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2015.01.08

なぜ「矯正」はダメか?度会金孝著『ぼくは左きき 本当の自分であるために』を読む

141220bokuhahidarikiki


昨年紹介しました↓

2014.12.16
左利き元教師の本、近刊『ぼくは左きき 本当の自分であるために』度会金孝著


左利きの元中学校教師が自己の左利き体験と、教師としての経験からなぜ左利きの子への「矯正」(右手使い指導)がいけないのかを説く本、度会金孝『ぼくは左きき 本当の自分であるために』を読みました。

『ぼくは左きき 本当の自分であるために』度会金孝(わたらいかねたか)著 日本機関紙出版センター 2014/12/18

一読、温かい気持ちになりました。
少なくとも私は。
左利きで悩んだ経験のある、左利きにコンプレックスを抱いていて、こういう風潮―いつまでたっても、左利きの左利きの子供に対する「矯正」(右手使い指導)がなくならない、少なくともそういうことを考える風潮が底流にあるという社会状況―に対してどうにかしなければ、と感じている者にとっては。

(なぜ「矯正」と鉤かっこ「」をつけて表記しているのかといいますと、それが不当、不適切な表現であるからで、その辺の理由についても軽く触れられています。)


 ●左利きの「矯正」を否定する本

本書は、端的にいいますと、「苦闘の左利き自分史」+「退職教師の懐古談」といった側面を交えた〈左利き「矯正」(右手使い指導)に反対する本〉です。

左利きの子供への「矯正」(右手使い指導)の是非に関して、自らの左利き体験と中学教師としての経験を踏まえて、なぜ「矯正」をしてはいけないのかという理由、そして「左利きの子供は左利きのままで」と説くその理由を解説しています。

簡単に触れておきますと―

なぜ「矯正」をしてはいけないのか?
一番の理由は、初等教育において大切なことは「自己肯定感を育む」ことで、それを阻害するという点にあります。

「自己肯定感」とは、「自分は生きている価値のある人間だ」「自分は人の役に立てる人間だ」といった認識です。
単純に「自信」と呼んでもいいでしょう。

「自信」のある子は、何事にも果敢にチャレンジしてゆきます。

人生の初歩段階で出会う些細な事柄の大半は、自信を持ってチャレンジすれば、できるようになるものです。
そういう小さな達成感の積み重ねがさらに大きな自信となり、人間をたくましくして、大きな問題とも取り組めるようになるのです。

本当に子供の将来を考えるなら、近視眼的な考え方でなく、もっと長い目でとらえて指導に当たるべきだ、ということでしょう。


 ●〈なまくら四つ〉

著者は、左利きの子供は「矯正」するのが当然のことという社会風潮の中で、本人もそうしなければという強い「刷り込み」を与えられ、結果として《人一倍、自分に自信を持てなくて、劣等意識に苛まれていた》(p.62)といいます。

字を書くことも右手で覚えたものの、書痙となり、字が書けなくなります。
仕方なく左手で書き始めたものの、小さいころから使っていない左手は、利き手でありながら、思うようにはならず、苦労を重ねることになります。
他にもギターを右手で始めるものの、弦を弾く高度なテクニックを身につけることができず、やめてしまいます。

著者は、この自分のようなどっちつかずの両利き(両使い)の状態を、相撲のことばでいう〈なまくら四つ〉と表現します。
右手は使えるといっても、右利きの人のそれには遠く及ばず、かといって左利きといいながら、左は使ってこなかったので、これも左利きの人のそれには及ばず、というわけです。

(私はこれを「両利き」に対して、どちらも中途半端の「両利かず」と呼んでいます。)

一見成功したように見えても、「矯正」にはこういう問題点が多々あるのです。


 ●「矯正」を考える人たち

生来右利きの人、もしくは右使いに馴染めた結果“右利きになった”と考える人が「矯正」を考えるのではないか、と思います。
そういう「矯正」を考える人たちは、子供の幸せを思う気持ち―親心から出たことといいながら、右手を使うか左手を使うかという選択については、単なる機能の問題としての良否ではなく、それ以外の要素を念頭に置いて考えているのではないか、という気がします。

単に機能面だけから見れば、右であれ左であれ、子供が使いよいと感じる方を選択すればいいのです。
しかし、それ以外の要素が絡んできますと、そういう単純な問題ではなくなるのです。

著者は「矯正」とは、《右利きを標準とする、それへの順応を強要する》(p.207)だと言います。

そして本来、機能面からどちらを使うかを検討すればいいの問題なのに、社会的な《妙な価値判断》を持ち込んでいるのだ、と。

理屈にもならない理屈、偏見、俗説、迷信、勝手な思い込み等々、これらを総動員して「矯正」を正当化しようとします。》(p.83)

そこで問題が起きてくるのだ、と。

なるほどその通りですね。


元々人間の身体の標準形は、右利き設計なのでしょう。
要するに、人類が女性の身体構造を基本に、性別により男性はその身体が男性化するように。
人体には基本となる標準形というものがあるのでしょう。
左右性に関して言えば、例えば心臓が左寄りにあり、そのため左肺が二葉で右が三葉であるように。

そういう意味で右利きである標準的な人から見れば、右利きを標準とする社会は、理想の社会であり最善の社会であり、最適化された社会と言えるのでしょう。

しかし、その裏で、そうではない標準から外れる人にとっては、これはやはり問題なわけです。

従来のような最大多数の最大幸福を目指す時代ではないと思うのです。
これからの時代は、万民の幸福を目指して欲しいと思うのです。


そういう社会の在り方に変える努力をする時代になっている、と私は考えています。


 ●左利きであることはアイデンティティー

昔自分で書いた文章ですが、最近また目を通す機会があり、そうだよね、と改めて紹介しておくことにします。

「利き手の違い」などというものは、一見些細なことに思われがちなのですが、実はそこには、「人間としてのアイデンティティー」といったものまで含まれているような気がしているのです。 「利き手は心につながっている」と感じています。 だから、「利き手を使う」ということは、まさに「その人らしさにつながる行為である」と思えるのです。
―メルマガ『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』 2011(平成23)年1月31日号(No.51)-110131-東洋から西洋へ『茶の本』岡倉天心

右利きの人は、利き手をもってアイデンティティーと感じることはまずないのではないか、と思います。

それは、日本に暮らす日本人が日本語を話すことにアイデンティティーを感じないだろうことと同じです。
それでももし外国に行けば、あるいは日本にいても外国人の中に一人ポツンと入れば、変わることでしょう。

それと同じことで、いかに郷に入れば郷に従えと言われても、自分のアイデンティティーとなっている事実を変えることはできません。

自然な姿で生きて行くことが一番大事なのだ、と私は思っています。

右利きの人が右利きで自由に生きて行けるように、左利きの人も左利きのままで自由に生きて行ければ、と願っています。

 ・・・

少し話がそれてきましたが、本書を読んで感じたこと考えたことを書いてみました。

ぜひ、左利きの「矯正」云々抜きでも、左利きに関心のある人だけでなくそうでない人も、教育や子育て等に関心のある人も読んで頂ければと思います。


*左利きの子供のためのガイド本:
『左利きの子 右手社会で暮らしやすくするために』ローレン・ミルソム/著 笹山裕子/訳 東京書籍 2009.4
―左利きの子を持つ親で自身左利きの著者によるイギリスの有名左利き用品専門店オーナーによる、今までの日本になかった、左利きの子供を持つ親・先生へ向けた、左利きの子の生活支援のための手引書。


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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