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2015.01.31

人生の指針~生き方の知恵―原始仏教(4)原始仏典(2)『ダンマパダ』(前編)

 ―第144号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2015(平成27)年1月31日号(No.144)-150131-
「原始仏教(4)原始仏典(2)『ダンマパダ』(前編)」

本誌では、『ダンマパダ』『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元/訳 岩波文庫)から、印象に残った言葉を抜き書き、紹介しています。

仏教というものは、その最初期においては、倫理、道徳的な教えとしての側面が強く、その修行者である仏陀(ブッダ)は、まさに行者のような道徳実践者であったのでしょう。
ある意味で、孔子の教えにも近いものを感じさせます。

経済の発展に伴い、欲望の限りなき肥大化による人心の混迷のなか、どういう生き方をするべきか、といった問題に対する回答として誕生したのかもしれません。

そういう意味では、現代の私たちにとっても、この経典を読むことは有意義なものがあるのではないか、と思われます。

 ・・・

詳細は本誌で!


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
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*本誌で取り上げた本:
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元/訳 岩波文庫
―漢訳『法句経』の名で知られる「真理のことば」(ダンマパダ)「感興のことば」(ウダーナヴァルガ)を併録。


『ブッダ 真理のことば』佐々木 閑/著 NHK「100分 de 名著」ブックス NHK出版 (2012/6/22)

*参照:
『レフティやすおのお茶でっせ』2012.3.6
仏教は「心の病院」である!NHKテレビ「100分 de 名著」ブッダ『真理のことば』2012年3月


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2015.01.15

2014年に読んだ本から(後編) 教養(非フィクション/リアル系)編

―第143号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2015(平成27)年1月15日号(No.143)-150115-
「2014年に読んだ本から(後編)
 教養(非フィクション/リアル系)編『ブッダ最後の旅』」

本誌では、今年読んだ本のうち「後編」として「教養(非フィクション/リアル系)編」を紹介しています。

(1)本誌のための勉強本
(2)NHKEテレ『100分de名著』関係
(3)個人的勉強
(4)その他

四分類で紹介しています。

昨年は、個人的勉強としてミステリの勉強をよくしています。
特別にスゴイというほどではありませんが、自分としては、まあ、結構がんばった部類でしょうね。

それには当然理由があるわけですけれど、まあ、今のところ理由はないしょということで。

 ・・・

「読書って何か?」って考えますと、私の場合は、「生きていること」、もしくは「生きて行くこと」そのものかもしれません。

生きている限り、何かを読んで、今日からの明日からの日々を生きることに役立てたい、と思う。

そういうことなんでしょう。
楽しむこと―娯楽でもいいし、昔の言葉で言えば、立身出世のためでもいいですし、実用に供するために。


では、今年もわがメルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』をよろしくお願い致します。


詳細は本誌で!

*本誌で紹介した、今年の一番の作品:
★『ブッダ最後の旅 ―大パリニッバーナ経―』中村元/訳 岩波文庫 1980/6/16


*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
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2015.01.14

新年第一号LYGP2015読者大賞アンケート~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii第435号

無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』は、今年第一号の第435号のお知らせです。

第435号(No.435) 2015/1/3「<左利きプチ・アンケート> 第9回<LYグランプリ>2015 読者大賞アンケート」

新年第一号ということもあり、「第9回<LYグランプリ>2015 読者大賞アンケート」です。


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【第9回<LYグランプリ>2015 読者大賞アンケート】

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2月10日<左利きグッズの日>を記念したイヴェントで、
2014年、最も活躍した、最も話題となった、記念すべき<左利きの人・物・事>を顕彰するものです。

左利きライフ研究家・レフティやすおが選ぶ候補のなかから、読者アンケートによる投票で決定します。

以下の九つの候補から一つを選んで、項目の下のURLをクリックして投票してください。

【第9回<LYグランプリ>2015 読者大賞アンケート】
1・山陽女子高校放送部「ももこ」さん左利きの主張
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673150
2・左利きオバマ米大統領、左利きすし職人すきやばし次郎
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673151
3・左利き女優、吉高由里子さん「花子とアン」
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673152
4・左利き元教師、度会金孝さん『ぼくは左きき』
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673153
5・ゼブラ ジェルボールペン「サラサ」最優秀筆記具
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673154
6・アメブロ「右利き?左利き?」ブログネタ
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673155
7・MSN産経ネットニュース「左利きの憂鬱」
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673156
8・日本最大級左利き商品専門ECサイト『サウスポ』
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673157
9・もっとほかにあるやろ!
http://personal-dictionary.com/enq/in.asp?ans=321673158

※ 現在の結果を見るのは、こちら

 *このアンケートは、2015.1.3-2015.2.20頃まで実施します。


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 【 過去の <LYグランプリ> 】

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▼第1回<LYグランプリ>2007▼
【読者大賞】/【審査員大賞】左利きの本部門:
 『非対称の起源』クリス・マクマナス/著
  大貫昌子/訳 講談社ブルーバックス 2006.10


▼第2回<LYグランプリ>2008▼
【読者大賞】該当なし
【審査員大賞】行事イヴェント部門:
 TOKYO LEFTEOUS PROJECT ON 13TH AUG.
  ~左利きの気持ちになってみる日~ (左箸の接客運動)

▼第3回<LYグランプリ>2009▼
【読者大賞2009】/【審査員大賞2009】左利きの本部門
 八田武志/著『左対右 きき手大研究』化学同人 2008.7


▼第4回<LYグランプリ>2010発表▼
第206号(No.206) 2010/3/20「第4回<LYグランプリ>2010発表」
【読者大賞2010】左利きの本部門:
 『左利きの人々』渡瀬けん/著 中経の文庫 2009.1
【審査員大賞2010】左利きの本部門:
 『左利きの子 右手社会で暮らしやすくするために』
  ローレン・ミルソム/著 笹山裕子/訳 東京書籍 2009.4


▼第5回<LYグランプリ>2011発表▼
第252号(No.252) 2011/2/26「第5回<LYグランプリ>2011結果発表」
【読者大賞】「該当なし」【読者賞】5件
【審査員大賞】「左利きの事」部門:「DESIGN for LEFTY」展
 (デザインから左利きを考えるイベント)

▼第6回 <LYグランプリ> 2012▼
第299号(No.299) 2012/2/11「第6回<LYグランプリ>2012発表」
【読者大賞】「該当なし」【読者賞】4件
【審査員大賞】大阪府/人権学習シリーズvol.7 みえない力 左利きの国?!

▼第7回<LYグランプリ>2013▼
第356号(No.356) 2013/3/23「<左利きプチ・アンケート>第7回<LYグランプリ>2013 読者大賞発表」
【読者大賞】「左利きの事」部門: 左利き用品開発
・無印良品 プロジェクト ハートフル・左利き
【審査員大賞】「左利きの事」部門: 左利きの悩み解消
・ガスト スープ用お玉(レードル)の形状改善

▼第8回<LYグランプリ>2014▼
第403号(No.403) 2014/2/22「第8回<LYグランプリ>2014 読者大賞 各賞発表」
【読者大賞】「左利きの人」部門:
・右利きからの“転向派左利き”【武井壮】さん
【審査員大賞】「左利きの物」部門:
・左右共用中央シャッター・カメラ【キヤノンPowerShot N】

左利きの日を祝おう!


詳細は本誌で。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』

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*本誌で取り上げた本:
『ぼくは左きき 本当の自分であるために』度会金孝(わたらいかねたか)著 日本機関紙出版センター 2014/12/18

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2015.01.08

なぜ「矯正」はダメか?度会金孝著『ぼくは左きき 本当の自分であるために』を読む

141220bokuhahidarikiki


昨年紹介しました↓

2014.12.16
左利き元教師の本、近刊『ぼくは左きき 本当の自分であるために』度会金孝著


左利きの元中学校教師が自己の左利き体験と、教師としての経験からなぜ左利きの子への「矯正」(右手使い指導)がいけないのかを説く本、度会金孝『ぼくは左きき 本当の自分であるために』を読みました。

『ぼくは左きき 本当の自分であるために』度会金孝(わたらいかねたか)著 日本機関紙出版センター 2014/12/18

一読、温かい気持ちになりました。
少なくとも私は。
左利きで悩んだ経験のある、左利きにコンプレックスを抱いていて、こういう風潮―いつまでたっても、左利きの左利きの子供に対する「矯正」(右手使い指導)がなくならない、少なくともそういうことを考える風潮が底流にあるという社会状況―に対してどうにかしなければ、と感じている者にとっては。

(なぜ「矯正」と鉤かっこ「」をつけて表記しているのかといいますと、それが不当、不適切な表現であるからで、その辺の理由についても軽く触れられています。)


 ●左利きの「矯正」を否定する本

本書は、端的にいいますと、「苦闘の左利き自分史」+「退職教師の懐古談」といった側面を交えた〈左利き「矯正」(右手使い指導)に反対する本〉です。

左利きの子供への「矯正」(右手使い指導)の是非に関して、自らの左利き体験と中学教師としての経験を踏まえて、なぜ「矯正」をしてはいけないのかという理由、そして「左利きの子供は左利きのままで」と説くその理由を解説しています。

簡単に触れておきますと―

なぜ「矯正」をしてはいけないのか?
一番の理由は、初等教育において大切なことは「自己肯定感を育む」ことで、それを阻害するという点にあります。

「自己肯定感」とは、「自分は生きている価値のある人間だ」「自分は人の役に立てる人間だ」といった認識です。
単純に「自信」と呼んでもいいでしょう。

「自信」のある子は、何事にも果敢にチャレンジしてゆきます。

人生の初歩段階で出会う些細な事柄の大半は、自信を持ってチャレンジすれば、できるようになるものです。
そういう小さな達成感の積み重ねがさらに大きな自信となり、人間をたくましくして、大きな問題とも取り組めるようになるのです。

本当に子供の将来を考えるなら、近視眼的な考え方でなく、もっと長い目でとらえて指導に当たるべきだ、ということでしょう。


 ●〈なまくら四つ〉

著者は、左利きの子供は「矯正」するのが当然のことという社会風潮の中で、本人もそうしなければという強い「刷り込み」を与えられ、結果として《人一倍、自分に自信を持てなくて、劣等意識に苛まれていた》(p.62)といいます。

字を書くことも右手で覚えたものの、書痙となり、字が書けなくなります。
仕方なく左手で書き始めたものの、小さいころから使っていない左手は、利き手でありながら、思うようにはならず、苦労を重ねることになります。
他にもギターを右手で始めるものの、弦を弾く高度なテクニックを身につけることができず、やめてしまいます。

著者は、この自分のようなどっちつかずの両利き(両使い)の状態を、相撲のことばでいう〈なまくら四つ〉と表現します。
右手は使えるといっても、右利きの人のそれには遠く及ばず、かといって左利きといいながら、左は使ってこなかったので、これも左利きの人のそれには及ばず、というわけです。

(私はこれを「両利き」に対して、どちらも中途半端の「両利かず」と呼んでいます。)

一見成功したように見えても、「矯正」にはこういう問題点が多々あるのです。


 ●「矯正」を考える人たち

生来右利きの人、もしくは右使いに馴染めた結果“右利きになった”と考える人が「矯正」を考えるのではないか、と思います。
そういう「矯正」を考える人たちは、子供の幸せを思う気持ち―親心から出たことといいながら、右手を使うか左手を使うかという選択については、単なる機能の問題としての良否ではなく、それ以外の要素を念頭に置いて考えているのではないか、という気がします。

単に機能面だけから見れば、右であれ左であれ、子供が使いよいと感じる方を選択すればいいのです。
しかし、それ以外の要素が絡んできますと、そういう単純な問題ではなくなるのです。

著者は「矯正」とは、《右利きを標準とする、それへの順応を強要する》(p.207)だと言います。

そして本来、機能面からどちらを使うかを検討すればいいの問題なのに、社会的な《妙な価値判断》を持ち込んでいるのだ、と。

理屈にもならない理屈、偏見、俗説、迷信、勝手な思い込み等々、これらを総動員して「矯正」を正当化しようとします。》(p.83)

そこで問題が起きてくるのだ、と。

なるほどその通りですね。


元々人間の身体の標準形は、右利き設計なのでしょう。
要するに、人類が女性の身体構造を基本に、性別により男性はその身体が男性化するように。
人体には基本となる標準形というものがあるのでしょう。
左右性に関して言えば、例えば心臓が左寄りにあり、そのため左肺が二葉で右が三葉であるように。

そういう意味で右利きである標準的な人から見れば、右利きを標準とする社会は、理想の社会であり最善の社会であり、最適化された社会と言えるのでしょう。

しかし、その裏で、そうではない標準から外れる人にとっては、これはやはり問題なわけです。

従来のような最大多数の最大幸福を目指す時代ではないと思うのです。
これからの時代は、万民の幸福を目指して欲しいと思うのです。


そういう社会の在り方に変える努力をする時代になっている、と私は考えています。


 ●左利きであることはアイデンティティー

昔自分で書いた文章ですが、最近また目を通す機会があり、そうだよね、と改めて紹介しておくことにします。

「利き手の違い」などというものは、一見些細なことに思われがちなのですが、実はそこには、「人間としてのアイデンティティー」といったものまで含まれているような気がしているのです。 「利き手は心につながっている」と感じています。 だから、「利き手を使う」ということは、まさに「その人らしさにつながる行為である」と思えるのです。
―メルマガ『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』 2011(平成23)年1月31日号(No.51)-110131-東洋から西洋へ『茶の本』岡倉天心

右利きの人は、利き手をもってアイデンティティーと感じることはまずないのではないか、と思います。

それは、日本に暮らす日本人が日本語を話すことにアイデンティティーを感じないだろうことと同じです。
それでももし外国に行けば、あるいは日本にいても外国人の中に一人ポツンと入れば、変わることでしょう。

それと同じことで、いかに郷に入れば郷に従えと言われても、自分のアイデンティティーとなっている事実を変えることはできません。

自然な姿で生きて行くことが一番大事なのだ、と私は思っています。

右利きの人が右利きで自由に生きて行けるように、左利きの人も左利きのままで自由に生きて行ければ、と願っています。

 ・・・

少し話がそれてきましたが、本書を読んで感じたこと考えたことを書いてみました。

ぜひ、左利きの「矯正」云々抜きでも、左利きに関心のある人だけでなくそうでない人も、教育や子育て等に関心のある人も読んで頂ければと思います。


*左利きの子供のためのガイド本:
『左利きの子 右手社会で暮らしやすくするために』ローレン・ミルソム/著 笹山裕子/訳 東京書籍 2009.4
―左利きの子を持つ親で自身左利きの著者によるイギリスの有名左利き用品専門店オーナーによる、今までの日本になかった、左利きの子供を持つ親・先生へ向けた、左利きの子の生活支援のための手引書。


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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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2015.01.05

小なるものの偉大~岡倉天心『茶の本』NHKテレビ「100分de名著」2015年1月

「NHKテレビ100分de名著」2015年1月は、岡倉天心著『茶の本』です。

【ゲスト講師】は大久保喬樹(東京女子大学教授)さん。


私のこのブログは『お茶でっせ』と言うタイトルです。
『茶の本』を取り上げる番組を見過ごすことはできませんよネ。


岡倉天心(岡倉覚三、『茶の本』は"OKAKURA-KAKUZO"名義)の『茶の本』The Book of Tea [1906(明治39).5]は、明治期に日本人が英文で書き、西洋に紹介した日本人及び日本文化論の三大名著の一つと言われています。

ちなみに他の二書は―
内村鑑三『代表的日本人』Representative Men of Japan(1910,明治43) (『日本および日本人』Japann and the Japanese(1894,明治27)再版時改題)
新渡戸稲造『武士道』Bushido -The Soul of Japan(1899,明治32)


名著40 岡倉天心「茶の本」
第1回 1月7日放送 茶碗に満ちる人の心
第2回 1月14日放送 源泉としての老荘と禅
第3回 1月21日放送 琴には琴の歌を歌わせよ
第4回 1月28日放送 花、そして茶人の死


○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」「茶の本」2015年1月
2014年12月25日発売

小さきものこそ偉大である
一杯の茶を飲む――そこに真理が宿る。


【ゲスト講師】大久保喬樹(東京女子大学教授)の本
★『新訳 茶の本』大久保喬樹/訳 角川ソフィア文庫315<ビギナーズ 日本の思想>(2005.1.25)
―各章末に解説ノートを付け、天心の思想を知るための手掛かりとして『東洋の理想』の「序章」「終章」を参考に掲げ、天心について知るための「エピソードと証言でたどる天心の生涯」を付し、理解を助ける手立てを施している。良き入門書。

本書については、私の発行している(まぐまぐ!の)メルマガ『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』で取り上げていますので、そちらの記事を転載しておきます。

2011(平成23)年1月31日号(No.51)-110131-東洋から西洋へ『茶の本』岡倉天心

(内村鑑三『代表的日本人』と、新渡戸稲造『武士道』についても書いています。)

2009(平成21)年12月31号(No.29)-091231-『代表的日本人』内村鑑三―I for Japan
2009(平成21)年8月31日号(No.24)-090831-『武士道』新渡戸稲造・太平洋の橋

 ☆ ☆ ☆ 

『茶の本』で紹介している「茶道」は、新渡戸稲造が『武士道』で紹介した「侍の掟」と表裏をなすもの、と天心は、第一章で述べています。

... 武士道は武士や兵士をして喜び勇んで自己犠牲に走らせる「死の術」です。一方、茶道は毎日を生きる「生の術」について多くを教えてくれるものなのです。》p.55
『岡倉天心「茶の本」を読む 日本人の心と知恵』山﨑武也/著 PHP文庫(2000.11.15)「第一章 お茶は人類共通」 より


これにより、日本の心の両面が紹介されることになり、「武」だけではない、日本の文化の真髄が紹介された、ということになる(?)のです。

 ・・・

... 『茶の本』は、天心が行き着いた究極の思想―老荘的形而上学を根底とする暮らしの哲学をあますところなく多彩かつ自在に語った聖典ともいうべきものであり、現在にいたるまで日本文化論、東洋文化論の代表的古典として世界各国で読み継がれてきているものです。...》p.13
大久保喬樹「まえがき―『茶の本』の新訳に当たって」『新訳 茶の本』大久保喬樹/訳 角川ソフィア文庫315<ビギナーズ 日本の思想>(2005.1.25) より
... たぶんはかつて読んだり耳にした事のおぼろな記憶をたどって、点茶、生花、およびそれらが教えるくさぐさの文学芸術の精髄のことどもを、それからそれへと書きもて行った結果が『ザ・ブック・オブ・ティー』の一巻で、これが本の形で生前に兄が公にした最後のものであった。そしてそれが兄の筆から出た英文著作の中では、未単行の『白狐』を除いては、いちばん永久性に富んだ心にくい作品である。... この『茶の本』は人心の機微に立脚した文字で長くその馨(かおり)を世に残すにたる檀香(だんこう)とも言うべきもの。それがドイツ語にもフランス語にも訳されて広く欧米人に、出版後半世紀ならんとする今も、かなり広く読まれるのもけだしこのためにほかならぬ。
p.8-9「はしがき」岡倉由三郎 より
『茶の本』[岡倉覚三/著] 村岡博/訳 岩波文庫(1929,1961改版,2005)

... "The Book of Tea"は、... 岡倉の人間として、そして批評家としての一成熟点を示している。この本に説かれている<美の体験>は、普遍性を獲得している。かつて夢のように口にした「普遍美術」「世界美術」は、"The Book of Tea"のなかに実を結んだとい っていいかもしれない。
p.307-8 「第四章 異邦人の旅」より 『岡倉天心 物ニ観ズレバ竟ニ吾無シ』木下長宏/著 ミネルヴァ書房 <ミネルヴァ日本評伝選>(2005.3)


本書は、茶道(茶の湯)の文化を紹介する書であり、道教や禅の解説書であり、「美しい芸術」としての「人生」を生きるための思想・哲学の書でもあります。


それは、以下の言葉に表れています。

第7章「茶の宗匠」ラスト、利休の死を描く直前にある言葉、

美しいものとともに生きたものだけが、美しく死ぬことができる。》(『茶の本』浅野晃/訳 講談社インターナショナル p.194)

さらに、その言葉に対応すると思われる言葉が、この章の冒頭近くにあります。

自分自身を美しいものになし得ないうちは、人は美に近づく権利をもたない》(同書 p.190)

と。

 ・・・

岡倉は、本書の中で「茶道」について、さまざまな言葉で説明に努めています。

そのなかで私が心に留めたものをいくつか紹介しましょう。

... 茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。》p.21
『茶の本』[岡倉覚三/著] 村岡博/訳 岩波文庫(1929,1961改版,2005)「第一章 人情の碗」より
おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。...》p.23
 同書「第一章 人情の碗」より
... 茶道いっさいの理想は、人生の些事の中にでも偉大を考えるというこの禅の考えから出たものである...》p.50
 同書「第三章 道教と禅道」より


私は、左利き認知・啓蒙の活動といったものを行っています。

「利き手の違い」などというものは、一見些細なことに思われがちなのですが、実はそこには、「人間としてのアイデンティティー」といったものまで含まれているような気がしているのです。

「利き手は心につながっている」と感じています。

だから、「利き手を使う」ということは、まさに「その人らしさにつながる行為である」と思えるのです。

ですから、そういう「一見些細なこと、些事の中に偉大さを見出す」、という考え方が身近に思えるのです。


そして、「些事の中に偉大さを見出す」―そういう繊細な神経こそが日本人のいい所のような気がします。

一碗の茶、一杯の茶を飲むという行為に人生を見る、という考え方にも、いかにも繊細な日本人の気性が現れているような気がします。


まあ、そういうものは、本当は、人種や国籍を問わず、人間なら誰でもが持っている、人の心には普遍的に存在するものであるのかもしれません。

けれど、特に、島国に生きてきた日本人―盆栽などの箱庭的なものを愛でる、いかにも日本人らしい習慣のような気がするのです。


岡倉は、茶の湯(茶道)の目的として、
すべての行動を単純に自然に行なう》(『茶の本』村岡博/訳 岩波文庫「第二章 茶の諸流」p.39)
こと、余計な装飾を排除すること、その他を挙げています。

まさにシンプル・ライフやエコ・ライフの先取りのように思います。

... 『茶の本』は芸術論として読める。/私は実のところ、今までこれを芸術論として読んできた。それ以外に私には読みようがなかったといった方がいいかもしれないが、しかしこの本の思想を芸術論として読むとき、それがじつに興味ぶかいひろがりと暗合をもって、西欧の象徴主義あるいはその系に属する文学・芸術思想に重なり合ってゆくのがわかる。》大岡信「岡倉天心」より
『岡倉天心 日本文化と世界戦略』責任編著/ワタリウム美術館 平凡社(2005.6.10) 「第四章 茶の本/『茶の本』の読み方」p.239


茶道の文化こそ日本の文化の底流であり、そこから広がる茶の精神は、世界中に広がっている茶の文化(緑茶、紅茶など)とともに、世界に通じる普遍性を持っている、と思われます。

激動の時代、多様性のぶつかり合う時代だからこそ、そういう繊細な精神を養うことが重要なのではないでしょうか。

これからの時代には、茶の精神を持って生きてゆくことが望まれるような気がします。

もう一度『茶の本』を読むことから始めてみませんか。


*その他の『茶の本』訳書
★『茶の本』[岡倉覚三/著] 村岡博/訳 岩波文庫(1929,1961改
版)―弟由三郎「はしがき」を収録。


★『茶の本』浅野晃/訳 千宗室/序と跋 講談社インターナショナル Bilingual books 28(1998.3)
―左ページに日本語、右ページに英語の対訳。十五世 千宗室による序文と跋文による解説を収録。


★『岡倉天心「茶の本」を読む 日本人の心と知恵』山﨑武也/
著 PHP文庫(2000.11.15)
―1997.9、PHP研究所刊『茶と人生 岡倉天心『茶の本』に学ぶ』文庫化。本文を尊重した「編訳」。著者による「序章『茶の本』に学ぶ」に続けて本文に。


*他のNHKテレビ「100分 de 名著」の記事:
2011年11月放送:2011.10.31
アラン『幸福論』喜びは、行動とともにある!
2011年12月放送:2011.12.6
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』悲しみを、乗り越えよ-「100分 de 名著」NHK
2012年1月放送:2012.1.5
吉田兼好『徒然草』両面から物事を見よ!-「100分 de 名著」NHK
2012年2月放送:2012.1.29
新渡戸稲造『武士道』日本的思考の根源を見る-「100分 de 名著」NHK
2012年3月放送:2012.3.6
仏教は「心の病院」である!NHKテレビ「100分 de 名著」ブッダ『真理のことば』2012年3月
同:2012.4.2
NHKテレビ「100分 de 名著」ブッダ『真理のことば』を見て本を読んで
2012年4月放送:2012.4.3
紫式部『源氏物語』NHKテレビ100分de名著
2012年5月放送:2012.5.2
確かな場所など、どこにもない―100分 de 名著 カフカ『変身』2012年5月
2012年6月放送:2012.6.6
<考える葦>パスカル『パンセ』NHK100分 de 名著2012年6月
2012年10月放送:2012.10.2
鴨長明『方丈記』NHK100分 de 名著2012年10月
2012年12月放送:2012.12.5
<心で見る努力>サン=テグジュペリ『星の王子さま』NHK100分de名著2012年12月
2013年1月放送:2013.1.11
呪文に頼るのもよし?~100分de名著『般若心経』2013年1月
2013年2月放送:2013.2.5
待て、そして希望せよ~NHK100分de名著『モンテクリスト伯』2013年2月
2013年3月放送:2013.3.28
どんな時も、人生には、意味がある。フランクル『夜と霧』~NHK100分de名著2013年3月(再放送)
2013年4月放送:2013.4.11
真面目な私とあなた―夏目漱石『こころ』~NHK100分de名著2013年4月
2013年5月放送:2013.5.20
水のように生きる『老子』NHK100分de名著2013年5月
2013年6月放送:2013.6.5
生きる喜びは、どこにあるのか?『戦争と平和』トルストイ~NHK100分de名著2013年6月
2013年7月放送:2013.7.9
哲学とは、愛である『饗宴』プラトン~NHK100分de名著2013年7月
2013年11月放送:2013.11.10
「物語」に終わりはない『アラビアンナイト』~NHK100分de名著2013年11月
2013年12月放送:2013.12.11
切り離された者たちへ~ドストエフスキー『罪と罰』~NHK100分de名著2013年12月
2014年1月放送:2014.1.21
花とは何か~『風姿花伝』世阿弥~NHK100分de名著2014年1月
2014年3月放送:2014.3.4
戦わずして勝つ『孫子』~NHK100分de名著2014年3月
2014年12月放送:2014.12.3
生きるべきか、死ぬべきか-シェイクスピア『ハムレット』~NHK100分de名著2014年12月
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2015.01.03

新年明けましておめでとうございます。

2015nenga_leftyyasuo

(画像)2015(平成27)年年賀状

昨年は色々とお世話になりました。
今年もよろしくお願い致します。

年末は暖かかったのですが、
新年になっていっぺんに寒くなりました。

元日は、大阪でも午後三時ぐらいから行きが降り始め、一時的ですが、積もったりもしました。

昨日二日、石切さんへ初詣に出かけました。
きょうも雪が降るかと思い、しばらく様子を見てこれなら大丈夫かなあ、と思って出たのですが、参拝の行列の途中から降ってきました。
皆さんフード付きのコートを着ている人はフードをかぶり始め、私はいつも通りウールのウォッチキャップをかぶっていたので、そのままでした。
お参りを終える頃にはやみ、行列も解消していました。

ほんのひと時でしたが、久しぶりにお正月からの雪でした。

寒い日が続いています、風邪にご注意。

ではでは

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