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2005.05.14

左利きもあるがままの姿で生きてゆこう

昨年11月の記事「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」に、「左利きなら左手で字を書けばいいじゃないか」というトラックバックをいただきました。
復活したばかりのいいタイミングですので、この際、感想を記事にしてみます。

*
kojidoiさま、トラックバックありがとうございます。
久しぶりに気持ちの良いトラックバックをいただきました。
これには二通りの意味があって、ひとつは内容、もうひとつは形式です(トラックバック先の記事を明記し、内容に言及した上でリンクを貼っている、という真っ当なトラックバック!)。

内容について言いますと、左利きにおける、いわゆる「矯正」書字や箸使いなどの一部の所作における左手から右手への使い手の変更をさす言葉で、かつては左手使いは見苦しい、作法にかなわぬ悪習・悪癖と考えて正すべきであるとされていましたが、今では偏見であり誤った考えであるとする人が増えており、私はこの言葉を過去の事例としてのみ使用する歴史上の言葉として死語とし、これからは使用しないように呼びかけています―についての御意見、当たり前といえば当たり前の意見なのですが、実に明快で気持ちの良いものでした。

世の中だいぶ改善されてきて、左利きも本来の姿で生きることが可能な状況になってきつつあります。人の意識も変わりつつあります。道具も色々と工夫されたものが作られ、販売されつつあります。
しかし、まだまだ「きつつ」あるというのが本当のところです。実際には苦労しているお子さんはたくさんいます。子供の左利きについて悩んでいる、という親御さんも大勢います。(そして、kojidoiさまの記事のきっかけとなった、Jun Rajiniさま―「居酒屋で僕の左隣に人が座ると、ちょっぴり悲しくなる理由」右手書字での苦闘の歴史を綴る記事―のような学齢期をすぎた成人の人たちでも、色々と悩む人は少なくないのです。)

なぜかというと、それは一部ではあるものの、教育関係者(幼稚園・学校だけでなく、お習字の先生など)の中に左手使いを認めないという考えを持つ人が、厳然と存在するからです。
大半は年配の方ですが、若い人の中にも、左利きについての認識に欠ける人(左利きの存在を知らない、左利きとは何かということを知らない、左利きの生徒に対する指導法がわからない等等)にそういう考えを持つ人がいます。

また、kojidoiさまの記事に「わざわざ使いにくい右手で操る必要がどこにあるというのだ」と左利きに理解のある人なら当然とも言える事実を指摘されていますが、利き手という概念が理解できていない右利きの人のなかには「わざわざ使いにくい左手で…」と、左利きの人はへそ曲がりか変人のように考える人もいるのです。

そして、そういう人々の存在に対して不安を持つ親御さんが子供の左利きで悩む、という問題があります。

過去に何度も書いてきたことなので、詳しくは書きませんが、本当に大切なことは、あるがままの姿で生きる、ということです。あるがまま、といってもほったらかしという意味ではなく、それぞれの持つ性質や才能を生かした形で、という意味です。
老子にあるような意味での、自然の大本に沿ったあるがままの姿で、ということです。

こういう当たり前のことが当たり前に理解される世の中になって欲しい、と私は願っています。

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆に参加しています。

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