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2016.04.30

古代中国思想編(6)詩経を読む(前編)

 ―第174号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2016(平成28)年4月30日号(No.174)-160430-
「古代中国編―中国の古代思想を読んでみよう(6)詩経を読む(前編)」


本誌では、『詩経』を取り上げました。

『詩経』は、前回の『書経』と違い、一般向けの概説書・入門書がいくつかあり、とりあえずそれを読むだけでも一ヵ月はあっという間で、今回は概要をなでるだけといったところです。
(えっ、いつもそうだろうって。まあ、それは言わない約束で……。)

白川静さんの本はなかなか興味深いものがありました。
『万葉集』と『詩経』を比較するという点に大いに感心しました。

改めて、内容にふれる回を作ろうかと思います。
来月もう一回ガンバって見ようと思いますので、よろしく!

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』


*本誌で参照した本:
白川静/訳注『詩経国風』平凡社・東洋文庫518 1990/5


白川静/訳注『詩経雅頌1』平凡社・東洋文庫 1998/6


白川静/訳注『詩経雅頌2』平凡社・東洋文庫 1998/7


白川静『詩経 中国の古代歌謡』中公文庫BIBLIO 2002.11.25


目加田誠/訳『詩経・楚辞』平凡社〈中国古典文学大系・15〉1969


目加田誠『新釈 詩経』岩波新書・青版 1954


小南一郎『詩経 歌の原始』岩波書店〈書物誕生 あたらしい古典入門〉2012/12/20

(◎:原典邦訳 ○:概説書)

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2016.04.25

ゼブラ「サラサドライ」ボールペンと左利き文具市場の可能性

「文マガ」(文具流通マガジン)のサイトに、こんな記事が出ています。

以前、こちらのブログでも紹介しました↓ ゼブラジェルボールペン「サラサドライ」についてこんな記事が出ています。

(2016.2.17 左利きの人でも手が汚れにくい新ボールペン「サラサドライ」ゼブラ

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(画像:ゼブラ「サラサドライ」サイトより)

「文マガ」2016年04月19日
「左利きにとって神ボールペン」とは! 左利き文具市場の可能性

超速乾のインクゆえにすぐに乾くので、書いた後すぐ手で擦っても文字や手が汚れないというのです。

「左利きにとって神ボールペン」という声も聞かれたそうです。

東急ハンズの左利きの店員さんの「解説」も紹介しています。


でも、実は私まだ手に入れていません。

発売から二カ月以上たっているのですが、私の見た所、それらしいものが売っていません。
まだ実感できずにいます。
残念!
(そうだ、ハンズへ行けばいいんだ!!)


*参照:
・【ゼブラ】サラサドライ 0.4 黒インク ボール径:0.4mm

・【ゼブラ】サラサドライ 0.4 赤インク ボール径:0.4mm

・ゼブラ 水性ボールペン サラサドライ 0.5 B-JJ31-BK 黒 10本

 ●新たな展開に期待

(ここからが本日の本題です。)

右利きの主流派の人にとっては、この“増加しつつある”という少数派、左利きの人の不便という単純な事実の指摘は全くの想像外の事だったようで、ここに文具市場としても新たな展開を見出しています。

ゼブラは、今年3月に、全国の左利きの人104名を対象に、左利きの悩みの実態についてアンケート調査を実施したところ、右利きであれば、気にもかけないドアノブ、自動販売機、改札など日常生活に不便さを感じる回答が多かった。/それはなぜか。/世の中のあらゆるモノが右利き目線で作られているからに発する。特に、使うときに刃の向きが逆になってしまう「はさみやカッター」など、毎日のように使う「文房具」に多くの左利きが不便を感じていた。

そして、この左利きの人の声を活かしたボールペンのみならず、左利きの人の不便さを解消するグッズという新たな市場を開くことになるのではないか、と話を膨らませています。
左利きは増加傾向にあり、左利きの人のためのサービスや商品の市場の広がりを秘めている。

左利きの人は子供の頃に右利きに矯正されていたのが、最近は個性重視で矯正されない人が増えているようで、 実際文具では、はさみ、カッター、定規、鉛筆など左利き商品もいくつか発売されている。/今後、左利きの人のための商品やサービスの市場は広がるかもしれない。

と解説しています。


まあ、正直な話「今頃何ゆうてんねん」というところですが、右利きの人たちから見れば、まだまだ未知の領域、新たな視点の獲得というところなのでしょう。

どういう理由にしろ、我々左利きの人間にとっては、嬉しい情報ではあります。

とにかく、平均的な思考の範囲内に〈左利きの人の便利さの追究〉という視点と発想が組み込まれてきたのだとすれば、それはそれで結構な話と言えましょう。
今後の展開に期待しておきます。


そう言えば、「無●●品」なんとかという会社も〔左利きプロジェクト〕のような事を何年か前にやってましたが、どうなったんでしょうかね。
大々的にアンケートを実施し、いよいよ後は製品化を残すのみになっていたかと思いますが、ハートがしぼんじゃったみたいです……。

*参照:過去の無印・左利きプロジェクト関連の記事:
・2013.04.22 左利きの道具<無印良品 暮らしの良品研究所>4月3日コラム
・2012.9.21 空想無印Facebook左利きPJで親野智可等先生のコラムが…
・2012.7.20 無印良品プロジェクト ハートフル・左利き
・2012.4.4 Project01左利き~空想無印cuusoo muji商品化企画の試み


*『お茶でっせ』過去のボールペン記事:
2016.2.17 左利きの人でも手が汚れにくい新ボールペン「サラサドライ」ゼブラ
2015.12.22 左手書きにも新感覚ボールペン「ユニボール エア」uni-ball AIR 11月26日発売
2014.5.27 左利きの人からも支持されるゼブラ「サラサ」が最優秀筆記具に
2006.1.17 速乾性が欧米の左利きにも大ヒット、ぺんてるボールペン―エナージェルENERGEL 
2005.12.2 Stabilo 's Move easy左手用ボールペン 

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2016.04.21

囲碁界初全7大タイトル同時制覇、井山裕太サウスポー(左打ち)の秘密

(画像:初手を右上隅星に打ち下ろす井山裕太棋聖(右)。左は伊田篤史十段=産経ニュース)
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(画像:終局後、感想戦を行う井山裕太新十段(左)。右は敗れた伊田篤史十段=産経ニュース)
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昨日4月20日、右利きだけれど、左手の人差し指と中指に碁石を挟んで打つ、サウスポー・スタイル囲碁棋士、我が東大阪市出身井山裕太6冠(棋聖、名人、本因坊、王座、天元、碁聖=26)が十段を奪取、囲碁界初の全7大タイトル同時制覇を達成しました。

過去の記録は、井山さん自身が持つ6冠(今回が三度目7冠挑戦でした)。
それ以前は、2009年に張栩(ちょう・う)九段(36)が達成した5冠(名人、王座、天元、碁聖、十段)。
将棋界では1996年、羽生善治名人(45)が7冠を達成しています。

囲碁7大タイトルすべてを一回以上獲得したグランドスラム達成は、三人目(趙治勲、張栩)。

囲碁のタイトル6冠を保持する井山裕太本因坊(26)=ほかに棋聖、名人、王座、天元、碁聖=が20日、十段を奪取し、囲碁界では初めて全7大タイトルの同時制覇を達成した。》毎日新聞
伊田篤史十段に井山裕太棋聖(名人、本因坊、王座、天元、碁聖)が挑んだ産経新聞社主催の囲碁タイトル戦「第54期十段戦五番勝負」の第4局が20日、東京都千代田区の「日本棋院」で打たれ、午後5時21分、黒番の井山棋聖が163手中押し勝ちを果たした。この結果、対戦成績は井山棋聖の3勝1敗となり、4期ぶりの十段復位とともに、囲碁界初となる七大タイトル独占を達成した。第4局の残り時間は黒番の井山棋聖が2分、白番の伊田十段が1分(各3時間持ち)。》産経ニュース

↓の以前の記事で、
2012.7.24左手打ちの囲碁棋士・井山裕太(23歳2カ月)が史上最年少4冠

井山さんの左打ちの秘密を紹介しています。

再掲しておきますと、

2010.10.24、産経新聞朝刊の佐藤康夫氏の囲碁記事「【第23期女流名人戦】リーグ戦第4局(2)」によりますと、
実は対局が始まるとすぐに驚いたことがあった。万波奈穂二段が左手で石を打ち下ろしていたからである。他の棋戦で何度か万波の対局を観戦したことがあるが、その時は右手で打っていたはず。見たところ、手付きにぎこちなさはなく、すこぶる自然に石を運んでいた。囲碁界は今、サウスポーが注目されている。その筆頭はなんといっても21歳の名人・井山裕太。さらに志田達哉三段、鈴木伸二二段ら若手有望株が、なぜかサウスポーなのである。/昔は左手で碁を打つのは“禁じ手”であった。一般社会でも、左利きを無理やり右利きに変えさせられた話をよく聞く。十段位をはじめ数々のタイトルを取ったことのある依田紀基九段は、はしを持つ手は左だが石を持つのは右手。井山名人の場合、慣習の逆を行っているから話が面白い。左手を使うと脳にいいということで、碁を教えた祖父が命じたのである。まさかその時は名人になるとは思っていなかっただろうが…。井山を目指す子供たちが、これから石を左手に持ち変えても不思議はない。/万波二段「私は井山さんのまねをしたわけではありませんよ。もともと左利きでしたから。はしも字も碁も、左右どちらでも大丈夫です(笑)。和室で対局するときは碁笥(ごけ)をひざの前に置けるので、左手で打っています」

左手を使うと脳にいい》というお祖父さんの教えによるというのです。

脳科学的に本当かどうかは存じませんが、こういう実績を見せつけられますと、考えてしまいますね。
左利きの私としては、左手使いの人が増えるのは、嬉しいものです。

さて井山さんですが、これからが大変だと思いますが、一層気を引き締めてガンバって欲しいものです。

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2016.04.15

私の読書論79おススメ古典50選候補1[海外古代フィクション系F]

 ―第173号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2016(平成28)年4月15日号(No.173)-160415-
「私の読書論79-〈「私のおススメ古典○○選」の試み〉3
-おススメ古典50選候補その1≪海外・古代・フィクション系F≫」


本誌では、私のおススメ古典50選の候補を紹介する第一回目です。

とうとう始めてしまいましたね。
正直、私程度の読書家がこういう大それたことをしてもよいのか、迷いもあります。

まあ、どうせ遊びですから、ね。
固いこと言わずに行きましょう。

第一回は「海外の古代編」として、神話を取り上げることにしました。
まずはギリシア神話から。

私の好みから言うと、もうなんと言ってもホメロス『イリアス』が一番です。

神々の物語よりも英雄の物語、人間としての英雄たちの運命との戦いに興味があります。

それからギリシア悲劇ですね。
どれをとってもいいのです。
これもホメロス同様、人間の生き方を描くものが心に残ります。


ギリシア悲劇は演劇(仮面劇)の台本ですので、そういう面から理解するべきなのでしょうけれど、今の我々から見れば、やはりどうしても読む物語になってしまいます。

ホメロスにしても、原典は韻文の詩ですが、私が読んだのは翻訳ですので散文です。
その辺の違いを頭の隅に入れて置くのも大事だと思います。

古代の文学といいますと、やはり韻文の詩形式のものが多く、古文を現代語訳にするにしても、海外のものなら翻訳になるわけですが、翻訳文にしろ、散文にならざるを得ないのです。
そういう原典からのずれをどこかで意識しておく方がいいのかなあ、と感じます。

ストーリーの面白さ(と台詞)ばかりに気がいってしまうのですが、私には楽しめないにしろ、形式美・様式美というものもあるのですから。
その辺を忘れてはいけないのでしょう。

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』


*本誌で参照した本:
『中国の古代文学(一)神話から楚辞へ』白川静/著 中公文庫BIBLIO 1980.9.10
―中国文学の原点『詩経』と『楚辞』の古代歌謡を『記紀万葉』と対比して考察する。文学の原点である神話が、中国では『書経』に人間の歴史として書き変えられ定着していると解説する。


≪海外・古代フィクション系F≫【ギリシア神話】編
『イリアス』[上下] 松平千秋/訳 岩波文庫 1992.9

『オデュッセイア』[上下] 松平千秋/訳 岩波文庫 1994.9

『ギリシア悲劇 I アイスキュロス』高津春繁[ほか]/訳 ちくま文庫 1985.12
―縛られたプロメテウス ペルシア人 アガメムノン 供養する女たち 慈みの女神たち テーバイ攻めの七将 救いを求める女たち の7編を収録。解説/高津春繁。

『ギリシア悲劇 II ソポクレス』松平千秋ほか/訳 ちくま文庫 1986.1
―現存の7編収録。アイアス トラキスの女たち アンティゴネ エレクトラ オイディプス王 ピロクテテス コロノスのオイディプス

『ギリシア悲劇 III エウリピデス(上)』ちくま文庫 1986.3
―アルケスティス メディア ヘラクレスの子供たち ヒッポリュトス アンドロマケ ヘカベ 救いを求める女たち ヘラクレス イオン トロイアの女 全10編収録 解説(松平千秋)。 

『ギリシア悲劇 IV エウリピデス(下)』ちくま文庫 1986.5
―エレクトラ タウリケのイピゲネイア ヘレネ フェニキアの女たち オレステス バッコスの信女 アウリスのイピゲネイア レソス キュクロプス(完全な形で現存する唯一のサテュロス劇) 全9編収録。

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2016.04.14

左利きってなんだ(5)両使いと両利き-左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第466号

毎月第一・第三土曜日発行の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』4月2日発行、第466号のメルマガのお知らせです。


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◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆ 
【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第466号(No.466) 2016/4/2
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その22―
左利きで心地よく生きるための方法(17)
左利きってなんだ(その5) 両使いと両利き」
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▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲ ..第一土曜日掲載
―その22― 左利きで心地よく生きるための方法(17)
左利きってなんだ(その5) 両使いと両利き」
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 前回は、左右の手それぞれの能力と特性について
 考えてみました。

 「中間的な人」が、
 「利き手」とは別に反対の手を「使い手」として使えるのだ、
 という考えを示しました。

 さて、今回は―。

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―その22― 左利きで心地よく生きるための方法
 世界がもし100人の人が立つ橋だったら
  (17)左利きってなんだ(その5) 両使いと両利き
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「両使い」と「両利き」について考えてみましょう。

よく「両利き」という人がいます。

利き手の研究をされている学者の先生方も使っている言葉なので、
それを否定するのは、どうかという気もしますが、
私の思うところを書いておきましょう。


 ●「中間の人」
 ●両利きとは?
 ●「使い手」と「両使い」
 ●努力の量
 ●「使える」と「利く」の違い
 ●靴とスリッパ
 ●左利きはプラスαを求められる

 ・・・

詳細は本誌で。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2016.04.08

左利き不便あるある動画2本-土屋礼央編、はなわ編

いつも楽しく左利きの話題を提供してくださるガボちゃんのブログから、左利きの芸能人による「左利き不便あるある動画」を二本紹介しておきましょう。

2016年3月28日 動画感想文から
土屋礼央の左利き哀愁物語

2016年04月04日 もしかして、これ?から
ネプ&ローラの爆笑まとめ!2016春 20160402 はなわ 左利きのあるあるソング

 ・・・

【左利き不便あるある動画】

(1)[レオなるど]土屋礼央の左利き哀愁物語

◆取り上げている事柄◆
ハサミ(の刃)・自販機(コイン投入口)・(片口注ぎ口の)お玉・机付き椅子・急須・放送のキュースイッチ(?)の位置


*【土屋礼央さんに関する『お茶でっせ』記事】
2011.12.18 左利き初心者は覚悟が必要!『男35歳、そばを打つ』土屋礼央


(2)ネプ&ローラの爆笑まとめ!2016春 20160402 はなわ 左利きのあるあるソング

◆取り上げている事柄◆
横書きで書いた字を擦っちゃう・自分の誕生会で左端に坐る・自動改札を左手で通ろうとして取らされている変身ポーズ・自販機もパソコンのマウスも駐車場の料金所もウォシュレットもパチンコも全部変身ポーズ・(ゴルフの)打ちっぱなしで隣の人と目があって照れちゃう・映画館のドリンクホルダー、隣の人のを飲んじゃう

こういう話をすると、にやけた顔して上から
「っていうかさ、それなら右でやればいいんじゃない」
なんでこっちがそっちに合わせなきゃいけねえんだよー
坂上忍、杉田かおる、IZAM、エミネム、朝青龍、全員なんかやばいやつ

 ・・・

左利きの人自身が、「左利き不便あるある」を描いているのですが、よくあるものばかりです。

表現がそれぞれに違っているので見れますが、それでもやっぱり何か物足りなさが残ります。

私いつも感じることですが、ガボちゃんも書いていらっしゃるように、

この手の訴え動画って、どうして左利きの人が大げさ気味に失敗するシーンばかりなのでしょう?
です。

笑いで釣る・注目してもらう、あるいはソフィスティケートしているつもりかしれませんが、私にはもう一つ?なんですね。

お笑いは所詮お笑いとして処理されてしまうのではないか、という危惧があるのです。

本当に言いたい・伝えたいのなら、正直に真面目に真っ当に真正面から訴えるべきだ、と思います。

本当の悩み、真剣な悩みなのだから、真剣な態度で訴える。

そうだからこそ、人に心に伝わるのではないでしょうか。
私はそういう訴えも増えて欲しいと願っています。


 ●右利きの人の無頓着な発言

今も強烈に記憶に残っている右利きの人の発言があります。

堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』(講談社現代新書1947 2008年6月)に書かれていた左利きの話題(「第14章 左利きのサムライはいない」)に関する記事に書いたことなのですが、改めて掲載しておきます。

2009.6.19 『落語の国からのぞいてみれば』から左利きを考える

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巻末の参考資料編の中での発言です。

「参考文献的おもしろかった本解説」での大路直哉/著『見えざる左手』の感想がそれ。

これは左利きの人からの提言で、右利きが見落としそうな部分の指摘はおもしろかったが、読んでて、でも申し訳ないがおれは右利きなんで、と思ってしまったのも事実。

当然といえば当然の話ですが、いかにも左利きで困った経験を持たない右利きの人らしい意見?が読み取れ、<右利きだけでなく左利きにも優しい左右共存共生社会の実現を目指す>私にとっては、ちょっと残念な気がします。

右利きの人の素直な感想といえば、そうなのでしょう。
たぶん多くの右利きの人は、このような感想をお持ちなのかもしれません。

しかし、素直な意見なら良い、というものでもないでしょう。

本として公刊するということは、社会的な意見の表明でもあるわけで、当然その発言には、社会的な責任というものもついて回るはずです。

「申し訳ないがおれは右利きなんで」と締めてしまったのでは、世の中の大半の少数派や弱者といわれる人たちは浮かばれません。

たとえば、このを「申し訳ないがおれは右利きなんで」の「右利き」を他の言葉に置き換えて考えてみればどうなるでしょうか。

有色人種の苦難の歴史は知っているが「白人なんで」、障碍者の大変さも認めるが「健常者なんで」、高齢者の気持ちはわかるが「まだ青年なんで」、女性の立場も理解できるが「男性なんで」、云々。

今どきこんなことを発言をすれば、マスコミからも世間一般からも、袋叩きにあったり総スカンを食らってもおかしくないでしょう。
無責任な発言と、良識が疑われかねません。

でも、左利きのことだから、マスコミからも世間の誰からも非難されずに済んでいるのではないでしょうか。

いくら落語の話を扱っているからといって、何でもかんでも軽く冗談半分におもしろおかしく締めればいい、というものではありません。
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*参考:
堀井憲一郎著『落語の国からのぞいてみれば』(講談社現代新書1947 2008/6)


大路直哉著『見えざる左手―ものいわぬ社会制度への提言』(三五館 1998/10)


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2016.04.04

弱者(悪人)こそ救われる『歎異抄』NHK100分de名著2016年4月

NHK『100分de名著』2016年4月は、「歎異抄」です。

久しぶりに読んでいる名著の登場ということで書いてみます。

講師は比較宗教学者の釈徹宗さん。
著書など全く読んでいないのですが、どのように読み説かれるのか楽しみです。


名著53 歎異抄
第1回 4月4日放送 人間の影を見つめて
親鸞の人となりや弟子・唯円が「歎異抄」が執筆した背景を紹介しながら、人間の「影」を見つめ続けた親鸞の教えに迫っていく。
第2回 4月11日放送 悪人こそが救われる!
親鸞の思想の核心である「悪人正機」と「他力」という言葉に込められた深い意味を読み解き、自らの悪を深く自覚した人、社会の底辺で生きる弱者や愚者こそが救われるという、親鸞の教えの核心に迫っていく。
第3回 4月18日放送 迷いと救いの間で
唯円の反論を丁寧に読み解き、迷いと救いの間の緊張関係をたじろがずに受け止めていく親鸞の生き方を学んでいく。
第4回 4月25日放送 人間にとって宗教とは何か
「歎異抄」後序、流罪記録に記された親鸞の信仰人としての生き様を通して、「人間にとって宗教とは何か」を考えていく。

【講師】釈徹宗…相愛大学人文学部教授。比較宗教学者。
【出演】かもめんたる(お笑いコンビ)
【親鸞の声】志賀廣太郎(俳優)
【語り】小口貴子

「プロデューサーAのおもわく。」より

同じ信徒の中からも多くの「異義」が出され混迷を深めていた状況を嘆いた門弟の一人、唯円が、師・親鸞から直接聞いた言葉と、信徒たちによる異義への唯円自身の反論を記したのが「歎異抄」です。/... 比較宗教学者の釈徹宗さんは、「歎異抄」の最大の魅力は、「常識的な日本人の宗教観や倫理観とは相容れない表現が続出し、読む者をなかなか着地させてくれない」ところだといいます。/... なすすべもない苦悩や悲嘆に直面せざるを得ない現代、「歎異抄」を現代的な視点から読み直しながら、「自分自身の闇に向き合うというのはどういうことか」「思い通りにならない現実とどう向き合えばよいのか」といった実存的な問いを掘り下げ、「人間はどう生きていけばよいのか」という根源的なテーマを考えていきます。

○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
歎異抄 2016年4月

■講師:釈 徹宗
信じる心は一つである
何もできないとわかるとき、親鸞の言葉が浮き上がる
■今月のテーマ
絶対絶命の時に浮上する言葉
『歎異抄』に収められた親鸞の言葉と、苦悩と矛盾に満ちたその生涯から、現代社会を生きるためのヒントを探る。

【講師・釈 徹宗さんの著作】
『図解でやさしくわかる 親鸞の教えと歎異抄』釈 徹宗/著 ナツメ社 2012/8/11

 ・・・

『歎異抄 ―現代語版― 浄土真宗聖典』浄土真宗教学研究社 浄土真宗聖典編纂委員会/編纂 本願寺出版社(1998)
―真宗本願寺による、現代語版『歎異抄』。訳注、付録・蓮如上人書写本(カタカナ文)。読みやすい現代語訳。

『歎異抄 現代語訳付き』親鸞/述 千葉乗隆/訳註 角川ソフィア文庫 新版(2001)
―十条までの親鸞の法語を前篇とし、十条後半を後篇への序文とし、十一条の異義への批判を後篇とする。原典に訳注・要旨を添えた前半と読みやすい現代語の後半の二部構成。

『歎異抄』梅原猛/著 講談社学術文庫(2000)
―梅原『歎異抄』研究の原点。本文各条(原文・訳注・こころ=要旨および解説)、巻末解説。大活字版。元本は1970年発行。

『出家とその弟子』倉田百三/作 新潮文庫 改版(2003)、岩波文庫(1990)
―大正6年発表、倉田百三26歳の戯曲。そのせいか、後半の若き僧唯円の恋の悩みを巡る親鸞とのやり取りが主なテーマとなっている。個人的には、冒頭の唯円幼少時、その父と親鸞の悪人と往生に関するやり取りは、興味を持って読んだが、後半はややセンチメンタリズムに落ちている感じがするのが、残念。

 ・・・

『歎異抄』については、以前メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』で取り上げています。
今回はその一部を転載し、加筆修正して紹介にかえましょう。

2008(平成20)年8月31日号(No.9)-080831-『歎異抄』弱きを救う阿弥陀さま


 ●『歎異抄』

日本の仏教のなかで最も知られている著作『歎異抄』――。

この本は、今でこそ最もよく知られる、よく読まれる宗教書、仏教書の一つでありますが、広く世間に知られるようになったのは、明治の半ばすぎのことで、百年ほど前の話だそうです。

浄土真宗の僧侶で西洋哲学を学び、宗門改革に尽力した清沢満之(きよざわ・まんし)が“発掘”し、その影響を受けた人たちによって注目されるようになったといいます。

特に、倉田百三の戯曲『出家とその弟子』(大正六年刊)があまねく日本人に知らしめるのに大いに役立ったのではないか、と梅原猛はその著書の中で書いています。
(『梅原猛著作集9・三人の祖師』小学館 2002「『歎異抄』と本願寺集団」371-372p)

この書物は、親鸞の死後、その教えを誤って伝える信者が増えたことを嘆いた直弟子、唯円(ゆいえん)が本当の親鸞の教えを伝える目的で、自分自身が直接聞いた親鸞の言葉をまとめたもの、といわれます。

しかるに、そういう経緯から書かれたこの書物が宗門においてもなぜ秘せられていた(といわれている)のか、その理由の一つが悪人正機説にある、とされています。

浄土教の流行がわが国におよぼした影響は大きい。中でも浄土真宗は、親鸞自身の意図とは別に、思いがけない方面に影響した。自力の拒否、戒律の放棄は独善的な、閉ざされた教団を成長させた。.../また一般に浄土教は現実逃避の傾向が強い。日本人が正面から現実の問題と取組むことを回避する態度を助長したのも、浄土教であった。したがって封建的勢力に協力し、社会の近代化を妨げた責任の一端もここにある。...》(渡辺照宏/著『日本の仏教』岩波新書(1958)「III さまざまな流れ/アミダ信仰」204p)


浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えるだけで極楽浄土にゆけるという教えは、末法の世に生きる恵まれない境遇にある者にとっては、救いであったでしょう。

人間は弱いものです。
弱い者には逃げ場所が必要です。
その逃げ場所を提供してくれる阿弥陀さまは、まさに救いです。

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」(第三条) 「善人ですら極楽浄土へ行くことができる、まして悪人は、極楽浄土へ行くのは当然ではないか。」》(『梅原猛著作集9・三人の祖師』小学館 2002 「現代語訳『歎異抄』」梅原猛/訳 647p)
  


 ●悪人

「悪人」の本来の意味としては、
杉浦明平(すぎうら・みんぺい)さんが『歎異抄 古典を読む』(岩波現代文庫 2003、「3 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」42p-)に書いておられるように、
殺生や肉食妻帯を禁じる等の仏教の戒律を守れない人々――山で獣や鳥を撃つ猟師、海や川で貝や魚を獲る漁師、酒を売る商人といった人たち。

さらにいえば、田畑で作物を取る農民も生き物を殺しているわけですし、当然それを食べる人間はみな同じ穴の狢です。
酒以外のものを作ったり売ったりする職人や商人も銭金にこだわるわけで、これも戒律からは外れているでしょう。
あるいは、肉欲に負けた一般庶民などの凡夫たち。

これらすべてをさし、現代的な(心も含めた)「犯罪者」を意味するのではない、のでしょう。

しかし、一歩進めて、現代的解釈であっても、「悪人」を責めるものではないように思います。


 ●いっとき逃げることが許されても良い

(たとえそれが言い訳であったとしても)“末法の世ゆえに仕方なく”悪事を働いた者が、悪人であってもお救いくださるという、阿弥陀さまのお力に頼ろうとすることは決して間違いではないのだ、という理屈は、弱い人間の心を強く打つものがあります。

確かに、現実逃避型の、現状肯定の思想であり、非改善・非改革の消極的な生き方ともいえます。

しかし、人間には時にそういう逃避的な生き方を選ぶ瞬間があってもよい、のではないでしょうか。

一時的にいじめから逃げるのも、一つの便法です。

同様に人生において、いっとき逃げることが許されても良い、のではないでしょうか。


故に、悪人でも、いや悪人ゆえに救われるという宗教家が現れてもいいはずです。

眼の前に救わねばならない人がいるならば、どのような手段を用いても救う、という行為もまた、宗教家の勤めであるような気がします。

もちろんその咎は、その宗教家自らがかぶることになりますが…。


 ●念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々のおはからひなり

さらにこの本の第二条の末尾で、教条について説明した後、

親鸞は、

「このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々のおはからひなりと云々。」
といいます。

なんとスゴイ言葉でしょう。
念仏を信じるのも捨てるのも自由です、あなたが自分で決めなさい、というのです。

当たり前といえば当たり前です。
しかし、弟子として信者として彼の言葉を求めてきた者に対して、こういう言葉で返す師。

これは並みの師ではいえない言葉でしょう。

第六条には、《「親鸞は弟子一人ももたずさふらう。」》と「私は弟子を一人も持っていません」とまで言い切るのです。

念仏を信じる人は親鸞自身も含めてみな、阿弥陀さまのお力にすがり、救っていただく同朋です、と。

理屈はその通りなんですが、あえてこう言う。

これほど平等、公正な師がいるでしょうか。
愚民凡夫といえども、人を人として扱ってくれる師が。

 ・・・

社会学者・上野千鶴子さんは、

「一時期この薄い文庫本をどこに行くにも持ち歩いていた。」
といいます。
なぜなら、
「慰めだったからである。」
「いつでも手の届く場所にあるだけで、安心である。」

(『図書』第697号 2007年4月臨時増刊 岩波文庫創刊80年記念「私の三冊」12p)

『歎異抄』とは、そんな存在の本なのです。


●法然と親鸞

法然が始めた専修念仏による浄土宗をさらに推し進めたのが、親鸞です。
法然の革新的な仏教をさらに人間的なものにした、という印象を持っています。

古今東西、宗教における救いといえば、まずは「悔い改めよ」から始まり、姿勢を正すことから入るものです。
しかし、親鸞は阿弥陀様の御慈悲にすがりなさいというだけです。

法然の他力は、既存の仏教の枠組の中での革新であり、基本的に真面目に念仏を唱えるという多少の自力的な要素が残っているように思えます。
しかし、親鸞の唱える絶対他力は、すべてを阿弥陀仏にゆだね、救いも含めてすべてをお任せする姿勢です。

また布教の在り方も、和讃といった庶民に受け入れられる形でやさしく説くなど、一般庶民に寄り添った姿勢が広い支持を得たのでしょう。

この機会にまた読んでおきたい古典です。


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