« June 2012 | Main | August 2012 »

2012.07.31

夏の読書

2012natu_bunnko

(画像:新潮社・角川書店・集英社、三社<夏の文庫>フェア小冊子)

名著・名作の“一冊”―各社<夏の文庫>フェアから
―第86号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2012(平成24)年7月31日号(No.86)-120731- 名著・名作の“一冊”―各社<夏の文庫>フェアから

本誌本文の前半では、毎年この時期恒例となりました、新潮社・角川書店・集英社、三社の<夏の文庫>フェアについて書いています。

後半では、今年の注目作品としてマーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』を紹介しています。

実は私がこの作品を読んだのは、高校二年生の夏休みでした。
何か面白そうな本でもないかと近所の本屋さんをはしごしていて見つけたのがこれでした。

今はなき旺文社文庫版です。
箱入りできれいな本でした。
内容は、さすがに学習参考書の出版社であるだけに、中高生向けに編集された、読書初心者に優しい親切な作りの本で、挿絵付き・解説付き・著者年譜付き・著名人のおススメエッセイ付きです。

私がこの『トム・ソーヤーの冒険』を選んだ理由は、そのころ、NHKの夕方の子供の時間帯にテレビで海外制作のドラマで、『トム・ソーヤーの冒険』と『宝島』を放送していたからでした。
実際にこの二冊が旺文社文庫で出ていたので買い、読みました。

私は小学生時代はほとんど読書経験がなく、中学生ごろから少しずつ本を読むようになり、中三の冬以降だんだんと日常的に本を読むようになりました。

ですから、高校生になってやっと一般向けの本を読むようになったのです。
そうは言いましても、読書初心者ですので、本当に大人向けの活字だらけの本はちょっと手に取りがたいものがありました。

そんな中で、この旺文社文庫は、先にも書きましたように、非常に都合のいい本だったのです。
自分のレベルに合った本だったのですね。
こういう本があったということは、これは非常に幸運だったと思います。

今で言えば、ライトノベルになってしまうのでしょうね、こういう読書レベルに合致した出版物といえば。


私が読書初心者に本への、読書への入り口として、挿絵付きやテレビ・映画化作品を薦めるのは、そういう理由があります。
自分自身の体験に基づくものなのです。

ただ、テレビドラマ化・映画化作品であっても、できればオリジナルや現代作家の作品ではなく、古典や名作ものを選んで欲しいと思うのです。

それは、やはり本当に読み応えのあるものを読んでほしいと思うからです。

もちろん現代作家のものが悪いというわけではありません。
しかし、できる限り時代の洗礼を受けたもの、一時的な人気ではなく、時代を越え世代を越えて広く支持されるような作品を読んで置いて欲しいと思うのです。

そういうものを読んでおくと、次々と読書を進めていくにつれて、本が本を呼ぶという現象が起きて来たとき、役に立ってくるのです。

科学も芸術も基本的には、過去の遺物の上に積み上げられていくものなのです。

昔の有名な作品が何らかの形で引き継がれているものなのです。

人間というものは所詮、そんなに大きく変化するものではないのです。
生きる時代が違い、住む世界が異なっていても。

必ず変わらないもの、普遍的なものというのがあります。

個々の生き方考え方は違っていても、共通する何かがあるのです。


そこで、この日が長い夏の間に、じっくりと早朝から本を読んでほしいと思います。
暑いので集中しにくいとか、汗で紙の本が濡れるとか、色々不利な条件もあるでしょう。

しかし、集中できれば案外読めるものです。

そして、それがいつかあなたの力になるはずです。

あのころ本を読んだね、という思い出はそれ自体でも価値になります。
そういう経験が何かを残すでしょう。

私も夏の読書から現在に続くものを得たのです。
きっとあなたも何かしら身につけることができるでしょう。

ぜひ、夏の早朝読書を始めてください。


※参照:
★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2008(平成20)年2月号(No.2)-080229-大人も楽しい『トム・ソーヤーの冒険』


トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)/マーク トウェイン
トム・ソーヤーの冒険 (光文社古典新訳文庫)/マーク・トウェイン

トム・ソーヤーの冒険 (旺文社文庫)

*本稿は、アメブロ『レフティやすおの作文工房』より「夏の読書」を転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.26

名作~推理小説編9『ヘルたん』愛川晶~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii322号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』322号のお知らせです。

 ・・・

第322号(No.322) 2012/7/21「名作の中の左利き~推理小説編9~『ヘルたん』愛川 晶」は、
■名作の中の左利き■~推理小説編9~として

愛川 晶/著『ヘルたん』中央公論新社 (2012/2/24)

愛川 晶/著『ヘルたん - ヘルパー探偵誕生』 (中公文庫 2014/10/23)


を紹介しています。

左利きの主人公、介護ヘルパーの見習いで、かつ探偵の見習い?となる(ヘルパーで探偵だから「ヘルたん」というタイトルになったらしいです!)神原淳青年の物語です。

三つのエピソードからなる連作長編です。
その第二番目、「ミラー・ツイン」が章題にあるように、双子の一方が左利きというミラー・ツインの兄弟に絡む事件で、左利きがポイントになっています。

うまく介護ヘルパーの仕事とを結びつけたトリック及び事件、その解決となっています。
全体としても老人と介護といった問題をうまく取り扱ってストーリーに絡めています。
“職業小説”?としてもよくできていると思います。


左利きという点に絞っていいますと、もう少し工夫できた部分もあったかもしれませんね。
ただ、左利きの人物を扱った小説が増えるのは、うれしい傾向です。

昔のように左利きであることを隠したり、左利きでも右手・右側を使うことを強制されたりした時代ではなく、実際に、左利きらしい仕草を示す人が増えている昨今、この小説のように複数の左利きの人物が登場し、もっと自然に振る舞う姿が描かれる小説が増えてきてもいいという気がします。


--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.24

左手打ちの囲碁棋士・井山裕太(23歳2カ月)が史上最年少4冠

120724iyama_yuuta

*画像:「【人】囲碁・碁聖戦で最年少4冠の井山裕太十段(23) 盤面では強面」より無断転載

7月23日、わが地元東大阪市出身で関西に拠点を置く(日本棋院関西総本部・所属)、囲碁は左手打ち井山裕太十段(23)=本因坊・天元=が、7月23日の第37期碁聖戦五番勝負で羽根直樹碁聖(35)に161手までで黒番中押し勝ちし、シリーズ3連勝で初めて碁聖を獲得、十段・本因坊・天元と合わせ、4冠となりました。

さる7月19日、第67期本因坊戦で山下敬吾本因坊(33)=名人=を破り、本因坊のタイトルを獲得し、3冠となったばかりでした。

井山裕太4冠は、以下↓の記事でも紹介しましたように、左手で碁を打つサウスポー・スタイルの棋士として有名です。

2009.2.6 囲碁棋士最年少八段・井山裕太:左利きニュース09年1月


この記事では、左手の人差し指と中指に碁石を挟んで打つ、サウスポー・スタイルの左利きさんです。》と紹介しました。
必ずしも身体的・本質的に“左利き”であるとは明記しませんでしたが、新聞記事を見て、そのようにも受け取れる書き方をしました。
これは確認が取れていなかったという理由によります。

その後、指摘や助言をいただき、本来身体的・本質的には右利きだが、碁は左打ちと確認しました。
その情報を発信していなかったことをお詫びしておきます。

詳しい情報は、2010.10.24、産経新聞朝刊佐藤康夫氏の囲碁記事「【第23期女流名人戦】リーグ戦第4局(2)」によりますと、

実は対局が始まるとすぐに驚いたことがあった。万波奈穂二段が左手で石を打ち下ろしていたからである。他の棋戦で何度か万波の対局を観戦したことがあるが、その時は右手で打っていたはず。見たところ、手付きにぎこちなさはなく、すこぶる自然に石を運んでいた。囲碁界は今、サウスポーが注目されている。その筆頭はなんといっても21歳の名人・井山裕太。さらに志田達哉三段、鈴木伸二二段ら若手有望株が、なぜかサウスポーなのである。/昔は左手で碁を打つのは“禁じ手”であった。一般社会でも、左利きを無理やり右利きに変えさせられた話をよく聞く。十段位をはじめ数々のタイトルを取ったことのある依田紀基九段は、はしを持つ手は左だが石を持つのは右手。井山名人の場合、慣習の逆を行っているから話が面白い。左手を使うと脳にいいということで、碁を教えた祖父が命じたのである。まさかその時は名人になるとは思っていなかっただろうが…。井山を目指す子供たちが、これから石を左手に持ち変えても不思議はない。/万波二段「私は井山さんのまねをしたわけではありませんよ。もともと左利きでしたから。はしも字も碁も、左右どちらでも大丈夫です(笑)。和室で対局するときは碁笥(ごけ)をひざの前に置けるので、左手で打っています」

なんと《左手を使うと脳にいい》というお祖父さんの教えによるというのです。

同じく昨日、第13回世界女子選手権大会で優勝した日本女子ソフトボール・チームのエース上野由岐子選手(二日で3連投で北京オリンピック優勝の金メダリストで、今回は三日で4連投!)が左手で箸を使ったり、プロゴルファー片山晋呉氏は以前から試合中でも左打ちの素振りをしたり、メジャー・リーガーとなったダルビッシュ投手が試合前の練習で左投げをしたり、といった情報が流れています。

昨今では、この右利きでも左手/側を使うというのが一種ブームのようですが…。
脳科学的には必ずしも立証されてはいないのですけれど…。
もちろん、身体の左右のバランスを取るという点では間違ったトレーニングではないわけですが。

左手/側を使う人が増えることは、左利きの私たちにとっても決して悪いことではないので、それはそれでいいのかもしれません。
著名な方が左手/側を使う姿を広く世間に見せていただければ、見慣れないからというだけで拒否されることもなくなり、見苦しく感じる人も減る可能性もあるでしょう。

左用の製品を作り普及させようという運動にとっても追い風になることでもあり、そういう点では大いに歓迎したいものです。

--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.20

無印良品プロジェクト ハートフル・左利き

以前、<空想無印>の「Project01左利き」についての記事を書きました。

2012.4.4 Project01左利き~空想無印cuusoo muji商品化企画の試み

これがその後、本家?<無印良品>の<くらしの良品研究所>で、「ハートフル・左利き」という商品開発企画となりました。

年齢・性別を問わず誰もが使いやすい ユニバーサルデザインの観点から、商品開発を目指していきます。
その第一弾として、取り組んでいるのが「左利き」だと言うのです。
日々の生活で不便を強いられる立場にある方にとって、本当に魅力的な商品とは?/年齢・性別を問わず誰もが使いやすいユニバーサルデザインの観点から、商品開発を目指していきたい。その取り組みの1つとして、最初に見つめ直したことは「左利き」にまつわるモノ、こと。/左利きの方は、日々の生活の中で不便を強いられることも多く、また、左利きの方を考慮した商品はほとんど見かけません。でも、無印良品で誰もが使いやすい商品の販売がはじまれば、きっとそう感じることも減っていくでしょう。/また、右利きの方にもこのアンケートを通して、ご自身をはじめ左利きのご家族やご友人にも安心して勧められる無印良品の新しいデザインのカタチに興味を持っていただければと思います。

このプロジェクトのステップとして、

1・2012.6.27 左利きについてのアンケート「ステーショナリー編」(すでに受付終了)
2・2012.7.18 同「キッチン編」
3・アンケート結果報告
4・商品開発

―と進む予定のようです。

で、今回は、キッチン編のアンケートを実施中です。

2 左利きについてのアンケート(キッチン用品編)

私たちは、今年の1月から外部サービス「空想無印」の中で「左利きプロジェクト」と題し、左利きにまつわるエピソードを募集し、そこでいただいたエピソードの中から30にものぼる商品アイデアが生まれることとなりました。/そして、その30の商品アイデアの中から、幅広い世代から特に需要が高かった「ステーショナリー」と「キッチン用品」にカテゴリーを絞り、先月の6月27日(水)に「ステーショナリー」に関する第1弾アンケートを実施しました。/「カッター」「定規」「はさみ」の3種類のステーショナリーについて3,396名の方にご回答をいただき、あらためて「左利き」への関心の高さを実感するとともに、本人が左利きの方はもちろん、左利きのご家族・ご友人のことを思いご回答いただいた右利きの方も少なくなかったことに、このプロジェクトへの意義をより深く感じることができました。
そして今度は、キッチン編として、「缶切り」「ワインオープナー」「フライ返し」の三品についてのアンケートだそうです。

受付期間:2012年7月18日(水)~7月25日(水)午前10時
対象:MUJI.netメンバーの方左利きの方、身の回りに左利きの方がいらっしゃるという方

―とのこと。

多くの方の意見が集まるといいなと思います。

三品以外にも色々な使い手を選ぶキッチン用品があります。
右利き以外の人は利き手では使いづらいと感じる道具類―注ぎ口が片方だけのお玉や鍋、バターナイフなどです。
これらについての意見もぜひ届けていただきたいものです。


私個人の意見としましては―

キッチン用品は特に使い手を選ばない、家族や共同生活者全体で共有するものが多いと思いますので、左右性のない共用可能なものにする努力が必要ではないかと思います。

刃物のように、どうしても左右性が機能に大きく“左右”する性質を持つものでは、仕方がないでしょう。
しかし、それ以外のものでは、左右対称形に作ることで左右性をなくし、共用可能な商品作りを心掛けて欲しいものです。

たとえば「フライ返し」などは、右手用に偏ったそりをなくし左右対称形にするだけでも、使い勝手は多少落ちるかもしれませんが、共用可能になると思います。
あるいは、いっそ左右でワン・セットにするという方法もあります。
両手に持って使うという場面も考えられると思うのです。
で、各人の必要に応じて右手用・左手用を使い分ければいいのではないでしょうか。
もちろん、補充用としては、右手用左手用をそれぞれに用意するという手もあります。

 ・・・

<無印良品>のような性格の会社であれば、余計に単なる「左利き専用品」というより、誰もが使える左右共用可能な商品作りを目指して欲しいものです。

「誰もが(使おうとすれば使えないことはない、という程度の多少無理すれば)“使える”ユニバーサルデザイン」ではなく、本当の意味での「誰もが使いやすいユニバーサルデザイン」の商品を期待します。
非常に難しい条件ではありますが…。

--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.19

左利きと作法を考える~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii321号

先週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』321号のお知らせです。

 ・・・

第321号(No.321) 2012/7/14
「左利きとマナー(6) 作法を考える」
は、
▲左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ▲―その19― 左利きとマナー(6) 作法を考えるです。

前回に引き続き、小笠原宗家礼法総師範・源松斎菱高氏のサイトにある[作法トピックス]のページから、作法について考えています。

源松斎菱高氏は、作法には「礼節の原則」「安全の原則」「美の原則」の三つの原則があり、一番大事なことは「安全の原則」である
さらに作法には許容範囲がある、と言います。

作法には、《根拠がある》が、一方、《許容性がある》
だから《「どの程度守らねばならないのか」を常に考えること》が大切なのだ、というお話でした。


これを左利きに当てはめて考えますと、

 「左利きだからどうだ」と一方的に決め付けるのではなく、
 それぞれの状況のなかでどういう態度で臨むのがよいかを常に考える

という姿勢が求められるのだと思います。

詳細は本誌で。

--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.15

<私の読書論>リニューアル?予告

私の読書論-35- 本選びの方法 直接法(6)
―第85号「古典から始める レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記

★古典から始める レフティやすおの楽しい読書★
2012(平成24)年7月15日号(No.85)-120715- 私の読書論-35- 本選びの方法 直接法(6)「まえがき・あとがき」 


次回かもしくはその次となるか、その辺はわかりません。

でも思い切って、この<私の読書論>をリニューアルしようと思います。

書く内容を改めるのです。

実は初めに書きたいこと、言いたいことがあったのです。
だからこういうコーナーを始めたわけです。

従来の読書論の類を読んでいて不満に思うことが色々とあったわけです。

でもあれこれしているうちに、本来書きたかったことへ筆が進まないようになってきたのです。

もちろん今書いていることも、書きたいことの一つです。

でもどちらかと言うと、私の中での重要度は低いものです。
誰かがしっかり書いておいた方がいいとは思うものの、それが「今自分が」ということになるのかどうか、ちょっと疑問でもあります。

「誰も書かないことをこそ、自分が書くべきではないか」ということです。

そこで、早ければ次回からでも書いてゆきたいと考えています。
(「善は急げ!」といいますから。)

今の本選びの方法が中途半端になるかもしれません。
でもそれもいつかまたきちんと書く機会がやってくるでしょう。


まずは、一番書きたいことから書いてみよう、と思います。

どういう内容になるかは、乞うご期待! と言うことで、よろしくお願い致します。

*本稿は、アメブロ『レフティやすおの作文工房』より「<私の読書論>リニューアル?予告」を転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.12

左利きの鋏の選び方を考える・後編+<名作>一覧(1)~左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii319号-320号

先週および先々週の無料左利きメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第319号、320号のお知らせです。

 ・・・

第319号(No.319) 2012/6/30「■名作の中の左利き■既刊号一覧 part1」は、
2009年4月より始めました、月一連載の企画・第三土曜日掲載の■名作の中の左利き■既刊号一覧 part1です。

これは、名作文学の中に登場する左利きの人物を紹介しながら、そこに描かれている左利きの仕草や左利きらしい点に注目し、左利きという性質を改めて考察する機会にしよう、という企画です。

今回は、2011年2月まで、本編12回番外編2回分の一覧です。

第一回は、<少年の肩掛け鞄>その掛け方を繙く、ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』
第二回は、<左右を間違う元奴隷の黒人下僕>その理由を繙く、エドガー・アラン・ポーの短編小説『黄金虫』
を取り上げています。

その他、絵物語や児童文学、ノーベル賞作家や映画化作品、名探偵の代名詞であるホームズものなど、さらには番外編としてエッセイまで、多彩な作品を紹介してきました。

*ドストエフスキー/著
『カラマーゾフの兄弟(上)』原卓也/訳 新潮文庫
『カラマーゾフの兄弟(2)』亀井郁夫/訳 光文社古典新訳文庫
 

*『黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇』ポオ/作 八木敏雄/訳 岩波文庫(2006)


第320号(No.320) 2012/7/7「レフティ・グッズ・プロジェクト<左手・左利き用品を考える>第6回」は、
「左手でも切りやすいハサミ」とは?<6>「左利きの鋏の選び方」を考える・後編

ある刃物屋さんのサイトにある(左手で鋏を使う人、左利きの大人・子供への)「正しい鋏の選び方」への反論の三回目、最終回です。

私の結論は―
 利き(手)の本質を見誤った意見であるということ
だから、もう一度、
 左利きの人の立場に立って、正しい助言で正しい使い方・選び方ができるように、もう一度検討し直して欲しい
ということです。

それぞれ詳細は本誌で―。

--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.11

<右手と左手>の立場を語る「兄弟」~『イソップを知っていますか』阿刀田高

メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第291号(No.291) 2011/12/17「名作の中の左利き~推理小説編-3-「兄弟」阿刀田高」
で紹介しました、左手と右手にまつわるショートショート、阿刀田高/作「兄弟」が読める本が文庫で出ました。

『イソップを知っていますか』阿刀田高/著 新潮文庫 2012/6/27


終わり近く、「第9話 役立つ知恵と愚かな思案」の中で、親の愛情に優劣があった場合の例として、イソップ寓話の安土桃山時代の邦訳、古活字本『伊曾保物語』の
「猿と犬の事」のあとに紹介されています。

分かりやすいイラストが入っていますので、パラパラとめくっていれば、すぐに見つかるでしょう。

2ページ分ほどですので、立ち読みでも読めてしまいます。
(もちろん、買って読んでいただきたいのですけれど、読めてしまうものは仕方がない…!?)

依怙贔屓(えこひいき)はいかん、という教訓話です。

しかし、左利きライフ研究家として見ますと、これは左利き問題を知らしめる重要なお話とも言えます。

ぜひ一度お読みください。

*阿刀田高「兄弟」
初出:東京新聞等 昭和56年(1981)5月31日
現行本:『新装版 最期のメッセージ』講談社文庫 2009.1.15 収録


 ・・・

メルマガでも書いていますが、この作品を読んで連想したのが、ベンジャミン・フランクリン「左手からの手紙」(または「教育を監督する方々へのお願い」)でした。
これはそれぞれ以下の本に収録紹介されている文章です。

斎藤茂太/著『左ききの人はなぜ才能があるのか―「左きき」の性格分析』KKベストセラーズ・ワニ文庫(1993)
「第5章 なぜ左ききの人は少数派なのか/双子の姉から妹への手紙」(p.164-165) 
―『左ききの人の本』MG出版(1987)刊の文庫版

スタンレー・コレン/著『左利きは危険がいっぱい』石山鈴子訳 文藝春秋(1994)
「第16章 左手利きたちよ、立ち上げれ」中「教育を監督する方々へのお願い」(p.392-394)
―例の左利き短命説で有名になった著作、実際は左利きの人を擁護し、左利きに優しい道具・機械の普及を説いたものと言っていい
 


読み比べてみるのも一興かと思います。


--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.07.05

利腕を骨折しても…【左利きライフ研究家のできるまで】第3回

【左利きライフ研究家レフティやすおのできるまで】第3回

週一程度で更新する予定でしたが、遅れてしまいました。
昔の文章を一部手直しするだけではおもしろみがないと思い、新たな情報なり最新の自分の考えを入るなりしたいと考え、あれこれ書き惑っているうちに遅くなりました。

 ・・・

第2回では、「幼少時の記憶から」から小学校入学以前のお話を一つしました。
今度は幼稚園時代のお話を―。


 ●利腕を骨折しても…

幼稚園時代のことです。
私は左腕を骨折したことがあります。

夜、布団を下ろした押入れの段の上から飛び降りて遊んでいました。
カエルのように飛び降りて両手両足をついたのはよかったのですが、左手をつき損ね、手の甲の方をついてしまったのです。

後に聞いた話では、ひじの関節の骨にひびが入ったのです。

夜の街を父の背に負われてあちらこちらと歩いたのをうっすら覚えています。

その後、電車とトロリーバスを乗り継いで母と病院通いをしました。
電球のような赤い光を患部に当てる治療をした記憶があります。

その帰り、公設市場によって母がその日の買い物をします。
その際にお菓子を買ってもらえるのが楽しみでした。

左腕を三角巾で吊っていました
少なくとも一週間ぐらいはそういう状態が続いていたでしょう。

何度か市場によって何かしら買ってもらった記憶があるからです。

一つ覚えているのは、ちっちゃなラッパのおもちゃに仁丹のようなものが入っているお菓子。

電車やトロリーバスに乗れること、お菓子を買ってもらえること。
そんなものに釣られて病院通いをしていました。

でも、そのあいだ食事などはどうしていたのでしょう? 
記憶はありません。

手指は動かせたようなので、ちょっとしたことはなんとかなっていたのかもしれません。


そんなことがあってもやはり左利きであることに変わりはありませんでした

親はこの機会に右手が使えるようになるのでは、と期待したのでしょうか? 
今となっては残念な事ですが、聞く機会のないままに両親は鬼籍に入ってしまいました。

一度父が、お前の腕を伸ばしたときの肘の曲がり方が左右で違うのは、あのときのせいや。
近所の骨接ぎの看板を出しているところへ行ったら、ひどい扱いで痛い痛いと泣いて…と話したことがあったのだけは覚えています。


 ●簡単に「矯正」できると言うけれど…

以前、ご自分の経験から、左利きの子でも小さいうちなら左手を三角巾で一週間吊っておくだけで右手が使えるようになる、と説いておられる人がいるのをネットで拝見しました。

こちらです。
航空の現代:左利きの矯正「左利き矯正法」

簡単に紹介しましょう。

医学界では、どういうアドバイスをしているのか知らぬが、実は簡単に矯正することができる。/... 父が医者仲間の誰かから左手を三角巾で吊ればよいという話を聞いてきたらしい。/あたかも骨折したかのように三角巾で左手を吊るのである。このとき左手の先は握りこぶしにして包帯でぐるぐる巻きにしておく。そうすると左手が使えないから、ご飯も文字も絵も、自然に右手が出る。これで、私の場合は1週間足らずで右手を使うようになった。

そうはいえ、《ただし野球のボールを投げるのは今でも左利きで、バッターボックスも左打ちである。》と綴っておられます。


しかしそれはあくまで人によりけりでしょう。

私が思うに、偶然、その人が左利きの度合いが弱い「弱い左利き」、左利きでも右利きに近い左利きだったのではないでしょうか。

あるいは右利きの度合いが弱く、左利きの傾向も備えた「弱い右利き」、もしくは一般によく言われるところの、いわゆる「両利き」、私のことばで言えば「(右利きと左利きとの)中間的な人」という左右両方の要素を兼ね備えた人だったのかもしれません。

元々そういう右利きの素質のある人だったから、強制的に右手を使い続ければ、右手を使うことにも難なく慣れることができたのかもしれません。


実際に、この方のサイトの別ページ「医師と左きき」
に引用されている、林成之(なりゆき)助教授(当時)の話のように、《厳しく訓練され》なければ右手を使えるようになれない人もいるのです。
(柳田邦男/著『脳治療革命の朝(あした)』(文春文庫 2002)


に登場する人物。)

生まれつき左ききだったが、幼い頃、親に左手を縛られて、右手を使えるようになれと厳しく訓練されたため、両手ききになったことも、手先の器用さを発達させたのであろう。
(西川氏のサイトより孫引き)

ところが、これに対して西川氏は、

... 上の文章には「左手を縛られて……厳しく訓練された」とあるが、本当だろうか。著者の筆が勢い余ってすべったのではないかと思うが、「幼い頃」であれば、私自身の経験からしても、縛ったりするような必要はなく、三角巾でちょっと吊る程度で、厳しい訓練などしなくても自然に1週間程度で右手が使えるようになるはず。
と書かれています。
これはやはりこの方の勉強不足と言わなければいけないでしょう。

人間というものは、どうしての自分の経験だけでものを言うところがあります。
自分の物差しでしかものを測れない、という偏狭さがあるのです。

しかし、自分がそうだから他の人も一緒、とは限らないのです。


 ●才能と能力

人間には才能と能力がある、と聞いたことがあります。

「才能」とは、その人が生まれつき持っている素質、天性の器―器量です。
これは、一定不変のものですね。
それに対して「能力」というのは、その人の持っている才能の範囲の中で、努力によって伸ばすことのできる力です。

人は努力である程度この「能力」を伸ばすことはできます。

野球で言えば、右利きでも左打ちを続ければ、ボールにバットを当てることはできるようになるでしょう。
だからと言って、みんながイチローになれるわけではないのです。
そこに「才能」が関わってきます。

利き手・利き側の問題も同じです。

利き手と、そうでない方の手(非利き手)ではおのずから才能の範囲、器量が異なります
元々才能のある利き手とそうでない非利き手では、できることが違うのです。

努力してもできることとできないことがあるのです。


 ●利き手テストによる分布図

ところが、この“利き”(学問的には「偏側性」とか「一側優位性」、「ラテラリティ」などと呼ばれます。)という性質には、<右利きの人>と<左利きの人>という二種類の人がいる、という単純なものではないのです。

利き手調査票による「利き手テスト」というものが、利き手の研究をしている学者さんたちの間でいくつか考案されています。

有名なところで言いますと、「エディンバラ利き手テスト」「チャップマン利き手テスト」、日本人の特殊な条件を考慮した「H.N.利き手テスト」などがあります。

採用されている動作項目に若干の違いはありますが、内容はほぼよく似たものです。

10項目の片手動作をそれぞれどちらの手を使って行うかまたは両方かという問いに答えてもらい、その結果を得点で表し、それぞれの利き手の偏りの度合いを調べます。
すべてに右手を使うが最高得点、その逆のすべてに左手は(マイナスのついた最高得点、即ち)最低得点となります。

各人の結果を、右端に高得点左端に低得点のグラフ上に分布図を描きますと、右側が右利きを表し、左側が左利きを表します。
すると、右端が高く次第に低くなり、中央付近で最低となり、また少しずつ上昇し、左端に来てほんの少しだけ高くなるという、ちょうどアルファベットの「J」の字のような曲線を描くのです。

この「J」の字の縦の長い棒の部分に当たるのが、「強い右利き」の人。
中央から右寄りの部分に位置するのが、「弱い右利き」の人。
逆方向の中央から左寄りの部分に位置するのが、「弱い左利き」の人。
そして、「J」の字の左端の小さな跳ね上がりの部分が、「強い左利き」の人を指します。

この分布図の中央の低い部分が一般によく言われる「両利き」となります。

この部分の人は、「右利き」「左利き」の二分法によれば、先にあげたようにそれぞれ「弱い右利き」「弱い左利き」に分けられます。

*参考文献:
・八田武志/著『左ききの神経心理学』医歯薬出版(1996/11)
―利き手・左利き研究の学術的著作。
・八田武志/著『左対右 きき手大研究』化学同人 DOJIN選書18(2008/7/20)
―上記の前著以降の世界における研究の成果を一般向け読み物にまとめた本。
・クリス・マクマナス/著『非対称の起源 偶然か、必然か』大貫昌子/訳 講談社ブルーバックス 2006.10
―イギリスの利き手・左利き研究の権威による20年にわたる研究の成果をまとめた本。

*参考:<左利きプチ・アンケート>
第22回 エディンバラ利き手調査(訂正版)
第23回 利き手調査3回目―H.N.きき手テスト
第24回 利き手調査第4回chapman利き手テスト
第35回 新版・利き手調査第2回―エディンバラ利き手調査
第37回 新版・利き手調査第3回―H.N.きき手テスト
第39回 新版・利き手調査第4回-chapman利き手テスト
第41回 新版・利き手調査第5回 マクマナスの利き手テスト
第46回 利き手テストと意識の一致度は?


 ●右岸と左岸との間に架かる橋の上に立つ人

私は、この「右利き」「左利き」という性質に対して、こんなたとえを考えています。

<右岸と左岸との間に架かる橋の上に立つ人>です。

この場合、「右岸」が「右利き」を示し、「左岸」が「左利き」を示します。
ですから「右岸」に近い位置にいる人がより強い右利き傾向を持っている人で、より「左岸」に近い人がより強い左利き傾向を持っている人を表します。

「右岸」に近い人は、当然「左岸」に行くより「右岸」に行く方が、時間も早く労力もかかりません

逆に「左岸」に近い人ほど、「右岸」に行くには時間も労力も必要になります。


先の西川氏のサイトでのお話を、これに当てはめますとよく理解いただけるのではないでしょうか。

すなわち比較的簡単に右手使いになじめたという西川氏は、より「右岸」に近い位置にいる人であった、というわけです。

言葉を変えますと、左利きの度合いが比較的弱かった、と言えるのではないでしょうか。

逆に、厳しい訓練を必要としたという林助教授は、西川氏より「左岸」に近い位置―「右岸」から遠く離れた位置にいた人と言えるのではないでしょうか。


 ●左右の手の筋運動測定による判別

また、上記参考文献にあげました八田武志/著『左対右 きき手大研究』(化学同人)の「第4章 きき手の決め方」<新しいきき手判別検査>の項で、ドイツのヘンケルらが開発した手の運動測定装置による結果を紹介しています。

それによりますと―

右ききと判定された群では、小さなまとまりとなり、エディンバラきき手テストの結果と比較しても、両方の検査での判別に大差はなかった。
それに対して、左ききと判別された群では筋運動測定の結果はかなりのばらつきを示した。
これは、エディンバラきき手テストで左ききとされた被験者の筋運動測定の結果は分散が大きい、ということである。

そこで、エディンバラきき手テストで、強右きき群(すべての項目を右利き使用)、弱左きき群(書字や描画などは右手使用)、強左きき群(すべての項目を左利き使用)の三群に分けて検討すると、二種の左きき群(弱左ききと強左きき)では、有意な違いがある。
それは、左ききの人の間では、左右の手の運動測定結果は均一ではない、ということを示しているという。


すなわち、右利きの人は皆一様であるけれど、左利きと判定される人の間では、その偏りの度合いによって左右の手の運動測定の結果が異なる、ということなのです。

要するに、一言で「左利き」といわれる人であっても、西川氏のように比較的簡単に右手使いになじめる人もいれば、林氏のようになかなかなじめない人もいる、ということです。


 ●左利きの度合い

さて、私の場合です。

左腕を骨折し、しばらくの間三角巾で吊っていたにもかかわらず、(西川氏の例から言いますと)指が動かせたせいか、左利きは変わることなく、やはり右手は使えないままでした。
これはやはり、私の左利きはその度合いが強く、右利きの要素が少ない分、右手を扱うことが不自由だったのでしょう。

先の橋のたとえで言いますと、極端に「左岸」に近い位置に立つ人間だったのでしょう。
また、筋運動測定結果で言えば、「強左利き」に分類される人だったのでしょう。

 ・・・

こうして“頑固”(強度)な左利きであった私は、利腕の骨折という試練も乗り越え、“立派”な左利きになりました。


【以下、次回に続く...】

▼参照サイト:『レフティやすおの左組通信』
レフティやすおの左利き自分史年表
レフティやすおの左利き人生 少年時代 その1 
左利き川柳

本稿は、メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第39号(No.39) 2006/7/15「私にとっての左利き活動」より、「■レフティやすおの左利き活動万歳■ 私にとっての左利き活動(1)」(隔号掲載)、および『レフティやすおの左組通信』「レフティやすおの左利き人生 少年時代 その1」を元に、一部加筆修正したものです。

【左利きライフ研究家レフティやすおのできるまで】過去の記事
第1回
第2回

--
※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
--

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2012 | Main | August 2012 »