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2016.04.04

弱者(悪人)こそ救われる『歎異抄』NHK100分de名著2016年4月

NHK『100分de名著』2016年4月は、「歎異抄」です。

久しぶりに読んでいる名著の登場ということで書いてみます。

講師は比較宗教学者の釈徹宗さん。
著書など全く読んでいないのですが、どのように読み説かれるのか楽しみです。


名著53 歎異抄
第1回 4月4日放送 人間の影を見つめて
親鸞の人となりや弟子・唯円が「歎異抄」が執筆した背景を紹介しながら、人間の「影」を見つめ続けた親鸞の教えに迫っていく。
第2回 4月11日放送 悪人こそが救われる!
親鸞の思想の核心である「悪人正機」と「他力」という言葉に込められた深い意味を読み解き、自らの悪を深く自覚した人、社会の底辺で生きる弱者や愚者こそが救われるという、親鸞の教えの核心に迫っていく。
第3回 4月18日放送 迷いと救いの間で
唯円の反論を丁寧に読み解き、迷いと救いの間の緊張関係をたじろがずに受け止めていく親鸞の生き方を学んでいく。
第4回 4月25日放送 人間にとって宗教とは何か
「歎異抄」後序、流罪記録に記された親鸞の信仰人としての生き様を通して、「人間にとって宗教とは何か」を考えていく。

【講師】釈徹宗…相愛大学人文学部教授。比較宗教学者。
【出演】かもめんたる(お笑いコンビ)
【親鸞の声】志賀廣太郎(俳優)
【語り】小口貴子

「プロデューサーAのおもわく。」より

同じ信徒の中からも多くの「異義」が出され混迷を深めていた状況を嘆いた門弟の一人、唯円が、師・親鸞から直接聞いた言葉と、信徒たちによる異義への唯円自身の反論を記したのが「歎異抄」です。/... 比較宗教学者の釈徹宗さんは、「歎異抄」の最大の魅力は、「常識的な日本人の宗教観や倫理観とは相容れない表現が続出し、読む者をなかなか着地させてくれない」ところだといいます。/... なすすべもない苦悩や悲嘆に直面せざるを得ない現代、「歎異抄」を現代的な視点から読み直しながら、「自分自身の闇に向き合うというのはどういうことか」「思い通りにならない現実とどう向き合えばよいのか」といった実存的な問いを掘り下げ、「人間はどう生きていけばよいのか」という根源的なテーマを考えていきます。

○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
歎異抄 2016年4月

■講師:釈 徹宗
信じる心は一つである
何もできないとわかるとき、親鸞の言葉が浮き上がる
■今月のテーマ
絶対絶命の時に浮上する言葉
『歎異抄』に収められた親鸞の言葉と、苦悩と矛盾に満ちたその生涯から、現代社会を生きるためのヒントを探る。

【講師・釈 徹宗さんの著作】
『図解でやさしくわかる 親鸞の教えと歎異抄』釈 徹宗/著 ナツメ社 2012/8/11

 ・・・

『歎異抄 ―現代語版― 浄土真宗聖典』浄土真宗教学研究社 浄土真宗聖典編纂委員会/編纂 本願寺出版社(1998)
―真宗本願寺による、現代語版『歎異抄』。訳注、付録・蓮如上人書写本(カタカナ文)。読みやすい現代語訳。

『歎異抄 現代語訳付き』親鸞/述 千葉乗隆/訳註 角川ソフィア文庫 新版(2001)
―十条までの親鸞の法語を前篇とし、十条後半を後篇への序文とし、十一条の異義への批判を後篇とする。原典に訳注・要旨を添えた前半と読みやすい現代語の後半の二部構成。

『歎異抄』梅原猛/著 講談社学術文庫(2000)
―梅原『歎異抄』研究の原点。本文各条(原文・訳注・こころ=要旨および解説)、巻末解説。大活字版。元本は1970年発行。

『出家とその弟子』倉田百三/作 新潮文庫 改版(2003)、岩波文庫(1990)
―大正6年発表、倉田百三26歳の戯曲。そのせいか、後半の若き僧唯円の恋の悩みを巡る親鸞とのやり取りが主なテーマとなっている。個人的には、冒頭の唯円幼少時、その父と親鸞の悪人と往生に関するやり取りは、興味を持って読んだが、後半はややセンチメンタリズムに落ちている感じがするのが、残念。

 ・・・

『歎異抄』については、以前メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』で取り上げています。
今回はその一部を転載し、加筆修正して紹介にかえましょう。

2008(平成20)年8月31日号(No.9)-080831-『歎異抄』弱きを救う阿弥陀さま


 ●『歎異抄』

日本の仏教のなかで最も知られている著作『歎異抄』――。

この本は、今でこそ最もよく知られる、よく読まれる宗教書、仏教書の一つでありますが、広く世間に知られるようになったのは、明治の半ばすぎのことで、百年ほど前の話だそうです。

浄土真宗の僧侶で西洋哲学を学び、宗門改革に尽力した清沢満之(きよざわ・まんし)が“発掘”し、その影響を受けた人たちによって注目されるようになったといいます。

特に、倉田百三の戯曲『出家とその弟子』(大正六年刊)があまねく日本人に知らしめるのに大いに役立ったのではないか、と梅原猛はその著書の中で書いています。
(『梅原猛著作集9・三人の祖師』小学館 2002「『歎異抄』と本願寺集団」371-372p)

この書物は、親鸞の死後、その教えを誤って伝える信者が増えたことを嘆いた直弟子、唯円(ゆいえん)が本当の親鸞の教えを伝える目的で、自分自身が直接聞いた親鸞の言葉をまとめたもの、といわれます。

しかるに、そういう経緯から書かれたこの書物が宗門においてもなぜ秘せられていた(といわれている)のか、その理由の一つが悪人正機説にある、とされています。

浄土教の流行がわが国におよぼした影響は大きい。中でも浄土真宗は、親鸞自身の意図とは別に、思いがけない方面に影響した。自力の拒否、戒律の放棄は独善的な、閉ざされた教団を成長させた。.../また一般に浄土教は現実逃避の傾向が強い。日本人が正面から現実の問題と取組むことを回避する態度を助長したのも、浄土教であった。したがって封建的勢力に協力し、社会の近代化を妨げた責任の一端もここにある。...》(渡辺照宏/著『日本の仏教』岩波新書(1958)「III さまざまな流れ/アミダ信仰」204p)


浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えるだけで極楽浄土にゆけるという教えは、末法の世に生きる恵まれない境遇にある者にとっては、救いであったでしょう。

人間は弱いものです。
弱い者には逃げ場所が必要です。
その逃げ場所を提供してくれる阿弥陀さまは、まさに救いです。

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」(第三条) 「善人ですら極楽浄土へ行くことができる、まして悪人は、極楽浄土へ行くのは当然ではないか。」》(『梅原猛著作集9・三人の祖師』小学館 2002 「現代語訳『歎異抄』」梅原猛/訳 647p)
  


 ●悪人

「悪人」の本来の意味としては、
杉浦明平(すぎうら・みんぺい)さんが『歎異抄 古典を読む』(岩波現代文庫 2003、「3 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」42p-)に書いておられるように、
殺生や肉食妻帯を禁じる等の仏教の戒律を守れない人々――山で獣や鳥を撃つ猟師、海や川で貝や魚を獲る漁師、酒を売る商人といった人たち。

さらにいえば、田畑で作物を取る農民も生き物を殺しているわけですし、当然それを食べる人間はみな同じ穴の狢です。
酒以外のものを作ったり売ったりする職人や商人も銭金にこだわるわけで、これも戒律からは外れているでしょう。
あるいは、肉欲に負けた一般庶民などの凡夫たち。

これらすべてをさし、現代的な(心も含めた)「犯罪者」を意味するのではない、のでしょう。

しかし、一歩進めて、現代的解釈であっても、「悪人」を責めるものではないように思います。


 ●いっとき逃げることが許されても良い

(たとえそれが言い訳であったとしても)“末法の世ゆえに仕方なく”悪事を働いた者が、悪人であってもお救いくださるという、阿弥陀さまのお力に頼ろうとすることは決して間違いではないのだ、という理屈は、弱い人間の心を強く打つものがあります。

確かに、現実逃避型の、現状肯定の思想であり、非改善・非改革の消極的な生き方ともいえます。

しかし、人間には時にそういう逃避的な生き方を選ぶ瞬間があってもよい、のではないでしょうか。

一時的にいじめから逃げるのも、一つの便法です。

同様に人生において、いっとき逃げることが許されても良い、のではないでしょうか。


故に、悪人でも、いや悪人ゆえに救われるという宗教家が現れてもいいはずです。

眼の前に救わねばならない人がいるならば、どのような手段を用いても救う、という行為もまた、宗教家の勤めであるような気がします。

もちろんその咎は、その宗教家自らがかぶることになりますが…。


 ●念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々のおはからひなり

さらにこの本の第二条の末尾で、教条について説明した後、

親鸞は、

「このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々のおはからひなりと云々。」
といいます。

なんとスゴイ言葉でしょう。
念仏を信じるのも捨てるのも自由です、あなたが自分で決めなさい、というのです。

当たり前といえば当たり前です。
しかし、弟子として信者として彼の言葉を求めてきた者に対して、こういう言葉で返す師。

これは並みの師ではいえない言葉でしょう。

第六条には、《「親鸞は弟子一人ももたずさふらう。」》と「私は弟子を一人も持っていません」とまで言い切るのです。

念仏を信じる人は親鸞自身も含めてみな、阿弥陀さまのお力にすがり、救っていただく同朋です、と。

理屈はその通りなんですが、あえてこう言う。

これほど平等、公正な師がいるでしょうか。
愚民凡夫といえども、人を人として扱ってくれる師が。

 ・・・

社会学者・上野千鶴子さんは、

「一時期この薄い文庫本をどこに行くにも持ち歩いていた。」
といいます。
なぜなら、
「慰めだったからである。」
「いつでも手の届く場所にあるだけで、安心である。」

(『図書』第697号 2007年4月臨時増刊 岩波文庫創刊80年記念「私の三冊」12p)

『歎異抄』とは、そんな存在の本なのです。


●法然と親鸞

法然が始めた専修念仏による浄土宗をさらに推し進めたのが、親鸞です。
法然の革新的な仏教をさらに人間的なものにした、という印象を持っています。

古今東西、宗教における救いといえば、まずは「悔い改めよ」から始まり、姿勢を正すことから入るものです。
しかし、親鸞は阿弥陀様の御慈悲にすがりなさいというだけです。

法然の他力は、既存の仏教の枠組の中での革新であり、基本的に真面目に念仏を唱えるという多少の自力的な要素が残っているように思えます。
しかし、親鸞の唱える絶対他力は、すべてを阿弥陀仏にゆだね、救いも含めてすべてをお任せする姿勢です。

また布教の在り方も、和讃といった庶民に受け入れられる形でやさしく説くなど、一般庶民に寄り添った姿勢が広い支持を得たのでしょう。

この機会にまた読んでおきたい古典です。


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