2018.01.17

産経新聞【明治の50冊】第一回『西国立志編』サミュエル・スマイルズ

産経新聞で今年から週一連載で明治時代の古典を紹介するコラム
【明治の50冊】が始まりました。

昨年末の発表から楽しみにしていたものです。
推薦する著作を応募するのは、年末のどさくさにまぎれて忘れてしましました。

(ちなみに、私の一推しは、幸田露伴「五重塔」でした。
 物作りの職人の原点を感じる作品です。)


【明治の50冊】について(産経新聞)
2017.12.13
連載「明治の50冊」決定 激動期…先人の知恵に学ぶ

明治維新から150年が過ぎ、再び明治時代のよう流れになっているといいます。
欧米の植民地化という国家的な危機に直面した初期から、
日露戦争後個人のない面に向い、後期には大逆事件から社会不安に…、と
(公→私→公)へと関心が変化している。
戦後も、復興から高度成長期、バブル崩壊後の相次ぐ震災や安保問題など。
同じように、(公→私→公)へと変化している、といいます。

そこで、
明治時代に出版された古典の名著・名作から、
現代にも通じる著作を現代に引き付けて読んでみよう、
という企画だそうです。

 ・・・

第一回―

2018.1.8 15:00(産経新聞)
(1)閉塞状況打開のカギに 読者を鼓舞
 『西国立志編』サミュエル・スマイルズ著、中村正直訳

180108self_help


明治4年(1871)に出版された、
イギリスのサミュエル・スマイルズ"Self-Help"(『自助論』1859)の翻訳です。


余談ですが、この1859年という年には、
ジョン・マレー社という同じ出版社から三つの世界的な名著が生まれているといいます。
一つはこの『自助論』で、
他の二つは、ダーウィンの『種の起源』"On the Origin of Species"と、
ジョン・スチュアート・ミル『自由論』"On Liberty"です。
(他にも色んな本が出ていたのでしょうけれど。)

正直は、翌1872年、『自由論』も『自由之理(じゆうのことわり)』として翻訳出版しています。

 ・・・

知の教育者・福澤に対し、徳の教育者・中村正直といわれた人で、
儒学者で幕府の欧州留学団の先生役の一人として訪欧し、
幕府の消滅により帰国する際、贈られた本がこれだったそうで、
帰国の船中これを読み、感激した正直は翻訳を決意した、といいます。

慶喜公とともに静岡に移り住んだのち、
意気阻喪した幕臣たちの奮起を促す意味で翻訳紹介した、
というのです。


「天は自ら助くる者を助く」で始まる自己啓発本の古典的名著です。

この「天」は、元々は「神」を表す「GOD」でしたが、
いつしか「HEAVEN」に取って代わったといいます。

そして、漢学者だった正直は、この「天」を
中国は『老子』や『論語』における「天」と同一視し、
東西思想に共通する普遍的なものと解釈した、といいます。


古今の成功者の伝記を引用しながら、
地道な自助努力が成功への道であることを説いた本です。
 

(略)『自助論』は
  成功への心がまえが書かれているばかりでなく、
  科学の発達史にもなっている。
  わかりやすく具体的な例があげられ、
  人間性あふれるエピソードが加わっているので、
  親しみやすい読み物でもある。

『明治の人物誌』星新一/著 新潮文庫(1998,原著1978)
  「中村正直」p.16

訳本は、

『西国立志編』サミュエル・スマイルズ/著 中村正直/訳 渡部昇一/解説 講談社学術文庫527

 <「天は自ら助くる者を助く」という精神を思想的根幹とした、三百余人の成功立志談>


私は抄訳本の

竹内均/訳・解説 三笠書房・知的生きかた文庫
『自助論 スマイルズの世界的名著 人生の師・人生の友・人生の書』


を読んだだけです。

それでもエッセンスは伝わってきます。

最近は、斎藤孝氏の現代語訳本も出ています。


星新一/著『明治の人物誌』新潮文庫(1998,原著1978)


― 星新一の父・星一に関わる明治の偉人たちの人物伝。
 冒頭の一章が「中村正直」。
 正直とスマイルズについてコンパクトにまとめられている。
 他に野口英世、伊藤博文、新渡戸稲造、エジソンなど全十名。
 講談社学術文庫『西国立志編』巻末の渡部昇一解説でもふれている。
  

その人生をひとことでいえば、
   維新、開国、文明開化という時期に
   『Self-Help』を日本語に訳した。
   そのために天がこの世に出現させた人物。
   そうとしか私には思えないのである。
》40p

『天ハ自ラ助クルモノヲ助ク 中村正直と『西国立志編』』平川祐弘/著 名古屋大学出版会(2006)


― 著者は、小泉八雲の研究者としても有名な比較文学の先生。
 本書は『西国立志編』の影響を探る、著者の大学教授"卒業論文"。
 一般読者にも読みやすい平易に書かれた文化の伝播の研究書。
 イギリスの最盛期・ヴィクトリア時代の世界的名著"Self-Help"が、
 日本で中村正直によって紹介され、日本産業化の国民的教科書となり、
 数々の文化的影響を及ぼした。
 さらに、イタリア・中国での影響と比較することで、
 世界規模の文化間の関係を調べる。

  付箋貼りながら読みだしたら、一冊丸ごと付箋だらけになる、
 非常に興味深い一冊でした。


*参照:
『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2009(平成21)年5月31日号(No.18)-090531-『自助論』=『西国立志編』元祖自己啓発書


15日の第二回は、福澤諭吉『学問のすゝめ』でした。


第二回―

2018.1.15 10:00(産経新聞)
【明治の50冊】
(2)福澤諭吉『学問のすゝめ』 時代と格闘 文明開化宣言

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2018.01.15

私の読書論101-私の年間ベスト2017(前編)リアル系

―第215号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2018(平成30)年1月15日号(No.215)-180115-
「私の読書論101-私の年間ベスト2017(前編)リアル系」

本誌では、「私の読書論101-私の年間ベスト2017(前編)リアル系」と題して、昨年読んだ本のうち、リアル系の45冊の中からおススメの一冊を選んでいます。

内要は、本誌を見てのひ・み・つ――ということですが、サービスで「ベスト3ぐらい」をネタばらししておきましょう。

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『諸子百家―儒家・墨家・道家・法家・兵家』湯浅邦弘 中公新書 2009/3/1

―初心者向けに「諸子百家」全般について、標準的な選択で、一般的な基礎知識を簡潔にまとめています。


『人生論ノート』三木清 新潮文庫 改版 1978/9

―非業の死を遂げたといってもいい思想家・哲学者。
 人生についての箴言等、気になる言葉や文章が並んでいます。
 小著ですので、気軽に手に取っていただけるものです。


『幸福について―人生論―』ショーペンハウアー 橋本文夫訳 新潮文庫 1958/3/12

―ラッセル『幸福論』を読む際に参考として読んだものです。
 名言や箴言が好きな人にはたまらない魅力がある一冊。
 ちょっと辛口のユーモアに含まれた確かな言葉が心に響きます。
 「三大幸福論」にも負けない名著。1851年「処世術箴言」の全訳。

*新訳本:
『幸福について』ショーペンハウアー 鈴木芳子訳 光文社古典新訳文庫 2018/1/11

―上記の本が半世紀以上前の翻訳で、一部訳文に馴染みにくい表現もあり、新訳本がどうなっているか、楽しみです。


『ニュートンとアインシュタイン』石原藤夫 ハヤカワ文庫JA 1983/3

―人生を考える上でも、興味深い伝記であり、かつ学問の成果を解説しています。
 現行本で簡単に手に入る状況なら、これを一位に推していたかも、という本です。
 次点ということで。


〈特別篇〉
『弘法大師空海と出会う』川﨑(さき)一洋 岩波新書 2016/10/21

―伝説の部分にも触れていて、真実の「人間・空海」のみならず、信仰の対象となっている「お大師さん」にも出会える本でした。


さて、「ベスト1」は?

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

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2017.12.31

私の読書論100-出版業界自ら改善すべき点がある-

―第214号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年12月31日号(No.214)-171231-
「私の読書論100-自ら改善すべき点がある-
 図書館と出版社・書店業界について(後編)」

本誌では、「私の読書論100-自ら改善すべき点がある-図書館と出版社・書店業界について(後編)」と題して、文芸春秋の松井清人社長の発言「図書館は文庫本の貸し出しをやめてほしい」に対する様々な意見を読んで、その感想の後編を書いています。

出版業界自身の改善点について書いています。

著者も出版社も取次や書店も、自らを甘やかすのはやめて、もっとシビアな戦いを始めるべき段階に来ているように思います。

戦う相手は図書館ではなく、読者(客)であり、自分たちの業界自身です。

より多くの読者を獲得することが大事です。
敵視するのではなく、図書館と共闘することも必要でしょう。

 ・・・

詳細は本誌で!

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2017.12.15

私の読書論99-図書館が読書の入口になる

―第213号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年12月15日号(No.213)
「私の読書論99-図書館が読書の入口になる
 図書館と出版社・書店業界について(前編)」

本誌では、「図書館が読書の入口になる 図書館と出版社・書店業界について(前編)」と題して、文芸春秋の松井清人社長の発言「図書館は文庫本の貸し出しをやめてほしい」に対する様々な意見を読んで、その感想を書いています。
今回は、主に、内容の紹介だけで終わってしまった感があります。

一方、私の本の購入および図書館利用の実態を紹介しています。

次回では、もう少し色々と書けることと思います。
お楽しみに。


予告、ですか?
そうですねえ、出版社側の発言に“打率”が低くなっている(出版点数の割に黒字になる本が少ない)という発言がありました。

それは、
(1)出版点数が多すぎるせいではないか、ということ
(2)それらの本の内容の問題をもう一度検討し直すべきではないか、ということ
――ですね。

そうして、書店に関しても言えば、責任を持って注文して売るべきだ、ということですね。

要するに、自由販売制ですね。

再販制度が戦後の出版・書店業界を守ってきた部分はあると思います。
しかし、もうそういう特権に守られる時代ではない、ということではないでしょうか。

 ・・・

詳細は本誌で!

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(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

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2017.11.30

クリスマス・ストーリーをあなたに~(7)「クリスマス・プレゼント」梶尾真治

―第212号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年11月30日号(No.212)-171130-
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(7)
「クリスマス・プレゼント」梶尾真治」

本誌では、梶尾真治さんのショートショートのクリスマス・ストーリーを紹介しています。

クリスマスは、<愛と善意の季節>なのです。

そういうクリスマス精神を著す内容のお話なのです。

欧米のキリスト教徒の国の作家さんの多くは、一度はクリスマス・ストーリーを書いているものです。
御本人の意欲もありますが、それだけではなく、編集者からの意向もあっての結果でしょうか。


その点、日本ではそういう風土があるわけでもなく、あくまでもファッションとして受け入れている傾向があり、作家といえども年末の風景の一つとして書く、というのが本当のところでしょう。

でも、あらゆる宗教の根本理念を構成する要素の一つに、そういう<愛と善意>というものがあり、日本でもこれからはキリスト教の信者であるかどうかという背景にこだわることなく、クリスマス・ストーリーが描かれる余地もあるのではないでしょうか。

 ・・・

詳細は本誌で!

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』


【本誌で取り上げた本】:

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「クリスマス・プレゼント」収録
梶尾真治『有機戦死バイオム』ハヤカワ文庫JA 1989.10


『追跡のクリスマスイヴ』メアリ・H・クラーク/著 深町眞理子/訳 新潮文庫 1996

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2017.11.21

ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』を読む

下↓の記事での紹介後も発売が遅れていました、ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』をようやく読み終えました。

2017.6.25
ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション第2回配本『蒸気で動く家』7月31日発売予定

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(画像:『蒸気で動く家』『八十日間世界一周』他ヴェルヌの本)

ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 第IV巻(第2回配本)
蒸気で動く家 ─北インド横断の旅─

荒原邦博・三枝大修訳[完訳]
挿画:レオン・ベネット
解説:石橋正孝

原著刊行:1880年/〈教育娯楽雑誌〉1879年12月1日号~1880年12月15日号連載


『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション IV 蒸気で動く家』
荒原邦博・三枝大修/訳 インスクリプト(2017/8/21)

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(画像:『蒸気で動く家』挿絵)

舞台は、19世紀のインド。
ヴェルヌ作品でインドが扱われるのは、『八十日間世界一周』に次いで二度目です。

ベンガル湾側の東インドの主要都市カルカッタ(当時の都市名、現コルカタ)から、デカン半島の東岸、インド洋側の主要都市ボンベイ(当時の都市名、現ムンバイ)をめざす、〈鋼鉄の巨象〉に引かれた〈蒸気で動く家〉(スチーム・ハウス)によるマンロー大佐一行の冒険の旅と、シパーヒーの反乱(セポイの反乱)の指導者の一人インド人の太守ナーナー・サーヒブの反乱軍再編と復讐の物語。

カルカッタからボンベイをめざす旅は、『八十日間世界一周』でのインド編での旅の逆のパターンとなります。

訳注によりますと史実とは異なるようですが、マンロー大佐は、反乱を指揮していたナーナー・ハーヒブの妻(ラーニ(王妃))を戦闘の末、殺したとし、一方、ナーナー・ハーヒブは、マンロー大佐の妻と母親を含む王立軍の家族を惨殺したとし、それぞれが復讐心を抱く関係に設定しています。

この1857年に始まる反乱から10年後、マンロー大佐を慰安しようと友人たちが計画した冒険の旅は、象を模した蒸気機関のロボット〈鋼鉄の巨象〉がパゴダを模した二両の客車を牽引する〈蒸気で動く家〉で、日常的な生活空間とともにインドの平原を横断しようというもの――早い話がキャンピングカーによる移動です。
この凝った作りの〈蒸気で動く家〉は、ブータンのラージャがインド横断鉄道会社の鉄道技師バンクスにきまぐれで製作を依頼したが、亡くなり、彼がマンロー大佐のお金で買い取ったものだったのです。

ホッド大尉は喜びを抑えられず、/「移動する家だ!」と叫んだ。「車にもなれば、蒸気船にもなる! あとは翼さえあれば、飛行装置に変換して空も飛べるぞ!」/「いつかはそうなるよ、ホッド君」大真面目に技師が答えた。/「わかってるさ、バンクスよ」と大尉も同じくらい真剣に答えた。「どんなことだって、できるようになる! だがどうしようもないのは、そういうものすごい発明を見たくても、二百年後に生き返れるわけじゃないってことだ! 人生は毎日が楽しいわけじゃないが、俺は単に好奇心好奇心を満たすためだけに一〇世紀生きたっていい!」

途中、ヒマラヤの高山タウラギリのふもとまで行き、虎狩り他の狩猟をしたり、マンロー大佐の慰安と仲間たちの保養をする予定です。

ところが、大佐は途中で思い出の戦闘の地をたどり、逃亡中のナーナー・ハーヒブの行方を探り、妻や母親の復讐を秘かに期待していたのでした。
一方、逃亡中のナーナー・ハーヒブも、大佐に妻とインド独立戦争(植民地支配者のイギリス側から見れば反乱)の犠牲者たちの復讐をする機会を狙っていました。

この二つの話が交錯するのが、ラストのエピソードですが、そこに至るまでの道中の冒険もまた、資料と想像力を駆使したヴェルヌ小説のお楽しみでもあります。

 ・・・

難しい作品分析は、「解説」や「訳者あとがき」の先生方にお任せするとして、ミッシェル・セールの『青春 ジュール・ヴェルヌ論』やフランスのヴェルヌの遊園地の象等で、名のみ知られていた作品がこうして翻訳されたことは非常にうれしいことでした。

蒸気で動く巨象が牽引するパゴダを模した客車の車列という、乗り物の面白さと、それによる異境の地を旅する冒険、そして復讐譚……。

100枚を超える原著挿絵も、古き良き時代の冒険物語を演出してくれて、正に私の心のなかにあるヴェルヌの世界そのもの、といっていいものです。

楽しめる一冊でした。

 
 ●作品の背景について

現代の感覚から言えば、植民地支配と反乱という構図は、帝国主義そのものという感じで、それを擁護するかのような小説かもしれません。
しかし、フランス人の記述者をたて、反乱軍に対する見せしめのための凄惨な処刑も紹介し、イギリス王立軍のやり方を支持する書き方はしていません。

一方で、太平楽に虎退治や見世物のための猛獣狩りと狩猟に明け暮れる支配者側のヨーロッパ人たちの姿を描き、どちらにも与することのできそうな内容です。

こういうふうな植民地主義、帝国主義批判という立場からの見方をするのが現代的な感覚なのかもしれませんけれど、やはりそれは少し違うような気がします。

ヴェルヌは『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』(1889)では、カナダ人の独立戦争をフランス系カナダ人の側から描いてもいました。
『海底二万海里』のネモ船長は、インド独立運動の中心人物だったとされていました。

帝国主義や植民地政策の在り方の是非など、当時の一般市民レベルでどの程度の情報や知識が共有されていたのかも、私にはわかりません。
ヴェルヌの含めて、当時の作家たちもどの程度の認識を持っていたのでしょうか。

まあ、その辺の事情は分かりかねますが、作家といえどもその時代に生きているかぎり、時代の思想の影響を免れることはできません。

それらのことは頭の片隅におく程度にして、私たちは素直にストーリーを楽しんでいいのではないでしょうか。


 ●解説のヴェルヌ作品の題名について

石橋さんの「解説」では、ヴェルヌの諸作品の題名が、原著の訳題になっています。
これは、石橋さんの頭の中では原題で整理されているのでしょう。
でも、読者のために日本語訳の題名で紹介されているのでしょう。

邦訳のある作品――特に日本で従来から一般化している邦題を併記してもらうほうが、新たに既刊のヴェルヌ作品を読みたいと思う人には親切な気もします。
(「訳者あとがき」の荒原さんは、従来の訳題併記。)


 ●『マチアス・サンドルフ』(旧訳『アドリア海の復讐』)新訳のこと

「解説」中で、『マチアス・サンドルフ』(旧訳『アドリア海の復讐』集英社ヴェルヌ全集/集英社文庫ヴェルヌ・コレクション)が、『シャーンドル・マーチャーシュ』の題名で、本書の訳者の一人でもある三枝大修さんによる新訳として、新井書院から刊行予定とあります。

この作品は、ヴェルヌ版『モンテ・クリスト伯』とも呼ばれる作品です。
新井書院は、一巻本『モンテ=クリスト伯爵』(オペラオムニア叢書)を出版している版元なのですね。

私の好きなヴェルヌ作品の一つでもあり、これも楽しみです。


*** 初心者向け私のおすすめヴェルヌ作品(現行本から)***
『八十日間世界一周』岩波文庫(原書挿絵多数入り)
『地底旅行』岩波文庫(原書挿絵多数入り)(原題:『地球の中心への旅』)
『海底二万里』新潮文庫(原書挿絵全数葉入り)
『二年間の休暇』/『十五少年漂流記』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション、創元SF文庫(原著挿絵数葉入り)
『神秘の島』/『ミステリアス・アイランド』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション(ネモ船長の最期)

*** 私のヴェルヌ作品お気に入りベスト5 ***
1 『アドリア海の復讐』(集英社コンパクトブックス・ヴェルヌ全集版はなくしたけど、集英社文庫ヴェルヌ・コレクション版を持っています! ヴェルヌ版『モンテクリスト伯』。)
2 『地底旅行』(最初にふれたヴェルヌ作品、巨大きのこの森を歩む一行の挿絵が記憶に焼きついている!)
3 『悪魔の発明』創元SF文庫(原題:『国旗に向かって』。昔、角川文庫版で読んだ。ミサイル兵器を使用するマッド・サイエンティストもの。)
4 『気球に乗って五週間』集英社文庫ヴェルヌ・コレクション(記念すべき〈驚異の旅〉処女長編。)
5 『二〇世紀のパリ』集英社(幻だった初期作品。ヴェルヌの原典を知る意味でも重要かつ興味深い。)


*【ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション】:
『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』石橋正孝/訳 インスクリプト 2017/1/20
―「ガン・クラブ三部作」(旧訳題名『月世界旅行』『月世界探検』(『月世界へ行く』創元SF文庫)『地軸変更計画』創元SF文庫)の世界初の合本。砲弾による月探検二部作とその後のプロジェクト。


〈全巻構成〉
第I巻(第4回配本)ハテラス船長の航海と冒険 荒原邦博・荒原由紀子訳(18年春刊) 予価:5,500円 [新訳]
第II巻(第1回配本)地球から月へ 月を回って 上も下もなく 石橋正孝訳(17年1月刊) 特大巻:5,800円 [完訳 世界初の合本]
第III巻(第5回配本)エクトール・セルヴァダック 石橋正孝訳(18年秋刊) 予価:5,000円 [本邦初の完訳]
第IV巻(第2回配本)蒸気で動く家 荒原邦博・三枝大修訳(17年5月刊) 予価:5,500円 [本邦初の完訳]
第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 新島進訳(17年11月刊) 予価4200円 [新訳、本邦初訳]


*【ヴェルヌのその他の〈驚異の旅〉】
ジュール・ヴェルヌ『名を捨てた家族: 1837 ― 38 年 ケベックの叛乱』大矢タカヤス訳 彩流社 2016.10

ジュール・ヴェルヌ『海底二万海里』[上下]新潮文庫

*【ヴェルヌ関連参考書】:
『ジュール・ヴェルヌ伝』フォルカー・デース 石橋正孝訳 水声社 (2014/05)
―本邦初のヴェルヌの評伝。力作です。ヴェルヌの伝記のなかで最も信頼に足ると言われるものです。
 当時の社会状況を知っていれば、また彼の作品をより多く読んでいれば、楽しさも増します。


『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険 ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル』石橋正孝 左右社 (2013/3/25)
―これも力作。元は学術論文ということで、ちょっと読みづらく感じたり、ヴェルヌの原稿をまな板に載せているため、それらを(邦訳がない、もしくは手に入りにくいため)未読の人には分かりにくかったりします。
 小説家ヴェルヌと編集者エッツェル、二人のジュールのあいだを巡る出版の秘密をめぐる“冒険”です。


『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・“驚異の旅”』東洋書林 (2009/03)
―これは見て楽しい本です。図版で見るヴェルヌの世界といってもいいかもしれません。


『文明の帝国 ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』杉本淑彦 山川出版社(1995)
―ヴェルヌの小説の表現を通して当時のフランス帝国主義を考えるという論文。原書からの挿絵も多数収録。
 巻末100ページを費やし、ヴェルヌの〈驚異の旅〉シリーズ全作品及び初期作品のあらすじを紹介。
 本書『名を捨てた家族』の解説でも触れられています。


『水声通信 no.27(2008年11/12月号) 特集 ジュール・ヴェルヌ』水声社 2009/1/6
―1977年『ユリイカ』以来の雑誌特集。本邦初訳短編「ごごおっ・ざざあっ」、ル・クレジオ他エッセイ、年譜、《驚異の旅》書誌、主要研究書誌。


『青春 ジュール・ヴェルヌ論』ミッシェル・セール 豊田彰/訳 法政大学出版局 1993/03
―昔に読んだ本。

*『お茶でっせ』記事:
【ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションの過去の記事】
・2017.4.7 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』を読む
・2017.1.23 『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』1月20日発売
【文遊社版<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2014.7.19 文遊社ジュール・ヴェルヌ復刊第四弾『緑の光線』7月30日発売
・2014.1.13 文遊社ヴェルヌ復刊シリーズ第3弾『黒いダイヤモンド』年末に発売 
・2013.10.17 ジュール・ヴェルヌ『ジャンガダ』を読む
・2013.8.6 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』を読む&『ジャンガダ』出版
【その他の<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2017.1.22 ヴェルヌ『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』を読む
・2016.10.8 待望のヴェルヌ新刊『名を捨てた家族1837-38年ケベックの叛乱』
・2016.7.25 角川文庫から新訳ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上下)7月23日発売
・2015.8.10 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売
・2013.6.2 ジュール・ヴェルヌの本2点『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』『永遠のアダム』
・2012.10.25 テレビの威力か?HPジュール・ヴェルヌ・コレクションにアクセス急増!
・2007.8.24 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里(上)』岩波文庫
・2004.10.18 偕成社文庫版ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』と映画『80デイズ』
・2004.7.2 復刊された『グラント船長の子供たち』

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2017.11.15

読書とは自転車:私の読書論98-長田弘『読書からはじまる』後編

―第211号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年11月15日号(No.211)「私の読書論98
-長田弘『読書からはじまる』後編」


本誌では、長田弘さんの読書に関するエッセイ『読書からはじまる』を読んで感じたことについて書く二回目です。

読書の核をなすのは、努力です》という長田さんの言葉に共感してしまうところがあります。

それは、なぜかといいますと、やはり「自分は努力家だ」と思いたいからでしょうか。

「努力家」という言葉に日本人はグッとくる部分がありますよね。

その点、外国の人は「努力」より「才能」という言葉にグッとくるのではないでしょうか。

「努力家だ」と言われるより、「才能があるね」と言われるほうが嬉しいと感じるのでは?

「努力家」というのは、ただがんばってるだけで、能はないかもしれない人。
「才能のあるヒト」は文字通り、才能があるというわけで、上級の人間です。


「読書」に戻ります。

読書というのは、やはり自力で読み進めるしかないわけです。
テレビや映画なども、きちんと見ていなければ分からない部分もありますが、待っていればいい(あるいは、乗って行けばいい)という面もあり、その分は楽な気がします。


「情報」と「読書」の違いについては――長田さんは、「分ける」文化と「育てる」文化の違いと書いています。

「情報」は「享楽」で、「読書」は「努力」とも言っています。


私が思うのは、「情報」というものは、テレビと同じで待っていればいい(あるいは、乗って行けばいい)という面がある、すなわち「享楽」ですね。
考えなくても受け止めればいい、ということ。

それに引き換え「読書」は、自分で考えないといけない、という感じで、まさに「努力」です。


自動車と自転車といってもいいかもしれません。

自分でこがなくてもいい自動車自分でこがなければ進まない自転車

どちらが楽かと言えば、やはり自動車のほうが楽でしょう。
スピードも出るし、短時間で遠くまで行ける。


でも、移動した実感はどうでしょうか。

風の強さ弱さや路面の微妙な傾きまで伝わってくるのが、自転車ではないでしょうか。

「動いた感」といったものがあります。


「読書」もそういう面があるように思います。
「自力で動かした感」とでもいったものが。

「情報」は、自動車に乗っているときの「動かされた感」


自発性といってもいいかもしれません。

自発性が感じられる。
それが、読書した時の充実感につながっているような気がします。

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

*参考:
長田弘『読書からはじまる 人は読書する生き物である。』日本放送出版協会 NHKライブラリー 2006/10

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2017.11.06

努力で幸福になれる―ラッセル「幸福論」NHK100分de名著2017年11月

11月のNHK100分de名著は、バートランド・ラッセルの「幸福論」です。

名著70 バートランド・ラッセル「幸福論」

プロデューサーAのおもわく。

ラッセルの「幸福論」のキーワードは「外界への興味」と「バランス感覚」。人はどんなときにでも、この二つを忘れず実践すれば、悠々と人生を歩んでいけるといいます。そして、それらを実践するために必要な思考法や物事の見方などを、具体例を通して細やかに指南してくれるのです。まさに、この本は、人生の達人たるラッセルの智慧の宝庫といえるでしょう。

【講師】小川仁志(山口大学准教授)
【朗読】荒川良々(俳優)
【語り】墨屋 那津子(元NHKアナウンサー)

第1回 11月6日放送
自分を不幸にする原因
ラッセル自身の人生の歩みを紹介しながら、人々を不幸にしてしまう原因を明らかにしていく。

第2回 11月13日放送
思考をコントロールせよ
不幸に傾きがちなベクトルをプラスに転換する「思考のコントロール方法」を学ぶ。

第3回 11月20日放送
バランスこそ幸福の条件
極端に走りがちな人間の傾向性にブレーキをかける、ラッセル流のバランス感覚を学んでいく。

第4回 11月27日放送
他者と関わり、世界とつながれ!
ラッセルのその後の平和活動にもつながる、自我と社会との統合を理想とした、独自の幸福観を明らかにしていく。


○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『ラッセル『幸福論』 2017年11月』小川 仁志

―客観的に生きよ
 「自分」のなかに閉じこもる――それが不幸の原因だ。

自分の「外部」に没頭せよ
核兵器の廃絶と科学技術の平和利用を訴えた「ラッセルアインシュタイン宣言」でも知られる知の巨人、バートランド・ラッセル。彼が自らの人生を通じて実証した、幸福を「獲得」する方法とは? 「究極のポジティブシンキング」で、論理的に幸福をつかめ!


【講師:小川仁志さんの関連著作】
小川 仁志『ポジティブ哲学! ―三大幸福論で幸せになる―』清流出版 2015/6/19
―アラン、ヒルティ、ラッセルの「三大幸福論」から得る幸せの見つけ方

『幸福論』 B・ラッセル/著 堀秀彦/訳 角川ソフィア文庫 2017/10/25
―解説:小川 仁志

 ●三大幸福論

哲学の三大幸福論と言われるのが、フランスの哲学者・アラン『幸福論』(1925)、スイスの哲学者ヒルティ『幸福論』(全三巻 1891-99)と、イギリスの哲学者・ラッセルの本書です。

一番とっつきやすいのは、アラン『幸福論』でしょう。
文庫本で2~3ページという短文を集めたもので、読みやすいというのが特徴の一つです。

内容は、哲学的・文学的で、アランの主張は、自分で作る幸福は決して裏切らない(「47アリストテレス」)といい、自分が幸福になるのは義務だ(「92幸福になる義務」)といい、子供には幸福になる方法を教えるべきだ(「91幸福となる方法」)といい、幸福になるにはまず気持ちの持ち方である(「66ストイシズム」)といい、幸福だから笑うのではなく笑うから幸福になるのだ(「77友情」)、と教えます。


*参照:『お茶でっせ』記事
2011.10.31
アラン『幸福論』喜びは、行動とともにある!


ヒルティ『幸福論』も各巻8本ずつの論文が集められたものです。
キリスト教的な見地からの実用的な幸福論という気がします。

「人間だれ一人として幸福を求めないものはない」(第三部「二種類の幸福」)といい、「幸福こそ、人間の生活目標なのだ」(第一部「幸福」)といい、「仕事は人間の幸福のひとつの大きな要素だ」といい、「あなたは額に汗してパンを食べねばならぬ」(創世記三の一九/同)と。
第一部が「仕事の上手な仕方」で始まるように、幸福への道は、まず仕事に励むこと、といいます。

そして、不幸は人生につきものであり、逆説的にいえば、不幸は幸福のために必要だ、とも言います。

第三部「二種類の幸福」で、「価値の低い幸福」に至る道については古くから述べられているといい、彼は「永続的な幸福」について書いています。
それは、「神のそば近くにあること」「偉大で真実な思想に生きる」ことだと言います。


 ●『ラッセル幸福論』

これらの著作と異なり、本書は、一冊を費やして幸福について論を張る長編の論文です。

「はしがき」によりますと、自身の経験と観察によって確かめられた処方箋で、《周到な努力によれば幸福になりうる》(『ラッセル幸福論』安藤貞雄/訳 岩波文庫より―以下同じ―p.5)という信念に基づき、本書を書いたといいます。

この本の目的は、

普通の日常的な不幸に対して、一つの治療法を提案することにある。》p.14
といいます。

いかにして幸福を獲得するか? その積極的で具体的な方法を伝授すること、だそうです。

特別な不幸――恐怖政治や戦争、社会の貧困といった大きな問題、個人的には病気やケガ等、あるいは親しい人の死等の、単純には乗り越えられない種類の不幸は取り上げない。
あくまでも個人の力で改善できる問題に置いて、です。

そして、多くの人はそのような日常的な不幸を抱えて生きている、というのです。
では、そのような日常的な不幸に陥る原因はどこにあるのでしょう。


第一部「不幸の原因」では、「不幸だと感じている人々」がどのような状況にあるか、を分析し原因を追究します。

第1章「何が人びとを不幸にさせるのか」では、

不幸の心理的な原因は、明らかに、多種多様である。》p.22
といい、その原因を一つずつ挙げ、第2章「バイロン風の不幸」第3章「競争」第4章「退屈と興奮」第5章「疲れ」第6章「ねたみ」第7章「罪の意識」第8章「被害妄想」第9章「世評に対するおびえ」と、分析してゆきます。

トルストイ『アンナ・カレーニナ』の冒頭で、

幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。 》(中村融訳 岩波文庫)
と書いていますが、それと同じようなものでしょう。


たとえば第2章「バイロン風の不幸」では、

人生は、ヒーローとヒロインが、信じがたいような不運を乗り越えたのちにハッピーエンドで報われる、といったメロドラマの類推で考えられるべきではない。》p.33
といいます。
第3章「競争」では、
成功は幸福の一つの要素でしかないので、成功を得るために他の要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い代価を支払ったことになる》p.54
といいます。
第4章「退屈と興奮」では、
前の晩が楽しければ楽しいほど、翌朝は退屈になる》p.66
といい、
総じてわかることは、静かな生活が偉大な人びとの特徴であり、彼らの快楽はそと目には刺激的なものではなかった、ということだ。》p.70
ともいい、
幸福な生活は、おおむね、静かな生活でなければならない。なぜなら、静けさの雰囲気の中でのみ、真の喜びが息づいていられるからである。》p.74
といいます。
第5章「疲れ」では、
きちんととした精神を養うことで、どれほど幸福と効率がいまやすかは、驚くほどである。きちんとした精神は、ある事柄を四六時中、不十分に考えるのではなく、考えるべきときに十分に考えるのである。》p.79
といいます。
たとえば心配事に関しても、
最悪の場合でも、人間に起こることは、何ひとつ宇宙的な重要性を持つものはないからである。》p.84
といい、取り越し苦労を否定します。
第6章「ねたみ」では、
他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である。何でも楽しいことが起これば、目いっぱい楽しむべきであって、これは、もしかしてよその人に起こっているかもしれないことほど楽しくないんじゃないか、などと立ち止まって考えるべきではない。》p.95-96
といいます。
第7章「罪の意識」では、
他人に対して心の広い、おおらかな態度をとれば、他人を幸福にするだけではなく、本人にとっても限りない幸福の源となる。》p.117
といい、
おのれの能力を最も完全に発揮するときに最大の幸福が訪れる。》p.121
といいます。
第8章「被害妄想」では、被害妄想を治すことが
幸福獲得の重要な部分である。というのは、私たちは万人が自分を虐待していると感じているかぎり、幸福になることはまるで不可能だからだ。》p.124
といい、被害妄想の予防薬となる四つの公理を挙げています。
第9章「世界に対するおびえ」では、世評に対する恐れは、
抑圧的で、成長を妨げるもので(略)真の幸福を成り立たせている精神の自由を獲得することは不可能である。》p.151-152
といい、幸福にとって不可欠なのは、
私たち自身の深い衝動から生まれてくる》p.152
ことがら――趣味や楽しみ、希望等によるのだと言います。
幸福は同じような趣味と、同じような意見を持った人たちとの交際によって増進される。》p.151
と。


第二部「幸福をもたらすもの」で、幸福になる秘訣を説きます。

第10章「幸福はそれでも可能か」では、幸福には2種類あると言います。
一つは、どんな人にも得られるが、もう一つは、読み書きのできる人にしか得られないものだといいます。
前者のそれは、動物にも見られる単純な喜び――生存における快適な充足といったものです。
それに引き換え、後者は、科学者の尊敬に値する業績のような、困難を克服したのちに得られる成功の喜び――自己の能力を高く評価する、といったものです。
しかしこのような成功を一般の人間が獲得するのは難しいものです。
そこで注目すべきは、「趣味に熱中すること」といいます。
それでも、このような趣味や道楽は、現実からの逃避の手段とも言えます。

根本的な幸福は、ほかの何にもまして人や物に対する有効的な関心とも言うべきものに依存している。》p.170
といいます。
そして、この人への関心は愛情であり、
幸福に寄与する愛情は、人びとを観察することを好み、その個々の特徴に喜びを見いだす類の愛情である。》p.170
といい、最後に
幸福の秘訣は、(略)あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ。》p.172
といいます。
第11章「熱意」では、幸福な人の最も一般的な特徴として「熱意」を取り上げます。
人間、関心を寄せるものが多ければ多いほど、ますます幸福になるチャンスが多くなり、また、運命に左右されることが少なくなる。》p.176
といいます。
一つを失っても別のものがある、というわけ。すべてのものに興味を持つには人生は短すぎるけれど……。
熱意こそは、幸福と健康の秘訣である。》p.192
、と。
第12章「愛情」では、
人生に対する一般的な自信は、ほかの何にもまして、正しい愛情を、必要なだけ、ふだん与えられているところから生まれる。》p.195
といいます。
ものごとへの熱意の源となる精神の習慣としての愛情において最上のものは、
相互に生命を与えあうものだ。おのおのが喜びをもって愛情を受け取り、努力なしに愛情を与える。》p.202
といいます。
ところが現代は、人との付き合いにおいて用心深さが必要とされる状況にあり、しかし、
愛における用心深さは、ことによると、真の幸福にとって致命的なものであるかもしれない。》p.205
といいます。
第13章「家族」では、
両親の子供に対する愛情と、子供の良心に対する愛情は、幸福の最大の源の一つ》p.206
となりうるにもかかわらず、現代では大きな不幸の源になっている、といいます。
それでも、
個人的に言えば、私自身は、親としての幸福は私の味わった他のどんな幸福より大きいと思っている。》p.218
といいます。
そして、
私たちは、よい人間関係は両方の側にとって満足すべきものでなくてはならないと信じている。》p.222
といい、
本当に子供幸福を希(こいねが)う親は、(略)衝動によって正しく導かれることだろう。》p.225
といいます。
第14章「仕事」では、「仕事」の役割としては、第一に
退屈の予防策として望ましいものだ。》p.231
といい、第二の利点は、
成功のチャンスと野心を実現する機会を提供してくれる。》p.232
といいます。
成功したいという欲望があれば、その仕事に耐えられるといい、
目的の持続性ということは、結局、幸福の最も本質的な成分の一つであるが、(略)これは主として仕事を通して得られる。》p.232
といいます。
そして、
一つの重要な仕事を見事にやり遂げた幸福を、人から奪えるものでは何ひとつない。》p.237-238
といい、
首尾一貫した目的(略)は、幸福な人生のほぼ必須の条件である。そして、(略)主に、仕事において具体化されるのである。》p.241
といいます。
第15章「私心のない興味」では、生活の根底をなしている主要な興味ではなく、二次的な興味について語られます。
これは、主要な仕事での疲れや活力を取りもどすための気分転換、余暇を満たす興味といった意味でしょう。
仕事以外の興味をたくさん持っていれば、持っていない場合よりも、仕事を忘れるべきときに忘れることが断然やさしくなる。》p.244
といいます。
そういう「思考のチャンネルを切り替えること」ができる
魂の偉大さを持ちうる人は、心の窓を広くあけて、宇宙の四方八方から心に風が自由に吹き通うようにするだろう。》p.250
といい、
賢明に幸福を追求する人は、(略)いくつかの副次的な興味を持つように心がけるだろう。》p.253
といいます。
第16章「努力とあきらめ」では、古代中国の『論語』でも、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』においても語られる、古今東西で指摘されてきた「中庸」という教義について語ります。
純粋に個人的な希望は、無数の形で挫折するものであって、避けがたいものかもしれない。》p.260-261
といいます。
人生においては、ことを達成することができず、その努力を半ばで諦めなければならない場合があるということです。
中庸を守ることが必要である一つの点は、努力とあきらめのバランスに関してである。》p.254
といい、
日ごとに信じがたくなる事柄を日ごと信じようとする努力(略)を捨て去ることこそ、確かな、永続的な幸福の不可欠の条件である。》p.265
といいます。
最終章の第17章「幸福な人」は、いよいよ「まとめ」の章です。
外的な事情がはっきりと不幸ではない場合には、人間は、自分の情熱と興味が内へではなく外へ向けられているかぎり、幸福をつかめるはずである。》p.267
といい、
やはり、人生は生きがいがあるのだ、と感じられるように自分に教え込むとよい。》p.270
といいます。さらに、
幸福な人生は、不思議なまでに、よい人生と同じである。》p.271
といい、
私は、本書を快楽主義者として、言い換えれば、幸福を善と見る人間として書いた。》p.271
といいます。
これはおおむね、健全な道徳家の推奨する行為と同じだが、私の推奨してきた人生態度と道徳家のそれとでは少し異なる部分があるとも言います。
私たちは、愛する人びとの幸福を願うべきである。しかし、私たち自身の幸福と引き換えであってはならない。》p.272-273
といいます。
自己否定の教義にくみすることなく、世界への興味を持つことで、自己もまた生命の流れを一部であることを認識し、自己と世界を統合したものと実感できる、といいます。
最後に、
幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味を持っている人である。また、こういう興味と愛情を通して、そして今度は、それゆえに自分がほかの多くの人びとの興味と愛情の対象にされるという事実を通して、幸福をしかとつかみとる人である。》p.268
といい、
幸福な人とは、(略)自分の人格が内部で分裂してもいないし、世間と対立してもいない人のことである。(略)自分は宇宙の市民だと感じ、(略)宇宙が与える喜びをエンジョイする。》p.273
といい、子孫という生命の連続を信じ、死を恐れない、生命の流れと結合し、大いなる歓喜を見出している、と結論します。


簡単にいえば、幸福な人とは、自分の内に閉じこもらず、自らを客観的に見、広く外に目を向け、興味を持って人や社会と対立することなく友好的につきあい、未来につながる生き方で人生をエンジョイする人のことである、といえるのではないでしょうか。
幸福な人生とは、よく生きることである、と。

 ●よく生きる――幸福こそ最高善である

ソクラテスは、

最も尊重しなければならなぬのは生きることではなくて、善く生きることだ
といい、そのあと続けて
善く生きることと立派に生きることと正しく生きることとは同一である
といいました(プラトン著『クリトン』山本光雄訳 角川文庫)。

「善く生きる」とは、「立派に生きること」「正しく生きること」「美しく生きること」でもあり、「生きがいのある人生」のことであり、「自分にとって望ましい生き方」ということであり、すなわち「幸福に生きる」ことだと言います。

古代ギリシア人は、真・善・美を重んじたといいます。
「真」とは「善」であり「美」である(「真」=「善」=「美」)ということで、人もそのように生きるべきだということでしょう。

「幸福に生きること」が人生における「真理」なのだ、と。


アリストテレス『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫[上巻]第一巻第八章)には、

幸福とはよい人生を送り、立派にやっていくこと
といい、
というのも、[われわれの説では、幸福とは]或る種の善き生であり、善き行為であると大体は語られていたからである。
といいます。
さらに、
われわれにとって幸福は、尊敬に値する、完璧なもののひとつである、ということである。》(第一巻第十二章)
と。
結論として、人間にとっての幸福こそ、「最高善」なのだ(第一巻第七章)、といいます。


本書のラスト(第二部「第17章」)でも、ラッセルは

幸福な人生は、不思議なまでに、よい人生と同じである。
といい、「幸福は善だ」と書いています。

古代西洋哲学以来の考え方なのでしょう。
そして、それが真実なのではないでしょうか。

 ・・・

171104koufukuron


*私が読んだ本:
『ラッセル 幸福論』B. ラッセル/著 安藤貞雄/訳 岩波文庫 1991/3/18


*「三大幸福論」他の二点:
アラン『幸福論』白井健三郎/訳 集英社文庫


『ヒルティ 幸福論』(全三巻)岩波文庫
[第一部] 草間平作/訳 改版 1961/1/1

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2017.10.31

古代中国編―中国の古代思想を読んでみよう(18)『老子』前編

―第210号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年10月31日号(No.210)「古代中国編―
 中国の古代思想を読んでみよう(18) 『老子』前編」

本誌では、諸子百家から、老荘思想とも言われる道家の代表である『老子』について書いています。

道家・道教の『老子』は、儒家・儒教の孔子の言行録『論語』と並ぶ、古代中国思想の表裏もしくは両輪のようなものと考えています。


『老子』を紹介するのは、創刊3号以来の二度目です。

前回はまだ創刊当初ということもあり、ごく軽い紹介に終始しています。
今回は、もう少し頑張ってみようと思います。

さて、どうなりましたか。


今回は「前編」です。

『老子』という書物と、その思想について書いています。

思想編の前半までです。


次回の「後編」では、思想編の後半と、いつも通り、『老子』出典の成語成句について書く予定です。

でも、来月11月末は恒例の<クリスマス・ストーリーをあなたに>の紹介です。
12月末はここんところ恒例になりつつある<今年読んだ本から>の紹介です。

ですので、来年になりますね。

これでちょっと勉強する余裕ができました。

実は、今回かなりキツキツで、『老子』の勉強が間に合わず、参考書を読み切れていません。

今回新たに用意したのは、ちくま新書『入門 老荘思想』と、岩波<書物誕生>『老子』と、講談社学術文庫の今年の新刊『老子 その思想を読み尽くす』でした。
最後の本は、800ページを超える一般向けの解説書という触れ込みですが、副題にあるように、まさに「読み尽くす」というないようで、これは正直大変です。
読み切れませんでした。

『老子』は一度取り上げているので、ちょっと軽く考えていたところがあります。
もう一度、何かの機会にしっかりの読み直して、取り上げたいものです。

20171031rousi


 ・・・

では、詳細は本誌で!

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
http://www.mag2.com/m/0000257388.html

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』


*参考:『老子』の原典及び入門書・解説書を読む
『老子 無知無欲のすすめ』金谷治/著 講談社学術文庫 1997/4/10
―1973年馬王堆漢墓より発見された帛書『老子』を検討し改められた部分がある(第二十四章の移動、第四十章と第四十一章の入れ替え等)。章立ても本文も現代語訳を前面に、原文・読み下し文をあとにまわして読みやすくしている。


『老子 〈道〉への回帰』神塚淑子/著 岩波書店・書物誕生(新しい古典入門) 2009/11/27
―前半は、『老子』の成立と出土資料について、歴史的な評価、仏教・道教との関係。後半で思想の内容説明。それぞれ「道」の思想、自然への回帰、政治論、処世訓としての『老子』について。


『老子 その思想を読み尽くす』池田知久/著 講談社学術文庫 2017/3/11
―最新の文庫書き下ろし。巻末に現代語訳・原文・読み下し文を。850ページを超す大著。副題に「読み尽くす」とあるように、詳細な注とともに、各章の思想を細部まで検討、解説している。馬王堆帛書甲本を底本に、残失部分を他の出土資料等で補う。


『入門 老荘思想』湯浅邦弘/著 ちくま新書 2014/7/7
―『老子』『荘子』の新出土資料のこと、思想内容についてなど。

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2017.10.15

私の読書論97-長田弘『読書からはじまる』前編

―第209号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2017(平成29)年10月15日号(No.209)「私の読書論97-長田弘『読書からはじまる』前編」

本誌では、詩人の長田弘さんの読書に関するエッセイ『読書からはじまる』を読んで感じたことについて書いています。

 ●人をして人たらしめる行為、それが読書
 ●図書館のこと
 ●本というハードウェア
 ●本を取っておくのは…
 ●古本祭のこと
 ●余談―出版業界


今回長くなってしまい、2回に分けることにしました。

今回は前編です。
中身が薄くなってしまいましたが、その分、次回取りもどせることでしょう。

乞う、ご期待!

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』


*参考:
長田弘読書からはじまる 人は読書する生き物である。』日本放送出版協会 NHKライブラリー 2006/10

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より以前の記事一覧