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2007.07.31

左利きアンケート第43回タレントさんの左手使いは気になりますか

わがホームページ『左組通信』恒例<左利きプチ・アンケート>のお知らせです。

 ・・・

<左利きプチ・アンケート>第43回タレントさんの左手使いは気になりますか

横澤彪氏のコラム(J-CAST テレビウォッチ「横澤彪のチャンネルGメン69」)
2007/6/27「国分太一くん、箸は右手で持とうよ」
http://www.j-cast.com/tv/2007/06/27008769.html
2007/7/2「国分太一くん、オレも左利きなんだ」
http://www.j-cast.com/tv/2007/07/02008895.html

での、国分太一さんの左手の箸使いに関して「違和感がある云々…」という発言は、左利きの人たちの間で大きな話題となりました。

では、テレビなどでタレントさんが箸を使う時や字を書く時、その他庖丁等、様々な場面での左手使いを見たとき、あなたは気になりますか。
また、どのように感じますか。

以下の中から、最もふさわしいと思うものを一つ選んでください。

*投票者の利き手別で選択肢を用意しています。ご自身でご自分の利き手を右もしくは左と、どちらか判断した上で投票してください。

*一言言わせて、という方は投票後に表示されます一番下の「ご意見ボード」をご利用ください。貴方のご意見ご感想をお聞かせください。

1(右利きの投票者)気になる―どちらかというと、よい印象
2( 〃 )気になる―どちらかというと、悪い印象
3( 〃 )気になる―善悪・好悪抜きで、違和感がある
4( 〃 )気にならない
5(左利きの投票者)気になる―どちらかというと、よい印象
6( 〃 )気になる―どちらかというと、悪い印象
7( 〃 )気になる―善悪・好悪抜きで、違和感がある
8( 〃 )気にならない


 ※ お手数をおかけしますが、投票は『レフティやすおの左組通信』表紙<左利きプチ・アンケート>

 ※ メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』第92号(No.92) 2007/7/28「<左利きプチ・アンケート>第43回タレントさんの左手使い...」からも投票できます。(今回もメルマガからの先行投票を実施しました。)

 ※ 現在の結果を見るのは、こちら

*このアンケートは、07.7.29-8.24まで4週間(予定)に渡って実施されます。(その後は、表紙からそれぞれのページに移動し、受付しています。)

*今までに実施したアンケートを見る ↓
『レフティやすおの左組通信』<左利きプチ・アンケート>目次

 ※ 関連<左利きプチ・アンケート>:
第5回 04.6.20-7.17 左利き?と思うのはどんな仕草ですか

06.5.13 週刊ヒッキイ左利きアンケート:
左手で字を書く人を見たときどんなふうに感じますか
左手で箸を使う人を見たときどんなふうに感じますか
(上記アンケート掲載号)
第29号(No.29) 2006/5/13「GW明け手抜きアンケート特集号」

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。

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2007.07.27

サツマイモ栽培記:07年6-7月

Satumaimo070607
まず画像を見てください。

上段左:6月17日、上段右:6月23日
下段左:7月2日、下段右:7月26日

まずは順調に育っています。

六月の始めに植えました。

初めてでやり方がわからないので、種イモをそのまま植えました。


話によりますと、苗を植えるようになっています。
種芋の芽を出させ、ある程度育ったところでそれらを分断して苗にするようです。
ですから、一個の種芋から十個ぐらいの苗を取れるそうです。
さらにその一本の苗が収穫期には、十個以上のおイモになるといいます。

すなわち一個の種芋が百個以上になるというわけです。
すごいですね。

しかも比較的やせた土地でも栽培できるといいますから、温暖地ではこれほど都合の良い作物はありません。
江戸時代、お米の代わりに主食となった理由もわかるというものです。


わが家では、とにかく種芋を直接植えました

一月にいただいた紫芋の一個を残して、ちっちゃい段ボール箱にチラシの紙にくるんで、風の通る戸棚に保管していました。
ひと月かそこいらしたら、芽を出していました。
えーっ、どうしようと思いつつ、まだ植えるには早いだろうし、とにかく見なかったことにしてそのまま置いておきました。

意外に芽は大きくならず、そのまま日がたちました。
五月になり、そろそろかなり暖かくなってきましたので、植える場所を模索し始めました。
何しろ大型プランターは一個しかないので、古い土を出し、土作りから準備を始めました。
いつしか日がたち、六月に入り、さすがにそろそろ植えつけないと遅くなると思い、植えることにしました。

その時は三つの芽が出ていました。
どのぐらいの深さに植えるのかなど、全くわからないままに、ジャガイモと違い根がイモになるので、ある程度の深さが必要だろうということで、適当なところで植えました。

一週間後6月10日ごろ、やっと芽が土から顔を出しました

ジャガイモが六月半ば急速に衰え、枯れました。
その頃から、今度はサツマイモが大きく育ち始めました。

これから夏中の間にどの程度育つのでしょうか。
そして、秋にはどの程度の収穫となるのでしょうか。

苗から育てるより、直接種芋からのほうが養分が多く、多くの収穫が得られると、本には書いてありました
畑一面に栽培するプロの農家はそういうわけにも行かないでしょうが、何しろプランターひとつで栽培するベランダ園芸ですから、それで十分でしょう。

楽しみです。
大いに楽しみです。

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2007.07.26

左手書字用お手本使用のネット書写塾

いつも自分のサイトのアクセス解析のついでに、左利きに関するネット検索を行っています。

すると、こんな情報が出てきました。


左利きにおける左手書字(左手筆記/左手書き)について、

『インターネット書写塾』というサイトの
「小学生向けコース」に、以下のような告知が出ていました。

左手で書いてもお手本がかくれない『手本右版』ができました
 

ネット検索で見ただけですので、詳しい内容はわかりません。

しかし、こういう「左手書字に配慮した書写塾がある」という事実は、「左利きは左手を使えばよい」という、私のような立場の人間にとって、非常にうれしいことです。


当たり前じゃないか、といわれれば、その通りです。

しかし、その当たり前が、当たり前として認知されるとは限らないのが、左利きの現状でもあります。


「きれいな字を書きたいなら右手で」という考え方の書写・書道教室が、まだまだ幅を利かしている中で、こういう書写塾が現れたということは、特筆に価することだと思います。


何事も、積極的に取り組んでみなければ―果敢に挑戦してみなければ、決して解決法は見つかりません。

「左手でもきれいな字が書ける方法」も、実際に書いてみなければ見つかりません

これからも「左手書字の正しい方法」を、右利き左利きを問わず、みんなでいっしょに模索してゆきましょう。



アルファベットの書き方に関して、左手書字に配慮したものを工夫しているサイトとしては、以下の岡邦雄氏のものがあります。

ペンマンシップ練習帳:右手書き/左手書き

「中学や小学校で、英語を学び始めるころの手書き文字練習用」としての印刷して使用するお手本です。


左手書字(左手筆記/左手書き)のための研究ページ
『レフティやすおの左組通信』
左手で字を書くために―レフティやすおの左利き私論4―

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。

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2007.07.22

異色作家短篇集(新装版)20 エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇

異色作家短篇集(新装版)第18巻『狼の一族 アンソロジー/アメリカ篇』異色作家短篇集(新装版)19『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇』に引き続き、

早川書房/刊 異色作家短篇集(新装版)第20巻 若島正/編『エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇』を読みました。

異色作家短篇集の掉尾を飾るオリジナル・アンソロジー三巻の第三弾、いよいよ最終巻になりました。米英をのぞく、世界中から集めた作品十一篇を収録

ハヤカワ・オンラインのページによると、以下のようになります。

地球は広い まだまだ続く 不思議な国への長い旅

世界には数多の異色作家が存在する。フランス、イタリアなどの西欧勢から、東欧、ラテン・アメリカ、さらには台湾やエジプトに至るまで、世界の鬼才が集う全十一篇で異色作家短篇集の有終を飾る。

【収録作品】容疑者不明(ナギーブ・マフフーズ)/奇妙な考古学(ヨゼフ・シュクヴォレツキー)/トリニティ・カレッジに逃げた猫(ロバートソン・デイヴィス)/オレンジ・ブランデーをつくる男たち(オラシオ・キローガ)/トロイの馬(レイモン・クノー)/死んだバイオリン弾き(アイザック・バシェヴィス・シンガー)/ジョヴァンニとその妻(トンマーゾ・ランドルフィ)/セクシードール(リー・アン)/金歯(ジャン・レイ)/誕生祝い(エリック・マコーマック)/エソルド座の怪人(G・カブレラ=インファンテ)


いやあ、やはり世界は広い、を痛感させられました。

18巻『狼の一族 アンソロジー/アメリカ篇』、19巻『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇』は、知った作家がずらっと並んでいて、たとえ一作二作でも既読の作家たちが大半でした。

さすがにこちらは違います。
知った人すらほとんどいない。
かすかに読んでるのが、クノーとレイぐらいか。

浅学ゆえに、二人のノーベル賞作家すら名前も知らない有様。
(一人は、ナギーブ・マフフーズ―1988年アラビア語圏初のノーべル賞受賞。二人目は1978年受賞アイザック・バシェヴィス・シンガー。)

こういうアンソロジーを読むことの利点の一つは、知らない作家に触れ、読書の間口を広げるきっかけを作れるところでしょう。

そういう意味では非常にうれしい一冊です。

全体の感じからいうと、ユーモアものが多いのかな、という気がしました。
ユーモアといっても、健全な、単純な笑いを誘うものばかりとは限りません…。


さて、私のベストは―

チェコ生まれでカナダに亡命したという、ヨゼフ・シュクヴォレツキーの「奇妙な考古学」
まあ、本格的なミステリ(本格もの、のではない!)ですが、チェコを舞台にした、ブルーフカ警部補のシリーズ作品。
かつて自分が手がけた事件を再捜査することになるが…。
考古学者が掘り出した殺人事件がからんでくるところが、面白い。

次は、やはり、ノーベル賞作家は違うのか?(というわけでもないのですが。)
ポーランド生まれでアメリカに移住した、アイザック・バシェヴィス・シンガー「死んだバイオリン弾き」
ポーランドのユダヤ教徒の娘に取り付いた死霊とその退治の物語だが、こういう土俗的?な感じがいい。

ここまでは比較的長めの短篇(中篇)がいい。


で、もう一つの中篇が、表題作の「エソルドの怪人」。

これが、編者の書いているように、映画狂の作者による<怪作>。
しかし、当方『オペラ座の怪人』も未読未見、『ファントム・オブ・パラダイス』も未見では、意味不明もいたしかたなし、か。
しゃれが多くて、よく訳したな、というのが唯一の感想といったところ。

私のベストの三番目を選ぶなら、これではなく、
トンマーゾ・ランドルフィ「ジョヴァンニとその妻」当たりか。
天才的な<音痴>夫婦のお話。

あと、アイデア的には、エリック・マコーマック「誕生祝い」か。

ほかに、フランケンシュタインを下敷きにしたユーモアSF「トリニティ・カレッジに逃げた猫」、奇人たちのお話「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」、死体の金歯をいただく盗人のお話「金歯」なども、それぞれにおもしろく読みました。


昨今、海外ミステリの翻訳が盛んではありますが、これをきっかけに、英米に偏らず広く世界中の名作を掘り起こして紹介していただきたいものです。

私もこれを機に、もっと多くの様々な国々の色々な作家に触れてみようと思いました。


最後に、風見賢二の巻末解説「ぼくはこれで柔らか頭になりました」を楽しく読みました。

ほぼ同年代らしく、同じような本を読んできました。
私は風間氏とは違い、元々エンタメ系の読者でしたので、始めっからこういう本を読んできました。

最近は、かなり読む本も変わってきています。
今回いくつかの再刊されたものを読んでみても、面白いと感じるものも変わってきてはいるようです。

それでも、やはりこの異色作家短篇集的な作品が、自分にとって一番楽しめます。


他社の同様な、異色作家短篇集的な作品集も幾つか読んできました。

幸い私のようなオールド・ファンだけでなく、若い人たちの間でも、それなりに読まれているようです。

これからもこういう傾向の作品が継続的に紹介してもらえればいいのになあ、と願っています。



異色作家短篇集 新装版 20
エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇
The Phantom of the Essold and Other Stories
若島 正(編)
早川書房 2007.3.23刊


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2007.07.13

異色作家短篇集(新装版)19 棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇

異色作家短篇集(新装版)第18巻『狼の一族 アンソロジー/アメリカ篇』に引き続き、

早川書房/刊 異色作家短篇集(新装版)第19巻 若島正/編『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇』を読みました。

異色作家短篇集の掉尾を飾るオリジナル・アンソロジー三巻の第二弾、イギリス(アイルランドを含む)作家の作品十三篇を収録

ハヤカワ・オンラインのページによると、以下のようになります。

「ここに、そこに、あそこにも 隠れているぞ 目には見えない影法師」

【収録作品】時間の縫い目(ジョン・ウインダム)/水よりも濃し(ジェラルド・カーシュ)/煙をあげる脚(ジョン・メトカーフ)/ペトロネラ・パン--幻想物語(ジョン・キア・クロス)/白猫(ヒュー・ウォルポール)/顔(L・P・ハートリー)/何と冷たい小さな君の手よ(ロバート・エイクマン)/虎(A・E・コッパード)/壁(ウィリアム・サンソム)棄ててきた女(ミュリエル・スパーク)/テーブル(ウィリアム・トレヴァー)/詩神(アントニイ・バージェス)/パラダイス・ビーチ(リチャード・カウパー)


前巻のアメリカ篇とはかなり趣が変わっています。
前巻は、SF系のエンターテイメントが中心でした。

今回は、いかにもイギリスの怪奇幻想談といった雰囲気の小説が多くを占めています。

それにしても、前巻は、20~25年ぐらい昔を思い起こすラインナップでした。

今回は、もう少し遡って、25~30年、あるいは35年前の一般向けの本を読み始めた当時を思い出させるようなラインナップがそろっています。

ミステリマガジンやSFマガジン、創元推理文庫のアンソロジーなどで一作二作読んだような作家が並んでいます。

ウインダム(唯一?のSF系の作家によるSFですが)を筆頭に、カーシュ(この人だけは最近短編集を読みましたが)、メトカーフ、ウォルポール、ハートリー、エイクマン、コッパード、スパーク、バージェス。

ジョン・キア・クロス、ウィリアム・サンソム、ウィリアム・トレヴァーの三人が初顔でしょうか。


では、私のベストを紹介しましょう。

一番は、なんといっても表題作でもある、ミュリエル・スパーク「棄ててきた女」

短いけれど、こういうのはいいですね。
(でも、ホントに本邦初訳? どっかでこういうものを読んだような気もしますが…。)

この作家はなかなか興味深いものを書いていました。

記憶によれば、「落葉掃き」という作品がありました。

調べてみますと(ベッドの下這いずって探すの大変なんだから! 一部ネット翻訳アンソロジー/雑誌リスト:雑誌一覧:ミステリマガジン/EQMMによる。)、
The Leaf-Sweeper、『ミステリマガジン』1971年6月号や、角川文庫版の『クリスマス・ストーリー集1/贈り物』に収録されています。(二冊とも手元にあるにはあるんですが…。)

昔のノートを紐解きますと、私の71年度の『ミステリマガジン』掲載短編の<年間ベスト12>の7位に選んでいます。
(こんな遊びしてたんですね。ちなみに、1・エリン「画商の女」2・ラファティ「恐るべき子供たち」3・ラニアン「プリンセス・オハラ」4・フィニイ「ゲイルズバーグ...」5・ジャクスン「家じゅうが...」―みんな懐かしいですね。不思議と異色作家系が上位に入ってますね。本格的なミステリがない?)


次は、時間(異次元?)SFだけれど、シェイクスピアは本当にあのような名作群を一人で書いたのか、という謎に挑む、アントニイ・バージェスの「詩神」を興味深く読みました。

三番目は、同じく時間SFのジョン・ウインダム「時間の縫い目」
ちょっと平凡な選択になりますが。昔懐かしいほのぼの系です。

意外なところでは、消防士経験を生かしたウィリアム・サンソム「壁」
どうってことはないのですが、こういうところに混じっていると、おもしろく感じます。


本格的な怪談物は、それなりに面白いのですが、これはすごい! というレベルまでは…。
また、普通小説風の奇談?も、それなりにいいのですが、もう一つ突き抜けたものを感じません。

微妙に読み方・感じ方が昔と変わってきているような気がします。

ラストの(もろにSFミステリ系の)、リチャード・カウパー「パラダイス・ビーチ」がそこそこおもしろいと感じるのは、ちょっと自分としては許しがたいような気もしています。

怪奇小説は、昔はもっとおどろおどろしいもの、出るぞ出るぞ的なものが好きだったはずなのですが…。
でも、そういう作品は、異色作家短篇集のイメージとは違うからでしょうか。

これでいいのかなあ。


異色作家短篇集 新装版 19
棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇
The Girl I Left Behind Me and Other Stories
若島 正(編)
早川書房 2007.3.23刊


●2007.07.22 異色作家短篇集(新装版)20 エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇

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2007.07.05

横澤氏「太一くん…」発言に見る左手、利き手差別の構造

「横澤彪氏「国分太一くん、箸は右手で…」発言に思うこと」お茶でっせ版新生活版
に続いて、もう一度、横澤彪氏の発言を取り上げます。

J-CAST テレビウォッチ 「横澤彪のチャンネルGメン69」
で、2007/6/27「国分太一くん、箸は右手で持とうよ」の続編とも言うべき記事を発表しています。


2007/7/ 2 「国分太一くん、オレも左利きなんだ」

ところが記事内容を拝読いたしますと、前回の記事で左利きの人たちから「左利き差別」と批判されたそのポイント、および理由を正しく理解されていない様子が見えます。

それゆえに、更なる混乱を来たしつつあるように思われます。

そこで、横澤発言に見る、左利き/利き手差別の構造―なにゆえに「左利き差別発言だ」といわれるのかを、私なりに考察してみました。

 ・・・

『哲学ってなんだ 自分と社会を知る』竹田青嗣/著 岩波ジュニア新書415(2002刊)
「第4章 近代の哲学者たち/2 自由をつきつめる/差別の本質観取」119-126p
の項を、参考資料として紹介してみましょう。

著者は、在日韓国人二世で、民族の問題に関して悩み、哲学に出合い、これを克服された方と思われます。
差別というものに関しても、自分の問題として捉えることのできる人物だ、と私は思っています。


---差別とは

差別の土台
 ―人間も競争原理の中で生きているので、必ず強いものと弱いものがいる。

差別
 ―近代に入り、人間はみな平等で同じ価値を持つ存在である、という考えが広まり、それにもかかわらず貴賎等の身分の差があることを指して呼んだ。

「差別」という考えは、人間はみな平等である、という近代人の人間理解を基礎としている。


---差別の本質

人間は誰でも大なり小なり、差別をしたりされたりしている。

【実際の行動でなくとも意識の上で、など思い当たるものは誰しもお持ちでしょう。私もそうです。】

差別というものは、好き嫌い同様、人間関係には普遍的につきまとうもの。


---「差別するという経験」の本質契機(=条件・要件)

差別語という呪文には、相手を「劣った存在」に変えてしまう力がある。
一方、呪文をかけたほうは、自分を「相対的に」優越した存在であると感じる。

この相対的な自己価値の上昇感覚が、つい差別をしてしまう秘密だ。


---外から見て、差別が醜いものと感じる理由

自分なりの努力でつかんだ自己のアイデンティティの確認ではなく、
他人を貶めて作り出した落差によって、心情的に相対的に自分を「上」にあるという感じるような方法だから。

他人の苦痛を利用して自己価値を持ち上げるような行為だから。


---呪文が力を持つ条件

共同体の関係。
(利き手に関して言えば、多数派の「右利き」、少数派の「左利き」。)

この内属が、自然なものとして信じられるということ。

そして、この共同体の優劣の関係が、一般通念として共有され信じられていること。

ここで初めて、差別語が呪文として力を発揮できるようになる。


人間がつい「差別」をしてしまう根本理由は、「アイデンティティ補強」。

<だから、どんな人間も対等な「人間」と見なすことが自分たちの社会の基本的でフェアなルールであるという自覚が薄いと、それができる立場に立つと誰でも「つい」差別してしまう。>123p

---差別しつつ生きることの本質

差別してしまう体質の人
 ―自己の自然なアイデンティティに不安がある。

自分なりの自己価値をそれなりに持っている人は、他人を差別する内的理由が少ない。

自己価値に不安があるほど、機会があれば、無意識のうちに他人の価値を貶め、自分の価値を相対的に引き上げようとする。

自分の価値を社会の一般通念だけで受け取っている。
無自覚に、社会の通念的な価値の中で生きている。
狭い価値観、世界像の中で生きている。

世間一般のルールを絶対視しており、うまく行っているときはそれでよいが、世間的な一般価値からずれてくると、決定的な打撃を蒙る。

【今回の、横澤氏の場合などは、その典型のような気がします。
世間的な価値観が変わってきているのに、それに気付かず、昔からの価値観を絶対的なものと考えて、意見を述べています。】


---差別されて生きることの本質

差別される側の人の危機
 ―自然な自己アイデンティティや自然な世界との親和性が脅かされている。

差別の呪文が、世間の一般価値に根拠を持つこと、その構造のなかで可能になっていることを自覚できないと、差別に負けて、自分自身へのうしろめたさ、不安、他人への攻撃性を抱きやすい。
そして、過剰に敵対意識や対抗意識を持つことになる。


差別は、個人の生き方の問題としてでなく、社会的な問題として、ルールや制度の問題として考えなければならない。

自分の問題としては、自己アイデンティティや自己価値についてどのような関係態度を取って生きているか、といった問題として捉え直したほうがいい。

<そうでないと、差別の問題は、しばしば、「差別語」など特定の差別現象批判や、差別はあってはならないし差別をする人は悪い人間であるといった、ごく一般的な差別教説としてだけ流通するようになるのである。>126p

 ・・・

★<「...オレも左利きなんだ」感想>

横澤氏の7月2日の記事について、私の感想を書いておきます。


「だから、左利きの人を非難したり、軽蔑したりするつもりはない。」

私も左利きだから、というのですけれど、前回なにが問題とされたのかの本質が理解されていない発言です。

問題はそういうところにはありません。
差別的と受け取れる発言である点が問題なのです。

人間はみな平等かつ自由である、という前提でものを考えているのが、現代の私たちです。
その中には「利き手の違い」も含まれています。
右利きであろうと左利きであろうと、右手を使おうと左手を使おうと。

基本的人権の尊重を謳う世界人権宣言「人権に関する世界宣言」が国連で採択されたのは1948年(昭和23)ですから、横澤氏が箸の手習いを始めた頃には間に合っていないかもしれません。

しかし、左利きの子供に対する無理な利き手の変更
(右手使いが正しい作法であるという観点から、誤った左手使いを右手に直す・正すという意味で「矯正」と呼んだ)
が及ぼす弊害について強調されるようになったのは、精神科医の箱崎総一氏が主宰した「左利き友の会」の運動が大きな役目を果たしたと考えますと、1970年代の半ば頃と思われます。

横澤氏がこの時期に自らの左利きに対する考え方を修正されておれば、時代の意識からのずれも修正できていたのではないでしょうか。


「躾をきっちり受けてきたオレ」「左手で箸を使っているのはいただけない」、およびラストの川柳に見られるように、
自分の努力を高く評価し、それに対して国分太一くん(および左手箸の人たち)の努力の欠如を指摘して、 
<他人を貶めて作り出した落差によって、心情的に相対的に自分を「上」にあるという感じ>を読者に与え、外から見て、醜い差別だと感じさせたのです。


「右手で箸を使ったほうがいいと思うのは、それが食事のマナー、作法だと考えるからだ。日本の文化では右手で箸を持つのが食事の作法とされてきたし、箸の置き方や料理の配膳の仕方は、右手で箸を持つことを前提にしている。」

ここ何十年かの間に、左利きに対する考え方が変わってきています。
そういう時代の変化とご自分の価値観・考え方のずれを表明しています。

いつまでも子供の頃に習った教えを絶対視しているのは、人間的に進歩のない証拠と受け取られます。

大人になれば、人の意見を無批判に信じるのではなく、検証してみるべきなのです。
五感を目いっぱい使って世間をよく観察し、自分の頭でしっかり考え、価値観や世界観を再構築する。
それが日々勉強するということでしょう。


「国分太一君に「箸は右手で持とう」とあえて注文をつけたのは、彼が「芸事」にたずさわるタレントだからだ。たとえバラエティであっても、テレビ番組で食事をするのはプライベートではなく、れっきとした仕事である。メシを食うのも芸のうち、なのである。」

きっと箸使いで考えておられるからお分かりになられないのでしょう。
こういうときは、他のことに置き換えてみるのです。

放送の仕事を長年されていた方ですので、放送関係の事柄に置き換えればよくお分かりになりましょう。

例えば、左手箸を方言に、右手箸を標準語・共通語に置き換えれば、一目瞭然でしょう。

アナウンサーは全国向けニュースで方言はご法度、役者も芝居の設定によっては方言はダメでしょう。
また、古典芸能などでも当然好き勝手とは行きません。

役者は役柄が設定されているときは、それに従うべきでしょう。

しかし、フリートークの番組なら方言でもOKのはずです。
自然体でいいのです。

お笑い芸人でもそうです。
全国向け放送でも関西弁バリバリの大物芸人さんがいます。

箸使いも同じです。
役柄ならば、それに従う。それ以外は自由です。

これが今の時代の標準的な考え方でしょう。


「テレビを見ている多数の視聴者に対する影響力も考えると、日本の食文化にのっとったマナーを大切にしてほしいと思うのだ。」

「視聴者に対する影響力」→「左手箸は悪影響を及ぼす」という解釈が可能になり、こういう言葉を使うと、いよいよご自身の時代とのずれを表明したことになります。


「つい言葉に勢いがついてしまったのかもしれない。」

前回の記事のラストの川柳。ブラック・ユーモアのセンスも空回りです。

つい~してしまった、という場合は、たいてい軽薄な行動です。
上記の本に書かれていたように、そういう行動を起こす要因を内に持っている証拠です。

結局は、本人が左利きであろうとなかろうと、左利きに対する差別的な言動を起こす要素を心の中に持っている人がいる、ということです。

何度もいうように、それは、結局、自分の考えが不足しているからです。
何事もよく観察して、自分の頭でしっかりとものごとを考える、という姿勢を持っていないことに起因しているのです。

 ・・・

★<ブログの特性>

横澤氏の発言が摩擦を生じた原因は、ブログというメディアの特性を十分認識されていなかったからではないでしょうか。

従来のメディアは送り手側からの一方通行でした。
また、過去に書いたものは「済んでしまった」ことで取り返すことができず、修正も削除もできませんでした。

読者が書き手の意見に不満を持っても、同じ土俵で議論することはできませんでした。
発表の場を持たない大半の人々は、あきらめて見過ごすしかありませんでした。

しかし、ブログは違います。
双方向性を持ち、同じ土俵で意見を公開できます。
もはや黙っていなくてもいいのです。

ここでは書き手側も従来のような書きっ放しは許されません。

そういう特性を認識できていたのかどうかも一つのポイントでしょう。


そして、このネットを生活の中に取り込んでいる人たちの多くは、人権宣言以後に生まれた人たちであり、かつ箱崎左利き友の会の活動以降に育ってきた人たちでしょう。

私や彼らにとって、横澤氏のような価値観や考え方は、古い時代の間違った考えだ、と判断されます。

今でも横澤氏のような価値観や考えを持つ人は少なくありません。
しかし、現在のネット上に限って言えば、圧倒的に少数派に属するでしょう。

たとえ世間一般から偏向した考えを表明していても、これが私のような素人の無名ブロガーによる人知られぬブログ上であれば、さほど問題にはならなかったでしょう。

ところが、実際は舞台も書き手もそうではなかった、ということです。

 ・・・

★<マナーや作法についての考え方>

「...オレも左利きなんだ」のコメントを読んでいますと、マナーや作法についての考え方の違いが云々されています。
その点について、上記の『哲学ってなんだ』を読んで考えた私の意見を書いておきます。


近代以降、人間はみな平等で、かつ自由な権利を持つ存在である、という考えが基本となりました。

一方、ものごとには、誰もが理解を共有できる普遍性のある共通了解の領域(自然科学や数学など)と、それぞれに立場が異なる共有できない、多様性に満ちた価値観や世界観などの共通了解の成立しない領域(宗教や美意識など)の二つがあります。

そこで現代では、お互いが平等でかつ自由な存在であることを考慮し、共有できる普遍的な考えをもとに、それぞれの多様性を承認し合い、お互いの関係を調整することで共存しようと考える時代になっているのです。


これを箸使いに当てはめますと―

・右手使いも左手使いも、平等かつ自由な人間同士である。
・普遍的な考えとして共有できる点は、「箸を上手に使える持ち方」が大事だ。
・多様性としては、「右手で持つのが正しい/美しい」、「左手で持ってもよい/上手に使える持ち方こそ大事」があります。

ここで、普遍的な考えに基づき、「箸を上手に使える持ち方」でさえあれば、互いに多様性を認め合い、どちらの手で持ってもよい、と考えるのです。

これが現代的な考え方ではないか、と思います。

 ・・・

横澤氏はこれ以上名を汚さぬように、「読者に対する影響力も考え」、改めて熟慮の上、収拾の道を探るほうが賢明でしょう。


* 左手箸&箸使い関連記事:
2004.11.14
ネットで拾った左利きの話題:マナーの悪いCM
2005.07.31
お箸の正しい持ち方に関するあれこれ

<横澤氏「太一くん…」左手箸発言>追加記事---(2007.7.16)
メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
第90号(No.90) 2007/7/14「<特別篇>横澤氏「太一くん...」発言から考える」

前の記事
・2007.06.30 横澤彪氏「国分太一くん、箸は右手で…」発言に思うこと
お茶でっせ版新生活版

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。

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