【最新号】中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)山水詩の祖・謝霊運-楽しい読書406号
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【最新号】
2026(令和8)年2月28日号(vol.19 no.4/No.406)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)山水詩の祖・謝霊運」
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2026(令和8)年2月28日号(vol.19 no.4/No.406)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)山水詩の祖・謝霊運」
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昨年6月以来の「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」36回目です。
前回で「陶淵明」編が終了、今回からはまた新たなスタートです。
今まで同様、平凡社の江原正士、宇野直人/著の『漢詩を読む』の
シリーズ本の第二巻
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』
を参考にすすめていきます。
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◆ 貴族文化の最後の光 ◆
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(36)
~ 山水詩の祖・謝霊運 ~
「石門岩上宿」「七里瀬」
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今回の参考文献――
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』
江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/11/26
「一、元嘉期の詩人たち」より
(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
●謝霊運という人
前説にも書きましたように、今回も
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』を参考に、
読み進めていきます。
第二巻は、南北朝から唐代前半期までを扱います。
「貴族文化の時代」といわれた南朝の四王朝(宋・斉・梁・陳)のころ
は、貴族と軍閥の対立と抗争、王朝の交替が相次ぎ、不穏な時代でした。
そんな時代を象徴するように生きた詩人が、最初に登場する謝霊運です。
謝霊運は、名門貴族の出身でプライドも高く、権力への野望の強い人で、
異民族に支配されていた北中国を取り返すという理想を抱いていたが、
前王朝の関係者だったため冷遇され、政治には携われなかった。
その代償として、自然の中に逃げ遊んだ人、だそうです。
老荘思想の流行とともに仙人に憧れる風潮が生まれ、
「招隠詩」「遊仙詩」「玄言詩」が登場。
「山水詩」は、詩の中で思想を語る「玄言詩」の流れをくんで、
単に自然の美しい眺めだけでなく、思想的な内容も入っている。
ただし宇野さんに言わせますと、謝霊運の場合、
そのミックスの仕方がうまくいかなかった、という印象があるそうです。
《山水詩というのは、山の中や舟旅の途中できれいな景色をよく観察
し、美しく詠み込むものです。(略)彼はそれに加えて、山水から
触発された感情をも盛り込みました。ところが彼の山水詩を読んで
いると、叙景の美しい部分と、それにつづく感情表現とがいかにも
水と油のような、溶け合っていない印象を受けるんです。「景」と
「情」が調和しない、それが彼の山水詩の一つの特徴だと思います。》
pp.15-16
●謝霊運「石門岩上宿」
最初に紹介する謝霊運の「石門岩上宿」は、
《自然を見る観察眼の鋭さ、デリケートさに注目したい》、
《表現の特色や感性がよく表れた例》p.16
・・・
石門岩上宿 石門(せきもん)の岩上(がんじよう)に宿(しゆく)す
謝霊運
朝搴苑中蘭 朝(あした)に苑中(えんちゆう)で蘭(らん)を搴(と)り
畏彼霜下歇 彼(か)の 霜下(そうか)に歇(つく)るを畏(おそ)る
瞑還雲際宿 瞑(くれ)に雲際(うんさい)の宿(やど)に還(かへ)り
弄此石上月 此(こ)の石上(せきじよう)の月(つき)を弄(ろう)す
私はこの別荘で、朝には花園の蘭の花をとる
それらの花が秋の霜のためにしぼんでしまうことを心配しながら
夕方には空の雲に届きそうな山の別荘に帰り
庭の岩の上を照らす月の光を眺めて楽しむ
鳥鳴識夜棲 鳥(とり)鳴(な)いて 夜(よる)棲(す)むを識(し)り
木落知風発 木(き)落(お)ちて 風(かぜ)の発(おこ)るを知(し)る
異音同至聴 異音(いおん) 同(おな)じく至聴(しちよう)
殊響倶清越 殊響(しゆきよう) 倶(とも)に清越(せいえつ)なり
鳴き声がするので、鳥たちがねぐらに帰ったのがわかる
木の葉が落ちる音で、風が吹き始めたのがわかる
昼間は気づかないような珍しい音はどれもこの上なく心地よく
素晴らしい響きはみな清々しくよく通る
妙物莫為賞 妙物(みようぶつ)も為(ため)に賞(しよう)する莫(な)し
芳醑誰与伐 芳醑(ほうしよ) 誰(た)が与(ため)に伐(ほこ)らん
美人竟不来 美人(びじん) 竟(つい)に来(きた)らず
陽阿徒晞髪 陽阿(ようあ)に徒(いたづ)らに
髪(かみ)を晞(かわ)かすのみ
このような素晴らしい景物も、それをじっくり味わうことができない
ここにある旨い酒も、誰に対してほめたたえればいいのか
親友はとうとう来なかった
だから私は山の南側のくぼみで、
むなしく洗った髪を乾かすばかりである
「石門」は、別荘のある山の名。
“花鳥風月”の趣。
一句(朝に~畏る)と二句(瞑に~弄す)で対句に、
対句を多く用いるのも当時の好みで、謝霊運の詩には多い。
第三段で感情表現に移る。
「美人」は男女どちらも指す場合があるが、ここでは“親友”の意味。
《最後は謎めいていますが、洗い髪を乾かすのは『楚辞』にある表現を
踏まえた、友を待つことの常套的な表現です(「汝と咸池に沐し/
汝が髪を陽阿に晞かさん/美人を望めども未だ来らず/風に臨んで
怳(こつ)として浩歌す」=「九歌―少司命」)。》p.18
●謝霊運「七里瀬」
次の「七里瀬」は、典型的な山水詩のスタイルを取った一編。
・・・
七里瀬 七里瀬(しちりらい) 謝霊運
羈心積秋晨 羈心(きしん) 秋晨(しゅうしん)に積(つも)り
晨積展遊眺 晨積(しんせき) 遊眺(ゆうちよう)に展(の)ばさんとす
孤客傷逝湍 孤客(こかく) 逝湍(せいたん)に傷(いた)み
徒旅苦奔峭 徒旅(とりよ) 奔峭(ほんしょう)に苦(くる)しむ
旅の楽しみは秋の朝、ひときわ重苦しく募る
朝からの心の重さは、美しい景色を見て晴らしたい
しかし孤独な旅人の私は早瀬を見ても心を痛め、
むなしい旅の中、
崩れたりそびえたりしている岸のようすにも悩まされてしまう
石浅水潺湲 石(いし)浅(あさ)くして 水(みづ) 潺湲(せんかん)
日落山照曜 日(ひ)落(おち)て 山(やま) 照曜(しようよう)
荒林紛沃若 荒林(こうりん) 紛(ふん)として沃若(よくじやく)たり
哀禽相叫嘯 哀禽(あいきん) 相(あひ)叫嘯(きようしよう)す
やがて川底の石が浅く見え、水がせせらぐあたりまで来る
日は沈もうとして、山々はあかく照らされている
荒れた森も夕日にさまざまに彩られて艶めき、
悲しい声で鳴く鳥たちがお互いに呼び合うのが聞こえる
遭物悼遷斥 物(もの)に遭(あ)うて遷斥(せんせき)を悼(いた)むも
存期得要妙 期(き)を存(そん)して要妙(ようみよう)を得(え)ん
既秉上皇心 既(すで)に上皇(じようこう)の心(こころ)を秉(と)れば
豈屑末代誚 豈(あに)
末代(まつだい)の誚(そし)りを屑(かへり)みんや
こうしたさまざまな景物をみていると左遷された自分が憐れになるが、
将来に期待する心をしっかり保ち、
自然の法則の大切な本質を我が物としたいものだ
そういう自然万物をつかさどる天帝のお心を理解したからには、
どうしてつまらない今の世の中から非難されることを気にするものか
目睹厳子瀬 目(まなこ)に厳子(げんし)の瀬(らい)を睹(み)て
想属任公釣 想(おも)ひは任公(じんこう)の釣(ちょう)に
属(しよく)す
誰謂古今殊 誰(たれ)か謂(い)はん 古今(ここん)殊(こと)なりと
異代可同調 代(よ)を異(こと)にするも
調(ちよう)を同(おな)じうす可(べ)し
私の思いはさらに、いにしえの厳光が釣りをした早瀬、
そして任公の釣りの物語へと移ってゆく
昔の人々と今の自分が違うなどと、誰が言うものか
時代が異なっても、
生き方の基本についての考え方を合わせることは出来る筈だ
・・・
彼の特徴が顕著に出ている詩とされているが、
カタイ表現で語句が難しく、造語が多い。
硬いのは貴族文学の特徴で、陶淵明の詩がなじみやすいのは例外で、
陶淵明は当時は評価されなかった。
評価されるようになったのは、唐代に入ってから。
一方、謝霊運はカリスマ性のある人で、大好評を受けていた。
彼の屋敷や別荘に出入りできるのは光栄なことだった。
彼は後の李白のようで、境遇も似ていて、世直しをしたいと願いながら、
詩文の才能しか見てもらえなかった、といいます。
彼の性格から一度左遷され、その旅の途中で作った詩。
第三段で突然心境の表現に。
《“左遷された風雨に負けず、自然の法則と一体になって生きる努力を
しよう”、と、少し老荘思想の影響が入って来ます。》p.21
俗世を去って隠居した立派な人たちを思い出して、自分もがんばろう、
と。
《前半四句が景物の描写、後半四句が心境の表現ですが、
その移り変わりがどうも唐突で、景と情とが渾然一体となっている
ように見えない。これが彼の山水詩の大きな特色です。》
宇野さんの見方では、謝霊運は本心の部分で、
陶淵明とは違って隠遁願望をなかった、この詩はポーズなんでしょう、
といいます。
筆者にはこのへんの難しいところはわかりませんが、
古典を引用したりして、非常に知識や教養を前面に出しています。
こういうところも当時の好みの反映だそうです。
そういう貴族文化を代表する一人なのかも知れません。
宇野さんは、この時代は「夕映えの時代」だといいます。
《宋王朝の軍事政権下、名門貴族の出身である謝霊運は、
貴族文化がだんだん下り坂になってゆく中で最後の光を輝かせた
ことになります。》p.23
・・・
次回ももう一回、謝霊運の詩を紹介します。
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2026.2.28
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