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2017.04.07

『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』を読む

2017.1.23
『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション II 地球から月へ 月を回って 上も下もなく』1月20日発売

で紹介しました、この本を読みました。

第1回配本『地球から月へ 月を回って 上も下もなく(完訳ガンクラブ三部作)』石橋正孝訳・1月20日刊行


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(画像:本書他、既訳本3点)


完訳ガンクラブ三部作世界初の合本。/石橋正孝訳・解説 月面に向けて打ち上げられた砲弾列車。巨大な大砲に取り憑かれた愛すべき紳士たちが活躍するガンクラブ三部作、世界初訳の補遺、挿画128葉を収録した特大巻として刊行!


地球から月へ ──九七時間二〇分の直行路──
 初出:〈ジュルナル・デ・デバ〉紙、1865年9月14日から10月14日まで連載、同年エッツェル社より単行本刊行
 挿絵:アンリ・ド・モントー、ジョルジュ・ルー(多色刷、1897年版に追加)
月を回って
 初出:〈ジュルナル・デ・デバ〉紙、1869年11月4日から12月8日まで連載、翌年1月エッツェル社より単行本刊行
 挿絵:エミール・バイヤール、アルフォンス・ド・ヌヴィル
上も下もなく 
 1889年11月書き下ろし、エッツェル社より単行本刊行
 挿絵:ジョルジュ・ルー
 補遺「ごく少数の人だけが知ればよいこと」A・パドゥロー(椎名建仁訳)
訳注/解説「〈驚異の旅〉の成立とガン・クラブ三部作」石橋正孝

新完訳の世界初の三部作合本の特大巻です。

巻末解説も〈驚異の旅〉コレクションの第一回配本らしく、このシリーズについての解説を兼ねています。
今後の配本を楽しむためにも、初めに読んでおいたほうがいいでしょう。


 ●月世界旅行二部作『地球から月へ』『月を回って』

作品については、もうかなり以前に読んで以来ということで、初めてではないにしても、実質初めてに近く楽しめました。

ただ以前読んだ当時は、特に『月を回って』に関しては、最初に読んだのが高校生ぐらいで、既にアポロ計画もまっ最中で、宇宙に対する知識もこの小説の時代とは比較にならないわけで、ちょっとバカにしてしまった記憶があります。
たとえば、発射時、大気圏をあっという間に通り過ぎるので摩擦熱などは問題にならないとか、宇宙空間で窓を開けて不要になったものを外に捨てる時も素早くすればいいとか、太陽に照らされたときの熱や逆に影に入ったときの冷却の具合など、ホントに大丈夫? という感じ。


でも今回読みますと、当時の最新の情報を詰め込んで、その上でイマジネーションの限りを尽くしていて、好感を持てます。

砲弾飛翔体は、当時の科学技術の最先端であるアルミニウムを使っているとか。
様々な情報を網羅するところは、いつものヴェルヌの十八番(オハコ)とするところですけれど。

飛翔体の大きさは、地上から望遠鏡で確認できる大きさという設定だったのですね。
そこで、あの大きさの砲になるわけです。


第一部『地球から月へ』の部分は、ミラー『詳注版 月世界旅行』を片手に読んだので、その辺の事情もわかり楽しめました。

第二部『月を回って』は、昔読んだ時も感じたのですけれど、「講釈師見てきたような嘘をつき」じゃないですけれど、よくこれほどに鮮やかに描けるものだ、と感心しました。
先にも書きましたように、当時の情報を巧みに織り込みながら、見事に想像力の翼を広げています。

フロリダから打ち上げ、太平洋上に帰還するというルートや、メンバーが三人だったり、共通する部分が幾つもあり、似せたのかそれともそれが当然の帰結だったのか、予言していたことになります。


ヴェルヌの小説といえば、科学情報を生かして、ひたすら冒険や探検に終始する男たちを描いた物語というイメージです。

しかし今回は、政治的社会的な風刺家としての面も具えているのだと改めて感じました。
南北戦争後のアメリカで、火砲の平和利用としてこの月世界旅行というプロジェクトを立案し、さらにアメリカの再統一を計ったり、世界的にも注目させたり、というところですね。

ミラー氏も書いているように、そういう面が読み取れました。


フランス人のアルダンが登場して、(地上から望遠鏡による)無人探査から有人探査になるのですが、その辺の事情がストーリーを盛り上げます。
ヴェルヌならではの想像力の世界になります。


 ●『上も下もなく』

第三部『上も下もなく』は、ガン・クラブのメンバーは共通ですが、事件としてはまったく別個の物語です。

『地球から月へ』の第19章「ミーティング」のラスト(p.146)で、J=T・マストン「われわれの努力を結集しよう、機械を発明し、地軸を立て直そう!」というシーンが出てきます。
この提案を小説化したものがこの作品です。

ミラー『詳注版 月世界旅行』p.396の注(21)によりますと、

この最後の三パラグラフをもとに、ヴェルヌは四半世紀後一冊の小説を書いている。1888年に鉱山技師アルシッド・バドゥローなる人物が、実に四カ月がかりで、「地球地軸を修正」しようとするマストンの計画の技術的青写真を練り上げた。
とあります。


前半は、北極探検の歴史の講義といった内容で、いつも通りのヴェルヌ調といったところで人名や地名が羅列されます。

で、この当時北緯84度を超えることができなかったこの北方の地(そう、陸地があるという推定しているのです――その根拠は、グリーンランドは北へ行くほどその標高が高くなり、その状態が北極点に近いところまで続いていそうだったから)には様々な地下資源が眠っている――特に当時の最重要資源であった石炭が――と考えられていました。

この地をアメリカの「北極実用化協会」がセリで購入するというのです。
この北極を開発しよう、という計画です。

行けもしない土地をどう活用するというのか?

ここで、例のガン・クラブの面々が登場します。
行けないのなら、来てもらおうというのですけれど……。


今回も、月世界旅行同様、奇想小説という感じです。
ワン・アイデアで勝負する空想小説です。

それを一本の長編小説に仕立てるところが、ヴェルヌの持つ科学情報と想像力です。


既訳本から11年ぶりぐらいの“再読”でした。
楽しめました。

挿絵が豊富で楽しめます。

挿絵は本書全体で128葉だそうで、今まで知らなかった絵が多く、楽しめました。

なかでも『上も下もなく』のヒロイン、エヴァンジェリーナ・スコービット夫人など。


本書には、先に紹介しましたアルシッド・バドゥローの手になる「補遺」が掲載されていて、数学的な根拠が示されています。
(私には理解不能と思われ、読もうという気にもなりませんでしたが。)


 ●石橋正孝さんの解説「〈驚異の旅〉の成立とガン・クラブ三部作」

〈驚異の旅〉の成立については、以前、石橋さんの『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』を読み、大体のところは知っていました。
今回改めて『二十世紀のパリ』の意味を再認識しました。

この作品が出たとき、非常に意外に感じました。
従来言われていたことは、当初は科学技術の進歩に対して前向きに肯定的に評価していたものが、後年、様々な不幸に接し、ペシミズムに傾いて行き、それが作品にも反映されるようになった、というものでした。

ところが『二十世紀のパリ』では、それまでとはまったく違う、遠未来の悲惨な状況が描かれているのでした。

しかし、今回の解説で、この〈驚異の旅〉に変換される過程を示され、そういうことかという気になりました。
私には詳しくは説明できないので、「解説」をお読みいただくしかないのですけれど。

こうなりますと、集英社さんには、ぜひ『二十世紀のパリ』を復刊していただきたいものです。
これを読まないと、ヴェルヌ及びその作品を理解できませんからね。


 ●ハードカヴァーのきれいな本

私のなかでヴェルヌの本といいますと、集英社コンパクト・ブックス版〈ヴェルヌ全集〉といい、角川・創元の文庫本といい、ペーパーバックのイメージがありました。
文遊社の復刻本にしても、きれいな本ではありましたが、ソフトカヴァーでした。

一部の児童書を除いて、ハードカヴァー本は少ないイメージでした。

でも、先の『名を捨てた家族』や新潮社の新しい『十五少年漂流記』(この本の挿絵が新たに描かれた日本オリジナル版だったのは、ちょっと残念な気します。原書版が既にいくつか紹介されているにしても。表紙は日本オリジナルで、本文挿絵が原書版というやり方がベストだと思っています。)といい、ハードカヴァー本になっています。

この選集は全巻で挿絵を全点収録するのかどうかまだわかりませんが、ハードカヴァーのきれいな本になるようで、この点を評価したいものです。

価格も高いけれど、それなりにプラスアルファが感じられるものになっています。
次回の配本も期待したいものです。

なにしろ、噂に高い『蒸気で動く家』の本邦初紹介ですから。


【既訳】
地球から月へ──九七時間二〇分の直行路──
 鈴木力衛訳『月世界旅行』集英社コンパクトブックス〈ヴェルヌ全集〉9 1968
 高山宏訳 W.J.ミラー・注 『詳注版 月世界旅行 1・2』東京図書 1981
同『詳注版 月世界旅行』ちくま文庫 1999


月を回って
 高木進訳『月世界探検』集英社コンパクトブックス〈ヴェルヌ全集〉15 1968
 江口清訳『月世界へ行く』創元SF文庫 (新装版) 2005


上も下もなく
 榊原晃三訳『地軸変更計画』ジャストシステム 1996
 同 創元SF文庫 2005

*「ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション」全5巻

インスクリプト ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション

このシリーズは、《21世紀ヴェルヌ研究の世界的権威、石橋正孝によるヴェルヌ原文の校訂、最終ヴァージョンを確定した上での底本・定本化と全巻解説》という、A5版二段組み平均500ページ超の大部な“ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉”の傑作選です。

〈全巻構成〉
第I巻(第4回配本)ハテラス船長の航海と冒険 荒原邦博・荒原由紀子訳(18年春刊) 予価:5,500円 [新訳]
第II巻(第1回配本)地球から月へ 月を回って 上も下もなく 石橋正孝訳(17年1月刊) 特大巻:5,800円 [完訳 世界初の合本]
第III巻(第5回配本)エクトール・セルヴァダック 石橋正孝訳(18年秋刊) 予価:5,000円 [本邦初の完訳]
第IV巻(第2回配本)蒸気で動く家 荒原邦博・三枝大修訳(17年5月刊) 予価:5,500円 [本邦初の完訳]
第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 新島進訳(17年11月刊) 予価4200円 [新訳、本邦初訳]


*参考:
ジュール・ヴェルヌ『二十世紀のパリ』榊原晃三/訳 集英社 1995/3
―執筆時から100年後の1963年のパリを描いたディストピア小説。ヴェルヌの死後金庫から発見されたと言われる。死後およそ90年ほどを経て公刊された。


石橋正孝『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険 ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル(流動する人文学)』左右社 2013/3/25
―この本については読後の文章を書いていませんが、一度読んでいます。学術論文を基に本にしたもので、そういう意味で難しいところがあります。
 原語がわからない、例に挙げられている作品を知らない、といったハンディキャップがあって、一般の人には理解が難しいのです。
 それでも読んでみると、当時の出版状況や〈驚異の旅〉叢書の出版事情、作家ヴェルヌについて新たに知ることができる部分が多々あります。一読の価値ありです。


『ジュール・ヴェルヌ伝』フォルカー・デース 石橋正孝/訳 水声社 2014/5
―本邦初のヴェルヌの本格的な伝記・評伝。従来知られていたヴェルヌ像とはかなり違ったものとなっているようです。
 実は途中までしか読んでいません。背景となるフランスやヨーロッパの歴史、ならびにヴェルヌ作品についてある程度知っていないと理解しがたい部分があるように感じました。

上記二冊でもそうですが、ミッシェル・セール『青春 ジュール・ヴェルヌ論』(豊田彰訳 法政大学出版局 1993/3)を読んだ時もそうでした、(本邦未紹介や訳本が入手困難等で)知らないヴェルヌ作品について云々されても、「ああ、そうですか」としか言えなくて、さびしいものがあります。

このたびの〈驚異の旅〉コレクションがきっかけとなり、さらなるヴェルヌ作品の紹介が進むことを願ってやみません。


*『お茶でっせ』記事:
【文遊社<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2014.7.19 文遊社ジュール・ヴェルヌ復刊第四弾『緑の光線』7月30日発売
・2014.1.13 文遊社ヴェルヌ復刊シリーズ第3弾『黒いダイヤモンド』年末に発売 
・2013.10.17 ジュール・ヴェルヌ『ジャンガダ』を読む
・2013.8.6 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』を読む&『ジャンガダ』出版
【その他の<ヴェルヌ>の過去の記事】:
・2017.1.22 ヴェルヌ『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』を読む
・2016.7.25 角川文庫から新訳ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上下)7月23日発売
・2015.8.10 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』椎名誠、渡辺葉・父娘共訳31日発売
・2013.6.2 ジュール・ヴェルヌの本2点『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』『永遠のアダム』
・2012.10.25 テレビの威力か?HPジュール・ヴェルヌ・コレクションにアクセス急増!
・2007.8.24 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里(上)』岩波文庫
・2004.10.18 偕成社文庫版ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』と映画『80デイズ』
・2004.7.2 復刊された『グラント船長の子供たち』

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