありました。
誰でもそうでしょう。
何かしら自分がこの世に生きてきた証を遺しておきたい、と思うことが。

 ・・・

内村鑑三さんの名著(だと思っている!)に
『後世への最大遺物』という講演録があります。

ご存知のように、内村鑑三さんは、クラーク博士の
「ボーイズ・ビー・アンビシャス」“Boys, be ambitious!”
で有名な札幌農学校の第二期生で、
『武士道』や昔の五千円札で有名な新渡戸稲造さんらと同級生です。

新渡戸さんがどちらかといいますと、表舞台で活躍したのに比べますと、
内村さんのほうは、少し裏道といいますか、
ちょっと日陰の存在のような印象があります。

不敬事件が影響しているせいもあるか、と思います。

内村さんの著作では、『代表的日本人』が有名です。
この本を、弊誌

*参照:
2009(平成21)年12月31号(No.29)-091231-
『代表的日本人』内村鑑三―I for Japan

で紹介する際に、評伝とともに、
『余は如何にして基督信徒となりし乎』と本書を読みました。
50代半ばぐらいでしたか。
それ以来、私の人生の一つの目標のようになっているのです。

『後世への最大遺物』は、青空文庫でも読めます。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000034/files/519_43561.html

これは、明治二十七年七月の夏季学校での講演録ということで、
非常に読みやすく、難しいところのない、短い作品です。

私の持っているのは、岩波文庫版の二本立ての
『後世への最大遺物 デンマルク国の話』という本です。

・『後世への最大遺物 デンマルク国の話』内村鑑三 岩波文庫 改版
(解説=鈴木範久) 2011/9/17

250515-kouseihenosaidaiibutu

(Amazonで見る)

 

 ●『後世への最大遺物』

前半が『後世への最大遺物』です。
その本の巻末の鈴木範久さんの「解説」に、
大まかな内容紹介の文章がありますので、それを引用しておきましょう。

《内村鑑三の話はくだけた調子で語られ、随所に笑い声も生じている。
 この美しい地球に生まれたからには
 何か記念となる物を遺して逝かなくてはならない。
 では、その仕事は何か。内村鑑三は、自分の過去の経験も織り交ぜて、
 金銭、事業、思想、文学、教育をあげる。
 しかし、いずれも一定の才能がなくてはできるものではない。
 では何の才能もないものにできるものとは何か。
 それは「勇ましい高尚なる生涯」であると結んでいる。》

内村鑑三さんはキリスト教徒ですので、
そういう宗教的な背景からのお話となっています。

しかし、そういう部分を抜きにしても、人と生まれて来た私たちが、
己の人生の記録として、後世のために何かしら遺しておきたい、
とすれば、何がふさわしいのか?
――という疑問は、どなたにもあるのではないか、と思います。

才能はなくても、運よくパートナーに恵まれ、
子を遺すことの出来た人は、それはそれで結構な人生だった、
と言えるのはないか、と私には思えます。

しかし、私のように、自分の力のなさから、
そのようなチャンスを得られなかった者にも、
何かしら遺せるものがあるとすれば――
それは、まさにこの内村鑑三さんの言葉にあるものぐらいではないか、
と思うのです。

 

 ●内村鑑三さんの結論――「真面目なる生涯を送った人」

「青空文庫」本文より――「勇ましい高尚なる生涯」

《それならば最大遺物とはなんであるか。
 私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、
 ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、
 利益ばかりあって害のない遺物がある。
 それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。
 これが本当の遺物ではないかと思う。
 他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。
 しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、
 私がここで申すまでもなく、
 諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。
 すなわちこの世の中は
 これはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、
 神が支配する世の中であるということを信ずることである。
 失望の世の中にあらずして、
 希望の世の中であることを信ずることである。
 この世の中は悲嘆の世の中でなくして、
 歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、
 その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。
 その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。(略)》

Dsc08289-koushounarushougai

同――「己の信ずることを実行するものが真面目なる信者」

《(略)来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも
 幾何いくばくの遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれが
 ふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、
 今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、
 今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、
 また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、
 しかしそれよりもいっそう良いのは
 後世のために私は弱いものを助けてやった、
 後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、
 後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、
 後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、
 後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、
 という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
 この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、
 われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、
 実に水の辺ほとりに植えたる樹のようなもので、
 だんだんと芽を萌ふき枝を生じてゆくものであると思います。
 けっして竹に木を接つぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない
 価値のない生涯ではないと思います。
 こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、
 私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って
 私を励ますことであります。(略)》

 

同――講演の最後の締めの言葉――「真面目なる生涯を送った人」

《われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人に
 これぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、
 アノ人はこの世の中に活きているあいだは
 真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを
 後世の人に遺したいと思います。》

Dsc08113-majimenarushougai

私自身、「真面目なる生涯を送った人」とまでは言われないまでも、
「真面目な、いい人だった」ぐらいの評判は遺したいなあ、
という気持ちです。
今までも、「真面目な人」とか「いい人」とかいわれてきましたけれど、
「ただ真面目なだけ(で、これといって才能も能力もない)」だったり、
「いい人(だけど、これといって魅力のない)」だったり……。

 

 ●ネット情報では……

このような、それなりの評判は遺せるかも知れないけれど、
できるならば、もう少し何かを遺したい、という気持ちがあります。

今、一部ではありますが、「左利き」に関してはそれなりの評価
(といいますか、それに近いもの)をいただいています。

自分でも「<左利きライフ研究家>30年超」と自称しています。

ネットでは左利きメルマガを680号超、21年続けています。
ブログ『レフティやすおのお茶でっせ』での左利き関連記事の発信も、
2003.12.24から21年半近くになります。

『日本左利き協会』のサイトでもご紹介頂いています。

*参照:『日本左利き協会』サイト―左利き便利帳
レフティやすおさんのメルマガとブログ
https://lefthandedlife.net/leftyyasuo.html

2023lhaj-hidarikiki-benrichou

今はなきホームページ『レフティやすおの左組通信』もありました。

「左利き」に関しては、現時点では少しは知られた存在となっている、
ようです。

しかし、これらのネットの成果は、
現状ではいずれ消えてしまうものです。

現に、先ほども上げた、ホームページ『レフティやすおの左組通信』は、
消えてしまいました。
場を提供していた会社のサービス変更に伴い、
移行すれば残せたのですが、すでに更新を止めていたので、
消滅させることにしました。

別の形で復活させたいと思い、現在メルマガで一部紹介しています。

 

 ●私の「後世への最大遺物」

内村鑑三さんは、《この美しい地球に生まれたからには
 何か記念となる物を遺して逝かなくてはならない》(上記「解説」)
として、思想や文学、教育を上げています。

確かにこういうものも誰にでもできることではありません。

しかし、今のところ、「左利きの情報」に関しては、
さらに「左利きへの思い」に関しては、
私は私なりに、色々と集め、書いて来ました。
その情報は、十分遺すに足るものではないか、という自負もあります。

で、今私が考えているのは、やはりネットの情報は消えてしまうので、
なんとか紙の本、それも商業出版で遺したい、ということです。

商業出版の紙の本なら、少なくとも国立国会図書館には保存されます。

個人的に保存する人もいらっしゃるでしょう。
また、ある程度の部数が出れば、古本として残る率が高くなります。

自分の仕事が、そういう目に見える形で残せれば、それは結果的に
私の「後世への最大遺物」といえるでしょう。

 

 ●「左利きの本」を遺したい

今、過去に書き散らした文章をテーマ毎にまとめ始めています。
月に4本のメルマガ(左利きメルマガ2本と読書メルマガ2本)で
手一杯になってはいますが、閑をみて、原稿作りに励んでいます。

紙の本について、まったく努力していなかったわけではありませんが、
基本人任せでした。

実際に「左利きの本」といいますと、
なかなか出版社の人から相手にしてもらえない傾向にあります。

「左利き」関係の本でベストセラーになった本
というのも限られていますし、それらの多くは名のある人であったり、
社会的地位のある人だったり、です。

私のように、何の権威でもなく、過去に本を出した実績もなく、
有名でもない人の場合、非常にハードルが高い、と考えられます。

それでも熱意があれば、なんとかなるのではないか、
という気持ちでいます。

 ・・・

「左利きの問題」があるのだ、という事実をもっと広く世に知らせ、
後に続くであろう、左利きの子供たちのために、今の社会を
もう少し左利きの人にとって生きてゆきやすいものに変えていきたい、
という気持ちでいます。

そのために、「左利き」について語り、本に遺したいものです。

 ・・・

左利きの本について書きましたが、
弊誌に書き散らしてきた、私の読書論やオススメの本
(例えば、<クリスマス・ストーリーをあなたに>など)
についても書いてみたいものです。

実はこちらも一部ですが、一つのテーマで文章をまとめ始めています。

いつになるかわかりませんが、死を考える機会が多くなっている昨今、
早急になんとかしなければ、という気持ちにはなっています。
頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!

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本誌では、「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」と題して、今回も全文転載紹介です。

春という季節は、出会いと別れの季節とも言われます。
もう5月になってしまいましたが、この春は私にとってけっこう色々なことがありました。
別れもありました。
別に嫌いになったとか何かではなく、年齢的なもの、加齢に伴うものといってもいいでしょう。
仕方のないことです。
出会いがあれば、いつか別れが来るのは、人生の必然でもあります。

死すべき人間である限り、これはどうしようもないものなのですから。

まあ、そんなこんな色々ありまして考えてしまったのが、今回のテーマになっています。

生きてきた証として何か遺したい、これは人間として誰もが考えることだと思うのです。
特にもう終わりが近づいてきた人にとっては、重大なことといえましょう。

ま、そういうわけで、今回はこうなりました。

願いはかなえられるのでしょうか?
努力しだいですよね。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2025.05.03

週刊ヒッキイ第685号-楽器における左利きの世界(31)まつのじん(6)

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【最新号】

第685号(Vol.21 no.8/No.685) 2025/5/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(31)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(6)」

 

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  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン
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第685号(Vol.21 no.8/No.685) 2025/5/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(31)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(6)」
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 左利きのヴァイオリニストまつのじん(松野迅)さんの
 左利きに関するサイト、エッセイ集の左利きに関する文章を紹介し、
 左利きにおける楽器の演奏について考えよう、という試みの6回目。

 

■1回目――まつのじんさんのサイトから

241102-matunojin-1s

 

 「まつのじん」さんについて知る意味で、
 <まつのじんWebsite> 平和ねがいて 弦なりやまず
 http://mjin.m1001.coreserver.jp/
 「ゴーシュからの左右考」2019年7月27日

第674号(Vol.20 no.19/No.674) 2024/11/2
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(26)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(1)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.02
週刊ヒッキイ第674号-告知-楽器における左利きの世界(26)まつのじん(1)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-9afc9f.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/c61c87eab970c035e076d6c9e5e0876d

 

■2回目――まつのじん(松野迅)さんのエッセイ集から

『すみれの花かご ヴァイオリンのある喫茶室』松野迅 未來社 1992/1/1
241207sumire-no-hankago

(Amazonで見る)

 「II マイ・プライベート・ライフ」<涙のひだりきき>

第676号(Vol.20 no.21/No.676) 2024/12/7
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(27)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(2)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.12.07
週刊ヒッキイ第676号-告知-楽器における左利きの世界(27)まつのじん(2)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/12/post-55f0a7.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/3b193894c6d7a3499fa16569f8282e7a

 

■3回目――まつのじんのサイトの左利きページから

 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
(2019年8月13日)
http://mjin.m1001.coreserver.jp/ [ヒダリスト/]
%e3%83%92%e3%83%80%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88/

第679号(Vol.21 no.2/No.679) 2025/2/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(28)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(3)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.2.1
週刊ヒッキイ第679号-告知-楽器における左利きの世界(28)まつのじん(3)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/02/post-5db9f0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/9d54a490b52746a60f5212b9afc3b88a

 

■4回目――まつのじんのサイトの左利きページから

第681号(Vol.21 no.4/No.681) 2025/3/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(29)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(4)」
【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.3.1
週刊ヒッキイ第681号-告知-楽器における左利きの世界(29)まつのじん(4)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/02/post-4c221d.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/ec35e4d1f81a0ac9153e695fbaaef719

 

■5回目――まつのじんのサイトの左利きページから

第683号(Vol.21 no.6/No.683) 2025/4/5
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(30)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(5)」

【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.4.5
週刊ヒッキイ第683号-告知-楽器における左利きの世界(30)まつのじん(5)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/04/post-99dd44.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/9c05f485df40b156b80fc269468ffb6e

 

 さて第6回目は、前回同様、まつのさんの左利きサイト
 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
 (2019年8月13日)
 から、その後半に当たる部分を分けたその3回目を紹介します。

 以前も書いていると思いますが、私は音楽のまったくの素人ですので、
 色々とトンチンカンなことを書いている場合もあるかと思いますが、
 その辺は、想像力を働かせて、お読みください。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆

 {左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}

- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -

 左利きと楽器演奏について考える

   左利きのヴァイオリニスト・まつのじん(松野迅)さん(6)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●「LEFTY-INFO-BOX」

「LEFTY-INFO-BOX」の段落では、アメリカのカレッジにおける
「左利き学生向けの奨学金」について紹介されています。

 《学校や医療機関に自己負担を伴わない、
  欧米の発想が生きています。》

アメリカの大学では、左利きの人向けのテーブル付折りたたみ椅子が、
人数の10%分置くのが決められている、と聞いたことがあります。

トランプ大統領になって、逆平等になっているといった理由からか、
様々な多様性への対応が取り消されているようですが、
左利きへの配慮はどうなっているのでしょうか。
ちょっと気になるところです。

 

 

 ●「HOW TO PLAY for LEFTY VIOLINIST」冒頭解説

250503matunojinhow-to-play-for-lefty-vio

 

次のメインの段落「HOW TO PLAY for LEFTY VIOLINIST」では、
まつのさん自身の演奏に関する解説で、読み方として【じっくりコース】
【斜め読みコース】【飛ばし読みコース】の三通り提案されています。

「左(手)利き演奏家 アルアル」の専門家向け解説、
というところでしょうか。

 《〈左(手)利き 弓弦楽器奏者の アルアル〉コーナーで、
  さまざまな「個性」を紹介しました。左(手)利きの方でも、
  当てはまる項目とそうでない項目があるでしょう。また
  右(手)利きの方で、当てはまる項目に遭遇することもあるでしょう。
  〈アルアル〉で取り上げた現象はわかりやすい例のみで、
  各々のケースが複合的に結合した時には、思いもよらない現象と
  対峙することもあります。
  そのような場合は、絡み合った毛糸をほぐすように、
  エクササイズを用いて「原因探求」をしてゆきます。
  自身に対してもそうです。根気と直感力のいる作業です。》

といいます。

 

左利きの人が、右利き・右手用のハサミを左手で使う場合を
想定してみるとわかりやすいかも知れません。

ふつうのハサミは、「右手用ハサミ」と呼ぶように、
「右手で使うことを想定した作り」になっています。

「右手用ハサミ」は、右手に持ったときの力の入れ方が、
二枚の刃をかみ合わせる方向に働きます。

それを左手で持つと、逆に刃を離す方向に働くことになり、
切ろうとする対象をはさむだけになります。

また、ふつうに構えますと、上の刃が左側にあるので、
切るところを直接見ることが出来ません。

ちょっと横から首を傾げてのぞき見るようにしなければなりません。
あるいは、最初の個所だけ切るところにあてがい、
あとは勘で切っていくことになります。

このように、左手で右手用を使うには、
それなりの工夫が必要になります。

ヴァイオリンの演奏もそれと同じことなのだろうと思います。
独特のやり方をマスターする必要がある、ということです。

*注:
昨今のハサミは二枚の刃のかみ合わせがしっかりしているので、
昔のガタガタのハサミとは違い、
逆の手で持って使ってもある程度は切れるようになっています。
ただし、切る位置を自然な角度で見ることができません。

 

 ●突撃する弓

 《右(手)利きの方にとっては、どうして雑音が発生したり、
  演奏途中に右手の持つ位置が変わったりするのだろう…
  と思われるでしょう。
  私たちは、
  「着地点がわからないままジャンプしてしまったような感覚」
  で弦の上に弓が当たります。(略)想定外の「接触音」に、
  コントロールできない自身が驚いているのです。》

また、弓は「右(手)利きの(西洋)人」にちょうどよい長さになっている、
といいます。

 《左(手)利きにとっては、現実の弓の長さの倍くらいの長さを
  操っているような感覚に近いように思います。
  演奏中に弓の先を認識しようとして、弓の持つ手が真ん中方向に
  移動するのは、この長さの認識が先まで至っていないことが
  影響していると思われます。》

日本人向きになっていないだけでなく、左利きを想定していないので、
微妙な違いが出るのかも知れません。

以前、左利きの人の利き手と軸足の関係に基づいて
「ヴァイオリンの演奏と軸足の関係」について書きました。

第669号(Vol.20 no.14/No.669) 2024/8/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.8.3
楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)-週刊ヒッキイ第669号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/08/post-531140.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/46057327d09383dd6cd5a1447ab5da30

--
左利きの人では通常、多くの人が右足が軸足となり、体重を支えます。

このとき、右手に弓を持ち大きく動かそうとしますと、
重心の位置がぶれ、その身体を支えるのは非常に不安定になります。

弓を右に大きく弾こうと腕を大きく引くと、身体も同じように振れます。
逆に弓を左に押していけば、右足の重心も左に傾き、
左手に持つヴァイオリン本体も不安定になります。

身体が不安定ですと、安定した演奏も難しいでしょう。
--
 <●ヴァイオリンの演奏と軸足の関係>より引用

 

左手利きの人は、たいてい左足利きで、
体重を支える支持足(軸足)は右足になる傾向があります。

身体の右側に重心を置いているのです。
そのため、右手・右腕を大きく動かすと重心がぶれ、不安定になります。
逆に左手側は、自由に動かすことが可能になります。

右手利きの人は、左手利きの人とは逆で、
左足が体重を支える支持足(軸足)で、重心は左側になります。
そのため右手・右腕を大きく動かしても、重心はぶれにくいのです。

左手利きの右弾き演奏家の場合、支持足(軸足)の関係で、
右手に持つ弓を大きく動かすのに不向きになっている、と考えられます。

無意識につい右足に重心を置いてしまい、いざ演奏というときに、
右手に持つ弓の動きが不自然になってしまう……。

弓の動きに関しては、
こういうことも影響しているのではないでしょうか。

 

 ●ウォーミングアップ<左(手)利き編>

 《「左(手)利きの人が右手に弓を持つ場合、右(手)利きの人には
  必要ない(と思われる)ウォーミングアップが必須✌️でしょう。
  しかも、段階的に慣らしてゆくウォーミングアップです。
  日常的に意思疎通のできていない「非利き手」に、
  意思伝達を促してゆきます。ここに時間と知恵を用いましょう。》

《日常的に意思疎通のできていない「非利き手」》
という表現がありますが、
これは、
「利き手は心につながっている」という私の持論に同じでしょう。

以下の部分は、専門的になりますので、割愛します。

「ウォーミングアップ」の4番目に、<左(手)利き編>があります。

 《最終的に弓と弦が接触する瞬間が「勝負どころ」です。
  その接触する直前に、左手に構えた楽器を弓の方向へ接近させます。
  弓がバウンドする前に、左の動きで弓を「とらえる」のです。》

と、左手側から動け、という左手側は単に「受ける」のではなく、
積極的に動け、ということのようです。

先ほどの、支持足と重心の関係で、左手利きは左手側が動かしやすい、
と書いたのと同じ発想でしょう。

 《うまくゆくと、音の出発点から〈左(手)利きコントロール〉の
  「見せ場」&「聴かせどころ」となるでしょう。》

と。

 

 ●自分の指なのに…

 《そうですね。右手の指を動かして弓を操るのは、
  なかなか思い通りにはゆきません。右(手)利きの人たちにとっても、
  指の動作になるとすべての人ができるとは限りません。》

 《あきらめてはなりません。利き手は違っても、
  同じ形状の指があるのですから、半歩ずつでも乗り越えましょう。》

この辺は、利き手の違いによる困難さ、というところでしょう。

「指の自主独立…」「中指と薬指の分離」
この辺のところは流し読む感じです。

 

 ●右手は今どこにいるのだろう…

目を閉じて、両手の指先をそれぞれ近づけてみると――

 《どちらかというと利き手の指先の意識が高く、非利き手の指先を
  そこに近づけてゆくスタイルが多いのではないでしょうか。
  非利き手が空間をさまようことがよくあります。》

それぞれの指の感覚を研ぎ澄まそうというところでしょう。
眼で見て確認するようでは演奏してられませんから。

パソコンのキーボードのタイピングなどと同じですね。

 

 ●いつも曲線を意識してみませんか。

 《利き手に限らず、多くの演奏者の弓の角度が直線的です。》

というのですが、音楽の演奏はもっと自由で、

 《弓の角度は、(略)常に曲線を描くことが可能です。
  その曲線の動きが次に移動する弦へのアプローチとなり、
  音色づくりに結びつきます。音楽的な表現は、弓が放物線のように
  動く姿と切り結んでゆきます。》

で、このとき有効なのが、〈左(手)利きコントロール〉だといいます。

 《楽器の角度に変化を持たせて、弓の角度をサポートすることです。
  弓の右手の角度と、左手で持つ楽器の角度の両方を(反対方向に
  曲面で)動かしてあげると、最小限の角度で収まります。
  その左手側の動作の自由を保障するためには、ヴァイオリンや
  ヴィオラの「肩当て」は動きが制限することがあります。》

左(手)利きだからこそできる、左手でリードする演奏、
とでもいうのでしょうか。
先ほども言いましたように、支持足(軸足)の関係で左利きの場合、
右手の動きは制限されかねませんが、
逆に、左手側の自由度は高くなります。

そこに、
左利き右弾き演奏家特有の円満な演奏の鍵があるかも知れません。

 《自然界に、直線は存在しません。曲線や曲面から成り立っています。
  「曲」を意識することは、自然と融合することです。
  そして日本語の「曲」は音楽を示します。》

なるほど、左利き右弾き演奏家の活路がそこにある、
という、自信の発露のような締めの言葉でしょう。

 

 ●「【ひだり図書館】です」

末尾に「【ひだり図書館】です」というコーナーがあります。
「脳科学」や「左利き」や「左右」に関連する図書のリストです。

《「おすすめ」や「おきにいり」ではございません。》とあるように、
特にこれを読んで欲しい、というまつのさんのオススメ本のリストでも、
左利き演奏に関連する書目でもありません。
あくまでも、「左利き」を理解する上で役に立ちそうな本のリストで、
1964年から2019年までの65点が紹介されています。

私のお気に入りやオススメの本は、
今までにもいろんな機会に書いていますので、そちらをご参考に!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(31)左利きのヴァイオリニストまつのじん(6)」と題して、今回は全紹介です。

この「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」のサイトは、左手利き右弾きヴァイオリン演奏家のまつのじんさんの左利きへの思いの強さ・熱さが伝わってくるような内容でした。

音楽のこと、ヴァイオリンのことはまったくわかりませんが、左利きの動作としては、何かしら理解できるような気がしました。
後に続くであろう左利きの演奏家にとって、右弾きであろうと左弾きに挑戦する人であろうと、おおいに役に立つものだろうと思います。

さらなる続編が生まれることを楽しみにしています。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2025.04.30

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)「乞食」-楽しい読書387号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

2025(令和7)年4月30日号(vol.18 no.7/No.387)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)
詩風の変化を見る(2)「乞食」」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年4月30日号(vol.18 no.7/No.387)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)
詩風の変化を見る(2)「乞食」」
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 「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」陶淵明の10回目です。

 いよいよ陶淵明編もゴール間近というところでしょうか。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
 詩風の変化について、晩年の三首目「乞食」の詩を読んでみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 折にふれて ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)

  ~ 陶淵明(10) ~ 詩風の変化を見る(2)
 
  「乞食」=「食を乞ふ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
Kansi-wo-yomu-1

(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』

 

 ●「食を乞ふ」

亡くなる前年、六十二歳の作といわれる詩で、
最晩年に到達した境地がみえる……。

《文字通りに読むととんでもない詩》で、貧乏で空腹に耐えられず、
見知らぬ家の門を叩き、そこの主人から恵んでもらい、
その主人と意気投合して酒まで飲み、作った詩だと。

現実には、陶淵明さんは、最後まで家族や使用人と荘園で暮らし、
これはフィクションだろう、といわれているそうです。

一方で、「食を乞う」とは、官職を求めたことへの例え、
という説もあるようです。
これも、官職に復帰していないので、いかがなものか、
と宇野さんの解説です。

 ・・・

乞食  食(しよく)を乞(こ)ふ  陶淵明 

 

飢来駆我去  飢(う)ゑ来(きた)つて我を駆(か)り去(さ)り
不知竟何之  知(し)らず 竟(つい)に何(いづ)くにか之(ゆ)く
行行至斯里  行(ゆ)き行(ゆ)きて斯(こ)の里(さと)に至(いた)り
叩門拙言辞  門(もん)を叩(たた)いて言辞(げんじ)拙(せつ)なり

 空腹が募って私を追い立てる
 いったいどこへ行くというのか
 ずいぶん遠くまで歩いてこの村里に到着し
 或るお宅の門をたたいたが、言葉がうまく出て来ない

 

「知らず」は、《疑問符の上について「いったいぜんたい」と
疑問を協調する副詞》。
「行き行きて」は《“どこまでもどこまでも歩いた”という雰囲気》。
「食べ物をください」とは言い出せなかった。

 

主人解余意  主人(しゆじん) 余(よ)が意(い)を解(かい)し
遺贈豈虚来  遺贈(いぞう)あり
        豈(あに) 虚(むな)しく来(きた)らんや
談諧終日夕  談(だん)諧(かな)うて日夕(につせき)を終(お)へ
觴至輒傾杯  觴(しょう)至(いた)れば
        輒(すなは)ち杯(さかづき)を傾(かたむ)く

 この家の主人は私の気持ちをわかって下さり
 贈り物を下さったので、私は無駄に来たことにはならなかった
 私たちは話が合い、夕方の時間帯を過ごしてしまい、
 さらに酒が出て来たので、さっそく杯を傾けることとなった

 

「遺」「贈」も“物を授ける、贈る”の意味。
「豈」は否定詞の「不」に置き換えるとわかりやすく、
「虚しく来たのではない、ちゃんと収穫はあった」という意味に。
「輒ち」は、“さっそく”の意味。

 

情欣新知歓  情(こころ)に新知(しんち)の歓(かん)を欣(よろこ)び
言詠遂賦詩  言詠(げんえい)して遂(つひ)に詩(し)を賦(ふ)す
感子漂母恵  子(し)が漂母(ひようぼ)の恵(めぐ)みに感(かん)じ
愧我非韓才  我(わ)が韓才(かんさい)に非(あら)ざるを愧(は)づ

 私は心中、新しい親友が出来た喜びをうれしく思い
 語り合い、歌を歌い、そして詩を作った
 ご主人様、いにしえの洗濯婆さんのようなあなたのお恵みに、
 私は心を打たれました
 しかしこの私は、韓信のような才能ある人物ではない、
 それが恥ずかしい

 

次の四句は、お酒が入って興に乗り、詩を作って感謝する展開。
「言詠」の二字で“歌をくちずさむ”。
「子」は二人称で“あなた”。「漂母」は《秦末に劉邦に仕え、
漢王朝を建てるのに功績のあった韓信の故事》だそうです。
彼が若い頃、食うのにも困っていたとき、ご馳走してくれた婆さんに、
出世した後に恩返しをした、という。

 

銜戢知何謝  銜戢(かんしゆう)して
        知(し)る 何(なに)をか謝(しや)せん
冥報以相貽  冥報(めいほう) 以(もつ)て相(あひ)貽(おく)らん

 今はこのまま黙ってご恩を胸におさめておいて、
  さていったい、どのようにお礼をしましょうか
 後の世のご恩返しによってあなたに報いることにしましょう

 

最後の二句は、“しょうがないからお礼は来世にします”と、
居直った感じだ、といいます。
「銜収」は、「銜」は“黙って胸におさめる”、
「戢」は“おさめておく”。
「知る」も疑問視の上に置いて、疑問を強調。

 

 ●『漢詩を読む 1』宇野直人さんの解説

 《実体験ではなく、“こうあったらいいなあ”という願望や理想を、
  イメージ優先で書いたのではないでしょうか。》p.398
といい、
 《彼の詩はだいたい全生涯を通して、そのときどきの願望やイメージに
  のっとって作られたフシがあります。》同

すなわち、陶淵明さん=「私小説作家」という捉え方が生きてくる、
といいます。
陶淵明さんは、私小説の主人公になって、酒を飲みながらフィクションを
書いて楽しんでいたのかも、というのが、宇野さんの解説です。

最晩年に至るまで、陶淵明さんは、《何か愛に飢えていたのかな》p.399。
広い意味で不満があった。

この詩のはじめの四句――ふらふら歩いて行くうちに、理想的な村里に
出くわした――は「桃花源記」と同じだといいます。

 《陶淵明は異郷譚の形を詩に取りこんで、願望を述べたことになるで
  しょう。》p.399

前回からここまでに読んだ三つの詩について、
最後の二句が似たニュアンスを持っている――

 《陶淵明の詩は、ちょっと投げやりな、どうでもいいような表現が案外
  多いんです。こだわりがなくさっぱりしているとも言えますが、
  実は彼は農村生活の中で、やはり何か、求めて得られない虚しさが
  ずっと胸の中にあったんじゃないでしょうか。ちょっと痛々しい
  ような気もします。》p.399

 

*参照:「桃花源記」

2024(令和6)年9月30日号(vol.17 no.17/No.374)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
「読山海経十三首」「桃花源記」」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.30
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
-楽しい読書374号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-0b7f46.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/078ba7fdddff1f49484822cdd3073d33

 

 ●林田慎之介訳注『陶淵明全詩文集』の解説

次に林田慎之介さんの解説を引用しましょう。

 《 陶淵明詩集で気になる一篇の詩がある。「乞食」と題する五言古詩
  である。(略)古今東西、どんな詩人でも乞食を主題とする詩は
  残していない。(略)》p.572

 《「乞食」は時に飢えと寒さにさらされることがあったと歌っている
  陶淵明自身の投影であったにちがいない。自分の乞食している
  想像上の姿でなければ、一篇の詩に書きのこす必要はなかったで
  あろう。「乞食」の詩を自分の日常詩としてどうしてものこして
  おきたいというのが、淵明の考えだったとみることの方が自然で
  ある。/「桃花源記」には人里と隔絶された桃源郷が描かれている。
  そこには平和で豊かな農村と農民の暮らしがある。時代を超え、
  時間の存在さえ忘れて暮らしを楽しんでいる農民たちの農村生活
  そのものが、陶淵明にとって桃源郷であったのだ。「乞食」の詩と
  併せ読むと、陶淵明が「桃花源記」を描かねばならぬ必然性が
  見えてくるであろう。》p.573

  『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫 2022/1/8
241031-touenmei-zensibunshuu

(Amazonで見る)『陶淵明 全詩文集』

 

 ●陶淵明さんの詩

陶淵明さんは、このように私小説家のごとく、日常の生活の中から、
自分の思いを詩に書き残したのでしょう。
何かしら満たされない日々の思い、愁いなどを、時に空想に遊びながら、
詩に書き、酒を飲んで紛らわそうとしたのかも知れません。

そういうところが、現代人にも受けるところなのでしょうか。

いよいよ本書『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』の
陶淵明の章もおしまいに近づいてきました。

次回は、隠居生活を始めた直後の意気盛んな頃の「帰去来の辞」を
紹介します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)詩風の変化を見る(2)「乞食」」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文中にも書いていますが、陶淵明編もいよいよ終わりに近づいてきました。

今回は少し短い一本になっていますが、陶淵明最終ラウンドは、長めの詩を扱うので、一回では納まりきらないようです。
今しばらく続くかも……。

 ・・・

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2025.04.19

週刊ヒッキイ第684号-告知-『左組通信』復活計画[36]『LL』復刻(9)LL10 1996年秋号(前)

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!) 
【最新号の告知】

第684号(Vol.21 no.7/No.684) 2025/4/19
「ホームページ『レフティやすおの左組通信』復活計画 [36]
『LL(レフティーズ・ライフ)』復刻(9)
LL10 1996(平成8)年 秋号(前半)」

 

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【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

  右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第684号(Vol.21 no.7/No.684) 2025/4/19
「ホームページ『レフティやすおの左組通信』復活計画 [36]
『LL(レフティーズ・ライフ)』復刻(9)
LL10 1996(平成8)年 秋号(前半)」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 久しぶりに今回は、
 季刊誌『LL(レフティーズ・ライフ)』の復刻です。

 今回も新規入力分で、
 すなわち「ネット初公開!」――ということになります。

 ここまで8ページ一挙公開してきましたが、
 今回はスペース的にむずかしく、前・後半二回に分けてお送りします。

 

┏ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┓

ホームページ『レフティやすおの左組通信』復活計画 [36]

  『LL(レフティーズ・ライフ)』復刻 (9)
 
   (内容紹介)LL10 1996(平成8)年 秋号(前半)

┗ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┛      

*(参照)――

・メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第43号(No.43) 2006/8/12
<「国際左利きの日」記念号>「私にとっての左利き活動(3)」
 ■レフティやすおの左利き活動万歳■ ―隔号掲載―
私にとっての左利き活動(3)『LL』の時代
(参照)※『レフティやすおの左組通信』のページ
○レフティやすおの左利き自分史年表
○レフティーズ・ライフ(LL)再録(1)全号目次 

・メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第602号(No.602) 2021/9/4
「創刊600号突破記念―
 私が影響を受けた左利き研究家・活動家(2)第二期・紙の時代―その1」
・ブログ『レフティやすおのお茶でっせ』2021.9.4
私が影響を受けた左利き研究家・活動家(2)第二期・紙の時代1
(創刊600号突破記念)-週刊ヒッキイ第602号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2021/09/post-57d0e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/e2aaaa56a6400bcc04d24d46a47d1d03

------------------------------------------------------------------

 ●『Lefties' Lifeレフティーズ・ライフ』LL10 概要

LL10 1996(平成8)年 秋号 A5版 8ページ

------------------------------------------------------------------
前説 The Compliments of the FALL Issue
―特集“左利きを科学する”(1)
------------------------------------------------------------------
左利きの生活 To Live In The Right-Handed World
―あなたの<左利き度>をしらべてみよう!
------------------------------------------------------------------
■その1■…………………………………………………………………………
 スタンレー・コリン著 石山鈴子訳『左利きは危険がいっぱい』
    ((c)1992) 文藝春秋 刊より

(1) 利き手調査――あなたの利き手を調べてみましょう。
(2) 利き足調査――あなたの利き足はどちらでしょうか。
(3) 利き目調査――あなたの利き目はどちらでしょうか。
(4) 利き耳調査――あなたの利き耳はどちらでしょうか。
------------------------------------------------------------------
■その2■…………………………………………………………………………
 前原勝矢著 『右利き・左利きの科学』((c)1989)
  講談社ブルーバックス 刊 より
側性係数(LQ)を用いて利き手の程度を数値で確認してみよう
------------------------------------------------------------------
左利きの本だなぁ その8 お勉強編
 前原勝矢著『右利き・左利きの科学 利き手・利き足・利き目・
  利き耳…』講談社ブルーバックス (c)1989
―<あなたの左利き度をしらべてみよう>その2で引用した本。
------------------------------------------------------------------
左利き用の道具を知っていますか? 使ったことがありますか?
 その9 Left-handed tools & goods
いつもポケットにウェンガー WENGER
―ウェンガー・スイス・アーミーナイフ レフトハンダー・シリーズ
------------------------------------------------------------------
右側の席から/左側の席から (読者のお便りコーナー)
Letters from the right/left side seats
―右側の席から/左利き用品メーカーより/左側の席から
------------------------------------------------------------------
左利きのテキスト本紹介
―全巻左利きに関するもの/左利きに関する章を含むもの
------------------------------------------------------------------

250419-ll10

 

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 LL10 1996(平成8)年 秋号
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

------------------------------------------------------------------
前説 The Compliments of the FALL Issue

―特集“左利きを科学する”(1)
------------------------------------------------------------------
 左利きに関するいちばんの疑問は、
「なぜ人間には右利きと左利きがあるのか?」ということでしょう。
それは「利き手はいかにしてつくられるのか?」と言い換えることも
できるかもしれません。
 人が左利きになる理由・原因とはなにか?
 今回からしばらくこの問題に挑戦してみましょう!

 第一回は、アンケート編です。
「左利き」についてより深く知るために、まずあなたの利き手を調べて
みましょう。
科学啓蒙書から、利き手調査のための質問をひろってみました。

 本題に入る前に、ちょっとした質問をします。

(『左利きは危険がいっぱい』スタンレー・コリン著 石山鈴子訳
 文藝春秋 より)

250419-kiken-ga-ippai-h

 

 次の○○○に「左利き」という言葉を当てはめたときに、Bさんの
いわんとする意味をどう解釈しますか?

 Aさん「どんな具合でしたか?」
 Bさん「彼の振るまいは、まるで○○○のようでしたよ」

 これは、あなたの「左利き」に対するイメージに関する調査――
ハンディズム(利き手差別)について――でした。
 例えば、「天才」とか「英雄」という言葉を当てはめると、万事うまく
行ったことになる。逆に、「大バカ者」とか「まぬけ」といった言葉を
入れると、ことがはかばかしくなかったことになる。
 調査によると、「不器用だ」「まぬけだ」とか「場違いだ」「無礼だ」
など、91%の人がマイナスのイメージに解釈したという。
 意識する、しないに関わらず、「左利き」に対して否定的な固定的観念
を持っている人が大部分なのだそうです。そして、残りの人はたぶん
左利きの人なのでしょう。
 さて、あなたの場合はどうでしたか?

――From the Publisher やすお

 

------------------------------------------------------------------
左利きの生活 To Live In The Right-Handed World

―あなたの<左利き度>をしらべてみよう!
------------------------------------------------------------------

■その1■…………………………………………………………………………
 スタンレー・コリン著 石山鈴子訳『左利きは危険がいっぱい』
 ((c)1992) 文藝春秋 1994 刊より

250419-kiken 

(Amazonで見る)

………………………………………………………………………………………

 

 あなたの左利き度を、利き手・利き足・利き目・利き耳について
それぞれ調べてみましょう。

(1) 利き手調査――あなたの利き手を調べてみましょう。

 下記の質問に答えてください。それぞれの動作にどちらの手を使うか、
 もっとも良く当てはまるもの――「右」「左」「両方」――に○を
 付けてください。
 自信がないときは実際にやってみて、どちらの手を使っているか
 確かめてください。

1 普段、字を書くとき―――――――――――― 右 左 両方
2 絵を描くとき――――――――――――――― 右 左 両方
3 ボールを投げたり、的に当てたりするとき―― 右 左 両方
4 テニスなどでラケットを握るとき―――――― 右 左 両方
5 歯ブラシを持つとき―――――――――――― 右 左 両方
6 ナイフでものを切るとき―――――――――― 右 左 両方
7 釘を打つとき、ハンマーを持つのは――――― 右 左 両方
8 マッチをするとき、マッチを持つのは―――― 右 左 両方
9 消しゴムで消すとき―――――――――――― 右 左 両方
10 トランプなど、カードを配るとき――――― 右 左 両方
11 針に糸を通すとき、糸を持つのは――――― 右 左 両方
12 ハエたたきを持つのは―――――――――― 右 左 両方

 それぞれの答えのうち、「右」の答えに3、「両方」の答えには2を
掛け、その数に「左」の数を足したものが、あなたの得点です。

「右」 ×3=〔 〕
「両方」×2=〔 〕
「左」   =〔 〕
――――――――――
あなたの得点 〔 〕

得点33~36: 強度の右手利き
  29~32:中程度の右手利き
  25~28: 軽度の右手利き
     24:    両手利き
  20~23: 軽度の左手利き
  16~19:中程度の左手利き
  12~15: 強度の左手利き

 

(2) 利き足調査――あなたの利き足はどちらでしょうか。
 利き手の場合と同じ要領で行ってください。

1 ボールを蹴ったり、的に当てたりするとき――― 右 左 両方
2 足の爪先で小石を拾い上げたいと思ったとき―― 右 左 両方
3 虫を踏みつぶすとき―――――――――――― 右 左 両方
4 椅子の上に足をのせなければならないとき、
  どちらから先にのせますか―――――――――― 右 左 両方

 

(3) 利き目調査――あなたの利き目はどちらでしょうか。
 利き手の場合と同じ要領で行ってください。

1 望遠鏡をのぞくとき―――――――― 右 左 両方
2 瓶の中をのぞくとき―――――――― 右 左 両方
3 鍵穴からのぞくとき―――――――― 右 左 両方
4 ライフルの照準を合わせるとき――― 右 左 両方

 

(4) 利き耳調査――あなたの利き耳はどちらでしょうか。
 利き手の場合と同じ要領で行ってください。

1 締め切ったドアの向こうに会話を聞くとき、
  どちらの耳をドアにあてますか――――― 右 左 両方
2 ラジオのイアホンは―――――――――― 右 左 両方
3 人の心臓の鼓動を聞くとき――――――― 右 左 両方
4 時計のコチコチという音を聞くとき――― 右 左 両方

 

(2)(3)(4)それぞれの利き側の得点

11~12: 強度の右側利き
 9~10:混合型の右側利き
    8:    両側利き
  6~7:混合型の左側利き
  4~5: 強度の左側利き

調査によると、

 強度の右手利きは、72%
 強度の左手利きは、 5%
 両手もしくは混合型は、22%
 
それにひきかえ、利き足では、

 強度の右足利きは、46%
 強度の左足利きは、 4%
 混合型は、    50%

利き目でも、

 強度の右目利きは、54%
 強度の左目利きは、 5%
 混合型は、    41%

にものぼるという。

利き耳は、もっと希薄で、

 強度の右耳利きは、35%
 強度の左目利きは、 5%
 混合型は、    60%

と、右耳利きはわずか35%で、大半は混合型を示すという。

さて、あなたの場合は? 

 

■その2■…………………………………………………………………………
 前原勝矢著 『右利き・左利きの科学』((c)1989)
  講談社ブルーバックス 刊 より

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………………………………………………………………………………………

 利き手は、右または左と二分されるものではなく、右に近い両手利きや
左に近い両手利きなど、様々な程度の両手利きが存在する。
 側性係数(LQ)を用いて、利き手の程度を数値で確認してみよう。

1 文字を書く―――――― 右手 左手 両手
2 ハシをつかう――――― 右手 左手 両手
3 絵をかく――――――― 右手 左手 両手
4 ハサミをつかう―――― 右手 左手 両手
5 ボールを投げる―――― 右手 左手 両手
6 歯ブラシをつかう――― 右手 左手 両手
7 スプーンをつかう――― 右手 左手 両手
8 短いホーキを持つ――― 右手 左手 両手
9 マッチをする――――― 右手 左手 両手
10 ビンのフタをひねる― 右手 左手 両手

〔計算式〕LQ=100×(右-左)÷(右+左+両手)

すべての動作を右手で行う人は、LQ=プラス100。
逆にすべての動作を左手で使う人は、マイナス100。
右手利きから左手利きまで20段階に評価することができる。
結果は以下のとおり。あなたはどうでしたか?

(*注:以下に『右利き・左利きの科学』から写した、
    手書きのグラフを図示。今回は数値で表現してみました。)

250419-1415kikite

【14~15歳の男性の利き手分布】

100~91 :50%弱 ―――――↑右手利き傾向
 90~81 :20%弱 
 80~71 :15%ぐらい
 70~61 :7~8%ぐらい
 60~51 :5%ぐらい
 50~41 :3%ぐらい
 40~31 :2~3%
 20~11 :2%ぐらい
  0~-9 :2%ぐらい
-20~-29:1~2%
-40~-49:2~3%
-60~-69:2~3%
-80~-89:3%ぐらい
-90~-100:5%ぐらい ―――↓左手利き傾向

LQの値が高い(プラス)ほど、右手利き傾向が強く、
低い(マイナス)ほど、左手利き傾向が強い。

 

250419-migihidari-dousa

【動作の難易度による右手利き頻度の違い】

 びんのふた:80%弱
ほうきをもつ:87~88%
  歯ブラシ:90%弱
 さじをもつ:92%ぐらい
 ボール投げ:93%ぐらい
   マッチ:94%ぐらい
    ハシ:95%ぐらい
   ハサミ:96%ぐらい
    絵画:97%ぐらい
    書字:98%ぐらい

難しい動作ほど利き手がハッキリする。

 ・・・

以上、ここまでで前半4ページ分が終了です。

紙版の誌面では、余白を利用して、うまく詰めて紹介していました。
こちらでは、その辺がむずかしく、長くなってしまいました。

次回、後半の5~8ページ分を紹介します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「ホームページ『レフティやすおの左組通信』復活計画 [36]『LL(レフティーズ・ライフ)』復刻(9)LL10 1996(平成8)年 秋号(前半)」と題して、今回は全紹介です。

紙版の復刻版の10号まで来ましたが、いよいよゴール間近となりました。

このあと、本格的に活動が進むのかと思っていたのですが、仕事が忙しくなったり、ちょっとした病気になったり、で頓挫してしまいます。
やはり無理は良くないということだったのですね。
背伸びしていたようです。
何事もほどほどにしておくべきでした。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

 

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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2025.04.15

私の読書論195-<町の本屋>論(9)『町の本屋は~』(飯田一史)より-レフティやすおの楽しい読書386号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号・告知】

2025(令和7)年4月15日号(vol.18 no.6/No.386)
「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年4月15日号(vol.18 no.6/No.386)
「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」
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 昨年9月から散発的に綴ってきました、本屋さん減少を嘆く
 <元本屋の兄ちゃん>による<町の本屋>論の9回目となります。

【過去8回の<私の「町の本屋」論>】

(1)2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

(2)2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

(3)2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607

(4)2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ―
『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

(参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29
(Amazonで見る)

231213utukusii-honnyasan-no-madori

(5)2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

(6)2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.15
私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-4d9a04.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7555773c70cfe4846b3dc367dbf5493c

(7)2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.15
レフティやすおの楽しい読書377号-告知-
私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-6b5805.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/22c8bc62482c03566e741b6b67100f12

(参考書)
『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からの
メッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22
(Amazonで見る)

241109matikara-shoten

(8)2024(令和6)年12月15日号(vol.17 no.22/No.379)
「私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WEST
「消えてゆく本屋さん~」より」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.12.15
レフティやすおの楽しい読書379号-告知-私の読書論191-
<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WESTより
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/12/post-16f0d8.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/0bbde416e34436d0ef75c6e041731d82

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論195 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>9 ~

  『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

4月17日発売予定の本
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』
 飯田 一史/著 平凡社新書
(Amazonで見る)

 

の「まえがき」の「web版」が公開されています。

今回はこれをネタに書いて見ましょう。

 ・・・

『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)
https://note.com/ichiiida/n/n7dd7ed834dd1?sub_rt=share_pb

 

2025年3月28日 06:10
飯田一史

 

 ●『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』の概要

まずは、この本の概要を紹介しましょう。

《概要》
かつて本屋は「帰り道にふらっと寄る」場所だった。
だが、いつのまにか町から本屋の姿はなくなり、
「わざわざ行く」場所になってしまっている。
いったいいつから、どのようにして、本屋は消えていったのか?
本書では、出版社・取次・書店をめぐる取引関係、定価販売といった
出版流通の基本構造を整理した上で、戦後の書店が歩んだ闘争の歴史を
テーマごとにたどる。
公正取引委員会との攻防、郊外型複合書店からモール内大型書店への
移り変わり、鉄道会社系書店の登場、図書館での新刊書籍の貸出、
ネット書店の台頭――。
膨大なデータの分析からは、書店が直面してきた苦境と、
それに抗い続けた闘争の歴史が見えてくる。
「書店がつぶれていく」という問題の根幹を明らかにする一冊。

《目次》
まえがき
第一章 日本の新刊書店のビジネスモデル
 コラム1 本屋の動向と読書の動向は必ずしも一致しない
第二章 日本の出版流通の特徴
 コラム2 書店の注文・取引方法あれこれ
第三章 闘争する「町の本屋」――運賃負担・正味・新規参入者との戦い
 コラム3 見計らいの重視、予約と客注の軽視
第四章 本の定価販売をめぐる公正取引委員会との攻防
 コラム4 返品条件付販売への切り替えはいつ起こり、
  いつ委託ではないと認識されたのか
第五章 外商(外売)
 コラム5 取次からの請求への書店の入金率の変化と返品入帳問題
第六章 兼業書店
 コラム6 信認金制度
第七章 スタンドと鉄道会社系書店
 コラム7 出版物のPOSの精度を高めるのはなぜむずかしいのか
第八章 コンビニエンス・ストア
 コラム8 書籍の客注と新刊予約注文の歴史
第九章 書店の多店舗化・大型化
 コラム9 共同倉庫構想の挫折史
第十章 図書館、TRC(図書館流通センター)
 コラム10「送料無料」と景表法規制
第十一章 ネット書店
 コラム11 2020年代の「指定配本」の増加
終章
あとがき

 

新書版ながら、350ページ超というかなりゴツい本で、
出版業界における新刊書店の立場や、環境の変化や、
その衰退の歴史を追った本のようです。

元(町の)本屋の兄ちゃんとしては、気になる本です。

 

 ●私が「本屋の兄ちゃん」時代にやったこと

私が町の本屋さんで働いていたのは、1980年代の前半ぐらいでした。
もう40年近くになります。

しかし、その頃からすでに町の本屋の売り上げは、
いいお店でも前年並み。
たいていのお店は5%程度のダウンだったかと思います。

コンビニでの雑誌やコミック・文庫の販売が始まり、
また郊外型の大型書店やビデオ店と併存の書店が開業するようになり、
そういう従来とは異なるタイプの販売店が出てきたのです。

そのため既存の新刊書店、従来型のパパママストア的な町の本屋は、
非常に苦しい状況が始まったのでした。

その中で私がやっていたことは、
複数の高校の最寄り駅の駅前書店という文教地区の立地でしたので、
高校生のお客様も多く、学校の休みの時期を考慮して、
若向けの雑誌の入荷数の定期改正を行ったり、
オリジナルのフェアを3カ月程度の期間であの手この手と企画したり、
3年間とはいえ、高校生客を「育てる」ような姿勢でやっていました。

また、ライバル店がスーパー内にあり、うちは昼間の販売が弱い店で、
お子様向けや婦人客向けも限られた条件の中で、
特色を出すように工夫したものでした。

 

 ●『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき

まえがきの概要を――。

冒頭、今では本屋さんは「本好きが、わざわざ行く」場所になっている、
といいます。
昔は多くの人が毎日のように訪れていた場所だったのに。

なぜこうなったのか。

《戦後の新刊書店のうつりかわりをまとめた》本がないので、
日本の本屋さんのたどってきた道が分からない。
そこで、
 《本書で掘り下げたいのは「普通の書店」の商売はどのように
  成立し、変わり、また、どんな背景から競争に敗れ消えてきたのか》
について見ていこうといいます。

 《本書では「町の本屋」と書くときには中小規模の、
  多くは大規模チェーン展開をしていない、地元資本の書店を指す。》

一般的な「町の本屋」さんについての本だということですね。

そこで「書店経営」視点から、書店ビジネスの構造や時代の変化を描く。

 《理解しやすくするために、時系列順 (編年体) での記述ではなく、
  テーマ別に「町の本屋」とそれ以外のさまざまな勢力との攻防を軸に
  各章を分けた。》

 

 ●書店の実状と利益率の低さ

 ●なぜ欧米諸外国とは違い、日本では本の売り上げが減ったのか

 ●書店を取り巻く競争環境

 ●本書のタイトルについて

 ●書店業界の二つの面

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」
と題して、今回は冒頭と見出しのみの紹介です。

内容がweb版の「まえがき」の概要説明ですので、そちらを見ていただければ、ということですね。
今回は、特に私自身の考えや経験などを書いているというほどではありませんので。

 ・・・

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2025.04.05

週刊ヒッキイ第683号-楽器における左利きの世界(30)まつのじん(5)

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

【最新号】

第683号(Vol.21 no.6/No.683) 2025/4/5
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(30)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(5)」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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第683号(Vol.21 no.6/No.683) 2025/4/5
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(30)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(5)」
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 左利きのヴァイオリニストまつのじん(松野迅)さんの
 左利きに関するサイト、エッセイ集の左利きに関する文章を紹介し、
 左利きにおける楽器の演奏について考えよう、という試みの5回目。

 

■1回目――まつのじんさんのサイトから

 「まつのじん」さんについて知る意味で、
 <まつのじんWebsite> 平和ねがいて 弦なりやまず
 http://mjin.m1001.coreserver.jp/
 「ゴーシュからの左右考」2019年7月27日

第674号(Vol.20 no.19/No.674) 2024/11/2
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(26)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(1)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.02
週刊ヒッキイ第674号-告知-楽器における左利きの世界(26)まつのじん(1)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-9afc9f.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/c61c87eab970c035e076d6c9e5e0876d

 

■2回目――まつのじん(松野迅)さんのエッセイ集から

『すみれの花かご ヴァイオリンのある喫茶室』松野迅 未來社 1992/1/1

241207sumire-no-hankago

(Amazonで見る)

 「II マイ・プライベート・ライフ」<涙のひだりきき>

241207sumire-no-hankagohidarikiki

241207sumire-no-hankagov

第676号(Vol.20 no.21/No.676) 2024/12/7
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(27)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(2)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.12.07
週刊ヒッキイ第676号-告知-楽器における左利きの世界(27)まつのじん(2)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/12/post-55f0a7.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/3b193894c6d7a3499fa16569f8282e7a

 

■3回目――まつのじんのサイトの左利きページから

 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
(2019年8月13日)
http://mjin.m1001.coreserver.jp/ [ヒダリスト/]
%e3%83%92%e3%83%80%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88/

第679号(Vol.21 no.2/No.679) 2025/2/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(28)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(3)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.2.1
週刊ヒッキイ第679号-告知-楽器における左利きの世界(28)まつのじん(3)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/02/post-5db9f0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/9d54a490b52746a60f5212b9afc3b88a

 

■4回目――まつのじんのサイトの左利きページから

第681号(Vol.21 no.4/No.681) 2025/3/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(29)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(4)」
【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.3.1
週刊ヒッキイ第681号-告知-楽器における左利きの世界(29)まつのじん(4)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/02/post-4c221d.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/ec35e4d1f81a0ac9153e695fbaaef719

 

 さて第5回目は、前回同様、まつのさんの左利きサイト
 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
 (2019年8月13日)
 から、その後半に当たる部分の2回目を紹介します。
 意外に長くなってしまい、次回3回目をお送りします。

 以前も書いていると思いますが、私は音楽のまったくの素人ですので、
 色々とトンチンカンなことを書いている場合もあるかと思いますが、
 その辺は、想像力を働かせて、お読みください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆
 {左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}
- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -

 左利きと楽器演奏について考える

   左利きのヴァイオリニスト・まつのじん(松野迅)さん(5)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ●「演奏家の登場です」(1)左弾きヴァイオリニスト

「左利き左弾き」の二人の演奏家の動画2本による紹介です。

まず一人目は、ヴァイオリニストから。

なんと、(ふつうの)右利き用を「左弾き」する(!)
ヴァイオリン演奏家が紹介されています!

 

ヴァイオリニストのカトリーナ・ニコライエフKatrina Nicolayeffさん

 《彼女は左手に弓を持ち、
  右手にヴァイオリンを構えて演奏をしています。
  彼女は私と同じく、
  「右(手)利き用」のヴァイオリンを使用しています。
  「左(手)利き用」の楽器ではなく、
  弦の並び順も変更せずに演奏しています。
  弓を持つ左手を上げると高音、下げると低音が鳴ってきます。
  演奏はおみごとです。
  彼女の演奏するジャンルは〈フュージョンFusion〉と呼ばれる
  音楽分野です。》

「右利き用を左弾きする」というスタイルです。
「これぞ、超絶技巧!」というものでしょう。

ギターでは、松崎しげるさんが「右用をそのまま左弾きしている」
と聞いたことがありますけれど、こういう例もあるのですね。

ただしこれは、「〈フュージョンFusion〉と呼ばれる音楽分野」での話、
だそうです。

 《私も採用したいところです……が、音域上の理由でこのスタイルは
  クラシック音楽の演奏には適さないのです。(≧∀≦)》

というのです。

 《クラシック音楽は、
  ヴァイオリンに高音域のきらめくような音質を要求》

されるからだそうです。

以下、技術的なお話が出てきます。
演奏者でなければわからないと思われますので、カットしますが――。

 《「右(手)利き用」の楽器を右手で持つと、
  細い弦(E線)のハイポジションにまでは指が届きづらく、
  クラシック音楽で必要な音域へ指が到達しないでしょう。》

といいます。一方、

 《フュージョンは、限られた音域から豊かなニュアンスを紡ぎだす
  魅力あふれる音楽です。カトリーナ ・ニコライエフ さんのような
  卓越した「左利き奏者」を生み出したことは、すばらしいことです。
  動画で拝見・拝聴してから、私は彼女の大ファンとなりました。》

彼女の演奏する動画――

カトリーナ ・ニコライエフさんの右利きヴァイオリンの左弾き演奏

音楽のジャンルによっては、右用の左弾きも可能、という実例ですね。

要は、

(1)「右用」を「右弾き」――
 不自由でも非利き手の右手で演奏することを重視して、
 右弾きに慣れるように必死で練習するか

(2)「右用」でも「左弾き」――
 あくまでも利き手である左手による演奏を重視して、
 難しい左弾きに慣れるように必死で練習するか

という二つの選択が、
左利き用の楽器が少ない現状における、「現実的な選択」となります。

 

 ●「演奏家の登場です」(2)左弾きピアニスト

ついに、以前からこの企画で紹介してきました、
クリストファー・シードChristopher Seedさんが登場します。

  《1998年に製作された左利き用フォルテピアノを演奏しています。》
  このあたりは必読でしょうね!

 

二つ目の動画がそれ、鍵盤楽器の演奏です。

 《私はこの動画に接した時、生まれて初めて、鍵盤楽器の演奏を
  緊張しないで観る&聴くことができました。楽しめました。それまで、
  なんらかのストレスを伴っていたことに気づかされました。》

これって、どういうことなのでしょうか。

右利きの人が感じるという、
左利きの人が左手で字を書いているのを見たときの「違和感」、
と同じようなものなのでしょうか。

 

 《登場する楽器は、フォルテピアノです。
  現代のピアノ(ピアノフォルテ)の前身です。
  そして調律は現代社会でよく用いられている「平均律」ではなく、
  古典調律のようです。
  ロベルト・シューマン(1810-1856)作曲の「蝶々」作品2(1829-1831)
  が演奏されています。》

このへんの楽器についてのお話はよくわかりません。

 

 ●通常の「右用」鍵盤楽器について

「動画に登場する楽器について」です。

 《一般的にチェンバロ(ハープシコード)、オルガン、ピアノなどの
  鍵盤楽器は、左側の鍵盤から右側の鍵盤へと音程が順に高くなって
  ゆきます。》

これは以前も書きましたように、

 →ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド→

と左端の低音部から右端の高音部へと展開しています。
そしてこの並びは、

 《右(手)利きの人にとっては、音楽・音程の高揚が
  右側へと拡がるので、そのように創られたと推察されます。》

と私の考えと同じ考えが示されています。

漢字の「一」を書くときや、横線を引くとき、右利き・右手書きの人は、
右手・右腕を左から右へ「引く」ように動かします。
この方向の動きが、右手・右腕の「自然な動き」になるからです。

鍵盤の演奏も同じです。
右手・右腕の「身体の自然な動き」と、
低音から高音への展開による「心の高揚」との一致が、
まさにこの鍵盤の並びに反映しています。

 

 《人それぞれによって異なりますが、
  左(手)利き人間は、
  音楽・音程の高揚が利き手側=左側に向かう方が、
  自然に感じられます。》

この「利き手側=左側へ向かう動き」こそが、
左利きの人の自然な「身体の動き」と「心の高揚」の一致した方向
となります。
横線を引くときの右から左へ(←)の動きと同じです。

 

 ●「左(手)利き用」の鍵盤楽器

 《↓この動画で使用されている鍵盤楽器のキーボードは、
  音程の並び方向が真逆にできています。「左(手)利き用」です。》

220401christopher-seed-the-left-handed-p

Lefthandpiano

クリストファー・シードChristopher Seedさんの演奏

 

 《下図の上は、私たちが日ごろ目にしているキーボードの並び順です。
  白鍵(前鍵)は、左側から右側へ〔ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・
  ド〕と並び、音程が上昇します。
  この動画で使用されているキーボードの白鍵(前鍵)は、
  下図の下のように、右側から左側へ
  〔ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド〕と配置されています。
  それに添って黒鍵(後鍵)の並び方も逆仕様となっています。
  左側に向かって音程が上昇します。》

図は、サイトを御覧下さい。
白鍵と黒鍵の位置が示されています。

250405-2019813-matunojin-hidarikiki-14

 

 ●「右(手)利き用」鍵盤楽器との違い

次に、演奏の仕方について書かれています。

 《演奏する手も入れ替わります。
  私たちが日ごろ目にしていますがる「右(手)利き用」鍵盤楽器では、
  (原則として)楽譜(大譜表)の上段〔高音域〕を右手、
  下段〔低音域〕を左手が演奏します。
  ところが「左(手)利き用」鍵盤楽器では、
  その逆手で演奏することになります。》

当然のことですが、左右の手を入れ換えて演奏するわけです。

 《下図の中央ように、(原則として)上段〔高音域〕の音符を左手が
  担当し、下段〔低音域〕の音符を右手が演奏することになります。
  こうなりますと、
  【音程の方向性と楽譜の地図(ながれ)が一致しない】
  と感じられませんか? 
  楽器のつくりと同様、楽譜のしつらえも「右(手)利き脳」に即して
  発想され、そして発達・発展してきたことがわかります。》

250405-2019813-matunojin-hidarikiki-15

そうなんですね。楽器の製作の発想も、
演奏にまつわる楽譜の表記の発想もまた、右利き用になっているのです。

 

ここでも、図はサイトをご参照下さい。

要するに上下を入れ換え、通常、右手演奏部分が上段で、
左手演奏部分が下段に配置されているのを、入れ換えるのですね。

右手が主旋律で左手が伴奏、という通常の演奏を、
左右の手の役割を入れ換えるわけですから。

さらに、

 《そこで、下図の3つめ(黄色)のように元々の楽譜を左右反転させ、
  右側から左側へと音が流れるようにしてみました。
  そうしますと、私は脳内の音のイメージと?内心の音楽が
  ぴったり重なってくるのです。
  そればかりか、左側に進行するにつれ音程の高まりとともに、
  気持ちが自然と高揚してまいります。》

すなわち、「←」へと進行する楽譜にするということです。

 

 《この動画のような楽器が身近にあれば、
  私はもっと鍵盤楽器のお稽古を励んだことでしょう。(o^^o)》

というお言葉が、とても大きいと思います。

「左利きの人は、左利き用の道具を!」
という、私のいつもの言葉に通じるものです。

 

 ●クリストファー・シードの左利き演奏の感想

 《動画で演奏するピアニストは、クリストファー・シード
  Christopher Seedさんです。
  1998年に製作された左利き用フォルテピアノを演奏しています。
  2015年8月15日、スコットランドの首都エディンバラEdinburghの
  グレイフライアーズ教会Greyfriars Kirkでの、ステージです。
  すばらしい演奏が聴こえてまいります。
  Leftt-Handed Piano built in 1998,
  a mirror-image copy of a Graf fortepiano
   built by Poletti and Tuinman Fortepiano Makers.》

 

クリストファー・シードさんのことは、(ブログでは写真とともに)
この連載で何度か紹介してきました。

 

 《この動画をごらんになって、「右(手)利き」の方の中には
  ⚡️違和感を感じる方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
  違和感を通り越して、気持ちが?不安定になる方がいらっしゃる
  かもしれません。あるいは、しばらく時を経てから
  不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

  私は、その心の衝動を充分に理解できます。
  なぜならその不安定な心の動きは、私たち「左(手)利き族」が
  日常的に内心と精神で味わっている 〈試練〉に他ならないからです。
  それは、生涯にわたり切り離せないものでしょう。》

 

先ほども書きましたように、
左利きの人が字を書くのを見たときの違和感と同じようなものでしょう。

これは、一つは慣れの問題です。

実際に、私たち左利きの人間でも、
以前は左利きの人が左手を使っているのを見たときに、
何かしら不自然なものを感じることがあったからです。

なぜなら、私たち左利きの人も、普段身近に目にしているのは、
右利きの人たちの姿ばかりだからです。
自分の姿も、鏡の反転したものしか見ていないのです。

自分のまわりに左利きの人がいないかぎり、
左利きの姿を目にすることがないからです。

見慣れないものは、やはり違和感の素になるのですね。

 

 ●左利きの人は左利き用の道具を!

それでもやはり言わなければいけないのですが――

左利きの人はやはり左利き用の道具を使わなければいけないのです。

なぜなら、
右利きの人が右利き用の道具を使って幸せになっているのですから。

それと同じ事なのです。

みんながそういう風に振る舞ってゆけば、
自ずとそれが自然に見えてくるのです。

そう信じています。

 ・・・

 この後、「LEFTY-INFO-BOX」をはさんで、
 次のメインの段落「HOW TO PLAY for LEFTY VIOLINIST」では、
 左利きの右弾きのヴァイオリニストの演奏についてのあれこれ――
 左利きの演奏家の陥るあれこれが書かれています。

 こちらは次回改めて私に理解できる範囲で紹介してみようと思います。

 私にも理解できそうな一般的な事例に置き換えて読む、
 という方向になりますが、取り上げておきたいと思います。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(30)左利きのヴァイオリニストまつのじん(5)」と題して、今回は全紹介です。

一人でも多くの人に、この手の左利き情報をお届けしたい、という気持ちで、今回も全文転載します。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
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※本稿は、レフティやすおの他のブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう』に転載しています。
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2025.03.31

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)「子を責む」他-楽しい読書385号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)

【最新号】

2025(令和7)年3月31日号(vol.18 no.5/No.384)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)
詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年3月31日号(vol.18 no.5/No.384)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)
詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」
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 昨年10月末以来の「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」です。

2024(令和6)年10月31日号(vol.17 no.19/No.376)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」其の十四、其の九」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.10.31 
レフティやすおの楽しい読書376号-告知-
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/10/post-dd55d8.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/28a764aef4d8bdd85e7c3f0bbf475ac5

 

 引き続き、陶淵明の9回目です。

 いよいよ陶淵明編もゴール間近というところでしょうか。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
 <折にふれて>の詩を読んでみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 折にふれて ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)

  ~ 陶淵明(9) ~ 詩風の変化を見る(1)
 
  「子を責む」「諸人と共に周家の墓の柏の下に游ぶ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
(Amazonで見る)

Kansi-wo-yomu-1

 

 ●「子を責む」

陶淵明さんが41歳で官職を辞めてから亡くなるまでの約20年間の、
詩風の変化を10年おきに瞥見できる三首を見てゆきます。

「子(こ)を責(せ)む」とは、“求める、要求する”の意で、
「子供たちを励ます」という題名です。

《四十四歳頃、田園生活の実態が分かってきたあたりの作品》です。

《“そろそろ老いの兆しがあるが、肝心の子どもたちはちゃんと
 育ってくれるだろうか”という感慨を抱きます。》

というのが、宇野直人さんの解説です。

 ・・・

責子  子(こ)を責(せ)む  陶淵明

白髪被両鬢   白髪(はくはつ) 両鬢(りょうびん)を被(おほ)ひ
肌膚不復実   肌膚(きふ) 復(ま)た実(み)たず
雖有五男児   五男児(ごだんじ)有(あ)りと雖(いへど)も
総不好紙筆   総(すべ)て紙筆(しひつ)を好(この)まず

 私はこの頃、白髪が左右の鬢にかぶさり、
 体の皮膚ももはや、はりがなくなって来た
 五人の息子を授かったとは言うものの、
 そろいもそろって紙や筆を好まない

「両鬢」は左右両側の耳際の髪で、これが白髪となり、
《充実感がなくなった》。
五人の子供たちは皆、勉強が嫌いなんだ、と。

以下、《五人の息子たちの一人ひとり寸評を加えるという
 おもしろい作り方》だといいます。

 

阿舒已二八   阿舒(あじょ)は已(すで)に二八(にはち)なるに
懶惰故無匹   懶惰(らんだ) 故(もと)より匹(たぐ)ひ無(な)し
阿宣行志学   阿宣(あせん)は行(ゆ)くゆく志学(しがく)にして
而不愛文術   而(しか)も文術(ぶんじゆつ)を愛(あい)せず

 舒ちゃんはもう十六にもなったのに、
 その怠け者のことといったらまったく比類がない
 宣ちゃんはもうすぐ志学の年になるのに、
 詩や文章の作り方に全然身が入らない

 

「阿」は名前の上につける愛称。舒は長男。
「懶惰」は“ものうい、ものぐさ、面倒がり”
宣は次男。「志学」は十五歳のこと。
『論語』「為政第二」にある「十五歳で学門に志した」という思い出話。

 

雍端年十三   雍端(ようたん)は年(とし)十三(じゆうさん)にして
不識六与七   六(ろく)と七(しち)とを識(し)らず
通子垂九齢   通子(つうし)は九齢(きゆうれい)に
         垂(なんなん)とするも
但覓梨与栗   但(ただ) 梨(なし)と栗(くり)を覓(もとむ)るのみ

 雍と端は年十三、
 ところが六と七とで自身の年齢の十三になることもわからない
 末っ子の通坊は九つになろうとするのに、
 梨だ、栗だ、芋だと食べ物をねだるばかり 

 

次に三男と四男、この二人は双子という説もあるそうです。
「六と七の区別もつかない」とも解釈できるのですが、
本当だとすると、どちらもちょっと困りもの。
「通子」の「子」も愛称。「通坊」とでも訳しておきます、と宇野さん。
知性が感じられない。

 

天運苟如此   天運(てんうん) 苟(いやし)くも此(かく)の
         如(ごと)くんば
且進杯中物   且(しばら)く杯中(はいちゆう)の物(もの)を
         進(すす)めん

 これが自分に与えられた天命なら、くよくよするのをやめて
 まあまあ、杯の酒を飲み続けることにしようや

 

 
「天運」は天が私に下された運命、
「苟くも」は“もしそういうことなら”と仮定を示す。
「且く」は、“まあ、とりあえず”と差し当たりのことを述べる。

 

 ●宇野さんの解説

宇野さんは、西晋の左思の子供を歌った詩を念頭にこれを読みますと、
左思の詩が子供のことを微に入り細を穿つように描いているのに対して、
陶淵明さんは、
《離れたところからかいつまんでまとめた感じ》で、
自分は遠くに居て、子供たちの寸評を書いている。

《出だしの二句も結びの二句も自分のことで、
 それがサンドイッチのように
 子どもたちへの批評を包み込んでいます。》

子供への愛情よりも自分のことを優先している、と宇野さん。
考えれば今までも、陶淵明さんは、自分のことを歌ってきた、と。

「私小説」というのが、陶淵明の詩を読むときの、
一つのキーワードだと言います。

左思の時代は、神童をがもてはやされる風潮があった。
陶淵明も無意識に神童と比べてわが子を見る視点があったのでしょう、
といい、

《いっそう露悪的、偽悪的に、貴族社会があまりに神童を持ち上げる
 ことに反発して、わざと我が子をダシに、“子どもというのは
 そんなものじゃないだろう”と言いたい気持ちが彼の中にあった
 ような気がします。》

そういう意味では社会的視点といえるかも、と。

 

 ●林田慎之介訳注『陶淵明全詩文集』の解説――

『陶淵明全詩文集』の林田慎之介さんの解説によりますと――

《陶淵明がごくありふれた日常性を描いて、秀逸な一篇の詩に
 昇華させたものに、自分の五人の子らの特徴をとらえて歌い込んだ
 「責子」がある。》p.573
《五人のわが子の特徴をみごとにおさえて、あしざまに歌い込んでいく
 が、そこに父親としての慈愛がそこはかとなくただよっていて
 愛すべき作品となっている。陶淵明の父親らしい独自のひねりが
 きいていて、それがユーモラスな笑いにつながっている。ここでは
 日常の何でもない光景を一篇の詩にうつしとる詩才が見事に発揮
 されている。》p.574
  『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫 2022/1/8
(Amazonで見る)

241031-touenmei-zensibunshuu

 

他の解説も読んでみますと、勉強嫌いでどうにもならない子供たちだ、
と嘆きながら、その実、父親としての慈愛が漂っている、
という見方が多いようです。

いかにも自分の子だ、これも天命とあきらめて酒でも飲むとしよう、と。

 

 ●興膳宏『陶淵明』の解説

昨年12月に講談社学術文庫から出版された

『陶淵明』興膳 宏(こうぜん ひろし)/著 講談社学術文庫 2024/12/12
(Amazonで見る)

250331-tou-enmei

(原本は、1998年に『風呂で読む陶淵明』として世界思想社より刊行)

の解説を読んでみますと――

《五人の息子たちの出来の悪さを嘆いたユーモラスな詩。(略)
 いつの世でも、親の目からすれば、なかなか期待通りにならない
 子どもに対して、ついぼやきの一つも出ようというものだが、
 それを文学にまで昇華させた作品は、この詩が初めてにちがいない。
 子どもの不出来を嘆く父親自身も、同時に戯画化されているのが
 おもしろい。》pp.43-44
  「第1章 帰ってきた陶淵明」<子を責む>

ここでも、子供たちの出来の悪さを「ユーモラス」に描いた、
という評価のようです。
そして、自分自身も戯画化している、と。

 

 ●陶淵明さんの日常詩

老いの兆しを感じ、自分の子供たちがどのように育ってくれるのか、
気になるという陶淵明さんの詩のようです。

ただ、自分の子供というものをどう評価するか、
という問題も難しいものだと思います。

特に詩に残すとなりますと、
褒めすぎるのも親馬鹿で、かといってあまりに厳しい評価では、
そういうおまえはどうなんだ、と逆襲されるかもしれません。

日常的な詩とすれば、最終的にはこのような――くさしながら、
それもまたおれの子なんだから、仕方ないよね、とこれも天命
としておき、そして、ここのところは酒でも飲んで、と締める――
そういう形になるのかもしれません。

 

 ●「諸人と共に周家の墓の柏の下に游ぶ」

次は、隠居生活の中間地点という、54歳頃の作。
天気のいい日、墓場で宴会をしたときの詩。

清明節――春分の日のあと十五日目、4月の5、6日頃、
お墓参りのあとみんなでピクニックなどを楽しむ習慣があった、
といいます。
《題名にある周家のお墓にお参りをして、その後の精進落としで
 発表された詩じゃないでしょうか。
墓場での宴会のせいか、生と死が不思議なかたちで融合しています。》

陶淵明さんの曾祖父が周訪(しゅうほう)という人と親しくしていた
そうで、その後、家族ぐるみでおつき合いをしていたそうです。

 ・・・

諸人共游周家墓柏下
  諸人と共に周家の墓の柏の下に游(あそ)ぶ  陶淵明
 
今日天気佳  今日(こんにち) 天気(てんき)佳(よ)し
清吹与鳴弾  清吹(せいすい)と 鳴弾(めいだん)と
感彼柏下人  彼(か)の柏下(はくか)の人(ひと)に感じては
安得不為歓  安(いづく)んぞ歓(かん)を為(な)さざるを得(え)ん

 今日は天気がよい
 澄んだ笛の音とことの調べがひときわ冴えわたる
 そこの柏の木の下に眠る人のことに心を打たれ
 この場でどうして楽しみを尽くさずにいられようか

 

「柏(はく)」は、ヒノキの類でお墓に植える常緑樹。
いつも緑なので、亡くなった人の末永き冥福を祈る、というところか。
「楽しみを尽くさずにいられようか」は、

《“自分たちもお墓の中の人のように
 いつかは死ぬのだからせめて今楽しもう”
“亡くなった人を慰め、安心してもらえるよう、
 われわれみんなで楽しもう”》

の二つの意味がある、と宇野さんの解説。

 

清歌散新声  清歌(せいか) 新声(しんせい)散(さん)じ
緑酒開芳顏  緑酒(りよくしゆ) 芳顏(ほうがん)開(ひら)く
未知明日事  未(いま)だ知(し)らず 明日(みようにち)の事(こと)
余襟良以殫  余(よ)が襟(むね)は良(まこと)に以(すで)に殫(つ)きたり

 清らかな歌声に乗って、新しい音楽が響く
 緑色のうま酒はみんなの顔をほころばせてくれる
 明日の事はわからないけれど
 今のところはまったく思い残すことがなくなった

 

《“われわれが楽しめばお墓の中の人も楽しむ”》
という発想があるそうです。

基本は社交の詩、でも最後の二句には、無常観が顔を出している、と。

《“われわれも明日は元気でなくなるかも知れないけれど、
 今日のところはまあいいや”》

官職を辞めて、農耕生活はうまくいかず、隠者にもなりきれず、
不安定な日々――そういう生活から、こういう最後の無常感が表れた
のかも? という宇野さんの解説です。

 

他の解説などでは、陶淵明さんの楽観的な部分をみているようなものが
多いように思います。

「子を責む」のラストでも、

《これが自分に与えられた天命なら、くよくよするのをやめて
 まあまあ、杯の酒を飲み続けることにしようや》

というように、どちらかと言えば、なるようになるさ的な、
楽観主義的な見方を許す言葉がよく見られます。

どこまでが本気かはわかりませんが、
そういうふうに、人生を乗り切ってゆく、のが
陶淵明さんのやり方なのかも知れません。

それはそれで、人の一生はツラいことの連続なのですから。

 ・・・

――次回は、詩風の変化について、晩年の三首目「乞食」を紹介します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文中にも書きましたが、久しぶりの「漢詩を読む」です。
陶淵明編もいよいよゴール間近というところでしょうか。

今年前半でなんとかゴールできそうです。
次は、ようやく唐詩に入って行けそうです。

 ・・・

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2025.03.15

[コラボ]<左利きミステリ>第7回国内編(後)再発掘作-楽しい読書384号

古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!) 
【最新号】

2025(令和6)年3月15日号(vol.18 no.4/No.384)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作紹介」

 

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2025(令和6)年3月15日号(vol.18 no.4/No.384)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作紹介」
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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン
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第682号(Vol.21 no.5/No.682) 2025/3/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(前編)新規発見作紹介」
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*「前編」も見てね! 「前編」はこちらで↓
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 今回も先月に引き続き、私の発行しているメルマガ
 『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』と
 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』のコラボ企画、
 <左利きミステリ>の第7回目。

 過去5回は、第6回の(前編)をご参照下さい。

第680号(Vol.21 no.3/No.680) 2025/2/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第6回 海外編(前編)新規発見作紹介」

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  ★ コラボ企画 ★

 『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』
  <左利きミステリ>第7回 国内編
(前編)新規発見作紹介

 × × × × × × × × × × × × × × × ×

 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
  <左利きミステリ>第7回 国内編
(後編)再発掘作紹介

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<左利きミステリ>についてです。

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』で、
「名作の中の左利き/推理小説編」として紹介してきました。

その後、機会ある毎に新たな情報を追加しながら、今日に至っています。

今回は、<国内編>を紹介していきます。

 ・・・

*<左利きミステリ>とは、
 左利きの人が主要登場人物である物語や
 左利きの性質をトリックに活用した推理小説、
 左利きや左手や左右に関連した推理小説、サスペンス小説、
 ホラー作品等の広義の「ミステリ」の総称をいう。


 国内ミステリ : 東野圭吾『どちらかが彼女を殺した』
 海外ミステリ : エラリー・クイーン『シャム双子の秘密』

------------------------------------------------------------------
*(新たに表示記号の追加・変更があります)

 1843:新聞・雑誌等初出年代 (1927):書籍刊行年代
 (フランス/中国):出版国/作品の舞台となる国―出版国と異なる場合
 「」:短編、長編の一章 『』:収録短編集、長編 
 エミール・ガボリオ:作者名 
 [シャーロック・ホームズ]:登場する「名探偵」(シリーズ探偵)の名
 ・特記事項
 [未]:<左利きミステリ>にもう一歩、未成熟
 [準]:<左利きミステリ>に準ずる
 [外]:番外編 (左利き/左手/左右関連)
 [H]:ホラー [SF]:SF [F]ファンタジー
 [傍]:メインのストーリーとは無縁の傍系の話
 [参]:参考作品(一般小説・児童書、小説以外のノンフィクション等)
------------------------------------------------------------------

<左利きミステリ>の登場人物・分類表

 (探):左利きの探偵/探偵役
 (被):左利きの被害者
 (犯):左利きの犯人
 (容):左利きの容疑者
 (他):左利きのその他の事件関係者
 (脇):脇役、通りすがり、妄想中の左利きの人物
    ([傍]メインのストーリーとは無縁の傍系の話に登場する人物)

<左利きミステリ>としての紹介の都合上、
作品のネタバレとなるケースがあります。
基本的に、キーポイントとなる読みどころに関しては
問題が起きないように留意しながら紹介していますが、
ときに一部ネタバレになる場合もありますが、ご容赦ください。

━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━

<左利きミステリ>:<国内編> 再発掘作紹介

━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
(再発掘/リスト漏れ<左利きミステリ>)
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━

 

今回は、<左利きミステリ>の国内編の再発掘編。
再発掘もしくは、忘れ物ですね。

ただ、内容を御覧いただければ分かりますように、
純粋に「ミステリ」と呼べそうなものは、山本周五郎の作品ぐらいです。
ほとんどが「非ミステリ」という感じです。
広義のミステリとしても、ホラー系です。

参考作品として「左利き」の性質といいますか、「左利き」の本質、
あるいは、発表当時の社会の平均的な「左利き」感、もしくは
「左利き」に対する見方というものを知っていただくための情報として、
その価値があるかと思います。

 

 ●「一粒の真珠」山本周五郎

1947「一粒の真珠」山本周五郎 (容)
<左利きの容疑者、「ぎっちょの文治」>
初出『新青年』1947年2月号
――窃盗容疑者の許嫁者の元不良の徒「ぎっちょの文治」。
 お嬢様の首飾りの真珠を盗んだ罪をかぶせられた小間使いの許婚者の
 文治は、元不良ということで、容疑者の共犯と疑われる。

・『山本周五郎長篇小説全集 23 寝ぼけ署長』新潮社 2014/11/27
(Amazonで見る)

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・『寝ぼけ署長』山本 周五郎/著 新潮文庫 第二版 2019/3/28
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*参照:『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第214号(No.214) 2010/6/5
<左利きムーヴメントLHM>宣言!“左利き紳士・淑女録”

【新企画】“左利き紳士・淑女録”
(2)架空の人物編
■か行-き・ぎ■
【ぎっちょの文次】ぎっちょ・の・ぶんじ
・山本周五郎/著「一粒の真珠」の登場人物
  新潮文庫『寝ぼけ署長』(1981)収録
・本名 西山文次
・建具屋職人
 《十歳前後で孤児になり、
  富屋町の表通りに店のある建具屋の家で育てられ、
  親方は鈴木秀吉といい、
  文次にずいぶん目をかけて仕込んだし、
  当人も左利きが難だったけれど手の性が良く、
  十六七になると一人前の仕事をするようになった。》p.77
・若くして金を稼ぐようになり、一度ぐれて、
 「ぎっちょの文次」と呼ばれる不良の徒となる
 その後立ち直り、結婚を機に建具屋として独立する

 

 ●「眠れる美女」川端康成

1960.1-1961.11「眠れる美女」川端康成 [H]
『新潮』1960(昭和35)1月~1961(昭和36)11月
<怪しい宿の左利きの女(女性管理人?)>
――変態老人男性の女体偏愛小説? 老人の性を扱った佳編。1999年の
 新潮文庫「人は誰でも年を取る」フェアの一冊にも選ばれています。
 怪しい性風俗店の女主人を「左利き」らしく設定し「怪しさ」を演出
 していると、巻末の三島由紀夫の解説でもそのように解釈しています。
・『眠れる美女』川端 康成/著 新潮文庫(新版) 2024/8/13
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《(略)女は立って、隣室へ行く戸の鍵をあけた。左利きであるのか
 左手を使った。(略)なんでもないうしろ姿なのだが、江口にはあやし
 いものに見えた。帯の太鼓の模様にあやしい鳥が大きかった。(略)》

 

 ●[参考]「片腕」川端康成

1963.8-1964.1「片腕」川端康成 [参][H]
<男と片腕を交換した若い女性の「右腕」>
『新潮』1963(昭和38)8月~1964(昭和39)1月
――右腕を外して男に貸す娘。男は腕を取り換えて眠り、起きると元に
 戻すが、女の腕は冷たくなって……。『眠れる美女』に併録されている
 ように、こちらは孤独な男の性欲を描いている奇妙な味の一編。
・『眠れる美女』川端 康成/著 新潮文庫 2024/8/13
(著者没後50年、浅田次郎氏の新解説を追加した増補版)
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《「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。/そして右腕を
 肩からはずすと、それを左手に持って私の膝の上においた。/
 「ありがとう。」と私は膝を見た。娘の右腕のあたたかさが膝に
 伝わった。》p.135

 

 ●[参考]『流しのしたの骨』江國香織

(1996.7) 『流しのしたの骨』江國香織 [参]
<「左利き」の恋人は便利?>
――三女の「こと子」を語り手に奇妙な家族を描く小説。こと子は、
 ダブル・デートの相手の恋人たちが手を繋ぎながらフォークを使うのを
 見て便利だと思い、以後、食事の際右手を釣って左手を使い始めます。
・『流しのしたの骨』江國香織/著 新潮文庫 1999/9/29
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《「あなたのお友達は左利きなの?」(略)
 「ほら、あの二人ずっと手をつないでいたでしょう? 
 もともと左利きなのか、それとも彼女と手をつないでいるために
 左手を使っていたのかしらって……」(略)
 「左利きだよ」/私は感心した。恋人が左利きだとすごく便利だ。
 そう感想を述べると、深町直人はわらっていた。》p.10
《「利き腕のことだけど、ことちゃんが練習してみれば? 真面目に
 やれば、フォークくらいきっとすぐ左手で使えるようになるよ」/
 「……そう思う?」/小さな弟は力強くうなずいた。》p.14
《ごはんを食べるときに右手を使ってしまわないように、
 右腕をスカーフで吊ってるの」/
 父は私の右腕をじっとみつめた。母も食べるのをやめている。
 弟だけがお行儀良く食べ続けながら、/「魚、むしってあげるよ」/
 と言った。/「ありがとう」》p.18
《「……なぜ右手を使っちゃまずいんだ?」(略)
 「だって便利でしょう? 両方使えると」/「……」/
 父は少し黙ってそうか、と言うと再び自分の食事にもどる。/
 「かまわないのよ。こと子。私はおもしろいと思うわ、右手を使わずに
 ごはんを食べるのも」/母が言い、そのあとはもう誰もなにも
 言わなかった。》p.19

 

 ●「左きき」伊集院静

(1996.10) 「左きき」伊集院静 (犯?/失踪人)
<姿を消した女の特徴は「左利き」>
――左利きの女性を探してほしいという依頼を受けた「探偵」(?)。

『昨日スケッチ』伊集院 静/著 講談社 1996/10/1
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・『昨日スケッチ』伊集院 静/著 講談社文庫 1999/11/1
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「左きき」 p165-170
《「この女を探してる」(略)「ハワイで知り合った。日本へ一緒に
 戻ってきたら突然、いなくなった」/「名前は?」/「ミチコ……。
 それしかわからん」/「一緒にいて、姓も聞かなかったのか」/「そう
 いう関係だった」/国谷が少し悔むように言った。/私は渡された
 写真の女の顔をじっと見た。Tシャツに短パンツというラフな恰好で、
 ベッドサイドに腰かけて女は笑っていた。特別美人というわけではない
 し、どこかに特徴がある女でもなかった。》

 

 ●『左利きの剣法 本所剣客長屋』押川國秋

(2009.3) 『左利きの剣法 本所剣客長屋』押川國秋 [時代小説](脇)
<左腕一本の剣士>
――敵討ちを果たすべく江戸に出てきた古井虎之助を主人公とする
 時代小説シリーズ第二作、虎之助に右腕を切り落とされて左腕一本で
 剣を振るう剣士二人が登場する。 (ホームページ『左利きを考える 
 レフティやすおの左組通信』「小説で読む左利き」2009.9.13 より)
・『左利きの剣法 本所剣客長屋』押川國秋/著 講談社文庫 2009/3/13
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 ●『闇彦』阿刀田 高

(2010.7)『闇彦』阿刀田 高 [H]
『闇彦』新潮社刊
<ホラー/ファンタジー、左利きのお話し上手の血を継ぐ少女>
――海彦、山彦、闇彦という、海の神、山の神、そして夜の神。
 夜の神は、語り部の血を引く一族で、語り手の小学生時代の同級生稲子
 も、語り手もまた、同じストーリーを紡ぐ血筋の仲間だったのか……。
・『闇彦』阿刀田 高/著 新潮文庫 2013/12/24
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《「ぎっちょでした。だーすけ字が書きにくくて、なんでも覚えてしまう
 んです。お話をたくさん聞かせてくれました」》p.18
《――稲子はどこへ行ったのか――/海の向こうに闇彦の島がある。
 死んだ人が行くらしい。/(略)人知を超えたあやかしの……闇彦の
 しわざかもかもしれない(略)――稲子はそこから来て、そこへ帰って
 行ったのかな――/お話がうまいのは、そのせいかもしれない。
 しばらくは心に残った。》p.24

 

 ●『ドリームバスター』宮部みゆき

(2011.11)『ドリームバスター』宮部みゆき [SF](ヒーロー)
<SFファンタジーの少年ヒーロー、左利きのD.Bシェン>
――悪夢から人をすくいだす、主人公の少年シェンと師匠のマエストロの
 二人のドリームバスター(D.B)の冒険物語。
・『ドリームバスター』宮部みゆき/著 山田 章博/イラスト 徳間書店
2001/11/1
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《(略)話しながら彼が背中を向けたとき、細長くて少し反りのかかった
 刀を、斜めに背負っているのが見えた。(略)
 このタイプの長い刀は、鞘を払うときも、真っ直ぐには抜けない。
 自分の身体を中心に、ちょうど背負い投げをするように、
 斜めに半円を描くようにして抜くのだ。
 だから、右利きなら左肩の後ろに柄が来るように背負う。
 左利きなら右肩に背負う。少年の刀の柄は右肩に来ていた。/
 「君は左利きなんだね」/
 伸吾に問われて、腕組みして歩き回っていた少年は足を止めた。/
 「へえ……最初にそういうことを訊くD・Pは初めてだぜ」》

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本誌では、「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:<左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作紹介」と題して、今回も全文転載紹介です。

2月、3月と月の半ばの号では、こういう<左利きミステリ>について書いてきました。
関心のない方には、無意味な企画かもしれません。
「左利き」のみならず、ミステリや推理小説のトリックやストーリーの一つのテーマと言いますか、モチーフとして使われる小道具の一つとして、関心を持つ方もいるのではないか、と思っています。

そういう面からだけではなく、ひいては「左利き」そのものにも関心を持っていただければ、という気持ちで続けています。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

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[コラボ]<左利きミステリ>第7回海外編(前)新規発見作-週刊ヒッキイ第682号

左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii(まぐまぐ!)

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第682号(Vol.21 no.5/No.682) 2025/3/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(前編)新規発見作紹介」

 

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2025(令和6)年3月15日号(vol.18 no.4/No.384)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作」
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*「後編」も見てね! 「後編」はこちらで↓
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 今回も先月に引き続き、私の発行しているメルマガ
 『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』と
 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』のコラボ企画です。

 以前も何度か試みましたが、その7回目です。

 

【過去のコラボ】1回目から5回目までの詳細は、
↓ の第6回(前編)からご覧下さい。

■6回目――

(前編)
『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第680号(Vol.21 no.3/No.680) 2025/2/15
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第6回 海外編(前編)新規発見作紹介」

【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.2.15
[コラボ]<左利きミステリ>第6回海外編(前)新規発見作
-週刊ヒッキイ第680号
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(後編)
『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2025(令和6)年2月15日号(vol.18 no.2/No.382)
「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:
<左利きミステリ>第6回 海外編(後編)再発掘作紹介」

【最新号】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.2.15
[コラボ]<左利きミステリ>第6回海外編(後)再発掘作-楽しい読書382号
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  ★ コラボ企画 ★

 『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』
  <左利きミステリ>第7回 国内編(前編)新規発見作紹介

 × × × × × × × × × × × × × × × ×

 『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
  <左利きミステリ>第7回 国内編(後編)再発掘作紹介

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<左利きミステリ>についてです。

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』で、
「名作の中の左利き/推理小説編」として紹介してきました。

その後、機会ある毎に新たな情報を追加しながら、今日に至っています。

今回は、<国内編>を紹介していきます。

 ・・・

*<左利きミステリ>とは、
 左利きの人が主要登場人物である物語や
 左利きの性質をトリックに活用した推理小説、
 左利きや左手や左右に関連した推理小説、サスペンス小説、
 ホラー作品等の広義の「ミステリ」の総称をいう。


 国内ミステリ : 東野圭吾『どちらかが彼女を殺した』
 海外ミステリ : エラリー・クイーン『シャム双子の秘密』

------------------------------------------------------------------
*(新たに表示記号の追加・変更があります)

 1843:新聞・雑誌等初出年代 (1927):書籍刊行年代
 (フランス/中国):出版国/作品の舞台となる国―出版国と異なる場合
 「」:短編、長編の一章 『』:収録短編集、長編 
 エミール・ガボリオ:作者名 
 [シャーロック・ホームズ]:登場する「名探偵」(シリーズ探偵)の名
 ・特記事項
 [未]:<左利きミステリ>にもう一歩、未成熟
 [準]:<左利きミステリ>に準ずる
 [外]:番外編 (左利き/左手/左右関連)
 [H]:ホラー [SF]:SF [F]ファンタジー
 [傍]:メインのストーリーとは無縁の傍系の話
 [参]:参考作品(一般小説・児童書、小説以外のノンフィクション等)
------------------------------------------------------------------

<左利きミステリ>の登場人物・分類表

 (探):左利きの探偵/探偵役
 (被):左利きの被害者
 (犯):左利きの犯人
 (容):左利きの容疑者
 (他):左利きのその他の事件関係者
 (脇):脇役、通りすがり、妄想中の左利きの人物
    ([傍]メインのストーリーとは無縁の傍系の話に登場する人物)

<左利きミステリ>としての紹介の都合上、
作品のネタバレとなるケースがあります。
基本的に、キーポイントとなる読みどころに関しては
問題が起きないように留意しながら紹介していますが、
ときに一部ネタバレになる場合もありますが、ご容赦ください。

 

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<左利きミステリ>:<国内編> 新規発見作紹介

━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
(新たに見つけた<左利きミステリ>)
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 ●「血の文字」黒岩涙香

(1892)「血の文字」黒岩涙香 (被)
<左利きの被害者による左手のダイイングメッセージ>
――エミール・ガボリオ「バティニョールの老人」の翻案小説。
1892(明治25)年8月刊、小説集『綾にしき』収録
・『日本探偵小説全集1 黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集』
 創元推理文庫 1984/12/22
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《「...あの老人が左得手(えて)で、筆を持つのは左手だと云う事を
 御存じないと見えますな」》p.107

(参考) 1870 (フランス)(被)
「バティニョールの老人」エミール・ガボリオ
<左利きの被害者、左手のダイイング・メッセージ>
「ル・プチ・ジュルナル」(フランス四大日刊紙)1870年7月8日~19日連載
――自分の血で書いた犯人の名と思われるダイイング・メッセージ。
 左手の指に血が付いていたので、予審判事も警察署長も、犯人が誤って
 左手に血を付けて偽装したと判断し、犯人逮捕に辿り着くが……。
・『世界推理短編傑作集6』戸川安宣/編 太田浩一/訳 2022/2/19
(Amazonで見る)

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《右手は汚れていない……べっとりと血にまみれていたのは、
 左手の人差指だった。/では、老人は左手で血の文字をかいたのか……
 そんなばかな……》p.36(太田浩一/訳)
《「...おまえが血に浸したのは、死体の左手だったんだよ……」》
《「ビゴローの親父はもともと左利きだったんだよ!」》p.99

 

 ●「琥珀のパイプ」甲賀三郎

1924「琥珀のパイプ」甲賀三郎 (犯)(被)
<左利きの犯人、左利きの被害者>
『新青年』1924(大正13)年6月
――3つの事件の錯綜を解くと、左利きと右利きの犯人がいたとが判明。
・『日本探偵小説全集1 黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集』
 創元推理文庫 1984/12/22
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《二人を殺した奴は別だと云うのです。二人とも同じ凶器でやられて
 います。そうして二人とも確かに左肺をやられています。然し一人は
 前からで、一人は後(うしろ)からです。(略)どれも一文字に引いて
 あるのは、左から右に通っています。(略)」》
《「林檎の皮を御覧でしたか、皮は可成りつながっていましたが、左巻き
 ですよ。林檎を剥いたのが左利き、襖を突いたのが右利き、女を刺した
 のが左利き、然し男を殺したのは右利きです」》

 

 ●[参考]「左ぎっちょの正(まさ)ちゃん」小川未明

(1935)「左ぎっちょの正(まさ)ちゃん」小川未明 [参]児童文学
<“左ぎっちょ”の正ちゃんは、不器用!?な左利き>
昭和10年5月『小豚の旅』四条書房 収録
――箸は左、まり投げも左、でも字は右手。最初は左だったけれど、
 お母さんの言葉で右に。でもお父さんは「しぜんのままに」で、
 学校で字を書くときは右、お弁当や家でご飯を食べるときは左。
 まりを投げるのは左で、左ピッチャー。でも“不器用”な正ちゃん。
 “不器用”な例として作者は、近所の小さい子をあつめて“大将”に
 なった彼が、小さい子に頼まれ、じゅず玉を作りますが、思うように
 できず、待ちきれぬ子供たちは紙芝居を見に行ってしまいます。でも、
 頑張って一つ作りあげた彼は、次はもっとうまく作れると思いました。
 挿絵を見ますと、右手で針を持ち、じゅず玉に糸を通そうとしている
 のですが、これでは“不器用”なのも仕方ない気がします。
 昔のお話ですので、現代の眼で見ますと、色々と問題があると思われ
 ますが、その時代の風潮、左利きへの理解度、容認度というものを知る
 資料としてお読み頂きたいものです。
・『定本 小川未明童話全集10』小川 未明 講談社 1977/8/1
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 《正ちゃんは、左ぎっちょで、はしを持つにも左手です。まりを投げる
 のにも、右手でなくて左手です。/「正ちゃんは、左ピッチャーだね。
 」と、みんなにいわれました。けれど、学校のお習字は、どうしても
 右手でなくてはいけませんので、お習字のときは妙な手つきをして、
 筆を持ちました。最初、鉛筆も左手でしたが、字の形が変になって
 しまうので、これも右手に持つ癖をつけたのです。/お母さんは、
 困ってしまいました。/「はやく、右手で持つ癖をつけなければ。」
 と、ご飯のときに、とりわけやかましくいわれました。すると、
 お父さんが、/「左ききを無理に右ききに直すと、盲(めくら)になる
 とか、頭が悪くなるとか、新聞に書いてあったよ。だから、自然のまま
 にしたおいたほうがいいのじゃないか。」と、おっしゃいました。》

 

 ●「虚像」大下 宇陀児

1955(1956年)「虚像」大下 宇陀児 (容)
<左利きの犯人/左利きの容疑者/鏡のなかの動き>
『サンデー毎日』昭和30年8月7日~12月17日号連載
『虚像』大下 宇陀児/著‎ 毎日新聞社 1956/1/1
――主人公が鏡のなかに見た、ぶきっちょな動きの犯人像の正体は……。
・『日本探偵小説全集3 大下 宇陀児 角田 喜久雄集』創元推理文庫
1985/7/26
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《(略)鏡の中で見ていたのである。(略)その短刀を握る手つきが、
 どうしてだか、ぶきっちょな、不自然な形に見えた。これはまことに
 重大なことである。》p.198
《問題は、手だった。/釘をうつのに右の手で釘をおさえている。
 だから、金槌のほうは、左の手へ握っているのであった。》p.286
《「うん、どうもね、子供の時分から、癖がついちまったのだ。生爪を
 はがしたことがあって、それから左ギッチョになったのさ」(略)
 「なおせって言われた。みっともないってね。だから、字を書くの
 なんか右手になった。でも、ピンポンしたり、力仕事するとなると、
 やっぱり左手のほうがいいんだな。(略)」》

 

 ●[参考]「左利きの独裁者――東条英機の悲劇」有馬頼義

(1971/昭和46)「左利きの独裁者――東条英機の悲劇」有馬頼義 (犯)
――<左利きゆえに、左手で持った拳銃では心臓を撃てず、右手で失敗>
(初出)『小説昭和事件史3』有馬頼義/著 三笠書房 1971/1/1
・『時代小説大全集6 小説人物日本史 昭和』新潮社/編 新潮文庫
1991/9/1
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《(略)胸をあけた。そこに、墨の丸があった。東條は左利きであった。
 左手に拳銃を持ち、これを自分の左の胸に向けて、ひきがねを引くこと
 の困難さに、気付いたのだ。しかし、時間がなかった。東條は、思い
 きって拳銃を右手に持ちかえ、ひきがねを引いた。あとのことは、
 覚えていない。東條は、失敗した。その失敗は、軍人としての東條が、
 過去においておかしたあやまちにくらべて、大きすぎただろうか。
 問題にならないほど小さな失敗だっただろうか。》p.107

 

 ●「左利きの月」阿藤玲

(2017)「左利きの月」阿藤玲 (容)?
<恋愛ミステリ? 双子のミラー・ツインズ(兄右利きと弟左利き)の
 兄弟の謎>
――去年のクリスマス・イブに告白した相手はどっちだったのか、
 恋人同士風の写真の人はどっちだったのか、といった謎?を解く。
 登場人物が多く、一度読んだだけでは分かりづらいところがあり、
 ネタが面白いだけに、ちょっと残念な気がします。
・『お人好しの放課後 御出学園帰宅部の冒険』阿藤 玲/著
創元推理文庫 2017/8/31
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《「こうして見ると、本当に鏡に映っているみたいだ。ミラーツインズ
 だっけ」/朔さんは右利き、望さんは左利き、一卵性でも利き手が
 異なる双子をミラーツインズという。二人は鉛筆を持つ手も、さよなら
 と振る手も、左右対称にシンクロしていた。だからおれたちは、二人が
 一緒に居るとき、わざと名字で呼びかけたものだ。同じタイミングで
 手を振るのが見たくて。》p.111

 

 ●[参考]『書きたい人のためのミステリ入門』新井久幸

(2020)『書きたい人のためのミステリ入門』新井久幸 [参]書き方本
「第一章 そもそも「ミステリ」ってそんなもの?」
<「伏線を張るとは?」の例―「左利き」の場合>
――編集者の手になる、本格謎解きミステリ系のミステリ創作の入門書。
・『書きたい人のためのミステリ入門』新井久幸 新潮新書 2020/12/17
(Amazonで見る)

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《例えば、犯人を限定する要素が「左利き」であったとする。
 だとしたら、解決までの過程で、その人物が左利きである、と分かる
 記述がどこかになければならない。なにも、「○×は左利きだった」と
 書く必要はなく、左手で箸を使うとか、右利き用の道具を使いにくそう
 にしているとか、そういったことでいい。それらは複数用意しておく。
 毎回違った見え方――スプーン、筆記用具、ハサミの使い方――
 にして、出現頻度に偏りが出ないよう、物語全体にバランス良く配置す
 る。伏線すべてをちゃんと覚えていてくれるほど読者は親切ではない
 し、そこまで記憶力も期待してはいけない。》p.19

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本誌では、「週刊ヒッキイhikkii×楽しい読書 コラボ企画:<左利きミステリ>第7回 国内編(前編)新規発見作紹介」と題して、今回は全紹介です。

前回のこの記事でも書きましたが、興味の無い人には、ただのゴミ情報かもしれませんね。
しかし、左利きという性質を知っていただくために、役に立つものでもあると考えています。
その時その時の小説家の持っている、持っていた「左利き像」というものが垣間見れるのではないか、と考えています。
それが正しい情報であるかどうかは、それぞれの読者のみなさまがご判断していただければ、と思います。

これらの情報を一人でも楽しんで下さる方がいればいいかな、と思っています。

 ・・・

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

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2025.03.01

週刊ヒッキイ第681号-告知-楽器における左利きの世界(29)まつのじん(4)

『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』(まぐまぐ!)

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第681号(Vol.21 no.4/No.681) 2025/3/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(29)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(4)」

 

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  【左利きを考える レフティやすおの左組通信】メールマガジン
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第681号(Vol.21 no.4/No.681) 2025/3/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(29)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(4)」
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 左利きのヴァイオリニストまつのじん(松野迅)さんの
 左利きに関するサイト、エッセイ集の左利きに関する文章を紹介し、
 左利きにおける楽器の演奏について考えよう、という試みの4回目。

 

■1回目――まつのじんさんのサイトから

 「まつのじん」さんについて知る意味で、
 <まつのじんWebsite> 平和ねがいて 弦なりやまず
 http://mjin.m1001.coreserver.jp/
 「ゴーシュからの左右考」2019年7月27日

第674号(Vol.20 no.19/No.674) 2024/11/2
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(26)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(1)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.02
週刊ヒッキイ第674号-告知-楽器における左利きの世界(26)まつのじん(1)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-9afc9f.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/c61c87eab970c035e076d6c9e5e0876d

 

■2回目――まつのじん(松野迅)さんのエッセイ集から

『すみれの花かご ヴァイオリンのある喫茶室』松野迅 未來社 1992/1/1
‎ 4624700716
(Amazonで見る)  

「II マイ・プライベート・ライフ」<涙のひだりきき>

第676号(Vol.20 no.21/No.676) 2024/12/7
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(27)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(2)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.12.07
週刊ヒッキイ第676号-告知-楽器における左利きの世界(27)まつのじん(2)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/12/post-55f0a7.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/3b193894c6d7a3499fa16569f8282e7a

 

■3回目――まつのじんのサイトの左利きページから

 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
(2019年8月13日)
http://mjin.m1001.coreserver.jp/ [ヒダリスト/]
%e3%83%92%e3%83%80%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88/

第679号(Vol.21 no.2/No.679) 2025/2/1
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
 楽器における左利きの世界(28)
左利きのヴァイオリニストまつのじん(3)」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2025.2.1
週刊ヒッキイ第679号-告知-楽器における左利きの世界(28)まつのじん(3)
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2025/02/post-5db9f0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/9d54a490b52746a60f5212b9afc3b88a

 

 さて第4回目は、前回同様、まつのさんの左利きサイト

 「左ききは、アカン!? WHO is LEFTY■(?の倒立像)」
 (2019年8月13日)

 から、その後半に当たる部分を二回に分けて紹介します。

 以前も書いていると思いますが、私は音楽のまったくの素人ですので、
 色々とトンチンカンなことを書いている場合もあるかと思いますが、
 その辺は、想像力を働かせて、お読みください。

 

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 ◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆

 {左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}

- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -

 左利きと楽器演奏について考える

   左利きのヴァイオリニスト・まつのじん(松野迅)さん(4)
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 ●「左利き用の楽器 あるの?」

ここでは、《そんなのあるの?》として、
<左利き用の弓弦楽器>が紹介されています。

2019813-matunojin-hidarikiki-67

「●楽器と<左右対称>」では――

まずは、楽器の定義ですね。

 《音程、音色、音質などの要素を駆使し、メロディ、ハーモニー、
  リズムを紡ぎだす器が楽器です。いにしへから存在し、
  変遷をたどってきました。》(原文のまま)

イタリアでは、弦楽器制作者のことを「Liutaioリウタイオ」
(リュートづくり)と呼び、
原型(ルーツ)が撥弦楽器のリュートだったことが分かると言い、

 《弓で音を発生させる「弓弦楽器」はルネサンス期に開花し、
  弓の形状が変化し今日に至っています。》

 《「弓弦楽器」「撥弦楽器」の形状(フォルム)は、
  左右対称に見える楽器がほとんどです。》

例として、ヴァイオリン、チェロ、ギター、マンドリン、お琴、馬頭琴、
二胡などを上げています。

しかしこれは外形だけで、内部構造を条件に加えると変わってきます。

 《左右対称楽器の代表格は「ギター」です。内部構造も<左右対称>
  なので、弦の並び順を変更することが可能です。
  「左利き用ギター」を見かけるのは、楽器が完成したのちに
  行われるセットアップ段階で、弦の並び順を選択することが
  可能だからです。》

 《ビートルズのポール・マッカートニーは、彼の右手がフレットを
  押さえ音程をつくり、左手で音を発音させています。》

ギター類の左利き用は、一般的に知られています。
それでも、実際に手に入れる際にけっこう苦労があるようです。

谷口楽器さんがレフティ・ギターの専門店で知られていますように、
一般のお店では、左利き用は選択肢が限られることも多いようです。

松崎しげるさんのように、右利き用をそのまま逆弾きするような、
器用な方もいるようですが……。

 

 ●ヴァイオリンの構造

「●ヴァイオリン属の「事情」」

次にいよいよヴァイオリンに関しての知識が披露されます。

丸写しするしかないような部分です。(ご容赦ください、まつのさん)

「ヴァイオリン属」と呼ばれる楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、
コントラバス)では、

 《弓で弦(絃)を振動させるので、弓が4弦もしくは5弦に当たる
  ように、駒に弧を描くように角度を設けセットアップされます。
  駒は楽器一挺ごとのオーダーメードです。》

「魂柱(こんちゅう)」という柱が楽器の内部にあり、
弦から駒に伝わった振動を楽器全体に伝えるものだそうです。
これがあるので、ホール全体に音を響かせることができるのだそうです。
これも一挺ずつ楽器に合わせたものが必要で、高音弦側に設置されます。
一方、低音は太い弦で奏で、それを支えるために「バスバー/力木
(りきぼく)」というものが楽器の裏側に添えられているそうです。

「魂柱」も「力木」も交換可能な部品ですが、
当然職人さんの手が必要です。
そして、「魂柱」はf字孔から取り外しができますが、
「力木」は楽器の表板を外す必要があり、簡単ではありません。

 《ヴァイオリン属の楽器を左右反転させるためには、「駒」「魂柱」、
  そして楽器を開帳しないと取り替えられない「力木」を
  変えねばなりません。製作段階から「左右反転」で取り組まれた
  楽器、完成された後に取り換えられた楽器は稀少で、
  選択の余地はないといえます。》

要は、途中から左用に切り替えるというのは難しい、ということです。

ではどうすればいいのか、といいますと、当然ここは
「初めから左利き用として製作する」という方法になります。

そうです、「初めから左利き用として製作する」という選択です。

では、どうすればそれが実現するのでしょうか。

簡単に言えば、「通常の楽器よりもお金を出して作ってもらう」。

もしくは、
「職人さんに作らなきゃという気になってもらう」ということです。

そのためには、必要とする人が大勢いるのだ、
という事実を知ってもらう必要があります。

要するに、「リクエスト」ですね。

「左利き用のヴァイオリンを作って下さい」というリクエストです。

次の「LEFTY-INFO-BOX」に、思いがけない情報が記されていました。

 

 ●Amazonの「左利き用ヴァイオリンセット」

次の「LEFTY-INFO-BOX」で、
なんと日本のAmazonで販売されているという
「左利き用ヴァイオリンセット」が紹介されています。

《2019年1月6日(日)。私の想像以上に早く、Amazon(日本)は
 「左利き用ヴァイオリンセット」の販売をはじめました。
 ヴァイオリン本体(4/4大人用)1挺、弓2本、ケース、松脂、肩当て、
 チューナー、教則本(内容は不明)、海外からの送料のすべてが
 セットされて30,239円です。(画像参照)/そして2019年4月25日には、
 ヴァイオリン本体1/2サイズのセットが31,072円で登場しました。
 1/2は分数楽器で、身長130センチメートル前後の学習者に適して
 います。/
 ヴァイオリンは幼少から始めますから、さらに1/8,1/4,3/4サイズなど
 の分数楽器が調うと良いですね。バスバー(力木)などの詳細は
 画像からは確認できませんが、画期的なことに違いありません。/
 英語の口コミに2012年のものがありますから、他国では以前から
 販売を開始していたようです。購入者の投稿(英文)には
 「楽器は届いたが、左利きの人を教えられる人を探すのが、
 容易ではないだろう」と記されていました。的を得たコメントです。》

2019813-matunojin-hidarikiki-8-amazonjv-

画像は、まつのさんのサイトを参照。私のブログの方でも紹介します。

私自身、Amazonで探してみるという選択肢はありませんでした。
まさかと思っていたのですね。

今回探してみると、上の表記のものはなさそうでしたが、
別のものがありました。

--
左利き用 バイオリンセットGRAZIOSO FINEST-20L 44
 アンティーク調タイプ セット価格27万5千円が特別価格にて
¥390,000 税込 または¥195,000/月(2か月)。
商品の詳細
トップハイライト
ブランド ノーブランド品
トップの素材タイプ アルダー
--

250225amazon-lh-v-s-grazioso-finest20l-4

他にも色々と出てきます。

--
バイオリンセット 左利きのバイオリン手作り自然空気乾燥スプルース
プロフェッショナルベストトーン
価格¥91,646
--

とか、詳しいことは理解できてませんが、
とにかく「左利き用」と銘打ったものがある、
ということだけでも心強いものがあります。

まったくのゼロから始めるのは大変ですが、
とっかかりとなるものがありそうだ、となりますと、
戦ってみる価値ありではないでしょうか。

 

 ●「左利きの個性 おしえます^^」【松脂編】

さて、まつのさんのサイトの紹介に戻ります。
次のコーナーでは、

 「左利きの個性 おしえます^^」

として、

 <左(手)利き 弓弦楽器奏者のアルアル>

が紹介されています。

2019813-matunojin-hidarikiki-910

正直、私は演奏はもちろん、
ヴァイオリンすら身近に見たことさえないのですから、
こういうお話の内容はまったくといっていいほど理解できません。

このアルアルは、基本的にはヴァイオリン演奏家、
もしくは少しでもヴァイオリン演奏の経験がある人でないと、
分からないのではないでしょうか。

 

【松脂編】
●弓に松脂をぬる時の アルアル

右利きの人はやり方が一様なのに対して、左利きの右弾き演奏家では、
やり方が3つに分かれるといい、

 《これらの動きから、左(手)利きの強さや弱さ、
  両手利き度の強弱がわかることがあります。》

と。

次の項目「●松脂のぬり方?」はよくわかりません。
右手でやるようです。

その次の「●ウォーミングアップとして」には、

 《私たち左(手)利きは、松脂をつける所作が苦手です。》

とあり、これは右手でやる作業だからのようです。

 《繊細でむつかしい動きが求められる弓の動きへの
  〔ウォーミングアップ〕と位置づけて》

その作業を頑張ってみましょう、ということのようです。
右手で弓を使うことへの〔ウォーミングアップ〕ということなのですね。

 

 ●「左利きの個性 おしえます^^」【演奏編】右手と左手の動き

次からはいよいよ【演奏編】に入ります。
しかし、先も書きましたように、演奏家ではないので、
よくわかりません。想像力を最大限に駆使してみても……。

 

【演奏編】
 《●左(手)利き弓弦楽器演奏者の「このような体験ありませんか?
 弓を右手にもつ「苦労」も満載ですが、左(手)利きならでは!!の
 動作もあります。》

(1)から(31)まであります。

 ・・・

思うに、左利きゆえに、
利き手ではない右手に持った弓を繊細・微妙に動かすことは難しい、
ということでしょうか。

例えば、弓の動きに関する項目――

《17■弓を当てるとき、あるいは弦から弦に移る移弦をする時、
 目で確認することがある。》

《19■曲を演奏するとき、右手の動かせるタイミングに合わせてしまう
 ので、なかなか早い速度で演奏できない。》

等々。

一方左手のほうは、音楽を弾くとき、「弾くぞ!」と、
利き手ゆえに、左手/腕の動きが心を反映してくる、ということ。

《20■音楽に情感を込めようとすると、楽器が自然に動いてくる。》

《23■音を弾き始めるとき、弓の動きより左手のヴィブラートが先に
 動き始める。》

 

あるいは、右利きの人の左手と違って、指の動きが自由で巧みである、
ということで、右利きの人とは違った動きができる。

(21)や(22)はそういうところででしょう。

《(21)■楽譜に記載されたフィンガリング(指づかい=番号)が
 弾きにくい時、自分で工夫すると弾きやすくなる。》

 

 ●「左利きの個性 おしえます^^」【演奏編】脳の違い?

次の部分は、「左利きの脳」と「右利きの脳」との違い、
といったものを感じさせます。

《(24)■楽譜のフレーズの最後や、曲の最後の音から、
 逆方向に(スラスラと)弾ける。》

《(29)■気が付くと、音符を数字に置き換えて読んでいる。》

《(30)■他の人と異なったリズムの感じ方をしている自分に気が付く
 ことがある。》

《(31)■左(手)利きの演奏者と出あうと、
 無言のうちにわかることがある。》

 

――というように、左利き右弾きの演奏家の場合、
右利き右弾きの人とは異なるものがある、ということでしょう。

当たり前と言えば、当たり前のことなのですが、
やはり、右利きの人と同じように、
「利き手で弓を持って演奏する」方が自然だ、ということでしょう。

すなわち、左利きは左弾きで、となります。

演奏に「心」を反映できるのは、その方法が一番いいように思います。
なぜなら「利き手は心につながっているから」です。

 

適切な言葉を知らないので、いつも困ってしまうのですが、
「できる(可能)」ということと、
「できてしまう/(そう)なってしまう」というのは、違います。

「右手が動く(右手を動かすことができる)」ということと
「右手が動いてしまう」ということは、違うのです。

意志/意思の力で動かすのと、無意識のうちに動くのとは。

利き手というのは、そういうものなのです。

利き手は「動かそうとすれば動く」というものではなく、

 「動かそうと思わなくても、“つい”動いてしまう」
 「無意識に動いてしまう」

――というようなものなのです。

演奏しようと思えば、利き手が先に動いてしまうのです、きっと。

それが「利き手」というものの性質だ、と思うのです。

 ・・・

次回は、いよいよ「演奏家の登場です」のコーナーを!

右利き用を左弾きするヴァイオリン演奏家や、
以前にも再三取り上げてきた、
《1998年に製作された左利き用フォルテピアノを演奏する》
クリストファー・シードChristopher Seedさんが登場します。

お楽しみに!

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本誌では、「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(29)左利きのヴァイオリニストまつのじん(4)」と題して、今回は全紹介です。

今回は、サービスの全転載です!

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