2020.03.21

2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(3)その後の30年(2)世界に発信!-週刊ヒッキイ第567号

―『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第566号 別冊編集後記

第567号(No.567) 2020/3/21
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その3)その後の30年―左利きライフ研究の30年(2)」

 

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 ※『週刊ヒッキイ』は、
・ 2014年7月より
  月二回(第一・第三土曜日)の発行に変更しました。
・ 2019年10月より
  第一・第三土曜日の発行は、新規配信
  第二・第四土曜日の発行は、バックナンバーからの再配信
   に変更しました。

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3月から再配信を復活させる予定でしたが、
しばらくお休みとします。

左利きライフ研究30年を記念した
“何か”に時間を割きたいので、
ご了承ください。

 

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◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆ 
【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第567号(No.567) 2020/3/21
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その3)その後の30年―左利きライフ研究の30年(2)」
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2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その3)その後の30年―左利きライフ研究の30年(2)
 『モノ・マガジン』左利き特集号が参考書に!
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 前々号、前号に引き続き、
 「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年」
 の3回目です。

 「その後の30年―左利きライフ研究の30年」の2回目です。

 前回は、私の左利き活動・左利き研究のきっかけとなった
 左手用カメラ「京セラ・サムライZ2-L」との出会い
 について書きました。

 今回はその続きです。

 

(前々号)
第564号(No.564) 2020/2/1
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その1)初めの30年」

2020.2.1
2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(1)初めの30年
-週刊ヒッキイ第564号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2020/02/post-a8b3b5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/00be8ff2471350b61738e5f8e0efcae3

(前号)
第566号(No.566) 2020/3/7
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その2)その後の30年―左利きライフ研究の30年(1)」

2020.3.7
2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(2)
その後の30年(1)左手用カメラ-週刊ヒッキイ第566号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2020/03/post-fe5897.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/88bb26fc85ae82e9284a377bbcdbeaf3

 

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  2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
  (その3)その後の30年―左利きライフ研究の30年(2)
   『モノ・マガジン』左利き特集号 ~ 世界に発信!
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 ●左利き活動のきっかけ
左手専用カメラ、
「京セラ・サムライZ-L」廉価版「Z2-L」シリーズ
《自分の能力を目いっぱい活かしたいなら、
 自分の身体に合った道具を使わなければダメだ》

 ●『モノ・マガジン』左利き特集号が参考書に!
1991年3月
『モノ・マガジン』左利き特集号 1991年4月2日号 No.188
「特集/左を制するものは時代を制す/左利きの商品学」
Mono-magazine199142

 

Mono-magazine199142-cot

 

 ●左利きライフ研究へ
《左利きの人は、身体に合った道具である、
 左手・左利き用品を使おう》という左利き用品普及運動から、
「生命」「生活」「人生」3つの領域全般に渡る左利きの研究へ

 ●きっかけはある相談

 ●『Lefties' Lifeレフティーズ・ライフ』創刊
1994(平成6)年40歳

 ●世界に発信!

「左組」季刊誌『Lefties' Lifeレフティーズ・ライフ』紹介――

 

・1994年10月
『モノ・マガジン』「11月2日号 No.278」
左利き編集者氏によるコラム「左利き生活向上委員会」に

 

Mono-magazine1991112

 

・1995年6月
イギリス「Left-handers Club」レフトハンダーズクラブ
機関誌『The Left-Hander』no.20 に「LHC of JAPAN」として

 

The-lefthander-1995-no20

 

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本誌では、左手用カメラSAMURAIを手にして左手・左利き用品に目覚めた私が、左利き用品普及活動を始めたこと、
それが、心理的・精神的な面も含めた「左利きライフ研究」に進んだきっかけと、その後に始めた季刊誌「LL」のこと、
「LL」によって「世界に発信」することになったいきさつについて書いています。

ネットもない時代においては、まあまあよくやった方ではないか、と自画自賛しています。

もちろん、もっとやれたこともあったと思います。
A新聞から電話取材を受けたこともありましたし、もっと積極的になっていれば、また違った展開になっていたとも思います。

でも、性格的に前に出るタイプではなく、そこまでの行動には走れませんでした。

 

思えば何年か前も、『マツコの知らない世界』というテレビ番組からも連絡が来ていたものです。
その時も、テレビに出て話をする柄ではない、とお断りしました。

その辺が自分の弱いところでもありますが、まあ、これも左利き同様、そういう風に生まれついたのだということで……。

 

もう済んでしまったことでもあります。
今更何を言っても仕方のないことですよね。

 ・・・

では詳細は、本誌で。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

 

『レフティやすおのお茶でっせ』〈左利きメルマガ〉カテゴリ

 

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2020.03.15

私の読書論129-私のベスト3[2019]フィクション系(1)~ベスト3ぐらい

―第266号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★ 2020(令和2)年3月15日号(No.266)「私の読書論129-
私の年間ベスト3・2019年フィクション系(1)」

 

 

---
例年、この時期、大阪のまちでは、
お相撲さんの姿をよく目にするものです。

でも今年は、2月までは見かけましたが、
3月に入ってからは目にしていません。

新型コロナウイルスの影響のようです。

学校だけではなく、図書館も休館しています。

本屋がどんどんなくなっている現状で、
まちの図書館までお休みでは、
本・読書が趣味の私にとっては、
非常につらい状況となっています。

読む本はあります。
買ったきりで読んでいない本や、
老後に読もうと置いてある本もあります。

半年ぐらいはそれだけでも十分です。
再読したい本を入れれば、一年でも持つでしょう。

でもそういうものではなく、
やっぱり古今東西の色んな本、古い本も新しい本も
目にしたいし、手に取りたいのです。
そして読みたいのです。

一日もはやくこの感染症が終息することを祈っています。

 

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2020(令和2)年3月15日号(No.266)「私の読書論129-
私の年間ベスト3・2019年フィクション系(1)」
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 前回は、
「私の年間ベスト3・2019年(前編)リアル系」でした。

2020(令和2)年2月29日号(No.265)「私の読書論128-
私の年間ベスト3・2019年(前編)リアル系」

 - 物語創作についての哲学的考察 -
  ~ 私の年間ベスト3・2019(前編)リアル系 ~
  『詩学』アリストテレス/著 三浦洋/訳
    光文社古典新訳文庫 2019/3/8

私の読書論128-2019年私のベスト3(前)リアル系~『詩学』アリストテレス
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2020/02/post-095a24.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/b678190edc9fd8d4c70c5476c71ffde9

 

 今回は、「フィクション系」編です。

 「フィクション系」とは、小説等の文芸作品です。

 一部の思想・哲学書などで小説や戯曲風の著作もありますが、
 その辺は、世間的には内容により分類されるようで、
 こちらでも世間的な分類に準じています。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 選考がむずかしかった3位のあたりは… -
  ~ 私の年間ベスト2019 フィクション系 (1)~
  〈フィクション系〉約60冊からベスト3ぐらい
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2019年に読んだ本は、リアル系は50冊程度でしたが、
フィクション系は60冊ほどとなりました。

今年も例年同様に、分類してみます。

(1)メルマガ用のお勉強の本
(2)それ以外の古典の名作
(3)小説や左利き本等著作のための勉強本
(4)個人的な趣味で、好きな作家、
 ミステリ(推理小説)やSF、冒険小説など

 

 ●(1)メルマガ用のお勉強の本
 ●(2)それ以外の古典の名作
 ●(3)小説や左利き本等著作のための勉強本

〈「記憶の曖昧さ」というテーマを追いかける〉
【ノーベル文学賞作家】カズオ・イシグロ

「(略)あんたの態度は間違っとるよ。いいかい、
  いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。
  後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。(略)
  そりゃ、あんたもわしも、必ずしももう若いとは言えんが、
  それでも前を向き続けなくちゃいかん」
  そして、そのときだったと存じます。男がこう言ったのは――
  「人生、楽しまなくっちゃ。
  夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。脚を伸ばして、
  のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。
  みんなにも尋ねてごらんよ。
  夕方が一日でいちばんいい時間だって言うよ」
》pp.350-351

『日の名残り』土屋政雄/訳 ハヤカワepi文庫 2001.5 [1989]

 

過去は夢と同じようなものです。思い出そうとしても、
  その記憶には常に曖昧さが付いてまわるのです。
》「詩帆が去る夏」pp.44-45

『美亜へ贈る真珠〔新版〕』梶尾真治 ハヤカワ文庫JA 2016/12/20

 

 ●(4)個人的な趣味の作品
 ●2019年に読んだ〈フィクション系〉ベスト3ぐらい

「おれは核を見つけたんだ」/「核?」/
  「自分という存在の中心となるものだ。
  形而上学的でたわごとに聞こえるが、そうじゃない。
  自分が何者かという核を見つけ、それとともに歩み、
  それを受け入れることを学べば、心が穏やかになる。
  ハリケーンの目になったようなものだな。
  まわりの世界は回転しているが、自分はその中心になる。
  なにものにも動じない。おれはそうだった。
  なにものにも動じなかった。どんなものも人も、
  おれの核を崩壊できなかったと思う」
》p.128
「核を手に入れればそうは思わないはずだ。
  彼女との仲はうまくいかないかもしれないが、
  感じかたは変わるはずだ。痛みへの対処法がわかるはずだ」
》p.187
「人間だれしも、幸せが永遠に続くものと考える。だが、
  幸せとは、延々とバランスを取りつづけることなんだ。(略)
  バランスを保つために絶えず姿勢を変えることになる。
  だれしもそうしている。徐々に姿勢を変えている。
  ある立ちかたをしつづけて疲れれば姿勢を変える――
  理由は、バランスを取り直す必要があるからだ。
  人生についても同じことが言える。
  幸せとは、バランスを取り直すことなんだ」
》p.188
「どんなことも、自制心の問題だ、ハリー。
  規律。体系化。独創力さえ必要だ。なすがままではだめだ。
  自分の感じたいとおりに感じ、
  不要なものを拒むことができるところまで
  自分を律することが必要なんだ。
  さ、やるのか、やらないのか?」
》p.192

『ロスト・エコー』ジョー・R・ランズデール 北野寿美枝/訳
 ハヤカワミステリ文庫 2008/5/9 [2007]

その他:
(初読)池井戸潤『陸王』、パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』
(再読)高千穂遙『魔道神話』、フィリップ・ロス『さよならコロンバス』、H・P・ラヴクラフトの作品集 など

200310madousinwa

200311lovecraft

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本誌では、2019年に読んだ本のなか――2019年に刊行された本というわけではありません、念のため――フィクション系の60冊ほどから、私のオススメのベスト3の候補および、3位ぐらいの著作を2、3点紹介しています。

ここでは、引用部分を紹介しています。

それ以外の文章は本誌で!

本誌をご購読の上でご覧いただけると、嬉しく思います。
(やっぱり購読してほしいですからね。)

 ・・・

ベスト3のうち、1、2位はすぐに決まりましたが、3位を決められず、色々迷った上で、いくつかの本を紹介しました。

一つはここに引用を紹介した『ロスト・エコー』でした。

他には、パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』、池井戸潤『陸王』等がありました。
再読ものからは高千穂遙『魔道神話』やフィリップ・ロス『さよならコロンバス』。

また、ラヴクラフトについて書いています。
新潮文庫から選集が出たのは意外でしたね。

 ・・・

では、詳細は本誌で!

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

 

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2020.03.07

2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(2)その後の30年(1)左手用カメラ-週刊ヒッキイ第566号

―『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第566号 別冊編集後記


第566号(No.566) 2020/3/7
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その2)その後の30年―左利きライフ研究の30年(1)」


 


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 ※『週刊ヒッキイ』は、
・ 2014年7月より
  月二回(第一・第三土曜日)の発行に変更しました。
・ 2019年10月より
  第一・第三土曜日の発行は、新規配信
  第二・第四土曜日の発行は、バックナンバーからの再配信
   に変更しました。


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3月から再配信を復活させる予定でしたが、
思いのほか、予定が進まず、
ペースが回復できそうもないので、もう一月お休みして
4月からとします。


ご了承ください。


 


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【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第566号(No.566) 2020/3/7
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その2)その後の30年―左利きライフ研究の30年(1)」
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2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その2)その後の30年―左利きライフ研究の30年(1)
 左手用カメラ「京セラ・サムライZ2-L」との出会い
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 前々号に引き続き、
 「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年」
 の二回目です。


 今回は、「その後の30年」で、
 いよいよ「左利きライフ研究30年」に入ります。


 まずは、
 左利きライフ研究を始めるきっかけとなった体験から。


(前々号)
第564号(No.564) 2020/2/1
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その1)初めの30年」


2020.2.1
2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(1)初めの30年
-週刊ヒッキイ第564号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2020/02/post-a8b3b5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/00be8ff2471350b61738e5f8e0efcae3


 


┏ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┓
  2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
  (その2)その後の30年―左利きライフ研究の30年(1)
   左手用カメラ「京セラ・サムライZ2-L」との出会い
┗ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┛


 ●運命の時――


1990(平成2)36歳の年末12月30日
―左手用カメラ「京セラ・サムライZ2-L」を買う


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(画像:パンフレットから)


 


 ●『週刊プレイボーイ』の記事


「ぐぁんばれカメラ」より


ニューコンセプトカメラの元祖、サムライの第2世代。
 すっごくコンパクトになったボディは、
 とても持ちやすいカタチだ。(略)
 (左利き用のZ2-Lも同価格であるぞ)

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 ●生まれて初めての左手・左利き用品との出会い


弊誌『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第144号(No.144) 2008/8/2
「<左利きQ&A>(21)カメラと左利き」
「左利き講座<左利きQ&A>(21)カメラと左利き」
より転載


初めて手にしたのに、まるで何年も前から使っていたかのように、
手にも身体にもピタッとくるのです。

左手に持つと、自然にシャッターに指が掛かります。
左目にファインダーをあてる。
即、シャッターが切れる…。

そのフィット感は、ぞくぞくするくらいに感動的なものでした。

「完璧」という言葉はこういうときに使うものだ、と実感しました。

 


それまでのカメラでは、
カメラを持って構えるときもシャッターを切るときも、
カメラも身体も、なぜか他人のもののような、
ガラス越しのような隔絶感?(というのでしょうか)、
違和感がありました。

ところがこのカメラには、
そういう壁(障壁)が感じられませんでした。

その後、実際に使っていても、全くしっくりと馴染んでいて、
「自分が写真を撮っている」
「自分の写真が撮れている」という実感があります。

自分という「主体」を感じさせる、とでも言うのでしょうか。

 


◆左手用カメラの使用感


以前読んだ脳科学者・久保田競先生の著書
『脳を探検する』によりますと、

利き手と非利き手の役割分担というものを考えますと、
利き手は「作用する手」、非利き手は「感覚の手」だそうです。

だから、これはという構図でカメラを構え、
ここぞという瞬間にシャッターを切るという一連の動作は、
器用な利き手である「作用の手」で、

逆に、一眼カメラでレンズを調節するのは、
非利き手である「感覚の手」の役割にこそふさわしいのです。

*参照:
『脳を探検する』久保田競 講談社 1998/3


 ●<利き手は心につながっている>


◆利き手では、反復練習で身につく作業より、心の作業を!


楽器演奏


右利き人がなぜ利き手で、直接音を出す源である弦を扱うのか、
という点から考えますと、
これはやはり、
利き手が心(感情・魂など)とつながるものだから、
情動としての演奏に欠かせない、ということではないか
と思うのです。

カメラの場合


心の動きをダイレクトに反映する肝心要の作業である、
被写体を画面に捉える手の動きと、
その瞬間を逃さずシャッターを切る指の動きにこそ、
利き手を用いるべきではないか、と思います。

 


 ●自分が自分らしくなる


「やっぱり身体に合った道具がいちばん!」


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本誌では、左利き活動とおよびその後の左利きライフ研究のきっかけとなった、生まれて初めての左手左利き用品である、左手用カメラ「京セラ・サムライZ2-L」との出会いと、そのときに感じた印象と感想について書いています。


さらに、そこからの考察であり、私の持論となった<利き手は心につながっている>について書いてみました。


かなりの部分をここにも転載しておきました。


とにかく、このときの私の感動は忘れられないものでした。


騙されたと思って、左利きの人はこの左手用カメラを手にとって、写真を撮ってみてください。
ご理解いただけるはずです。
(今、このカメラを手に入れるのはむずかしいかもしれませんが、時折、左手で使える製品が登場します。
 そういうときに手に取ってみてください。)


 


 ●「慣れたら一緒」は嘘――靴を左右入れ替えて履く人はいない


左手左利き用品について話せば、右利きの人のみならず左利きの人でも、世の中には、使いもせずにあれこれ論評する人がいます。


何かといえば、「慣れたら一緒」と、さも分かったようなことをいう人もいます。


しかし、実際に使ってみればわかります。
身体に合った製品は、慣れる必要などないのです。


もちろん、個体差もありますし、新しいシステムには“慣れる”必要もあります。
ただ、それとこれとは意味が違います。


 


いってみれば、靴の右左を逆に履くか、そのまま右は右、左は左として履くか、の違いのようなものです。
靴だって最初に履くときはならす必要があります。
しかし、左右を逆に履くときに比べれば、履き慣らすのに時間はかかりません。


「慣れたら一緒」なんて嘘です。
利き手に合わない道具を使うのは、靴を左右入れ替えて履くようなものです。


道具というものは、本来の設計通りに使えば、慣れる必要などないのです。
靴でいえば、靴は作られたままに、きちんと右は右、左は左と入れ替えずに、素直にそのまま履きましょう、ということです。


人は誰も「身体に合った道具・製品がいちばん」で、「身体に合った道具・製品を使いましょう」、ということです。


 ・・・


では詳細は、本誌で。


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』


 


 

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2020.02.29

私の読書論128-2019年私のベスト3(前)リアル系~『詩学』アリストテレス

―第265号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

 

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★ 2020(令和2)年2月29日号(No.265)「私の読書論128-私の年間ベスト3・2019(前編)リアル系」

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2020(令和2)年2月29日号(No.265)「私の読書論128-
私の年間ベスト3・2019年(前編)リアル系」
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 前回は、「週刊ヒッキイ」とのコラボ編でした。

 初めての試みということもあり、今ひとつな感じでしたが、
 読者の皆様はどのようにお感じになられましたか。

 訊かない方がいいのかもしれませんね。

 

 さて、今回は、遅れに遅れた、
 恒例の前年に私が読んだ本から選んだ
 「私の年間ベスト3」です。

 まずは、「リアル系」から。

 

 いつも書いていますが――

 「リアル系」とは、
 いわゆる論文やエッセイ系の著作、
 実用書のような解説系のものも含めて、をいいます。

 それに対して、小説等の文芸作品は、
 「フィクション系」と呼んでいます。

 「フィクション」に対しては
 「ノン・フィクション」という言葉があります。

 しかし「ノン・フィクション」というと、
 またそれで一つのジャンルになってしまいますので、
 あえて、どなたかが使っていた
 「リアル系」という言葉を使っています。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 物語創作についての哲学的考察 -
  ~ 私の年間ベスト3・2019(前編)リアル系 ~
  『詩学』アリストテレス/著 三浦洋/訳
    光文社古典新訳文庫 2019/3/8
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●2019年の傾向
 ●(1)メルマガ用のお勉強本―古代中国思想、読書関連
【古代中国思想】
【漢詩】
【読書】
 ●(2)その他の古典系のお勉強本
【仏教】
【哲学・思想】
 ●(3)小説や左利き本等著作のためのお勉強本
【小説・書くこと】
【ブック・ガイド】
【左利き】
【心理学・科学 他】
 ●(4)個人的な趣味、仏教や空海・弘法大師に関する本
【北杜夫】
【空海】
【左利き仲間で友人の渡瀬謙・ビジネス書】
 ●私の2019年〈リアル系〉ベスト3
(1)『詩学』アリストテレス/著 三浦洋/訳 光文社古典新訳文庫 2019/3/8

 

『アリストテレス 詩学/ホラーティウス 詩論』松本仁助・岡道男/訳 岩波文庫 1997/1/16

 

(2)『沙門空海』渡辺照宏・宮坂宥勝/著 ちくま学芸文庫 1993/5/1
―従来の伝説的な偉人としての〈弘法大師伝〉から脱却し、より客観的な、〈人間空海〉像を描こうとした一時代を画した伝記。

 

かれが「沙門空海」を
  晩年高野山にこもるころに自称するようになるのは、
  まさしく、この知られざる恩師「一沙門」

 

  (奈良などの諸大寺にいて仏教について学問を積み、
   求聞持法を修し、法を行いうる私度僧・山林修行僧の
   グループの一員で、行基に近い性格を持った者:引用者注)

 

  の性格につながるものがあるとみてはならぬだろうか。
  そして、この点に民衆の間に偉大なる歩く仏者
  「弘法大師」としての信仰がひろがっていった秘密が
  かくされているように思われる。
  「沙門空海」の称こそ、空海その人の本質を
  もっともよく伝えているものといわなければならない。

   「第三章 三教指帰の述作」

 

(3)『〔完全版〕若き日と文学と』辻邦生・北杜夫/著 中公文庫 2019.7
―1970年に出版された『若き日と文学と』の増補・完全版、文庫版は1974年。全対談を網羅、辻邦生没後20年記念。

2019.12.23
辻邦生・北杜夫『完全版 若き日と文学と』―『星の王子さま』をめぐって (新生活版)

 

文学というものは、
  もともと生気が枯渇してゆく生活のなかに、
  精神の養分を注ぎ込んで、
  生命本来のいきいきとした輝きを取り戻させるものである。

 

  文学を読むとは、(略)
  生命の本質が歓喜である事実を自覚することである。(略)

 

  この「対談」のなかで、多少とも何かを語りえたとすれば、
  それは、生命とは歓喜であり、
  文学はそれを自覚させる手段だ、ということであろう。

 

  むろん、文学はさまざまなかたちをもち、
  それぞれに存在理由をもつ。

 

  しかし、古典と言われるほどの作品は、
  ベネットが言うように、すべて例外なく、
  このことを含んでいる。

   「I 若き日と文学と/あとがき」辻邦生

 

 ●ベスト3以外のオススメ

 

六七
   これが、エケクラテスさん、私たちの友人で、
  あの頃私たちが巡り合った人々のうち、
  語り得る限りでもっとも善く、もっとも叡智に富み、
  もっとも正しくあった人の、最期でした。

  『パイドン ―魂について』プラトン/著 納富信留/訳
    光文社古典新訳文庫

 

 

「道徳的考察」
49 人は誰も、当人が想像するほど、
    幸福でもなければ不幸でもない。

   『箴言集』ラ・ロシュフコー/著 武藤剛史/訳
     講談社学術文庫 2019/7/12

 

 ●私の今年2019年〈リアル系〉ベスト1
 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡
 
  『詩学』アリストテレス/著 三浦洋/訳
    光文社古典新訳文庫 2019/3/8

 

 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡

 

 

模倣することが
  人間には幼少期から自然本性的に備わっているため、
  他の動物とは違って、最も模倣を得意とし、
  最初期の学習も模倣を通じて行う。
  それがゆえに、人間なら誰もが模倣像を喜ぶということも、
  自然本性的に備わっているわけである。
  その証拠は、現実に経験される出来事のうちにある。(略)
  実物を目にするのが苦痛な対象であっても、
  それらを極めて精緻に描いた像を鑑賞するときに
  喜びを感じるのである。

 

   「第四章」

 

 

悲劇とは、真面目な行為の、
  それも一定の大きさを持ちながら完結した行為の模倣であり、
  作品の部分ごとに別々の種類の快く響く言葉を用いて、
  叙述して伝えるのではなく演じる仕方により
  〔ストーリーが観劇者に生じさせる〕憐れみと怖れを通じ、
  そうした感情からカタルシス(浄化)をなし遂げる
  ものである。

 

   「第六章」

 

...

 

2019watasinobest3 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

本誌では、2019年に読んだ本のなか――2019年に刊行された本というわけではありません、念のため――リアル系の50冊ほどから、私のオススメの本を3点とほか2点ほど紹介しています。

ここでは、一部のみ引用部分を紹介しています。

本誌ではもっと書いていますので、是非本誌をご購読の上でご覧いただけると、嬉しく思います。
(やっぱり購読してほしいですからね。)

 ・・・

今年は結構、2019年に発行された新しい本も読んでいるように思えます。
珍しいことです。
それだけ自前で買った本があるということでしょうか。

自前で買った本はどうしても、後回しになるケースが多いのです。
何しろいつでも読めるのでね。

図書館で借りた本は、返却期限というのがあるので、どうしてもそちらを優先してしまう傾向にあります。
それで、ついつい読む旬を失うと言うことも……。

で、昨年は、そういう意味では、なぜか、新刊を読むことが多かったのですね。

それだけ、新刊で興味深い本が多かった、と言うことでしょうか。

私も「ベスト3ぐらい」に、光文社古典新訳文庫の『詩学』『パイドン』を挙げ、講談社学術文庫版の新訳『箴言集』を挙げています。
『若き日と文学と』の完全版のような、新たな資料に基づく新編集本や、新たな訳者による新感覚の新訳本や、新たな研究結果に基づく新訳本などが出版され、私の心に届いたということでしょう。

 ・・・

昨今、海外の古典の新訳が各社で企画され出版されています。

戦後も70年以上たち、日本語も大きく変化しています。
時代に合った言葉や表現が求められます。

言葉は時代とともに変化し、名作や名著といわれる著作でも、時代とともに読みにくいものになってきます。
特に翻訳の場合、当時の名訳者、権威といわれた先生方もその時代の住人であり、その時代の言葉の中で生きていたので、現代とは感覚が徐々にずれてくることは致し方ありません。

日本の名著・名作も、時代により言葉は変わり表現は変化します。
近代のものでも、戦後の国語改革で、新字・新仮名遣いになり、断絶が生まれています。
近世以前のものとなれば、さらに、です。

 

新訳本の出版のみならず、NHKのEテレ「100分de名著」のような古典紹介番組もあり、古典に親しむ機会を増やそうという流れがあるのでしょうか。

まあ、それだけ、近年若者のみならず人々の間に「本を読む」「本から学ぼう」という姿勢が失われている現実を、遺憾に思う人たちが増えている、と言うことかもしれません。

私のこのメルマガもその一助になれれば、と思っています。

本を読むこと、本から学ぶことの楽しさを少しでも知ってもらえれば、さいわいです。

 ・・・

では、詳細は本誌で!

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

 

 

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2020.02.24

左利き対応への要望は「理不尽なクレーム」か?

2月17日に見たネットニュースにカチンときたので、書いてみます。

このようなニュースの取り上げ方に、多数派・主流派の傲慢さ、おごりのようなものを感じてしまうのは、少数派・非主流派の左利きである私のひがみでしょうか。

 

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 (カチンときたニュース)
 ●左利き対応の要望は「理不尽なクレーム」か?
 ●お店の格により対応は違う?
 ●「事前に一言尋ねれば済む」問題では?
 ●「普通」って何?――
時代によって、構成員によって「標準」は変わる
 ●左利きに配慮した教科書の登場
 ●他社の左利き対応の状況について
 ●受け入れる時代――教科書採択についての議事録より
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カチンときたニュース

定食屋でクレームをつけた男性客 意味不明な内容に「出禁にすべき」

---
和食の配膳位置といえば、ご飯茶碗を左手前、汁物を右手前に配置するのが一般的だろう。
中には利き手によって配置を変える人もいるが、飲食店などで利き手を把握してもらうことは難しい。
『Yahoo!知恵袋』では定食屋で起こった出来事について相談が寄せられている。

■左利きの男性客がクレーム
定食屋で遭遇した出来事についてつづった投稿者。
隣に座った男性客が注文を済ませ、店員からトレイに乗った料理が提供された際に「ちょっと、右利き前提で置いてるけどこの置き方だと左利きの人は食べづらいでしょうが」とクレームを付けていたという。

■さらに言葉は続き…
男性の言葉はまだ続き、「左利きは茶碗を右手で持つでしょ? 
右手が味噌汁の器に当たらないようにご飯を右、味噌汁を左にして持ってくるのが普通でしょ。
おたくらは客を相手にしてるんだから」ときつく当たっていたそうだ。
もちろん、店員は男性が左利きであることは知りもしないため、「店内中がドン引きしていた」と状況を振り返り語った。

■「出禁にすべき」との意見も
サービス業とはいえ、来店する客の利き手まで気にしている余裕はないだろう。
この投稿を受けて、ユーザーからは
「単なるクレーマーです。出入り禁止にするレベルだと思います」
「世間一般は右利きが多いからご飯は左に置くのが普通でしょう」
と店員に同情する声が多く寄せられた。

■お客様は神様?
今回の件のように、客という立場を利用して理不尽なクレームをつけるケースは少なくない。
しらべぇ編集部が全国の20~60代の男女1,365名を対象に調査を実施したところ、全体の6.3%が「お客様は神様だから偉そうにしてもいいと思う」と回答。
数値としては1割以下だが、「お客様は神様」という概念を持つ人は一定数いるようだ。

男性を接客していた店員はもちろん、投稿者含め周りにいた客も不快な思いをしたに違いない。
自らの行動を省みるべきだろう。
(文/しらべぇ編集部・稲葉 白兎)
---

 

 ●左利き対応の要望は「理不尽なクレーム」か?

私自身は、「お客様は神様」だという意識はありませんが、「お客さんはみな同じ人間であり、平等な権利を持つ存在だ」というふうには考えています。

ここでは、私は、左利き対応についての要望を、単純に「理不尽なクレーム」と一緒にする感覚が怖い、と思います。

まず最初にいわなければならないことは、「同じ料金を払っていて、同じレベルのサービスを受けられないのはおかしい」ということです。

右利きの人も左利きの人も同じ料金を払っている。
にもかかわらず、左利きの人は「そのままでは食べにくい」という一段下の異なる対応をされている、というが現実です。

そもそも配膳における食器類の置き方は、食べる人が「食べやすいように、粗相をしないように」という配慮から考え出されたものです。
右利きの人が多数派なので、「右利き仕様の置き方」が「標準」とされている、ということです。

 

今回のケースのように、左利きの人への対応を求める意見を「理不尽なクレーム」と受け止める人は、たぶん右利きの人でしょう。

右利きの人の多くは、自分が運良く主流派の右利きに生まれ、主流派の右利き故に、右利き偏重の現状の社会にあって恵まれた立場にある、という事実を認識していないのです。

左利きの人は誰も、左利きに生まれようとして生まれてきたのではありません。
同様に、右利きの人もそうです。
偶然の結果です。

自分自身が、社会の主流派に属し、恵まれた立場にあると自覚していれば、おのずからその事実に感謝の気持ちを抱き、そうではない人に対する思いやりの気持ちも生まれるでしょう。

少数派の非主流派の人からの要望や要求を直ちに「理不尽なクレーム」扱いをするのは、やはり間違っているのではないでしょうか。

あまりこういう書き方はしたくないのですけれど、もしこれが障害者からのクレームならば、ネットの反応も違ったものになっているのではないでしょうか。
建前で物を言う人も多いので。

ところが、左利きの問題となりますと、左利きに対する認識不足もあり、単なるわがままとか自分勝手と受け止める人も多いようです。

 

このお客さんの言い方にも問題はあったかもしれません。

ただ、そういう事情は抜きにして、単純に「左利き対応への要望」を「不当なこと」でもあるかのように取り上げるのは間違っている、と思います。

 

 ●お店の格により対応は違う?

もちろん、店には格というものがあります。
そこらの定食屋で、左利き対応を求めるのは、現状の社会通念では、「野暮」というものかもしれません。

しかし、ある程度の格の店なら、お客さんに合わせて配慮しても罰は当たらないでしょう。

たとえば、銀座の名店、ミシュラン三つ星の常連「すきやばし次郎」は、店主自身が左利きということもあり、客をみて、左利きの客には、左向きに寿司を出すといいます。

 

--
 《左利きのお客には握りを「ノ」の字のように斜めに置き、
  つかみやすくする……。》
宇佐美伸/著『すきやばし次郎 鮨を語る』文春新書 2009.10.20

 というもの。

 ふつうにぎりずしを並べる際は、
 右手(に持った箸)で取りやすいように、

 「\\\…」

 という角度に並べます。

 ところが、二郎さんは、相手に合わせて出すというのです。

 《山本:(略)真っ直ぐに置かずに、
  客が手でつまみやすいように、
   ちょっと角度をつけて置かれます。
   (略)あれは意識して置かれているんですよね。
  二郎:はい。
  山本:その最初の一個を左利きで召し上がるお客様だったら、
  すかさず二個目からは……。
  二郎:左に向けます。》
山本益博/著『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術』新潮新書 2003
--

(左利きメルマガ)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』  第539号(No.539) 2019/4/6
 「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その23―
 左利き者の証言から~11 左利きの寿司職人・すきやばし次郎(後)」
より

Sukiyabasijirou_20200226153701

この場合は、お客さんを目の前にした寿司屋さんならでは、という特殊な条件もありますけれど。

 
 ●「事前に一言尋ねれば済む」問題では?

「店員が客の利き手を知らないのは当然」と受け取る感覚も、どうかという気がします。

「サービス業とはいえ、来店する客の利き手まで気にしている余裕はないだろう。」

なるほど、お昼時、大勢の客が殺到する様な定食屋さんではいちいちお客さんの利き手まで確認していられないかもしれません。

しかし、入店時に、「何人さまですか」とか「おタバコは?」などと確認して、席までお客さんを案内するような店なら、そのときに、あるいは、注文をとるときに、「右利きでお食べですか、左ですか」と訊いてもいいのではないでしょうか。

一人一人に「右利きか左利きか」と訊かなくても、グループなら「左利きの方はいらっしゃいますか」と訊く。

一人に訊く場合でも、「左利きで召し上がりますか」。
もっと簡単に「左で召し上がりますか」でも理解できるでしょう。

いちいち訊くのは面倒だというのなら、店頭の目に立つところに「左利き対応をお望みの方はその旨お申し付けください」と張り出すなり、メニューの始めにでも明記しておくという方法もあるでしょう。

 

もちろん現状では、「右利きに決まってるやろ、当たり前やないか」と「ふざけたこと聞くな」というバカにするようなお客さんも出てくるでしょうけれど。

 

しかし、いずれは、格の高いお店なら、お客さんの利き手を確認して配膳する、というサービスを標準とするところも出てくることでしょう。

今でも、あるレストランでは、予約の際にちゃんと「利き手は?」と訊いてくれて、当日には、ナイフとフォークを左右入れ替えてあり、食べやすく嬉しかった、という意見をネットで見かけた記憶があります。

 

そういえば、ステーキの焼き加減をお客さんの好みに合わせてくれるようなレストランなら、お客さんの利き手を確認して、ナイフとフォークの並べ方をかえるぐらいのサービスは、当然のこととして対応できるでしょう。

 

要するに、「事前に一言尋ねれば済む」問題、でもありますからね。

仮に左利き対応することになっても、現場が大混乱するということはないでしょう。

なぜなら、左利きはせいぜい10%程度といわれています。
左利き対応するお客さんの数も、それぐらいでしょう。

残りの大半のお客さんは今まで通りの対応でいいのですから。

 

結局、そういう少数派への配慮を当然のことと考えられるかどうかの人間性の問題です。

あるいは、人間としての優しさの違い、という言い方もできるでしょうか。

 

 ●「普通」って何?――時代によって、構成員によって「標準」は変わる

「世間一般は右利きが多いからご飯は左に置くのが普通でしょう」というのも、気になります。

確かにそれが多数派であることは確かですが、だからといって、常にそれが「正解」とは限らないのも事実です。

先にも書きましたが、今の「正式」とされる配膳は、必ずしも「絶対的な正しい」作法ではない、ということです。

右利きの人が多数派なので、それにあわせた一般的な場における「標準」になっているだけのことです。

 

それは、「標準語」が「正しい日本語」で、「方言」が「間違った日本語」だ、というわけではないように、一つの標準を意味しているだけのことです。

 

社会における「標準」というのは、社会における「最大公約数」ではないでしょうか。

「偶数」のみの数のグループにおける最大公約数は「偶数」です。
たとえば、6と12なら、最大公約数は6で、偶数。

しかし、一つ奇数が入ると、その数のグループの最大公約数は、「奇数」になります。
先の6と12のグループに、9という奇数が入ると、その数のグループの最大公約数は3という奇数です。

最大公約数はそのように、構成する数という要素により異なってきます。

社会の標準も、構成員が様々に変化すれば、標準も変化するのです。

 

構成員が「右利きの人のみ」なら、標準は「右利き仕様のみ」でいいでしょう。
しかし、左利きの人が加われば、それでは困ります。

「右利き仕様のみ」ではなく、左利きにも不都合のない「左右両方で使えるもの」になって欲しいのです。

これからは、多様性の時代です。

男女同権とか、障害者や社会的弱者に優しい社会になっていくべきでしょう。

 

食事の際の対応にしましても、同じです。

8月13日「国際左利きの日」に、左利きの人に敬意を表し、左利きの人が食べやすいように「お箸を左右逆さまに置くイベント」を実施する
LEFTEOUS(facebook) という活動がありました。

そういう考えを拡げ実践しようという人たちもいます。

 

私にいわせれば、こういう「○○が普通」といった物言い自体に多数派・主流派のおごりが感じられます。

昔、何かの会や団体では、(下は児童会や生徒会から始まり、たいていの男女が関わる団体では)「会長は男性、副会長が女性」というのが、当たり前だったことがあります。

さらにいえば、今たいていのお店には、「盲導犬・介助犬以外の動物の入店はお断りします」とあります。

昔は、盲導犬であろうが介助犬であろうが、動物の入店は断られたものでした。
どのような種類の動物であろうと、動物の入店がダメなのは「普通」であり「当たり前」だったものです。

 

このように時代によって、「普通」の中身は変わります。

昔は、問答無用で「左利きは直すもの」とされました。

しかし今では、左利きという性質が、脳神経系に関わる固有の性質で、意思でどうにかなるものではない、という事実が知られるようになり、左利きは左利きのままでいい、という考えが普及してきました。

 

そして、左利きの人のために左利き用に道具を普及させようと、2月10日は「左利きグッズの日」という記念日も知られるようになりました。

*参考:
『レフティやすおのお茶でっせ』2020.2.8
2020年2月10日は令和初の〈左利きグッズの日〉-文末に嬉しい情報あり

 

これからの時代は、多様性の容認の時代と言われています。
「みんなのためのデザイン」を目指すというユニバーサルデザインの考え方には、左利きの人も含まれています。

ところが、まだまだ左利きへの理解が不十分なケースが見られます。
左利きへの理解も含めて、まずは「心のバリアフリー」が必要です。

 
 ●左利きに配慮した教科書の登場

左利きへの理解を進める意味でも重要だ、と私が考えていることに「学校教科書に左利きの事例を入れるという」事項があります。

学校教科書は誰もが目にするものであり、教科書に書かれていることは物事の基準となるもの、と考えられます。

そこに記載されるということは、その時点で「左利きが公認された」という意味を持ちます。

 

学校教科書、なかでも小学一年生の書写教科書に、学問の道具ともいうべき「字を書く」という技術の例として、左手書き・左利きの例を入れるということが重要だ、と考えています。

従来は、右手書き・右利きの例だけでした。
まるで、左手で字を書く人がいないかのように、もしくは、左手で字を書くことはいけないことであるかのように。

 

しかし左手書字例が実現すれば、時代を担う子供たちが教科書の左右の例を見ることで、世の中には右手で字を書く人もいれば、左手で字を書く人もいるのだという事実を知り、左利きへの理解も進むでしょう。

それだけではなく、左利き以外の様々な多様性への理解にもつなげて行くことができるのではないでしょうか。

 

そして今年初めて、東京書籍の令和2年版小学一年書写教科書で、左手に鉛筆を持つ左利きの写真例が掲載されたものが登場します。

『レフティやすおのお茶でっせ』2020.2.9
左利きへの配慮がなされた東京書籍・小学校教科書「新しい書写 2年度用」

に書いています。

200204-toushoatarasiishoshapage03_ph112x

(画像:東京書籍令和2年版小学一年書写教科書の左手書き・左利き例) 

右手・左手どちらの持ち方も掲載
 右利きの持ち方の写真のみが掲載されていたこれまでの教科書では、左利きの子供たちは写真を頭の中で反転させて、それを自分の手指で再現しなければなりませんでした。
 そこで、左利きの写真を載せることで不要な負担をなくすよう配慮しました。

東京書籍の書写教科書サイトにあります。

私にいわせれば、当たり前のことなのですが、それがやっと実現したというのが、現状です。

 

 ●他社の左利き対応の状況について

左利き対応に限って、小学書写教科書を五社についてネットで見てみました。

東京書籍は、すでに報告していますように、左手書字例を写真で入れる等の対応をしています。

学校図書は、「硬筆学習用の書き込み欄を、教材文字の真下に配置することで、利き腕を問わず、教材文字が手で隠れないようにしました。」 日本文教出版は、「教科書への書き込み欄を手本文字の下に配置し,右利きでも左利きでも手本を見ながら書けるようにレイアウトが工夫されている。」

この二社は、書き込み欄の位置を工夫しています。

教育出版は、「教師向け指導資料」としてPDFで、「〔硬筆編〕見落としがちな左利きの持ち方の指導」「〔毛筆編〕姿勢,筆の持ち方,左利きの指導例」というように、教師向けの資料でのみ対応しています。

光村図書出版は、特に記載がありませんでした。

 

これだけでいうのはどうかという気もしますが、世間の左利きへの関心はまだまだ低く、左利きに対する正しい認識も不足していると、私には思われます。

 

 ●受け入れる時代――教科書採択についての議事録より

最後に、こういう言葉を紹介しておきましょう。

こちらの小学校教科書採択についての議事録より

掛川市教育委員会定例会議事録
(1) 令和2~5年度使用の小学校教科書採択について
【家庭】「東京書籍」

委員:右利きの包丁の使い方、左利きの包丁の使い方それぞれが載っている。
 委員:一昔前なら修正しなければいけないとされたものが、現在では多様性、違うものを受け入れられる時代となった。
  今までは駄目と言われたことでも、今からは受け入れる時代になっていることがしっかりわかった。

 

200207tousho-kateika 

(画像:東京書籍の家庭科の教科書の左手例) 

 

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2020.02.15

左右反転小説-左利きになった男(楽しい読書/週刊ヒッキイ・コラボ編)

―「左利きで生きるには 週刊ヒッキイ」第565号 別冊編集後記
―「レフティやすおの楽しい読書」第264号 別冊編集後記

【左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii】
第565号(No.565) 2020/2/15「【左手・左利き用品を考える】右用と左用の違い(39)小説編(2) 左右反転で左利きになった人々(楽しい読書・コラボ編)」

【古典から始める レフティやすおの楽しい読書】
2020(令和2)年2月15日号(No.264)「(週刊ヒッキイ・コラボ編)左利き小説紹介/左右反転で左利きになった人々」

 ・・・

今回のメルマガは、
私の二つのメルマガ
「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」
「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」
のコラボ編になっています。

 

▼ここからは「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」編です。

 

【読者の皆様へ 嬉しいお知らせ】

ブログ「レフティやすおのお茶でっせ」
2020.2.9
左利きへの配慮がなされた東京書籍・小学校教科書「新しい書写 2年度用」

(新生活版)

で、お知らせしましたように、
長年、私が弊誌等で訴えてきました、

 「小学書写教科書に左手書字例を!」

を実現した教科書が登場します。

東京書籍・令和2年版の小学教科書
「新しい書写」がそれです。

(以下、略)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆ 
【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第565号(No.565) 2020/2/15「【左手・左利き用品を考える】
右用と左用の違い(39)小説編(2) 左右反転で左利きになった人々
(楽しい読書・コラボ編)」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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【左手・左利き用品を考える】
右用と左用の違い(39)小説編(2) 左右反転で左利きになった人々
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 左手・左利き用品における右用との違いについて― 
 39回目です。

 前回からは単発で、ネタを拾ったときに書くことにしました。

 で、今回は、前回(第561号 2019/12/21)の続きで、
 【左手・左利き用品を考える】というテーマからは
 完全に逸脱したSF、もしくはファンタジー的な小説編
 その2回目です。

 ・・・

第561号(No.561) 2019/12/21「【左手・左利き用品を考える】
右用と左用の違い(38) 小説編:左右反転世界「大喝采」横田順彌」

「大喝采」横田順彌―「押川春浪回想譚」

初出:日本古典SF研究会 会誌〈未来趣味〉第十号(2003年)

・(本編収録単行本)
『押川春浪回想譚』出版芸術社 ふしぎ文学館 2007/5/1

・(本編再録雑誌)
「S-Fマガジン」2019年6月号
「追悼・横田順彌」監修:北原尚彦

《Short Stories◎小説再録》
「大喝采」横田順彌 ―「押川春浪回想譚」、鵜沢龍岳もの短編

┏ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┓
 【左手・左利き用品を考える】
  右用と左用の違い(39) 小説編(2)

   左右反転で左利きになった人々――

  H・G・ウェルズ「プラットナー先生綺譚」
  パット・マーフィー『ノービットの冒険』
┗ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┛

200215sayuuhanten

 ●左右反転で左利きになってしまった人たち

 ・・・

◆ここからは『レフティやすおの楽しい読書』編です。

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2020(令和2)年2月15日号(No.264)「(週刊ヒッキイ・コラボ編)
左利き小説紹介/左右反転世界に舞い込んだ人々」
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今回は、「左利きで生きるなら 週刊ヒッキイhikkii」との
コラボ編として、左利きの人が登場する物語、
なかでも次元(?)を越え、
結果的に右利きから左利きに転換してしまった人たちのお話を
紹介します。

 ●H・G・ウェルズ「プラトナー物語」

200213the-plattner-story-s

(画像:「プラットナー先生綺譚」とそれにふれた『左と右の心理学』の該当箇所)

 

(The Plattner Story (The New Review 1896/4)
 「プラトナーの話」宇野利泰訳 『来たるべき世界の物語』
  H.G.ウェルズ短篇集〈第1〉 早川書房編集部編
   ハヤカワSFシリーズ 1961/9/30

 「プラットナー先生綺譚」小野寺健訳 『白壁の緑の扉』
  ボルヘス編バベルの図書館8 国書刊行会 1988/9・収録)

 ●「プラットナー先生綺譚」
 ●左利きになった男

 ・・・

▼ここより『週刊ヒッキイ』編です。

ゴットフリート・プラットナーの体が
  解剖学的に左右逆転しているというくらい
  厳然たる事実も例がないのだが
》p.51

...

さらに異常なのは、
  ゴットフリートが最高の俳優なら別として、
  さいきん右手が左手になってしまったらしい。
  これから(できるだけ公正に)考察してみようと思っている
  出来事があって以来、彼はほとんど左手で右から左へしか
  書けなくなってしまった。
  右手で物を投げることができず、
  食事のときにはナイフとフォークの持ち方に迷っているし、
  路上でもどちら側を通行するのか――
  彼は自転車に乗るのだが――分からなくて、
  いまだに危険で仕方がない。
  しかもこういう出来事が起こる前から
  彼が左利きだった証拠は、ひとつもないのである。
》p.53

 ●プラットナーの左右逆転の秘密

人間をつかまえて、普通の意味での空間で
  ふりまわしてみるわけにもいかない。
  それができれば、その左右も入れ代わるかもしれないのだが。
  どうやってみても、その右は右であり、
  左は左のままなのである。
  むろん、完全に薄くて平たい物の場合なら、
  この実験も可能である。
  紙で、どんな形でもいいから左右の違う形を切り抜いてから、
  持ち上げてひっくり返せば、左右を反対にすることはできる。
  しかし、物が立体となると、そうはいかない。 
  数学者の説によれば、
  立体の左右を反対にできる唯一の方法は、
  その立体を完全に空間の外に出し――
  つまり普通の意味では存在しない状態にしてから、
  どこか空間の外でひっくりかえすことだという。
  たしかに、いささか難解な話だが、
  わずかでも数学理論の知識がある人なら、
  これが真実であることを保証してくれるだろう。
  専門用語を使うなら、
  プラットナーの左右が入れ代わっている事実は、
  彼がわれわれの空間を出ていわゆる第四次元に移動したのち、
  ふたたびこの世界へ戻ってきたことを証明しているのである。
  動機不明の念入りな作り話にたぶらかされたのだ
  と考えないかぎり、われわれは、
  まずこういうことが起こったのだと信じるほかはない。
》pp.55-56

 ●パット・マーフィー『ノービットの冒険』

ワームホールから出てきた人間は、
  はいったときの人間の鏡像なのです。
  はいったときに右利きなら、出てきたときは、左利き。
  もし左頬に決闘の傷痕があったなら、いまは右頬。
  「待ってくれ」とベイリーはいいました。
  「みんなでいっしょにワームホールを通りぬけたが、
  ぼくはいまも右利きさ」/
  「ほんとに?」ロータスがにやりとしました。
  「右手を上げてごらん」/ベイリーは左手を上げました。
  ロータスが笑いだし、
  ポピーがノービットの背中をぽんとたたきます。
  「右手はこっちよ」と彼女は教えました。「あっちが左手」
  (略)
  ベイリーは自分の右手を見つめ、疑惑の目をそそぎながら
  指を曲げたり伸ばしたりしました。
  さっきまで右手だと確信していたものは、いまや左手です。
  首をかしげて、「どうして気がつかなかったんだろう?」
》p.79

...

たいていの有機化合物――タンパク質や、糖類など――は、
  右旋性と左旋性の二種類の分かれます。
  地球上では、右旋性の形態がふつうです。
  人間の体内の酵素も、
  その形態を消化できるように進化してきました。
  だから、一度もワームホールをくぐったことのない人間は、
  左旋性の分子を消化することができません。
  右旋性の酵素で左旋性の糖類を消化しようとするのは、
  右足に左足の靴をはこうとするようなもの――
  どうしてぴったり合わないのです。左旋性の食物は、
  右旋性の食べ物に適応した人間にとって有害ではないが、
  ぜんぜん栄養になりません。/さあ、
  これでみなさんにもそのあたりの苦労がおわかりでしょう。
  ワームホールを一度くぐりぬけた旅行者は、
  自分の消化酵素に一致する分子からできた左旋性の食物を
  とらなくてはなりません。さいわい、
  宇宙船に積まれた食料も(同じジャンプをした結果)、
  やはり左旋性に変わっています。
  けれども、旅行者が目的地に着いたときは、
  注意して自分に適当な食料を見つけなくてはなりません。
  この必要性が、ファール・ステーションをはじめ、
  星間旅行者が集まる場所のコックたちを
  悩ませているのです。
》p.80

 

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(画像:『鏡の国のアリス』と鏡の向こうのミルクの味のエピソードを扱う『非対称の起源』のくだり) 

 ・・・

◆ここからは『レフティやすおの楽しい読書』編です。

 ●宇宙を舞台にした冒険物語

『ノービットの冒険―ゆきて帰りし物語』パット・マーフィー
浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF 2001/6/1

 ●〈バベルの図書館〉H・G・ウェルズ編『白壁の緑の扉』

 ・・・

さて、今回は初めての試みでした。

やはりというべきか、
思ったようにはいきませんでした。

もう少し考えて、練り直した方がよかったなあ、という感じです。

でも、
また機会があればチャレンジしてみたいものです。

 

*その他の参考・引用文献:

・『鏡の国のアリス(広瀬正小説全集4)』広瀬正 集英社文庫 改訂新版 2008/10/17

・『左と右の心理学 からだの左右と心理』マイケル・C・コーバリス、イヴァン・l・ビール 白井常、鹿取廣人、河内十郎共訳 紀伊國屋書店 1978.3.31

・『新版 自然界における左と右』マルティン・ガードナー 坪井忠二・小島弘訳 紀伊國屋書店 1992/5/1

・『非対称の起源―偶然か、必然か』クリス・マクマナス/著 大貫 昌子/訳 講談社 ブルーバックス 2006/10/21

・『鏡の国のアリス』ルイス・キャロル 矢川澄子訳 金子國義絵 新潮文庫 1994/9/28

・『法月綸太郎の冒険』法月綸太郎 講談社文庫 1995/11/7

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

というわけで、初の二誌コラボ編でした。

原稿書きの時間節約(手抜き)企画でした。

思いのほかむずかしく、スタイルも確立していないので、まったくの手探りで、結果としてそのままくっつけただけという感じで、それぞれの特色際立たせるということもできませんでした。

とはいえ、懲りずにまたそのうち、もう一度チャレンジしてみたいものです。

 ・・・

では詳細は、本誌で。

*「週刊ヒッキイ」のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

*「楽しい読書」のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

 

 

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2020.02.09

左利きへの配慮がなされた東京書籍・小学校教科書「新しい書写 2年度用」

先の
「「2020年2月10日は令和初の〈左利きグッズの日〉-文末に嬉しい情報あり」」
で、書きましたように、
左利きメルマガ「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」で、長年訴え続けてきた「小学書写教科書に左手書字例を!」を実現させた教科書が誕生しました。

先日、久しぶりにネット検索したところ、以下のようなものを見つけました。

 

--
新しい書写 | 2年度用 小学校教科書のご紹介 | 東京書籍 - 東書Eネット 東京書籍が発行する,2年度用 小学校教科書「新しい書写」についてのご紹介ページです。
... ○1年P28-29. 教材文字に集中できる.
「毛筆教材の周りに、イラストなどほかの要素があると集中できない子がいる」との現場の先生方の声を受け、毛筆教材文字の周囲には他の要素は置かず、毛筆教材 ...
右手・左手どちらの持ち方も掲載 ... 水書用筆で運筆を体感することで、硬筆での適切な書字動作が身につくことが期待できます。
--

200204-tousho-atarasiishosha-shosha_1

(画像:東京書籍 2年度用小学一年「あたらしい しょしゃ」表紙)

 

「特色3 書くことが楽しくなる教科書- 学びに向かう力が養われます -」のページの冒頭にこうあります。

1全ての子供の学びやすさのために
特別支援教育
ユニバーサルデザイン
特別な教育的ニーズのある子供に分かりやすく工夫した紙面は、特性の有無に関わらず誰もが学びやすい、
東京書籍がめざすのはそんな教科書です。
左利きの子供にとっての学びやすさにも向き合いました。

なんと、《左利きの子供にとっての学びやすさにも向き合いました。》と言う言葉通り、「特別支援教育への配慮」「色覚多様性への配慮」とともに「左利きへの配慮」という項目ができています。

右手・左手どちらの持ち方も掲載
右利きの持ち方の写真のみが掲載されていたこれまでの教科書では、左利きの子供たちは写真を頭の中で反転させて、それを自分の手指で再現しなければなりませんでした。そこで、左利きの写真を載せることで不要な負担をなくすよう配慮しました。

 

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200204-hidarite-kakudai-page03_ph112x

(画像:上記サイトより無断拝借 ●1年P4-5、下は黄色枠「左手例」の拡大図)

 

左手書きの写真には、

ひだりてで もじを かく ひとも、えんぴつの さきが みえるように きを つけよう。

と注意書きがあり、
字を書く時のそれぞれの手の位置を示すイラストに添えられた紙を押さえる左手には、

えんぴつを もたない ほうの てで、かみを おさえよう。

とあり、「ひだりてで」といった右手書き特有の決めつけはなく、あくまでも「えんぴつを もたない ほうの てで」と、左右の区別のない表現で指定しています。

 

3年用の教科書では、毛筆の際の用具の配置について「左手で書く場合 用具を左右入れかえるとよい。」という注意書きとともに、右側にお手本、左側に筆と硯を置いた写真で示されています。

 

200204-toushoatarasiishoshapage03_ph122x

(画像:同 ●3年P5)

書き込み欄の配置も工夫
左に教材文字、右に書き込み欄。教科書によくある配置ですが、左利きの子供の場合、書くときに手で教材文字が隠れてしまいます。
『新しい書写』は、教材文字と書き込み欄を上下に配置したり、書き込み欄を左右両方に配置したりして、利き手に関わらず教材文字が見えやすい工夫をしています。

 

2年用には、「左右の どちらの 行に 書いても いいよ。」とあります。

 

200204-toushoatarasiishoshapage03_ph132x

(画像:同 ●2年P18)

 

昨今の市販の文字練習帳の類いでも、圧倒的に右手書きに便利な右側に練習スペースを置いたものになっています。
右手で書く場合には便利かもしれませんが、左手で書く子には全く不便なものになります。
市販のものなら、各自がベストのものを選べば済むこと、という言い方もできます。

しかし、誰もが用いる学校教科書では、そういうわけにはいきません。
不平等になるからです。

これは絶対に必要な配慮だと思います。

 

 ●私の夢の一部がかなった教科書

令和2年度版ということで、今年からの教科書に掲載されるということです。

従来民間の幼児向け教材では、左手書きの写真なりイラストなりが掲載されていました。

しかし、肝心の学校の教科書では、一部の教科で左利き対応が為されていただけで、書写の教科書では、右手書き一本でした。

字を書くという行為は、学問の道具そのものと言っても過言ではないでしょう。

 

先の記事でも書きましたが、

--
今の学校教科書、特に小学一年生の書写の教科書には、初めて字を書くことを学ぶ子供に向けて、字を書くときの鉛筆の持ち方や字を書くときの姿勢を、写真やイラストを交えて説明しています。

しかし、その写真やイラストは、性差別に配慮して男児と女児をモデルに使い分けしているのですが、字を書くモデルは右利き・右手書きのみになっています。

この世の中には、左手で字を書く人がいないかのように。
あるいは、左手で字を書くことはいけないことでもあるかのように、とも言えるでしょうか。

これでは、左利きの子を持つ親御さんが不安になるのは当然のことでしょう。

この学校の教科書に、右利き・右手書き例でだけでなく、左利き・左手書き例を載せることが重要だ、と考えています。

なぜなら、現実のこの世の中には、右手で字を書く人もいれば、左手で字を書く人もいる/いてもいいのだ、という多様性の容認の証の一つになるからです。

さらにいえば、左手で字を書く子の存在を知らしめることで、右利きの子にも自分とは異なる書き方をする人もいるのだ、ということを知らしめ、人間の多様性を知る一助にしてもらえるだろうということです。
--

 

それが、いよいよ実現しました。
一社とはいえ、令和2年版から左利きに配慮した書写教科書が登場するというのは、大きなニュースです。

さすがに、かつて左利きの子供のための生活支援のガイド本
『左利きの子 右手社会で暮らしやすくするために』ローレン・ミルソム/著 笹山裕子/訳 東京書籍 2009.4
―左利きの子を持つ親で自身左利きの著者によるイギリスの有名左利き用品専門店オーナーによる、今までの日本になかった、左利きの子供を持つ親・先生へ向けた、左利きの子の生活支援のための手引書。

を出版した会社です。

 

まだまだ私の考える理想的な「完全左右平等」「完全左右同権」というレベルではありませんが、この最初の一歩は重要です。

「人類にとっては大きな一歩だ」といったのは、月着陸に成功し、月面に降り立ったニール・アームストロング船長の言葉でした。
(「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ。」)

 

各社の教科書では、字を書く姿勢のモデルに男児と女児を併用したり、色覚に異常のある人へのカラーユニバーサルデザインが当たり前のことになっているのですが、左手書き・左利きへの配慮も為されるようになってほしいものです。

この教科書がその突破口になり、他社の教科書にも普及することを願ってやみません。

 

 ●改善してほしい点をいくつか

と、ここまで書いたところで、最後にもう一度、私の理想とするところと比較して、の改善すべきと思う点を説明しておきましょう。

あくまでも理想ですので、こうでなければダメだというわけはありません。
駆け引きもありますからね。

 

【私の考える理想的な「完全左右平等」「完全左右同権」の書写教科書への改善点】

・イラストや写真について
(1)右手書き・右利き例と左手書き・左利きの例の写真の大きさを同じにする
―左ページと右ページの見開き2ページで並列に配置し、比較しやすくする
(2)机上の手の置く位置を示す写真も左右用意する
―上下2段配置でいいので、左手書きと右手書きでそれぞれの手の役割の違いを明らかにする
(3)上半身の書く姿勢も左右両タイプ入れ、客観視できるようにする
―(2)では、自分から見た位置が理解できるが、それとは別に他人の視線からの画像があれば、左右の違いがより明らかになる

・書くときの用紙の位置について
左手書きの場合、縦書きは特に気にならないが、横書きはむずかしいので、アドバイスが必要でしょう。
(4)右手書きの横書きは、中央に用紙を置いて書いても問題はないが、左手書きの場合は、用紙を全体に左に寄せて置く
―用紙を左寄りに置くことで、右方向へ書き進める際に、左腕の可動域の範囲内で書けるように、右側に余裕を持たせることができる
(5)用紙を右端を下げた斜めに配置する
―左手書きの場合、右方向に行けば行くほど、腕の自然な動きで手の位置が下がってくるので、その動きをカバーするため

・書くときの鉛筆やペンの持ち方について
左手で横画を左から右へ書く場合、押し書きになり、鉛筆やペンの先が紙に引っかかることがあります
(6)ペン先の角度を左下から右上方向(時計でいう1時~2時の方向)にするのではなく、なるべき垂直方向(12時方向)にする
(7)左手をよりスムーズに動かせるように、手のひらの側面をべったりつけるのではなく、手のひらの角の骨(豆状骨?)と小指の第1関節より先の2点で支える

 

以上、今思い当たるポイントを書き出してみました。

 

教科書会社の皆様、
これらの意見を参考にして、より良い教科書作りに反映させてください。
よろしくお願い申し上げます。

 

*参考:左手で字を書く方法等〈左手書字〉に関する記事

2011.4.21
左手で(それらしい)字を書く方法(左手書字考)1ペンを持つ手の構え

2017.4.29
左手で(それらしい)字を書く方法(左手書字考)2ペン(筆記具)の持ち方

 

*参考:他の教科における左利きへの配慮の例

東京書籍・家庭 教科書 「基礎・基本をくり返し確かめよう」では、ネットに接続して動画が見られると説明があり、そこに「例」として「皮のむき方(右きき)/皮のむき方(左きき)」が示されています。

 

「3 実践的・体験的に楽しく学びながら,生活の自立を目指します/誰もが学びやすく基礎・基本が確実に習得できます。」

巻末資料「いつも確かめよう」p.132〜133では、イモの皮むきの左右例が示されています。

200207tousho-kateika

(画像:イモの皮むき 左右両方の実寸大写真を掲載 青枠が左手例)

 

 

*参照:【私が過去に実施した「小一書写教科書に左手書字例を!」プロジェクトの例】

・第258号(No.258) 2010/4/30 「<左利きプチ・アンケート>
第68回 小1書写教科書に左手書き(左利き)例を入れるべきか?」

<左利きプチ・アンケート>
第68回 小1書写教科書に左手書き(左利き)例を入れるべきか?
※ 現在の結果を見るのは、こちら

20200768

1(右利きの人)左右対等にのせる     208
2(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 111
3(  〃  )左手例はいらない     152
4(中間的な人)左右対等にのせる     149
5(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 102
6(  〃  )左手例はいらない     132
7(左利きの人)左右対等にのせる     117
8(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 122
9(  〃  )左手例はいらない     130
17:02 2020/02/07

2011.5.4
週刊ヒッキイhikkii258 左利きアンケート68回小1書写教科書に左手書き(左利き)例を入れるべきか?(先週号の案内)

 

・第259号(No.259) 2011/5/7 「学校教科書に左利き(左手)例を!」
――――――――――――――――――――――――――
 ◆なぜ、学校教科書に左利き(左手)例を掲げるのか◆
――――――――――――――――――――――――――
学校教科書に、左利き(左手)例を掲載する意義は、
大きく二つあります。

【1】左利きの子供の理解を助ける
【1'】子供たちが自分とは異なる立場の人の存在を知ることで、
    自分たちの住んでいる世界の多様性を認識し、
    共存・共生への道を考えさせる
【2】左利きの認知、啓蒙を促進する

 

・第361号(No.361) 2013/4/27「<左利きプチ・アンケート>
≪教科書プロジェクト・アンケート・1≫どちらの手で…」

≪教科書プロジェクト・アンケート・1≫
あなたは普段どちらの手で字を書きますか?
※ 現在の結果を見るのは、こちら

202007

1(右利きの人)右手 28
2(  〃  )左手 39
3(  〃  )どちらともいえない 41
4(中間的な人)右手 43
5(  〃  )左手 41
6(  〃  )どちらともいえない 46
7(左利きの人)右手 46
8(  〃  )左手 41
9(  〃  )どちらともいえない 37
17:02 2020/02/07

 

・第369号(No.369) 2013/6/22「≪教科書プロジェクト≫
【小学書写教科書に左手書字例を!】プロジェクト・3」
 6社教科書をのぞいてみる (1) 東京書籍「新しい書写」

2013.6.26
小学書写教科書左手例PJ-3-東京書籍~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii369号

 

・第459号(No.459) 2015/12/19「≪教科書プロジェクト≫
【小学書写教科書に左手書字例を!】PJ24
左手書字例を考える(14) 最終回に当たって~総ざらい」

2016.2.4
左手書字例(最終回)きれいに見えるコツ-左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第459号

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2020.02.08

2020年2月10日は令和初の〈左利きグッズの日〉-文末に嬉しい情報あり

今年の2月10日〈左利きグッズの日〉は、私にとっては、小学校入学時からの左利き公認60年、36歳にして生まれて初めての左手・左利き用品としての「京セラサムライZ2-L」を手にして以来の左利き研究30年の区切りの年の――そして令和の時代になって初の記念すべき日となります。

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2月10日は〈左利きグッズの日〉について

●記念日の由来●

社会生活で左利きの人が感じているさまざまな道具の使いづらさ。それを解消するための左利き用グッズの普及を目指し、左利きグッズを扱う神奈川県相模原市の菊屋浦上商事株式会社が制定。日付は2月10日を0210として「0(レ)2(フ)10(ト)」と読み、レフト=左の発想から。

といって、特に何をしようと言うこともないのですけれど……。

 ・・・

今では多くの人が左利きを容認する傾向にあります。
しかし、「私は左利きじゃないから」とか「私のまわりには左利きの人がいないから」という理由で、左利きというものを黙認しているだけであったり、もしくは単なる無視や放置で終わっていたりする可能性もあるように思えます。

私の願いは、もう一歩進めて、左利きを多様性の一つとして、右利きの人と同じように「一個の人間」として考えてもらえる世の中にしたい、というものです。
右利き偏重の右利き仕様のみの世界ではなく、当然、左利きであれ、左手・左利き用品がなくて困るということもない、という世界です。

そのためには、いつも書いていることですが、「心のバリアフリー」が大切です。

昨年も「ノーマライゼーション」について書きました。

ノーマライゼーション【normalization】

(通常化の意)障害者などが地域で普通の生活を営むことを当然とする福祉の基本的考え。また、それに基づく運動や施策。1960年代に北欧から始まる。》(『広辞苑』第六版 より)

左利きを別個の存在として、社会から隔離してしまうことのない、多様性に対して、発想や考え方という意味での精神の自由が確保された世界であることです。

 

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 ●左利きは個性か?

今回は、こんな話をしましょう。

よく「左利きは個性として尊重しましょう」という言い方をされます。

なんとなく、それでいいような気もします。
左利きを容認しようという姿勢があるから。

また、人は一人一人違うものでもあるし、それらの違いを「個性」と呼ぶのだから、左利きも誰にでも見られる性質でもないから、「左利きは個性」でいいんじゃないだろうか、と。

 

私はちょっと違うような気がするのです。

こういう考え方があります。
(普段、私は「左利きは障害ではない」という意見なのですけれど、ここでは一つのものの考え方として引用しています。)

孫引きで申し訳ないのですが、
私の敬愛する串崎真志という心理学の先生の著書
『悩みとつきあおう』(岩波ジュニア新書 2004)

にこんなことが書かれていました。

浜田寿美男さんは、著書『ありのままを生きる――障害と子どもの世界』(岩波書店 1997、39p)
{「読書案内」の串崎先生のコメント:自閉症のたかし君、右手に障害のあるみつこさんのエピソードが印象的でした。}

で、障害は「生きるかたち」であると捉えているそうです。

 

(以下孫引き)

たがいの違いを前提に、それぞれが対等な異文化を生きるものとして出発し、違いを違いとして認めて生き合うなかで、やがてそこから人どうしとして、あるいは生き物どうしとして、たがいの同じさに気づいていく、そういう流れになる。こうした異文化接触の流れにこそ、なにか人どうしの出会いの原点がある。

そして、「障害は個性である」という言い方では、このような「共同的な生き方」が見えてこないといい(41p)、「障害の克服」という発想も、ありのままを否定して、かえってその人の生活を生き苦しくさせてしまうと指摘している(96p)そうです。

串崎先生は、バリアフリーもユニバーサルデザインも広がってきたけれど、「共同的な生き方」には《まだまだ「惜しい」ものがたくさんあります》と続けます。

例として、視覚障害者の三宮麻由子さんの著書『眼を閉じて心開いて――ほんとうの幸せって何だろう』(岩波ジュニア新書 2002)
{「読書案内」の串崎先生のコメント:幸福と不幸は「プラスマイナスゼロ」という言葉が印象的でした。}

から、スーパーでほとんどの商品がはラップに包まれていて中身がわからない、バーコードをチェックすれば音声で説明してくれるそうちがあればいいなとか、「表示された料金をお入れ下さい」と言いながら、音声では金額を言わず画面に表示する精算機等が示されています。

 

 ●左利きの場合は

左利きに置き換えていえば――
「左利きは個性だ」ということで、それぞれを別個の存在として認めてしまうと、同じ人間としての立場が見えなくなってしまい、ともに生きる者としての「共同的な生き方」が見えにくくなる、ということでしょう。

「左利きの人」という特別な人間がいるのではなく、動作が基本的に左利きだというだけのことです。

動作以外には、特に違いがあるわけではないのです。
外見的に違いはないですし、内面的にも明らかな違いがあるというものでもありません。

左利きは天才だとか、逆に左利きは発達障害が多いとか、昔言われたように犯罪者が多いとか、右脳がどうの左脳がどうのとかいうよりも、もっと日常的・平均点的な見地から、人間として見てゆく方がいいでしょう。

 

動作に入る前の構えが違うとか、動かす側や動かす方向や動き自体が違うとか、動作的な面で変化が起きるだけです。

特別に「おれは右利き、おまえは左利き」と分類する必要はないのです。

ただ相手の動きを見て「違和感がある」というのは理解できますが、それを一方的な思い込みで「左利きはおかしい」とか「右使いが正しい」とか言い始めると問題になります。

あくまでも人間という総合的な見地からは、右利きも左利きも関係ないのです。
そこから、たがいの違いを発見しながら、協調できる部分を模索する、そういう流れが必要なのです。

 

16世紀フランスのモラリスト、モンテーニュの『エセー』の手引きとして、その全訳者である宮下志朗さんの書いた好著
『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書 2019)

にこんなことが書かれています。

モンテーニュにおける世界の「多様性」と言う認識は、人間存在の多様性という認識と表裏一体だ。「どんなできごとも、どんなかたちも、どれひとつとして完全に似たものがないように、完全に異なるものだってひとつもない。自然による混合のわざとは、なんと巧妙なものであろう」(3・13「経験について」)。大いなる自然がミキシングという技を駆使して、似て非なるものを創り上げている。だからこそ、「人間はだれでも、人間としての存在の完全なかたちを備えているのである」(3・2「後悔について」)。》「第3章 旅と経験」<3-4旅は人間を知るための最高の学校>

完全に似た人もいなければ、完全に異なる人もいない、というのです。

私たちは単純に「右利き」「左利き」と二分することがあります。
さも正反対の存在でもあるかのように。

しかし実態は、そんな単純ものではありません。
ちょっとした違いを拡大して強調しているだけのことです。

一人一人人は違うし、案外みんな似ているものでもあるのです。

 

 ●「利き手テスト」分布図と道具の右用左用

たとえば、「利き手テスト」の結果の分布図を、右端に右利き100%左端に左利き100%に置いたグラフに表すと、「J」の字のような曲線を描くグラフになるといいます。
「J」の長い棒に当たるのが(1)「強い右利き」傾向を示す人々で、「J」の字のピンと跳ね上がった部分は(4)「強い左利き」傾向を示す人々で、その中間の鍋底に当たる部分の右半分は(2)「弱い右利き」、反対側の部分は(3)「弱い左利き」の人々を示します。
この鍋底に当たる人たちを、私は「強い右利き」と「強い左利き」の間なので、そのまま「中間の人」と呼んでいますが、これは世間的には「クロスドミナンス」「混合利き」等と言われる人たちです。

私の考えでは、(1)「強い右利き」が約50%、(2)が20%、(3)も20%、そして(4)10%ぐらいではないか、と考えています。
よく「左利きは10%」程度といわれるのはこの辺のことで、アメリカの学者などが「左利きは30%」ぐらいいるというのは、この(3)と(4)を併せた数字ではないか、と考えています。

また、利き手ではなく、利き足や利き目に関しては、「60-70%が右利き」と言われるのは、(1)と(2)を併せた数字に近いものがあり、その辺のところで説明できそうな気がします。

利き足などは、利き手に比べますと単純な動きが主で、(ボールを)蹴るか(ペダルを)踏む程度のことでしょう。
それでは単純な違いしか出ないと思われます。

 

次に、道具や環境面でいいますと、左利きだから、左手・左利き用品を使うのはいいことですし、必要なことです。

自分の身体に合った道具を使うのが、いちばんいいことです。

たとえば、サイズの合わない靴では、思いっきり走れません。
左利きの場合も同じです。

 

でも、ことさらに左用としなくてもいい場合もあります。
たとえば、お箸は、それだけなら左右どちらの手でも使えます。
右利き用・左利き用と区別する必要はありません。

しかし、横向きに絵や字をプリントすると、どうでしょうか。
プリントの方向で、右手用と左手用に分裂します。

Hidaritehasi-f-v-usagi

Hidaritehasi

*参照画像:(左手用箸)(1)昔百均で買った箸(2)一般商店で買ったウサギ模様

 

でも縦にプリントすれば、左右性は消えます。

右・左専用は、それぞれの人にとっては有用ですし、必要なときもあります。
しかし、常に絶対条件となるわけではない、ということです。

 

たとえば、誰もが遊ぶトランプ。

ババ抜きの時、右利きの人は、左手にカードを持って右手で右方向に拡げ、相手にとらせます。
しかし、左利きの人は、右手に持ったカードを左手で開き、相手に差し出します。

そのため大抵のトランプは、マークと数字の表示が向かって左側の隅になる対角にしかありません。
右利きの人がプレイするときに便利なようになっているのです。

ですから、左利きの人にはちょっと不便です。

そこで左利きの人にも右利きの人と同じように楽しめるようにした、四隅に表示のついたトランプが発売されています。

 

もしここで、右専用と左専用に分けたらどうでしょうか。
常に右利きは右利きの人としか、一方左利きの人は左利きの人としか遊べなくなります。
それで楽しいと言えるでしょうか。

 

 ●教科書に左手書字例を

話があちこちしているかもしれません。

私の願いをもう一度書けば、左利きの人も右利きの人と同じように生活できる世界にしたい、ということになります。
「男女同権」ふうにいえば、「左右同権」です。
あるいは「男女平等」なら、「左右平等」です。

まずは、左利きに対する無知や誤解、偏見をなくし、それら無知や偏見から生まれる差別をなくす、という流れです。

誤解や偏見についていえば、モンテーニュはこんなこともいっています。

真実と虚偽は、顔も似ているし、物腰も、好みも、歩き方もそっくりなので、われわれは両者を同じ目で眺めている。われわれは、欺瞞を拒むだけの根性がないばかりか、むしろ、自分から進んでそうした罠に飛び込んでいくような気がする。》『モンテーニュ』「第4章 裁き、寛容、秩序」(3・11「足の悪い人について」)

宮下さんは、《真実と虚偽はそっくりなことも多くて、理性も経験も騙されかねないのだ、と》説明されています。

また、多様性と寛容について(長くなりますが引用を続けますと)、モンテーニュはこんなことも書いています。

「世間の人は、自分という存在にしたがって、他人に判断をくだすけれど、わたしはこうしたまちがいはしない。他人については、自分と異なることがずいぶんあるんだなと思ってしまうのだ。自分が、ある型にがちっとはまっていると感じてはいても、だれもがそうするように、それを人々に押しつけることはなくて、異なる生き方がたくさん存在するのだと思って、そのように了解する。世間一般とは反対に、われわれのあいだの類似よりも、差異のほうをすんなり受け入れるのだ」》同上「第4章 裁き、寛容、秩序」(1・36/37「小カトーについて」)

宮下さんは、自分の「型」を他者に押しつけたり、自分の「型」から他者を判断して排除したりするというありがちな所作を退けて、「差異」を受け入れる考えの裏には、《「人間はだれでも、人間としての存在の完全な形を備えている」(3・2「後悔について」)》からだ、といいます。
さらに、宮下さんは、

各人が人間存在として十全なかたちを備えているということは、人間の条件について、その多様性を担保していることになる。人間はさまざまな文化や環境のもとに生を享け、実人生を生きていくが、そのだれもが人間としての十分条件を備えているということだ。ハンディキャップを負っている人も、逆に、「文化資本」に恵まれた人もいる。人さまざまなのである。/そうした多様な「個」が、普遍的な人間存在を支えている。そうであるならば、そんな人間社会に寛容性があることは、当然の結果ということになるであろう。要するに、個の尊重が全体の尊重に、あるいは、モンテーニュ的にいうならば、「わたし」を重視することが、「あなた」を、つまり「他者」を尊重することと表裏一体となっているのである。》同上「第4章 裁き、寛容、秩序」

 

そして、

「類似」にこだわって群れを作り、「壁」を作り、「差異」を排除するほうが、ある意味で楽なのかもしれない。差異のある人々や、彼らの生活習慣を受け入れて共生すべきだと、口でいうのは簡単だが、真に実行するのはむずかしい。でもモンテーニュは、自分とは異なる人々に「好意を抱いて」、「想像力で、すんなりと彼らの立場に入りこんでいく」。各人を、「彼自身という型に合わせて肉付け」してやるのだ。モンテーニュが願うのは、なによりも各人が「別々に判断される」ことなのだった(1・36/37)》同上

といいます。

 

 

右利き左利きに関していいますと、右利きだ左利きだと、それだけで何か人格の全てであるかのように、人を決めつけるあり方に疑問を持ち、各人一人一人が多様性の持ち主として受け入れられるそういう社会になればいいなあ、という気がします。
(先ほども書きましたように、「左利き」と一口にいいましても、いろいろなパターンがありますから。)

 

そこで大切なのは、左利きについての認知、啓蒙活動です。
その重要な一歩が、いつもいっている学校の教科書の改革です。

 

今の学校教科書、特に小学一年生の書写の教科書には、初めて字を書くことを学ぶ子供に向けて、字を書くときの鉛筆の持ち方や字を書くときの姿勢を、写真やイラストを交えて説明しています。

しかし、その写真やイラストは、性差別に配慮して男児と女児をモデルに使い分けしているのですが、字を書くモデルは右利き・右手書きのみになっています。

この世の中には、左手で字を書く人がいないかのように。
あるいは、左手で字を書くことはいけないことでもあるかのように、とも言えるでしょうか。

これでは、左利きの子を持つ親御さんが不安になるのは当然のことでしょう。

 

この学校の教科書に、右利き・右手書き例でだけでなく、左利き・左手書き例を載せることが重要だ、と考えています。

なぜなら、現実のこの世の中には、右手で字を書く人もいれば、左手で字を書く人もいる/いてもいいのだ、という多様性の容認の証の一つになるからです。

さらにいえば、左手で字を書く子の存在を知らしめることで、右利きの子にも自分とは異なる書き方をする人もいるのだ、ということを知らしめ、人間の多様性を知る一助にしてもらえるだろうということです。

 

実は、家庭科の教科書などでは、左手対応されているものもあるそうです。
家庭科の裁縫セットの購買の際に、右利き左利きの別があるともいいます。

しかし、学校で一番大切なはずの最初の学問の道具である字を書くという行為において、「左右同権」「左右平等」が実現されていないのです。

ネットを調べてもこういう訴えをしている人はほとんど見たことがありません。
(私の知っている限りでは「3人産んでこうなりました」〈左右平等作戦in小学校〉のガボちゃんぐらいです。)

どうしてなんでしょうか、不思議です。
当然のこと過ぎて、思いつかないのでしょうか。

「小学一年書写教科書に左手書字例を!」

 

*参照:
【過去の主な「小一書写教科書に左手書字例を!」プロジェクト】

・第258号(No.258) 2010/4/30 「<左利きプチ・アンケート>
第68回 小1書写教科書に左手書き(左利き)例を入れるべきか?」

※ 現在の結果を見るのは、こちら

1(右利きの人)左右対等にのせる     208
2(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 111
3(  〃  )左手例はいらない     152
4(中間的な人)左右対等にのせる     149
5(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 102
6(  〃  )左手例はいらない     132
7(左利きの人)左右対等にのせる     117
8(  〃  )右手(大)左手(小)でもよい 122
9(  〃  )左手例はいらない     130
16:45 2020/02/05

2011.5.4
週刊ヒッキイhikkii258 左利きアンケート68回小1書写教科書に左手書き(左利き)例を入れるべきか?(先週号の案内)

 

・第259号(No.259) 2011/5/7 「学校教科書に左利き(左手)例を!」
――――――――――――――――――――――――――
 ◆なぜ、学校教科書に左利き(左手)例を掲げるのか◆
――――――――――――――――――――――――――
学校教科書に、左利き(左手)例を掲載する意義は、
大きく二つあります。

【1】左利きの子供の理解を助ける
【1'】子供たちが自分とは異なる立場の人の存在を知ることで、
    自分たちの住んでいる世界の多様性を認識し、
    共存・共生への道を考えさせる
【2】左利きの認知、啓蒙を促進する

 

・第361号(No.361) 2013/4/27「<左利きプチ・アンケート>
≪教科書プロジェクト・アンケート・1≫どちらの手で…」

※ 現在の結果を見るのは、こちら

1(右利きの人)右手 28
2(  〃  )左手 39
3(  〃  )どちらともいえない 41
4(中間的な人)右手 43
5(  〃  )左手 41
6(  〃  )どちらともいえない 46
7(左利きの人)右手 46
8(  〃  )左手 41
9(  〃  )どちらともいえない 37
16:50 2020/02/05

 

・第369号(No.369) 2013/6/22「≪教科書プロジェクト≫
【小学書写教科書に左手書字例を!】プロジェクト・3」
 6社教科書をのぞいてみる (1) 東京書籍「新しい書写」

2013.6.26
小学書写教科書左手例PJ-3-東京書籍~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii369号

 

・第459号(No.459) 2015/12/19「≪教科書プロジェクト≫
【小学書写教科書に左手書字例を!】PJ24
左手書字例を考える(14) 最終回に当たって~総ざらい」

2016.2.4
左手書字例(最終回)きれいに見えるコツ-左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第459号 --

 

 ●東京書籍・小学校教科書「新しい書写 2年度用」

今回、改めて調べてみました。
すると、こんな結果が出ました。

--
新しい書写 | 2年度用 小学校教科書のご紹介 | 東京書籍 - 東書Eネット 東京書籍が発行する,2年度用 小学校教科書「新しい書写」についてのご紹介ページです。
... ○1年P28-29. 教材文字に集中できる.
「毛筆教材の周りに、イラストなどほかの要素があると集中できない子がいる」との現場の先生方の声を受け、毛筆教材文字の周囲には他の要素は置かず、毛筆教材 ...
右手・左手どちらの持ち方も掲載 ... 水書用筆で運筆を体感することで、硬筆での適切な書字動作が身につくことが期待できます。
--

1全ての子供の学びやすさのために
特別支援教育
ユニバーサルデザイン
特別な教育的ニーズのある子供に分かりやすく工夫した紙面は、特性の有無に関わらず誰もが学びやすい、
東京書籍がめざすのはそんな教科書です。
左利きの子供にとっての学びやすさにも向き合いました。

なんと、《左利きの子供にとっての学びやすさにも向き合いました。》と言う言葉通り、「特別支援教育への配慮」「色覚多様性への配慮」とともに「左利きへの配慮」という項目ができています。

右手・左手どちらの持ち方も掲載
右利きの持ち方の写真のみが掲載されていたこれまでの教科書では、左利きの子供たちは写真を頭の中で反転させて、それを自分の手指で再現しなければなりませんでした。そこで、左利きの写真を載せることで不要な負担をなくすよう配慮しました。

なんと、《右手・左手どちらの持ち方も掲載》とあるように、左手で鉛筆を持つ写真が掲載されています!
ついに夢が一つ現実になりました。

 

以下詳細は、別稿「左利きへの配慮がなされた東京書籍・小学校教科書「新しい書写 2年度用」」で。

 

ようやく一つ段階を越えることができました。

私と同じ考えで、実践している教科書会社もあるのだと思うと、もう一踏ん張りしてみようという気持ちになります。

東京書籍の皆様、ありがとうございます!

200204-toushoatarasiishoshapage03_ph112x

(画像:上記サイトより無断拝借 ●1年P4-5 )

 

*『レフティやすおのお茶でっせ』過去の2月10日「左利きグッズの日」の記事:
・2008.12.28
2月10日は左利きグッズの日、日本記念日協会で認定される

・2009.2.10
今日2月10日は“左利きグッズの日”

・2011.2.8
左手書字考(1)左手で字を書くこと―再考:週刊ヒッキイhikkii249

・2011.2.9
「左利きグッズの日」記念「第5回<LYグランプリ>2011」読者大賞アンケート

・2012.2.9
2月10日は「左利きグッズの日」ですが…メルマガ「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」298号告知

・2012.2.10
2月10日「左利きグッズの日」記念<LYGP>第6回2012:メルマガ「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」299号予告

・2013.2.10
今年もまた<左利きグッズの日>でした

・2015.2.10
2月10日は改称7年目の〈左利きグッズの日〉

・2016.2.9
2月10日は左利きグッズの日

・2016.2.10
2月10日は左利きグッズの日―普及の前提

・2017.2.9
2月10日〈左利きグッズの日〉をまえに左来人(Right Hidari)『左利きあるある 右利きないない』を買う読む

・2017.2.10
左手左利き専用グッズ開発「レフティー21プロジェクト」菊屋浦上商事呼びかけ

・2018.2.10
2月10日は「左利きグッズの日」―どこまで進む「左利き」容認―産経新聞投書から

・2019.2.10
2月10日は「左利きグッズの日」―に思うこと

(新生活版)2月10日は「左利きグッズの日」―に思うこと

 

[カテゴリ] 2月10日左利きグッズの日 

 

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2020.02.01

2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年(1)初めの30年-週刊ヒッキイ第564号

―『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第564号 別冊編集後記

第564号(No.564) 2020/2/1
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その1)初めの30年」

 

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 ※『週刊ヒッキイ』は、
・ 2014年7月より
  月二回(第一・第三土曜日)の発行に変更しました。
・ 2019年10月より
  第一・第三土曜日の発行は、新規配信
  第二・第四土曜日の発行は、バックナンバーからの再配信
  に変更しました。
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(上記発行日程への正式復帰は、3月からです、念のため。
 2月は、第一・第二土曜のみの暫定復帰です。)

 

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右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第564号(No.564) 2020/2/1
「2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その1)初めの30年」
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2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
(その1)初めの30年
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世間的には、今年2020(令和2)年は、
東京オリンピックの年というところでしょうか。

しかし、私にとっては、タイトルにもありますように、

 左利き公認60年

 左利きライフ研究30年

の年に当たります。

 

過去にもあれやこれや書いてきましたが、
ホームページの「左利き自分史年表」が事情で消滅し、
私が自分の仕事として書き残したかった
「左利き文化史年表」的なものが、
今ではこれというものがなくなっているので、
まあ、それに変わるものとして
ちょっと書いておこうと思います。

 

┏ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┓
  2020年は左利き公認60年&左利きライフ研究30年
  (その1)初めの30年
┗ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ┛

200130hidarikiki60nen2

(画像:後年買った本と麻丘めぐみベストCD) 

 

 ●小学校入学時に“公認”される

 ●心の奥のコンプレックス

 ●まわりの人とは別種の人間

 ●左利きブーム

1971(昭和46)17歳
箱崎総一「左利き友の会」

1973(昭和48)19歳のとき、
麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」
(7/5発売 作詞・千家和也 作編曲・筒美京平)

 

 ◆麻丘めぐみさんのこと

麻丘めぐみ『Premium BEST』

「あの頃は左ききをネガティブに見る空気がありましたから、
最初は『歌ってもいいのかしら』と不安でした。
でもメロディがついたら繰り返しのフレーズが印象的で
とても歌いやすかった。それほどよくできた曲だったんですね」

※週刊ポスト2020年1月31日号

Kindle版(小学館 2020/1/20)

NEWSポストセブン
「麻丘めぐみが29年ぶり新曲発表 アイドル絶頂期を語る」
より

 

 ●世界が間違っている

1979(昭和54)25歳
『左利きの秘密』箱崎総一 立風書房 マンボウブックス

 ●「左利き」商品をレジに運ぶ勇気

1980(昭和55)26歳
ジェームス・ブリス、ジョセフ・モレラ
『左利きの本――右利き社会への挑戦状』草壁焔太訳 講談社
 (原著 The Left-handaers' Handbook 発行年月不明)

 ●普通な生活

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私の人生の、左利き公認の日々から前半の30年を、左利きの話題に絞って綴ってみました。

私は小学校入学時から左利きを公認されたという、当時としてはかなり恵まれた環境で生きてきました。
それでも、世間の圧力から全く自由だったわけではありませんでした。
無言の圧力というのでしょうか、そういうものは、人一倍感じていたように思います。

また、公認されたといっても、実際には、左使いを容認されたというだけで、左利きのための特別な配慮や指導があったというわけではありません。
その点は明確にしておきたいと思います。

野球を例に説明すれば、左右の打席が用意されているというだけで、左利きの子のために左打ちの指導があったというわけではない、といった意味です。

 ・・・

では詳細は、本誌で。

 

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

 

 

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2020.01.18

左利きで生きるには週刊ヒッキイ第563号お詫びとお知らせ

―『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第563号 別冊編集後記

第563号(No.563) 2020/1/18「お詫びとお知らせ」


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 ※『週刊ヒッキイ』は、
・ 2014年7月より
  月二回(第一・第三土曜日)の発行に変更しました。
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  第一・第三土曜日の発行は、新規配信
  第二・第四土曜日の発行は、バックナンバーからの再配信
  に変更しました。
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第563号(No.563) 2020/1/18「お詫びとお知らせ」
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 遅くなりましたが、

 新年明けましておめでとうございます。

 旧年中はお世話になりました。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 レフティやすお


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 お詫びとお知らせ
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まずはお詫びから――


さて本来ですと、
1月4日に新年第一号を配信するところでしたが、
勝手ながらお休みさせていただきました。

年末からPCの調子が悪く、
13日にやっと復旧。
ところが今度は体調不良で、
どうもうまくいきません。

ということで、
勝手ながらしばらくお休みさせていただくことにします。

どうもすみません <(_ _)>


以前からも度々ミスが続いたりしていました。

ホントは3月からといいたいところですが、
それでは自分が我慢できないでしょうから、
2月から通常通りとしたいと考えています。

ご容赦ください。

 ・・・

次に、今後の配信の予定についてのお知らせです。

(以下略)

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お知らせの内容は、購読者だけの秘密です。

本誌をご覧ください。

(やっぱり購読してほしいですからね。)

 ・・・

では詳細は、本誌で。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

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