2013.03.13

左利きとマナー(13)まとめ~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii354号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第354号のお知らせです。

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第354号(No.354) 2013/3/9「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―その19―左利きとマナー(13)まとめ」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲「―その19― 左利きとマナー(13)まとめ」をお送りしました。

一年ちょい続けて来ました<左利きとマナー>編もとりあえず最終回、まとめです。

 ●左右は単なる極性の違い
 ●形の先にあるゴールを見る
 ●単に違っているだけ
 ●太陽は同じように照らしている

詳細は本誌をお読みください。↑

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2013.02.14

神事及び宗教と左利き(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii351号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第351号のお知らせです。

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第351号(No.350) 2013/2/9「左利きとマナー(12) 神事及び宗教と左利き(2)」は、
<左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その19―>「左利きとマナー(12) 神事及び宗教と左利き(2)」をお送りしました。

 ●一般化、習慣化したタブーは?
 ●どの程度に不便かを考慮する
 ●配膳について
 ●外国での宗教的タブー
 ●“慣れ”の問題

宗教と左利きについては、まだまだ不勉強な私ですので、考えの至らぬところもあるかとは思いますが、現時点での私の考えを書いてみました。

詳細は本誌をお読みください。↑

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.12.02

書道家・武田双雲氏の左利きの子の習字指導発言について思うこと

テレビでおなじみの書道家・武田双雲氏が、11月22日、自身のブログ<書道家・武田双雲 公式ブログ『書の力』>で左利きの子の習字指導をどうするかについて、以下↓のような記事を書いていらっしゃいます。

左利きの子はお習字はどうする?

121122takeda_souun_hidarikiki_shuuj


氏はこう答えるそうです。

「両方で書けたらもてます(^-^)v」

さらにこう続けています。
うちの息子も左利きですが、/両方で書きます。

そして、
うちの書道教室でも左利きの子はなぜか多いのですが、みんな器用に両方で書けます。/でもやはり自然と右で書くようになるんですよね。

理由として、

字は右ききが前提で開発されてるから。/結局、書きやすい方に流れますから

しかし、どうなんでしょうか。
私の体験では、確かに大筆を使う大きな文字は右手で書けても、脇に小筆で小さく書く自分の名前はなかなか書けないものです。

そのレベルまで行ってるのかどうか、私は怪しいのではないか、という気がします。
少なくとも大部分の子が、という点で。

それと、「左利きの子」と一口に言っても、左利きの度合いがどうかという問題があります。
一見左利きっぽい子―左もある程度使える子もいます。
そういう子供の場合は、書けるんでしょうね。

でも、そういう子供ばかりとは言えないという気もします。


そして、一番大事なことは、「両方で書けたら…」といわれるのは、常に左利きの子だという事実です。

多分武田双雲氏も、左利きの子にしか言わないのではないでしょうか?

教室に来る子供全員に対して、

「両方で書けたらもてます(^-^)v」
と言っているのでしょうか?


左利きの子供に対してよく言われる教育法―しつけの方法として、「両方使えたら便利でいいね」といった言葉があります。
「右手も使わせて、両利きにしましょう!」という場合もあります。

一見、筋の通った意見のように思えますが、実は立派な“差別”発言です。

なぜそう言えるのか?

いつも私は言うのですが、「両方使えて便利になるのは、左利きの子だけではない」ということです。
右利きの人だって、右手をケガした時などは、左手が使えれば便利です。

「両手が使えて便利になる」のは、決して左利きの子供だけではないのです。
右利きの子供だって両方使えれば、便利になります。

ところが、右利きの子供に左手も使えたら便利だから、と左手を使わせる教育を施す例は、ほとんどないという事実です。
また、それを訴える親や教育者もまずいない、と言えるでしょう。

特定の人にのみ特定の行動を“強要”する行為は、“差別”と呼ばれて仕方ないのではないでしょうか?


今回の武田双雲氏の指導も、同じことです。

私はその点を非常に憤るのです。
坊主憎けりゃ袈裟まで、という意味で言うのではないですが、単に彼は自分ができることを自慢しているだけではないか、という疑惑まで感じるのです。

これは以前、2011.6.23の記事、6月13日日テレ「深イイ話」武田双雲氏左利きの書道についてでも書いたことですが。

 ・・・

もう一言言えば―

氏は、

字は右ききが前提で開発されてるから。
と書いていますが、これも事実とは言えません。

元々文字の歴史を見てみますと、発明された当初は、右手での書きやすさというのは、考慮されていませんでした。
漢字でも楔形文字でも、左右性というのは考慮されていなかったようです。
ましてや、右手で筆記しやすいように、という考えはなかったのです。

今、日本語や中国語では、縦書きは右から左へ改行してゆきます。
英語などヨーロッパ系の言語では、横書きで左から右へ綴ります。
これらは確かに右手での書きやすさを考慮した結果です。

しかし、楔形文字でも、左から右へ綴るようになったのは、発明されて1000年ぐらいたってから、突然90度回転し、今のように左から右へ綴られるようになったのだそうです。

今の文字は、右手で書きやすいように、後に“改良”されたものに過ぎないのです。

最初から右手で書きやすいものとして開発された、というものではないのです。


そういう意味でも、左手で書くということを否定することはできません。
右手で書くことだけが習字ではないのです。

要するに、右手であろうと左手であろうとなんであろうと、自分が最も書きやすいと思う、最も自然に書くことが可能だと思う器官を用いて書けばよいのです。

その結果として、右利きの人では右手となり、左利きの人では左手となる、といった違いが生まれるだけのことです。
それがいいとか悪いとかいう次元の問題ではないのです。


「右手の方がきれいな字が書ける」と言う場合の、「きれい」とはなんでしょうか?

それは、従来の基準では、全体のバランス等はともかく、基本的には<右手で書くときの書き癖を活かした形をよし>とするものに過ぎないのです。
始筆の入り方や送筆の際の右上がりの線、終筆におけるハネやトメといった形などに現れるものです。

しかし、それらも工夫をすることで、左手書きでも“真似る”ことは可能です。

実際のコンクールでは、左手書きで受賞している人も少なくないのです。
なかには、右手が不自由になり、左手で勉強しなおしたという方もいらっしゃいます。

世の中には、見やすい、読みやすいといった機能美が満たされていればよい、とする見方もあります。

本来「美」というものは、基準などあってないようなものではないでしょうか。

 ・・・

氏の言葉によれば、

双雲@人は、楽しい方へ向かうとうまくいく。
のだそうです。

左利きの人や左手で書きたい人は、左手で楽しく書けばよいのです。
そうすれば、うまくいくそうです。
双雲先生のお墨付きです、自信を持ちましょう。


*参考:<左手書字>
『左組通信』
<私論4>左手で字を書くために
<私論4>左手で字を書くために(その2)実技
『お茶でっせ』
<左手書字>カテゴリ

*『お茶でっせ』「武田双雲」関連の記事
07.10.25
左ききでは書道は無理ですか?:武田双雲『書愉道 双雲流自由書入門』から
08.7.30
『女性自身』2008年8月12日号で左利き記事
11.6.23
6月13日日テレ「深イイ話」武田双雲氏左利きの書道について
12.9.26
Twitterの威力か?[武田双雲テレビ番組左利き書道]記事にアクセス集中!

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2012.11.30

第7回<LYGP>2013へ向けて(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii340号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第340号のお知らせです。

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第340号(No.340) 2012/11/24
「第7回<LYグランプリ>2013 へ向けて(その2)」
は、
「2012年左利きの人・物・事 を振り返る」の2回目として、前回の【人:部門】3件【物:部門】1件に続いて、【事:部門】3件を紹介しました。

このブログでも取り上げて紹介したことのある、以下の3件です。

【『レフティ生活 万年筆編』】
2012.2.8
左利きでも万年筆は使えます。『レフティ生活 万年筆編』―左手書字の研究

【無印良品、プロジェクト ハートフル・左利き】
2012.4.4
Project01左利き~空想無印cuusoo muji商品化企画の試み
2012.7.20
無印良品プロジェクト ハートフル・左利き

【ガスト、スープ用のお玉(レードル)の形状改善】
2012.10.1
ガストのスープ用オタマが左右両注ぎ用に!

詳細は本誌で。


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「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」
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2012.11.14

伝統と左利き:茶道(2)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii338号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第338号のお知らせです。

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第338号(No.338) 2012/11/10 「左利きとマナー(10) 伝統と左利き:茶道(2)」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲―その19― 左利きとマナーの10回目「伝統と左利き:茶道(2)」をお送りしました。

前回に引き続き、日本の伝統的な芸道の一つ茶道における左利きの問題について考える二回目です。
今回も、裏千家 高山宗真氏のブログ「緑水庵」でのお話を基に考察しています。

 ●小堀宗実氏の著作『茶の湯の不思議』から
 ●左利きの場合も同じ
 ●右勝手に流れるだけが「美」と言えるのか?
 ●時代とともに変化しても良いのでは?

詳細は本誌で。

*参考:
遠州茶道宗家十三世家元、小堀宗実氏の著作、
『茶の湯の不思議』日本放送出版協会 生活人新書(2003)


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2012.11.02

11月1日は古典の日

一日遅れましたが、昨日、11月1日は、「古典の日」でした。

「古典の日」とは、2008年11月1日に京都で宣言された、源氏物語千年期を記念した、時空を超えた人類の叡智の結晶である古典に親しもうという記念日です。

「11月1日」という日付の由来は、『源氏物語』のことが最初に『紫式部日記』に記されたのが、寛弘5(1008)年11月1日ということで、この日に決めたというものです。
「「古典の日」について」

「古典の日に関する法律」(下↓に引用)も制定され、単に日本の古典文学のみならず、広く世界中の古典作品に範囲を広げて、あらゆるジャンルの古典を対象としています。

第二条 この法律において「古典」とは、文学、音楽、美術、演劇、伝統芸能、演芸、生活文化その他の文化芸術、学術又は思想の分野における古来の文化的所産であって、我が国において創造され、又は継承され、国民に多くの恵沢をもたらすものとして、優れた価値を有すると認められるに至ったものをいう。

最近「もう古典を読め!古典を読め!」などという教養主義はやめようという学者さんもいらっしゃるようです。

確かに「古典の文学作品を読め」といった文学作品に限ってしまう、文学偏重であるならば、私も反対です。
一口に古典と言っても色々あります。
先に挙げた「古典の日に関する法律」の中に記されているように。


で、話を戻して、「古典を読め」というのはやめようという発言に対しての反論です。

がしかし、昔から温故知新という言葉があるように、古典を忘れて今はないだろうと思います。

第一、人間というものはほとんど進歩していないものです。

おいしいものを腹いっぱい食べたい、少しでも楽をしたい、お金が欲しい、若くてきれいな異性に惹かれる、他人よりも偉くなりたい、他人を自分の思い通りに操りたい、他人よりも善く思われたい、キラキラ光るもので身を飾りたい、他人様の為になる人間になりたい、他人様に役立つことをしたい、etc...。
人の思いというものは、なんら変わっていません。
古典にみんな書かれている、描かれているものです。


現代の私たちはそれら―古典に示されているような、古今東西の人間の英知の集積の上に立って行動しているだけなのです。
自分のオリジナルなんてホントはまずない、と言っていいでしょう。

それは科学技術に関しても同じだと思います。
今日、科学技術は全く新たな世界を切り拓いているように見えますが、それは人類の英知の光がまだ届いていなかったために我々には見えなかっただけで、昔からそこに在ったものにすぎません。


古典なんて面倒なだけじゃん、という人もいるでしょう。

でも、ホントはそれがすべてなのだ、と言っていいのです。
古典に始まり古典に終わる、なんて言う言い方をすれば、古い人間と思われるかもしれません。
でも、よーく考えてみれば、そういうものなのですね。

昨日があって今日があり、明日があるのです。


私は、毎月メルマガ『古典から始める 楽しい読書』を発行しています。
難しいことは分からないし、分析的な読み方もできない半端ものの人間ですので、単なる古典の紹介、こんな本がありますよ、読書はおもしろいですよ、私はこんなふうに本を読んでいますよ、と勧めるものにすぎません。

しかし、自分でこういうものを始めることで、何かしら勉強になっているように感じています。
ただの錯覚かもしれませんが、まったくの無駄な努力ではないように思います。

少なくとも、人生に楽しみができたことだけは事実です。
色んなものにふれる楽しみです。

文学はもちろんですが、音楽や美術や演劇や建築やその他諸々も、全て何かしらどこかしらつながっているものだと知りました。

ぜひ、皆様もこの機会に古典に親しむように心がけて欲しいものです。
できれば、サイドバーにある私のメルマガに登録していただければ、毎月二回メールが届きます。

それをきっかけにして、私とともに、古典に親しむ人生を送っていただければ、嬉しく思います。
きっとあなたの世界が広がりますよ。

*参考:
古典の日に関する法律について - 文化庁
古典の日に関する法律(条文)(PDF形式(1.32MB))
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古典の日に関する法律

(目的)

第一条 この法律は、古典が、我が国の文化において重要な位置を占め、優れた価値を有していることに鑑み、古典の日を設けること等により、様々な場において、国民が古典に親しむことを促し、その心のよりどころとして古典を広く根づかせ、もって心豊かな国民生活及び文化的で活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。

(定義)

第二条 この法律において「古典」とは、文学、音楽、美術、演劇、伝統芸能、演芸、生活文化その他の文化芸術、学術又は思想の分野における古来の文化的所産であって、我が国において創造され、又は継承され、国民に多くの恵沢をもたらすものとして、優れた価値を有すると認められるに至ったものをいう。

(古典の日)

第三条 国民の間に広く古典についての関心と理解を深めるようにするため、古典の日を設ける。
2古典の日は、十一月一日とする。
3国及び地方公共団体は、古典の日には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるよう努めるものとする。
4国及び地方公共団体は、前項に規定するもののほか、家庭、学校、職場、地域その他の様々な場において、国民が古典に親しむことができるよう、古典に関する学習及び古典を活用した教育の機会の整備、古典に関する調査研究の推進及びその成果の普及その他の必要な施策を講ずるよう努めるものとする。

附 則
この法律は、公布の日から施行する。

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2012.10.18

伝統と左利き:茶道(1)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii334号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第334号のお知らせです。

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第334号(No.334) 2012/10/13「左利きとマナー(9) 伝統と左利き:茶道(1)」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲―その19―「左利きとマナー」の9回目、「伝統と左利き:茶道(1)」と題して茶道に関して、
裏千家 高山宗真氏のブログ『緑水庵』記事「2010年8月16日 左利き その1」~「その5」までの一連の記事を基に、私の考えたことを書いています。

「左利きは左利きのままでよい」と認められた現代社会であれば、従来のように一方的に右利きのみの作法というのはどうか? というのが、私の基本的な意見です。

詳細は、本誌で。

*本誌で参照した本:
『キケロ ―ヨーロッパの知的伝統―』高田康成/著 岩波新書(新赤版627) 1999.8.20
『新訂 方丈記』市古貞次/校注 岩波文庫 1989.5.16
 

・脳科学者・久保田競先生の著書『脳を探検する』講談社 (1998/03)

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.09.13

右手が作法から利き手が作法へ~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii329号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第329号のお知らせです。

 ・・・

第329号(No.329) 2012/9/8「左利きとマナー(8) 右手が作法からの脱却」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲―その19― 左利きとマナー(8)「右手が作法からの脱却」です。

前回は、茶道における左利きの問題について考えてみました
今回は、以前紹介しました、小笠原宗家礼法総師範・源松斎菱高氏のお話から、再び、左利きとの関連について考えています。

氏は、《形式主義の作法・礼法となって、「右手が作法」という誤解が広まってしまったのだ》と書かれています。
私もそうだと考えます。

お店での対応についても引用して紹介しています。

実際、左利きの人へのサービスが改善されている例が、ネット上では数多く報告されています。

和食で配膳の際、箸の向きや食器類の左右の配置を入れ替えるとか、寿司やで握りの向きを左手で取りやすい向きに変えてくれるとか、洋食でもカトラリーを置き換えてくれるといったサービスです。

もはや「右手が作法」といった“誤った”考え方は捨てるべき時代になりつつあるのです。

これからは、「利き手が作法」と改めるべきなのです。


以下、詳細は本誌で。

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2012.08.16

左利きとマナー(7)茶道~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii325号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第325号のお知らせです。

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第325号(No.325) 2012/8/11「左利きとマナー(7) 茶道(茶の湯)を考える」は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲「―その19― 左利きとマナー(7) 茶道(茶の湯)を考える」です。

茶道における左利きの問題を考えてみました。

私の思うところは―

現代の茶道は、伝統と言いながら、実際には武家社会が崩壊した明治以降、女子教育の場に進出するという形で、変化に対応することで生き延びてきたのです。

ですから、昔のように左利きが忌避されてきた時代から左利きは左利きで良いとされる時代への変化を踏まえて、それに対応する作法を考える時期に来ているのではないか、ということです。

これは単に茶道のみ限らず、日本の古来の伝統を重んじるといわれる武道や芸能などすべてに言えることです。
昔のまま旧態依然の、「左利きでも右に直してもらわないと…」といったやり方では、これからは問題とされるでしょう。

21世紀も12年が過ぎようとしている今日、この世紀を生き延びるためには、伝統を重んじつつも、この時代にふさわしい姿に変容する必要があると思います。

もちろん原理主義的に昔ながらの形式に固執する流派があってもよいと思います。
しかし、それでも完全に昔のままとはいかないでしょう。

変化している部分は必ずあるはずです。
実際には変わっているのに、さも昔のままなんら変化していないように装うのはどうかと思います。

形式のための形式、そんな形式を守るためだけの作法ではなく、身体の変化に対応できる形式による心のこもった作法でありたいものです。

詳細は本誌で。

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2007.10.25

左ききでは書道は無理ですか?:武田双雲『書愉道 双雲流自由書入門』から

左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイ』
第31号(No.31) 2006/5/27「<字は右手で書くもの>を検証する《3》脳の働きと漢字」
 左手で字を書く・実践編 4:毛筆編―書家から見た左手書き
第51号(No.51) 2006/10/14「左手で字を書くために(7)」
 左手で字を書くために(7)左手書きの研究<1>/書(道)家の意見

で紹介しました書道家・武田双雲氏の左手書字に関する追加情報です。


武田双雲/著『書愉道 双雲流自由書入門』池田書店 2005年5月30日発行
 ここが知りたい! 双雲流「書道Q&A」119p

テレビで両手を使って大きな書を書いている双雲さんを見た人からの質問です。

Q5 ... ふだんも両手で書くんですか? また左ききでは書道は無理ですか?
双雲氏は「両手を使うのは舞台の上だけ」ですが、「もともと左利きなのでどちらも使えます」という。
「臨書や普通の作品を書くときは右手ですが、創作のときは左手で書くこともありますね。」

左利きでの書道については、

左ではだめなの? とよく左利きの人から質問されますが、実際に左利きの書道家もいますから、全然無理なことではないですよ。僕自身は小さい頃に母親から直されて、字を書くのだけは右手なんです。無理に矯正する必要はないし、練習して両手で書けるようになったら楽しいのではないでしょうか。ただ道具や指導書もすべて右利きが前提なので、その辺の苦労はあると思います。
という答えです。

<追記:2007.10.26>
双雲氏は、3歳で書道家である母、武田双葉に師事し、書の道に入ったという経歴の持ち主です。
弟さんも武田双龍という書道家です。


ちなみに、メルマガ『左利きで生きるには 週間ヒッキイ』
第31号で、紹介したご意見は、以下のようなものです。

●武田双雲氏の意見:

まったく気にする必要はありません。左利きの方は左手で書いていいんです。片岡鶴太郎さんは右利きなのに左手で書いています。右手で練習することも楽しめれば、なおよいでしょう。
ホットインタビューズ INDEX [vol.08]書道家:武田双雲氏
『感動を与え続ける若き書の魔術師 書道家・武田双雲 筆と墨で世界平和を目指したい!』


また、武田双雲氏の公式ブログ『書の力』に、興味深い記事がありました。

2006-10-14 たくさんの苦難を乗り越えた花

「書道の先生も長年やって」いた、事故で半身不随となったという83歳の尼さん、月心寺の村瀬明道さんの話題です。

「事故後は、教えることはなくなりましたが、左手でスラスラと書」かれるそうです。

僕は左利きなので作品のいくつかは左手で書いているということもあって
妙な親近感が生まれました。
「明道さんが僕にプレゼントとしてその場で書いてくれた」という書の画像も紹介されています。

いわゆるお習字的な書ではないので、左手書きのお手本とはいえませんが、一度ご覧になってください。
特に、「字は右手で書くものだ」といった固定観念にとらわれている方は、是非。

(私に言わせれば、当たり前のことなのですが、)毛筆であれ硬筆であれ、字は左手で書いてもよいのです。

*参照:『左利きを考える レフティやすおの左組通信』
左手で字を書くために―レフティやすおの左利き私論4―

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。

「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii」
―左利きの人、左利きに興味のある人のためのメールマガジン発行中!
(最新号はこちら)

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