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2011.10.01

左利きの子には生活の便不便よりも利き手を使う心の充足を!-週刊ヒッキイhikkii279号より

いつもは、無料メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』先週号の告知記事を書いているのですが、
先週号は、創刊7年目に入る記念号ということで、「左利きの問題に関して今一番思うこと」を書いています。

メルマガ登録読者のみならず、より広く、より多くの方にお読みいただきたい、ということで、今回は、以下に先週発行分の内容を丸ごとを転載しておきます。


第279号(No.279) 2011/9/24
「創刊7年目へ 今一番思うこと~よく生きるために~」


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『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii≫ 創刊7年目へ
 左利きの問題に関して今一番思うこと~よく生きるために~

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この9月末でついに7年目に突入します。
パソコンの故障等でかなりの期間休んでいますので、
週刊をうたいながら、号数は30号ほど足りません。

まあ、自分でもここまで続けられるとは思っていませんでした。
でも、続いてしまいました。(笑)

これもひとえに読者あってのこと、ありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願い致します。

 ・・・

今左利きの問題に関して、私が一番に思うことを書いておきます。


 ◆「左利きとして、いかにあれば幸福であるか」

人間を50年以上続けていますと、
一番関心があることは、いかに生きるか、ということです。

逆に言えば、いかに死ぬか、とも言えます。

死ぬ時に後悔しない生き方―
長年生きて来ますと、それが問題になってきます。

残りの方が短いと思われる年齢になってきますと、どうしても…。


そこで、私がこの頃(左利きとして生きてゆく上で)思うこと、
一番気になること、そして、最も大切なことは、

 「左利きとして生きるとき、いかにあれば幸福であるか」

ということです。


 ◆物理的な不便さより、精神的な満足に目を向けよ!

昔からそうですが、
私が左利きの問題として最も気にかかることは、
左利きの子供に対する周囲の対応です。

特に親、それから様々な職業・趣味等における
「先生」と呼ばれる人たちの、それです。


私が今一番言いたいことは、
左利きの子供に対して親やまわりの大人たちが、
「肉体的・物理的な便不便」や、
「苦労するしない」といった点にばかり注目する
という捉え方は、【間違い】だということです。


右利き仕様の右利き偏重社会の中で、
右手が使えないと―
左利きだと不便であり、苦労するだろう…。

そういう心配は理解できます。
しかし、
もっと大事なことは、【精神的なこと】【心】の問題です。

 いかに自分らしくあるか

 自分の身体を自分の欲するままに、
 自分のものとして使えているか

です。


それは、

 「利き手を利き手としてしっかり使えているか」
 「自分の欲するままに自然に動かせる形で使っているか」

ということです。


 ◆利き手を使うことによる充足感

確かに、右利き偏重/優先の社会で左利きで生きる場合、
物理的な不便さゆえに、苦労することはあるでしょう。

しかし、それは【本人】に言わせれば、
「生まれたときからすでに存在する状況」であり、
考えてみれば

「特にどうこう言うことではない」
「ごく日常的な風景であり、経験である」

とも言えるのです。


私自身「自分が不器用だから」
道具をうまく使えない、作業できない
と思っていました。
だから「人一倍工夫したり、努力する必要がある」と。

だから、「便不便」や「苦労するしない」等の
物理的な困難は「問題ではない」とも言えるのです。

単なる【人生の一試練】にすぎないのです。
生きていれば、他にも色々な苦労に出会います。


それよりももっと重要なことは、
【心】の問題です。
【精神的なもの】です。

左利きの子供が、

「利き手を使えるか使えないか」
「利き手を使わせてもらえるかもらえないか」

ということです。


「利き手を自由に使えるかどうか」による、
「精神的な快不快」「満足不満足」「幸不幸」の問題です。

【利き手を使うことによる充足感】とでもいうものがあるのです。

【自分らしい自分でいられる】とでも言いましょうか。

それを制限したり否定したりしてはいけないのです!


 ◆身体の問題だけれど、やはり心の問題

たとえば、日本人が日本語で話すときと、
英語で話すときの違いとでも言えましょうか?

よそ行きの言葉で話すときと、普段着で話すときとの違い。

わが家に居るときと、よそに居るときの違い。

いかに落ち着いた部屋で快いおもてなしを受けても、
わが家でいるときのようにリラックスできるとは限りません。

それと同じだと思うのです。


たとえ結果として、右手で軽快に物事を処理できたとしても、
自分の利き手でない手で処理することに
【抵抗】を感じる人もいるのです。


私が左利きの活動を始めるきっかけとなったのが、
「京セラKYOCERA サムライSAMURAI Z2-L」という
【左手用カメラ】を手に入れたことでした。

このカメラはまるで昔からずっと使っていたかのように、
自分にフィットしたのです。

右手でシャッターを切る普通のカメラを使っていて
それまでどうしてもぬぐえなかった

 モヤモヤとした不満
 障害物越しに触っているような感じ
 何かしら他人の手を借りているような距離感

のようなものが、きれいに払拭されたのです。


 「やはり左利きは左利き用を使わなければ!」
 「身体に合った道具が一番!」

と実感したものでした。

【心】の問題なのです。

表面的には【身体の問題】だけれど、
やはり【心の問題】になるのです。


 ◆きき手変更歴と生活満足度の研究結果

日本における利き手研究の第一人者、八田武志先生の著書
左対右きき手大研究 (DOJIN選書 18)
(化学同人社 2008)によりますと、

「第8章 左ききの矯正はよいことなのか」
<きき手矯正の結末>の項で、
ポラックらによる、カナダ人の高齢者を対象とする、
を紹介しています。
【書字】における「利き手変更履歴の有無」
「成功失敗」の別による調査結果を紹介しています。

【きき手変更歴と生活満足度】
という図にまとめられていますように、
「変更履歴を持つが左手書字」の人
(要するに、きき手変更に失敗した人)では、
「生活満足度が低い」という結果が出ています。

失敗経験が大きく影を引いているようです。


特に素人目には、
「変更履歴なしの左手書字」者との差が目立つ
結果になっています。

まさに「明」と「暗」。

「失敗経験の有無」ということもありますが、
これはやはり、
「利き手を使うことを規制された経験を持つ人」と
「規制されなかった人」との【充足度】の差
ではないか、
と私には思われます。


 ◆左利きの人が左利きとして、よく生きるために

長い映画を見ているとオシッコがしたくなることがあります。
大人なら、おもしろいのでそのまま我慢して見るのでしょう。

子供はそうはいきません。
今と言えば今です!

本当は、大人であっても
身体が欲するままに従うのが一番いいのです。

でも、色々なしがらみがあり、大人は我慢します。


【利き手を使うかどうか】も同じです。

大人は色々なことを総合的に考えて判断できます。

多少は我慢してでもことの成果を取ります。
それで結果が出るなら、
肉体的な欲求よりも理性の決定に従います。


しかし、案外、それは深層心理的には
色々と【故障】につながっているのかもしれません。
(左利きは短命だという説もあります。)


私は、
「左利きの人は素直に左手・左側を使うべきだ」と思います。
それが結局、
【自分のしあわせ】【心の満足】につながるから。


右利きの人は自然に右手・右側を使っています。
それで特に問題を起こしているとは思いません。

それなら、なぜ左利きの人だけが、
自然に任せてはいけないのでしょうか?


しあわせになりたいのなら、
ごく【自然に人間らしく振る舞う】べきです。

それでもし、文句を言われるのなら、
甘んじて受けてよいと思います。

だって人のために不幸になる義務はないのですから。

人の役に立つために生きることはあっても、
人のご機嫌をうかがうために生きているわけではないのですから。

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*追記:今週発行の以下の号で続編を書いています。
 ↓
第280号(No.280) 2011/10/1
「創刊7年目へ~よく生きるために~(2)前回言い忘れたこと」
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※参照:
・『左利きを考える レフティやすおの左組通信』
左利きphoto gallery〈HPG4〉世界初 左手用カメラ/京セラKYOCERA サムライSAMURAI Z2-L
左手用カメラ、京セラKYOCERA サムライSAMURAI Z2-Lの使用感―使い心地
・八田武志/著『左対右 きき手大研究』化学同人社(2008)

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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