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2006.08.11

左利きを庇護するのではなく違いに対応する社会を

わがホームページ『レフティやすおの左組通信』に、感想として、以下のようなメールをいただきました。(○○様、感想メールをありがとうございます。)

不利な条件を持って生まれたことは他より強くなる資質を持って生まれたって事です
が、庇護すれば左利きかつへなちょこ精神の弱者が出来上がるだけ

この意見に対して、私の考えを述べて見たいと思います。

 ・・・

おっしゃるとおり、不利な条件をバネにして強くなる、というのも事実です。

プロ野球・楽天イーグルスの野村監督のように、踏まれても踏まれても耐え抜いて成長する雑草精神で、逆境から這い上がり、立派な人間になる方もいらっしゃいます。

左利きという不利な条件ゆえに工夫することを覚え、心身ともに鍛えられる、というのも事実です。

ただ、みんながみんな強い人、強くなれる人ばかりではない、ということも事実でしょう。
そういう弱いものは淘汰されてよいのだ、という意見もありましょう。

しかし、右利きの人は、弱くても(偶然、右利きに生まれついたという)運だけで有利な立場に立てるのだとしたら、やはり不公平な気がします。

人生はもともと不公平なものです。
だからこそ、真っ当に生きている人なら誰であっても、差別されることなく公平に権利を与えられるべきだ、というのが平等の思想だと思うのです。

特に強くなくても、対等な条件さえ与えられれば普通に生きていける、そういう生き方も認められていい、と思うのです。

左利きでもその他の条件でも、本人の責任でない、肉体的なことがら(脳も肉体の一部です)がハンディキャップとなるという社会の構造は、やはり改善されるべきではないか、と考えます。

私の願う「左利きにも(右利きにも)やさしい社会」というのは、決して左利きを甘やかすとか、左利きを弱者として庇護するというものではなく、人という存在の多様性を認め、それぞれの違いに対応する、ということです。

例えて言えば、一般(右手・右利き)用の自動改札だけでなく、車椅子用の自動改札を用意するとか、対面式の人による改札を用意する、というようなことです。
(ここまでは実現されています。ここに、左手・左利き用改札もできると、「左利きにも(右利きにも)やさしい社会」となります。)

私は、左利きの問題を、人間の多様性を容認するか否か、そしてそれに対応するか否かの問題として考えています。
ご理解ください。

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載しています。

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