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2016.07.12

左利きってなんだ(8)両使いと両利き(4)-左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第472号

毎月第一・第三土曜日発行の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』7月2日発行、第472号のメルマガのお知らせです。

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(画像:箱崎総一『左利きの秘密』1979)

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【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第472号(No.472) 2016/7/2
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その22―
左利きで心地よく生きるための方法(20)
左利きってなんだ(その8) 両使いと両利き(4)」
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▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲ ..第一土曜日掲載
―その22― 左利きで心地よく生きるための方法(20)
左利きってなんだ(その8) 両使いと両利き(4)
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 今回もまた引き続き、
 「両使い」と「両利き」について考えてみます。

 今回は、「右利き」「左利き」の組み合わせの話。

 ・・・

 よく「両利き」という人がいます。
利き手の研究をされている
学者の先生方も使っている言葉なのですが、
実際は「中間的な人」が、「利き手」とは別に
 反対の手も使えるというだけのことで、
 両方の手が同じレベルで使いこなせる「両利き」ではなく、
 反対の手もある程度使える、単なる「両使い」だ、
 と私は考えています。

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―その22― 左利きで心地よく生きるための方法
 世界がもし100人の人が立つ橋だったら(20)
  左利きってなんだ(その8) 両使いと両利き(4)
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 ●「両利き/両使い」は「中間的な人」だけの特権

  

「教育」という言葉を英語ではEDUCATIONという。これは

   “EDUCE=引き出す”という動詞からきた言葉なのだ。/

   つまり、教育というのは無限にある子どもの能力や個性を

無理にねじ曲げることではけっしてないのだ。

    箱崎総一『左利きの秘密』
    「第5章左利きの子を持つ親に」より
     (立風書房・マンボウブックス 1979)

 ●生活は利き手が表面に現れる前に始まる
 ●潜在的な左利き
 ●右利き同士の親から左利きの子が生まれる不思議
 ●「中間(的)の人」
 ●「両使い(両利き)」

 ・・・

詳細は本誌で。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

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