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2010.04.26

《サウスポー二郎》を読む:『すきやばし次郎 鮨を語る』

宇佐美伸/著『すきやばし次郎 鮨を語る』文春新書(2009)

昨年2009年10月に出版された本。
この時点で84歳、世界最高齢のミシュラン三ツ星シェフ、左利きの鮨職人としても有名な小野二郎さんの聞き書きによる一代記です。

この本には、目次を見ますと、第二章「すきやばし次郎、鮨を語る」の中に“利き腕”“「サウスポー二郎」誕生”といった見出しが並びんでいます。
どうやら私が以前読んだいくつかの小野二郎さんに関する著作で、興味を持っていた「鮨職人・小野二郎の左利きの謎」が解明されそうです。

“利き腕”の節で、二歳の時の右腕のやけどの話が出ています。

《さいきんは「サウスポーの二郎」ってことで私が左利きなのはご存知の方も多いでしょう。だけど、元々の利き腕はやはりわからない。本当は右だったのが、やけどのせいで左になった可能性もないわけじゃない。》P.49
という。

なぜなら、

《左で持っていた箸を右に持ち替えたのが小学校一年生の時》
《包丁を右に持ち替えたのも、小学校三年生の時》
《いずれも矯正という意識はそれほどなくて、ごく自然に右でもいけましたからね。》
P.49
という。
鮨も右で握れないこともない、修行時代は右で教わって練習していたから。

どうやら小野二郎さんは、利き手テストの判定でいえば、右手も少しは使える「弱い左利き」ぐらいのようです。
「弱い右利き」というより「弱い左利き」だと思われるのは、先の発言の続きにある次の発言から伺えます。

《パッパッとせっかちに握るとなると左だけど、ゆっくりなら今だって右でもこなせますよ。実際箸も包丁も小学生時分から右でずっとやってきたわけだし。/でも変なもんで、赤貝の筋入れ、つまり包丁で切りこみを入れるのは今も左だよね。右でやるとなぜか手をたたいちゃって。フォークやスプーンは左が手っ取り早いし、歯磨きも左かあ。どうも支離滅裂だね。》P.49

手が器用だとボケないというが、両腕を場面場面で使い分けているので、この年まで現役でやれるのかもしれないという。


“小学生で出張料理”の節では、小3で包丁を持たされた頃の話。

《包丁は最初、左用を作ってもらったんだけど三円するの。右は一円五十銭だから倍も違う。あんまりばかばかしいから、すぐ右に持ち替えて、以来、基本的にはずっと右です。》P.62
という。

やはり最初は左用をつくってもらっていた、という点は要注意だと思います。
プロになるにしても、なんでも右というわけではない、ということでしょう。

私の知っている若者は、日本料理では包丁は右手で使うものだと、否応なしに右手で使うように仕込まれて、左手を切り傷だらけにして頑張っていたものでした。

時代背景を考慮に入れますと、かなり意識の進んだ親方さんのところで、修行されていたということでしょうか。

いよいよ鮨職人“「サウスポー二郎」誕生”です。

戦後、和食の料理人から、小資本でも開店できるだろうということで、すし屋になることに決めた次郎さんは、二十五、六歳という「高齢」での遅い鮨職人の修業を始めます。

《もちろんこの時は、鮨は右手で握るもんだという固定観念から、右手で最後は酢飯を押さえる右利きの握り方を反復していた。/でもねえ、これが恥ずかしながらどうもうまくいかない。いえ、ゆっくりやればオヤジさんに教わったとおりのこなしはできます。今だってやれと言われればやれる自信は大いにある。だけどリズムでトトーンと握ろうとすると、いつの間にかまず左手に酢飯が入っちゃうんだね、これが。もう何回やったっておんなじ。/さて、どうしたもんかと。悩みました。》P.100

どう考えたって時間がない。他の弟子より十年遅れて入門しているのだから。
《今更右手で握ろうとしたら果たしてどれくらい時間がかかるか……。/それで踏ん切りをつけたんです、この際左手で握ってやろうって。右でも左でも、腕があればお客もいちいち利き腕のことなんか気にしないはずだって。》

いよいよ「サウスポー二郎」の誕生である。

《左手でやろうと決めたからにはもう失敗はできない。来る日も来る日もシャドーで握りの練習ばっかり。我ながらよくやったと思います。》P.101

そんな二郎さんの趣味は、ボウリングだそうだ。

《投げるのは元々の利き手のサウスポー。女子プロボウラーとして絶大な人気を誇っていた中山律子さんの投げ方を見習い、力で倒すより奇麗なフォームを心がけました。/鮨を握るのもそうですが、やっぱり形を決め、姿勢を整えることが何でも大事だと思います。》P.139

形や姿勢が大事。
ただし、ここでいう形や姿勢というのは、機能的な面からみた本質的な意味での形や姿勢の良さでしょう。

単に、右手を使うのが正式な作法だ、というような形式的な意味での形や姿勢の良さ、美というものではなく。


改めて書いておきます。

先にも言いましたように、小野二郎さんはたぶん「弱い左利き」に分類される方なのだろうと思います。
「左利き」だとするその証拠は、とっさの際、あるいは素早い動作、正確な動作を必要とするときには、左手を使うというところに現われています。

一方、その度合いを「弱い」ものと判断するのは、小学生時代に特に苦も無く、箸や包丁を使ったり、あるいは字を書いたり(P.196)することを右手に切り替えられた、という点にあります。
それだけ、右手も使える要素を持っていたということでしょう。

そういう意味で、「左利き」だけれど、その度合いは低い方だと考えられます。


さて、結びに当たる「第三章 小野二郎の人間像」の中で、著者・宇佐美伸氏は、左利きの鮨の握りについて、こう書いています。

《まずは右でやろうとして「できなかった」と二郎さんは言う。だが、これは意訳するなら、ただ「できなかった」のではなく、自分の満足がいくようには「できなかった」ということだ。》P.197

二郎さんは、結局、右手での握りではなく、左手での握りを取った。

これは、左手で握るほうが、二郎さんの心に通うものがあったからではないか、と思うのです。
二郎さんの心が入る握りは、左の握りだった!

私はそう感じます。


左利きといいますか「利き手/腕」というものは、このように、持っている「能力」の差の表れではなく、もっと「心に密着したもの」の持っている質的な違いではないか、と思うのです。

「自分の思うようになる/ならない」「やりやすい/やりにくい」といった、感情の「情」―心の動きに関わるものではないでしょうか。

つまるところ、また、いつもの持論、「利き手は心につながっている」という結論になるのですが…。


本書でもう一つ左利きに関する記述がありますので書いておきます。
それは二郎さんが気配りの人であることを示す証しとして登場します。

二郎さんは必ず、お客様が鮨を食べる様子を見て、お客さまに合わせて鮨を握り、つけ台に出すという、そのお客様への一連の気配りの一つとしてです。

《左利きのお客には握りを「ノ」の字のように斜めに置き、つかみやすくする……。》P.205

これは、山本益博/著『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術』(新潮新書、2003)の中でも触れていた話題です。
お客様と対面で料理を提供する鮨職人ならでは、という言い方もできるでしょうけれど、必ずしも誰もが心がけているわけではないことも事実です。

これは鮨に限らずどのような料理でも、左利き・左手箸の私などからみれば、ぜひまねてほしい給仕だと思うのですが。


*その他の《小野二郎》および鮨職人に関する本
小野二郎/著, 管洋志/写真『すきやばし次郎―生涯一鮨職人』プレジデント社(2003)

山本益博/著『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術』新潮新書(2003)

里見真三/著『すきやばし次郎 旬を握る』文春文庫(2001)

早瀬圭一/著『鮨に生きる男たち』新潮文庫(2007)

*レフティやすおのお茶でっせ:過去の《すし職人小野二郎》関連記事
2007.11.20 「ミシュラン」三つ星に左利きのすし職人小野二郎
お茶でっせ版新生活版
2007.5.09 新潮文庫 鮨に生きる男たち―左利きのすし職人もいます
お茶でっせ版新生活版
2005.7.17 『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術』山本益博
お茶でっせ版新生活版
2005.5.23 左利きのすし職人『すきやばし次郎 旬を握る』
お茶でっせ版新生活版
2005.5.21 左利きの握りすし職人「すきやばし次郎」・その一
お茶でっせ版新生活版

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※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。
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